CAIRO >>> 15 / NOV / 2003 *SAT*



耳栓様様! 夜中2時くらいまで車も人通りも絶えず、信じられないほど騒がしい大通りに面した部屋で12時間の睡眠を確保。ラマダン中はレストランも夜明け前まで営業し(そのかわり日中は閉まっているところも多い)、人々は日中食べられないうさ晴らしに夜は暴飲暴食、その後お祭り騒ぎ。深夜に少し眠って夜明け前に再び朝食をとって2度寝する。よって朝は遅い。そんな生活を不規則にするだけ?で中途半端な断食が体にいいわけもなく、睡眠不足ゆえ人々の仕事能率は落ちるわ、イライラで交通事故だって倍増するとか・・・旅行者がとばっちりを食うのは、店や銀行や観光地の営業時間が短くなるというだけではないかも。

8時朝食。ラマダン中は旅行者も朝遅くなるのか、ロビーに先客は誰一人いない。フロントも昨日のフロドとは違う人物で、部屋から出るとすぐ気をきかせて従業員に朝食の準備を伝えてくれる。ところが朝食を待つほんの数分の間にも、従業員2、3人がものすごく聞き取りにくい英語でありきたりな質問をしてきたりして、わりとうるさい。今日のフロント係もまた、パンフレットこそ出さないものの、ルクソールへのツアーを勧誘してくる。あたしは今夜の列車でアスワンに行くの
昔小学校の給食で出てたような細長いシンプルなパン3本とバター、ジャム、クリームチーズ、紅茶を、これまた学校給食で使われてたのと同じ傷だらけのアルミトレーにのせて持ってきてくれる。素朴で何の味もついていないパンにクリームチーズを塗りながら食べるが、以後どこでも朝食ではたいていついてたこのチーズがなかなか美味かった。
朝食をとっている間に学生っぽいバッグパッカー3人組がやってきた。男1人女2人の構成で3人とも非常に小柄、童顔すっぴんにメガネで、ガリ勉韓国人か台湾人といった風だが、あらかじめ電話で予約してあったのだろう、あるいは以前にも泊まった事があるのか、さっさとチェックインを済ませて部屋に入っていった。フロドじゃないからスムーズだったのか。

9時前にチェックアウト。ラムセス中央駅までの地下鉄路線を頭に叩き込んでイメージトレーニング、また荷物を持って朝のタラアト・ハルブ通りを行く。そして今日もまた、タフリール広場までの300m10分間に、挨拶されたりからかわれたりと数人に声をかけられる。
15年前にフランスの出資で着工された地下鉄の看板はメトロの‘M’、駅もそれほど暗くも汚くもなく(欧米や大阪の方がゴミ散らかってるし臭い)、車両もわりと明るくてきれい。むしろ地上より治安よさげで安心して乗れる。料金は距離によるが、それでも50pt(10円)か75pt(15円)のみ。チケットは自販機がなく、乗るつど窓口で降りる駅を言って1枚ずつ買わなければいけないのが難点。あとから気づいたが、エジプトは紙幣の国、50ptという小額なお金まで紙幣(小額になるほどボロボロで汚い)で硬貨があまり流通していないために自販機がないのか。
数ヶ所にある改札、入口を間違えたかと思うがこれは他国同様(ソウルの地下鉄だけはそうじゃないところがあった)、ホームは地下で全てつながっており移動可能。ところが、間もなくホームに入ってきた列車は予想に反して大混雑、乗ろうとしながら乗り損ねてしまう。
停車時間が異常に短い!!! 日本のように整然と列をなし、降りる人が降りるのを待って乗り込もうとしたんでは間に合わないのだ。マナーも秩序もあったもんじゃない、発車の合図もないしドアは容赦なく閉まるしで、地元人ですらドアに服やバッグを挟まれる人続出。これも後で気がついたが、歩き方にはちゃんと記載が。
“降りる人を待っていたら乗れないので、スピーディーに乗車する”
またほどなくしてやってきた列車は空いていました。今度は余裕で乗車、な〜んだ。

