ウェルギリウスの帰郷


Die Heimkehr des Vergil

河出書房新社
モダン・クラシックス
『知られざる偉大さ』より
初版発行 1975年1月20日
訳者 入野田 真右

 鋼のように碧く軽ろやかに、かすかな向い風を受けて、アドリア海の波が、カラブリア海岸に近づいた皇帝の船団を迎えて打ち寄せていた。今や船団はなだらかな丘陵を左手に見ながらゆっくりとブルンディシウムの港へ向って進んでいた。人間やその住家に近づくにつれて、陽ざしを浴びながらも死を予感させるような海の寂寥から、人間の営みによってもたらされる平和に満ちた歓びへと徐々に移り変っていった。海上には今や多様な船が群がり――港へ向う船、出港する船で――ごったがえし、褐色の帆を掲げた漁船がすでに波で白く洗われた岸を離れ、小さな村々、小さな防波堤を後にして、夕べの漁に出るところであった。海面は鏡のように滑らかに映え、その上に貝殻のような大空が真珠母のように開き覆うていた。たそがれが迫り、炉端の焚火のにおいが立ちこめ、人間の営みのいろいろな物音、槌を打つ音、叫び声が聞えてくるのであった。
 六隻の三段オール船が縦隊となって次々に進んでいた。二隻目の船が最も大きく、最も豪華で、壁には青銅が打ちつけられ、帆は緋色で、アウグストゥス皇帝のテントが張られてあった。先頭と後尾の船は護衛兵を運び、他の船は皇帝の従者を乗せていた。だがアウグストゥスの乗った船の後には『アエネーイス』の詩人の乗った船が続いていた。詩人の額には死のしるしがあった。
 彼は死に直面した今と異なった生き方をして来たことがあるだろうか。彼にとって真珠母の貝殻のような大空や山脈〈やまなみ〉の歌声、春の海、彼の胸のなかに鳴り響く神の吹く笛の音は、今すぐにも彼を受け入れ、永遠へと運び去る天体の器以外のなにものであろうか。彼は現世の生活の平和を愛した農夫であった。だが彼は現世の生活の周辺で生きて来た。自れの耕地の周辺で生きて来た。彼は不安な人間のままであった。死から逃れながら、死を探し求める人間、仕事を探し求めながら仕事から逃れる人間、であった。愛する人でありながら、追い立てられる人間であった。生涯風景に迷わされた人間であり、遂には彼が、否仕事がアテネで究極的に充足され、完成されるかのように、五十歳の死神に取り憑かれた病人でありながら、アテネへ駆り立てられて行ったのだった。誰が内と外の運命を区別することができようか。そう望んでいたのは彼の暗闇のなかの運命であった。彼がアテネで皇帝の友人に出会ったのも運命であった。そうした運命だったからこそ、一緒に故郷へ帰ろうというアウグスチヌスの要求は、拒みがたい力の命令のようであったし、屈服せざるをえない拒みがたい人々の命令のようであった。病床に病身を横たえたウェルギリウス、病床の上の船上では、帆桁が綱と擦り合って軋み、時折帆布がゴーゴー音を立てていた。白く泡立つ海岸線が滑るように過ぎ去るのが見えた。下の方からは二百人の漕手が拍子をとって漕ぐ音が感じられた。航跡の滑るような泡立ちの音、櫂を挙げる毎に飛び散る銀色のしぶきの音、再び櫂が海面下に潜るときの音が聞えて来た。同じような音が木霊〈こだま〉のように先航の皇帝の船からも、後続の船からも聞えて来た。甲板にいる人々、宮人たちが見えた。その人達は一緒に彼と乗ってはいるが、しかし一緒ではない、彼の旅の目的はこの人達のそれよりも遠いところにあるからだ。
 ブルンディシウムの狭いフィヨルドのような港口に着いたときは、もうたそがれが迫っていた。水路の左右に聳える城砦の前には皇帝に敬意を表し、守備隊が配置されていた。かれらの歓呼が不意に薄明りのなかに轟き、どよめいた。あたりは秋の夕べの湿りで急に色彩を失っていた。疲れ果てた眼を薄目に開けたウェルギリウスは、灰色のなかに浮ぶ一つの赤いものに釘づけされて凝視した。それは、歩兵中隊の側面にいて歓呼の拍子をとりながら軍旗の棹を高々と突き出している旗手の赤い軍旗に過ぎないことが分ったが、にもかかわらずたそがれの靄のなかに消えていく赤色のものは、歓迎というよりはむしろはるかに送別を表わすものだったからである。だが城塞の下から石だらけの海岸までは、灌木の繁茂した傾斜面となっていて、病人はまるでその傾斜面に繁る葉を捕もうとするかのように手をのばした。なんと大気の穏かなことか。久遠から現世へと流れ落ちる水を浴びる内部と外部の水浴、魂の水浴、彼岸と此岸における来るべきものの知識! 船首で奴隷の楽師が歌っていた。歌も弦をかき鳴らす音も、人間のつくり出すこの二つのものは一つにまとまり、人間ばなれし、人間らしさを失い、自らを歌う天体の大気となった。その音を飲み込み、ウェルギリウスは溜息をつき、胸苦しくなり、咳込んだ。
