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 「生きる」 1999/8/31

何もしなかったのは「やる気」がなかったから

「生きる」ことに目覚めた公務員

死を目前に彼は「やるべき仕事」を始めた


 無気力、無感動な人生を送ってきた定年間際の地方公務員の男が、自分の余命があとわずかだと知ってから、公僕としての自分の仕事に目覚める。人間として自分は何をすべきかに目覚める。そして何よりも「本当に生きる」ことに目覚める…。「社会派・橋本忍」の脚本が光りに光った黒澤映画の最高傑作である。1952年、東宝。黒澤明監督作品。

 市民課長の渡辺勘治(志村喬)は役所でも毎日の生活でも、文字通り「死んだような」生活を続けていた。ところがある日、彼は自分は胃がんであることに気付かされた。死をすぐ目前にして初めて、ようやくこの主人公は自分のこれまでの人生に疑問を抱き始める。このまま死んでいいものかと思い悩むのだ。

 一人寂しく飲んでいた居酒屋で知り合った三文小説家(伊藤雄之助)に案内されて、渡辺課長はパチンコ店、ダンスホール、バー、ストリップ劇場などをはしごする。生まれて初めて夜の歓楽街を体験したのだが、果たしてこれが自分に残された時間でやりたかったことなのだろうかと渡辺課長はふと疑問に思う。さらに翌日からは、退屈な役所の仕事に嫌気がさして辞表を出しに来た若い女性職員(小田切みき)と一緒にお茶をしたり、スケート場や遊園地や映画館に行ったりして遊び回るが、それでもやはり胸につかえた思いは消えない。

 三十年間を無欠勤で通してきた渡辺課長は、役所を何日も無断欠勤して遊び回った。異例な出来事はさまざまな憶測を呼んだ。渡辺課長にすれば「一人息子のために三十年間がむしゃらに働いてきた」との思いがあるのだが、そんな父親の気持ちを息子(金子信雄)はもちろん、息子の嫁(関京子)もだれも理解してはくれない。自分が胃がんであることさえ息子に告げられない。そんなもどかしい気持ちを彼は、役所を辞めたばかりの若い女性にぼそぼそと語り出した。

 「何かしたい、でも何をしたらいいか分からないんだ…」「私は今は工場でおもちゃを作っている。課長さんも何か作ってみたら」「役所で何が…」「あそこじゃ無理ね」「もう遅い…。いや、遅くない、あそこでもやればできる、ただやる気になれば…」

 渡辺課長はそこで突然、何かを思い付いたかのように立ち上がって喫茶店を後にするのだった。ちょうどその時にたまたま、喫茶店で誕生パーティーを開いていた女子学生たちの「ハッピー・バースデー・トゥー・ユー」の合唱が渡辺課長の後ろ姿にかぶさる。まさにこの瞬間こそが、渡辺課長の「本当の人生」が誕生した時だったのだ。だらだらしていた状況はここから一気に展開していく。

 役所に復帰した渡辺課長は、たらい回しにされてほこりをかぶっていた黒江町の暗渠(あんきょ)埋め立ての陳情書を引っ張り出した。面倒くさいだけなので、だれもが放置していた陳情案件だった。「そんなの無理です」と言う市民課員に、渡辺課長は「やればできる」と動き出す。市民課が主体となって、公園課や土木課など関係各課を次々に説得して回るのだった。そして5カ月後、渡辺課長は死んだ。自分の造った公園で一人寂しく…。

 通夜の席に、新聞記者たちが「助役さんに会わせてくれ」と詰めかけた。

記者「あの公園を造ったのは、表向きは市の公園課と地区の市会議員と、そして助役さんの尽力となっていますが、本当は渡辺さんじゃないんですか」

助役「公園を造るのは公園課の主管事項でね」

記者「しかし、何度か立ち消えになりそうだったあの公園の計画を、最後まで粘ってまとめあげたプロモーターは渡辺さんではないのですか。開園式の時に渡辺さんが無視されて一番隅の席に座っていたことに、同情の声が集まっています」

助役「自殺でも、覚悟の凍死でもない。渡辺君の死因は胃がんだ。胃がんによる内出血だよ」

 取材不足の記者たちはそこで引き下がった。だが、通夜の席には白けた空気が漂った。みんなは公園ができた事情をよく知っているからだ。居心地が悪くなって渋い顔で酒を飲み続ける助役(中村伸郎)が、沈黙に耐え切れなくなって口を開く。「どうもね…。新聞記者のものの考え方や神経は…。役所というものについて無理解なのは困ったものだね。役所の機構というものを知らな過ぎる。黒江町の公園にしても、世間には渡辺君が造ったと考える向きがあるが、おかしな話だ。あくまでも市民課長の職権内でのことであって、市民課長が公園を造ったなどというのはナンセンスだよ」。後ろめたいからこその冗舌さである。

