《夕刊ツーカー
 『編集長・伊集院光の一言』フル書き起こし》


《2001年》
 
《12月》
3日『覗き見』
・覗き見が大好きだ。

 芸能人を生業とする以上かなりデンジャラスな、
 言うなればマーシーチックな書き出しで始めてしまったが、本当だから仕方がない。
 勿論「ミニにタコ」的な話をカムアウトするつもりではない、
 第一エロ系の妄想を行動に移す度胸なんかない。

 僕が好きなのは、不燃ゴミの日に捨ててある古いラジカセの中に
 入りっぱなしになっているカセットテープや、古本屋で買った10年前の雑誌の
 解き掛けのクロスワードパズルや、中古のスーファミ版のダビスタの
 カートリッジにセーブされたままになっている馬の名前が好きなのだ。

 それでも気持ちが悪い趣味だと思われる方もいるようだから言い訳しておくと、
 その持ち主を特定する気は毛頭無い。想像するのが楽しいのだ。
 、、、と書いたところでまだ気持ちが悪いと思う人はいるだろう。
 言い訳止め。

 以前この話をテレビのトーク番組で話し掛けたところで、
 もう一人のトークゲストだった島倉千代子さんに序盤で完全否定され、
 トークホストも「気持ちが悪いので止めなさい」的な判断を下し、
 二度とこの手の話はテレビでしないことに決めた。
 なぜなら島倉千代子さんの方が正常だとも思うから。

 わかっていただける方のみに向けて、その醍醐味を書く。
 今まで僕がいたく感動したものベスト3、
 第3位は、全巻通しで捨ててあった『ガラスの仮面』の単行本40冊。
 古本屋で買えば結構な金額のものだから普通に嬉しかったのは勿論だが、
 そのすべての裏表紙に名前が書いてあったのが良かった。
 しかも単行本の初巻にはたどたどしいひらがなで女の子の名前、
 巻が上がるに連れてそれが上手くなり、漢字へそして書かなくなるという流れ。
 しかもガラスの仮面と言えばまだ未完の作品、
 ここまで付き合って急にいらなくなるのはなぜ?
 やっと紅天女の主役が決まりそうなこの時になって、、、なぜ?

 ここからが楽しい。勝手な妄想ワールドに入る僕。
 ガラスの仮面の主人公、北島マヤの活躍に魅せられて
 小さい頃から女優を目指してきた持ち主の少女。
 演劇部、劇団、タレント事務所と着実に力を付けてきたものの
 夢はそう簡単に叶わない。年齢的なリミットも迫る中、
 最近の仕事と言えばワイドショーの再現ドラマにちょこっと出るくらい。
 しかも主役のカード破産したヤングミセスではなく
 ブランドショップの店員という、、、
 そんな中、故郷四国に住む年老いた母親からの手紙、
 いつもの見合い話ではなく「頑張りすぎないようにね」という文面。
 そして決意。さよなら東京、さよなら女優、さよなら北島マヤ。

 多分そんなこたぁない(タモリ風)。けど良い。

 第2位は、どっかのおじさんが結婚式のスピーチの練習をしているカセット。
 テープの頭しばらくは「本日は晴天なり、本日は晴天なり」という
 ベタすぎるマイクチェックから始まり
「エー、本日はお日柄も良く、この秋晴れの下新しい人生をスタートした、
 ○○君、○子さんにおきましては、、、」ときて延々30分、
 そして何より最高なのはスピーチ終了後の、
 おじさん「、、、かあさん、何分?」
 かあさん(少し遠くにいる様子)「28分」
 おじ「えぇっ!?そんあにないだろう!それは長いよ長すぎるよ!かあさん!」
 かあ「私はちゃんと計りましたよ」
 おじ「いや、それは無い、それは、、、」と延々と続く会話。
 巻き戻して計った28分。母さんに切れつつやり直すおじさん。
 テイク2、夫婦生活をほうきとちり取りに例えたエピソードをカットするも、
 なぜか30分。またお母さんに時空の歪みについてクレームを入れるおじさん。
「一人でしてください、ご祝儀袋を買ってきます。」と出ていくお母さん、
 そしてテイク3の途中で120分のテープが終わるという大作。
 大好きなイッセー尾形に勝るとも劣らない面白さだ。

 そして、1位がいまだに手元に残してあるクリスマスツリー。
 平成10年の夏に粗大ごみ置き場で拾ったそれは、
 箱入りの50センチくらいのクリスマスツリーで、
 箱の裏側に数行の日記らしきものが書いてあるという逸品。
 主人公はヒロとマーなるカップル。
 最初の日付は平成4年12月15日。
 お世辞にも奇麗とは言えない男文字で「池袋の西武で購入」とある。
 続いて12月23日「マーの手料理で楽しいクリスマス」と来て
 12月27日「しまう。また来年も楽しいクリスマスにしたい。マー%ヒロ」。
 次の日付は平成5年12月23日
「埃をかぶっていたツリーを出した。今晩は王子のロイヤルホストに行きます。」
 12月27日「しまう。二人の記念のツリー。マー&ヒロ」とある。
 そしてそれ以降は何も書いていない。

