ダハブから聖カトリーナの町までは50km程だが、ずっと緩やかな上り坂で途中未舗装の区間もあり、検問も3、4ヶ所あってたっぷり2時間かかる。全くといっていいほど誰も喋らないし、見えるのはヘッドライトが映し出す闇の先と星空に黒い岩山の境界線だけなのが、道のりをより長く感じさせる。しかし車の、曇った埃まみれのガラス窓越しであっても星の輝きは無数に確認でき、空はどこまでも暗くて深い。きっと、これまで目にしたことのないすごさの、もう日本ではどこに行っても見ることができないほどの星空を見ることになるだろうと思う。町明かりや雲がない他、空気がとことん乾燥しているというのは星を見るには絶好の条件である。そういえば、シナイ半島に渡ってからひとつも信号を見ていない。
深夜1時、聖カトリーナの小さな集落に着き、途中ふと民家に寄る。ドライバーは何か届け物を持って石の塀で囲まれた民家に入って行き、数分ですぐ戻ってきてさらに少し車を走らせる。暗いながらも、‘聖カトリーナの町には修道院と山以外ほとんど何もない’ことはわかる。ミレニアムに観光客を受け入れるため数軒のホテルがオープンしたようだが、それでも6、7軒しかなく高い。公共のバスはダハブからですら1日1本しかない不便さで、町というにはあまりに何もないから、ダハブかシャルム・エル・シェイクからツアーで来るべき。宿泊するには寒々しすぎるような感じを受ける。
車は少し平らな聖カトリーナの町をそれて山の方に向かったかと思うと、間もなくコンクリートの建物の‘WC’を正面に照らして停まる。ドライバーが車内灯をつけてスライドのドアを開ける。
「明日朝11時にこの場所だ! シナイ山へはこの道をまっすぐ登ってくんだ」。
頑張って登って来いと言ったか、しっかりご来光を拝んで来いと言ったか、はたまたグッド・ラックだけだったかそれ以上何も言わなかったか、とにかく何の説明もなくドライバーの役目は本当に送迎だけで、あっさり車から放り出されてちょっと面食らう。降りたところは広場で屋台の売店があり、こんな深夜でもツアー客目当てに営業はしている。しかし裸電球が2、3個点いているだけでお互いの顔もよくわかならいほどに暗い。肝試しじゃあるまいし、こんな闇でおっかないエジプシャン相手に買い物する奴なんているのか。まだ他のツアーの車は1台もおらず、我々が一番乗りのよう。ところが、車を降りて「さてと・・・」などと心の準備をしている暇もなく、同じバスで来たメンバーはさっさと闇に向かって歩き始めるから、私も置いていかれまいとついて行く。
1時過ぎ登山開始。行く方向に本当に道が続いているのか、そしてここを行けば本当にシナイ山頂までたどり着けるのか、案内も照明も、そして保障だって全くないにもかかわらず、みんな異様な早足。足の長い欧米人連中がためらいもなく張り切って行くもんだから、一番後ろからついて行く私は競歩みたいになる。なんだなんだ?ずっとこのペースで行くのん?そんなに急がなくてもいいじゃん! それに、どうしてそんなに迷いがないの?? 懐中電灯を持っているのは同じバスの連中では私ともう1人だけで、足元すらろくに見えず、小石につまづきそうになりながらも競歩ペースは落ちないので、またも面食らう。あんたらどういう視力してんの?! なんでこの闇の悪路をそうスタスタ歩けるのよ?! しかしさすがにこんなところで1人置いてきぼり食らうわけにはいかず、なかば必死について行く。修道院の高い壁を右手に数百m行くと、徐々に上り坂が勾配を増してくる。
登山道は階段コースと、ラクダ用の迂回コースの2つがある。階段コースは修道院裏手から、実に3750段!!の難関・急勾配・超危険・落石注意・拷問コース。下山時にこの階段コースを降りて身をもってわかったが、下山はかろうじてできても登山はこのコースでは絶対無理!! 歩くことなど全くといっていいほどできず、ほとんど常時よじ登るといった感じで、まして闇の中では自殺行為。
