諏訪大社御柱祭 平成16年
下社山出し編 その 1


平成16年(2004) 4月9日・10日・11日


曳行路

下社御柱曳行路の略図

「御柱覚書帳」より


棚木場1
棚木場(たなこば)

下社の御柱の曳行出発地です。

平成16年4月10日、朝9時頃。
棚木場で待機する秋一の御柱です
秋一の曳き出しは、下社8本の御柱の中で最後尾です。
前の柱が進むまで、しばらくの待機です。
棚木場2 中央すこし右にあるのが、御幣です。御柱の先頭に付けられます。
その後ろにあるのがおんべです。赤いはっぴを着用した木やり衆が持っています。
赤いシャツを着用して紫色のはちまきをしているのが梃子衆です。手には梃子棒を持っています。
斧立社 棚木場から曳き出された御柱は、斧立社の前でいったん止まります。

斧立社(よきたてしゃ)

このほこらは、御柱祭のたびに新しく造営されます。
山出しの前日に、新しいほこらを安置して、祭りの安全祈願が行われます。
祭りの当日は、御柱を一旦ここで止めて、御柱の化粧直しを行います。
このほこらは、御柱を曳く道筋から少し登ったところにあります。
高木町長殉職供養塔 さらに少し下ったところに石碑があります。

高木町長殉職供養塔

昭和19年(1944)の御柱祭は、戦争の最中で、若者たちがほとんどいませんでした。そんな中、当時下諏訪町の町長であった高木十吉氏が先頭に立ち、御柱・秋一の曳行の指揮をとっていました。元綱の上で指揮をとっていたところ、御柱の後ろに付いている追掛綱がゆるんで、御柱が変則的に横転しました。そしてそのあおりを受けて、御柱全体が左側の渓谷に落ちました。その時、元綱の上に立っていた高木町長は殉職されました。55歳でした。
今でも御柱祭の無事を祈り、線香や花が供えられています。



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