6:45起床、まだ薄暗いうちから隣の部屋のシャワーの音が気になり、気になり始めるとTVの音、話し声、出入りの音全てがやかましい。我々の部屋は正面玄関に面した2階の部屋で、今朝は窓を閉めていてもバスのエンジン音までもが気になる。
7時過ぎ、今日も朝食はバイキング。
| ◆ BREAKFAST ◆ |
フレンチトースト ××
オムレツ ★★
オレンジジュース
らっきょう |
目玉焼き ★★
ビーフン ★★
クラッカー
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すでに団体客が食い荒らして行った後なのか料理は残り少なく、追加される気配もないどころか取り皿までない。しかもフレンチトーストは油べっとりで不味い。食べていると昨日のトムヤム君が、客が去った後のテーブルを片付けている。我々に気づいて、しかし今日はメニューの日本単語を言うわけにもいかず、“グッモーニン、ハワユ〜?”なんてやや照れくさそうに挨拶してくれる。照れくささを取っぱらってやるように元気に挨拶を返してみると、やはり彼は我々と話がしたくて仕方なかった(?)様子で、つたない英語で嬉しそうに「今日はどこに行くの?」「いつまでここにいるの?」といったことを聞いてきた。残念ながらこの後すぐチェックアウトなんだけど・・・。「ねえねえ、名前なんていうか聞いてよ」とTママに押されて、席を立ちながら最後に名前を聞く。彼は自分の胸に手をやって名札がついていないのに一瞬‘しまった’というような顔をしたが、私が手帳とペンを出すと安心して“CHHAI”と書いた。気も弱そうだが筆圧も弱い。で、社交辞礼かも知れないが我々の名前も知りたがったので、書いて渡しておく。
「チャイ君、ありがとね、さよーなら!」
シェムリアップNokor Phnom(ノコール・プノム)Hotelレストランのウェイター、チャイ君はなかなか良いキャラでした。
今日午前中は本来フリーだが、昨日我々4人、ソプランさんにオプションをお願いしておいた。飛行機が出るまでの間、トンレサップ湖の水上生活半日観光。湖までの送迎と遊覧船代にもちろんソプランさん付きで1人$25。8時半、チェックアウトすべくロビーに下りると、ソプランさんはもう待機してくれており、荷物を車に積み込む。
「おはよーございまーす!」
湖の遊覧船乗り場までは車で20分くらい。ホテルからアンコール遺跡へ水田の中を伸びる舗装道路とは一転、湖までは両脇に高床式民家の続く未舗装デコボコ道。道は悪いが、道端で朝ご飯を作っていたり、髪を切っていたりと庶民の生活が垣間見られて面白い。扉も窓もない、板と柱だけの質素な家は中も丸見えで、しかしぶら下がっているフライパンや鍋はどれもピカピカで綺麗に洗われている。各家に1つは必ずハンモックもある。
「雨期は、ここまで水が来ます。」
トンレサップ湖が実は東南アジア最大の湖であることをここではじめて知る。しかし雨期の湖は乾季のそれの4倍にも膨張するんだとか。船乗り場付近にはもう先着の観光バスやワゴンがたくさん乗りつけていて、徐行しながら進む我々のバンにも、物売りに混じって船頭やらガイドやらが寄ってたかってくる。
車を降り、10人乗りくらいの屋形船風屋根つき(もちろんエンジンつき)観光船に乗りこむ。
船頭のおじさんともう1人
まだ8、9才と思われる男の子が
しっかり舵を握っていてたくましい |
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湖はほとんどの東南アジアの川がそうであるようにコーヒー牛乳色に濁っているが、臭いはほとんどない。まさに『世界ウルルン滞在記』で取り上げられるような生活光景。
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水上生活者人口も家も予想以上に多く