 突っ込みどころ満載だ。なぜ4年半も経ってから捨てる?
 それからマーとヒロはどっちが女?あとなぜ毎年23日にパーティー?
 ヒロとマーに幸多からんことを祈る。

(全文1,935文字÷テーマ「覗き見」3文字、645倍返し)

5日『自分の愚かさ』
・重いテーマだ。自分の愚かさ。具体的に羅列したらきりが無い。

 おそらくテーマ6文字×50倍の300文字でおさまる代物ではないし、
 300文字書ききるまでに参ってしまうヘビーさだ。
 中学校三年の時の志の高かった私。その私を客観的に見れば
 己の才能や資質を全く考慮できていないその高い志こそが
 愚か極まりないのだが、その分を差し引いても、
 彼にひざと額が擦り切れるほど土下座したところで
 許してはもらえないであろう今の自分の愚かさ。

「しいて救いは、少なくとも自分が愚かである。
 という自覚がある分だけ他の愚か者よりはマシなのだ。」と
 書いてみたところで、その開き直りがまた愚かだ。
 賢いということは何だろう。悩んでみたところで、
 頭の片隅には「愚息も昇天」や
「愚鈍、愚鈍、グドン・・・グドンって言う怪獣が
 帰ってきたウルトラマンに出てきたな。怪獣ツインテールを主食にしていて、
 確か図鑑には誰が決めたんだか
 「ツインテールは海老の味がするぞ。」って書いてあったな。」とか
 どうでもいいことが渦巻いている。
 めったに書かないテーマだから重くなるのも覚悟で臨んだはずなのに、
 こうして逃げているところがまた愚か。

 その突っ込みを書くことで「どうですわかっているんですよ。」という
 主張が愚か。
 中学校3年の頃の僕より少し賢くなったのは
「今日のところは寝るしかない。」という結論を持ったこと。
 おそらくずる賢くなったのだろうが。

(全文588文字÷テーマ「自分の愚かさ」6文字、98倍返し)

7日『トロンボーン』
・トロンボーンってどうだろう。

 大人になった今、かなりかっこいいのだが、少年時代の印象は
 トランペットに比べてなんか、、、なんかだった気がする。
(1)「僕、トランペットやってるんです」
(2)「僕、サックスやってるんです」
(3)「僕、トロンボーンやってるんです」
 何故だか、(3)が一番付き合いやすい気がする。
(ちなみに、(4)「僕、チューバやってるんです。」といわれると、
 デブな気がする。)

(1)は暑苦しいほど青春の匂いがするし、
(2)はヤリチンの匂いがするのに、(3)はいいやつ。
 なぜだろうと考えたところ、どうやらあの「伸び縮み要素」が
 そうさせていると思う。ブラスバンドの行進で前の人の頭を
 つかないように伸び縮みさせる技術、そして伸び縮み特有の
「ぷわぁ〜」という音、さらに今気づいたがトランペットとサックスは
 一人で演奏しても絵になるが、トロンボーンはちょっと。
 夕陽に一人立つアーティスト、
 トランペットならば死んだ友達を思っているに違いない。
 サックスを吹くアーティスト、死んだ女のことをしのんでいるに違いない。
 そしてトロンボーン。おそらく誰も死んでない。

 そして何より名前だ。「とろん。」ときて「ボーン!」だもの。あれが
「ギャレッティー」だったら幾分かっこよかったはずだ。

 ここで、トロンボーン奏者の方の名誉のために、こんな仮説はどうだろう。
「トロンボーンをやる人に悪い人はいない。」おそらくブラスバンド部に
 入部したときに希望者が殺到するトランペットを遠慮して
「僕トロンボーンに立候補します。」という気持ちを持っている人間。
 しかも、他の楽器に比べて高そうな(実際は知らない)トロンボーンを
 選ぶ当たり、裕福な家庭に育っている。そして伸び縮みの際に
 前の人を気遣う精神、孤独よりも協調性、死の匂いがしない。
 だんだん仮説は正しい気がしてきた。

 谷啓さんだってそうだ。人がいい。それから、、、
 谷啓さん以外、トロンボーンをする人を知らないや。

(全文798文字÷テーマ「トロンボーン」6文字、133倍返し)

10日『値下げしました』
・このコラムのテーマを決める基準は僕にもはっきりわからないのだが

 今回はこの「値下げしました」が気に入った。
「値下げしましたの話」というタイトルを自分で思いつくことはまずないが、
 こうして人に与えられると書きたいことがある物だ。こういう時がうれしい。

 私に言われるまでもなく、世の中は不況でデフレスパイラル状態らしい。
「デフレスパイラル!」大きい声で叫んでみたら黒いビームが出そうなくらい
 恐ろしい。重く低い声で「我々のデフレスパイラルを受けて見よ!」
 と言ってみよう。ゴレンジャーの大ピンチが浮かぶではないか。
 それはさておき、、、さておくべきだろう。読者の声が聞こえた
「それはさておけ!」そうださておいて正解だ。