階段コースは登り口がわかりにくく、ラクダ用迂回コースへと自然誘導されるようになっており、我々もいつの間にか迂回コースに入っている様子。時折、不意に上からラクダ引きが現れて乗らないかと声をかけられる。そう、体力に自信がなければ20〜30£E(400〜600円、交渉次第)で7合目までラクダに乗って行けるのだ。足には自信があるけれども、こんなシチュエーションでラクダに乗るなんてもう二度とできないよなぁ、とちょっぴりひかれる。ところが、競歩並みに元気に進む他の連中はもちろんラクダなどには目もくれず、後の者にも交渉の隙を与えないかのように先々に断り、ここで1人ラクダに乗れば明らかにバカにされそうな流れゆえ早々に諦める。やっぱり自分の足で登った方が達成感があるもの、と言い聞かせて。迂回コースは緩やかな斜面で道幅は広く、あまり危険もない。ゆっくり行けば息は切れながらも会話はできるくらいの上り坂。が、誰のせいだか競歩ペースの我々にはそんな余裕はない。もうちょっとのんびり行こうよ・・・。
それでも案の定、登山を始めて20分くらいすると10人弱のグループは徐々に分裂し、最初絶好調で皆を引っ張っていた白人2人は後退する。その後先を行っていた連中も50mほど道を間違えて引き返したりするうち、いつの間にか韓国人の女の子、上戸彩・磯野貴理子ペアと私のアジアン・ガールズ・トリオが先頭に出てしまう。そして自然に、3人のうち懐中電灯を持っている私を真ん中に、2人のコリアン・ガールが脇を固める。
「あなた日本から来たの? 1人で旅行してるの?! 勇気あるわね!」
2:1であるからおのずと私に注がれる質問の方が多く、したがって答える量も私の方が多くなる。これまでのルートやお腹を壊したことなどを話すが、やっぱりこれ。
「ねえねえ、エジプト人の客引きどう思う?! タクシー、フルーカ、ショップ・・・女の子の個人旅、大変じゃない?!」
「全くそう!私たちもうんざりしてる。うるさいよね!」
何度か別れ道のように見えるところで立ち止まり、先を照らして慎重に道を選び、そのうち勾配がきつくなってきてペースが落ち、会話もできなくなる。黒くはるかそびえる山肌をうねうねとぬうように上まで続く坂道。よりによってちょうど新月なのか、出ているにしても月齢は浅く山の向こうに隠れているのだろう、目が慣れてきてもやはり足元はよく見えない。そして空は、車の中で予感していた以上にすごい星空。満天の、とか吸い込まれそうな、とかいったありきたりな言葉ではとても形容しきれない。一晩の天空にこれだけ多くの星と流れ星を見るのは間違いなく初めてである。日本ではもう絶対肉眼では無理だろう低い等星のものまで輝きは力強くくっきり見え、同じ惑星から見る宇宙とは思えない。星ってこんなにたくさんあるんだ、宇宙ってこんなに黒いんだ。宇宙が黒いと感じたのは、ラップランドでオーロラを見た夜以来かもしれない。星の遠近や星空の奥行きを感じたのだって初めてかも。見慣れないすごさのあまり、作られたスクリーンの中にいるような錯覚にもとらわれる。実に精巧なプラネタリウム?! 宇宙飛行士の誰かが「大気のない場所から見る宇宙の黒さは格別」と言っていたのを思い出すが、これより黒い宇宙ってどんなのだろう。
7合目までのラクダ道には2、3ヶ所休憩ポイント兼売店があり、温かいコーヒーや水、お菓子などを売っている。貸し毛布もあるようで、もちろん腰を下ろして休むことができるが、休むとかえって辛くなりそうで先を急ぐ。この先まだどれほど登らなければならないのかわからない。標高どのくらいだろう、下を見ればもう深い谷底で、どこからどのくらい上がってきたのかもわからない。時々足をとられそうになるたび手を取り合いながら3人、つかず離れずで登ること1時間強。Tシャツ1枚でも汗が滲むが、じっとしていると耐え難く寒い気温であることはわかる。吐く息が白い。
午前2時40分、階段コースと合流する7合目に到着。その先は‘何人もが頂上を前に途中でリタイアする’のも当たり前な、想像を超えるキツい現実が待っていた。細い折れ線の、しかしきちんと積み上げられた石の階段を一歩一歩、時に手をつきながら這い上がる。頂上まで約800段。階段は闇の彼方まで続き、永遠に終わりがないようにさえ思えてくる。心臓はノドから出そうなくらいにバクバク。苦しい!! 軽い気持ちで、実は少しなめてかかっていたシナイ山登頂がこんなに厳しいとは!! 参ったなぁ・・・私、どうしてこんなことしちゃってるんだろ。なぜシナイ山からご来光見たいと思ったんだろう?
