CAIRO 24 / NOV / 2003 *MON*



不気味な夜、気分が滅入りそうな部屋だが寝心地は悪くなく、何かの気配を感じたり夢でうなされたりすることもなくいつもの朝を迎える。9時半過ぎているというのに、邦正はロビーのソファで毛布をかぶって横になっている。夜逃げはしてなかったけれど相変わらず、というより朝はますます機嫌が悪い。声をかければ露骨にムッとした顔して私の神経を逆撫でする。てめえそれでホテルマンか。ラマダンで夜更かし?眠いのはわかるけどよ。
「朝食はどこで食べられるの?」
「ん〜〜?(寝ぼけながら腕時計を見て起き上がり)部屋で食べる?用意するよ」。
部屋に戻るとしばらくして朝食が運ばれてくる。持ってきてくれた男が、昨夜部屋に来て訳のわからないことを言った謎の男なのだった。
あんた、スタッフだったの! ところが彼は愛想よく食事を持ってきただけで、今朝は訳のわからないことを言わないし、昨夜のことについても触れない。

◆ BREAKFAST ◆

アエーシ ★
レンズ豆のスープ ××
ゆで卵、白チーズ、ジャム
シャーイ

お、はじめておかずがついてる!とたっぷりのスープに驚き喜ぶのもつかの間、不味いっ! 何で味付けしているのかわからない。デミグラスソースの色でありながらフォンドボーの香りもトマトの味もせず塩加減も薄くて最悪。今回の旅行で、最後にして初めて‘こりゃ食えねぇぜ〜’な料理にぶち当たりました。謎の男スタッフが作ったのだろうか。万一これがバカ美味だったりすればそれはそれで大ドンデン返しだれど、さすがモンタナ・ホテル、悪い期待は裏切らない。くどく言えば‘予想に反して良いところ’というのがまるでない。シャーイを飲んでアエーシを少し食べ、トレーをロビーに持って行くけば、邦正も謎のスタッフも姿はなく、ターバン+ガラベイヤのじいさんが1人食べている。トレーを持ったままキョロキョロしていると、じいさんがここにおいて置け、てなことを言う。それでも、もう今日1泊だけのために別のホテルを探して移動する気力は残っていなかった。スタッフの無愛想さと鬱になりそうな部屋に我慢する方が、まだ余計な体力と神経をすり減らさずにすむように思える。

早起きしてタクシーをチャーターし、3時に閉鎖されるせいで行けなかったメンフィスやダフシュールまでもう一度足を伸ばすことは十分可能だったが(この時間からでも可能だけど)、メンフィスやダフシュールのみならず、カイロ市内の博物館やモスクへの好奇心や興味といったものも完全に失せてしまっている。疲れのせいもあるだろうが、キレながらケンカしながら体調も崩しながら、しかし予定だけは崩さずまわってきたから、観光に関してはもう満足していた。上エジプトとシナイ半島で見たもの・感じたことでもう脳内と体内の両メモリも満タンで、日本に帰ってどこかにバックアップしないとこれ以上は消化もされなさそう。ダハブでダラダラ星人病が伝染したのもあるかもしれない。とにかくギリシャ以来の長旅、といっても2週間だけれど、悲しいかな‘帰り時’を感じてしまう。出先でホームシックにかかるなんてまずありえない私だが、なんとなく、この国(特にカイロ)には長くいられないなぁ、という合わなさも感じる。ペースは少しずつ掴み、当初のような戸惑いもなくなってきたから、強いられればもっと順応するのかもしれない。けれど、これまで訪れた国ではあまり感じることのなかった、自分だけが妙に浮いている感じと、生活する場所としてはとても選択できないと思ってしまう違和感はいつまでも消えそうにない。
というわけで、今日の目的はナイル・ヒルトンのショッピングモールとイスラミックカイロの入り口にあるハン・ハリーリ市場。市場からイスラム地区のいくつかのモスクへは、歩いて行けそうな距離だったりもするけど。