商店に学校
病院まで全ての必要施設がちゃんと揃っている
もちろん船で行商に来る八百屋・果物屋から
買うことだってできる |
遺跡周辺とはまた全く違う
カンボジアの一面に
Tママはいろんな思いを巡らせ
考えにふけっている様子で
「こういうところで
1週間生活しろって言われたら
出来る?」 |
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先日、岸田今日子が似たような水上生活を体験していたそうだが、彼女の体力・精神力と好奇心・チャレンジ精神etc・・・ひっくるめてバイタリティー(と言っていいのか?)はもう女優という枠など関係なく、本当に凄いですね。
強いられれば私だってできなくはないだろうが、この水で顔を洗いご飯を炊く・・・と考えるとそりゃ抵抗はある。でも水上生活者は、湖で捕れる魚を糧に生活している漁民なんだし、2日間ホテルで食べた魚介にはこの湖で捕れたものもあるはず。衛生面上のことを言えば、ベネチアの小さい運河(ほとんどドブに近い)の水で顔を洗えって方がよっぽど抵抗あるし、最高に臭くゴミだらけで不衛生な日本の川といって思い浮かぶのは、最近ゴミとへドロすくいが行われた道頓堀。あんなドブ川にダイブするなんざ、いくら酒が入ってようが凡人にはとても出来ない!と思うのは私だけ?? ちょっと話がそれちゃいましたが・・・この水上生活風景だけでなく、カンボジアの人々の生活の様子はなんとなく終戦後の日本を彷彿とされるところがあると、Tママは感慨深そうでした。
1kmほどにわたって家が並び
集落が途切れると
その向こうには島もなく
ただただ広大な湖が広がるばかり |
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船はスピードを上げ、そんな何もない湖の沖に出ようとするが、少し沖合いに出たとたん急に波が高くなり、船全体が絶叫マシーンに変貌!! 座っている椅子ごとひっくり返りそうになり、ソプランさんも一緒になって全員ギャーギャーわめきながら柱につかまる。立とうものなら船から振り落とされそうなくらいに揺れ、船に弱い私は一瞬にして船酔いの危機に! 本当はもっと沖まで出て遊覧を楽しむらしいが、あまりの波の高さにさすがの船頭さんもこれ以上沖に出るのは諦め・・・とすぐに集落の方に船を戻してくれて、やれやれ。
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帰り、
“ういているしまといういみの
コッオンデートは
かんこうきゃくのための
さかなをかっているところです”
と、平仮名だらけで
何が言いたいのかよくわからないが
珍しく?誤字も文法の間違いもない
日本語の看板がかかった
水上マーケットに立ち寄る |
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湖で捕れたらしい鍋いっぱいの茹でた小エビが置いてあって、ソプランさんとTママとともにちょいとつまむ。確かに看板に書いてある通り、魚も販売していたが(ワニも売ってた!!)ここでんなものを買う日本人観光客がいるはずがなく、結局別の船で連れて来られた日本人も、例によってコットンやシルクの雑貨を見たり買ったりしている程度。しかしTママはここでもシルクのスカーフや綿のストールを数枚に綿の小銭やポーチを数個、すでに残り少ないUS$現金をほとんど使って購入、私もはじめて綿の大判クロス(2m×1.5mくらい)$8を買ってみる。象の柄が紺地に金色で刺繍されていてカンボジアというよりタイっぽい。インテリアにするにはけばけばしく、あまり実用的な大きさでもなく、用途は結局膝かけくらいか。KH・YH2人はクッションカバーを買っていた模様。
