カイロからアスワンへ、夜行列車で移動した夜より眠れない一夜が明けた。‘丑三つ時’を過ぎても蚊と腹痛との死闘は続き、やっと意識がなくなったかと思えば6時半にはきっちり部屋をノックされる。
早朝、部屋からの眺め
ホテル前は荒れ地と瓦礫
コンクリートの隙間から
ほんの少しだけ静かな紅海が見える |
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ノックしたのが誰かは不明だが、もう朝食の準備ができたのかと顔を洗って急いで部屋を出てみると、廊下で島崎俊郎みたいな従業員が伸びをしながら大あくびしている。朝から猛毒。なんで朝いちばんにこんな汚い男を見なくちゃならんのだ? 幻覚だと思いたいくらい、今日1日ブルーになりそうな見苦しさ。ネグリジェとも作業着ともつかないガラベイヤ姿、大爆発した髪の毛をボリボリかきむしりながら、むくんでいるのかもともと太り気味か区別がつかないたるみきった顔に無精ヒゲ、思いっきり腫らした両目・まぶたはどんより重そうで、こっちの方が憂鬱になる。はぁ、見ちゃいけないものを見てしまいました・・・。
普通■■■■■不良■■■■■悪い■■■■■最低■−−−−瀕死−−−−−死亡
あまりにショッキングな映像に、思わず慌てて部屋に逃げ帰り、荷物の整理をしているとまた間もなく誰かが部屋をノックする。ハイハイ、起きてますわよ。中から返事をしてもなおノックし続けるので、恐る恐るドアを開けると、立っていたのはホセインだった。早く部屋から荷物を出して準備をしておけと言う。
「もう出るの?朝食は?」
「時間ないからボートの中で食べられるように渡すよ。」
乾燥しているはずのエジプトでも、シャワーを浴びれば湿気のこもる寒く暗い部屋で、一晩のうちに洗濯物は乾かない。まだ湿っているTシャツやジーンズをビニール袋に入れトランクに。カビ生えそう・・・。1週間以上で移動続きの旅の場合、着たTシャツや靴下は処分していく‘脱ぎ捨て旅’がおかぽん流スタイル。ワードローブは減ってるはず、買い物だってまだ全くしていないというのに、日本を出てくる時には収まっていた荷物がなぜかトランクに入りきらない。そこでスニーカー1足とバスタオル(エジプト個人旅では必要)1枚を切り捨て、1泊とは思えないゴミを出してしまう。
7時10分前、荷物を引きずり出してレセプションに行くと、さっきの猛毒男、エジプト版島崎俊郎が相変わらずモシャモシャな頭で、たぶん脳ミソもモシャモシャなまま港へ行く客のパスポートを数えている。ロビーにはステッカーがベタベタ貼られたトランクやカナダの国旗が縫い付けられたバッグパックがいくつか置いてあり、向こうからやけに早口な女の英語が聞こえてくる。朝からテンション高く、トーンも高い。どうもすぐには出発しそうになく、なら5分でも寝てたかったのにと思いながらレセプション奥のダイニングで歩き方を開いてぼんやりする。ダイニングといっても、10畳ほどの空間に15人くらいが座れる大きな木のテーブルが2つ無造作に置かれているだけで、良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景。このホテルのオーナーは、家具は大きけりゃいいと思っているようだ。3面の大きな窓からのせっかくの眺めも、例の荒れ地と瓦礫がぶち壊してくれている。
ふと、ホセインでも島崎俊郎でもない従業員が、モップ片手にシャーイを飲むかと聞く。すぐ入れてくれた熱いシャーイをありがたく頂戴していると、外から走って戻ってきたホセインが息をきらしながらビニール袋を差し出す。2種類のパンとジャム、バター、チーズ、そしてゆで卵にマンゴジュースが入っている。今スーパーで買ってきてくれたのか、朝から晩まで働き者。シャーイを飲み終わらないうちにタクシーが来た模様で、ドライバーの声がロビーに響きわたる。
「シャルム・エル・シェイクへのスピードボートに乗る人!」
男3人女2人の欧米人バックパッカーに混じって、荷物を抱えながらドライバーと共にホテル前の荒れ地を100mほど歩いて下り、海沿いの大通りに停めてあった車に乗る。昨夜ホテルまで送ってもらったバンよりひとまわり大きい、10人乗りくらいの乗り合いタクシーで港へ。欧米人ら5人もペアはおらず全員1人旅で、国籍はカナダ、アメリカ、スウェーデン、ロシア、カン高く九官鳥みたいに喋る女はアメリカ人。地図では4kmほど離れた港まで15分くらい走ったろうか、疲れと眠さで他の乗客らの会話を覚えていないが、やはりダイビングのことを話していたような気がする。整備された道路にはヤシの木が植えられていて、左手にきらめく紅海は白波が立っているが太平洋よりはおとなしそう。泊まっていたイッ・ダハールの町と港の間には大きなリゾートホテルもなく(港より南の空港に近いコラ地区には外資系高級ホテルが林立している)、西日本で言えば高知や宮崎や鹿児島っぽい南国チックな雰囲気。ところどころビーチがあるものの、車から見るぶんには‘世界一美しい海’という表現に納得することも感動することもないどころか、ん?これが世界一??とがっかりしてしまいそうなありがちな海。汚れてはいなさそうだけど、沖縄の海の方が全然きれいじゃん!
