西来院


月窟廟
正室 ・ 築山御前 (瀬名姫) の廟所、月窟廟


 【西来院】

 高松山西来院は、曹洞宗の寺院で、寒厳十三派のうち月窓派の拠点として月窓義運禅師が、正長元年(1428)に自力開創した。本尊は釈迦牟尼仏である。
 正室・築山御前(瀬名姫)は、家康公の密命を受けた家臣らによって、天正 7年(1579) 8月29日、佐鳴湖畔の小藪で殺された。築山御前は38歳であったという。築山御前の首は岡崎に送られ、胴は家康公の命により、渓翁禅師によってこの西来院に葬られた。法名は西光院殿政岩秀貞大姉。
 築山御前の廟堂である月窟廟の前には、2基の石灯籠があるのだが、これは、家康公に命じられて、築山御前を殺した家臣のひとり、野中重政の子孫が、100年後に曽祖父の罪障消滅を念じて寄進したものといわれ、築山御前の死後、様々な不吉な事が起こり、その殺害に加わった家康公の家臣やその子孫たちは、怨霊のために不幸に見舞われたといわれている。延宝 6年(1678)、西来院の玄風禅師の願いにより、法要がいとなまれ、法名も清池院殿潭月秋天大姉と改められている。 
 月窟廟は、昭和20年(1945)の空襲で本堂などとともに焼失してしまい、現在のものは、昭和 53年(1978)の四百年忌に復元されたものである。墓域には月窟廟の他、家康公の義父弟・松平源三郎勝俊(康俊)の墓もある。又、本堂前庭に咲き乱れる藤が有名でもある。

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