教訓:50代以上でシナイ山に登りたい方は、国内のどこかで足と体を慣らしてから挑戦しましょう。
それでも休むことなく、ひたすら黙々と上を目指し40分くらい登っただろうか、山頂の小さな礼拝堂、三位一体聖堂が見えてくる。
「山頂?!」
そこには何枚もの貸し毛布を持った男が待っていた。すぐ近くの山小屋から毛布を持ってきては登山者に声をかけて回っているのだ。
「そうだ、山頂だ、よく来た!」
我々3人は息も絶え絶え、言葉にならない感嘆の声を上げるが、我に返って吹き荒れる突風を避けるよう聖堂の裏に回り、陰に逃げる。なんと我々が今夜最初の登頂者。
「太陽はあちら側から来るぞ、毛布は持ってるか?」
ところが喜びもつかの間、夏でも相当冷え込み冬には雪が積もり、突風は1年中吹き荒れている2285mのシナイ山頂。11月の寒さも半端じゃなかった!! 登山も辛いが、ご来光までの待ち時間がまた辛い! 登山して体は温まってるだろうし、お前ら岩陰で寝転んで朝日を待ってればいいだけだろうが、と言いなさんな、その“待つだけ”がさらに拷問だったのだ。山頂制覇一番乗りしても何もいいことなどなく、むしろ裏目に・・・。
コートを出して着こみ、3人ピッタリくっついて壁を背に体育座りし、貴理子が持っていた大判のストールを広げてひざ掛けにする。それでもみるみる手足・顔は冷たくなり3分後には身震いがくる。気温は5、6℃といったところだろうが、風速10m以上?の風が容赦なく吹き荒れるお陰で体感温度は氷点下。5分ほどして、同じ車でやって来た他のメンバー2人が到着し、彼らは男から10£E(200円)で毛布を借りて地面に敷き、ザックから要領よく寝袋を出してさっさとそれに入り、さらに上から毛布をかぶって無敵の熟睡体勢に入った。その手際と準備の良さに、思わず感心してしまう。甘く見ていた自分も悪いが、こんなに寒いなんて想像できるかっ。そして、適度に休憩しながらのんびりくればよかったかなと、がむしゃらに登ってきたことを少し後悔する。
「いま何時?」
彩に聞かれて時計を見る。
「3時半」
「3時?!・・・」(失笑)
日の出まで何時間待たなければならないのか。もう笑うしかない我々。
にしてもこのままでは眠れもしないし、どんどん体温が奪われていく。耳も凍傷になりそうで、さすがに男から毛布を借りることにする。3人で1枚借りて頭からかぶると、何とか耐えられるくらいに風も避けられ、ちょっぴりほっとしたのをいいことにかぶった毛布の下でゴソゴソとビスケットを食べたり写真を撮ったりする怪しい3人。不思議ななりゆきだが、1人だとたまらなく心細かったろう私には暖かくありがたい支えだ。お互い多くは語らないが、抵抗や隔たりを感じないのは同じアジア人だからか、同じことを成し遂げた連帯感だろうか。彩がデジカメを空に向ける。写るものなら私だって何枚も撮りたいけれど、こればかりは脳裏に焼き付けるしかないよね。
体を寄せ合って1時間ほど眠れぬ時が過ぎる。毛布から頭を出す勇気がなく、周囲で何が起きてるかわからないまま寒さに耐えているうち、いつの間にか意識が遠のいていた。
6時10分前頃
周囲の人々のザワつきに
体育座りで岩にもたれ頭から毛布をかぶった
この上なく窮屈な体勢でのうたた寝から目覚める
と、東の地平線がほんの少し明るくなっていた |
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ご来光まではまだ長いが
彩と貴理子を起こして場所を移動する
やがて地平線に走る光の帯
こんなの見たことあったかなぁ |
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星が消え、黒から青に変わってゆく空と
少しずつ姿を現す薄ピンクの岩山に
何だこの光景は!!
なんてとこ!!! |
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しかし、立ち上がってからというもの相変わらずビュウビュウな突風に吹かれ続け、鼻水が止まらなくなる。おのれーー!寒いんじゃーーっ!!
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そしてついに!!
