LUXOR >>> HURGHADA 19 / NOV / 2003 *WED*



9時間死んだように眠ったお陰で、昨日のような悪寒はない。下痢はしつこく続いて昨夜の食事も全く消化されず、汚い話だが、ベジタブルスープの野菜なんてそのまんまの姿で体を通過してた始末。しかし、ほんとに体重が減っているであろうことを抜きにしても、昨日より体は軽くなっている。顔色も良くはないが昨日よりはまし。黄色くないからやはり肝炎ではなかろう。11月19日午前7時

普通■■■■■不良−−−−−悪い−−−−−最低−−−−−瀕死−−−−−死亡

7時、朝食に2Fのレストランに降りる。といっても朝食時以外は機能していない、テーブルと椅子だけはたくさんあって奥行きがいやに長い、シーズンオフの海の家みたいな寂れたレストラン。椅子は6、7脚を除いてほとんどがテーブルの上にあげられている。今朝は私が1番乗りっぽいが、私以外に宿泊客がいるのかどうか怪しい。出入りの音も階段を上がる足音もしないし、話し声もTVやシャワーの音も聞こえない。静かでいいけれど、このホテルで目にした人物は、フロントの疲れた女と猫背の小間使い兄ちゃんと数人のメイドだけ。レストランは奥の厨房をのぞいても誰もおらず、声をかけても返ってこずでフロントに頼みに行く。そして今朝もますます無愛想・無反応な女は、むっつりした表情をさらにむっつりさせながら内線で猫背を呼ぶ。
彼も朝は2段飛ばしで駆け上がるほどのテンションはなく、愛想もいいわけではないが、やはり決してイヤな顔や欠伸することなく給仕に専念してくれるところは好感が持てる。奥の厨房はガラス張りになっていて、この寂れ方じゃ電気代無駄なだけでしょ、と突っ込みたくなる、銀色の大きな業務用冷蔵庫を開け閉めする猫背の様子が見える。こじゃれたケーキ屋で、ガラス越しにパティシエが芸術作品みたいなデザートを作る様子はつい見入ってしまいそうになるが、同じガラス張り厨房でも、ここは哀愁が漂うほど殺風景で無機質。なのに清潔さも感じられない。
ほどなくして猫背が運んでくれたのは、カイロやルクソールのホテルと同じ朝食メニュー。細長いパンと白いチーズ、ゆで卵、紅茶。味もかわりばえしないが食べておく。今日もまた、次に食べものがノドを通るのはいつだかわからないのだ。

1人食べていると、白人の男がツカツカと入ってくる。
「モ〜ニン!」
ハキハキしているが、私と同世代っぽいのに顔はエアロスミスのヴォーカルみたいにシワくちゃ。金髪に白髪の混じったモッサモサな頭、いかにもアウトローな体裁。隣のテーブルに座り、猫背が準備する間、ブロークンで早口で聞き取りにくい最悪な英語で独り言のようにホテルの悪口を言い始めた。
「お湯、ぬるくなかったか?」
「うん、私の部屋も熱いのは全然出なかった。」
「そうだろ、シャワー浴びてらんねえよな。それに虫もうるさいし・・・」
と奴は人差し指をくるくる回しながら
ジーージーーと耳元で虫が飛び交う音をまねる。
「モスキート?」
そう!モスキートだ!そうか、蚊は英語でモスキートだよな(とフランス語で独り言)、モスキートがうるさいおかげで寝られなかったぜ・・・」
フランス人の彼はイスラエルからダハブ、シャルム・エル・シェイク、ハルガダ、そしてルクソールと、私がこれから向かおうとしている道をそのまま逆にたどって来ていた。出身を聞けば誇り高そうに
“I’m a French man!”
私がこの先訪れるルートを言えば、
“I did!”
どのくらい旅をしているのかは聞かなかったが、紅海沿岸に1ヶ月は滞在してたっぽい。紅海リゾートの楽園から来ると、ルクソールは単に埃っぽくて暑いだけの混沌都市にしか見えないのかもしれない。旅行者の年齢は高めでン十人の大型団体が大挙来襲、個人旅行者は、そんなツアー客とカモを待ち構え目をギラギラさせる客引きたちとのはざまで悪戦苦闘する。きっと彼はそんなルクソールに落胆・失望し、疲れているのだろう。ハルガダやダハブの様子は聞き出したいが、今の奴の口からは悪口しか出てきそうになく、よってあまり喋りたくないタイプ。ちょうど食事を終え、チェックアウトもしなくちゃいけないしでその場を失礼する。
「バ〜イ!」

明日朝までにシャルム・エル・シェイクへのフライトが取れれば、今夜ルクソールにもう1泊だが、今朝起きた時点で、確実な方を選ぶ決心がついていた。つまりそう、今夜のバスでハルガダに移動して1泊、明日朝の高速船でシャルム・エル・シェイクに渡る方法。荷物をまとめてチェックアウト、フロントの疲れた女に予定変更の由を伝え、夕方まで荷物を預かってもらう。

ホテルの斜め前に郵便局がある。ハガキを出そうとポストに近づくと、ベンチに座っていた警備員か警察官(そんな感じの制服着てる奴が多い)の男が、
「ハガキ出すのかい? このポストだよ、郵便局はまだ1時間は開かないよ」。
わかっとるっちゅうねん・・・。郵便局に近づく外国人全員が、窓口に用があると思い込んでるゆえのありがた迷惑親切心からか、単に話しかけるきっかけ作りのためにそう言うのか、いまだに判断しかねる。

8時半前、まだ‘NAWAS TRAVEL’は開いておらず店の前で待つ。すぐに2人の中年男が登場。1人は昨日の必殺電話人おじさんに雇われてるっぽい旅行会社のスタッフで、ちょっとデコがやばい(ちょっとどころじゃなかったかも)。もう1人、横しまシャツに白い手ぬぐいを首にかけたヒゲ面のツアーガイドは、スタッフの後ろから一直線に私に向かって歩いてきたかと思えば
「グッモーニン、
フレンドナイストゥーミーチュー!!
とやたらフレンドリーに握手を求めてくる。そのガイドを待たせて、スタッフが鍵を開けたオフィスに一度入り、ハルガダからのスピードボートのチケットを買っておく。やはりキャンセル待ちの空路はダメであった。ガイドブックではスピードボートは片道$40だから、$32はディスカウントのよう。ツアーが何時に終わるかガイドに確認し、夕方5時のバスでハルガダに行くことにする。

