2007年OSJ箱根50K


2007年7月
相馬 剛


略歴
20-26歳 トライアスロン(オリンピックディスタンス)
(関東選手権3位など)
26-32歳 フリークライミング
 (ロープクライミング:最高グレード14A、
ボルダリング:最高グレードV10)
33歳-(2006年4月より) トレイルラン
(2006年日本山岳耐久レース8位(8:48)(初レース)、
OSJ箱根50K3位(6:39))
1974年1月生まれ
 小笠原諸島父島在住(2006年4月より)
海上保安庁勤務




                           
優勝を狙った今回のレース。結果は3位・・・いろいろな意味で差を見せつけられたレースだった。たとえ10回走っても、タイムに多少の違いはあるだろうが 順位自体は変わらないだろう。そして、レース中盤にもかかわらず、私はその事実を享受していた。つまり、優勝ではなく3位という順位に満足してしまった。

あるマラソン選手は「スタートラインに立った時点ですでに順位は決まっている」と言った。その言葉の意味が今ならば深く理解できるような気がする。私に は、まだ優勝する資格が備っていなかったのだと思う。




トレーニング

昨年10月の日本山岳耐久レース、ハセツネを走り終えた時点で、私は自分に可能性を感じていた。トップとの差は約60分。この決して小さくない差に、私は 絶望するどころか、強いモチベーションを得ていた。その時の自分の実力と、次のハセツネまでの1年という時間を考えると、容易ではないだろうが許容範囲内 であると思った。ただし、60分の短縮だけでは、優勝ラインの線上に乗っただけであり、本当に優勝したいと思うならば、さらにプラスアルファが必要だ。

7時間33分。このタイムは、昨年のハセツネで実際に記録した各区間のトップラップタイムの合計。現在のトレイルランニングの「意識の壁」の内側であって も、このくらいのタイムは十分現実的だし、優勝を狙う選手ならば、当然このあたりをイメージしてトレーニングしてくるだろう。

私が、この1年でするべきことは明確だった。「マラソントレーニング」一言で言うとこうなる。ハセツネ程度の距離であれば、フルマラソンの持ちタイムの向 上が、そのままゴールタイムに比例すると思う。トレイルでのトレーニング?もちろん、最終的な目標は、トレイルを誰よりも速く走ることだから、トレイルト レーニングもするが、全体の走行距離に占める割合は極めて低く15%くらいだろうか。私の場合、とにかく基本はロードで、トレイルでは脚力アップと下りの 感覚を忘れないことを主な目的としている。いずれはトレイルトレーニングの割合を増やさなければならないのだが、今はまだその時期ではない。本当の意味 で、トレイル特有の走りが必要となってくるのは、ランナーとしてもっと実力をつけてからであり、それにはまだ時間がかかるだろう。

トレーニングは、まず、他に惑わされることなく自分の感覚を信じることが大切だと思う。自分1人であっても、あるいはコーチが付いていたとしても、その 時、行っているトレーニングの本質を自分自身で信じきることができなければ意味がない。そして、そのトレーニングが妥協したものでなければ、たとえ非科学 的と思えるような内容であっても十分速く、強くなれると思う。
  
これは、全ての競技に当てはまると思うが「最新のトレーニング」と呼ばれているものは、その時代に一番強い選手やチームが実践しているトレーニングをその ままそう呼ぶことが多い。まず「実績」があり「科学的根拠」は後付したものが多いということ。だから、人それぞれ「速さ」や「強さ」に向かうアプローチ方 法は違って当然だし、トレイルランニングのように未成熟な競技ではなおさらだろう。ただ、確実に言えるのは、トレイルランニングは、テクニックや道具に頼 る局面が少ない競技だから、身体能力と競技力はほぼ正確にリンクしていて、嘘偽りのない努力は必ず実を結ぶ。

昨今のトレイルランニング人気は、山の景色、木々の癒し、ファッション・・・などソフトな一面が原動力となっているようだが、実は、トレイルランニングが 持つ、そのような厳しくもシンプルな競技性も大きな魅力であることを、トップクラスの選手だけでなく、初心者を含めた一般の選手も感じているからだと思 う。