待ちに待ったご来光の瞬間に
どよめきが起こる
実に登頂から3時間後の6時半頃 |
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この瞬間のためには長くて壮絶で、辛くて寒すぎる道のりだった。本音を言えば‘疲れも吹き飛ぶ大感動のご来光’というほどではなく、ご来光よりも、星空と、この後の下山で目にした光景の方がずっと感動的だったが、いずれにせよ登った甲斐は充分すぎるほどにありました。
モーセが十戒を授かったという聖地。聖書のことを知らなくても純粋に、絶景以上の壮大な眺めに感動できる。登山者には毎年やって来るような敬虔なカトリックも多いんだろうけど。旧約聖書読むべきかな。
薄明るくなってはじめて
周囲の人の多さにも驚く
人々は所狭しと毛布をひいて座り、横になり
身動きとれないほどの人口密度
500人くらい登ってきてたのかなぁ
そのトップをきったと思えばちょっと光栄?
石の建物は‘三位一体聖堂’ |
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こんなに大勢いるのに日本人には会わない。英・仏・独・伊・西、アラビア語etcは聞こえてくるが、日本語は聞こえてこない。日本人に会わないといえばギリシャのクレタ島も記憶に新しいが、ここシナイ半島はさらに上。ホテルにはいるはずの日本人ダイビングインストラクターにもいまだ会っていないし、ダハブのメインストリートをプラプラしても誰1人見ない。ハルガダのホテルに強制的に同行させたあのコンビ以降、船酔いで生死をさまよった船の上でも、シャルム・エル・シェイクに着いても、ジャパニーズにはお目にかかっていない。こんなにも日本人に会わないところがまだ地球上にある、ということが新鮮でかつ何よりの発見だったりする。
しっかーし!! 鼻水だけでなく、体の震えも止まらない。カメラを持つ手も異常なほど震えて、シャッターを切ることすら難しい。さぶすぎる!!凍死する〜〜!!
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西の方を振り返れば
朝日に照らされた
奇岩が目下一面に!
すげえ〜!!
岩だからこそ、裸の山だからこそ
刻々と塗り替えられる色が幻想的
赤紫から薄ピンク
そして薄茶色へ
もちろん見たことない景色
初めて来た場所だけど
‘この世とは思えぬ’光景ではなく
エアーズロックやグランドキャニオンと
同じ惑星の上なんだな〜
と思ったのでした |
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ほんの数分ご来光を拝んだら、人々はそそくさと下山を開始する。持参の敷き物を丸め荷物を片付け、借りた毛布はその場にそのまま、狭い階段道をゾロゾロと一列になって下り始める。荒々しい花崗岩の奇塊を眺めてしばし余韻に浸るものと思っていた私は、またまた面食らう。景色なんてどうでもええんかい?! 何のために登って来たのよ? そりゃ長くいると凍死しそうだけど、モーセが神に接したという場所、命がけで登ったのに・・・。登山開始時の異様なハイペースといい、欧米人って実はせっかち? それとも、こういう面も‘淡白’って言うのかな? ほんとに、日の出だけ見たらハイおしまい。富士山のご来光登山なんかもこんな感じなんすかねえ??
登ってきた道を下りはじめて
またびっくり
こんなとこ登ってきたんだ!
景色にため息つきながら
でもちょっぴり怖い |
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物売りの子供やおばさんは山頂付近にまでいて、岩に腰を下ろして下山者に声をかける。売っているのは水のペットボトルと、卵形に磨いたいろんな色の石くらいだけど・・・毎日こんなとこまでやって来てるのか。山小屋に住んでいるにしても、極寒の中命がけの、究極の商売だ。
ラクダ道には
こんな売店兼休憩所がいくつか
でもトイレはないみたい |
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神のおぼしめしか登山に合わせるかのように、見事に下痢から立ち直った私は世話にならなかったが、トイレは登山道入口の修道院脇か山頂にしかないらしいので、近い人は注意!
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暗かったから、先が見えなかったから
登れたのかもしれない
奥へ上へと非情に続く登山道
年がら年中毎日これだけの人を
ひきよせる魅力は充分あるけれど
きっとそれだけじゃない
宗教の力ってすごいなあ |
7合目でラクダちゃんの微笑みに和む
今日も何人も運んできたの?