途中、ドライバーが「1人10£Eだ」などと言い、宿泊費と共にホテルに前払いした我々は「払ったぞー!!」と声を揃えて威圧する。
港に着いたのは7時半。日本では見ないがギリシャでは乗った、フェリーともつかない大きさのかなり立派なそれらしき高速船がつけている。桟橋の手前はフェンスで仕切られていて検問と荷物検査場の建物があり、大きな荷物を持った乗客が列を作っている。駐車場とも広場ともつかないそう広くない敷地には、そこらじゅうに客引きや送り迎えが車を停め、高速船に積み込む巨大なスダ袋やダンボールが無造作に積まれている。早くこの混沌を抜け出したくてさっさとチェックインし、トランクは皆がそうするのに従って預ける。といっても、埠頭にあった大きな台車(すでに山ほどスーツケースが積まれていた)にセルフサービスで放り込むだけで、そのまま泥棒に持ってかれたらどうしてくれるんだ的野放し状態。
再びチケットを見せて乗船。席は2Fでまだ空いており、窓側に座るがスモークガラスな上に汚れているので海の色は全然わからない。自分の荷物を積んだ台車がちゃんと船内に積み込まれるのを確認しながら、さっそくホセインが持たせてくれたアエーシを食べる。8時の出航まで客は続々と乗り込んできて、NAWAS TRAVELの電話魔おじさんが混んでるから早くチケット買えと言ってた通り、300席くらいありそうな2Fはみるみる超満員に。しかし見渡す限り日本人は私だけで、エジプト人は2割弱、残り8割以上は欧米人の団体とバックパッカーが半々。週2本しかない飛行機が取れないのも無理はない。こんなに混んでるのに空路も航路もなぜもっと本数増やさないの?!
港に停泊していた時からユラユラと不気味に揺れていた船は、出航して向きを変え陸を離れてスピードを上げると、間もなく恐れていた以上の縦揺れをはじめた。数時間しか寝ていないのに寝ることもできず、かといって本を読んだり字を書いたりするのはもってのほか。石垣島から波照間島への船が天井に頭打ちそうなほど揺れたのを思い出すが、今は天井が高いからその危険がないだけで、揺れ具合は同じ。酔い止めは持ってこなかったか飲まなかっただけか忘れてしまったが、すでに遅し。それでも1時間はネガティブなことを考えないようじっと我慢していたが、1時間半を超えたところでついに限界!! ガイドブックには所要1時間半とあるのに陸らしい陸はまだ全く見えず、船もスピードを落とす気配はなく全然到着しそうにない。立ち上がるのも歩くのもままならないひどい揺れの中、よろめきながらトイレに転がり込み、この旅最悪の苦しさにのたうちまわる。吐くーー!!腹痛い〜〜!!死ぬーーー!!!