 その時入江の奥の町が見えて来た。桟橋の近くに並ぶ明るい灯をつけた家々や居酒屋、その前は皇帝の到着を見ようとする黒山の人だかりであった。五万人とも十万人とも見える。とてつもない、黒山の人だかりから発するガヤガヤした話声が高く低く聞えて来た。碇を下ろした囲りの多くの船にも大声で叫ぶ人たちがいて、祭の松明で明るく照し出されていた。奇妙に暗い、交錯し錯綜した根のように、マストやロープ、縮帆が海面から二倍もの暗さでまだ明るい天空に伸びていた。次第に慎重に、ゆっくりと今や櫂が海面下に潜らされ、皇帝の船はすでに桟橋まで滑り込んでいた。桟橋では予め決められた武装兵によって整備された場所に着けられた。息
苦しくなるほど気持を抑えられていた動物化した群衆が歓呼の声を挙げる、待望の時がやって来たのだ。果てしなく、感動的に、ただ一人の人物のうちに仮託されたわが身を崇めながら。
 いつも群衆にはウェルギリウスは尻込みするのであった。群衆によって恐怖の念を惹き起されるということではない。だが、群衆のなかから生ずる、人間的なものを危くする威嚇を群衆のなかに感じていたからであった。それは同情の念を起させ、同時に責任をとるようにと呼びかけるものでもあった。しかもこの責任は、その重みに堪えかねてくず折れる外ないとしばしば考えたほど大きなもので、この重みによって病気になり、瀕死の病人になってしまったと考えたほど大きなものであった。もちろん彼は、これは彼の責任ではない、と時おり考えた。むしろこの責任はただアウグストゥスに関するものだと考えた。だがアウグストゥスの引き受ける責任は全く異質のものであることも彼は余りによく承知していた。スペインは征服され、パルチア人は降伏した。内乱は遠い過去のものとなり、帝国は以前よりも安泰で、平安であり、富裕であるように見える。だが脅かしているものがあった。アウグストゥスさえ、司祭職を兼ねていたにもかかわらず、避けることのできない脅威的な災禍があった。それは神々の力も及びがたい災禍であり、どんな群衆の叫喚によっても掻き消されないものであった。それができるのはむしろ、災禍を予感し、救済を告知する弱々しい、歌と呼ばれる魂の声であろう。ふたたび歓呼の叫喚が轟き、松明が打ち振られ、命令が船内に響き渡った。陸から投げられたロープが甲板の厚板に飛んでうつろな音を立てた。多くの人々のせわしい足音のするなかで病人はじっと横たわっていた。だが彼の心にあったものは地獄についての知識であった。
 彼は意識を失ってしまったのだろうか。確かに、火山や冥界のごとく、緩慢な波のごとく広場に氾濫する群衆の咆哮をできることなら耳から閉め出してしまいたかった。だが彼は意識に縋っていた。彼の現世の存在のうちで最も重要なことが近づいているのを感じ、しかもそれを逃すかもしれないという不安におののく人のように全力を尽して、意識に縋っていた。どんなことも見逃したり聞き漏したりしなかった。アウグストゥスの命令で彼の側にいる医者の情深い身振りや言葉も見逃さなかったし、彼を載せる輿を持って来た人足たちのおぼろげながら嫌悪を感じているらしい表情も見逃さなかったし、すべての感覚で感受している都会も、その狭い路地の地下室の冷たい音響も、アパートとその汚物の馴じみのある悪臭も、彼の囲りで荒れ狂う群衆という名の動物の原始林の臭気も見逃さなかった。なにもかも彼は見逃さなかった。それどころか、事物が以前よりも彼に身近なものになり、明瞭なものになり、活溌なものになった。旅の疲れにもかかわらず、彼は物静かな威厳を少しも損うことなく、彼に差し出されたどんな援助にも、愛想よく感謝の言葉を述べた。