 バブルの頃にはコーヒー1杯が1000円することがむしろ商売上有利な事で、
 値段を安くするよりも、高く設定した値段に信憑性を持たせることに
 重きを置いていた。コーヒー1杯飲むだけの場所に飾られた絵画、
 アンティーク、それに見合ったヨーロッパ調の内装外装、
 店員が外国人だったり、その週に現地で調達したばかりの
 フランス語のファッション誌が置かれていたり、
 コーヒーに使う水がどっかの山の湧き水だったり、
 豆が同じグアテマラでもセネボンチェペントス種(適当)だったり、
 特殊なサイフォンを使っているから、ヒューポス式?
(勿論適当、実際あの頃行ってないからわかんない)だったり、
 そんなこんなでコーヒー1杯1000円也で大繁盛していた。
「やっぱり違うわね、ヒューポス式は。」
「ここのコーヒーにはこれだけの価値があるもの。値段じゃないの。」
 この現象を「バブル」もしくは「どうかしていた」という。

 で、バブルはじけて大不況、デフレスパイラル。
「デフレスパイラルをうち破るには5人の力を合わせるしかない!」
「わかったわアカレンジャー!」、、、さておこう。
 さておかなければ大変なことになる。

 こうなると「値下げしました。」の張り紙を出すしかないのだが、
 そう簡単にはいかない。
 下町の定食屋なら素直に出せるし、張り紙を見た客も
「切りつめるのは大変だろうがこっちも大変なんだ。
 オヤジ、なるべくここを利用するから頑張ってくれよ、、、。」
 と心も通じ合おうという物だ。しかし、さっきの店はそうはいかない。

 何度も目の当たりにしているが、建築デザイナーに任せて
「ヨーロッパの郊外にある素敵な喫茶店」をモチーフに作られた店内に貼られた
 マスター手書きの「値下げしました」の張り紙は見るに耐えない。
 鼻毛の出たスーパーモデルだ。

 一つそこが崩れると、そのアリの穴からダムが決壊していく、
 外国人の店員も、絵画もアンティークも張り紙の前には何の効力も持たない。
 気が付けば「値段じゃないよね。」の皆さんは「安くてそれなりのもの」
 探しに夢中。ヒューポス式じゃないコーヒーをごくごく飲んでいる。
 下手すりゃ「まだヒューポス式飲んでる人がいるよ、クスクス。」だ。

 値下げしましたの幅も難しい。「悲壮感が漂わなくてお得な感出る下げ幅」
 とは何%なのだろう。10%じゃお得感に響かないし
 半額だと「あの頃の値段は馬鹿にしていたのか!?」という話になる。
 それどころか大手の「ヒューポス式で150円」なんて店まで出てきている。
 きっと一流企業で新開発商品の値段を決めるような仕事をしている人たちも
 このあたりで会議を重ねていることだろう。

 さようなら、ヨーロッパの一流ブランドのチョッキを着ていた
 ひげの手入れの為だけに週二回美容室に通うおしゃれなマスター。
 みんな「どうかしていた」から仕方ない。
 仕方ないでは済まないが、我らがゴレンジャーがデフレスパイラルを
 うち破る日まで、どんなにきつくとも生き抜くしかないのだ。

(全文1,518文字÷テーマ「値下げしました」7文字、216倍返し)

12日『宝くじ』
・インスタント宝くじにはまった。

 せっかちな僕には「その場で100万円!」という響きがたまらず、
 見かけるたびに一気に1万円分50枚くらい買っては
 コインでガジガジガジガジ削っていた。
「もしこれが100万円当たったらプレステ2を25台衝動買いする!」とか
「100円当たっていたら、タクシーで福岡ドームに野球見に行く!」とか
「お前に否応なしにアルマーニのスーツを買い与える!」とか
 宣言しながら一枚づつ削り、数字が3つ揃うと当選するルールのうち
「1等100万円」が2つ揃ったりすると
「やっぱり貯金したいけど取り消すのは格好悪いなぁ、
 こんなやつにアルマーニか、、、言わなければ良かったなぁ、、、」
 とどきどきしながら最後のスクラッチゾーンを削り取り、
 ホッとするやらがっかりするやら。一向に当たる気配がない。

 そのうち気がついたのが「平均的に少額当選が割り振られている」こと。
 1万円単位で買うと10枚1袋に区切られている者を5袋受け取るわけだが、
 これが
「はずれ7枚と500円当たり1枚と100円当たり2枚(先日の1等50万円の場合)」
 と言った風にきちんと振り分けられているのだ。
 勿論「5000円当たり」もあるのだろうが、この時買った2万円分は
 すべてこの「1袋2000円分で700円也」だった。
 僕はこの「振り分け」が気にくわない。ジャンボ宝くじの「バラ10枚」も
 キチンと末尾が0から9のものが1枚ずつ振り分けられていて
 1袋買うと必ず300円は当たるように振り分けられているわけだが、
 なんだろうこの「保険」は。

 100枚買って全部ハズレと言うことはないですよ、
 ほら末等が10枚入っているでしょう。良かったですね。という優しさが嫌だ。
 確率論に人の手が入っているのが嫌だ。100円2枚と500円1枚が
 出てしまった後の「あとははずれか、やっぱりな。」の感じが嫌だ。
 神様のイタズラで
「おいおいこの袋は全部100円当たったぞ!
 下手すりゃ1等当たるよりついてるんじゃねえか!?」
 みたいなドラマがないのも嫌だ。
 ぶっちゃけると100円だの300円だの要らないんじゃないのか?
 前後賞の5000万とか2等もいらない。
 その回の売り上げから第一勧銀の取り分を引いた全ての金額が1人に当たる
「1等300億円!1名、残り全部はずれ」が良い!!
 、、、っておそらく法律があってダメなんだろう。

 これは大げさとして、あれはいらないだろう。「宝くじの日お楽しみ抽選番号」。
 インスタントくじのはずれ券に書いてあるあれだ。
 宝くじの日に再抽選をして当たるとカメラかなんかがもらえるというあれだ。
 いつはずれくじを捨てたらいいのだ。やさしさはいいその分1等に乗せてくれ!