普通■■■■■不良■■■■■悪い■■■■■最低■■■■■瀕死■■−−−死亡
ところが、先ほど食べたものが一気に出てしまうかと思いきや、時折ひどい吐き気がこみあげてくるだけなのが拷問。トイレは完全個室で飛行機のトイレの3倍くらいの広さ、大きな洗面台にもたれてしゃがみこんでしまうと、もう立ち上がることはできなかった。吐けない苦しさにお腹痛さも加わり、冷や汗は額から流れるほどで何も考えられない。トイレの片隅でうずくまったまま動けず地獄以上に地獄の30分が過ぎる。
結局10時過ぎになってようやく、船はスピードを落とし到着が近づいた様子。揺れもおさまってきて、外では乗客らが降りる準備を始めたようだ。吐き気も山を越えたので恐る恐るドアを開けると、すぐ横の階段から降りる人が我先にと列を作っている。トイレからは這い出したもののまだロクに歩けず、1mだけ動いて今度は階段に座り込む。それから着岸までも30分くらいかかったろうか、ハルガダから2時間半だが、私の旅史上ワースト3に入る無常に長く辛い2時間半の船旅となってしまった。ちなみに・・・
ワースト1: オーストラリアにて、グレートバリアリーフ1日クルーズ。
日本から朝方ケアンズに着き、そのまま寝ずに荒れ狂う海へ強引にクルージングに出、
(その日はほんとに風が強く波も高く、悲しいかな海も濁ってたほど)
こんなに吐けるのかってほど吐いて、帰りの数時間は救護室で横になったが最後、死んでました。
ワースト2・3: まさに今この瞬間と、行きの機内でさっそく吐いてしまったほど体調悪いまま出かけた
2度目のイタリア旅がほぼ同点。
とにかく、体調が良くても絶対酔っていただろうひっどい揺れ。いつもこんなに揺れるのか、今日はたまたま運が悪かっただけかは不明だけど・・・ギリシャで似たような高速船に乗った時は全然揺れず、4時間くらい乗っていながら快適だったのに。そして2時間半かかったのが、ガイドブックの情報が間違ってるだけか、あまりに向かい風が強かったからかもわからない。
10時半、シャルム・エル・シェイクの港に着岸してもなおしばらくは動けず、階段でうずくまったまま降りていく人たちを見送る。このあと船はもうどこにも行かないため、乗客は全員降りる。最後の数人と共にやっとの思いで甲板を渡り、揺れない地に降り立つが、体と頭の揺れはまだ続く。また‘勝手に持ってけ状態’で無造作に運び出された台車からトランクを引っ張りおろし、紅海きってのリゾートとは思えないひなびた港の建物を通り抜ける。
普通■■■■■不良■■■■■悪い■■■■■最低■■■■■瀕死−−−−−死亡
客引きはいるがルクソールやアスワンほど多くなく、必死さもしつこさもない。ダハブのホテルの客引きがいればそれに捕まろうと考えていたが、聞こえるのは“タクシー”と“ホテル”ばかり。団体客は高級ホテルのシャトルバスに乗り、個人客もほとんどがタクシーで町へ消えていく。
タクシーでバスターミナルまで出て、ダハブまでバスで行くしかないのか?
ダハブ滞在をあきらめてシャルム・エル・シェイクに泊まるか?
働かない頭をいくつかの選択肢が駆け巡るだけで立ちつくしていると、少し先で“ダハ〜ブ!”と男が声を張りあげている。エジプトでは‘セルビス’と呼ばれる乗り合いタクシー。やっぱりいるものなのだ。ドライバーは誰にも形容しがたいただのおやじで、怖くもないが威厳もない。表面上はあくまでポーカーフェイス(?)で、しかし内心わらをもすがる思いで歩み寄り、
「いくら?」
「70£E(1400円)だ」
高いと言うかわり眉間にシワを寄せてしまう。そりゃぼったくりでねえか。シャルム・エル・シェイクからダハブへのバスは11£E(220円)、セルビスの相場は100kmにつき3£E(60円)くらい。いくらエジプト一物価が高いといえ、外国人相手といえ完全に足元を見られている。瀕死状態なまでに具合悪いながら、ボラれるなら自力で行ってやらあとトランク転がして引き返してしまう自分を痛々しく思ってしまう。悲しいまでにアホでケチで隙がない?? ところが、まだ1人の集客もなかったそのセルビスに、慣れた風に颯爽と若い白人の男が近づいた。
「30£E?(600円)」