ガイドの名は
またもモハメドどいつもこいつもモハメド。エジプトでいちばん多い名前なのであろう。というわけで、吉村作治先生の親戚みたいな取ってつけたようなご立派な鼻を持ち、その鼻の下にはドリフのヒゲダンスで使ってた付け髭みたいなヒゲを生やしたガイドはモハメドW。ブルーの細い横ストライプのシャツが似合ってるのか似合ってないのかわからない。オフィスを出てすぐ近くに寄せていた黒のベンツに案内される。といってもこのベンツもすごいシロモノで、間違いなく他国の中古。中古のまた中古かもしれない。助手席に乗って思わず計器を覗き込むと・・・23万kmも走ってる!! 普通車がそんなに走れるものなのかと驚くが、それでもこれまで乗った数々のタクシーと比べると格段にいい車。そしてそこではじめて、後部座席に先客がいることにも気づいてびっくりし、お互いに笑う。
「お〜〜、グッッ・・・モーニ〜ン!」
ガラスが真っ黒に塗られているもんだから外からは気づかなかったのだ。夫婦っぽい白人2人、年齢は30代後半か42、3ってところか。で、シートを前に動かそうとするが動かない。助手席のシートは後ろにさがりきっていて、助手席の足元はやたら広いのに後ろはすんごい窮屈そう。運転席に戻ってきたモハメドW氏に聞く。
「このシート前に動かせる?」
「壊れてます」
「・・・・・」
後ろの2人はドイツ人。国籍のわからない白人は皆ドイツ人として片付けてるわけじゃあなくって、彼らもほんとにドイツ人。ったくドイツ人旅行者も日本人に負けず世界各国どこにでも出没するよなぁ。夫の方はルクソールは2度目で、12年前に来たことがあると言う。ルクソールではほんの5年前まで、西岸に渡る手段はナイル川を横断する船だけだったが、9km上流に橋ができてはじめて車やバスで行くことができるようになったらしい。ところが、次の橋はこれより60km上流。それだけ船で全てが済まされるということ、そして大きな町もないということ。まぁ5000年前からずっと橋なしで生活してきたところに、急に橋が必要な訳もないってことですね。モハメドW氏はルクソールの町や西岸観光の大まかな予定を訛りのない流暢な英語で話しながら、川沿いの道路を80kmで飛ばして、やがて王家の谷への上り坂に車を進める。切り崩した裸の山、草木ひとつない砂漠の中をかなり上っていく。けっこうきつい勾配が長く続く。ここを自転車でなんて絶対無理!! 健康でも健脚でも自殺未遂?行為。
「あれはワセダの合宿所ですよ。」
「あ、プロフェッサー・・・」(名前が出てこない私)
「ヨシムラ!」
「そうそう」(笑)
「彼は
マイフレンド!
ホントなんだか。でもあれだけ王家の谷に通ってる、つうか住みついてる?吉村先生だから、ルクソールのガイドしてりゃ面識なくても20回くらいは会ってるだろう。
「ワセダは有名な大学?」
「ええ、日本でいちばんくらいにね」
「ミスター・ヨシムラはエジプト人の奥さんもらってるんですよ」。

東岸の出発地点から15分ほどで王家の谷のふもとに到着。モハメドW氏は、入場チケットの購入は各自でしてもらうがあとで代金は払い戻すこと、駐車場から谷の入口までは500mあるが1£E(20円)出してカートに乗っても、もちろん歩いて行っても自由なこと、そして500m先のチケット売り場入ったところに集合、等を簡単に説明して先に我々を降ろす。王家の谷は朝6時(冬は7時)から開いている。真夏は太陽を避けて早朝に観光するようだが、今日も9時前なのにすでに観光客は大勢いて、なんともう見学を終えて降りてくる連中までいる。500m先まで緩やかな上り坂の舗装道路。99%の人がカートに乗るが、先に歩き始めたドイツ人夫婦に習って私もカンカンの太陽の下を歩くことにする。昨日みたいに目が回ることもお腹を抱えることもないし、冷や汗だって出ない。午前9時、グラフに変化なし。

普通■■■■■不良−−−−−悪い−−−−−最低−−−−−瀕死−−−−−死亡

1£Eすらけちって歩く我々、みみっちいと思いながら、この年でこういう旅をするドイツ人夫婦に親近感を覚えてしまう。ちなみにダンナの方が若く見え、マッチョではないがタフそう、奥さんの方はすでにかなり日焼けしていてやや疲れていそう。そして子供はいなさそう。
車を停め、あとからカートで追っかけてきたモハメドW氏は片手にミニ・竹ぼうきみたいなのを持っている。ハエよけ。なるほど尋常でないハエの多さ! 今朝のフレンチマン・アウトローじゃないけど蚊よりはいい。にしても顔にもとまりやがるからうざい。氏は王家の谷の説明をひと通りしながら、肩・頭・顔にとまる奴らを神主がお祓いするみたいに竹ぼうきカシャカシャ鳴らして追い払う。なんでこう外国、特に乾いた砂漠地帯ってハエが多いの? モハメドW氏の説明は簡潔でわかりやすくてよろしい。王家の谷では60以上の墓が発見されているが、公開されているのはその時によっていろいろでだいたい10数ヶ所。20£Eのチケットで3つの墓が見学できるが、ツタンカーメンの墓だけは別料金で40£E(800円)もする。そのくせ壁画も何にも残っていないらしく、氏曰く
「入る価値は薄いです」。
そう言われれば3人とも「入りません」。
すると公開している墓のうち、おすすめの3つを教えてくれる。10分くらい聞いてただろうか、王家の谷の説明が終わってもまだ解散にはならない。
「もしカルトゥーシュを作りたかったらどうですか?」
とマイルドに紳士的に言いながらモハメドW氏がポーチから出したキーケース、開くとそこにはジャラジャラといろんな種類のカルトゥーシュがぶら下がっている。カルトゥーシュとはだ円の枠の中にヒエログリフ(象形文字)で王の名を書いたもの。枠やデザインや金属の種類を選び、好きな名を入れてペンダントヘッドやキーホルダーに加工してもらうのが人気のエジプト土産。
「これが1つ20£Eでできますよ。このツアーが終わるまでには出来あがってます。」
シンチュウ? 明らかにシルバーではないが、それでも手作業?で好きな名を入れてもらって20£E(400円)は安い。しかも即日受け取りだなんて。で、氏がちゃんと用意していたメモを数枚もらってさっそくアルファベットで名前を書き始めるドイツ人。カートの1£Eは倹約してもカルトゥーシュは迷わず7、8個も作る気らしく、また彼らに習って私も5人くらいの名前を書いてしまう。キーケースに一緒にぶら下がっていたゴールドのを手にすると、氏はすかさず電卓を出して計算する。
「ミス、ゴールドにするなら1つ$32です」。
それでも安いが、さすがシンチュウの10倍の値段。思わず自分のだけゴールドにしようかと思っちゃったりする。
「もっと作りたければ後で言ってもらっても間に合います。数はいくらでも平気ですよ。じゃあ、10時半にこの場所に再集合」。