ラムセス中央駅。地上に出ても、駅がどの建物かわからず戸惑う。
“駅です”って表示が何もないんだわ、これが!! 駅前のはずなのに広場は混沌と喧騒、頭上の道路の高架が視野をさえぎり、‘Railway Station’の看板が示す矢印も、それに従って行ったところが突如なくなっていたり方向が変わっていたりしてあてにならない。ガイドブックの写真と“青い外観”“青いタイル”だけを頼りにしばらくウロウロ・・・。
地味すぎて苦労するがやっと発見し、正面入口近くの1Fにあった‘ワゴン・リー’のオフィスに入る。ホテルは1泊たりと予約なしで来てしまったが、日本⇔カイロ往復とエジプトの国内線航空券2区間以外にもうひとつだけ、今夜のカイロ→アスワン間の寝台列車は予約を入れていた。ナイル川沿いをアレキサンドリアからカイロ、ルクソールを経てアスワンまで、毎日2往復の寝台列車。過去オリエント急行を走らせていたのと同じ会社・車両で2食付。12時間もの行程だが、2食付シングルUS$70(カイロ⇔ルクソール、カイロ⇔アスワンとも同料金)、同じ区間の空路は約US$160なので半額以下、しかもカイロからルクソールやアスワンなど上エジプト方面へは、外国人の陸路(バスやタクシー、1日10本以上ある普通のエジプト国鉄)・海路移動とも禁止されているところ、ワゴン・リーの夜行列車だけは乗車が許可されているときたら乗るしかない?!
個人旅行者でも、乗車2週間前から
ワゴン・リーのHPで直接予約できます(早くにメールを出しても反応がなく、2週間前に再び出してみたらすぐ返事が来ました)。やりとりはこれだけ。
> I would like to make a reservation as follows.
> Train No.84  from Cairo to Aswan
> one single cabin
> Date:15/Nov./2003(Saturday)
これに名前、メールアドレス、パスポートナンバー、住所、そして“予約のデポジットとしてクレジットカード番号が要るならその由返信せよ”と送るも、必要なのは名前とアドレスだけでした。乗車券の購入期限と当日のチェックイン時間も質問したところ、届いた返信は以下。予約番号もなくて大丈夫なのか?
> With reference to your email dated 08/11/03,
> we are glad to confirm the following;
> One single cabin  Cairo/Aswan on 15/11/03
> Price will be 70.00USD(one way),including dinner,breakfast and tax.
> Train #84  Departs from Cairo at 20.00pm,
> arrives Aswan at 08.15am(next day)
> Payment method;
> Must be in cash in USD or in Euros.
> You can pay and collect your tickets upon arrival to Cairo
> at our Central reservation office,next to Ramses train station,first floor.
> Office hours are daily from 09.00am till 16.00pm.
さてさて、‘高級寝台列車’というふれこみと期待を180度くつがえすような、恐ろしく殺風景なオフィス。これがオリエント急行の窓口?!ってほど古くて汚い、(想像ですが)終戦直後の病院受付じゃあるまいし、って感じ。古びた木のカウンター、窓口のこちらとむこうは手あかと傷だらけのアクリル板で仕切られている。奥の部屋には別の社員がいるようだったが、窓口で対応するのはおじさん1人で、窓口に置いてあるコンピューターは使われていない風。予約してあることを言いながら返信メール↑のプリントアウトとパスポートを出すと、おじさんはそれらを持って奥の部屋に予約の確認をしに行った。他に客はおらず、戻ってきたおじさんはマイペースでチケットに記入を始める。複写のチケットに手書きで「シングルキャビン・・・今日、アスワンまでね・・・」と言いながら車両番号、部屋番号まで書き、
「プラットホームは8番だ、ここに書いておきなさい」
とそれだけ私に書かせる。US$70をキャッシュで支払うと、
「8時に出発する。7時半までには戻ってきなさい」。
ここで予約が入っていなかったりすれば、エジプト人不信が決定的になってしまうところだったが、皮肉にもかろうじて持ちこたえる。その隣で、いつの間にか入ってきた掃除のおばちゃんが、一応雑巾で手あかだらけのアクリル板を拭いていました。



旅のお金
TCは買わず、全てUS$の現金で持ってきました
$1、$5、$10の小額紙幣中心のため
こーーーんな札束
毎日持ち歩くの怖いし邪魔!!
かさばるし、もちろん財布にも入らない

