毎年七月十五日より二四日までは、盆の供え物をした棚を飾り、家ごとに死者の霊を祀る。また色々な灯籠を作って、祭りの棚や、家の軒、または聖霊の塚に持っていって、石塔の前に灯した。その灯籠の飾り模様は、花鳥や草木など様々に可愛らしく作り上げて、その中に蝋燭を灯し、一晩中掛けておく。これを見る人は、目を奪われて行き過ぎ難い。また、灯籠踊りの踊り手たちが集まり、美しい声の音頭を歌い、上手に踊ることを、公家衆も、町衆も皆同じように楽しんでいた。
天文十七年(1548年)、京の五条と京極の交差する辺りに、荻原新之丞という者がいた。最近妻に先立たれ、妻を思う気持ちが強く、亡くなっても未だ強く恋慕していたので、一人で寂しい窓辺でかつてのことを思い出すほどに、悲しみに暮れていた。
「聖霊祭りも、今年は特に私の妻も、亡くなった人の中に入ってしまった。」
と、経を読み、供養をして、ついに外に出ることもなかった。友達が誘いにも来たが、心はただ浮き立つこともなく、門の前に佇んで、魂が抜けたように茫然としていた。
いかなれば 立もはなれずおもかげの
身にそひながらかなしかるらむ
(あの人の面影はずっと私の身から離れないというのに、どうしてこんなに悲しいのでしょう)
と、歌を口ずさみ、涙を押しぬぐった。
十五日の夜が更け、外で遊ぶ人も少なくなり、物音も静かになってきた頃、一人の美しい人、歳は二十歳くらいに見えるが、十四、五歳ほどの少女に美しい牡丹の花の灯籠を持たせ、とてもゆるやかに通り過ぎた。蓮の葉のように切れ長の目もとが美しく、柳のように細やかな姿、美しい三日月のように引かれた眉、緑の黒髪、言葉に出来ない程、あでやかだ。
荻原は月の下でこれを見て、
「このお方は天女が天から舞い降りてきて、人間世界におられるのだろうか。竜宮の乙姫が海から出てきて、私をなぐさめに来て下さったのだろうか。まるで、人間ではないように美しい。」
と思い、心ここにあらず、自分を制する気持ちも忘れ、美しさに魅かれつつ、後をついていった。
|