今回の旅ではじめて寝坊の許される日。昨日の昼寝5時間に加えて12時間、計17時間の療養ともいえる睡眠からやっと起き出してみれば10時。スケジュールがキツいからというだけではなく、遺跡のオープン時間や日中の暑さを考えるとエジプトではどうしても早朝から行動しなければならない。これまで、やれ観光だやれフライトだと早起きしながらも、普段の日本での倍近い9〜12時間もの睡眠を取ったりしていたが、2週間以上の旅になるとこういう休息日は必要である。
さっそく薬が効いたのか、朝の日課になりつつあった下痢が嘘のようにない。不気味な内臓音も休止している。寝すぎと病み上がりのせいでだるいのかもしれないが、気分悪くはない。これならシナイ山にも登れる! シナイ山ご来光登山がどんなに心臓破りなものかも知らず、少し回復したのを単純に嬉しがる私。
普通■■■■■不良■■■−−悪い−−−−−最低−−−−−瀕死−−−−−死亡
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廃屋みたいな建物の向こうに
見えそうで見えない海・・・
どうも部屋からの眺めには恵まれない
良かったのはアスワンだけ
安宿だから当たり前か |
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まず階下のレセプションで、オーナーとは違う、谷村新司みたいな(口ヒゲとデコがやばいところしか似てない?)ただのエジプシャンおやじに、明日の聖カトリーナご来光ツアーを申し込む。明日といってもホテルを出発するのは今夜。そしてツアーといっても登山口までの送迎のみで35£E(700円)。
「今夜10時半に、このレセプションの前で待っていなさい。迎えが来るから」。
昨日は見なかったレセプション四方の掲示板には、ダイビングはもちろんダハブのレストランやショップに各種ツアー、乗り物の時刻、シャルム・エル・シェイクやさらにイスラエル寄りのヌエバのホテルの広告、そして宿泊客からの感謝の手紙・写真・情報、宿泊客へのメッセージなどが所狭しと貼られていて、ユースホステルみたい。こういう雰囲気、好きだけど。さらによく見ると、本棚には洋書やペーパーバックに混じって、97年版のボッロボロな歩き方から「日本の選挙はなぜ死んだのか」とか「養生訓」とかいった、いくら活字が恋しくなっても手に取ることはないだろう、ブックオフも買い取り拒否しそうな文庫本があったりする。
海を見にメインストリートに出る。昨日着いて見て驚いた光景と何ひとつ変わらない、平和さとけだるさを合わせ持ったスローな空気が漂う田舎のリゾート。ダイビングのメッカのはずなのに思ったほど観光地化されてない素朴さ、作られてないところはやっぱり八重山あたりと似てるところがある。一方のアレキサンドリアやシャルム・エル・シェイクはヨーロッパ各地から直行便があるため、アメリカ人がカリブに行く様にドイツ人やイタリア人が大挙してやってくる。1泊$250以上の高級ホテルが並ぶようなリゾートは肌に合わない。
ホテル近辺はビーチ沿いにレストランが張り出しているが、500mほど歩いて行けば視界をさえぎるものが消える。意外にビーチはそう広くも長くもなく、わりと高密度に並べられたビーチチェアに寝そべった白人たちは、無防備なビキニ姿で皮膚ガンになろうとしている。もう朝のエントリー1本終えたダイバーたちが、フィンをつけたままドタドタと水の中からあがってくる。でも、一生懸命リゾートを満喫しようとしてるせせこましい奴は、ここにはいない。でもでも、目が輝いてる奴も生き生きした顔の奴もあんまりいない。生ジュース飲みながら、タバコ吸いながら、新聞読みながらカフェのソファでゴロゴロする‘だらだら星人’の聖地。人生に疲れてここに来たか、ここに来て現実が吹っ飛びバカになったような、世のはみ出し者や逃亡者も多いのかもしれない。
海の向こうにかすんで見える高い山はサウジアラビア?! 近いなあ、と地図を見返せば30kmも離れていない感じ。紅海の向こうのサウジアラビアと、ひなびたリゾートを見てシナイ山に登れば、もう何もしなくてもいいやという気になる。これ以上身を押して海に入らなくてもいい。正直、波打ち際まで行っても海の美しさには感動できず(そりゃ潜ればすごいんだろうけど!)、むしろがっかりしてしまったくらいである。ビーチや珊瑚の浜の美しい水色や透明度は沖縄の方が、深い部分の蒼の濃さはエーゲ海の方がずっとずっとすごい。今目の前に広がるのは‘世界一美しい海’ではない。
