「オペラの歓び」月例会(第4回)2004年4月17日 
☆ヴェルディ/トロヴァトーレ☆




パヴァロッティ、ミルンズの≪トロヴァトーレ≫Il Trovatore

レオノーラ・・・・・・・・・・・・・・・・・エヴァ・マルトン(ソプラノ)
マンリーコ・・・・・・・・・・・・・・・・・ルチアーノ・パヴァロッティ(テノール)
ルーナ伯爵・・・・・・・・・・・・・・・・シェリル・ミルンズ(バリトン)
アズチェーナ・・・・・・・・・・・・・・・ドローラ・ツァーイック(メゾ・ソプラノ)
フェランド・・・・・・・・・・・・・・・・・・ジェフリー・ウエルズ(バス)
イネス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ロレッタ・ディ・フランコ(ソプラノ)
ルイス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マーク・ベイカー(テノール)

指揮:ジェイムズ・レヴァイン、演出:ファブリッツィオ・メラーノ
メトロポリタン歌劇場ライヴ、1988年10月



ミラノ・スカラ座の≪トロヴァトーレ≫

レオノーラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・バルバラ・フリットーリ(ソプラノ)
マンリーコ・・・・・・・・・・・・・・・・・・サルバトーレ・リチートラ(テノール)
ルーナ伯爵・・・・・・・・・・・・・・・・・レオ・ヌッチ(バリトン)
アズチェーナ・・・・・・・・・・・・・・・・ヴィオレタ・ウルマーナ(メゾ・ソプラノ)
フェランド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ジョルジョ・ジュゼッピーニ(バス)
イネス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ティツィアーナ・トラモンティ(ソプラノ)
ルイス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・エルネスト・ガヴァッツィ(テノール)

指揮:リッカルド・ムーティ、演出:フーゴ・デ・アナ
ミラノ・スカラ座ライヴ、2000年12月



ヴェルディ没後100年記念コンサートより
≪トロヴァトーレ≫第一幕第二場・「おだやかな夜」〜フィナーレ

レオノーラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ダニエラ・デッシー(ソプラノ)
ルーナ伯爵・・・・・・・・・・・・・・・・・・レオ・ヌッチ(バリトン)
マンリーコ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホセ・クーラー(テノール)

指揮:ズビン・メータ、フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団
パルマ・パラカッサ大劇場 2001年3月11日



IL TROVATORE≪トロヴァトーレ≫
 原作 アントーニオ・ガルシァ・グティエレス著「吟遊詩人」(1836)イタリア語
 台本 サルヴァトーレ・カムマラーノ(イタリア語)
 作曲 ジュゼッべ・ヴェルディ 1852年、初演 1853年1月19日、アポロ劇場(ローマ)

 演奏時間:第一幕 26分、第二幕 40分、第三幕 20分、第四幕 38分
 時・場所:15世紀初頭。スペインのアラゴンとビスカーリャ

登場人物
 レオノーラ・・・・・・アラゴン公爵夫人付きの女官(ソプラノ)
 マンリーコ・・・・・・ トロヴァトーレ(テノール)
 ルーナ伯爵・・・・・アラゴン地方の貴族(バリトン)
 アズチェーナ・・・・・ジプシーの老婆(メゾ・ソプラノ)
 フェルランド・・・・・ルーナ伯爵従僕頭(バス)
 イネズ・・・・・・・・・・レオノーラの侍女(メゾ・ソプラノ)
 ルイス・・・・・・・・・・マンリーコの部下(テノール)

概説と特徴
スペインの劇作家・アントニオ・ガルシァ・グティエレスの原作によるこのオペラの計画は、≪リゴレット≫の
前に立てられたが、原作の入手が遅れたため≪リゴレット≫に続いて作曲された。
このオペラは魅力的な旋律がつづられ、歌唱上最高の技巧が要求される。中期を迎えたヴェルディが、追真力
ある構成と、イタリア・オペラの伝統である旋律性を最大限に発揮した傑作であると言えよう。
内容的には”復警”を主題とした劇的な内容であるが、音楽は実にロマンティックで華麗な旋律が全曲にあふれ、
バーナード・ショウは「十九世紀における最も人々に愛される作品」と述べている。
技法的にはアリアやアンサンブルの前に、レチタティーヴォに代わって"シェーナ(情景)”が置かれ、劇の進展を
物語っている。