日が昇る東岸は‘生者の都’
日が沈む西岸は‘死者の都’
その通り
殺伐・荒涼とした砂漠の西岸は墓だらけ

王家の谷の後方には
ピラミッドみたいな岩山
‘アル・コルン’がそびえる

王家の谷は現在、墓内部は全面撮影禁止。カメラをぶら下げたり手にしているだけでは何も言われないが、ドイツ人夫は知らずにシャッターを押し、それを見逃さなかった係員にフィルムを出せとかなり厳しくしかられていた。ラムセス3世、8世ともうひとつ誰の墓に入ったか忘れてしまったが、内部の壁画の状態はわりと良い。色はあとから塗られて再現されたものだろうが、赤・黄・緑に加えてゴールドがふんだんに使われて鮮やか。しかしその4色のみというのがちょうどいい。そつなくまとまっていて、にぎやかすぎたりケバケバしい感じがない。ガイドブックに載っている多くの墓が修復中なのは残念だが、墓泥棒とのいたちごっこで作られた墓は思ったより長く地下深く、奥行き50〜100mくらいのものもある。各墓の入り口でチケットの端をちぎる係員の他に、墓の奥にも係員がいるところがある。奴らがまた、見学者が多い時はあまり寄ってこないが、少なかったり孤立するとすぐ寄ってきて、聞きたくもない説明を始めてはバクシーシをせびる。混んでいるのが幸いなんてエジプトでなきゃ思わないだろう。どの墓もわりと混んでおり、100人くらいの列に並んで入場というところもあって、バクシーシのターゲットにはならずにすむ。ただしピラミッド内部同様、人が多いと中は蒸し暑く酸素も薄い。

王家の谷からは
ハトシェプスト女王葬祭殿に抜ける
1.5kmくらいの山越え階段道もある

けっこうキツいらしいですが
貝の化石があったり眺めもいいとのことで
思ったより大勢の人が
チャレンジしてました
面白そう

掘れば掘るほどまだまだ墓もお宝も出てきそうなところではある。ワセダチーム、頑張れ! ところで、エジプトに来る観光客は意外に日傘率が高い。日本人と中国人は日傘専用の白が多いが、普通の雨傘をさしてる人も多い。ずっとさしていれば確かに日焼け度は違うだろうし、年間数日しか雨の降らないエジプトで傘の現地調達は難しそうなので、デリケートな方、シミ・シワ恐怖症の方は持参を。
3つの墓の見学は各10分もあれば十分。3人とも時間をもてあまし、チケット売り場近くの屋根つきベンチで体を冷やす。腸のアザーンは鳴り止まないが熱は下がってるっぽい。でも、今日もこんな炎天下歩き回ってたら絶対またぶり返すなぁ。

10時半、相変わらず竹ぼうきカシャカシャ振り回すモハメドW氏と揃って駐車場におり、再び黒ベンツでハトシェプスト女王葬祭殿に向かう。
と思ったら途中、小さなアラバスター屋に強制連行される。アラバスターとはこの近辺で採れる雪花石膏。車を降りると店の外のテント下では3、4人の男が石の塊をハンマーで叩いたり、形になりつつある皿や壷にヤスリかけてみたり水で洗ってみたりと作業中。モハメド氏は先に店内に入ってしまい、残された我々3人は背が高いガラベイヤ姿の、しかしこざっぱりした優しげでなかなかイイ男にアラバスター製品の作成工程について説明を受ける。石の塊から、それをくり抜きトリミングして磨き・・・とそれぞれの段階のものを手渡されるがやっぱり石。皿1枚にしても大理石みたく重い。


店内でも男の説明は続く
薄い皿、一見どれも同じに見えるが
光にかざすと黄色になるもの
ピンクになるもの、緑になるもの等
実はいろいろ種類があるらしい
色変わってもあんまり嬉しかないけど・・・

