妹さんと大分感じが違うのね、とは、よく言われるセリフ。
 長い黒髪。しとやかそうな顔つき。長身だが華奢な体躯。なまじ外見が似ているものだから、中身まで同じだと思われがちだ。
 実際はまるで逆。
 私は嫌いな奴にもにこにこ愛想を良くするのは苦手だし、じっとお花の相手をしているのも、ひたすら綺麗な文字を練習し続けるのも嫌だ。 ましてや指先にまで神経を遣って立ち上がったり、座ったり、歩いたりだなんて、考えただけで眩暈がする。
 妹のことはもちろん好きだし、可愛いとも思うが、私は私、別人なわけで―――


 突きあげた脚は、狙い違わず男の顎にヒットした。隣で息を呑む音が聞こえたが気にしない。勢いのまま振り切って、靴底を地に戻す。
 目の前の軟派男はだらしなく体をかたむけると、数歩よろめき、そして倒れた。
「これに懲りたら、二度とうちの妹に手を出そうなどとは考えるなよ」
 腕を組んで吐き捨てる。が、返事はない。完全に失神してしまったようだ。
 自業自得とはいえ、さすがにこれはちょっと―――
「姉様……やりすぎです」
「当然の報いだ」
 隣からの指摘にぎくりとしつつも、素知らぬ顔で断言する。
「ベリアもつきまとわれて困っていると言っていただろう」
「でも……」
「大丈夫、死んでない」
 たぶん。
「男は無駄に頑丈にできているから心配ないよ」
「そうですか……?」
 私と同じ緑の瞳が、私とは違う不安げな色を帯びて揺らめく。気性を表すかのような真っ直ぐでやわらかい髪。質も長さも似通っているのに、私よりずっと繊細で儚げだ。
「ほら、こいつはほっといて教室に戻れ。次は実習なんだろ? 早く行かないと遅れるぞ」
「あ、はい。でもこの人は?」
「あー、分かった分かった。私が医務室に連れていく」
「はい。姉様、お願いします」
 わざわざ丁寧なお辞儀まで残して、ベリアは小走りで去っていった。
 自分と同じ黒髪を見届けてから、私は昏倒した男に目をやる。
 名前は知らない。学年も知らない。そもそも顔をよく見たこともない。ただベリアにしつこく言い寄っているという印象しかなかった。
 妹はしばしば、こういったトラブルに巻き込まれる。人見知りのきらいはあるが、基本的には誰にでも優しく、また穏やかで控えめなベリアは、たいそう人に好かれる。 とりわけ、異性に。
 好意を告げられるたびに断っているようだが、それで諦めてくれるならまだいい。問題は、断られてもめげない厄介な野郎どもだ。
 私は常々、そんな奴らは蹴り飛ばすか殴ってやれと助言しているのだが、人の好いベリアがそうそう相手を邪険にできるはずもなく、それにつけこんで調子に乗る馬鹿が後を絶たない。
 それでも最近は、私が片っぱしから追い払っているので、いくらかマシにはなったのだが。
「まったく……」
 溜め息をついた時、遠くでゴォンと鐘の音が鳴った。午前の最後の授業開始を告げる音。―――しまった、時間をとられすぎたか。
「……あ! こんなところにいたの」
 ふいに声を掛けられ振り返った。きれいな金髪を巻いた少女が駆け寄ってくる。友人のテレフィラだ。
「いつまで経っても戻ってこないと思ったら、男と逢引? ファンクラブの女の子達が怒り狂うわよ」
「相手の男が気絶して倒れているこの状況を見て、どうしてそんな発想になるんだ。しつこかったからお灸を据えてやっただけだよ」
「また妹さん? でも、蹴り飛ばすのはどうかと思うわ。女の子として」
「蹴り飛ばしたなんて言ってないぞ」
「じゃあ殴り飛ばしたの?」
「いや、蹴った」
「でしょ?」
 テレフィラは朗らかに笑う。そして考え込むように指先を頬に当てた。
「それで、どうするの?」
「何が?」
「授業。始まっちゃっているけど」
「昼まで適当に時間を潰すよ。今から行ってもまた説教を食らうから」
「そうね。それに、どうせ彩術さいじゅつ理論だもの。私には必要ないし、あなたは最初から学ぶ気がないわね」
「……………」
 学ぼうとしても理解できない、が正しい。ベリアやテレフィラのように頭を使うより、体を動かしている方が好きなのだ。
 私は置きっぱなしにしていた鞄の存在を思い出して、身を屈めた。
「そうと決まれば、この間いいところを見つけたのよ。行きましょ」
「―――なあ」
「ん?」
 鞄を拾いあげながら、胸の前に落ちてきた髪をつまむ。
「私、髪でも切った方がいいかな?」
「どうして?」
「うーん。……なんとなく」
「長いのは嫌いなの?」
「嫌いではないよ」
 特別な思い入れがあるわけでもないが。
 それならいっそ切ってしまってもいいとも思う。
 ぼんやり考えていると、テレフィラがおかしそうに笑った。
「短い方が好きなら、切ればいいんじゃないかしら? どっちも似合うと思うわ。強いていうなら、長い方がいくらか私の好みではあるけど」
「……切るか」
「あら、残念」
 妹と同じ長さの黒い髪。
 ―――別に、コンプレックスというほどのものではなく。
 ただ少しだけ、私は私のままでいいのか、なんて、思うだけ。