第一幕「決闘」
 [第一場] アラゴンにあるアリアフェリア宮殿の前
ルーナ伯爵の宮殿の前を衛兵たちが警護している。夜が静かに深けてゆくにつれて一同は睡魔におそわれる
ので、衛兵隊長のフェルランドは眠気ざましに、[ルーナ伯爵には二人の息子がいた Di due figli vevea, padre beato,
il buon conte di Luna]
とルーナ伯爵家のいまわしい昔語りをはじめる。「その昔、先代の伯爵には二人の息子が
あり、兄君の方は当代の伯爵だが、弟君の方は幼い頃病気にかかられた。あるとき人知れぬジプシーの老婆が
弟君をじっとのぞきこんでいるのをみて、それをジプシーの魔法のためと思いこみ、その老婆をとらえて火あぷり
の刑に処してしまった。それと同時に弟君は行方不明になり、恐ろしいことには老婆の火刑場から幼児の骨が
現われた。一時は先代の伯爵も弟君が老婆といっしょに焼死したものと諦めて居られたが、そのうちどこかで
生きているのではないかと信じるようになられ、きっと探し出すようにと遺言されてこの世を去られた」と語る。
兵士たちはこの恐ろしい昔語りにおびえながら「弟君をさらったのはその老婆の娘にちがいない、いまはもう
娘も年老いているだろうが、噂によるとこのごろこのあたりに現われるというから、引捕えよう」と口々に語り合う。
折から夜半を告げる鐘の音が遠くからきこえ、一同は仮眠に入る。

[第二場] アリアフェリア宮殿の庭
アラゴン公夫人に仕える女官レオノーラは、待女のイネスの言葉をしりぞけて庭先に立ちつくしている。彼女は
過ぎし日の武術試合に見事優勝した黒装東の吟遊詩人が忘れられない。レオノーラは憧れをこめて、アリア
[おだやかな夜 Tacea la notte placida ]
と雄々しい吟遊詩人に対する燃えるような恋心を歌う。
そこヘルーナ伯爵が現われ、レオノーラは暗闇のため待ちつづけた吟遊詩人だどばかり信じてその腕に抱か
れるが、月の光が雲間から洩れたときその過ちを知り、折から姿を現わした吟遊詩人の足許にひれ伏してしまう。
怒った伯爵は覆面で素性をかくした吟遊詩人に「名を名乗れ」と迫り、吟遊詩人は「わが名はマンリーコ」と
名乗り二人の剣を合わせる。

第二幕「ジプシーの女」
 [第一場] ビスカヤ山麓にあるジプシーたちの夜営地
夜明け近く、奥の方ではかがり火があかあかと燃え、ジプシーたちは明けゆく東の空を仰ぎ、鉄床を叩きながら
力強く「朝の光がさして来た Vedi! Le fosche notturne spoglie](アンヴィル・コーラス)を歌う。
ジプシーの老婆アズチェーナは、かがり火の炎をみつめながら、自分の母が先代のルーナ伯爵に焼き殺された
悲惨な姿を思い浮かべ、アリア[炎は燃えて Stride la vampa] と、わが子マンリーコにその復讐をせまる。
母親の烈しい告白をきいて、自分の身の上に疑問を抱いたマンリーコは、[わたしはあなたの子ではないのか
Non son tuo figlio?] と、真実を告げてくれるように迫るが、アズチェーナは「ベリルラの戦場で傷ついた
お前を助けてやったではないか」と恩を売り、「そのときなぜルーナ伯爵をひと思いに刺さなかったか」と
責める。そこへ伝令が手紙を持って来る。そこにはマンリーコが決闘で死んだと思い、レオノーラは今夜修道院に
入ると書いてあった。彼は母親が止めるのもきかず、馬で山を下りてゆく。