焼き物やガラス製品は好きだし興味もあるが、アラバスターは好みじゃない。色の薄いべっ甲みたいで、重いくせになんだか安っぽい感じがする。店内360度天井までずらりと並べられた商品を見ても、ほしいものはひとつもない。店内には説明してくれたガラベイヤ男の他に店主と思われる人物もいるが、奴はレジのそばを離れることはない。ガラベイヤ男は我々につかず離れず、しかしエジプトの商売人のほとんどがそうであるように、自ら商品をすすめたり、ああだこうだしつこくウンチクを言って無理に買わせようとするところはなく、我々の様子を伺って不気味にニコニコしているだけ。その間モハメドW氏は何をしているかというと、レジ横のソファを店主以上に偉そうにぶん取って腰かけ、ずっと携帯で電話している。エジプトでも携帯電話はかなり普及していて、格好は悪いがなかなかコンパクト。ビジネスマンはほぼ全員持っている。にしても氏が電話したいがために店に寄らされたんじゃないかと思うほど、ず〜〜〜っと話している。ふと見ると彼、王家の谷見学前に我々がお願いしたカルトゥーシュペンダント、アルファベットで名前を書いたメモを手にしていたから、きっとそれを注文してくれてたのだろう。
アラバスターに興味も買う気もまるでない私はやはり店内のソファで休ませてもらう。で、何も買わないくせに店主が入れてくれた熱いシャーイ(紅茶)をごちそうになる。一方ドイツ人夫婦は黄色いアラバスターのお皿、直径15cmくらいの2枚と白い石の猫?の置き物の3つをガラベイヤ男に値段交渉している。いったん決別したかに思えたが、3つ100£E(2000円)で商談成立した模様。うーむ、高いのか安いのか全然わからない。ところが支払いの段階になってカード払いと言えば、店主に手数料が3£E(60円)かかると言われ、それにまた文句を言って結局は100£Eきっかりにはさせていた(おかぽんならその3つ、50£Eでも買わないけど)。電話を終えたモハメド氏は話し相手を私に切り替え、職業についても質問が及び、それ以後、彼は私のことをドクター呼ばわりするようになる。
「ドクター、ここにはオニキスもラピスラズリも何でもあるよ。」
するとドイツ人が、「ドクターなの?」
「デンティストです」
「へえ〜、若いデンティストねぇ!学生かと思ってたわ」
しまいには店員までもがドクター、ドクターとおだてるもんだから
「あんまりドクターって言わないでくれる?」
「でも君ドクターだろう?(笑)」
「・・・・・」
海外で見ず知らずの店員に「社長!」って言われるのと同じ、おだてられてるというか小バカにされてるような感じもする。でもそれより私の場合、日本であっても、実際の仕事現場を見たことのある人以外から先生と言われるのは嫌いだしいまだに抵抗がある。これって先生と呼ばれる職業人の中で異端児なのかなあ?(世には先生ゝと言われていい気になる勘違い野郎が多すぎて困りますね。私は自分ではまだ汚染されてないと思ってるんですが・・・気をつけまーす。) ついでに言うと、エジプシャンは若い外国人女性を見ると、名前より国籍より、年と独身かどうかを知りたいのに違いない。これには関係ないでしょ!
失礼だわよ(`´+ と怒りたくなりそうだが、なぜか嘘ついたりサバよんだりはせず「いくつに見える?」ときりかえすことが多い。あ、でも20歳と答えて相手の反応をみたい気もするなぁ。今度どこかでやってみよ。ちなみに、今回の旅でのエジプシャンらの回答は22〜27歳くらいで幸い?30と当てた人はいませんでした(当てられたら哀しすぎ)。日本でサバよむとしたら26歳が下限かなぁ、と図々しく思っている私ですが(抗議の声が聞こえてきそう・・・汗)。
正午のアザーンが流れる頃、

普通■■■■■不良■■■■−悪い−−−−−最低−−−−−瀕死−−−−−死亡

12時過ぎ、ハトシェプスト女王葬祭殿。ルクソール西岸をうたう旅行書、写真集、パンフレットの写真には必ず登場する場所。そして数年前、無差別テロの現場となった場所。

ちょっとわかりにくいですが
横しまシャツ、頭に白い布の男が
モハメドW氏
赤Tシャツに青リュック:ドイツ人旦那
白Tシャツに赤リュック:ドイツ人嫁
西岸、名のわりに感動が薄いのは
死者の都だからか
三層構造の美しいテラスで有名なハトシェプストも
壁画が少し残っているくらいで
背後の切り立った崖の方がよっぽど迫力あり

壁画は王家の谷の墓内部のと似ているが
ファラオの墓の方が丁寧に復元されていて
鮮やかできれいです



たいしたことないけれど、いよいよ太陽が暴力をふるいはじめる時刻、30分ほど見学。

続いて王妃の谷。ここにきてハトシェプストあたりからやたら咳をして苦しそうだったドイツ人妻が、ノドの調子が悪いからと中には入らず、駐車場で待っていると言い出す。昨日よりは復活しているもののまだまだ病み上がっていない私だが、見た目は彼女の方が具合悪そうで、自分のことはさておきちょっぴり心配してしまう。あぁ、ここにも病人が・・・。
モハメドW氏はドイツ人夫と私を連れ、説明しながらおすすめの墓内部まで案内してくれる。王妃の谷も80もの墓が発見されているらしいが、公開されているのはほんの数ヶ所なうえ、‘必見’のネフェルタリの墓は修復中で見学できず。やはり2つ3つ墓を見ると王家の谷のものとよく似ている。バクシーシ番人はいるが王家の方ほどしつこくないし、見学者も少なくて平和。王家より落ち着いて壁画を見ることができ、ドイツ人夫も「色がいいねぇ」と目を輝かせる。ほーんと奥さん、少々体調悪くても(私ほどじゃないだろうし)せっかく目の前まで来てるんだから入るべきだったよ〜。
そう言いながら私のお腹も予感通り徐々にヤバくなってきて、見学終了を待たずしてプレハブの仮設っぽいトイレに駆け込む。バクシーシを渡す掃除のおばさんはどこかに消えてたから無断使用。下痢は3日目の今日も改善・軽減の様子はまるでなく、食事をしてから体を駆け下りていく速度がほんの少し遅くなったような気がするだけで、またも軽い熱っぽさを感じはじめる。こんな状態で薬も買わずに観光してる自分が悪いんだけど、それにしてもいい加減にしてよ〜
勘弁してよ〜って感じ。エジプトの大腸菌に感染するといかに自然治癒が難しいかという、体を張った実験してしまってる大バカものでございます・・・。
午後1時30分、今日も時間と共に状況は悪くなる。