空港に戻る前に、オールドマーケット(市場)に立ち寄るが、さらにその前にUS$を使い果たしたTママは銀行に寄ってもらって両替し(もちろん観光地なので日本円キャッシュも問題なく両替できます)、さらにさらに郵便局に寄ってもらう。郵便局はそれらしき表示も案内も目印も全くなく、道路から敷地内を少し入って行ったところにあるみすぼらしい小屋で
「これが郵便局?!」
観光客にはわかるわけがないので、ハガキを出すだけの人は、ホテルで投函を頼んだ方がいいでしょう。記念切手は充実していて、わりと質も良く種類も豊富だが、5枚セットがUS$5〜7と、どう考えても額面の倍以上の値段で高い。日本じゃ使えないし(記念モノで実用的なものなんてないですね)・・・それでもさすがTママはちゃんと切手好きな人の為にと買ってました。私はいつものごとく10通ほどを投函。日本までハガキは1通1700リエル(=US$0.6、約70円)で、よくよく換算すると他国と比べても平均的な値段。
オールドマーケット。それほど広くない敷地内に小さな商店がぎゅうぎゅうに詰まっていて、魚・肉・野菜をはじめ果物まで食料品はどれも元気。
見たことのない形の何かの干物が
頭上いっぱいにぶら下がり
棚の上に並べられた
漬け物ビン(?)の中では
正体不明の実だか生き物だかが
世にも恐ろしい物体へと
化学反応を起こしている |
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コットン・シルクの布など衣料品、銀製品、籐のカゴなどを売る雑貨屋も豊富で、まずソプランさんは「シルバーのアクセサリーを買いたい!」という我々のリクエストにしたがい、信用のおける店へと案内してくれた(偽物を掴ませる店も多いらしい)。
YHさんはターコイズの入ったリングとブレスレットを揃いで、Tママは象をかたどったリングを愛娘TYちゃんへのお土産にと購入。デザインもわりと豊富でそこそこよろしい。値段は従量制で、店員の姉ちゃんははかりで重さを量る。Tママのリングは値切ってUS$10とべらぼうに安いわけではないが、まぁお買い得。Tママはもうすでにシルクのスカーフを20枚くらいは買っているというのに、ここでも懲りずに10枚ほど買ってたような。私は「これぞ!」というものを見つけられず、全てをベトナムに期待することにして何も買わず退散。
1時、オールドマーケットを後に空港へ。ソプランさんはガイドとしてももちろん、人としてもよくできたいい方で、採点させてもらうと120点満点。ハードスケジュールでも我々を焦らせることは決してなく、希望は全て聞いてくれたし、なんといってもやわらかな物腰が癒し系でした。
「またシェムリアプに来られることがあったら連絡してください」。
荷物をバスから降ろし、そこにいたポーターを捕まえて写真を撮ってもらう。ここではじめて、ソプランさん、ドライバーさんも含め6人全員での記念撮影。ホーチミンまではバンコク・エアウェイズの子会社?シェムリアップ・エアウェイズ(飛行機はバンコク・エアウェイズでした)、チェックインしたらあとはもう出国。
「私はこの先入れませんから、ここで皆さんとお別れです。」
「さようなら、ありがとう、お元気で!」
ソプランさん、本当にお世話になりました! しかしソプランさんと別れた直後の空港内、迷うほどの広さでもなく、店も物も何もないにも関わらず出国税$15をどこで支払うのかわかりにくく、そのまま出国しようとすると手前のブースでチケット買ってこい、と言われて戻る。Tママは、入国時に係員にボールペンを貸したまま返してもらえなかった(こっちが返してもらうのを忘れてたところもあるんだけど)のを覚えていて、「返してもらわなくちゃ」と言っていたが、出国手続きのところにいた係員は当然入国時とは別人で、結局返してもらえず。待合ロビーには簡素な土産物屋があるが、これまたさっと品物をチェックしたTママ、