[第二場] 城の近くにある修道院の庭
レオノーラは、マンリーコが戦死したものと信じて修道院に入ることを決心している。ルーナ伯爵はその前に
レオノーラを奪取しようと修道院のほとりに待ち伏せしながら、レオノーラにつのる思慕の情を[君が微笑 
Il balen del suo sorriso]
と歌う。折から修道院の鐘が鳴り、尼僧たちが現われるので伯爵やその部下は
茂みにかくれる。そこへ世をはかなんだレオノーラが待女イネスをつれて現われるので、伯爵は突然物陰から
とび出しレオノーラを抱こうとする。そのときビスカヤ公からの手紙でレオノーラが修道院に入ることを知った
マンリーコが駆けつけ、怒り狂う伯爵の腕からレオノーラを奪って連れ去ってゆく。
多勢に無勢、伯爵は目の前で愛する女を奪われていく悔しさに復讐を誓う。

第三幕 「ジプシーの子」
 [第一場] ルーナ伯爵の野営地
勇壮な前奏曲に続いて幕があがると、兵器の手入れに余念のない兵士たちが[運命のさいは投げられた、
ーラッパの響きに Or co'dadi, ma fra poco-----Squilli echeggi la tromba] と勇ましく歌っている。
ルーナ伯爵が天幕から出て、マンリーコたちの住むビスカヤの山並を憎々しげに眺めていると、兵士たちが
ジプシーの老婆アズチェーナをひきたててやって来る。ルーナ伯爵はアズチェーナが不用意に洩らした言葉から、
アズチェーナこそ、その昔自分の弟を燃える火の中に投げこんだジプシーの娘であり、仇敵マンリーコの母親で
あることを知り、アズチェーナを牢嶽に送り、マンリーコをおびき出そうと城塞の前に火刑台を作らせる。

 [第二場] カステロール城内
マンリーコはレオノーラにめぐり会えた喜びに酔いながら、アリア「いとしの君よ Ah, si, ben mio」 と歌って
いるところへ、部下のルイスが「アズチェーナがルーナ伯爵の軍に捕えられ、火あぷりの刑に処せられようと
している」と知らせる。
マンリーコは眼もくらむ思いで、生命をかけても母親を救おうと[恐ろしい炎 Di quella pira] と叫んで不利と
知りつつ城外に打って出る。(このとき有名な高い「ハ音」を聞かせる)。

第四幕「処刑」
 [第1場] ルーナ伯爵のアリアフェリア宮殿の一隅、はるかに牢獄の塔が望まれる
アズチェーナの救出に心のはやったマンリーコが、あえなくルーナ伯爵に捕えられて牢獄に閉じこめられたと
聞いたレオノーラは、ルイスをつれて伯爵にマンリーコの命乞いにやって来る。
レオノーラは切々たる哀憐の情を[恋はばら色の翼に乗って D'amor sulla'ali rosee] と歌う。このとき死刑の
鐘の音が鳴り響き、舞台裏から[ミゼレーレ Miserere] の祈りの合唱がマンリーコの声とともに聞こえて来る。
レオノーラは伯爵にマンリーコの助命を願うが、伯爵はそのかわりにレオノーラに身をまかせることを要求する。
今は恋人を助けたい一心から、彼女はその時指環の中に隠していた毒を仰ぐ。

 [第二場] 陰惨な牢獄の内部
天井からさがった薄暗いランプの下で、アズチェーナとマンリーコがたがいに[二重唱「我らの山に Ai nostri
monti]
とはげまし合っている。そこヘレオノーラが現われてマンリーコに許されたことを告げるが、マンリーコは
レオノーラが伯爵に身を許したものとその不貞を責める。そのときすでに毒のまわったレオノーラは、[他の人に
添うよりは死をえらびました] と告げてマンリーコの腕の中へ倒れる。あとを追って現われた伯爵は、まんまと
レオノーラに図られたことを知って怒り心頭に発し、マンリーコを処刑場へ引きたてる。広場でマンリーコの死刑が
執行されるのを鉄格子越しに見たアズチヱーナは、伯爵に[マンリーコこそお前の弟なのだ] と告げ、[母よ、私は
見事に復讐を遂げましたぞ] と絶叫して倒れる。
あまりのことに、ルーナ伯爵は果然として「酷い運命」とつぷやいたまま立ちすくむ。