早く軽くしたくて$1×70枚を出したら
びっくりしながらも笑いながら一生懸命数えてた
ごめんねおじさん



続いて荷物預かり所を探す。どこにも表示がなく、歩き方の構内の略図にはちゃんと載っているのに見つけられない。駅構内の表示はことごとくアラビア語。この辺りのはずなのに・・・とウロウロしていると‘Porter’のバッチをつけた体格のいい男がバッチを見せ、自分の胸をぽんと叩いて「ついてこい」って感じで教えてくれる。ついていくと、さっき「ここかなあ・・・??」と中の様子をうかがった場所で、コンクリートの狭い間口を入っていった奥。入口には手書きアラビア語の小さい張り紙があるだけで、そにいた怖い顔のじいさんが奥へ案内してくれる。そうして入っていった奥の部屋には米俵みたいなのや土手工事に使う砂袋みたいなのがゴロゴロ転がってるし、たくさんあるロッカーはどれも軍の食料備蓄庫を連想させるような巨大で重厚なつくり。さらにそのひとつひとつに、刑務所の鍵にしても大袈裟なような10cmくらいの南京錠がぶら下がっている。じいさんが勝手にロッカーを選び、荷物を入れて鍵を閉め、その鍵を私に渡す。机で大きな帳簿を開いていた男に鍵を見せ、引き換え証をもらって2.5£E(50円)を前払い。じいさんは顔も怖いが、怒ったようなアラビア語で何か懸命に言うのがより怖い。が、誰もバクシーシ要求しない。ん?今日のカイロ人は何だか違うぞ?? ところで預けた荷物、いつまでに取りに来いとも誰も何も言わないが、どうやら24時間営業しているよう。
ついでに預かり所の近くにあった郵便局で切手を買う。カウンターの向こうには5人いるのに、ラマダンにかまけて仕事を放棄している?人物が約3名。対応しているのが男2人で客は常時7、8人。そもそも列なんてなかったのだが、後ろでおとなしく待っているとどんどん割り込まれていつまでたっても買えない。さらに後ろから束の手紙を持つ手が伸びてきたりするから、私も負けず前の男の肩越しにお金を握った手を伸ばしてアピールする。
あ〜疲れるわ。でもお陰で後日、エジプト航空オフィスの順番待ちが整理券制なのに驚き感心しちゃいました・・・。

これから何をするにも両替しなくてはエジプトポンドがない。昨日空港で両替した$50ぶんは、ホテルとタクシーと入場料やなんやで、いつの間にか思ったより早く消えていった。ガイドブックには“$が通用するし喜ばれる、あまりポンドに替える必要がない”とあるが、これはツアーに限って。特に入場料関係が全て£E払いでけっこう高いので、個人旅行だと常に200£Eくらいは持っていないと観光できない。駅構内に銀行か両替所があってもよさそう、というより
あって当然のものが平気でないところがエジプト。駅前にもなさそうで、仕方なくなけなしの小銭で再び地下鉄に乗り、タフリール広場に戻る。

エジプト考古学博物館内の銀行へ。“開館直後は大変混む”とのことだが10時半過ぎて行ってみるとそれほどでもない。団体用バスはずらりと並んでいたが、並ぶことなく回転入場門のところで荷物検査を受け、チケットを買わずに館外の銀行へ直行する。
一歩踏み入れて

!!!