「高いし全然数がなかったわ」。
もうそんなに買ったんだし、まだこれからベトナムがあるんですぜ! ロビーは欧米人で混雑していたが、彼等は一足先にバンコクだかプノンペンだかへの便で行ってしまい、残ったホーチミンへの乗客はさほど多くない。ここまでの支出といえばほとんど全てぴったりの$払いで、カンボジア・リエルは郵便局で切手を買ったお釣り数十円程度しか持っていない私は使い切る必要もないが、いくらかリエルを持っていたTママは使い切るべくコーヒーカウンターでビスケットを買ってきた。昼2時、お昼を食べてない我々、つまんで空腹をしのいでおく。
ホーチミンでは観光ガイドは付かず全くフリーゆえ、今頃になってようやくガイドブックや雑誌の切り抜き、コピーなど資料を総動員させて到着後の行動を考える。ホーチミンのホテルはKH・YH2人とは違うようで、しかも彼女等は1泊延泊し我々より1日遅れで帰国することが判明。しかも彼女等の利用ホテルはどのガイドブックにも載っておらず、通りの名前で地図を調べてみても、どの辺りかすら見当がつかないという。にしても、旧正月の方が盛大なこちらでは正月の準備といったものが見られない上、暑いのもあって今日が大晦日だってことを忘れそう。そうだ、年越しカウントダウンしなくちゃ!! 年越しの乾杯&カウントダウン話を提案したところKH・YH組も大賛成。しかし彼女等は今日ホーチミンに着いたらすぐアオザイのオーダーをしておきたいとのこと、一方の我々はホーチミンの超有名ベトナム料理レストラン‘マンダリン’の予約が取れればそこでディナーにしたいということで、各々目的を済ませたあと、夜10時半にサイゴン川沿いのホテル・マジェスティック1Fの‘シクロ・カフェ’で待ち合わせの約束をする。彼女等もホーチミンでのショッピングには熱を入れているようで、ガイドブックにはいくつも印が付けられ、下調べは万全の体制。
14:40、再びプロペラ機でカンボジアを後にする。
こういう小さな航空会社や
短距離ローカル線の場合
自由席ってことがあるが
(フィンランドの国内線なんかはそうでした)
国際線なのでさすがに指定席 |
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またホーチミンまで1時間強の間に簡単な食事と入国カードが配られ、まだまだホーチミンの予習もしないといけないわで忙しい。
16:00 ホーチミン、タンソンニャット空港、思ったより綺麗。だが、パスポートコントロールは大行列。冷房がなく(効いてない?)蒸し暑いホールに40分くらい並ばされる。日本人も多いが、欧米人だか豪人だかも多い。人のこと言えないけど、大晦日という日にベトナムにこんなに大挙してやって来る観光客って・・・。ふと、こんなに多くの入国者全員から徴収した1万円近いビザ代、その大金はいったいどこに消えてるんだろう?なんてことが頭をよぎる。
やっと入国手続きを終え、荷物を受け取って到着ロビーに出ると、そこも迎えの人達やらなんやらで大混雑。またKH・YH2人の方が先で、我々の出てくるのを待ってくれていた。ホテルまで送ってくれる現地係員は、小柄で華奢で地味で目の離れた、網浜直子ほど美人ではないけどどこか似たところのある若い女の子。小柄で地味なせいか、下手すると高校生くらいにも見える。「こんにちは、よろしくお願いします〜」と言ったものの、すぐに彼女の日本語のあまりのたどたどしさに驚いてしまった。ホイアン出身という彼女、大学か語学学校だか、アジア学科で日本語の勉強をはじめてまだたった2年目だと言う。2年でここまで話ができるというのもすごいが、2年生をガイドにしてしまうベトナムって国もすごい。しかしその後2日間ホーチミンの街を歩いて納得。ブームとはいえ日本人観光客の異常なまでの多さにもびっくり、ハワイにも負けないんじゃないかと思うほど・・・ここまで日本人が多いと日本語ガイドは間に合いっこない。