もちろん事物の身近さは揺れ動くものであった。彼自身が輿に入れられ持ち上げられたときのように揺れ動いていた。それはいわば揺れ動く夢の中の時間の身近さであった。いろいろな事物はいわば一切の同時性が止揚して生ずるのであった。松明の光と喧噪にどよめくブルンディシウムは燃えさかるトロヤであった。同様に、松明の炎のなかを運ばれる彼は、逃げ帰ったアエネーイスであり、息子に背負われ、揺れながら、盲いて同時に見る力をもったアエネーイスであった。そして彼が宮殿のなかに横たえられ、寝かされた時も、この揺れ動くような目覚めが続いていた。彼はこのような目覚めに縋りついていたのだった。外の通りでも宮殿のホールでも、祭りで大騒ぎだった。この祭りはこの町がアウグストゥスに与えたものであり、またアウグストゥスが、皇帝の位と権力のとりこになり、その両方を、そして両方を得る瞬間を逃さずに両方を手中にした老い疲れた皇帝が、この町に与えたものであった。そして、まるで通りと祭りが病床にまで流れ込んでくるかのようであったし、同時的にして瞬間的なものが最内奥の魂のなかにまで流れ込み、魂を得ることなく、流れ過ぎるかのようであった。それは、魂が揺れ動き、過去と未来のうちに揺れ動き、前方にも、後方にも向けられた待つことに委ねられていたからであった。
 彼は己れと己れの思考を送り返したとき、アンデスにある農家の小さな少年に戻ることができたことに気がついた。いやそれは本当は決して「戻った」のではなかった。むしろ変ることなく続いていたのであった。だがそのために彼は、あの頃知っていた己れの心臓の鼓動の一つ一つを、あの頃みた草の茎のなにからなにまで今即座に描き、書きつけることもできないではなかった。彼は、いつしか成長し、大人の病身の男性として今ここに横たわっていなければならないことが、全く奇妙なことのように思われるのであった。だが、子供のときから起ってきたことはなにもかも、ますます希薄になり、消え去り、忘れられていくのであった。百姓たちがいて、山に囲まれた畑があり、温和な動物のいたノーラのあの
屋敷だけではなく、太陽の輝く晴れた日の多かったナポリでのこと、そして後世に残るようにと書いた作品でさえも、色あせ、もはやその題名からだけではほとんど想い出すこともかなわなかった。『牧歌』については何も想い出せなかった。『農耕詩』についてはなおのこと想い出せなかった。想い出がまだ続いているものがあるとすれば、それは『アエネーイス』であった。だがこれも、どのように書いたかは思い出せなかった。彼によって観察され、きわめて不完全に描写された一つの出来事として思い出されるだけであった。なぜこれはそうなのか。誰のために彼は創作したのか。どんな人のために、どんな未来のために書いたのか。一切の事物の終末がすぐそこまで迫っているではないか。創造されたものが忘却にふさわしいということは、今や永遠を呑み込もうと口を開こうとしている時代の深淵の証明ではないか。宮殿や路地には酔っぱらった遊牧民が群れをなしていた。まだ酒を飲んでいる。だがまもなく血を飲むことであろう。まだかれらは松明で明るく照している。だがまもなくかれらの屋根は炎をあげて燃え、燃えに燃え、燃えさかることであろう。同様にいろいろな本も共に煙となり、灰になるだろう。当然のことだ。当然のこと、ごく当然のことだ、病人の心のなかでそれは燃えていた。しかし詩人の唇にはかすかに微笑が浮んでいた。その炎はホラチウスやオヴィディウスの本もほとんど容赦しないであろうからだ。これも当然のことだ、と言わざるをえない。どんな人も残れないであろう。だがそれなら何が残るのだろうか。人間が生存し続けていけるように、人間をまだ救うことのできるものとは何であろうか。それは、人類の青春時代への逆戻りのことではないのか。農民の生活の質朴な、そして穏かな、だがたくましい生活への逆戻りのことを意味していないか。ウェルギリウス自身、この農民生活から人生を始めたのであり、この農民生活を生涯絶望的に、ああこれほど絶望的に追慕していたのだった。