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親鸞会の真実

読者の反響・「生きたしるしが欲しかった」


子どもが親鸞会で仏法を聞いていることについて悩まれている家族の方の参考になればと思い、私が、親鸞会で仏法を聞くようになった経緯を書いてみようと思います。

幼いころは、探検や虫捕りで野山を駆け巡り、真っ暗になるまで野球やサッカーに没頭している子供でした。

「もっと楽しいことは、ないかなぁ」と、小学5年から、剣道を始めました。一対一の真剣勝負には、味わったことのない充実感がありました。

中学に入っても剣道を続ける一方、美術や音楽、読書やコンピューターと、趣味を広げていきました。いろんなことに好奇心をもって、なんでも試してやってみようと頑張りました。

そんな中2のある日、友人がトラックにはねられ、亡くなったのです。話をして別れた30分後でした。
家に帰って近所の人から、彼の訃報を聞き愕然としました。
葬儀に出席し、眠っているような友人の死に顔を見たとき、
「自分もいつかは死ぬ。何をすれば後悔のない人生になるのか」
考えずにおれませんでした。

しかし、結論は、できるだけ生きて、充実した時間を送るしかない≠セったのです。今さえ充実できればいいのではないか、という曖昧なものでした。

「寝ているのは、死んでいるのと同じ」と考えた私は、毎日の睡眠は3時間。剣道にはそれまで以上に打ち込み、読書や映画、絵をかいたり、ジグソーパズルをしながら朝を迎えた日もたびたびでした。
何かに追われるかのように、時間の空白を埋めることに懸命でした。

銀河とちっぽけな自分

いろいろな学問にも出会ううちに、心引かれたのは、宇宙科学でした。特に壮大な宇宙に強く魅力を感じ、本を読み続けました。

最も近い銀河であるアンドロメダ銀河でも、地球からの距離は、約220万光年といわれる。広い宇宙に、真理追究の夢が広がりました。

同時に知らされたのは、ちっぽけな自分でした。どれだけ長生きし、社会貢献できたとしても、やがてすべて忘れ去られて人生が終わる。生きたしるしが、どこにあるのか。答えが見つからず、私は焦りました。宇宙の法則より、本当の幸せになる法則が知りたくて、宗教書を読みあさりましたが、納得できる答えは見つかりませんでした。

親鸞会と出会う

本当の幸せなど有るものだろうかと、悩んでいたところ、大学に入学し、親鸞聖人の教えと出遇って、その解答を知らされたのです。

絶対の幸福があると初めて聞いた時は、本当にそんなものがあるのかと、正直、疑いいっぱいでした。
少しでもおかしいと感じることは、どんどん疑問を先輩にぶつけていきました。しかし、どんな疑問をぶつけても、納得せざるを得ないような答えが返ってくるのです。
自分でいろいろと考えてみましたが、これはやはり続けて聞かねばならないことだと思い、続けて聞くようになりました。

そして親鸞会の講演会で、高森先生から、因果の道理を聞き、仏教はいつでもどこでも変わらない真実と確信しました。
続けてお聞きした阿弥陀如来の本願には、「大宇宙の宝を与え、この世から未来永遠の幸せ者にしてみせる」と誓われていました。

親鸞聖人の「弥陀の本願まことだった」の断言には、心がふるえました。そんな幸せあるのかな、という私の猜疑心は打ち砕かれました。

ないものを、これほどまでに鮮やかに、力強く、『教行信証』という大著まで書かれて、訴えるはずがないと知らされたからです。

人生には限りがあります。その限られた時間で何をするのか、どんな宗教書を読んでも分かりませんでした。

生きるのは、本当の幸せになるためであり、それは、親鸞聖人の教えにあるのだと、知らされた私は、親鸞会の会員として、誇りをもって生きています。

日本に住んでいながら、本当の幸せのあることを教えられたのが、浄土真宗であると知っている人はどれほどあるでしょうか。

このサイトをご覧になられた方も、一度親鸞会館で、あるいは各地の親鸞会の講師の講演会に足を運んで、聞いて頂きたいと願っています。

 

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