空港前は到着階と出発階で道路が立体交差になっていないからか、駅前広場のような雰囲気。なんとなく、古い映画で見る40年前の日本って感じ。そして広場には車とバイクと人が溢れかえっている。ここでもやはり8人乗りくらいのバンでホテルへ。あまり広くない道路はバイクの大洪水!!! 音もすさまじいが空気も悪く、道路沿いの建物まで排気ガスで汚れているように見えてくる。中国の自転車の洪水はなかなか壮観で不快なものではなかったが、バイクの洪水はスピードと勢いがあるだけに威圧感がある。しかもホーチミンのひったくり・スリの多さは悪名高く、日本人の被害はうなぎのぼり、特にバイクで後ろからひったくる悪質な手口が問題になっていることを思うと怖くなってくる。4人とも、想像以上の光景に、
「歩くの怖いかも・・・」。
このバイクの数はいつものことなのか、夕方のラッシュなのか、それとも大晦日のお祭り騒ぎなのか、もう全くわからない。そんなバイクの流れに車の方が肩身狭い思いしながら20分ほどでホテルに到着。我々のホテルの方が先で、KH・YHさんとは夜の再会を確認して別れる。
「またあとでね!」
係員の彼女も我々のチェックインを済ませたら、明後日の集合時間とチェックアウトの時間だけを言ってまた車に戻り、次のホテルへ向かって行った。
統一会堂裏手、戦争証跡博物館向かいの小さなホテル、インターナショナル。雑貨屋目白押しのドンコイ通りまで歩いて15分ほどで、立地も部屋も悪くはないが決して良くもない。ホーチミンのホテルの中では‘中の下’といったところか。レックスやマジェスティックなど歴史ある高級ホテルも1万円以下で泊まることができるホーチミンでは、可能ならホテル指定すべきです。ちなみに、私の目にホーチミンでいちばん良さそうに映ったのはサイゴン川沿いの‘ルネッサンス・リバーサイド’。いわゆるコロニアルホテルではありませんが立地、建物の立派さ新しさ、レストランやカフェ、ホテルマンの様子など全てが良さそうでした。
で、今夜のディナー! もう6時過ぎているし超有名店、しかも大晦日。ダメもとで予約を当たってみる。部屋から電話をかけようとしてもなぜか通じず、フロントの姉ちゃんに‘るるぶ’を広げてお願いする。
「ここのレストランに今晩8時半に予約してもらえる?」
彼女は‘るるぶ’にある番号をなぞりながらメモし、私の名前と時間も書きとめてから受話器を取った。なかなかテキパキしている。ダメもとのつもりだったが予約できたようでラッキー! 夕食までのひととき、さっそく雑貨屋の下見に繰り出す。
もう薄暗い中、地図だけを頼りに統一会堂前を通り、ドンコイ通り方面へ歩く。会堂前の広場には新年を祝うイベントが行われるのか、仮設ステージや夜店にミニ移動遊園地ようなものまで出現し、大音量で音楽が流れ風船を持った子供連れなんかが集まってきている。その広場を抜けるとまた行く道はバイクの洪水。バイクに乗る人は男も女も皆、排気ガス避けのマスク代わりに三角に折ったハンカチで口と鼻を隠していて、何かの本にあった通りの月光仮面集団。よく言ったもんだが顔を隠しているのが犯罪者みたいで余計に怖い。フルスピードで走り抜けるバイクから引ったくられたらひとたまりもないが、バッグは歩道側にしっかり抱え、歩道の端の方をやや緊張して歩く。
そういえば$は持っているがVND(ベトナム・ドン)を持っていない我々、これじゃタクシーに乗れない、というわけでまず両替。ドンコイ通りの雑貨屋は夜10時くらいと遅くまで開いているところが多く、周辺の両替所も深夜まで開いている。VNDは再両替しにくくレートも悪いので、買い物も食事は極力カードで、使えるところでは$も使うということでまず2人で1万円だけを両替すると、案の定札束が返ってくる。1万円=1276000VND、つまり1円=約130VND。相変わらず桁が多いのは苦手! トルコを旅したHMちゃんも言っていたが、