 興奮して書いたけど買うのはやめない。
 なぜなら僕の友人がインスタントくじで100万円当たったから。
 ある日友人と二人で魚民で飲んでいたら急にそいつが
「あのさあ、覚えてるかな、2年くらい前一緒に映画を見に行く途中で
 急にお腹が痛くなったって、俺帰ったときあったろ。」
「、、、ああ、たしか池袋でインスタント宝くじを買って、、、」
「それ!それなんだけどさあ。実はあの時100万円当たってたんだ」
「、、、」
「、、、すまん」
 僕は「今からでも遅くないから分け前よこせよ!」と言いたかったが
 飲んでいた場所が場所だけに止めた。
 責めもしないが、絶対こいつにはアルマーニはやらん。 

(全文1,376文字÷テーマ「宝くじ」3文字、458倍返し)

14日『古本屋』
・最初に古本屋巡りにはまったのは確か小学校4年生の頃。

 JRの田端駅界隈に住んでいた僕が、当時後楽園スタジアムまで
 野球を見に行くには「東43荒川土手〜東京駅北口という
 都営バスを利用して「本郷三丁目」という停留所で降りて球場まで
 5、6分歩く」という手順を踏むところを、目的の停留所を寝過ごしたか、
 デイゲーム終了後の帰り道に乗るべきバスの上り下りを間違えたかで
 たどり着いたのが、今も昔も本の国「駿河台下」停留所であり、
 いわゆる神田古書店街だったと記憶している。

 そこで出会った本が「アストロ球団」だった。
 その頃から野球漫画には目がない僕は、既に連載が終了し幾年かが経ち、
 古本屋の店先に並ぶことが多くなっていたこの漫画に目を付け、
 さらに「表紙無しは一冊50円」という価格にも心奪われ、
 母親が「何か予想外のことが起こったときに使いなさい」と言って
 持たせてくれた500円札で5、6冊買った
(アストロ球団に出会ったことは僕にとって予想外の出来事だったが、
 母親には怒られたような記憶が)。

 この時、アストロ球団は20巻完結まで全て(もしかしたら22巻)出版済
 だったのだが、古本屋の
「表紙無しコーナー(コーナーと呼べるほどのモノでは無し、
 要は「新品同様が全巻揃っていればそれなりに主力商品だけれども、
 表紙もないような、しかもバラの、さらには中途半端に古い漫画なんぞは
 まとめて積んでおけ、売れれば儲けものだ」的な所)」には
 1、2、3、10、17、19巻という感じでしか置いてなく、
 思えばこのでたらめな買い方が後の古本屋巡りに繋がった。

 今でも僕の読んだ野球漫画ベスト5に入る「アストロ球団」。
 愛蔵版も好評発売中とあってはここに書くまでもないが、
 同じ日に生まれ、体のどこかに野球のボール型のあざがある、
 沢村栄治の生まれ変わりと言われる9人の超人を日本全国から捜し出し、
 史上最強の野球チームを作るという目標のもと、
 2メートルの外野手が1メートル50センチくらいのもう一人の外野手を
 10メートル以上放り投げてはるか上空のホームラン性の打球を
 全てキャッチする双子の超人や、、、
(アストロ球団への思い入れはまたの機会にゆっくりと)

 とにかくこいつにやられてしまった僕だが、
 困ったことに「歯抜け」状態である、1巻から3巻は復讐球団なるチームを
 倒すストーリー、3巻の終わりまでに嫌ってほど復讐球団のすごさを
 見せつけられ、集まった超人もまだ9人中3、4人さてどうなる!?
 というところで10巻へタイムスリップ、相手が金やん率いるロッテオリオンズに
 なっている。見知らぬ超人は増えているわ、ロッテに死者はでているわ
 、、、で17巻、またも知らない超人しかも敵、でも物凄い迫力で面白い
 どうなるんだアストロ球団の運命は!?