 昼を知らせる鐘が響くと、学園内は一気に騒がしくなった。
 慌ただしく食堂へ駆けこんでいく生徒を横目に、私は弁当箱を持っていつもの場所へ向かう。
 途中、なぜか頬を赤らめた女子生徒何人かに誘われたが、これまたいつものごとく適当に断り、廊下の先にある古い造りの扉を開いた。
 とたん、風が通り抜けていく。
 非常階段の踊り場。そこが定位置だ。たいして高くもないので眺めはいまいちだが、風がよく通るので心地いい。
 階段に腰掛け、弁当箱を膝に乗せる。
「短い方が好きなら、か」
 少し前にテレフィラが言った言葉を反芻する。
 どちらが好きということはない。また嫌いというわけでもない。
 だが、妹とまるで中身が違うのに、妹と同じ髪型なのはどうかとは思う。
 ―――よく似ているのに、性格は違うのね。
 言われるたびに、見た目も変えなくてはならないのだろうかと悩んでしまう。
 ばっさり短くするのが一番手っ取り早いのだが。
「……サボり魔発見」
「んあ?」
 考え事をしているところに突然声が聞こえて、思わず妙な返事をした。無理矢理首を回して相手を確認する。
 少し長めの金の髪と、神経質そうな青い瞳。呆れたような表情で、眼鏡の青年は立っていた。
「先生が怒ってたぞ。放課後残れってさ」
「それは聞かなかったことにする」
「俺は言った」
 相変わらず口うるさい男だ。私はわざとらしく溜め息をついて顔を前に戻した。
 カン、カン、カン、と階段を降りてくる音がする。靴が隣で止まった。
「1人か? アスネールは?」
「テレフィラなら呼び出しだ。4年のお姉さま方にな」
「……またか。ほっといて大丈夫なのか?」
「相手は3人しかいなかったから大丈夫だろう。彩術1発で終わると言っていた」
「彩術の校内での無断使用は禁止事項だ」
 本当に口うるさいな。
「今更遅い。もう決着がついている頃だよ」
「いつもいつもおまえらは……」
「優等生は大変だな」
「そう思うなら協力しろ。ゴタゴタの大半はおまえらなんだからな」
「私達が起こしているわけではない。向こうから来るんだ」
 まるで私達のせいみたいな言い方は不本意極まりない。
 だが彼も彼でその辺りはよく理解しているらしく、それ以上責めることはなかった。
 代わりに、私の手元を覗きこみながら尋ねてくる。
「腹でも痛いのか?」
「いや。なぜ?」
「まだ半分以上残っているのに、箸を置いてるから」
 言われて、弁当箱の上に乗せた箸に気づいた。
「ああ。少し考え事を」
「……考え事? おまえでも考えることがあるのか」
 なんだこの失礼なインテリメガネは。
「―――で?」
 しかし反論する前に重ねて言われ、私は口を結んだ。眉を顰めて聞き返す。
「で、って?」
「何か悩んでるんだろ?」
 このメガネはいつもこうだ。
 おせっかいというか世話焼きというか。文句を言うわりに面倒見がいい。テレフィラに言わせれば、私も同類らしいが。
「それほど大したことでもない。ただ髪を」
「髪?」
「―――切ろうかと」
 一瞬悩んで、とりあえず事実だけを伝える。
 彼は不可解そうに首をかしげた。
「何か意味があって伸ばしてたのか?」
「いや。ただ、母親に姿だけでも女の子らしくしてくれと泣きつかれたんだ」
「つまり身も心も男らしくなる決心をしたと」
 殴ってやろうかこの野郎。
 殺意が湧いたが、それはすぐにしぼむ。よくよく考えればその通りだった。
「そう。―――妹と、同じだから。私には似合わない。私は私らしい外見にした方がいいかと思って」
「おまえらしい外見って?」
「……さあ? それを今考えてる」
 髪を短く。色を変えて。いっそパーマでもかけるか。
 そこまで考えて、ひたすら妹と反対のものを目指している自分に気がついた。
 まあ性格が正反対なのだから、見た目も正反対になれば間違いはないのかもしれない。
「似合ってるんじゃないか?」
「んあ?」
 またもや間抜けな返事をしてしまう。首を伸ばして見上げると、彼は真面目くさった表情で繰り返した。
「まあまあ似合ってる」
「なんかさっきと微妙にセリフ違わないか?」
「少なくとも」
 彼は視線をそらして腕を組んだ。
「そうやって細かいことを考えている方がらしくないと思うぞ」
「そうかな」
「そうだ」
「……………」
 ―――それって、細かいことが考えられない馬鹿って意味じゃないか?
「おい―――」
 抗議のために開けた口が、かたまる。
 目の前でうさぎリンゴが浮いている。違う、いつの間にか奪われた箸でつままれているのだ。
 あっと思う間もなく、私のデザートはそのまま彼の口の中へ消えた。
「お。美味い」
 しゃくしゃくと良い音を立てて頬張ると、彼はご丁寧に箸を揃えて弁当箱の上に戻す。ごちそうさん、などという呑気な声が聞こえたが、ひどく遠かった。
「……………」
 リンゴは一切れだけだ。朝食に出たものの余りだった。
 最後の楽しみに残していたリンゴを。勝手に。しかも人の箸を使って。毎日ベリアがうさぎの形に剥いてくれているリンゴを。人が悩んでいるというのに何をこいつは――― というかこれは俗に言う間接キ……
「……き」
 その時、色々な何かがぷつんと切れた。
「貴様―――」
「……あ! おいおまえら、なに喧嘩してんだ!」
 彼は白々しく大声を出して階段の手すりから下を覗きこみ、さっと身を躍らせた。
 ―――逃がすか!
「待てこのメガネっ! よくも私のリンゴをっ!」
 なぜか熱くなった耳は無視をして、私は手すりを飛び越えた。
 首筋を逆さに撫でて舞い上がる長い髪。着地すると、いつものように胸元に滑り落ちた。
 風で浮いて、垂れて、跳ねて。
 ああ、そういえば。
 妹の髪はこんな風に暴れ回らない―――

-了-