Sunday Nikkeiの 「エコノ探偵団」
 
(2002/11/10日本経済新聞) 都心の飲み屋街、なぜ復活?――新借家法、思わぬ再生効果
 
 
 
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(「噂の真相」記事に、ぼくがちょっとクレームをつけた原稿を奥亭HPに掲載中ですが、日経の記者摂待さんがネットサーフィンしていて、それが目に止まったそうです。経済記者らしく、その中の街再生の理由「A定期借家法」に記事の題材として切り口を直感したとのことでした。それにしても「噂の真相」がゴールデン街特集を組んでくれなかったら、僕も原稿を書かなかったかもしれないので、「噂の真相」さんキッカケを作っていただき有り難うございました。11/13)

(後日談…11/15金曜日早朝、ある店で噂真の岡留氏と遭遇しました。氏「挨拶しに行かずスミマセンでした。11月号に載せましたので…」奥山「ええ 読ませて頂きました。街再考のキッカケができてよかったです。有難うございました」)

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 「ウィ、ヒック」。所長が千鳥足で帰ってきた。「昔なじみの古い飲み屋街がにぎやかで、つい飲み過ぎた」。探偵、加江田孝造が首をかしげた。「ん? 不況なのに盛り場が活況。これはナゾですね」
 
 若者、女性に人気

 所長が飲んでいたのは東京・新宿のゴールデン街。孝造は驚いた。週末でもないのにすごいにぎわいだ。終戦後の闇市からの飲食街で、築50年以上の木造家屋に10―20平方メートル程度の小さな酒場が集まる。
 OLの山田美佐子さん(21)に話を聞くと「初めて来たけれど、隠れ家みたいで好きになりました」と笑顔を見せた。また、コンピューター会社勤務の高木大輔さん(28)は「週に1―2回は来る。場末の感じが心地いいんです」と話す。
 孝造は新宿ゴールデン街商業組合理事長の斉藤種之さん(66)のバーに向かった。「特に若い女性客が増えたね。女性1人でも入れる親しみやすさが見直されてきた」
 「それに若い人が新しい店を始めて若い客を呼び寄せたんだ」「ほお、新規参入ですか」。孝造はひざをのり出した。ここ1―2年で30軒ほどが開店、参入組のオーナーも20―30代が多いという。
 昔は約250軒あったが、バブル期にビルを建てようと不動産業者が地上げを開始。土地建物を買われ店じまいを余儀なくされ1990年代半ばに140軒程度まで減少。バブル崩壊で地上げは止まったが、空きが目立ち、活気も消えていた。
 「なぜ若者が?」。ここで育ち、店も構える大倉弘さん(44)は「自分の店を持ち好きなことをしたい若者が増えたんです」と語る。バー経営26年の奥山彰彦さん(54)は「5年前に街全体で老朽化した上下水道、ガス管を修理。インフラを整備したのも大きい」と付け加えた。
 事務所に戻ると、まだ顔の赤い所長が雷を落とした。「若者が簡単に店を開けるか? 調査不足だぞ」。「先輩、今度は私が」。後輩の深津明日香が夜の街に向かった。
 明日香は最も若い経営者がいると聞いたバーに入った。カウンター内にいた落合優希さん(23)は大学4年生だった昨年9月、高校時代の同級生3人とともに店を開いた。
 「大学生がお店ですか。開業資金が大変だったのでは?」。意外な答えが返ってきた。「いえ、保証金も礼金もなく、家賃も約10万円と安く借りられたんです」。同じ広さで家賃15万円、礼金50万円をとるような大家もいる中では格安だ。
 「物価下落が続いても家賃はなかなか下がらないそうです。新宿の一等地なのになぜ安いんですか?」。落合さんの大家の不動産会社、誠備興業で尋ねた。同社はゴールデン街で地上げに失敗した業者から土地建物を買い百軒弱の家主になった。

 立ち退きが円滑に

 

 新目孝三社長(52)は答えた。「定期借家だからですよ」「テイキシャッカ?」。定期借家(定借)制度は一昨年3月にできた。賃貸借の期限を決め、期限が来たら再契約してもいいし立ち退きも要求できる。
 その際、テナントに払う立ち退き料が必要ないのが特徴。関東では家主が立ち退き料分を家賃に上乗せ、礼金の形で取っておく例が多い。定借ではこの分が必要ないので家賃も安く抑えられる傾向にある。
 新目さんは「新制度で期限を決めれば、将来再開発が具体化する際、立ち退きがスムーズに進められる。それで空き店舗の賃貸を始めました。収益も上がるし、街の活性化にもつながる」と話す。同社は昨年3月から2年期限の賃貸を始め、これまで30軒弱を貸し出した。
 「なるほど開店ラッシュは新制度のおかげね。他にも例はないかな」。不動産業者の団体を訪ねると担当者が説明した。「定借の第一号契約をしたテナントは建て替え予定のビルに入りました。同様の需要があるとみえて広がっています」
 ビルの家主は建て替え直前までテナントを入れたい。だが、従来の借家契約では立ち退き時にトラブルが起きる可能性があるので空いたまま放置する例が多かった。その有効利用が定借で可能になったという。
 国土交通省が今年2月に実施した東京都心のビル所有者への調査では定借の利用は全体の4.9%。「今後利用したい」「利用している」人に理由を聞くと、3分の一が「建て替えを計画しやすい」と答えた。
 明日香は納得した。「街の荒廃だけでなく、幽霊ビルを防ぐ効果もありそうね」。大手不動産も利用していた。三菱地所は東京・丸の内の新丸ノ内ビルの老朽化が目立つため、2004年度に建て替えに着工の予定で、現在のビルに新たに入るテナントとは定借契約を結んでいる。
 また、森トラストも、港区内のビルが、東京都が計画する道路予定地に入り、将来立ち退きを求められることになったため、テナントとの契約に使った。

 賃貸住宅の供給が狙い

 「便利だから広がりそう。でも、なぜできたの?」。所管の法務省を訪ねた。参事官の吉田徹さん(39)の説明を聞いてびっくりした。「優良な賃貸住宅の供給を増やす狙いです」「え、住宅政策なんですか」
 従来の法律では「大家自身がその家に住む必要が出てきた」など「正当な事由」がないと立ち退きを求められず、事実上、無期限に契約が更新されていた。立場の弱い借家人を守るため戦時中にできた規定だ。
 「このため貸家がなかなか返らないとして、家主が貸したがらない。家族向けなど優良賃貸が少ない原因とされていました」。期限つきならその心配がなく賃貸を増やす効果も期待でき借り手にも利点がある。
 商業用不動産でも利用が広がった事情を伝えると、吉田さんは答えた。「新制度の目的はあくまで賃貸住宅の増加ですが、商業用の有効利用に役立つのはいいことです」
 明日香はポンと手を打った。「わかった! 住宅政策の思わぬ副次的効果が、地上げで廃れていた飲み屋街をよみがえらせたんだわ」
 報告すると、しらふに戻った所長がぽつり。「街の活性化はいいが、期限つきだから、あのにぎわいもうたかたで終わる可能性もあるな」
 「
し、しまった」。所長が叫んだ。「上着がない。どこに忘れてきたんだろう」。夫人の円子があきれた。「きっと、あなたの記憶も期限つきだったのね」
(経済解説部 摂待卓)

http://smartwoman.nikkei.co.jp/news/ekonoview.cfm
 

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