 、、、で、19巻。もうこうなったら集めずにはいられない。
 神田に出かけては16巻と12巻、歩き回って18巻、古本屋の店先に
 うずたかく積まれた「表紙無し」の山の下の方にアストロ球団らしき本が!?
 しかし向きが逆で何巻だかわからない。店の親父のいぶかしげな視線を浴びながら
 全ての山を切り崩して手に取ったら3巻。すでに持っている。
 神田を歩き回り見つけた新たなる古本屋、なんと「表紙無し」は
 3冊100円の激安。
 そこで奇跡的に見つけた5、6、7巻、家に帰るのも待てずにバスの中で読んでみたら、
 安いわけだよ読むそば読むそば本がばらばらになっていく、、、古文書かこれは!?
 兄曰く「早稲田には大学があるから古本屋がいっぱいあるんだ。」
 その早稲田で見つけた13巻、家に帰って読んで見たら仁王立ちする主人公
 宇野球一の股間にマジックで殴り書きされたチンコが!!
 およそ一年かけてコンプリートした頃には、アストロ球団はもとより、
 この古本屋巡りという現代のトレジャーハンティングにすっかり夢中になっていた。
 隣の店で150円のものが、こっちでは3冊100円、全巻揃っているものは
 20巻で4千円もするけど、3件回ったら1000円足らずで揃った。
 安物買いの銭失いアリ、未整理の棚の中に見つけた目的の1冊に
 目をらんらんと輝かせ「これいくら!?」と尋ねたら思いっきり足元を見られて
「250円」と言い切るオヤジとの駆け引き。
 そしてクラスの誰もが読んだことのない、しかも面白い本。

 そして今、大手の古本チェーン店の発行した目録なるもののおかげで、
 全国の古本漫画の値段はほぼ均一になった、また別のチェーン店は
 オンラインで結ばれ、目当ての本がすぐに見つかるようになった。
 すごいだろう、少年時代の私よ。確かにすごい、が、なんか
 、、、なんか上手く言えない現在の私だ。

(全文1,911文字÷テーマ「古本屋」3文字、637倍返し)

17日『現代味噌汁の具』
・「味噌汁の具と言えば?」と言う問いに対して「えー!?」という声が

 あがらない、つまり大多数が頷ける限界はなんだろう?
 豆腐、わかめ、あさり、しじみ、あたりは問題ないだろう。
 キャベツはどうだろう。僕がキャベツの味噌汁を初めて知ったのは、
 藤子不二雄先生の自伝的漫画「まんが道」の中で
 寺さんこと寺田ヒロオ先生が作っていたシーンを見たのが最初だから、
 昭和50年頃だと思われる。しかし、この寺さんのアイデア料理
「キャベツの味噌汁」を見て実際に藤子不二雄先生が驚いたのは
 その実録漫画の舞台となる昭和30年代終盤のことだから、
 少なくとも出現からすでに半世紀近くが経っていることになるわけで、
 すでに古典の域に達していると思われる。
 今や「えー!?」とはならないだろう。

 コーンは「えー!?」だろう。
 でも全員に「えー!?」といわれたところで
「みそバターコーンラーメンってあるでしょう、あれと同じ。
 おみそ汁にコーンを入れて、少しバターを入れると
 美味しいんだから。」と言われると、「ほー。」とも言うだろう。

 問題は「エリンギの味噌汁」だ。
 先日友人と温泉旅行に行ったとき、晩御飯の献立の中に
「エリンギの味噌汁」があった。美味しかったし、あること自体に
 問題はないのだが、その時の中居さんの態度に驚いたのだ。

 たまの旅行なので、少し奮発して取った宿のせいもあり、
 食事はかなり高級で、一品運び込まれるたびに中居さんは
 その料理を説明してくれた。
「こちらはえび芋の生うにのせでございます。」
「こちらはキヌガサ茸の中にひき肉とクワイを詰めたものに、
 焼いたハゼでとっただし汁をかけたものでございます。」
 と言った具合だ。
 40歳代中盤と見受けられる中居さんは饒舌に一つ一つ、時には
 飽きるぐらい事細かに自慢の料理を説明してくれた。
 そして中盤に出てきたのがエリンギの味噌汁なのだが、
 これだけは「お味噌汁でございます。」の一言で終わりなのだ。

 てっきり豆腐あたりが入っているものと思ったら、
 ふたを開けた中にはエリンギ。
 食感のシャクシャクした新種のきのこで、
 つい数ヶ月前買い物先の小じゃゃれたスーパーで
 かみさんから教わったばかりの新入りのあいつだ。
 バター焼きにしたら美味かった、期待の新人だ。
 僕の中ではバター焼きになるために来日したそいつが味噌汁に?
 大丈夫か?、、、繰り返しになるが、これが以外に美味しい。
 美味しいのだから問題はないが、説明無しでいいのだろうか?
 説明して欲しいわけではないのだが、なんというか、
 これは「お味噌汁でございます。」と言うほど普通の具なのか?
 周りのみんなは違和感なく飲んでいる。
 僕だけが「笑っていいともの会場で、みんなが黙っている時に
 一人奇声を上げて、浮き上がっている馬鹿女」になった気がした。
 ねえ、みんな?エリンギって普通?

*7文字ちょうどの
「現代味噌汁の具」というテーマ、センスを感じました。
 ありがとうございました。

(全文1,187文字÷テーマ「現代味噌汁の具」7文字、169倍返し)

19日『コンドーム』
・みんな何時つけてるんだコンドーム。

 窪塚洋介だろうと、ディカプリオだろうと、どんな素敵様だろうと、
 コンドームをつけている時は格好悪いはずだ。
 スネークマンショウ以降のコントで「薬局で買うのが恥ずかしい」コントが
 演じられているが、着けるときの恥ずかしさに比べれば、コンビニのレシートに
「たべっこ動物、こてっちゃん、コンドーム(コシノジュンコ)、
 ドカベンプロ野球編38」と表記されている状態などなんでもない。