なんとバックパッカーの彼は自分の口からそう言って値段を確認すると、鮮やかにハラリと後部座席に乗り込んだのだ。なんだアイツ! どーゆーこっちゃ?! 常連客なのか、どこかで値段を聞いてたのか、そしてセルビスのドライバーは私をからかっただけなのか、本当にボろうとしたのか、全てが全くわからない。わからないあまりもう腹も立たない。結局30£Eで行ける事がわかり、ダハブのどこに着くのかもわからないながら、1度は車を離れようとしていたところを舞い戻って便乗する。ドライバーはなおも港から出てくる人間に“ダハ〜ブ!”と声をかけて白人を4人ほど捕まえ、もう建物から人が出てこないのを見届け、乗客が6人になったのを確認して11時過ぎ、出発する。
補助席をおろせば10人乗りくらいのバンだが、各自荷物を持ち込んでいるため6人でもあまり余裕はない。前からドイツ人男(今回は、奴だけ出身忘れてしまったのでドイツ人にしておきます)、オーストラリア人女、スペイン人女2人組、私、そして最初に車に乗った謎の男はイギリス人。小柄なオーストラリア女がいちばん喋り早口で、朝の九官鳥みたいなアメリカ人女と同類項。人間5人寄れば必ずこういう奴っているんですな。ダイバーの彼女は格好もなかなか奇抜で、メキシコ帰りか?ってほどツバが広くかぶっていればはた迷惑な麦藁帽、そばかすだらけの肩はキャミソールでさらし、派手な大判スカーフを腰に巻いただけのような巻きスカートにビーチサンダル、首には水泳ゴーグルぶら下げてるくらいだから下着がわりに水着を着てるに違いないリゾート満喫スタイル。スペイン人の女の子もアフロヘアだったりで私以外の女性陣は元気だが、男どもに関しては特記事項なし。最初は人間観察しながら会話の内容にも聞き耳を立て、私にも出身地の質問が及んで答えたりしたような気もするが、それ以上会話に参加する元気はなく、面白くもなくてすぐ飽きる。隣の謎のイギリス人も無口で、感じは悪くなく妙なオーラなども放ってはいないが、ますます謎。
車はシャルム・エル・シェイクの街中を通ることはなく、そのまま郊外へ走りいくつかの検問を抜けていく。乗客全員を降ろしてパスポートチェックをしたりボディーチェックをしたりというところまではないものの、シナイ半島に渡ったとたん、検問の多さと厳重さは大幅にアップしたような気がする。イスラエルやヨルダンに近いからだろう。さっきまで船酔いにもがき苦しんだお陰で非常に眠いが、道路は舗装されていても100km/hくらいで疾走する車がまたけっこう揺れるので、眠れない。
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行けども行けども景色の変わらない砂漠、この光景もまたアメリカ南西部とかぶるものがある
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ダハブはシャルム・エル・シェイクの北90km、紅海奥のアカバ湾沿いにあり、対岸はサウジアラビア。シャルム・エル・シェイクからバスで1時間、という歩き方の記載は嘘で、実際には2時間弱かかる。変わらない景色にこれまた長く感じる。
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1時間半走ってようやくお目にかかった
‘Welcome to DAHAB’
の看板
手を振ってるのは町長?? |
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郊外からダハブの町のほぼ全貌が見渡せるが、海沿いに白い建物が並ぶだけ、高級ホテルも数軒だけの本当に小ぢんまりしたリゾートで、高い建物などはひとつもない。乗客は誰1人途中で降りることはなく、ホテルをリクエストすることもなく、ドライバーにどこに停まるのか聞くこともない。ドライバーの方も我々に何を言うこともなく一直線に集落に向かい、不意に建物の間の狭い路地に入り込んだかと思うと10mほど行ったところで停まる。もう昼、1時前。
ここ、どこ??
しかし皆、さぁ着いた着いたって感じで当たり前のようにさっさと降り、ドライバーに30£Eを払う。来ていたたった2人のホテルの客引きは、先に降りた白人を捕まえすばやく交渉し、あとから降りてキョロキョロ、オロオロする私などには目もくれずあっという間に自分のホテルへと獲物を連行していった。車が停まったところはホテルかアパートのような2階建ての建物に囲まれ、中央にやしの木が植えられた小さな広場。ホテルにしては、中学校の運動部の部室を思い出させるような、単なる更衣室みたいな飾り気のなさと簡単さで、誰でも侵入できそうな無用心さ。リゾートで治安がいいのだろうか。ここではそんな心配は無用なのか?