「ゼロ1個くらいつけ加えられてもわからん。ボラれそう・・・」。
すぐその場で札束を数えるが、数えるのもイヤになってしまう。
ドンコイ通りをサイゴン川に向かって歩きながら、目についた雑貨屋・ブティックに適当に入る。シルクやコットンのワンピース、アオザイ、刺繍のバッグに靴、籐製品、バッチャン焼をはじめ青磁の陶器、水牛の角のカトラリーetcどの店も物・物・物。予想していたほど安くはないが、オーダーメイドや手の込んだ刺繍製品などは日本の3分の1以下の値段でデザインもあか抜けている(ただし‘あか抜け度’は店・ブランドによって差あり)。
10軒目くらいに覗いたシルク製品の名店‘KHAISILK’(カイシルク)は有名デザイナーの店だけあってあまり安くはないが、さすがに店内は商品もディスプレイも雰囲気も洗練されている。店員の女の子も真っ赤なアオザイで可愛い。Tママが自分の店に置く商品探しにバイヤーの目になっている間、私はマイペースな店員の1人と世間話をしちゃったりしてしまう。彼女は、
「この曲知ってる? 私大好きなのよね〜」
と言いながら店内に流れるABBAの‘Happy New Year’に合わせて鼻歌を歌い、
「ねえねえ、日本語教えてよ」
と、手にしていたガイドブックのカタカナを指して読み方を聞いてくる。彼女の喋りのペースにはめられ、Tママそっちのけで店の片隅で日本語講座を開かされるところだったが、カタカナの読みと単語を2、3教えるだけにして、Tママの商品選びに参加。ブラウスとバッグを合わせて5〜6点購入、各$30〜50といったところ。にしても、少し話をしただけでなんだかこっちまで楽しくなってくる、うらやましいほどの奔放さと可愛らしさを感じた子、積極的そうでもありました。名店というと高飛車な店員が多いけれど、こんなキャラ。そうそういないんじゃないかなぁ。ショッピングもだけど、楽しかった!
カイシルクで思わず時間を食ってしまったので、急いでマンダリンへ直行する。サイゴン川沿いの道から細い路地を少し入ったところで目印がなくわかりにくい、とあったが、タクシーに乗るほどの距離でもないので、地図とカンを信じて歩いて行く。本当に何の目印もなく、ここで合っているのか?とやや不安になりながらも、
「これで着けたら感動してくださいね!」
と言いながら、バイクで溢れる大通りから一転、極端に人通りの少ない路地へと折れる。どう考えてもこの先に名レストランがあるとは思えない雰囲気で引き返そうかと思いかけた時、先に‘らしき’建物が・・・前まで行き小さな入口の門の上に“Mandarin”の看板を見た瞬間、鳥肌!! この時ばかりは、自分で自分のカンの良さに感動しちゃいました。古い1軒屋を改造したという店の隠れ家指数高し。
予約の時間よりやや遅れて9時、門のところで客を待っていたボーイに名前を告げると、即、階段を上がって3Fいちばん奥の席に通される。床も家具もアンティークなウッディー調でシック、照明は最小限におさえていてやや暗すぎる気もするがクラシカルで高級店の雰囲気は抜群。が、客はわりとカジュアルで賑やかなのでほっとする。内部は3F建てで2Fはすでに満席の様子、3Fも我々がテーブルに着いた時には空席があったが、間もなく全て埋まった。よく数時間前に予約が取れたもんだ。
今年最後の晩餐ってことでボーイにすすめられたシャンペンで乾杯し、さらにグラスワイン赤を頼む。料理は、この後の2次会?を想定し少なめに3皿。
◆ DINNER ◆
生春巻と思ってオーダーしたところが
なんと揚げ春巻だったが
薄い皮はパリパリで香ばしかった!!
