私は旅が好きだ。枠にはめられた日常生活から、一時的にもせよとび出せば、そこには未知の世界がひろがっている。生地のままの大自然、見知らぬ人びとの生活と文化……。 それが自分の日常生活とかけ離れていればいるほど魅惑的だ。
 そこでは私が王様である。そのかわり、何が起こっても自分の力だけで立ち向かわなければならない。いわば〝背水の陣〟といったいさぎよさが、平和な暮らしになれた私には新鮮な魅力となる。

アドベンチャー旅行

 そんな、生活のアカを洗い流す精神衛生的必要性と、そして何よりも、未知のものへのあくなき好奇心が、私をアドベンチャー旅行へとかり立てるのだ。
 旅行には、たいてい車を使う。車の旅は上すべりになるからときらう人もいるけれど、この文明の利器を利用しない手はない。行動範囲が抜群にひろがる。道のあるところなら(たまにはないところでも)どこでも、時間にとらわれず行動できる。危険防止にもいい。窓をしめてロックすれば、ある程度安心できるし、いざという時には一目散に逃げだせる。行き暮れたらそのまま野宿することもOKだ。荷物もたくさん積める。とくに私の場合は膨大なフィルムや撮影器材がついてまわるから、車は欠かせない旅の伴侶となる。

南米大陸へ

 5年前、アジアハイウェイ(アジア大陸横断道路)2万キロの旅から帰ったとき、私の心には、つぎなるプランが芽ばえていた。
「こんどはどこへゆこう」
 アジアハイウェイにも同行した親友の田村さんと、折りにふれては話し合った。まだ1度も行ったことがないところという点で、アフリカと南米が候補にあがったが、知りつくされた感じのアフリカよりも、明るい未来が開けつつある南米大陸へと傾いていった。
 いつからか、私たちは南米に関する本や地図などを買い込み、新聞記事を切り抜いて資料集めなどするようになっていた。そして2年前、田村さんがエリック・シプトン氏のパタゴニア(アルゼンチン南部)探検記『嵐の大地』を翻訳出版してから、夢は急速にふくらんでいった。

森隊長
 しかし、私たちは大金持ちではないので、いくら行きたいといっても、ただホイホイととび出すわけにはいかない。幸い私はテレビ局に勤めていて、16ミリカメラがまわせるので、テレビ番組の制作という仕事に結びつけることができる。東南アジアで挫折感を味わった日本の目は、南米大陸に向きつつあるから、番組で取り上げるタイミングもピッタリだ。南米の大自然やインカの遺跡などを撮影してくれば、教材用のビデオソフトもつくれるだろう……と、いろいろな仕事を組み合わせて、おそるおそる企画書を提出したところ、〝採算がとれるならやってもよろしい〟とお許しが出たので、さっそく実行にとりかかった。

女性チーム

 目的は〝女性チームによる南米大陸縦断および記録フィルムの撮影〟である。南米縦断は、いままでにいくつかのチームが成功しているが、女性チームとしては初めての試みだ。ルートは南米大陸の北部、ベネズエラのカラカスを振りだしに、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンと南下し、ブラジルで有名なリオデジャネイロのカーニバルを取材したあと、再びアルゼンチンにもどり、最南端のフエゴ島で縦断完了、ブエノスアイレスから帰国することにした。

落合恵子さん
(ブラジル リオのコルコドバードの丘展望台で
落合恵子さんと出会う)

 さっそく地図をかき集めて旅程表をつくる。アジアハイウェイのときの経験があるので手なれたもの。しかし、南米大陸って、なんて広いのだろう。1日の走行距離500キロ、600キロという数字が、ずらりと並んでしまう。1000キロ以上という日も何日かある。はじめは2か月半、2万キロと考えていたのが、108日、3万2千キロにふくれあがってしまった。平均しても、1日300キロは走らなければならない。それに道はひどく悪そうだし、海抜4、000メートルなどという高所ドライブが多い。車の陸揚げや、通関、撮影、2週間と予定したアコンカグア(南米大陸最高峰)登山などを考えたら……。これはたいへんなことになった!…。田村さんも私も、行く前にもう何万キロも走ったようにくたびれてしまった。

旅の時期

 旅の時期は、最南端フエゴ島到着を真夏(南半球なので、日本と四季が反対)とし、リオのカーニバルの時期にも合わせて、11月下旬発、3月初旬帰国ということになった。
 隊の構成は、前回の旅と同じく、車2台に隊員4人とした。車1台では心細いし、撮影にも不便である。人間のほうも4人いれば運転の交代もできるし、ホテルもツイン2部屋で安上がりだ。
 車はアジアハイウェイの時にもお世話になったトヨタ自動車販売広報部の中岡次長、松浦課長にお願いしたところ、前回の経験をかわれて、ニュータイプの乗用車2台、スプリンター・クーペ1600SR(5段ミッション)と、カローラ30・1600GSL(5段ミッション)を貸してくださることになった。

メンバー

 メンバーは、私と田村さん、それにアジアハイウェイのメンバーのひとり、大賀愛子さん。彼女はあれ以来、アドベンチャーが病みつきになり、アフリカと中米にそれぞれ単独旅行した猛女で、実力じゅうぶんの頼もしい仲間だ。さて、あとひとりは……。なるべく若い人がいいのだが、車の運転がうまくて、精神的・肉体的酷使に耐え、お金とヒマの捻出できる女の子なんて、そうざらにいるものではない。田村さんが「ブーチャンはどう?」と言いだした。ブーチャンこと小倉董子さんは、ニュージーランド旅行以来の親友で、体力気力とも抜群、運転歴10数年のベテランだ。しかし彼女は、テレビ局勤めのご主人と10歳の息子をもつ家庭の主婦で、おまけに、ご両親とも同居している。日本の亭主族は、1日でも女房が家にいないとゴキゲンが悪いものだ。無理とは思ったが、一応当たってみることにした。

撮影中

(ブラジル リオの展望台 森隊長はすぐさま撮影、もちろんブーちゃんもスチール写真を!!)