 「ごもっともなことです」と、いちいちうなづく市役所職員たちが情けない。気をよくした助役が「あえて言えば公園課長、土木部長が功労者だ」と言うと、土木部長は「私たちは仕事を事務的に進めただけで、あれほど事情の入り組んだ市会をうまくさばいた助役こそ最大の功労者です」と調子のいいことを言い出すのだった。

 そこへ、黒江町のお母さんたちが「ぜひお焼香させてほしい」と大勢でやって来た。居並ぶ市役所幹部たちの前で、泣きながらお焼香をする人々。そんな姿を目のあたりにして、さすがの幹部連中もバツの悪そうな表情で下を向くだけである。だれが公園建設を実現したかを、これほどまでに雄弁に物語るものはほかにはないだろう。さすがにいたたまれなくなったのか、助役たち市の幹部連中は逃げるように帰って行くのだった。

 残った市民課や公園課の職員たちは「あの公園は政治の力でできたんだ」と話し始めた。「設計・予算・工事の施行は公園課の仕事なんだ」「役所にはちゃんと縄張りがあるんだから」「役所というのはそういうところなんだ」。あくまでも愚劣な役人根性に心底あきれ返ってしまう場面だ。

 しかし実際にやる気のない各課の役人を動かしたのは、連日のように担当各課に通い詰めた渡辺課長の熱意と粘りだった事実はだれもが認めざるを得ない。公園を造り上げるという目標だけが、弱り切った渡辺課長の心身を支えていた。残されたわずかな時間のすべてをかけ、渡辺課長は全力を挙げて「本当の仕事」に取り組んだのだ。

 「そうなったら、われわれだって渡辺さんのようにやるよ」と口をそろえる小役人たち。これには「だったら最初からやれよ」と思わず突っ込みたくなる。ところがこの期に及んでもなお、小役人たちは「役所というところは何もしちゃいけないところなんだ」「あの複雑な仕組みの中では何もできないんだ」などとうそぶくのだった。怒りを通り越して涙が出てしまう情けない台詞が延々と続く。黒沢監督はそんな情けない小役人の姿を徹底的に描いて見せた。

 雪の降る公園でただ一人ブランコに乗って、本当に楽しそうにしみじみと「命短し恋せよ乙女…」と歌いながら死んでいった渡辺課長。しかしその人生の締めくくりは実に充実していたのだ。彼は決して空しく孤独に死んでいったのではない。人生の最後の最後になって、渡辺課長は精いっぱい自分の人生を燃焼し尽くして生ききったのである。

 「僕はやるぞ。渡辺さんの後に続くぞ。生まれ変わったつもりでやるよ」などと通夜の席で殊勝にも誓い合う小役人たちだったが、しかし翌日も役所にはいつもと変わらない風景があった。彼らは結局はそれまでと同じ「何もしない生活」を続けるのだった。のんべんだらりと書類に判子を押すだけの風景は何も変わらない。一見、抵抗するかのような素振りを見せた職員(日守新一)にしても、書類の山に埋もれるだけで実際には何もしようとはしなかった。「いろいろ難しいんだよ。やりたくてもできない事情というものがあってね」。そんな言い訳が聞こえてきそうな場面だ。やるべきことがあるのに何もしない人たちは、何もしようとしないことの言い訳を常にいくつも用意しているのだろう。

 けれども、渡辺課長が人生の最後にやり遂げた「本当の仕事」は確実に残った。薄汚なく不衛生だった暗渠はきれいな公園として整備され、地元の人たちの生活に欠かせない存在として立派に残されたのだから。「やろうとさえ思えばできる」「やる気さえあればできる」ということを渡辺課長は事実として証明してみせた。それは本当なら、必ずしも死期が迫っていなくてもできるはずである。市民のかけがえのない税金を使い、市民生活を豊かにするための「大切な仕事」を与えられているはずの全国の公務員に限らず、これはどんな職業に就いている人にも言えることだろう。「できない」と言うのは実はやろうとしないだけであって、やる気がないことを隠すための言い訳に過ぎないのだ。

 映画公開から五十年近く経ったというのに、少しも色あせない内容である。人間が生きることの本質を鋭く突いた最高の脚本と演出は、何回見ても感動で胸が詰まる。それとともに黒澤監督はこの作品を通して、民主主義の在り方と公務員の本来あるべき姿勢とを実に分かりやすく具体的に描いて見せたのだった。(モノクロ作品、143分。ビデオは東宝から発売)

2000/6/30 加筆修正


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