アウグストゥスはこれについて何を知っていようか。皇帝は帝国を安泰にし、いろいろな建物を建て、ウェルギリウス自身を保護してくれた。そんなことをする必要はなかったのだ。この疲れ果てた老人を、今日も脅かされることもなく、依然として生き長らえているこの老人を保護することなどは。彼は、脅かすものがその戸口を叩き、宮殿の戸口を叩いて、宮殿が崩壊し、アウグストゥスもその全栄華も、不朽の芸術作品もすべて葬り去るまで、おそらくそれほど永く生き続けなければならないのだ。おお、芸術作品とは余計なものなのだ。アウグストゥスやメツェーナスが集めた美術品はすべて余計なものだ。それらは消滅すべきものだ。路地では救世主アウグストゥスよ、父、アウグストゥスよ、と叫んでいた。――彼は芸術作品を書いたその罰を受けなければならないのだろうか。眠りだと? トロヤが燃えているというのに誰が眠れるというのか。
 
そして夜も大分更けた頃、ウェルギリウスは破壊された数多くの都市や聖殿を眼のあたりにみた。それらの都市については名前すら分らなかったが、しかし彼の少年時代の町マントゥアと同じ位彼のよく知っている都市であった。バビロンやニーニヴェが見えた。荒廃したテーベが見え、幾度となく破壊されたエルサレムが見えた。荒れ果てたローマを見た。ローマの路地を狼がうろつき廻り、かれらの都市を再び占拠しようとしていた。神々が無力であることが分った。するとその時一人の天使が彼の寝床へ近づいて来た。その翼は、九月の夜明け前と同じ位冷たかった。天使は言った。「小さな子よ、さあ大きくなるのだ」慰めるかのように、言った。そのなかには死の告知が含まれていたにもかかわらず、それは慰めであった。「はい」とウェルギリウスは答え、天使の相貌を知ろうとした。「はい、それならもう眠りましょう」
 朝風が窓を掠めていった。ウェルギリウスは、収穫を待つばかりの黄金色に輝き波打つ稔りの畑を夢見ていた。ライオンの傍に寝そべる牛、平和な生活、アウグストゥスが世界に贈ったよりもはるかに大きな平和の世界を夢見ていた。夢のなかでアウグストゥスをも天使が訪れるようにと、望んでいた。これらの夢のすべてを通してある知識が漂っていたからであった。それは、名前もなく、単に一つの心象に過ぎないにしても、煙たなびく都会の心象と同様に普く知られた至福の国の心象に過ぎないとしても、この名もなく知られたものは、だが、愛という普く知られる名状しがたさであった。愛に開かれた、悲しく待ちつづけ悩みつづける世界のなかへ、待ち焦れ憧れながら入っていくはずのいわば男性的母性愛といったものの普く知られる名状しがたさであった。ウェルギリウスはその名状しがたきものを訪ねたかった。だが彼が瞼を開くと、九月の暖い陽の光に満ち溢れた居間があって、彼の前には天使の代りに翼もなく、むしろいくらか太り気味のメツェーナスが立っていて、その人のよさそうな立派な享楽的な顔に、心配気な嘲笑を浮べていた。ウェルギリウスは慌ててふたたび眼を閉じ、消え去った音楽に耳を傾けていた。
 だがその歌はもう二度と始まる気配がなかったので、相変らず眼を閉じながら、彼は訪問者に叫んだ。すると訪問者が答えた。「ああ、ウェルギリウスよ、私はここにいる」
「君が来てくれたことはすばらしい」とウェルギリウスは言った。
「私は君たちの到着を知っていた。君とアウグストゥスを、彼の名よ、讃えられてあれ、二人を出迎えるためにここに急いでやって来たのだ」
 ウェルギリウスは頷いた。「そうか、君は私を出迎えに来てくれた……それはありがたい。君はポズリップの丘(ナポリの南西にある丘陵)にある広場を知っているね。それが私を待っているのだ」
 墓地
についてはメツェーナスは何も聞こうとはしなかった。「君は私より若いのだ」彼は言葉を遮った。
 詩人は大きく目を見開き、客を見凝めた。そしてその眼に紛れもなく重大な答を読むことができた。「聞いておくれ、メツェーナス」と彼は言った。「私は後悔していないのだ」
「おお、ウェルギリウスよ、君はまた一体何を後悔しなければならないというのか。ローマの詩人である君が!」
「単なるローマの詩人に過ぎないなら、私は後悔しなければならない!」