30分くらいかけて、考古学博物館隣のナイル・ヒルトンまで歩いて行ってみる。と途中タラアト・ハルブ広場で見覚えのある男。
アジャ・コング似のアイツだ!! カイロに着いてタフリールに降りた朝、いちばんに声をかけついてきて騙そうとしやがった、「僕の娘に似ている」「アルヒカタ」アイツ!2ページに登場) スクランブル交差点でそれぞれの進行方向を横切るかのように、5mの距離を保ってすれ違う。ジロリとにらんでほんの数秒だけ目で追えば、その瞬間彼も私に気づき、覚えていたようで、足は止めないままこちらを見てニヤリとする。そのニヤリがあまりに気持ち悪くてぞぉ〜っとする。奴は毎日こうして、騙すターゲットを探しながらこの近辺を常にウロウロしてるのだ。何とかして彼の写真撮って‘この男を見かけたら・・・’とアジャ警戒警報宣伝してやりたい。それにしても、何の被害もなかったとはいえヤツを再び目にしたせいで、カイロの印象がますます悪くなりそうだ。なーんて考えてるとどんどん腹が立ってきて、追っかけてって後ろから飛び蹴りするか頭からクシャリでもぶっかけてやりたくなる。
ヒルトン内にはいくつもの航空会社が入っていて、大韓のオフィスもここにある。リコンファームは必要ないが、明日の出発ターミナルを確認しておかねばならない。ビルは巨大でホテルとショッピングエリアとオフィスエリアはそれぞれ入り口が別になっており、入り口も迷うし入ってからも迷う。何人ものガードマンに聞いてやっと見つけた小さく殺風景なオフィスには、エジプトでは珍しくキャリアウーマン風の女性が2人ほどいるだけ。
「あのう、明日のソウル行きはどのターミナルから出ますか?」
「ターミナル1よ!」
それだけ聞いて今度はショッピングモールに回るが、これが期待はずれ。ホテルにしてはまぁ店は多い方だが、アスワンのスークやダハブのストリート散策を楽しんでしまったあとじゃ全く面白くない。こぎれいなだけで商品は少なく、新鮮さもない。午前中だからか客もほっとんどおらず、活気がないどころか閑散・・・。

タフリールを少し離れたところで流しのタクシーを捕まえ交渉する。1台目だったか数台目だったかは忘れたけれど、停めてみれば
客が乗ってるじゃないの。しかしハン・ハリーリと言えば乗れと言うから同じ方向なんでしょう。エジプトのタクシーで初の相乗り。先客は地元の若い女性。値段交渉する間はなかったが相場は5£E(100円)くらいだな、彼女が先に降りればいくら払うか見逃すまい、と思っていると、私を乗せてから3ブロックほどのところで停まり、彼女はたぶん3£E(60円)ぽっちを渡してすぐ降りてしまった。そしてまた数ブロック走ったかと思うと、今度はガソリンスタンドに寄る。ちょっとごめんよ、って感じでドライバーは車を降り給油をはじめるが、給油中エンジンを切らない! 客を乗せてガソリンスタンドに寄るのも、エンジンかけっ放しで給油するのも日本じゃ考えられませんねぇ。ったく最後の最後まで、30年間の常識を次々にくつがえしてくれるすごい国であります。

15分か20分くらいで市場前の広場に着く、ともうすごい人。5£E(100円)を出せば、ドライバーの兄ちゃんは文句を言うことなく受け取った。
観光客相手の土産物や貴金属店はだいたい手前のアーケード内にかたまっていて、アーケードを囲むように伸びる数本の通りにはスーパーや衣料品、食料品など地元人相手の卸売り店が並んでいる。正確には、ハン・ハリーリはそのアーケードと周辺部分のみをさすらしいが、地図もよく見ず仕組みもほとんどわからないまま適当に歩いてみて、ハン・ハリーリを大きく外れてしまう。地元庶民で異常なまでにごったがえすエル・モスキ通りを延々進んでしまい、ん?なんだか違うぞ、と戻ろうとした時には人の波に逆らうのも困難な中に。商人や買い付けと思われる連中は超
巨大なスダ袋をいくつも抱えて突進してくるわ、荷車やトラックに馬車までが強引に突っ込んでくるわ(平気で大きな馬フン落としていくし・・・)。通りはそんなに広くないのに両脇に露店が出ていてさらに人や車の通行を妨げている。もう、通りにモノと人とエネルギーがおさまりきらず、朝から噴き出してる状態。ひい〜、とてもじゃないけどこんな中買い物なんてできない。どさくさにまぎれてスリや痴漢もいっぱいいそう。必死の思いで地元人買い付けエリアから逃れる。
そして身動きとれないほどの地元人エリアを脱してみれば、恐るべし
スーク・マジック! 消沈しつつあった好奇心と買い物パワーを復活させる、先程のヒルトン・ショッピングモールと同じ街にあると思えないほどの1日いても飽きないショッピング天国、怪しいものワールドに足を踏み入れてしまったのでした。


アスワンやダハブでも
ちょこちょこ買い物したものの
まだまだ楽し、まだ新鮮



イスラムの国でこんなの売ることじたい
法律違反じゃない?
と思ってしまうベリーダンスの衣装


水タバコ屋かなぁ

エジプトに関係ない悪趣味なものまで
どうせならツタンカーメンや
スフィンクスバージョン
お作りになってぇ

店ごと買い占めたい!
 ガラス製品・クリスタル好きを最も刺激したのはやっぱり香水ビン屋。エキゾチックな形と色もサイコー! 信じられないほどの安さにもホクホク。でも店選び・品定めは慎重に。10軒以上、それも1店に何度も足を運び、いろんな店で大小様々、合計20本近い香水ビンお買い上げ。どうやって持って帰ろ?

