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今日も雲ひとつない空
結局この旅行中
ほとんど雲を見なかった
クロワッサン、スクランブルエッグ
ハム、チーズ、トマト
グレープフルーツジュース
食べていると
猫が物欲しげに寄ってきて
見つめられる |
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11時頃、チェックアウトは12時だと確認の電話がかかってくる。チェックアウトしてからタウンに食料の買い出しに出かけ、クロワッサン、クラッカー、ポテチ、リンゴや洋梨等を買い、ホテルのダイニングで果物をむいて食べ日記を書く。出会った人や食べたものを走り書きしてきた日記も、いつの間にかノート30ページに及んでいる。
14時、ホテルのバンで港へ。15分ほど前に巨大なフェリーが入港してくる。多くの人、車が降り、また同じくらいの人と車を乗せてアテネに向かう。HMちゃんと別れの時。トルコからハガキ出すよう頼み、今日までに撮ったフィルムを彼女の分も全て受け取る。HMちゃんはフェリーの出る23時まで、
「そのへんに荷物預けてふらふらしてるわ。頑張って帰りや、仕事も頑張ってな」。
プー太郎の彼女はこれから日本に帰ってすぐ仕事なんて考えられないと言わんばかりに、トランクとリュックと地球儀を抱えて去りゆく私を気の毒そうな顔で見送ってくれる。かくいう私も「早く再就職しなよ」と口には出さないが、顔には書いてたかも。
ピレウスへのフェリーはティノス島、そして再びシロス島にも立ち寄る。ミコノス出航時には空いていた船内もティノス島で客を拾いすぎて一気に大混雑、平和だった客室もつかの間、急に混沌となる。エコノミークラスの客室ではラジカセ持参の地元人が周りの目も気にせず大音量でブリトニー・スピアーズをかけ、男たちはカードゲームに、女の子連中はお喋りに興じ、家族連れは船内でファーストフードを買ってきては食べ、とにかく地元人が多くて信じられないほどうるさい!!が、それでも私はソファで横になり3時間ほど熟睡。やはり、寝ても寝てもなお眠い。
そんなお祭り騒ぎ状態のフェリーも21:30、無事ピレウスに到着。ところで、後日届いたHMちゃんからのエアメールにはこんな記載が。
“20時すぎのピレウス行き(高速艇)が欠航かなんかわからんけど皆バスに乗らされてえらいことになってました。フェリーで帰ってよかったねぇ”
ところがフェリーを降りたはいいが方角が全くわからない。簡単なピレウスの地図は持っていたものの、もちろん日は暮れて真っ暗。港は大きく、フェリーが着いたのがどの埠頭かもわからない。皆が歩いていく方について行き、まだ開いていた旅行会社で地下鉄の駅を聞く。
「まっすぐ行って左よ」。
教えられた通りまっすぐ行くと交差点が5差路になっていて、「は?」って感じ。交差点で辺りを見まわしキョロキョロしていると、
「メイ・アイ・ヘルプ・ユー? ドゥー・ユー・ニード・サム・ヘルプ?」
筧利夫みたいな顔の通りかかりのおじさんに助けられる。
「イエス・プリーズ、地下鉄の駅はどっち?」
「フォロー・ミー、カム・ウィズ・ミー!」
彼は私の荷物の多さも気にしない様子で早足でスタスタ歩く。アテネでバスターミナルを教えてくれたおばさんもそうだったが、ギリシャ人は意外と歩くのが早いかも。彼は英語を話すがそれも超早口!で、
「どこから来た? 日本は来年行くよ。僕は医療機器の仕事やってる。アジアはいろいろ行ったよ、日本やシンガポールははきれいな国だね」。
こちらは荷物を抱え、早歩きの彼と話についていくのに懸命で、したがって地下鉄の駅は結局どのように行ったのか、どれほど歩いたのかも覚えていない。
「ところで何島行ってきたの?」
「クレタとサントリーニとミコノス。さっきミコノスから帰ってきたの。」
「あとどのくらいこっちにいる?」
「もう明日帰るよ」
「そうか〜、何時の飛行機?」
彼は空港までの行き方やタクシーは高いからやめとけなんてことまで教えてくれ、気づいた時には地下鉄の駅。地下鉄の切符をくれて、電車まで案内してくれる。すっかり彼もこの地下鉄で市内へ行くのかと思いきや、
「シンタグマへは7つめで乗り換えなきゃいけないよ!」
と去って行った。まあ!!筧さんは地下鉄で帰るんじゃなかったのね!なのにわざわざありがとう!!
シンタグマ広場まで20分ほど、広場にはこの時間でも大道芸人がいて人だかりができている。ホテルはこの旅でいちばん立派、広いツインルームだが、リゾートアイランドから戻ってきた身には味気のない冷たいシティホテル。 |
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