窓口をさえぎるようにいきなり置かれていた巨大な自動両替機にのけぞってしまう。週に3人くらいはぶつかる人いるんでねえか。入口前が階段になっているため、下ばかり見てそのまま銀行内に入れば思いっきり体当たりしてしまいそうな、白い巨塔ならぬ
黒い巨塔、半端じゃないデカさのマシーン。でそのモンスターマシーンが入口付近で光をさえぎり室内を非常に暗くしている様があまりに可笑しくて、ツボにはまってしまう。どう考えてもこれ、外に設置するもんでしょ?! 完全に両替機に飲み込まれた窓口は、全く機能していなさそう。たまに来る旅行者相手で他に仕事はほとんどないのであろう、窓口の外の待合ソファに座ってだべっていた‘笑うせぇるすまん’みたいな(古いね・・・笑)おじさん行員が立ち上がり、
「ハーイいらっしゃい、あなた久しぶりに来たお客さんですぅ、さあさ両替はこの機械でお願いしますよ〜」(こうは言わなかったけど)
って感じで、暇なだけあって?やたら親切に、スローな口調で両替機の使い方をレクチャーしてくれる。数カ国の紙幣を受け付けるのはもちろん、日本語まで表示されたりと賢そうに見せかけておいて実は賢くないマシン、一度に両替できるお札はたった10枚までで、わざわざ額面の小さいドルばかり持ってきた私はバカをみる。
「おっとっと、1回10枚までなんだよねぇ〜」
ミスター喪黒が、続けてお札を突っ込もうとする私の手をさえぎり画面のボタンを押す。いくら替えようが額面に関係なく、紙幣10枚まで手数料一律1£E(20円)。2回で$100替えて609£E、実はレートも空港で替えた方が良かったりしました・・・。しかし、両替する私の横で、機械にお札が吸い込まれるのに合わせて
「ワン・バイ・ワン♪ スムーズ♪♪ アンド・スムージイ♪♪♪」
とテンションの低いエアロビインストラクターのようにリズミカルに言うミスター喪黒が、気持ち悪いけれどチャーミングで面白かった。座布団1枚。中でガチャガチャと計算をしてエジプトポンドを吐き出すが、そこでこの両替機のさらなる賢くない点が発覚。100£E札(2000円弱だが、エジプトで最も高額な紙幣)なんてものを平気で排出してきやがった! それも4枚も・・・で、ひとり満足げなミスター喪黒の隣
ん〜?!
と紙幣を見て止まってしまう。庶民の間に流通しているのは主に20£E以下、50£Eですら使おうとするとお釣りがなかったり嫌がられたりするのであるから、普段使いに100£Eなんて出せるわけがない。ホテルや博物館関係、崩せそうなところで崩すしかない。しかし勝手に満足しきりのミスター喪黒は、やや不満足な私に気づかないどころか「細かいのに替えて」と言わせる隙すら与えず、機械が排出した紙幣をさっと横取りして数えはじめた。
「ワン・ハンドレ、トゥー・ハンドレ、トゥー・ハンドレ・フィフティー・・・エンド・フィフティー・ピアストル(50pt)! オーケー?! 
ハッピー?!
ハッピーじゃねえな・・・ これがあんたの仕事ならハッピーなこった。呆れながら、しかし更にがっかりしたくもなくて「そんなものなのかなぁ・・・」とぶつぶつ独りごと言いながら、うかない顔で博物館へ。ミスター喪黒にさらなる小銭への両替を頼んで「できない」と言われることだって、そしてそれで銀行か?!とより呆れさせられることだってこの国では十分ありえそうだから。ついでに、彼のがっかりする顔はもっと見たくなかったしね。

考古学博物館、ツタンカーメンがあることしか知らない。2冊のガイドブックを見ながら、聞きたくなくても耳に入ってくる日本人団体付属ガイドの説明を聞かされながら1F、2F、ツタンカーメンの部屋、ミイラ室の順に見学する。


1F展示物でまず私の心を捉えたハゲおじさん
‘カー・アペルの像’
どこで発見されたか知らないけど世界最古の木像だそう
古代エジプト人もお腹出てたのかな?

ミュージアムショップでこれの絵葉書を見つけて
ウケ狙いで友に送りつけました
反応は・・・「すげーハガキ」(笑)

グループが集まってたりガイドが説明してるモノを押さえていけば、予習なしでも見どころはほぼチェックできてしまう。が、見てまわるうちにツタンカーメン室とミイラ室以外にはそうたいしたものが残ってないことがわかってくる。数倍の量のミイラに財宝、バカでかい石像に壁画は壁一面ごと、はたまた墓ごと&何もかも発掘したらそのまま丸ごと持ち帰って展示していた大英博物館、メトロポリタン美術館やボストン美術館など特に米英に言う、
ドロボーっ!!
数年前、神戸市立博物館であった‘大英博物館 古代エジプト展’にもきらびやかな金の装身具がたくさん来ていましたが(もしかするとここに展示されているのと同じくらいの数だったかも?!)そんなに貸し出してもありあまるほど持ってる大英博物館・・・ちょっとくらい祖国に返してやったらどうや?! そういえば大英やMETには動物の彫刻や装飾品も多かったが、それらもここ本家には数少なし。

