肩の小屋付近から覗う主峰・北岳(3192m)

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南アルプス・北岳

標高3192m; ;記録(T) 

昭和44年(1969年)10月
第1日(10/16) 広河原(8:20-8:55)→広河原山荘(9:00)→分岐(9:15)→御池小屋(11:10-11:45)→小太郎尾根(14:00-14:20)→肩ノ小屋(15:00)
第2日(10/17) 肩ノ小屋(6:00)→北岳山頂(6:40-7:30)
    寸評 本邦第二の高峰で、南アルプスの盟主である。
秋中の時節、早朝に訪れた山頂は360度の大パノラマで、
雲海から出(いず)る旭日は神々しく、真に天の領域・天国であった。


先ほどまで白いもので閉ざされていた主峰・北岳は、
今はすっかり晴れ渡り天を指すが如く青味がかって朝日に輝いていた。
天を指すと言っても所謂、富士とか、槍のような鋭鋒ではなく、
それらのものが集団となって突き上げている感じである。
 
これからアノ頂へアタックするのであるが、
その地はチョイの間に到達しそうな気もするし、
はたまた、遥か彼方に聳えていて他人行儀に我々を無視しているようでもある。

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朝日に映える「北岳と肩の小屋」 

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北岳(3192m); ;記録(T)



   年に一度か二度は、思い切って遠出の深山高岳の山へ行くことを決意したのは一昨年の「八ヶ岳縦走」の時だった。
 3000m級の山の味わいを知らしめ、小生を少なからず山のとりこにしたものだった。

  昨年は縁あって、尾根の縦走では日本国内でも最難関といわれる北アルプス・槍−穂高の縦走をやってのけ、恐怖心を克服しながらも無事達成した。この時も山という一つの実体に感慨を新たにしたものであった。

  今年に到って軽度な山は数度訪れたが、秋口をむかえるにあたり、やはり深山の地へ意識を注がれた。
 何処にしようかと多少思案したところで、北アルプスとは好対照の「南アルプス・北岳」へと意を決した。

 そんなことで、学友(岳友)の鈴木信夫氏にそれとなく誘いをかけたら、快く同意してくれたので心は勇んだ。



   10月15日、例によって新宿を夜行で旅たった。

  ターミナルの甲府の駅へついたのは、まだ明けきらぬ宵の口だった。
 しばらく待機した後、一番バスは午前6時甲府駅より登山口である「広河原」へ向かった。 
 バスは定員オーバーのギュウギュウ詰めで、さしずめ都会の通勤ラッシュなみであり、些かウンザリする。 

しかし、天気の方は快晴で今日1日を約束してくれ、心は和んだ。


   甲府の町並みをすぎ、御勅使川(みだいがわ)の広い川原を小1時間進み「芦安」に至って何故かバスは大休止している、時間調整のためであろうか・・?。
 夜叉神トンネルを抜けると、いよいよ南アルプスの奥の院へと進む、本来なら車窓より朝日に照り映える白峰の高峰が望めるはずであるが、生憎、その部分のみガスが隠れて見通しがきかないのはチト残念であるが。

 野呂川の深い谷を見下ろしながら、ようやくバスは待望の「広河原」に到着した。


  名前の通り「野呂川」の広ろ〜い河原であり、別名、「大樺沢」とも称している。
 北岳の北部から本峰を巻くように南下した急流は、ここの川原で一旦ゆるい流れとなって広大な川原を形造っている。
 ここには昔ながらの山小屋・広河原小屋と国民宿舎「広河原ロッジ」が在った。


  広河原といえば、地元の人たちは南の上高地にするのだと、意気込んでいるらしいが果たしてどうであろうか・・?。
 今の上高地は北アルプスの聖地と言われているようだが、現実は完全な観光地であり重装備の登山者と一般のハイカー、観光客が交差しているところでもある。

 そして、当然のことながらマイカーの進入は激しく、観光で金利を得ようとする地元業者の意気も盛んである。
 今、この上高地は環境保全、自然保護の立場から季節によってマイカー乗り入れを規制しようとする動きもあるらしいが・・。 
 われ等、山仲間から言わせてもらえば、やはり山の聖地は聖地としていつまでも保ってもらいたいものである。

  大樺沢の河原で簡単な朝食を撮る。 昨日、母がこしらえてくれた栗ご飯のおにぎりが、さすがに大層な味であった。


  先ほどまで白いもので閉ざされていた主峰北岳は、今はすっかり晴れ渡り天を指すが如く青味がかって朝日に輝いていた。
 天を指すと言っても所謂、富士とか、槍のような鋭鋒ではなく、それらのものが集団となって突き上げている感じである。

 これからアノ頂へアタックするのであるが、その地はチョイの間に到達しそうな気もするし、はたまた遥か彼方に聳えていて他人行儀に我々を無視しているようでもある。
 それは、我等を拒否しているのか、それとも招待してくれているのか、これだけは是非後者であった欲しいと願うばかりである。


  ともあれ、大きく深く呼吸を行い、脚、腰の屈伸など体勢を整え、靴紐をしっかり結び、キスリングをしっかり肩に付ける。


  待望の入山である、時計を見たら8時55分であった。


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