しかしそれでも、まだ何もしていないけれど、ダハブには来て良かったと思える何かがある。メインストリートだって、たった1kmくらいのものだれど。
ホテルのすぐ近くの写真屋、‘スピードプリント’の文字と窓にベタベタ貼られた水中写真に、現像に出してみたくなる。が、値段は日本で出すのとあまり変わらないし、よく見ると質は悪そう、色も良くないが(水中写真だから??)薄っぺらそうでやめておく。ハガキついでに切手を買おうとすると、1枚1.25£Eのものが2£Eと、僻地手数料?を上乗せされ額面で買えない。別の店で聞いてみると1.5£Eで、切手の値段も店しだいのエジプト的法律が存在することが判明。本屋を覗いても読みたい洋書もなくひかれる写真集もない。・・・やっぱり、ここでは何もするなってことですね。
部屋で書きものをするのも飽きて、レストランに場所を移すことにする。一昨日の夕方、ルクソールでケンカした民生の屋台以来、食事らしい食事をしていない。そこにエジプトの薬を飲み続けるのは胃にも悪そう。しかしダハブのレストランのメニューにエジプト料理は見られない。欧米人に合わせてピザやパスタやステーキばかりで、あってもコフタくらい。どこも似たり寄ったりで特別はやっている店なんてのもなく、客引きの兄ちゃんもルックスで選びたくなるようなレベルには至っておらず、挙句の果てには自分が何を食べたいのかもわからず、迷いに迷って‘アラジン’というビーチの店。ダハブのレストランもショップも店員はことごとく男ばかりで、働く女性を見たのは、あるホテル1Fの中華料理店で華僑のウェイトレスと、小さな雑貨店の店番エジプト人おばさんだけ。
魔法のランプの‘アラジン’
木の板を並べただけの
日差しよけの屋根はあるが
めったに雨が降らないからだろう
ブラインドみたいに隙間があいている |
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店のほんの2、3m先が海なのに、張り巡らされている波よけアクリル板が非常に汚く、わざと見えなくしてくれている。海に面している意味がない。しかも席は横になってくださいと言わんばかりのやたら大きなリビング用ソファ。食事するにはフワフワしすぎて落ち着かなく、いいんだか悪いんだか。
◆ LUNCH ◆
チキンのクリームソーススパゲティ
★★★★
13£E(260円)
空腹だったから美味しく感じたのかも
ま、アルデンテじゃないけど茹ですぎでもなく
イタリア以外で食べるパスタにしては上々
見た目ほどしつこくもなし |
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食べてると
おこぼれもらいに猫大集合
ものほしそうな目で
見つめてくれる
が、決しておねだりも
横領もせず
差し出してはじめて
嬉しそうに食べる
いい子ちゃんでした
クレオパトラの時代から
先祖の血を受け継いでるのか
凛々しくて
毛並みもきれいで利口そう |
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14時、朝のだるさもなくなって数日ぶりにノーマルな水準にまで戻る。
普通■■■■−不良−−−−−悪い−−−−−最低−−−−−瀕死−−−−−死亡
空気はドライなのに漂うまったり感のお陰で、脳細胞の働きはフル回転といかず、ノートを広げながら筆はあまりすすまない。あ〜、ここは長くいると、ほんとにバカになりそうだわ・・・。
昨夜目星をつけた店でお買い物。エジプト綿のTシャツ2枚55£E(1100円)、シルバーのカルトゥーシュペンダントは名前を加工してもらって3個100£E(2000円)。Tシャツは、店番が中学生くらいの男の子だったのをいいことに底値まで値切り、カルトゥーシュはダハブにしてはやや立派な金銀細工屋でシャーイをごちそうになりながら粘る。客はひっきりなしに来るが買う人はほとんどおらず、5人もいて暇な店員らが入れかわり立ちかわり喋りにくる。この店では、金属の重さに加工料が文字数で加算されるが、3cmくらいのペンダントに4文字入れてもらって30£E(600円)ほどだから安い。
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アスワンのスークにもいた
瓶詰め砂絵のアーティスト
染色した砂を漏斗で瓶に流し入れながら
瓶を回して、こなれた手つきで作ってく
職人芸!