 メツェーナスは頭を振った。そして眼を美食家のように細めて言った。「美の詩人である君が!」
「美の詩人だとしたら、私は恥じ、そして私の後悔は大きなものとなる」
「君は神々の詩人ではないのか」
「そうではない……神々が命ずるように私が神々を信じていれば、私は決して一度として詩作する必要はなかったであろう……」
「だが君は神々を讃えるために歌った……」
「そうではない、神々を探し求めて歌ったのだ……だが神々を見出さなかった、私が見出したものは違ったものだった……」
 メツェーナスの顔に楽しむような表情が浮んだ。「それなら君の見出したものをわれわれに歌っておくれ……これまでのどんなものよりも素晴しいものであろう」
 ウェルギリウスは微笑んだ。「私はもはや詩作するつもりはない。メツェーナス。詩作する時間が与えられているにしても、私はもうそうしたくはない……」
 メツェーナスは友であり詩人であるウェルギリウスの言葉に注意深く耳を傾けていたが、その態度は哀調を帯びたものとなった。彼は詩人の句を引用して言った。「もはや吾 歌を歌わず、もはや吾 汝らの保護者ならず……おお、ウェルギリウスよ、まことにそうでなければならないのか」
「歌は沈黙するだろう、メツェーナス。そして彫刻は崩れ落ちるだろう。だが、だからと言って君は悲しむべきではない。なぜなら告知されなければならないのは真実だからだ。真実にはどんな芸術も達することができないし、真実の前では芸術は沈黙せざるをえないからだ……」
メツェーナスは傷つけられて、言った。「おお、美は決して沈黙することはない」彼は躍起となって言った。「どんな真実の前でも美は沈黙することはない。常に美は存在する。真実を告知する美は常に存在するであろう……神が君に贈った芸術を罵るな、ウェルギリウス……」
 ふたたびウェルギリウスは微笑んだ。「罵っているのではない、ただ美を想い出さなくなり始めているだけなのだ……だがそれを後悔してはいない、メツェーナス……もちろん美のためにではない……」
 詩人に対する畏敬の念、死に対する畏敬の念からメツェーナスはもはや敢えて反論しなかった。ただ溜息をついただけであった。ウェルギリウスはだが眼を閉じて語りつづけた。もはやメツェーナスのために語りづづけたのではない、自らのために語りつづけるのであった。「ただ美のために行われていること、それはなんにもならない、呪われてしかるべきものだ……しかし予感のために行われること、これは人間の心を鳴り響かせることができる。だからそれは来るべき告知の準備となる……風のなかで歌う竪琴のように来るべき告知の準備となる……それが心の純粋さなのだ」
 街路や宮廷に馬蹄の音が響いた。やって来たのは使者たちであった。アウグストゥスの間近い出発のための下準備であった。宮殿をあげて国家的な宮廷行事で多忙であった。その間に田舎の馬車の軋む音が聞え、舗道にサンダルの引きずる音が聞えた。そして幾度となく軍靴の重々しい足音に掻き消された。はるか遠くからは時折市場の叫喚が聞えた。こうした日常的な物音からメツェーナスに戻ったウェルギリウスはにこやかに言った。「君は国の仕事でアウグストゥスのところにやって来たのだ。その仕事はきっと本当にとても忙しいものだと思う……出発する前にまた私のところへ来てくれないか……」
「アウグストゥスも君を訪れたいと言っている」とメツェーナスは、悲しそうにして、立ち上り際に衣服の皺をのばし、衣服を正したりして、優雅ではあるが、にもかかわらず少々ぎこちなく立ち上りながら、伝言を伝えた。
「そうか」と病人は同意していった。「二人で来ておくれ……仕事が許す限り……それまでにアウグストゥスに、愛している、と伝えておくれ……」