普通■■■■■不良■■■■■悪い■■■■■最低■■−−−瀕死−−−−−死亡

午後もまた土産物屋に連行され、お次はパピルス屋。ここもまた店に入ると、パピルスの茎から繊維を結わえてプレス機でプレスして・・・という簡単なパピルスの作り方の説明を受ける。モハメドWも、ここの店のは正真正銘本物で品質は間違いないョと念を押す。そこらのスークに積み上げられているのはたいていニセ物なようだが、素人には見分けるのはやや難しい。本物のパピルスはいたって頑丈で、少々引っ張っても伸びたりちぎれたりすることはまずなく、そのうえ柔らかいから曲げても割れることはないが、木などを薄く削って張り合わせたニセモノは、折り曲げるとパリッと割れてしまうらしい。店内の壁に所狭しと貼られたパピルスはサイズも絵柄も豊富で色鮮やか。特に青色の発色が素晴らしく、アラバスターなんかよりはずっと興味あるし1枚くらい買ってもいいかな、という気になるが、大きさと絵がマッチしたこれぞという1枚がない。この店は展示されている全ての商品に値段が書かれているが、モハメド氏によるとまず半額にはなるとのこと。提示されている値段は60×45cmくらいのもので$50くらいだったかな。でもやはり1軒だけじゃ相場がわからない。ちゃんとしたパピルス屋なら、買うと丁寧に丸めて頑丈な筒の箱に入れてくれる。空港や乗り物で会う観光客らの多くがパピルスの筒を持っていたから、エジプト土産としてなかなか人気みたい。がパピルス率は、日本人より欧米人の方が高し。いつも思うのだが、欧米人の方が実用的かそうでないかなんて考えず‘土産らしい土産’を買ってるような気がする。はっきり言うと、買って帰っても困るもの、結局ホコリかぶるだけの運命が見えてるもの。私も以前は欧米の美術館で絵のポスターを好んで買って帰っていたが、何枚も飾るほど部屋があるわけでもなく、額に入れるのも邪魔くさくて結局単なるコレクションになってしまっていた。パピルスもそんな1枚になってしまうだろうからやめておく。そうそう、パピルスもオリジナルを作ってもらえます。絵の中にカルトゥーシュがデザインされているものがあって、カルトゥーシュの中は空欄、その場で自分の名前を入れてもらえるようになっています。ドイツ人もパピルスは買わず、モハメド氏はここでもまた携帯で話をしていたが、我々が買う気のないことをみてアラバスター屋より早めに切り上げる。

メムノンの巨像もちょっと期待はずれ
思ったより小さいし
この場所にはこれだけしかない

もっとも、過去にはこの座像の後ろに
葬祭殿があったらしいけど

2時半、これにて西岸観光終了。6時間、モハメド氏のガイドはしっかりしていて安心できたし、車で回ってもらって遺跡の入場チケット込み$20は良心的価格。見た目より紳士なモハメド氏は何か不満はないかと尋ねてくれるが、全く思いつかない。逆にこれ以上あちこち連れ回されてもバテるだけ。ドイツ人夫婦もこのあとハルガダに移動することがわかり、お互いバスの時間を確認する。同じ夕方5時の便。きっと彼らもシナイ半島を目指すのだろう。

再びナイル川沿いを9km走り、上流の橋を渡ってルクソールの町に戻る。先にドイツ人夫婦をホテルに送りながら、氏はクシャリの美味しい店やおすすめのレストランを教えてくれる。さらに途中、何もない道端に車を寄せたかと思うと、古いコンクリートの建物の上の階、開いている窓に向かって大声で何か呼びかける。と、しばらくして男が1人現れ、親しげに数言交わし男から封筒を受け取り氏がお金を払う。カルトゥーシュペンダント。建物のどこかで誰かがヒソヒソと作って小銭を稼いでいるのだ。さっそく「確認してください」と手渡された封筒を開けると、さらに小さな封筒にアルファベットで注文した通りの名が書かれ、1つずつ入れられている。間違いなく
ちゃんとできてる!

カルトゥーシュペンダント
氏に頼んだシンチュウ製のは
何文字入れようが20£Eだったが
後日宝石店で作ったシルバーのは従量制
文字数でも値段が加算されました

「またあとで!」
ドイツ人が降り、1人ホテルに送ってもらう間も氏は両替の必要がないかと言っただけでそれ以上何かしつこくすすめることもなく、こちらが不快に感じるようなことはひとことも言わなかった。しかも氏による両替は後にも先にも最もよいレートだったから($50=320£E)偽札じゃないだろうなぁとまだ疑いながらも$50だけ替えてもらう。最後にもらった名刺にはMahmoud Abd Allahの名の下に
Mr.Sunshineという無理ありすぎるニックネームとオフィスの住所、電話番号に
HPアドレスまで書かれている。帰国後、アクセスしてみて思わず笑っちゃいました!だって氏の写真、ストライプのシャツ+頭に白い布、サングラスにとってつけたような鼻とヒゲ・・・格好そのまんまなんだもん!!服はこれしか持ってないのか、同じの何枚も持ってるか、相当なお気に入りか、単なる偶然か?! 彼はカイロ大学考古学科出身のルクソールスペシャリストで、なるほど吉村先生と友達っつうのも本当でした。なにはともあれ彼のガイド、おすすめです。NAWAS TRAVELにリクエストするか直接メールしてみても良いかも。
どうもありがとうございました!

ハルガダへのバスが出るまで2時間ほどあるが、2時半過ぎているから今日もルクソール博物館は入れない。ガイドブックでは見ごたえがあり洗練されてて雰囲気も良いと好評なので残念。1本早いバスもこれまた2時半だからもう出てしまっている。ルクソール→ハルガダのバスはこの時1日7本で、NAWAS TRAVEL電話魔おじさんの記憶によると6:30、8:15、10:30、14:30、17:00、19:00、20:00発。約250km、所要5時間程度、ということは夕方5時に出れば夜9時過ぎに着くことになる。知らない町にそんな時間に着いてホテル探しは勘弁!で、郵便局前の公衆電話で予約を試みる。
「今晩泊まりたいんだけど、バスターミナルに迎えに来てくれますか?」
「オーケー、何時のバス?」
「今ルクソールにいます。ルクソールを5時に出る便。」
「名前は?」
「オカダ」
「ミスター・ホセインという男が迎えに行きます。」
宿を決めたら腹ごしらえ。いっさい吸収されないことはわかっているが、それでもちょっぴり食欲はある。旅を始めてからちょうど1週間だが、3度の食事をした日は1日だけ、今日も昼食兼夕食。空腹のせいか壊れているせいかわからないが、もう72時間くらいお腹はグーグーグルグルと鳴り止まない。バスの中で発作が起きたら洒落にならないからテイクアウトしてホテルのロビーでかじる程度でいいのだが、クシャリという気分でもないしマクドナルド(ホテルのすぐ近くにある)もつまんないし、かといってひかれるファストフードが見当たらず、スークの中のレストラン、屋台でミートローフみたいなのを焼いていた店の呼び込み兄ちゃんに負けて入ってしまう。しかし長身ながら奥田民生みたいな間抜けな顔したその呼び込み男が、実は久々に私を怒らせるとんでもない
ぼったくり野郎だった!!