香水屋のガイ達
左の兄ちゃんに「ハンサム!」連発して
ディスカウント迫るしたたかな女(笑)

ビンだけでなく
「香水も買ってくれ〜」とせがまれる

中でもじっくり物色して見つけたお気に入りは右下
ビンの中にもラクダとイルカがいて愛らしい
言い値は忘れましたが2本で50£E(1000円)!!に価格破壊させた上
1本オマケまで付けさせちゃった! シメシメ



食事も忘れて夢中になり、腹時計に気づかされて時計を見れば3時。そこで市場内の何軒かのカフェを覗いてみるが、どうも食事に関してはこれといってひかれるものがない・・・しっかり食べる気はないし、おやつや軽食に適当なものもない。ご飯は恋しくないけれど、ファミリーマートが恋しいのって一種のホームシック?


思ったより質良かったのがエジプト綿

こちらはベッドカバーサイズのマルチカバー
2枚$10まで値切り倒したら
店の兄ちゃん、笑いながら
手で自分の首を切るジェスチャーしてた

ほつれや端処理のチェックはお忘れなく
Tシャツは
1枚25£E(500円)が底値?



結局食べないまま、ひと休みしたのはフセイン広場前の階段に座ったくらいでスーク内を歩き回ること5時間。ラマダン中は3時過ぎると市内観光が強制終了となるせいか、夕方になると行き場を失った団体観光客が大型バスからどっと排出される。今日の戦利品は香水ビン、マルチカバー、Tシャツの他小さめのストールやスカーフも。数にすると30以上になるけど、あとで計算すれば全部で200£E(4000円)程度。
スゲー安さ。この旅に現金US$1000(当時レートで10.5万円)も持ってきてしまったが、使ったのは半分$500以下。200枚以上にかさばっていた札束は3分の1くらいに減ったものの、改めて物価の安さに驚く。もっとケチれば1日1000円以下でも旅を続けられそうではあるけどね。

これぞ
もらって迷惑な
お土産!

でも弦楽器
←ラバーバ
とタブラ
(太鼓→)って
エジプトの
代表的
楽器
なんだと

夕方のラッシュが過ぎ夕食解禁のアザーンが始まる5時前、再び5£Eでタクシーに乗ってホテルに戻る。どうしてこうも食事にありつけないのだろう。ホテル周辺のレストランやテイクアウトの店の少なさはなんなのだ? フェルフェラに行けばまたクラニイ親子に出くわしそうな気がして、今日は逆方向に歩いて店を探す。30分ほど歩き回ってやっと見つけたファストフード店で渋々シュワルマ・サンド。

◆ DINNER ◆

シュワルマ・サンド小 ★
2.5£E(50円)

あ〜あ、不味くはないけど最後の晩餐がコレとは・・・

ラマダンは今日で終わりで、明日から(今夜から?)3日間‘イードル・フィトル’という祭りに入る。日中のスークとホテル周辺を歩いているぶんには人々の浮かれた様子は感じなかったが、夜のアザーンが終わってもずっと何かの音楽が流れているようで、部屋にまで聞こえてくる。どこか遠くで爆竹のような音が続き、街は明らかに昨日よりにぎやかで落ち着かないけれど、モンタナ・ホテルの中は相変わらず隔離病棟で別世界。ラマダン中に来たことで、普段のエジプトを見て回るよりもきっとたくさんのことを考えさせられたと思う。でもまたイスラム国を訪ねるなら、次は絶対ラマダンを避ける。ラマダンならではの仰天シーンは多かったが、観光客にすれば理不尽な迷惑をこうむることも多く、普通じゃなさすぎる、だるそうで苛立った人々の様子も3、4日見てれば飽きて面白くもなくなる。一時的に全てをマヒさせるだけでなく、国の経済成長をもおおいに妨げていそうなイベント。そうそう、帰国後知って驚いたのですが、ちょうど旅行中にまさにこの国で、日本人団体の乗ったバスがたて続けに事故を起こし負傷者が出てましたね。これもラマダンのストレスとイライラと、不規則な生活ゆえの居眠りに違いないよ!
外のお祭り騒ぎを想像しながら、捨てられるものを全部出したとランクに買ったものを詰め込み、香水ビンを新聞にくるみなおして帰国の準備をする。



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