暗室の真ん中で眩しく輝くツタンカーメン
人だかりの中
最初は遠くから
恐れ多いと?控え目に眺めていたが
見入っているうちに
あれよあれよと真正面
まん前まで押し出されて
ガラスケースにへばりつくように
覗き込んじゃいました


きれいだわぁ〜

ため息ため息



2Fの一角、ツタンカーメンのお宝部屋は剥き出しの鉄格子で別室になっていて、撮影はよいがフラッシュ禁止。なのにみんなフラッシュたきまくり(欧米人の方がマナーなってない!10秒に1回は光ってた)で
ノーフラーッシュ!ノーフラーッシュ!
言い続ける係員。


黄金の棺
何kgあるんでしょう
こんな中に入れてもらえるなら
死後ミイラになる?(笑)

ミイラ室は、撮影も禁止(カメラ持ち込みは構わない)。博物館の入館料は20£E(400円)だが、ミイラ室は追加別料金でなんと40£E(800円)、高い!(ツタンカーメン室に別料金を取る方が頷けるような気がしますが・・・) でもってチケットを買うのに100£E札出したところ、別の客と喋りながらの係員、ふと改めて私の顔を見て手が止まる。「それでいくらもらったんだっけ?」って顔するので
「おつり60£Eです」
ツアー客も‘入りたい人だけご自由に方式’をとっていたミイラ室、展示は10体ほどで、やっぱり大英博物館の方が断然数多し。24℃、湿度60%に保たれておりもちろんガラスケースに入ってはいるが、部屋中になんともいえないニオイが。
入り口横のすごーく狭いショップで人口密度と戦いながらハガキとカードを数枚購入。退散は1時半、ざっとひととおり見て2時間でした。

今日もまた空腹警告灯が点灯。タラアト・ハルブ通りの‘フェルフェラ’、ファストフード部門に駆け込む。隣に併設しているレストラン‘フェルフェラ’は観光客向けの有名店だが、手ごろな値段でエジプト料理が食べられ、味も良いよう。ファストフード部門は食券制。入口で兄ちゃんがシャワルマ(スライスした肉を鉄串に刺して回転させながら焼いたの。ギリシャ、トルコにも共通)を焼いていて、シャワルマサンドなら待たずに5秒で作ってくれるが(肉をそいでパンに挟んでトッピングをのせるだけ)、他のは奥のカウンターで注文する。他国のガイドブックにも載ってるみたいで外国人ちらほら。メニューは入口レジ横に英語で書いてます。

◆ LUNCH ◆

ターメイヤ(そら豆をつぶしたコロッケ)
・トマト・パストラミのサンドイッチ
★★★★
1.25£E(25円)

他のファストフード店やクシャリ店は椅子があるのに、なぜかここだけはなくて立ち食いそば屋状態。初めて口にするターメイヤ、美味し! そら豆の味はあまりしないが、噛むときれいな緑色。ちょうどきれてて注文してから揚げ始めたのか、時間かかってました(レストラン部門でもターメイヤは人気かつ売りみたい)。他の具もかかっているソースもよろし。エジプトのパンはナンみたいな‘アエーシ’が多いが、サンドイッチ用の薄めのは‘カエザル’って言うそう。人の名前にもあったような??

タクシーを拾い、シタデルへ行く。「シタデル」では通じず、綴りも合っているのかどうか怪しく指し示すにはあまりに小さくページの隅に申し訳程度に書かれていたアラビア語表記と、
「イル・アルア!」とフリガナ読んだだけの超アバウトな発音で何とかドライバーに理解してもらう。タラアト・ハルブ広場から20分くらい。この1日半、アラビア語のあふれる南欧の地方都市的なカイロ新市街と、どことなく東南アジアの田舎に雰囲気の似ている郊外しか目にしていなかったため、イスラム地区の光景は走る車の中からだけでもすごーく新鮮で刺激的。92年の大地震でガッタガタに崩れた場所らしいが、そのまんまガレキやゴミと共に生活しているようで、今にもまた崩れそうな茶色いコンクリートの建物、半分崩壊してそのまんまの建物、昨日まで火がくすぶってたんじゃないの?!と思うようなすすけた家々がぎっしり密度高く詰まっている。そして新市街とイスラム地区をつなぐ道路はそんな茶色い瓦礫を下に立体交差していて、タイムスリップしたような不思議な感覚になる。
「ハーン・ハリーリ!」
ドライバーが左を指して教えてくれる。シタデルへの道路からはよく見えなかったが、カイロいちのお土産市場。更に少し走ると、小高い丘の上に城塞のようなシタデルが見えてきた。ふもとで降ろしてくれてもよかったが、検問を通ってチケット売り場の前までつけてくれた。(昨日のサッカラでもそうだったが、車で観光地に入る際、手前でしっかり検問がある。タクシーだろうがバスだろうが、ドライバーは必ず免許証を見せ、その際通行料金を払わなければいけないことも。) 降り際に7£E(140円)を出すと怒ったふりをするのでもう1£Eだけ出して、
「ハラース!!ショクラン!」