アスワンの屋台であたってこんな辛い旅になってしまっているというのに、懲りずに屋台。てめえには学習能力もトラウマもないのか?!と数十回目のひとりつっこみ入れながら「コレとコレとコレ、ちょっとずつ!」と適当に注文する。テイクアウトもできるようだが民生に押されるままテーブル席につき、しばしスークを行く人を眺める。店内は狭くテーブルは3つ4つしかなく、ラマダンと中途半端な時間のせいもあってだろう他に客はいない。怪しい流れは、妙にゴキゲンな民生が頼んでもいないサラダを持ってきたところからはじまる。
「ちょっと、これ
頼んでないよ!
「サービスだよ」
「でも嫌いなの。いらないから下げて」
「なら食べなくていいよ、そのまま置いておきなよ」。
何だかニオう(料理が臭いのではなくて・・・)。



◆ EARLY DINNER ◆
左上から時計回りに
・アエーシ ★★
・トマトサラダ 生だから×
・ミートローフ ★★★
・シャワルマ ★★
・ピラフ(ごはんの他に
何か不明なものが入ってた) ★★

全部で15£E(300円)

不味いものはないがそう美味いものもなく、生野菜以外全てを少しずつつまむ。ところが、食べながら写真を撮っているのを見た民生は嬉しがってますますゴキゲンになってこのあとの予定なんぞを聞いてきやがる。
「5時のバスでハルガダ行くの。」
「うっそぉ〜〜、こんなにいいエジプシャンがいるのに」
「どこに?!」
(わざとキョロキョロしてやる)
ヘン、あんたみたいな間抜け面にひっかかる女なんて世界中どこ探したっていねえよバーカ。と心でつぶやきながら食べてると、信じられないことに民生は向かいのテーブルに腰かけて下ネタを口にしはじめたからさすがに怒る。
うっせーな!!食ってんだよ!あっち行け!
ハエを振り払うように手で追い払うと、奴はスマナイって感じでニヤニヤ笑いながら店の外に消える。午後3時半、今日も食事でやや持ち直すが、やっぱり少々だるい。

普通■■■■■不良■■■■■悪い■■−−−最低−−−−−瀕死−−−−−死亡

半分以上残してお勘定。消えていた民生がとっさに戻ってきて、メモとペンを出して計算するふりをして(この演技がどうしようもなく下手だった!!)とんでもない値段を吐く。
「50£E(1000円)だ。」
あ〜あ。見え透いたド下手な演技と下品さに呆れるあまり、つい鼻で笑ってしまうが・・・
民生くん、よくも久々に私を怒らせてくれましたね
「どれがいくらか言って!その計算見せな。」
白紙のメモを奪い取ろうとすると、彼は慌てて手を後ろに回す。
「ダメだダメだ、全部で50£Eだ。」
どーゆー計算してんの?あったまおかしいんじゃないの?
長身の奴に負けてはならぬと私も立ち上がる。ついにちゃぶ台をひっくり返す絶好のチャンス到来か?!
あたしゃサラダなんて頼んでねえよ!きさまが勝手に持ってきたんだろ!これに50£Eも誰が払うかってーの!!どう見ても10£Eだろ!
バン!とテーブルを叩くと、屋台で調理をしていた小柄な別の男が騒動を聞いて駆けつける。
「どうしたの?!」

「ちょっと、
冗談じゃないわよこの男
どうにかして!! 全部でいくら?」
するとそいつは皿の数を数えて
「13£E(260円)だよ。」
それでもちょっと高いと思ってしまうが、とっさに小柄な方に15£Eを握らせて席を離れる。待てと手を広げる民生を小柄な男が塞いでくれ、その隙をすり抜ける。同じ店の店員が敵と味方というよくわからない事態。民生は塞がれながら「なんで13£Eでいいなんて言うんだ!」みたいなことを男に言ってたが、味方の彼は「お前の方こそ何言ってんだ」って感じで正義感にあふれていた。
何だこの店?! 店をあげて詐欺なところもあるだろうが、みんながみんな悪いわけではないってことか。
今思えば、カイロのウサマンはじめ詐欺師や悪い奴らも、年がら年中悪いわけではなく、自分の利益にならない現場ではむしろ間違いを指摘したり守ってくれる側に立つこともある。ワンシーンに善人と悪人が混在し、悪人の中にもかろうじて‘情’が残っているというのはどこの国も同じ? まあ今はんなこたあどうでもよい、とんだ屋台だぜ。でも、ちゃぶ台ひっくり返すチャンス逃しちゃった・・・(片付け&弁償しなくていいシーンで一度やってみたいと思ってる私、悪い奴です。苦笑)

ホテルのロビーで休んで4時半、ホテルから見えてる30m先のバスターミナルへ。ツアーで一緒だったドイツ人夫婦も姿を現す。6角形のチケットブース、開いてる窓口でハルガダへのチケットを買おうとすると、
「ハルガダは隣の窓口だ。(と隣を見て・・・)裏で食事作ってらぁ、呼んでくるから待ってな。」
じいさんはそう言うと窓口を離れ、広場奥の片隅の蛇口のところで、ままごとしてる小学生みたくうずくまって野菜を洗ったり切ったりしている男数人のところへ行き、しばらくして戻ってくると、
「あと5分待て。」
コケそうになる。客より仕事より夕食の仕込みの方が大事ならしい。ハルガダまでのバスは21£E(420円)、茶色い紙切れには出発時刻やバス会社名、座席番号も書かれてるんだろうがアラビア語オンリーで解読不能。