 何かあの箱から小さな袋を出して先っぽに当てて、くるくるくるっとやる
 手順を思い浮かべると、甘栗の袋に書いてある
「袋から一粒取り出し、爪で横に割れ目を入れて、両サイドから強く押して、
 殻を取る」みたいなのを思い出す。

 一人で練習したこともある。しかもその練習から童貞を捨てるまでに
 かなりの年月を要した恥ずかしさもある。

 だいたい素敵様たちは、どこに隠し持っていて、どのタイミングで
 パー着(パーマンがヘルメットをかぶるときのかけ声ね)するんだろう。
「今日はそんな予感がする日の朝すでにつけて行く」説は、
 コッチコチの童貞期にクラスのエロ博士(もちろん童貞)森川君が出した
 定説になっていたものだが、おそらく「地球は平らで象と亀が支えている」
 級の大嘘だろう。
 それじゃあ直前と言うことになるのだが、ムードも気持ちも高ぶったところで
 する「作業」はもどかしい上になかなかうまくいかないことこの上ない。
 しかもたいていの場合暗いし、
「押さない、駆け出さない、喋らない」の「おかし」よろしく
「破れる、巻き込む、しぼむ」の「やまし」だ。
 まあ仕方なく後者でやっているんだけど、、、。

 忍ばせる場所もわかんない。日活ロマンポルノあたりの面白シーンでは、
 岡本信人似の俳優さんが女性がシャワーを浴びている隙に
 枕カバーの中に忍ばせていたものだけれど
「その跡部屋に入ってくる力也さん風」というオチ&大爆笑とセットになって
 覚えているので実践する気にならない。
 左手に握ってずっとグー?人差し指と中指にうまく挟んで
 手の平側だけ見せるマリック方式?
 肥満児特有の垂れた男乳の裏に隠しておく?
 天井に張り付いているハットリ君から手裏剣よろしく投げてもらう
「ケンイチ氏頑張るでござるニンニン!ドロン!!」?
 まあ仕方なくハットリ君に投げてもらってるんですけど、、、。

 保健体育の教科書に正しいところを載せておいてくれれば良かったのに。
 と、書いたところでもはやこんな機会もありゃしないんだけれども
(自分突っ込み)。

(全文1,022文字÷テーマ「コンドーム」5文字、204倍返し)

21日『漢字変換』
・パソコン使い始めて早20年、最初はパソコンという名前すらなく

 マイコンピューターマイコンなどと呼ばれていたっけか。
 漢字を表示するには「漢字ROM」なる別売りのパーツが必要で、
 ワープロソフトもなかった。
 だから最初に漢字変換を体験したのはワープロで、
 今考えてみればこちらもかなり不便きわまりない品物。
 一機種につき50音配列とJIS配列のキーボードが売り出されてたのを
 覚えている。今は当たり前のように使っているローマ字変換なんて
 かなりの達人の技のみのだったからなぁ。
 逆に左端からあいうえお順にならんだ50音配列キーボードなんて
 今となっては打てないだろう。人間とはなんて順応性の高い動物なんだろう。
 と、ブラインドタッチどころか我流きわまりないタイピングで書いている
 僕が言うことではないだろうが。

 比べると今のワープロソフトの変換エンジンの頭のいいことと来たら。
 5、6年前の漢字変換機能だったら「かんじへんかんきのう」を
「幹事返還昨日」なんて
「私この『奇妙な石を舐めてみる会』の幹事職を10期に渡り
 おおせつかってまいりましたが、昨日付けを持ちまして、、、」
 といった意味合いに変換していたというのに、
「かんじへんこう」なら「幹事変更」へ「かんじへんかん」なら「漢字変換」へ
「かんじかたがへんなのこのへん」なら「感じ方が変なのこの辺」と
 一発で変換してくれる賢さだ。

 さらには学習機能なんていって、僕の癖を覚えてくれているというからすごい。
 要は僕がよく使う漢字を選んで変換してくれるこの機能、
「ひかる」は普通「光る」だが「光」に、「しのおか」は「篠岡」に、
 もともとは「死の丘」とモヘンジョダロ風になっていたのに
 ほんの1、2回の使用で覚えてくれた。実に賢い。

 ただこいつのちょっと困ったところは、使い込んだワープロソフトを
 ひとに貸す時にはずかしいと言う点だ。
 私のソフトだと「スカトロ」が完全に一発変換できる。「ポコチン」もだ。
「ケツ毛もっさもさ」なんて見事だ「けつ」はカタカナ「げ」を「毛(け)」に
「もっさもさ」をひらがな。試しにご自分のワープロで打ってみて欲しい。
 こうはいかないはずだ。

 ということはどういうことか。私は日頃このパソコンで
「スカトロ」だの「ポコチン」だの「ケツ毛もっさもさ」だの
 打ち込んでいると言うことに他ならない。3歳児が「ざけんなよ!」とか言うと
「ああ、このうちのお母さんは下品だな。」と思うのと同じだ。

 きちんとしつけた、外面用のワープロソフトも作らねば。

(全文1,025文字÷テーマ「漢字変換」4文字、256倍返し)