下山時も、膝が笑ってしょうがない人はどうぞ |
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人の列にそぐわず下りていたところ、知らぬ間に7合目の分岐点を過ぎ、何か違うぞ?と気づいた時には階段コースに入っていた。結果的に、来た道を降りるより面白かったのかもしれないが、にしても‘登る道にあらず’的、見えぬ谷底へと延々続く急階段。積まれた石が動かないことを確認し、時々高さと斜面の急さに身震いしながら一歩一歩踏みしめる。
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あぁ素晴らしきコントラスト
眩しいです・・・ |
道なき道、もうただの崖
ロッククライマーじゃないんだし
エジプトでこんなところを登ることになろうなんて
誰が予想しますかね?(苦笑) |
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時折立ち止まって写真を撮る
崖を下りながらも
アナログ・デジタル両刀使いの私に
「あなた2つカメラ持ってるの!」と彩
自然が作るものってほんとにすごいけど
古代エジプト人が作ったものも
これに全然負けてないところがすごい! |
1時間半くらいでやっと3分の2ほど下りたろうか
岩の谷間、はるか下に
ギリシャ正教の聖カトリーナ修道院が
小さく白く光る
3世紀建立
世界で最も古い修道院のひとつ
にしてもまだ遠いぞぅ・・・ |
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登りに比べて、下山は皆ペースが落ちない。膝が笑って思うように定まらない足先と不安定な石に苦労しながら2時間弱で下山。距離にすると長いが、ラクダ道の方が降りるのも簡単・安全で早かったみたいで、修道院の前にはもう多くの人が集まっている。
15mもの高さの壁で囲まれ
中は全く見えない
刑務所か要塞のよう
公開されるのは金・日以外の午前中だけ |
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9時過ぎ、修道院が開く
体をかがめなきゃいけないほど
塀にわざと小さく作られた入口から入場
混んでいるのに荷物検査があって時間がかかる
重厚で壮麗なバシリカや
モーセが神と対面した柴やらがあるが
自由に見て回れないほどの混雑
あまり興味も持てず、簡単に見て脱出 |
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修道院横には修道院が運営するオーベルジュがある。こんなところにオーベルジュなんて合わない気がするが、宿泊客以外にもレストランや中庭は利用できるよう整備されている。さらにその先のトイレで、入口で1£Eを回収しながら面倒臭そうにトイレットペーパーをちぎっては配る性別不詳の人物にちょっと驚く。GAO(これまた古い・・・)をも少し骨太にしたような、ショートカットの髪はもちろん隠してなどおらず、濃いサングラスに細身ジーンズでだるそうに壁にもたれて立つ長身の女(?)、男だとしてもとてもアラブの国の人間とは思えない風貌。立ち位置は女性トイレ側にかなり寄っていたから8割方女性だろうが、エジプト人なら『ネイチャー』誌に紹介したいほどの突然変異。どう考えても地元の人間ではなさそうだし、自ら修行のためにやってきたというキャラでもない。どういういきさつでこんな修道院のトイレでペーパーを配ることになったのか、雇う側も何を血迷ってこんな人間を雇ったのか謎のまた謎。ペーパーを配るのが面白いわけがないけど、にしても怒ったような表情で左手には1£札の束、掃除をしている風でもない。
駐車場に戻ってみると50台以上のバス、ワゴン、普通車が並んでいて、どのバンに乗ってきたかわからない。ナンバーはおろかドライバーの顔すら覚えていないし車に目印もない。11時前、ウロウロしていると奥の方から“Seven Heaven Hotel!”と呼ぶ声が聞こえてくる。近寄ってみればいつの間にか、他のメンバーも揃って帰りを待っていた。
ダハブまで再び2時間弱の砂漠道
疲労困憊のあまり
誰もひとことも喋らない
未舗装悪路に揺さぶられても
前のシートにうつ伏せて
死んだように動かない同乗者たち
帰りの方が長く感じる |
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無言の衆を乗せたバンはダハブに戻ってくると、まず休暇村のリゾートホテル前で2人の女性を降ろし、続いて1時頃ベドウィン村Seven Heavenの裏に到着。彩・貴理子とともにヨロヨロと車を降りた我らアジアン・ガールズ・トリオは、ホテルの谷村おやじに
「やあお帰り! どうだったかい?」
と聞かれても
「眠い・・・・・すっごく疲れた・・・・」
と返すのがせいいっぱい。お礼を言って懐中電灯を返し、鍵をもらってそれぞれ部屋に散る。
シャワーを浴びて、明日のカイロへのバスの時間を聞かなきゃ・・・と思いながら睡魔に勝てず意識が薄れる。あぁ、明日のことなんてまだ考えたくない。
Continue... |
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