どこだかわからないがいつまでも立ちつくしてキョロキョロしているわけにもいかず、謎のイギリス人が行った方へ荷物を持って歩き出す。歩き出してみればまたも腹痛を感じるが、ほんの10mほど歩くと建物の間から海が見えてきて、さらに10m行けばビーチに突き出したレストランと石畳で整備された歩道と、その歩道をそぞろ歩く観光客が目に入ってきた。そして歩道まで出ると、そこには思わず目を疑うほどにのどかで平和でこぎれいで、これまで見てきたエジプトの町の埃っぽさや汚さ、喧騒やいぶかしさといったものは全く感じられないメルヘンチックな世界が広がっているのであった。エーゲ海の小さな島か、アジアのビーチリゾートのような。これエジプト? エジプトにはこんなところまであるのかぁ・・・。初めて八重山に降り立った時と同じくらいの衝撃(行ったことない方にはわかんないかな?ごめんなさい。でもとにかくショッキングでした)を受けながら、次に目に入ってきた‘Seven Heaven Hotel’の看板に引き寄せられてゲートをくぐる。
と、ゲートをくぐったとたん色が白く痩せた50歳くらい?の男が
「マイフレンド!ウェルカム!」
紺のポロシャツにベージュのコットンのズボン、顔は明らかにエジプト人とは違い、小顔でヒゲもなくイスラエルかトルコ人っぽい。痩せてるあまり顔の肉付きも悪くシワだらけな‘中年の男版りょう’みたいな彼は穏やかな口調で、しかしいきなりマイフレンドを連発しながら、私が何も言わないのに奥へと手招きする。ホテルのオーナーのようだ。
やっとここがビーチ沿いに安ホテルや小さなキャンプが並ぶ‘ベドウィン村’の中心であることを確認する。石畳の歩道を離れてゲートをくぐればまず右手にダイビングショップ、その奥の庭には白いテントがいくつも張られ、テントの下には地面に直接ゴザや絨毯が敷かれて座椅子のようなソファやクッション、そして低いテーブルがたくさん並べられた20畳くらいの団らんスペースがある。滞在中のゲストかこれから潜りに出るダイバーか、5人くらいのグループがテント下に寝そべったりチャイを飲んだりしている。オーナーはその片隅に座って待つよう言い残しどこかに消える。振り返ればテントの向かいには3階建ての白いコンクリートの建物があり、開け放たれた1階ガラス戸の奥にはレセプションらしきカウンターがある。すぐ隣はインターネットカフェで、6〜7台のコンピューター全ての前に人が座りモニタに向かっている。早く部屋に落ち着きたい一心だが、戻ってくるのかわからないオーナーを待つ間、6ページしかない(うちホテル情報3ページ、レストラン情報1ページ)歩き方のダハブのところを読み返す。ホテルのHPもある模様(Seven Heaven)、‘オーナーは商売熱心で世話焼き’。
数分してオーナーは紙とペンを持って戻ってきた。
「オーケー、マイフレンド、これに記入してくれるかな?」
名前、住所、国籍、パスポート番号などを書く。
「ダハブは初めて? 何日くらい滞在する?」
「3日くらいかな」
「ダイビングはする?」
「やりたいんだけど、体調が良くなくて・・・」
「おお、そりゃ良くないね。でももしやりたかったら日本人のインストラクターがいるから心配ないよ」
「聖カトリーナに行くツアーは扱ってますか?」
「このホテルから毎日出てるよ。夜10時半に出発して、夜中に登山始めてご来光見て、昼前には帰ってくるスケジュールだ。今夜行きたいの?」
「ううん、今日は無理です。できれば明日。」
「それなら明日言ってくれたので間に合うよ。」
記入が終わるとオーナーがトランクを持って部屋へと先導する。階段を上がると両側に続くベランダに面して茶色い木の扉が並ぶ。
「シャワー付きの部屋がいい?」
イエスと答えると、彼はたくさんのキーから1本を選んで1室を見せてくれるが、洗面台の蛇口が壊れていたかトイレの水が流れないかで別の部屋へ。通路のベランダも各部屋のベランダも白いペンキは剥げかけており、部屋から見えるのは中庭と周囲のホテルだけで海は見えない。部屋は薄暗いが天井が高く狭くはない。シングルベッドが2つ並び鏡台があるだけでタオルすらなく、これで素泊まり50£E(1000円)は高いと感じてしまうが、リゾートなんだし、これでもきっとシャルム・エル・シェイクの数分の一の物価だろう。それに、シャワーもエアコンもなしの部屋なら15£E(300円)くらいからあるようだ。・・・と冷静に淡々と物事を見て判断するのも実はいっぱいいっぱいで、どうでもいいから早く休みたい、眠りたい、倒れたい。そして何も考えたくない。
やっと幸せな時間が来ると思えばオーナーがポケットから紙切れを取り出して見せる。その紙切れには、女の子の字で、パッと見ただけでは意味不明の日本語のメッセージが書かれていた。ん??
