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親鸞会の真実

読者の反響・「友はなぜ死を選んだのか」


私も、大学生時代に、親鸞会に出会い、仏法を聞き始めるようになりました。

サイトを拝見し、私がなぜ、親鸞会会員となり、仏法を聞くようになったのか、親鸞会に子どもが入会し、心配をされているご両親の参考になればと思い、投稿させていただきます。

私が親鸞会の人に声をかけられて、仏法を聞こうと思うきっかけになったのは、死ということについて考えていたからです。

初めて死≠身近に感じたのは、中2の時でした。
夜中にバイクに乗っていた友達が、トラックに激突し、14歳でこの世を去ったのです。まだ高校進学のことも考えず、その日その日を楽しく過ごし、こんな毎日がいつまでも続くかかのように思っていました。

「また明日」といって、分かれたその日の夜中に事故は起きました。
翌朝、教室で友達の訃報を聞きました。
「一体どうして……」
突然の別れを受け入れられず、いつもの笑顔で教室に入ってくるのでは≠ニいう思いを、卒業までぬぐい切れませんでした。
しかし、どれだけ思っていても、死んだ人が帰ってくるはずはありません。
「また明日」と言った、彼と私が一緒にいる明日は、永遠に来ませんでした。

高校に進学した私は、ラグビー部に入り、毎日夜遅くまで練習に励みました。その甲斐あって、私たちのチームは2年の春には、県大会で優勝。全国大会に向けて特訓していた夏、今度は、ともに汗を流してきたチームメイトであり、同級生だった友達が、17歳で自ら命を絶ちました。
「一緒に全国大会に出場しよう」
と声を掛け合って頑張ってきた矢先の事でした。

チームメイトも大変ショックを受けていました。何か特別な悩みを抱えているようには見えなかったからです。

葬儀では、多くの友人が涙に暮れました。運動が得意で、クラスの人気者だった彼が、なぜ自殺をしたのか。
学校中、その話題で持ち切りになりました。全校集会で、校長先生からも話がありましたが、真相は分からないままでした。

しかし、彼のポジションに他の部員が入り、ラグビーの練習がやがて再開されると、初めから彼がいなかったかのように笑い合い、いつもと同じ毎日が繰り返されたのです。
しばらく立つと、彼のことを口にする人もいなくなっていきました。やがて全国大会に出場し、優勝とまではいかない成績で、大会は終わりました。

全国大会が終わり、自殺した友人のことを思い出していました。県大会までは一緒に練習をしていたのに、チームメイトとして頑張っていたのに、彼がいなくなっても、試合が同じようにできる。ラグビー部の中においても、代わりになる人がいるのなら、生きていてもいなくても同じなのではないか。彼の人生は何だったんだろう。
オレだって、同じじゃないのか……。
自分がいなくなっても、世の中何にも変わらない。ラグビー部もそのまま続いていくだろう。

それ以来、自分の存在意義に疑問を抱くようになりました。
毎日、一生懸命求めているものは、すべて見せかけの幸福でしかなく、死んでいく時には何一つ明かりにならない。いつしか、「人生に意味はない」と思うようになりました。
特に死ぬ理由がないから生きているだけだったのです。

確実な未来を知る

大学に合格したものの、未来に希望が持てません。大学生活よりも気になったのは、確実な未来である死≠ナした。死ぬ≠ニはどうなることか、必ず行かねばならない、行き先が知りたかった……。

そんなある日、一人の先輩を縁に、親鸞会で親鸞聖人の教えと出遇えたのです。高森先生から、仏教の根幹である因果の道理を教えていただきました。
未来の結果は、生きている現在決まるという、三世因果の道理から、仏教では後生の一大事を教えられています。

蓮如上人は白骨の章に

「だれの人も、早く、後生の一大事を心にかけて」

といわれています。
その解決こそが、人間に生まれた目的だったのです。

トラックにはねられた中学の友達も、ラグビー仲間も、若くして後生へ飛び込んでいきました。次は私の番です。

「世人薄俗にして、共に不急の事を諍う」(釈尊)

世の中の人は、目先のことばかりに心を奪われて、人生の大事を知らない。眼前に突きつけられた一大事の解決を後回しにしてはならない。

こうして、続けて仏教を聞こう、親鸞聖人の教えを聞かせていただこうと決意しました。

死という絶対の現実を前にしては、すべての非難も偏見も気にならなくなります。

お互い、一人一人の人生ですから。

私は私の納得できる道を進みたい。死をごまかした、ウソの人生で後悔したくないのです。

 

 

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