24日『不釣合いなこと』
・何年か前のことだ、別段見る気もなく流していたNHKの音楽番組の中で、

 電気グルーヴの石野卓球氏がインタビューに答えていた。
 石野氏とは何度か仕事を通して交流させてもらったことがあり、
 同じ電気グルーヴのピエール瀧氏とともに言語感覚に優れた人なので、
 印象深い言葉を頂戴することが多く、期待して画面に注目していた。

 その時僕が期待していた印象深い言葉とは、以前聞いた「ノーパン上司」や
「鼻毛暴れ牛」、「野グソつかみ放題サービス」の類だったのだが、
 いい意味で期待を裏切られた。

 それは、ストップウォッチのカチカチ言う中での一問一答方式の
 インタビューで、いつもどおりの言葉(僕の期待していたような言葉の)の
 羅列の中に不意に顔を出した。

 問 「嫌いな人のタイプは?」
 卓球 「身の程を知らない人」
 問 「好きな人のタイプは?」
 卓球 「身の程を知っている人」
 問 「どんな人間になりたいですか?」
 卓球 「身の程を知ってる人」

「いいこと言うなぁ。」 テレビの前でうなずいていた。

 この「身の程を知ること」がどれだけ大変なことか。
 たいていの場合この「身の程を知っている」自負がある人は、
 自分を過小評価している人、極端に保守的な人、被害妄想的な人が多くて
 少し困る。
 勿論「身の程を知らない」人は大いに困るので、
 ぼくは「知っているを自負する人」の方が大好きだが
「身の程を知る」あんばいは実に難しい。

 まして職業柄、あえて不釣合いなことをすることで面白がられる
「身の程を知らないエンターテイメント」すら存在する。
「伊集院レベルでキャデラックに乗る。」は僕の中でおもしろだが
「伊集院ワーゲンゴルフ乗ってやんの。」は恥ずかしい。
 あくまで自分感覚なので基準は良くわからないが。

 出川哲郎氏がポルシェに乗っている事実はあまり知られていないが、
 僕は上記の意味合いでこれが好きだ。「あえてポルシェ」
「何も無理してポルシェはないだろうエンターテーメント」だと
 理解している。おそらく国産のオープンカー辺りだと釣り合いすぎていて
 不釣合いだと思う。

 「不釣合いな仕事」が来る時もある。
 事務所と僕の「身の程」感覚がずれる時もある。
 それに関しては最近になって「それを断っていては進歩がない。」と
 考えることにしている。
 完全に照れと被害妄想を捨て切れているわけではないが、
 今一番おしゃれなデートコースを案内する役回りを請け負っている時に
「自分でもわからない可能性の開拓」と
「釣り合っていると思って雇った側にも責任はあるのだから。」と
「テレビの前での突っ込みへの期待」をブレンドして前向きに乗り切っている。

 ちなみに2002年、正月休みを僕は初めて海外で過ごす。
 しかもハワイ、オーストラリアあたりの「THE芸能人コース」を通り越して、
 バハマだ。不釣合いは承知だ、でも行くならバハマだ。
 バハマサンセットを眺めながら葉巻とカクテルだこの野郎!
 リクエストがあればその不釣合いぶりも書くぞちくしょうめ!やんのかコラ!

(全文1,197文字÷テーマ「不釣合いなこと」7文字、171倍返し)

26日『道路交通法』
・僕は普通自動車運転免許を持ってない。

 昨年かろうじて取得した原動機付自転車免許を持つのみで、
 他には大型特殊もふぐ調理師も煉瓦積み技師の免許も持ってない。
(過去に中型自動二輪免許を持っていたことがあるが、それが何故
 なくなったのかはまたの機会で、ヒント「交通保護観察処分」)

 その原動機付自転車免許を取りに行った際に書店で購入した問題集に
 こんな問題が出ていた。
「とても眠くて、このままじゃ事故を起こしそうだったので覚醒剤を使用した。
 ○か×か?」
 勿論正解は×だが、どうなんだろう。
 この問題は別にギャグとかそういうのではなく、真面目に、しかも
「過去に出された問題の中から1000問を出題」などと書いてある。
 仮に本番の試験でこの問題にだけ「○」をつけて不正解するも、
 残りの49問に正解、原付免許の合格ラインは正解率90%以上だから
 堂々合格と言うことになるが、どうだろう。
 解答用紙や問題用紙は回収されてしまうシステムなので
 本人はそれを信じたまま原チャリに乗り続けるのだろう。
 道路交通法云々の問題じゃない。

 だいたいあの試験には国語的に変だったり、解釈の難しい問題が多い
 ような気がする。
 僕は過去原付免許を4回受験その内3回合格しているが
(この辺もまたの機会に)その中で実際に出た問題に
「猛烈にお腹が痛かったので、急いで原動機付自転車を運転した。○か×か?」
 というのがあった。正解は「×」らしいが
「猛烈にお腹が痛い」とはどういう状況なのだろうか?
「緊急避難」ということもある。それが
「ヘソあたりがザックリ切れて腸がダラリとこんにちは、なのに
 119番を呼んでいては間に合わないとき」と「うんちが漏れそう」では
 随分状況が違う。うんちは「漏らせ」だし前者は「頑張って生き抜け」だ。
 このあたり僕が単なる「屁理屈小僧」なのだと切り捨てる人もいるだろうが、
 こんなものもありながら
「車が来ていないようだったので、速やかに発信した。○」
「正解は×来ていないと思っても安全確認するべき。」というような
 国語的な引っかけをあちら側から出してきたりする。