OSJ箱根50K

5月の後半に、初開催されたこのレースは、10月のハセツネを見据えてトレーニングを続けてきた私にとって、自分の実力を計るのにちょうど良い機会であっ た。冬(小笠原はいつだって夏だが)にしっかりとした走り込みができていたので、勝負するだけのベースはできあがっていたが、ここで、完全に身体を仕上げ て追い込んだレースをしてしまうと、夏のトレーニングや秋の本命レースに影響しそうだった。

ここ一番のスピードよりもイーブンペースのスピードが求められるトレイルランニングでは、それほど繊細に仕上げていく必要はないが、それでも、いわゆる 「調整」というのは難しい。走り込みなんかよりもずっと難しく、しかも、走り込みが多ければ多いほど難しくなる。調整は、刃物を研ぐのに似ていると思う。 研ぎ込めば切れ味は鋭くなるが刃こぼれしやすくなるし、かといって研ぎを甘くすれば本来持っている刃物の性質を引き出せない。理想としては、優れた研ぎ師 がそうするように、用途や刃の位置によって切れ味と粘り強さの研ぎ分けができれば良いのだが・・・。
 
そんなことを思いながらも、トレイルランニング界のみならず多方面で注目されていたビックレース、OSJ箱根50K。やはり、レースが近づくにつれ自然に 気合いが入ってきたし、大会前日に行われたレセプションの華やかな演出がさらに私の気分と調子を盛り上げてくれた。
 
レース当日の朝6時前、スタートラインに立つ。いつも朝の5時前からトレーニングしている私にとっては少し遅すぎるスタート時間。最前列には、国内トップ クラスの選手が揃い、このレースがハセツネ同様、高いレベルで展開することが予想できたが、私は、それに臆する必要は何もなかった。集中するために一度目 を閉じ、自信を持って自分のレースをしようと自分に言い聞かせ、スタートした。

箱根の山々を巡る55qのこのレース。事前の情報では、初心者向けのコース、走りやすいコース・・・などライトなイメージが先行していたが、レース5日前 と3日前にそれぞれ試走した感じでは、やはり山は山であった。確かにハセツネに比べればアップダウンは少ないかもしれないが、順位や記録を狙う選手にして みれば、その分、スピードを上げる必要があるから相対的な厳しさはそう変わらないだろう。

スタート直後からトップを走る。試走の時と同じペースで走っていたが、最初の上りで後続は見えなくなった。昨年末に、このレースの出場を決めた時から、で きるだけ自分でレースを作っていきたいと考えていたので、そのままのペースで進む。それにトレイルでは集団よりも単独の方が走りやすい。上りでは、乳酸が 溜まるギリギリのペースを探すため絶えずスピードを微調整する必要があるし、下りでは、よりトレイルの前方に視線を向けなければならないからだ。

私は、細かくラップタイムを設定するほうではないが、とりあえずの目安として金時山を2時間で通過するつもりで走った。相変わらず、静かな一人旅が続き 「このまま最後まで・・・?」と甘い考えが頭の片隅を過ぎった直後、すぐ後ろに見たことのない選手が迫っていた。直感的に、スターティングリストの中で気 になっていた「滝ヶ原自衛隊」の文字を思い出した。

予定通りに2時間で金時山山頂に着き、売店で水を買っている間に、さらにもう1人の選手にも抜かれた。スタッフに先行する選手のことを訪ねると、やはり 滝ヶ原自衛隊の隊員であり、もう1人は国体山岳競技の神奈川県代表選手ということであった。今後、トレイルランニングの知名度が上がれば、選手層がどんど ん広く厚くなっていくのは当然の流れだろう。

第1関門を3位で通過。少々、脱水症状気味だったのでエイドステーションで水を多めに飲んだ。今回のレースは、エイドステーションが数カ所に設置されてい ることもあり、補給食関係は軽量化を優先し最小限に抑えた。ハイドレーションパックにグレープフルーツジュースを水で薄めたものを1リットルとパワージェ ルを4つ・・・前半、自分の不注意から起こしてしまった脱水症状は最後まで回復しなかったが、エネルギー的には問題なく、軽さを優先する私にとっては適量 だった思う。