シタデル内は思いのほか広い。チケット売り場からモスクまで、上り坂をけっこう歩く。

空に突き出たミナレット(尖塔)が
エキゾチックなモスク
‘ガーマ・ムハンマド・アリ’

実はこのとがったミナレットは
トルコ式でエジプトでは珍しい

しかし目覚ましアザーンが発射される塔




柱のない空間
高いドームが気持ちいい
天井も壁面もアラビア語だらけ
繊細な装飾
ごろり横になってしばし上を眺める

ランプやシャンデリアが全部灯ったら
迫力あるだろうなぁ
(金曜の礼拝の時には灯くそう)



モスク裏からの眺めが抜群!!
瓦礫の中にモスクが乱立する
イスラム地区と
ピラミッドまで一望
遠く後方に見えますか?

こうして見ても
ピラミッドって意外と街に近いんですね

シタデル内には他にも小さいガーマや軍事博物館なんかがあって、奥の方まで歩いて行ってみるが、ガーマには人っ子ひとりいない。軍事博物館も近づくと係員が
「クローズ!」。先ほどのガーマ・ムハンマド・アリ周辺にいた観光客たちもいなくなっている。もしかしてここも3時で閉まるのか?(普段は冬16時半、夏18時まで。)
3時過ぎ、のんびり水を飲みながらチケット売り場のところまで戻ってくると「3時で閉まるんだから早く出ろ」とセキュリティーにしつこく言われる。で、入口を出てすぐ横のベンチに座ってカメラをしまい、さらに水を飲もうとしても、
水なんか飲んでないで早く行け!
と怒られる。
わかったよ、も〜!!(`´+

でまたすぐ先の門の前にはタクシーが数台待機しているからうんざりする。せっかくイスラム地区に来たんだからもうひとつくらいモスクを、と午後のアザーンの流れる中タクシードライバー20人くらいに声をかけられがら、1kmくらい歩く。“世界最大級のイスラム建築”だけあって、たたずまいからしてアラビアン・ナイトを連想させるような‘ガーマ・スルタン・ハサン’、入口の鉄格子は閉まりチケット売り場と思われる小屋にも人はいない。ここも閉まってるのかなぁ・・・とウロウロしていると、またどこかから現れたタクシードライバー?のおやじが、
「開いてるよ!入っていいんだぜ」
と鍵のかかっていなかった鉄格子の門を勝手に開けて私を中に入れる。
「チケットは?」
ノープロブレム、ゴー!
無理矢理背中を押されて少し行くと、やっぱり奥から男2人が出てきて
フィニッシュ!
と追い出され、門に鍵がかけられる・・・
ほらみたことか。それでもタクシードライバーは決してバツの悪そうな態度は見せないし、係員も彼に何も言わないところがエジプト。そんな調子が掴めそうで掴めず、まだ振り回される私。ようやく何か少しずつわかってきたような気はするけれど。