 結局こんな事言っても仕方がないのは、免許を取る側は試験に受かれば
 良い訳で、渡す側は受かってもらえばよい。
 だからわざわざ直そうという動きはどちらからも起きない。
 道路交通法や交通安全意識に関しては、試験とは別に自分のために
 自分で覚えると言うことだ。

 あと、原付自動車の二段階右折っておそらく自分で運転しない人が
 決めたものだな。自動車側にも原付側にも邪魔だから。
 もっとも、僕なんかは二段階右折が面倒臭くて原チャリに乗らない日も
 ままあるので交通安全的にはよいのか。

(全文1,087文字÷テーマ「道路交通法」5文字、217倍返し)

28日『回転寿司』
・回転寿司が好きだ。寿司と同じくらい好きだ。

 この書き出しで言いたいことは、回転寿司と寿司は僕の中で
 別物と言うことだ。
 間違えてもらっては困るのは「所詮回転寿司」という事ではない。
「パスタと親子丼どっちが美味い」という議論が成り立たないのと同じく、
 ジャンルとして同等であり、むしろどっちの料理ショーで
「回転寿司VS寿司」を企画して欲しいくらいだ。
 回転寿司が寿司の二軍という感覚にはまったく持って同調できないし、
 カウンターの寿司屋の親方にありがちな「回転寿司なんてものは」
 と言う調子にも決して首を縦に振らない。
 もしかしたらこれは僕のかなりコアな場所にある
「ラジオとテレビは別物であり、
 決して映像のないテレビがラジオなわけではない。」というポリシーに
 近いかもしれない。

 初めて自分の金で回転寿司に行ったのは高校1年生の時だった。
 冬休みにアメ横でアルバイトをした。
 当時としては破格の時給950円と、当時も今も労働基準法を越えている
 朝6時殻深夜0時までの1日18時間労働、暮れの一週間をまるまる働き
 大晦日の晩、というよりも元日の早朝に得たものは
 当時で言うボヘミアンばりの声と11万円という大金。
 一緒に働いた大野君と木村君と近藤君の4人で「何か贅沢をしてみたい」
 ということになり、正月早々回転寿司に繰り出した。
(あとで聞くと4人が4人とも
 「ソープランド、当時で言う中東の国名のついた風呂屋に行こう」
 と言いたかったが勇気はなかった。恥&蛇足か。)
「うまいうまいうまいうまい」若き4人の葛城ユキはそう言いながら
 感激していた。

 ラジオのレギュラーを得て安定した収入が出来たときも回転寿司に通い詰めた。
 唯一の戦友であり親友の同い年の放送作家と池袋の回転寿司に行きまくった。
 僕はおそらくこの時
「いつか普通の寿司屋に通えるようになっても、
 回転寿司を『あんなもの』という人間にはならないし、
 高級な寿司屋に行けない収入なことを酸っぱいブドウ方式で
 『高いだけじゃん』という人間にもならない」
 事を心に決めた気がする。

 この頃僕を困らせたのは「名前のわからないもの」の存在だ。
 元来寿司を食べ慣れていない僕は、ちょくちょく見かける
「白くてコクがあって美味い奴」の正式な名前が解らないでいた。
 頻繁に回っているときはいいのだが、中途半端な時間は例の
「回ってないものは誤気軽にご注文下さいね」ルールになっているので
 どうご気軽に声をかけていいのかがわからない
「板さん!白くてコクがあって美味い奴一丁!」とは言いづらい。
 だから僕は店に行くなりこの「白コク美味い」を回ってるだけキープする
 方式をとっていた。

 がしかし、時折僕と同じ「白コク美味い」通が同席しているとまずい。
 それが上流に座っているとなおさらだ。瞬く間になくなる「白コク美味い」、
 そいつが注文してくれれば名前も覚えようと言うものだが満足顔。
 僕は全然食べたりない。もう恥も外聞もない
「すみません、白くて、コクがあって、ほら、上に細かく刻んだネギが
 載ってるアレを、、、3丁握って、、、くれませんか、、、」
 すかさず件のあいつが「じゃあ、僕も4丁。」なんて言いやがる。

 随分試行錯誤をしたものだ、店の中にある木札を
「俺の知らないネタは北寄貝ってやつと、ビンとろってやつだな、、、
 板さん!北寄貝とビンとろ!」「ハイお待ち!」「、、、どっちも違う」
 てな具合に消去法で絞っていって、ついに「えんがわ」にたどり着くまでに
 半年かかった。今でもえんがわが大好きだ。

 僕が一番好きな寿司はあわび、回転寿司はカリフォルニア巻きハワイ巻きだ、
 アボガドをふんだんに使ったメニューは気取った寿司屋にはあまり無い。
 あとアメリカの回転寿司やで食べた
「生うに軍艦の上にウズラの卵の黄身が乗った奴」
 日本ではあまり見かけないが作って欲しい。同じアメリカ回転寿司屋にあった
「フルーツ軍艦」はいらない。

(全文1,589文字÷テーマ「回転寿司」4文字、397倍返し)


 
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