揚げ春巻 ★★★★★
(何のだったか忘れちゃいましたが) |
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カルパッチョ ★★★★
エビ入り炒飯 ★★★★
グラスワイン赤 ★★★★
シャンパン ★★★★
2人で456000VND(US$30)
チップ込み約4000円 |
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味は全て文句なし、もちろん完食。テーブルメイキングも食器も、盛り付けもぬかりなく素晴らしく、しかも2人で約4000円と驚きの安さ。しいて言えばメニューがベトナム語とその下にやたら長い英語でわかりにくかったのと、やはり暗すぎて料理の色がわかりにくかったのが難点だが、総合評価5つ★。しっかし隣のテーブルの欧米人がフルコース、7皿か8皿ととにかくもりもり食っていたのと、後ろのテーブルを6、7人で囲んでいた日本人グループが、デザートを食べてから勘定してもらい、その請求書を眺めて1時間以上あれやこれやと悩み、もめ(?)、話しこんでいた?!のが気になって仕方なかった私。
マンダリンから来た道を歩いて戻る。サイゴン川沿いを歩いて2次会待ち合わせのホテル・マジェスティックまで1km弱、さっさと歩けば10分ほどの距離なのに、これから新年の瞬間にかけて何かが起きるのか、気持ち悪いほどおびただしい数のバイク2人乗り連中が集まってきていて、歩くのもままならない。カップルだったり男同士だったり、はたまた親子っぽい2人乗り(たまに3人乗り)連中は皆集まっているだけで何をするともなく、乗ったまま川を眺めたり話をしたり、ただ走りまわっている風だったりで全くわからないが、よくまぁこんなにバイクがあるもんだとその台数に驚いてしまう。信号のないところを横断するのはほとんど命がけで、タイミングをみながら我々は手をつないでバイク洪水の間を渡り、1km行くのに30分以上もかかってしまったか、約束の10時半に1時間遅れてやっとの思いでホテルにたどり着いた。
「彼女達、待っててくれてるかしら?もう帰っちゃったかしら?」
1FのCyclo Cafe(シクロカフェ)は24時間か深夜までかちゃんとまだ営業はしているが、やはりカフェにもロビーにも2人の姿は見えない。が、せっかく来たし待ってみようと川沿いの席につく。大きなガラス窓を隔ててすぐそこにバイク集団がたむろしているが、1枚のガラスの内外は別世界。騒音と蒸し暑さはここにはなく、客観的に外の喧騒を見ることができる。この時間、メニューはドリンクだけで客も数人しかいないが、夕方には川を眺めながらベトナム料理やスイーツを堪能できる人気カフェ。私はアイスレモンティー、ママはパイナップルジュースを飲みながら、今朝までいたカンボジアとあまりに違う光景に半ば呆れながら新年の瞬間を待つ。結局KH・YHの2人は現れず、膨れ上がったバイク集団がカウントダウンを行うこともなく、ホテル内も何の変化もないうちに時計の針は12時を回ったが、間違いなく、忘れられない壮絶な年越しに。だって、これからまだこの大騒ぎな街の中をホテルまで帰んなきゃいけないんだもん!!
12時半、さすがに眠くもなってきて、しかしバイク軍団が引く気配もないので、帰るべく勇気を出して再びホテルの外へ。バイクの少ないところまで歩いてタクシーに乗るつもりだったが、行けど行けどバイクの嵐でタクシーを拾うのすら難しい。拾ったとしても大渋滞で、もうこれは歩いた方が早いに違いない、と20分以上歩いてやっとこさホテルに転がり込む。いやあ〜、花火大会や野外ライヴの帰り以上に大変でした!! 2人には約束を果たせず悪いことしちゃったけど・・・疲れたぁ。しかし明日も1日街歩き、またこんなバイク洪水の中を歩かなくちゃいけないの?? でもさっそくカイシルクでいい物を買えたと嬉しそうなTママは明日からの雑貨買い出しにも意欲満々で、私の方が街の喧騒とエネルギーに押しつぶされそうなのでした。
Continue... |
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