「これ、私宛てにじゃないでしょ?」
「うんうん、わかってる。ここに書いてあること、英訳してくれないかな?」
そうきたか。差出人の日本人、英語で書いとけよ。しかも、小学生の作文みたいにブツ切れな文章は日本語でもよくわからず、何度か読み返してなんとなくシチュエーションの想像がついた、良く覚えていないがこんな内容↓だったと思う。
“○○さん(オーナーの名前)、今カイロにいます。この数日体調がすぐれないのでカイロの病院に行くことにしました。良くなったらまた戻りますが、いつになるかわからないので、借りていた本をお返ししておきます。ありがとうございました”
それでもオーナーは、わけのわからないまま訳す私の言葉にフンフンと頷きながら全てを理解したようで、「ありがとう、助かったよ」と部屋を出て行った。
元気なら今すぐにでも海に入ってくのに!! 倒れる間もなく4日目になってもまだ続く下痢にさすがの私もおそれをなし、財布だけ持って再び部屋を出、ちょうどホテルの数軒隣にあった薬局に救いを求める。
「下痢止めある?」
ハルガダのホセインタイプの、頼りなさそうに見えてよく働きそうな兄ちゃん、薬剤師っぽくなく白衣も着ていないけれど、私の青い顔を見て真剣な表情になる。
「いつから?」
「4日前」
そこまで放っておくな、かなり重症だな、といわんばかりの顔をして彼はクルリと振り返り、棚から2箱の薬を取り出した。パッケージに書いてある英語を指し示しながら、
「これは下痢止め、1日3回2錠ずつ」
と飲み方をボールペンで書いてくれる。
「こっちは整腸剤、胃の中をきれいにするんだ。1日4回、1錠ずつ。これを飲んでも良くならなかったら、病院に行きなよ。」
「わかった、ありがとう。」
やっと買った下痢止め
合わせて65£E(1300円)は
物価からすると驚異的な高さ
効くのか?
多大な疑いを持ちつつ飲んでみれば
効果は絶大でした!!
劇的に効いて
翌日にはもう下痢ストップしてたような |
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14時、薬を大量の水と共に流し込んで倒れる。
普通■■■■■不良■■■■■悪い■■■■■最低■■■■■瀕死−−−−−死亡
にわか昏睡状態に陥っていたのか、全く気がつくことなく目が覚めれば外は真っ暗。時計を見れば19時。旅行中に病らしき病に倒れたのも、昼間からこんなに爆睡してしまったのも初めてだ。時々中庭で人の話し声がするだけで、ビーチやメインストリートからは奥まったところにあるのと、すぐ前まで車が入ってこられないため日中でも静か。急に回復するわけもないが、少しラクになったのと1日中寝ているのももったいなくて、村の散策に出かける。
ホテルからビーチに沿って南北1kmほどの間に、土産物屋、レストラン、カフェ、ホテル、ダイビングショップが並んでいる。旅行者はそんなに多くなく、どの店もわりと暇そうで、レストラン入口の店員の客引きはなかなかしつこい。(が、ヤなしつこさじゃないのも土地柄?) Tシャツ屋や銀細工屋は目星だけをつけ、ハガキとスーパーでビスケットやチョコレートと水を買う。夜フラフラ出歩いても危険は感じない。学生時代、同期が「紅海でダイビングのライセンス取った」と言ってたのを思い出すが、日本人には全然会わない。
ダハブのいいところは物価が安いだけでなく、ビーチエントリーでお手軽にダイビングやシュノーケリングができること。砂浜からバシャバシャと入っていけば、そのままボートで沖に出る必要もなくダイビングスポットに行け(そのためダイビング料金も安い)、ハルガダなどと比べても大きな魚が多いらしい。
昼間は満席だったネットカフェに空きがあったので、久しぶりにPCに向かってみることにする。入口に座っている兄ちゃんがノートに時間を記入し、料金は後払いで1時間4£E(80円)。PCは古い型のデスクトップで14.5インチくらいの小さいモニタ、OSはウィンドウズ98。英・独・仏・西・伊・日・韓の7ヶ国語表示対応だがHPによっては文字化けするのもあり、使いにくい&見にくいったらありゃしない。入力も日本語でできるらしいが、あまりいろいろと兄ちゃんに聞くのも面倒だし、そこまで真剣になる必要もないから実験的に知人のHPに突如英語で書き込みをし、日本のニュースをチェックして部屋に戻る。
ビスケットを食べ薬を飲み、ハガキを書いて洗濯。昼間5時間も眠った影響は全くなく、夜も10時には意識がなくなっていました。なんとしてでも明日には完全復活せねば! シナイ山に登らねば!!
普通■■■■■不良■■■■■悪い■■■■−最低−−−−−瀕死−−−−−死亡
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