 決断がつきかねるかのようにメツェーナスは立ち止まっていた。まだ時間と友情と畏敬とから必ず起るにちがいないなにか厳かなことを期待しているかのように。ウェルギリウスもそれを感じていた。だが彼はそれを素振りにも表わさなかった。彼は別れが辛かったにもかかわらず、横になり押し黙っていた。そしてメツェーナスが爪先立ってよろよろしながら、不自然な歩き方で威厳を実際は失いながら――だが威厳を保とうと努めながら――立ち去ったとき初めて、瞼の下でウェルギリウスはメツェーナスの方をうかがい見送った。メツェーナスは、もし振り返っていたら、詩人の表情に大いなる感動と、もちろんそれと同じ位大いなる驚愕を見出していたことであろう。彼は大いに驚き怪しんでいた。この驚愕について今初めて彼は自らに釈明しはじめていた。彼は、メツェーナスとアウグストゥスのために自分が感じた苦痛に驚き、このことを痛切に感じていることに驚き、そればかりか、彼の眼が、以前絶えずそうしていたと全く同様に、メツェーナスの後を見送ることができ、彼の聴覚がまだ町の騒音を受け入れて
いたことに驚き、傷つくこともなく、これらすべてのことが行われている自れの精神を驚き怪しんでいた! まことに、過去幾年、健康を損ねた不安定なものと自らを感ずれば感ずるほど、一層強く彼はその不健康が進むように熱望して来たし、その物好きはますますひどくなっていたのだった。この吃驚するような不思議な好奇心は、肉体的苦痛や労苦を進んで引き受けたがり、もしかすると、永遠の別れが救済になるように、永遠の別れと共に現われるにちがいない法外なこと、つまり最期が現われるのを早めるために、肉体的苦痛や労苦が昂ずるように仕向けさえしたのであった。そしてそれがこれほどまで進んだ今になっても依然として全生涯を通じて行われていたと全く同じように、見たり、聞いたり、考えたりしている、それが不思議でならなかった。今やメツェーナスは喜んで立ち去った。彼の彫刻へ戻ることができ、宮殿の現世的な美へ帰ることができ、この美についてもはや何も知ろうとしない警告者から脱れられると喜んで立ち去った。そしてメツェーナスの意見がほとんど正しい、不思議にも正しいかのように思われるのだった。人間の生が見、聞くことより以上のものには達しえないとすれば、美の代りに一体何が代置されうるのか。ああ、心は、それが鼓動している以上に遠くには響かないものなのだ――それではなぜ美に反対するのか、美は心の響きを純粋にするというのに。このことをウェルギリウスは考えようと試みた。だがふたたびいろいろな心象が現われ始めただけであった。そしてふたたびその心象は悲しみに満ちたものとなった。たとえ帝国の戦場が今遠くにあり、ブリタニアに、ゲルマン人の国に、アジアにあるにしても、そこで虐殺されているのはだが人間であった。そしてたとえ皇帝の法廷が正しい判決を下し、犯罪者が到るところの刑場で十字架にかけられ、苦痛に身悶えしているにしても、それはだが人間であった。闘技場へ駆り立てられ、切りきざまれ、引き裂かれているのは人間であった。互いに殺し合い、血を流し合っているのはだが人間であった。群衆を楽しませるために流される血、血、血、群衆という動物や俗世界を楽しませるためのそれは生贄、意味のない生贄であった。アウグストゥスもメツェーナスも、それぞれの仕方でそれに役立っている。それはかれらがすべてのものをそのままに放置しておこうとしているからだ。せいぜい美を望むだけで、陰うつなことに目をつぶり、血に飢えていることを見逃し、放逸に、ほとんど放縦に耽ろうとする個々人の魂に目をつぶっているからだ。だが、血、多くの生贄、苦痛、これらすべてに対して何を投げかけることができようか。詩であろうか。詩は余りに小さ過ぎ、しかも余りに大き過ぎないか。詩はこのような世界を変えることができるであろうか。拷問を傍観し、拷問を楽しんでいる男がそもそも詩を聞くことができるであろうか。聞いて貰うためには、かなり大きな賞金が必要なのではないか!? 事実その通りなのだ。生贄を高く評価しない者、無意味な現世の生贄を超現世の純粋な生贄にまで高めようと望まない者、闘技場へ自ら入らない者、自らを十字架に張りつけにさせない者、その全人格を、全生涯を犠牲にしようとしない者、この頭の混乱した度し難い人間の心をいつか目覚めさせ、鳴り響かせることに成功するなどと希望することはできないし、希望してはならないし、希望することは許されないのだ。だが、彼自身はどのように生きて来たというのか。彼は逃げたのだ! 彼は生贄から逃れ、自らの傾注から逃れたのだ。