そんな彼の車には乗らず、モスクを少し離れて裏通りに入ったところで猛スピードで走ってきたタクシーを強引に拾う。オールドカイロのコプト美術館へと言えばすぐ通じたが、彼がこれから行こうとしていた方向と違っていたのか、急いでいるのか腕時計を見て一瞬ためらう。が運転席後ろのドアを中から開けて、
「ゲット・オン!」
私が乗ってからも何か考えていたようで、ぶつぶつ独りごとや「今ラッシュアワーだからなぁ・・・」なんてことを(たぶん)言いながら、近道もしくは渋滞の逃げ道でも知りたいのか、運転しながら横に並んだ別のタクシードライバーに大声で何か聞きはじめた。
車と車の幅30cm!! 昔、2台の車がまるでダンスをするようにピッタリ寄り添って走るCMが話題になったが、まさにあれと同じテクニック! やはりラッシュアワー、車の量が多いのでそんなにスムーズには進まないが、それでも停まることのないまま、しかも時々横を見て話しながらでさすがにヒヤヒヤする。
わ〜ぶつかる!! そうやって彼は走りながらナマ無線で数人のドライバーと何か情報交換し、さらに私に何か言いたげだったが英語が出てこないようだった。む〜ん?? 15分ほどでオールドカイロに着き、また7£Eを渡してみると意外に今度の彼はすごく喜んでくれた。ってことは渡しすぎたか?(笑)それとも先ほどのドライバーがボり屋常習犯だったのか? やっぱりまだいまいちわかんないなぁ。しかしはじめて後味のいいドライバーに出会えて、いるんじゃん、こういう奴も! どうかあまたの悪徳ドライバーに感作されることなく生き残ってください、と思わず祈ってしまいそう。彼みたいなドライバーに生き残ってもらわないとダメだゼ!!

ドライバーにはほっとしたが
運転も、そして車もよく見るとすごかった
ドアハンドルがぶっちぎれてて
「どうやって降りるの?」
後ろの方に新しいハンドルが付けなおされてました
(別のところに付けなおすってのもすごいよなぁ)

車の部品屋や修理屋が実に多い

タクシーを降りた場所がどこだかわからなかったりするが、車を降りたところにいた警察官がなぜか懸命?に「メトロ、メトロ」と地下鉄はあっちと指さして教えてくれる。タクシーを降りたところから先は歩行者天国になっていて、警察官の言った通り歩いていくと本当にメトロの駅があった。やっぱり
今日のカイロ人は昨日のカイロ人とは違う?!

アザーンが響くモスクだらけ、ムスリムだらけのエジプトの中で、オールドカイロはキリスト教とキリスト教徒が生き続ける場所。のちに入ってきたイスラム教や他の宗教から幾度も迫害を受けた結果、教会はローマ時代要塞だった高い壁の内側に隠れている。



壁の内側への入り口がわからない!
まさかこことは思わず
前の通りを行ったり来たりウロウロ

この階段を下りて行き、短い地下道を抜けると・・・



その先は
喧騒のカイロとは別世界の静寂
意表をつかれて、ギャップにもびっくり




これ、どちらも教会
とてもそうは見えませんね


なるほど人目をしのんで造られてる
外には小さな十字架があるだけでものすご〜〜く地味だが
内部は座席も多く礼拝堂は立派



気さくな司教が入口でウェルカムドリンク、シャーイ(紅茶)をサービスしている。観光客も少なくて平和、韓国人団体と欧米人がちらほら。

オールドカイロでいちばんの見どころ、コプト博物館も入口が見当たらない・・・としばらくウロウロ探すが、周辺全域修復中で閉鎖中!! 博物館のかなり手前から全周をベニヤ板で囲っていて、そこに10cm四方くらいの“Attention!修復中につき閉鎖されました”という張り紙があるのみ。
今日もまた振られました。こりゃ痛いが、派手な修復ぶりからすると、ラマダンとは全く関係なく(そもそもキリスト教だし)かなり前から閉鎖されている感じだからすぐ諦めはつく。もしかしてさっきのタクシードライバー、コプト博物館が開いているかどうかの情報を聞いてたのかな?
要塞内には教会のほか修道院もいくつかあり、路地は迷路のよう。教会の裏にはひっそりギリシャ正教の墓地がありました。