17時5分前、時間通りにそれらしき、ボディにでかでかと‘アッパーエジプト’と書かれた大型バスがやってくる。見た目はごく普通の観光バスで、ありがたいことにカイロに着いた日空港から乗っていきなり不安になった、硬い直角シートがぎゅうぎゅうに並べられた世界三大乗り物に匹敵するかもしれない市バスとは質が違う。ハルガダ行きという表示はどこにもないが、荷物を積むドイツ人の後に続く。バスターミナルでもバスが到着するとどこからかポーターが現れ、下のトランクに荷物を入れるだけだが50pt(10円)程度のバクシーシをあげる(これはホテルや空港と同じ感覚。エジプト人も払ってました)。乗り込むと車掌にチケットを見せて席を教えてもらう。このバスもどこかの国の中古だろう、天井には不似合いなシャンデリアがついてるが、頭上にも荷物棚があって座席はリクライニングがきくし、車内にトイレもある。満席なら窮屈だけど、シートのクッションもそう悪くない。50人乗りのところに乗客は12、3人、よって座席の移動も自由。ほとんどが外国人バッグパッカーで、出発間際まで路上の売店で水や食べ物を物色していた、この旅初めて目にするかもしれない日本人個人旅行者の男2人も乗ってきた。彼らは「空いてるやん、後ろ行こ、後ろ」と言いながら後部座席に消え、ドイツ人夫婦は通路を挟んで向かいに座ったものの、やがて前後1人2席ずつ占領して横になる。
まだ薄明るいが、ライトアップの照明が点けられ黄昏ムードの漂うルクソール神殿、雰囲気やロケーションはローマ市内の広大な遺跡、フォロ・ロマーノなんかに通ずるところがあるけれど、感動はまたひとしお。バスの汚れた窓ガラス越しであっても再び心震わせてくれる。と同時に、もうルクソールをあとにすることに名残惜しさを感じる。菌と自分と戦いながら、時に意識モウロウの瀕死状態に陥りながら、カイロ、アスワンに続いて波乱続きのルクソール観光だったけれど、それでもこの町にはもう数日滞在してもよかったかな。なぜだかもう少しこの町を知りたい気がする。恥ずかしながら、古い紀行文にありがちなフレーズを拝借して超キザに“グッバイ・ルクソール”な〜んて言っちゃいたい気分。ドイツ人夫みたいに、私も十数年後にまたここを訪れることってあるのかなぁ? そしてカイロ、アスワンでこんな風に思わなかったのはなぜだろう?
バスがルクソールの町を離れ郊外の検問を通過する頃、怒りながらケンカもしながら、しかし多くの人に助けられながら人の間をすり抜けながら目的とする遺跡を見て回った満足感は、この先訪れる‘世界一美しい’と言われる紅海がどれほどのものかという期待と、全く未知な想像のつかない町と相変わらずな体調への不安と入り混じり、疲労の塊となって
ずっしりのしかかってくる。

すっかり日が暮れ、ルクソールを出てから1時間半、小さな町で停車するが客の乗り降りはほとんどない。地図をたどればエナという町のようで、この先は延々続く東方砂漠の1本道をひた走ることになる。車内にはすでに睡眠ガスが充満していて不気味なほど静か、ドライバーも大音量で音楽をかけて客の神経を逆撫でするようなことはない。高いと悪評なエジプトの長距離バスでのお菓子やジュースの車内販売もない(歩き方によると、座席前のテーブルに勝手に置かれ、サービスだと思って手をつけるとあとでキオスク数倍の値段を請求されるとか。もちろんいらなければ断れば問題なし)。きっちり舗装はされているが街灯たるやひとつもない恐ろしく真っ暗、時々すれ違うトラックや車のスポットライトがやたら眩しい砂漠の1本道をバスは快調にとばす。なんだか地底の迷宮にでも向かっているような気がしながら、睡眠ガスにのまれる。

バスがどこかに停まり、ふと時計を見ると21:40。
着いたの?ハルガダ? 窓の外を見てもそれまで何度か停車したバスターミナルらしくないターミナルと変わらず、数人の迎えやタクシーの客引きがバス周辺にぱらぱら集まっているくらいで、爆睡中のドイツ人をはじめ外国人乗客はいっこうに席を立つ気配がない。さらに車内を見回すと、ドアが開いていてドライバーもいなければ車掌もいなくなっている。座ったまま首を伸ばしていると、開いたドアから痩せた‘さまぁ〜ず’大竹みたいな男が入ってきて無防備に寝ている乗客を見回す。ふと後ろから、
「ハルガダ?」
「着いたんかな?」
日本語が聞こえてくる。大竹は私と目が合うと、
「シー・ウェイブス・ホテル、オカポン?」
「イエス、アー・ユー・ミスター・ホセイン?」
イエス、ハルガダ!カモン!」
大竹=ホセインはバスの中まで迎えに参上し、当たり前だがバスは地底の迷宮ではなくハルガダに着いていた。私はとっさに、なおも爆睡しているドイツ人夫婦を起こし(エクスキューズミー!!と腕をトントン叩かなければ起きない熟睡ぶりで、寝起きも悪し。誰かが起こさなかったら朝までバスで寝てそうな感じでした・・・)、後ろから荷物をしょってドカドカと歩いてきた日本人男にも声かけてしまう。そろそろ日本語が喋りたくなってたのかも。
「ハルガダですよ。ホテル決めてますか?」
日本人男は車内に日本人女が1人で乗ってたということにびっくりしたのか、目を丸くして一瞬止まる。
「あ、あ、え、いえ、決めてません・・・・」(驚いてどもってる)
「私電話で予約して迎え頼んでたんですよ。シー・ウェイブス・ホテルでよかったら一緒に行きませんか。」
「え、ど、どこですか?」
バスを降りてトランクから荷物を出し、歩き方を広げる。ホセインも歩き方に載っていることを知っていて、ココ、ココと記事を指す。若い日本人男、よく顔を見ると大学留年中か就職浪人フリーター真っ最中っぽい、さえない売れない貧乏お笑い芸人コンビみたいな2人。1人は私とのやりとりに食らいついてくるが、もう1人は眠くってやってらんないぜーって感じで半分寝ぼけたまま目をこすりながらかろうじて後をついて来る。ホセインはタクシーや他のホテルの客引きの間をぬい、横から我々に声をかけてくるそんなギャラリーをさえぎってくれながら、早足に我々を先導する。わけもわからずホセインに引率される日本人3人、妙な図。