南米大陸女子縦断隊

 ひとりでいる時間をねらったのに、どういう風の吹きまわしか、いつもは帰りの遅いダンナさまがおいでになる。お姑さんもごいっしょだ。しばらくもぞもぞとためらったあげく、カクカクシカジカと切りだした。ブーチャンの顔がパッと輝いた。「100日ねえ」とダンナさまはちょっと考え込んだが、まんざらダメでもない気配である。お姑さんは「ヒロシが私のいうこときくかしら……」と心配顔。もしOKとなれば、主婦業はオバアチャンの肩にかかってくるのだから……。一人息子の浩嗣クンは、「ママなんかイラナイ!」 とけんかしたばかりなので、反対もできず、黙っている。「2、3日考えてみて……」と言い置いて帰ってきたら、翌日電話があり、「オバアチャンが、いいといってくださったの!」とブーチャンのはずんだ声。
かくして7月中旬、〝花の中年3人組〟と若き乙女(区別しないともめるのだ!)とからなる、強力な〝南米大陸女子縦断隊〟が誕生した。

赤道碑前で

赤道碑前で(左から田村、森、小倉、大賀の各隊員)

整備訓練

 南米の道は、海抜4,000メートル以上のところが多いうえ、車はツインキャブの高性能車で調整がむずかしいため、車両担当の2人がトヨタのエ場に通って整備訓練を受けた。風間係長はじめ、全員で特訓してくださったが、結局は「ぐあいが悪くならないかぎり、いじらないほうがいいでしょう」ということになったらしい。
JAF(日本自動車連盟)でカルネ(車の無税通関手帳)をとり、テストドライブの末、9月下旬、2台の車は船に積み込まれ、1足先にカラカスへ向けて出発した。
 その後も、ビザを取ったり、注射をしたり、外務省の文化事業部を通じて、各地の日本大使館に便宜供与の依頼をしたり、あれやこれやと、例によって目のまわるような忙しさの末、メンバー4人も11月23日に羽田を発ち、ニューヨーク、パナマ経由カラカスへ――。
 これから100日、とにかくがんばって〝全員無事帰国〟すること!これが私の最大の仕事だ。あらたなファイトが、モリモリとわいてきた。

メンバーご紹介

森 宏子

隊長、撮影担当。
東京女子大学国語科卒。
日本山岳会会員。
日本ニュージーランド女子親善隊(1961年)隊員。 オーストラリア、北米、ヨーロッパ、カナダなどに、テレビ取材の経験あり。
アジアハイウェイ女子走破隊(1970年)隊長。
日本テレビ放送網K・K社員。
現在、よみうり映音へ出向中。

小倉董子

車両、現地録音、食糧担当。
早稲田大学第一文学部文学科美術専修卒。
日本山岳会常務理事、早大山岳部OG。
早稲田大学赤道アフリカ遠征隊(1957年)隊員。  日本ニュージーランド女子親善隊隊員。
現在、雑誌編集者。
主婦。
通称ブーチャン(ノブ子のブーチャン。念のため)。

田村協子(現:五百沢)

会計、渉外、医療担当。 早稲田大学第一文学部東洋史専修卒、日本山岳会会員。  日本ニュージーランド女子親善隊隊員。
アジアハイウェイ女子走破隊隊員。
エジプト、ヨーロッパなどに通訳旅行の経験あり。
現在、翻訳業。
通称グラチャン(以前彼女は、グラマーガールだったので……)。

大賀愛子

車両、装備、撮影助手担当。
早稲田大学商学部卒。早大自動車部OG。
アジアハイウェイ女子走破隊隊員。
北・中米1万3千キロ単独オートバイ旅行(1971年)。
東アフリカ1万5千キロ単独ドライブ旅行(1972年)。
現在、芙容航空サービスK・K社員。

車の改造

 南米の悪路に備えて、2台の車はつぎのように改造していただいた。
○サスペンションのスプリング調整。
○オイルパンに、アンダープロテクター取り付け。
○カローラに撮影用ルーフラック取り付け。
○メイン・ライトに破損防止ガード取り付け。
○カローラの後部シートを取り払い、鉄製の荷物箱取り付け(私たちは〝お棺〟とよんだ)。
○タコメーター、高度計、マップランプ、ワイドミラー、サーチライト、サイドポールな どの取り付け。
○スプリンターには日の丸と走行予定距離、カローラには通過予定9か国の国旗とルート図などの書き込み。
○タイヤは、ブリヂストンのスチールラジアル、RD-203(チューブレスだが、チュー ブを入れた)を使用、予備タイヤ各2本用意。
○交換用部品、修理用具積み込み。