ルキノ・ヴィスコンティ監督 映画:夏の嵐  原題Senso(官能)
アリダ・ヴァッリ、ファーリー・グレンジャー主演、1954年イタリア映画

この映画ではオペラのシーンがみごとにそして効果的に取り入れられている。オペラは開幕早々登場する。
というより、映画の冒頭シーンがヴェルディのオペラ≪トロヴァトーレ≫』第三幕である。イタリアでも最も
美しい劇場の一つといわれるヴェネツィアの「フェニーチェ座」がみごとである。(96年焼失)
オベラの主人公マンリーコが母を救出するために兵を率いて立ち上がる勇壮なアリア [見よ、恐ろしき炎] が
歌われ、それに呼応するかのように観客席から「オーストリア軍は出て行け !」というアジテーショソがなされ、
一騒ぎがおこる。その後オペラはなおも続き、第四幕第一場のレオノーラの [恋はばら色の翼にのせて] が
歌われる。19世紀のオペラハウスの雰囲気はたぶんこうであったろうと思わせる香気のたちこめる演出であり、
オペラとドラマの結びつきも無理がないどころか、相乗効果をあげている。そしてアリダ・ヴァッリの神秘的な
美しさも際立っていた。

暮れゆく春。伯爵夫人が美男のオーストリア将校と恋に落ちる。ころは1866年、イタリア統一運動もたけなわ。
ここはヴェネツィア、フェニーチェ座、オペラが上演されている。
「トロヴァトーレ」の第三幕の終わりに天井桟敷から赤・白・緑の三色のビラが降ってくる。「ヴィーヴァ、イタリア!」
ガリバルディに続け。1860年にガリバルディがシチリアに上陸した時から六年後、北はまだオーストリア帝国の
支配下にあった。イタリアでは解放は南から北へのぽってくる。第二次大戦の終結時もそうだった。連合軍は
まずシチリアヘ上陸。それから北上した。北にはナチス・ドイヅの傀儡政権があり、北の解放は遅れた。
リソルジメント(イタリア統一運動)の頃も同様。

伯爵夫人リヴィア(アリダ・ヴァッリ)は統一イタリアの理想に燃える従兄の身を案じ、彼が決闘を申し込んだ
オーストリアのフランツ・マーラー中尉(ファーリー・グレンジャー)に決闘を避けてほしいと頼む。それが初めての
出会い。リヴィアには何の期待も予測もない出会いだったが、映画を見ている私たちにはそうではない。
十分な恋の予感。何故ならマーラー中尉は噂の人物。ヴェネツィア中の御婦人を夢中にさせている御仁なのだ。
オーストリアの軍服は白い上衣にブルーのズボン、衿は赤、あるいは黄。マーラー中尉は黄の衿の軍服でさっそうと
伯爵夫人や将軍たちのいる桟敷へやってくる。
「オペラはお好きですか」と尋ねられたリヴィアは「ええ。でも劇場の外にはみ出し、メロドラマの主人公気取りは
不快です。結果も考えずに衝動的に軽率に振舞うのは許せません」と答える。決闘へとはやる男たちの心を
メロドラマ気取りと暗に匂わせているのだろう。皮肉なことにメロドラマをあられもなく演じてしまう自分の運命を
リヴィアはまだ知らない。
姿・形の美しい男の常としてフランツは心ばえがよくない。彼は決闘を申し込んだ相手をさっさと逮捕させ、流刑に
してしまう。ヴェネヅィアを支配しているオーストリアの威を借りた卑怯な行為だ。リヴィアもそう思う。
ところがフランツは次の日、リヴィアに会うと、少しも悪びれず夜は物騒だから送っていきましょうと言う。
その時のフランツは一段と美しい。白い軍服の上に白の長いマントをはおった姿の若々しさ。夜の運河。光が
水面に反射して青白くゆらめく。怒っていた筈のリヴィアの心が溶けていく。その変化をヴィスコンティ監督は
運河にかかる橋をふたりが渡ることで私たちに知らせる。
リヴィアの黒いレースのシヨールが画面のなかで効果的に使われている。そのショールは前夜の劇場シーンでは
肩も露なドレスの装飾的なアクセントになっていたものだ。それが今はベールとして彼女の顔を隠したり、見せたり
する。時にはフランツを拒むしぐさとして、時には心を開くしるしとして。またの逢瀬をせがんだのはフランツの方だ。




HOME