第1関門から芦ノ湖畔までの区間は精神的にも体力的にも辛かった。この区間は唯一、試走していなかった。コース資料によると、なだらかな下りのトレイルが 続き、全コース中で最もイージーな区間であるように思ったため、あえて試走をしなかったのだが、実際には小刻みなアップダウンが連続し、走りのリズムが取 りづらく、また、レース全体の展開を考えても、ちょうど中ダルミする頃で、そんな淀みに完全にハマってしまった。

私の中から、優勝という二文字が消えた瞬間だった。

1人の選手を抜かしたものの3人の選手に抜かれ、一時、5位まで順位を落とし、入賞すら危うくなったが、芦ノ湖畔のトレイルと神山の上りで挽回できる確信 があった。このレースを象徴する二つの区間「芦ノ湖畔」と「神山」。ここから別のレースが始まるといっても過言ではないと思う。私はゴール後、このコース に対し自信と勇気が必要なコースと感じたが、それは、この二つの区間の印象が強かったからだ。どんな選手でも、前半のアップダウンで脚に相当なダメージを 受けるはずで、そんな状況の中で、最後に待ちかまえる神山の圧力を感じながら、いかに芦ノ湖畔を走るか・・・その時、必要となってくるのがトレーニングに 裏付けられた自信と勇気だと思う。

幸運にも私は、その自信と勇気を持ち合わせていたようで、芦ノ湖畔で2人の選手を抜き、第2関門を3位で通過した。そして、最後の難関、神山。すぐ後ろに は、芦ノ湖畔で抜いた選手がピタリと付いてきており、本当に最後の最後まで気が抜けない。すでに脚は終わっていたように感じたが「潰れたらそれまで」と気 持ちとペースを切り替えて神山の激坂を登り始める。

登り始めてすぐに、後ろの選手が見えなくなり、ここにきて思いのほか自分の身体が良い感じで動いていることに気づいた。気持ちの問題もあるだろうが、激坂 であることがかえって功を奏したのだろう。それまで走ってきたコースの中には神山のようなタイプの上りはなかったため、そこで必要となる筋肉をあまり使わ ずに済んだのだと思う。試走の時と同じように、走りと歩きを織り交ぜながらリズム良く駆け上がり、神山山頂に到着。

あと30分程でゴールだ。神山山頂からひたすら下るトレイルを、怪我をしないように細心の注意を払いながら攻める。今回、私は普段からトレーニングで履い ているレーシングタイプのランニングシューズを選択した。重量は200グラムと軽量でスピードを乗せやすいが、ソールが薄くグリップ力も低いので、トレイ ルでは、常に足の置くポイントに気を使わなければならない。特に神山のようなラフな下りのトレイルでは、重力に任せて安易にペースを上げるとすぐにコント ロールを失うため、高い集中力が必要だ。

順位を維持したままテクニカルなトレイルを下り終え、舗装道路を最後の力を振り絞って走り、多くの観客が待ち受けるゴールへ全速力で駆け込んだ。優勝はで きなかったが、自分のレースをして、自分の実力を出し切った充実感に満ち溢れており、私は、ゴールしたばかりなのに、次につながる新しいスタートラインに 立ったような気分だった。




ハセツネに向けて

このレースで、この半年間のトレーニングの成果と自分の実力を正確に把握することができた。現在の自分には、メジャーレースで優勝するだけの実力はなかっ た。そして、その覚悟もなかった。覚悟とは何か?分かりやすく言えば「優勝以外は負け」という意識だろうか。今回のレースで、私は優勝を狙っていた。しか し、それは結局のところ口先だけだったのだろう。3位で満足する選手は、実力も意識もその程度であるということを痛感した。

この経験をハセツネに活かせるだろうか?当然、その答えは、これからのトレーニングの中にのみ存在する。トレーニングの基本的なスタンスに問題はないと思 うが、いくつかの課題と修正点が見つかった。

今回のレースの優勝者、鏑木選手はハセツネを「その人の生き方が問われるレース」と言った。これは、まさに真実で本当に良い言葉だと思う。果たして私は、 10月のハセツネのスタートラインに立った時、どのような生き方を示すことができるだろうか?

私の願いは「速く走りたい」ただそれだけだ。