動画撮影したのですが
お見せできないのが残念 |
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登山に備えて水を買い足し、今日もネットカフェを利用する。デジカメ写真を取り込んでメールを送っている白人もいるが、この使いにくいマシンで私にはそこまでできない。例えば、日本語を入力しようとしても、ローマ字入力はできずカナ入力オンリー。ところが、キーボードにはアラビア文字とアルファベットと数字しかないのだから、仮名キーを覚えていないと絶対に不可能なのです! というわけで、急な用事でもないのに英語メール送らせてもらった皆様にはこの場を借りて失礼致しました・・・。余談ですが、過去に‘ローマ字メール’を受け取ったことがありまして、これを読むのはまさに暗号解読!(NHちゃん、大変でしたっ!笑) 英語は無論、カタカナだらけの昔の電報よりはるかに難しく、一生懸命読んでいるとスクリーンセーバーがかかったりする始末。(苦笑) 何はともあれ、こんなアラビア語用PCでも日本語は読めるのだから、「日本の選挙がなぜ死んだのか」よりは面白いだろう。
帰り際、昨日と同じ係の兄ちゃんに4£Eを払おうとして3£Eまで渡したところで
「ああ、もうそれ以上いらないよ、ハイこれお釣り。」
と逆に50Pt返される。ディスカウント? ニッコリする彼にお礼を言って部屋に戻り、眠くないが横になる。
夜10時、トランクの奥に押し込んでいたコートを引っ張り出して階下に降りる。同じく聖カトリーナに行くのだろう、日本人っぽい女の子2人がレセプション前の外の椅子に座って待っている。2人とも24、5歳といった感じで、1人は上戸綾みたいに華奢で小顔な美人、もう1人はややえらの張った姉御顔でおとなしい磯野貴理子風。傍のベンチに腰を下ろすが、歩き方のシナイ山登山者3名の投稿が口をそろえたように“懐中電灯なしでは登れない”とあるのに気づき、慌てて、レセプション前でサッカー中継見ながら男数人盛り上がっている渦中の、デコのやばい谷村おやじに聞く。
「すみません、貸し出し用の懐中電灯ありませんか?」
彼はその場から動かず、TVから少し目を離して
「ないなぁ、そのへんのスーパーに安く売ってるよ。なかったら僕のを貸すけど」。
で、売店へ走る。この時間でもすぐ近くの2軒は開いているが、ないと簡単に言われてまた谷村のもとへ。
「なかったです〜。」
「じゃちょっと待ってて。あとで取ってくるさ」。
今は試合でそれどころじゃないらしい。(5分ほどして彼は腕時計を見、どこかへ懐中電灯を取りに行き、すぐにペンみたいに小さくて軽いのに大変明るい、ちゃんとした懐中電灯を持ってきてくれました。これが本当に役に立って大助かり。感謝!)
そして10時半、時間通りに迎えの男現る。
「パスポート持ってるか?」
10人乗りくらいの白いバンにまず私と女の子2人が乗り、数軒のホテルで何人かずつを拾い、ベドウィン村を出発する時には助手席まで満員になる。全員が揃ったところでドライバーは室内灯をつけ、名前と国籍とパスポート番号、宿泊ホテル名を書くようにと空欄の名簿を回す。そして皆が書き終えたそれと全員のパスポートを持って、暗くてよくわからないが役場か事務所のような、なんだかぶっそうなコンクリートの建物に入っていった。最初日本人かと思った女の子は韓国人で、上戸綾似の子はオーストラリアに留学中だそう。行きはお互いの顔もわからないほど真っ暗、翌昼登山後の帰りは起きていられぬほどに疲れていたため、この時のメンバーはあまり記憶にない。覚えているのは私と韓国人の女の子以外の6、7人が欧米人だったということだけ。
数分して戻ってきたドライバーはパスポートを返し、11時過ぎになってようやくダハブの町を離れ聖カトリーナへ出発。ルクソールからハルガダに移動した時と同じで、真っ暗な砂漠の一本道をただ黙々と走り続ける車内には睡眠ガスが充満し、誰も何も喋らない。緩やかな上り坂を登っていく車窓から見えるのは、ゴツゴツした岩と星だけ。ここで眠れば、今度は地底の迷宮ではなく、天空の別の惑星にでも連れてかれる夢を見るかもしれない。はたまた捕虜になって収容所に連行される夢かもしれない。こんな時間にいったいどんなところに連れて行かれるのか、深夜の登山というのがいかなるものか、そしてその登山道がどんなものなのか、何もかもがあまりに想像つかない。ご来光を拝むといっても早すぎやしないか? 登山というわりにはトレッキングスタイルでキメてる参加者はおらず、みんなごく普通の格好だなあ・・・などと自問自答しながら窓の外の変わらない闇をぼんやり眺める。想像を絶する道のりが待っていようとは知らずに。
普通■■■■■不良■−−−−悪い−−−−−最低−−−−−瀕死−−−−−死亡
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