風景から風景へと逃げ廻っていたのだ。とうとう彼は健康を損ね、疲れ果ててしまったのだ。彼は詩を書いたが、それも単なる逃亡、美への逃亡に過ぎなかった。否、彼はアウグストゥスやメツェーナスよりも善いわけではなかった。彼は、かれらの意見や態度を一度として否定したことがなかったではないか。自らの人生を通しても、作品によっても、否定したことがなかった。だから当然二人は彼の『農耕詩』と『アエネーアス』を寄贈するように要求できたのである。疑いもなく、それらの作品はかれらのものであった。かれらはそれらの作品を持っていくことができ、保管しておくことができた。これらの作品はかれらに対する彼の遺贈物であった。彼は友人であるかれらを愛していた。だが、今かれらが皇帝として厳かに世俗のローマに向けて出発するのなら、もはや会いたいとは思わなかった。まさかかれらはもう出発してしまったわけではなかろう。ウェルギリウスは耳を傾けた。宮殿のなかは目立って静かになっていた。町の騒音も以前より著しく弱々しく聞えた。かれらは本当に別れを言わずに行ってしまったのだろうか。不満の影が詩人の額をよぎった。是非かれらに言っておきたいことがあった。それは、かれのどの作品にもなにか不可知なものがある、ということであった。それは本来の美とはほとんどなんの関係もなく、どんな美よりも重要なものであって、いうまでもなくこれをまず探求して貰わねばならない、そもそも彼自身でさえ今日はじめてこの実情のてがかりを掴んだだけなのだから、と。このことをかれらに言っておくことは、それなりに骨折甲斐があるであろう。だがもしかするとかれらはまだ出発していないかもしれなかった。もしかすると街路に藁を敷いて馬の蹄に布を捲きつけて騒音を消しただけなのかもしれなかった。彼がここに胸を病み、横たわり、彼の作品の不可知なものについて、もはや見ることのできない昼の光に耳を傾けながら、熟考しなければならないことを人々が知っているのだから。そして鋭く耳をすますと、それだけ生活の騒音が遠のき、消えていくのであった。騒音は、手でかすかに一枚一枚取り払われていく帳〈とばり〉のようであった。次々に帳が取り払われ、遂には語と語、行と行との間に埋め込まれているもののほかは何も残らなくなってしまった。これが彼自身の心意であり、心の予感であった。それは美であるにしても、だが心による犠牲であった。さらに静寂が深まり、歌手を迎え、弦をかき鳴らすばかりの静寂になった。それは人類の大いなる静寂であった。人類はもはや群衆ではなく、魂の共同体であり、到る処に吹き寄せる清澄の息吹き、沈黙した天体の歌を同じように鳴り響かせる清澄の息吹きであった。歌い手であるウェルギリウスは耳をすます、彼は竪琴の弦のように張りつめていた。そればかりか彼自身が竪琴であった。そしてその純粋な緊張のうちに鳴り響こうと、彼の心へ手を伸してくれるのを待ち望んでいた。その手に彼は憧れ、待ち望んでいた。それは、鳴り響けば、心はもはや燃えることはないであろうからだ。見よ、こうして横になり、耳を傾けているうちに、いっそうはっきりと感ずるではないか、愛の母性的な手が彼の心に近づいてくるのを、真昼の夜がいっそう静かになり、帳〈とばり〉がいっそう濃くなっていくのを。真昼の夜は夕べの小川のさざめきに満ち、樫と唐松によって影らされ、水精も牧人ももうとうに暗闇のなかに消え失せてしまっている。おお、もうとうに見ることができなかったが、しかし彼の愛したこの夕べの風景のなかでウェルギリウスは、まるで彼がその風景と交わろうとし、永遠にその風景のなかへ入っていこうとする、入っていかねばならないかのように、腕を伸ばした。彼はあらためて天使の言葉を聞いた。天使は言った、「大きくなるのだ、小さな子よ、大きくなり、鳴り響き、指導せよ。無時間のうちに予感する諸々の時代を通じての指導者よ」
作品中において文中に外字が5文字(新字体で褐、溌、掻、!?、掴)使用されておりましたがインターネット上で対応出来ないため、新字体にに改めております。
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