オールドカイロには一息つくようなところもお茶するところもなく、ラッシュも過ぎた5時、地下鉄でラムセス駅に戻る。
駅のカフェに足を向けるもメニューはアラビア語のみ(値段すら解読不能)、キオスクを物色するもひかれるものはなく1.5リットルのミネラルウォーターだけ買い、ホーム横、荷物預かり所近くのベンチに座ってハガキを書く。隣に座っていたじいさんになぜかパンをさし出されてちょっとびっくりするが、彼はちょうど日が暮れて食べられる喜びをかみしめてるようだった、嬉しかったのかな。一方ペットボトルを横に置いていたところ、通りかかった子供らに「水くれ、水!」みたいなことも何度か言われました。目を離せばすぐ持ってかれそうな感じ。日が暮れると急に寒くなって(たぶん10℃くらい)、ホームで待つのはちょっと辛い。噂には聞いてたけどすごい気温差。

7時過ぎ、荷物を取りに行く。朝預けた時と同じ、怖い顔のじいさんはまだ同じ場所にいて、「ワシの顔覚えてるか?」って感じで何も言わず自分の顔を指す。
「もちろん!」
プラットフォーム8番に行くまでにも何人かの駅員が「チケット見せろ、あ〜、あっちだ」。時間通り30分前、列車が入ってきた。1号車のところへ行き、車掌にチケットを見せるとそばにいたポーターがハラリと荷物を持ち上げ車内へ案内してくれた。その間たった10秒だが当然のようにバクシーシを要求する。ここで困ってしまう。1£Eを持っていなかったのだ。10£Eを出して、
「小さいのないんだけど」。
すると奴はどこへかお釣りを取りに行き?わざわざ部屋まで戻ってきて5£Eを出そうとする。
たったこれだけで5£Eはありえない!! 相場は1£E〜50pt。首を横に振ると1£Eずつ追加していくが(持ってんじゃん)、8£E出したところでまだダメと首を振ると奴は怒って出て行った。なんてやつ!! でまたちょっと裏切られたような気分になる・・・あ〜あ。
ところで車内。寝台は全室2人部屋で(2人1室だと1人US$50になります)1人の場合、他人との相部屋はなし。各部屋に洗面台と石鹸やコップ、タオルも付いているが、本当に‘高級寝台車’を期待して乗ると、豪華さは全くなくいたって普通(どころかわりと地味)なのにがっかりするかも。それでも最近の寝台旅では中国だが、それより幾分快適だし、思えば個室寝台1人利用も初めてだ。

8時、定刻に列車は何のアナウンスも発車の合図もなく静かに滑るように動き出した。隣近所大変静かだが、1号車は満室のよう。
しばらくして、ヒゲ生やして髪もややフサフサにした坂東英二みたいな乗務員が飲み物のオーダーを取りに来る。蝶ネクタイが似合ってるんだか似合ってないんだかわからないムッシュー坂東は、さすがに万国共通のサービス精神を持ち合わせているジェントルマン。仕事ぶりはとても気持ちいい。朝食のコーヒー・紅茶は料金に含まれているが夕食の飲み物は別料金。オレンジジュース3.5£E(70円)をお願いするとすぐ持ってきてくれるついでにテーブルセッティングをして行く。続いて9時前、部屋に夕食が運ばれる。気持ちいいのでそこで1£Eを渡すと、とっても丁寧にお礼を言われてお互いハッピー。

チケットに含まれる夕食。見た目はまさしく機内食だが、意外にかなり美味しかった。特に不味そうに見えるシチューやクッキーに硬そうなチキンも予想に反するお味、しかもかなりなボリューム。

◆ DINNER ◆

左下から時計回りに
オレンジ ★★
ピクルス ×
クッキー ★★
ラム肉のシチュー&ライス ★★★★
チキンのグリル ★★★
パン ★★

今日もかなり空腹だったが量の多さに完食ならず、3分の1は残してしまう。ムッシュー坂東はトレイを下げると同時にベッドメイキングもしていってくれた。
「明日はルクソールまで?アスワンまで?」
「アスワンです」
「じゃ7時に朝食だよ」
車両のトイレもエジプトにしては珍しく(っつうかエジプトに降り立ってはじめて)トイレットペーパーと紙タオルまでついている。部屋の空調、パワーは弱いながら寒いので暖房にしてみたところ、今度はめちゃめちゃ乾燥する。静電気おきるしノドが渇く。列車はたぶんナイル川沿いを南に向かっているのだが、暗くてよくわからない。部屋も書き物をするには暗すぎるので10時消灯。
アスワンでは何が、誰が待ち受けてるのでしょう??


                                
      Continue...



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