車は8人乗りくらいの白いバン、乗ってやっと我々日本人、初対面らしい会話をする。
「ひとりで旅行してるんですか?! どのくらい?」
「2週間。」
「エジプトだけですか?」
「うん、そちらは?」
「1ヶ月くらい、トルコとエジプトをウロウロと。」
「ここでダイビングするの?」
「やっぱした方がいいですよねぇ?」
「ライセンス持ってないの?取っちゃえば?!」
「どのくらいかかるんですかねー?」
紅海沿岸をめざすからにはダイバーかと思っていたが、私も含めてそうとは限らないらしい。それどころか、あまりに何も知らないまま行きあたりばったりでハルガダへのバスに乗ってしまった風。そもそも、夜10時前に着くバスに乗りながらホテルの予約をしていないところが、私以上に肝が据わっている。そんなに無防備かつ何も考えずに旅をしていれば騙されボられていそうだけど、彼らはさして辛そうだったり疲れていそうな感じもない。鈍感なだけ?

コンビのカタワレに、ハルガダに3日滞在する時間あるならダイビングライセンス取るべきだと無責任に吹き込んでいるうち、車は白い建物の前で止まる。ホテルに着いた模様。壁は白、窓枠は青に塗られ、暗くてよくわからないが玄関周辺には色とりどりの花の鉢植えが飾られていて可愛い外観。病院か収容所みたいな無機質で趣味の悪いホテルが当たり前になりかけていたところにまたも意表をつかれ、さえないお笑いコンビを連れてくるにはちょっと上品すぎたかと思ってしまう。この時間でもまだ開いているスーパーが近くにあり、連なるダイビングショップの軒先にはウェットスーツやフィンがぶら下がっていて、暗いながらほんの少し紅海リゾートの雰囲気が見てとれる。ホテルの目の前には、作りかけてやめたのかほんとに崩れたのか、鉄線むき出しの廃墟、コンクリート瓦礫の山がそのまんまになっていたりもするが、それでも治安はルクソールよりよさそう。
ホセインはフロントの前までトランクを運び上げてくれたかと思うと、このままここに置いてついて来い、とさらに階段を上がる。ついて行けばそこは屋上。広さにして30畳くらいのテラス、一部に藤棚みたいな屋根があり、その下にはテーブルと椅子が置かれくつろげるようになっている。コンクリートの建物が並ぶ向こうは海。昼間なら群青にきらめく紅海一望となるのだろうが、海まで500mくらいあるのだろう、波の音も聞こえないし潮の香りもしない。
「どうだいこのテラス、
いいだろう?! 海も見えるよ。ほら見て、星だってすごいさ。」
そう言われて見上げた空は、日本の日常ではとても感じられない広さと奥行き。怖いほどに深くて黒く、そこに散らばる無数の星。ああ、
星ってこんなにたくさんあるんだ、肉眼でこんなに見えるんだ、と改めて驚く・・・が屋上は風が強く寒い。ホセインはシャーイを入れるよと言うが、いくら星がきれいでも冷風が吹き荒れる屋上でゆっくりお茶するほどの余裕はない。体に無理を強いてルクソールを観光し、その足でバスに乗ってここまでやって来たのだ。そして明日早朝にはもうここを出なければならない。

下に降りていくつか部屋を見せてもらい、シャワーつきダブルの部屋を選ぶ。高速艇でシャルム・エル・シェイクへ行く客は他にも数人いるようで、フロントのおやじはいろんな国のパスポート数冊に船のチケットを挟んだ束を出してきた。
「あんたも明日シャルム・エル・シェイクに行くかい? なら6時40分にロビー集合だ。他の客と一緒に乗り合いタクシーで港まで行きなさい。パスポートとチケットは預からせてもらうよ、僕が起こすからね。」
先程のホセインの迎えと明日の港までの送迎、朝食つきで100£E(2000円)。これでもハルガダのホテルの中ではかなりエコノミー。エジプトの中では決して物価は安くないが、当然ヨーロッパや地中海沿岸のリゾートよりは安価。
私がチェックインする間、連れて来られた日本人コンビはいつの間にか、ちゃっかりロビーで他の従業員にダイビングのことを聞いている。寝ぼけていたカタワレも目を覚まし、何か熱心に話し込んでいた?ようなので、私は先に部屋に引き揚げる。もしも彼らがドミトリーを泊まり歩いてきたならちょっと悪いことしたかもしれないけど、そこまで貧乏節約旅でなければまぁ問題なかろう。

外観は可愛らしいホテルだが部屋には小さな問題点が多々

洗面台と水道の蛇口は高さがチグハグで(蛇口が高すぎる)
ひねると洗面台から水が飛び散る最悪な設計
上の鏡は160cm以上の高さで役立たず
背伸びしても頭しか見えない

おまけに部屋はほとんどがベッドで占められ
残り少しのスペースに古い大きなロッカーと
木のどでかい書斎机が放り込まれて
足の踏み場もありませんでした

シャワーは昨日のルクソールのホテルよりは熱い湯が出るが、無駄遣いしているとすぐ水になりそうで恐る恐るチョボチョボ使う。

12時をまわる頃、いつものように耳栓を突っ込み毛布をかぶってベッドにもぐりこむ。

普通■■■■■不良■■■■■悪い■■■■■最低■■−−−瀕死−−−−−死亡

ところが・・・
蚊の襲撃で眠れない!! 今朝、フランス人バッグパッカーが怒っていたのに今頃同情してしまう。耳栓をしてもなおブンブンうるさく顔周辺をちらつきやがるわ、噛まれた箇所はかゆいわ、お腹痛さにも2、3度起き出しながら、朝には高速船で紅海を渡らねばならないことにぞっとする。マズいなぁ・・・危険信号点灯のサイン。そしてこの嫌な予感と悪夢は明日現実となり、最大のピンチとなって私に襲いかかるのでした。


                                 
     Continue...


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