MYKONOS >>> ATHENS 11 / JUN *MON*



今日も雲ひとつない空
結局この旅行中
ほとんど雲を見なかった


クロワッサン、スクランブルエッグ
ハム、チーズ、トマト
グレープフルーツジュース
食べていると
猫が物欲しげに寄ってきて
見つめられる

11時頃、チェックアウトは12時だと確認の電話がかかってくる。チェックアウトしてからタウンに食料の買い出しに出かけ、クロワッサン、クラッカー、ポテチ、リンゴや洋梨等を買い、ホテルのダイニングで果物をむいて食べ日記を書く。出会った人や食べたものを走り書きしてきた日記も、いつの間にかノート30ページに及んでいる。

14時、ホテルのバンで港へ。15分ほど前に巨大なフェリーが入港してくる。多くの人、車が降り、また同じくらいの人と車を乗せてアテネに向かう。HMちゃんと別れの時。トルコからハガキ出すよう頼み、今日までに撮ったフィルムを彼女の分も全て受け取る。HMちゃんはフェリーの出る23時まで、
「そのへんに荷物預けてふらふらしてるわ。頑張って帰りや、仕事も頑張ってな」。
プー太郎の彼女はこれから日本に帰ってすぐ仕事なんて考えられないと言わんばかりに、トランクとリュックと地球儀を抱えて去りゆく私を気の毒そうな顔で見送ってくれる。かくいう私も「早く再就職しなよ」と口には出さないが、顔には書いてたかも。


ピレウスへのフェリーはティノス島、そして再びシロス島にも立ち寄る。ミコノス出航時には空いていた船内もティノス島で客を拾いすぎて一気に大混雑、平和だった客室もつかの間、急に混沌となる。エコノミークラスの客室ではラジカセ持参の地元人が周りの目も気にせず大音量でブリトニー・スピアーズをかけ、男たちはカードゲームに、女の子連中はお喋りに興じ、家族連れは船内でファーストフードを買ってきては食べ、とにかく地元人が多くて信じられないほどうるさい!!が、それでも私はソファで横になり3時間ほど熟睡。やはり、寝ても寝てもなお眠い。
そんなお祭り騒ぎ状態のフェリーも21:30、無事ピレウスに到着。ところで、後日届いたHMちゃんからのエアメールにはこんな記載が。
“20時すぎのピレウス行き(高速艇)が欠航かなんかわからんけど皆バスに乗らされてえらいことになってました。フェリーで帰ってよかったねぇ”

ところがフェリーを降りたはいいが方角が全くわからない。簡単なピレウスの地図は持っていたものの、もちろん日は暮れて真っ暗。港は大きく、フェリーが着いたのがどの埠頭かもわからない。皆が歩いていく方について行き、まだ開いていた旅行会社で地下鉄の駅を聞く。
「まっすぐ行って左よ」。
教えられた通りまっすぐ行くと交差点が5差路になっていて、
は?って感じ。交差点で辺りを見まわしキョロキョロしていると、
「メイ・アイ・ヘルプ・ユー? ドゥー・ユー・ニード・サム・ヘルプ?」
筧利夫みたいな顔の通りかかりのおじさんに助けられる。
「イエス・プリーズ、地下鉄の駅はどっち?」
「フォロー・ミー、カム・ウィズ・ミー!」
彼は私の荷物の多さも気にしない様子で早足でスタスタ歩く。アテネでバスターミナルを教えてくれたおばさんもそうだったが、ギリシャ人は意外と歩くのが早いかも。彼は英語を話すがそれも超早口!で、
「どこから来た? 日本は来年行くよ。僕は医療機器の仕事やってる。アジアはいろいろ行ったよ、日本やシンガポールははきれいな国だね」。
こちらは荷物を抱え、早歩きの彼と話についていくのに懸命で、したがって地下鉄の駅は結局どのように行ったのか、どれほど歩いたのかも覚えていない。
「ところで何島行ってきたの?」
「クレタとサントリーニとミコノス。さっきミコノスから帰ってきたの。」
「あとどのくらいこっちにいる?」
「もう明日帰るよ」
「そうか〜、何時の飛行機?」
彼は空港までの行き方やタクシーは高いからやめとけなんてことまで教えてくれ、気づいた時には地下鉄の駅。地下鉄の切符をくれて、電車まで案内してくれる。すっかり彼もこの地下鉄で市内へ行くのかと思いきや、
「シンタグマへは7つめで乗り換えなきゃいけないよ!」
と去って行った。
まあ!!筧さんは地下鉄で帰るんじゃなかったのね!なのにわざわざありがとう!!

シンタグマ広場まで20分ほど、広場にはこの時間でも大道芸人がいて人だかりができている。ホテルはこの旅でいちばん立派、広いツインルームだが、リゾートアイランドから戻ってきた身には味気のない冷たいシティホテル。





ATHENS >>> 12 / JUN *TUE*



日本人客もちらほらいる広いダイニングでトースト、目玉焼き、ベーコン、ヨーグルトを食べながら、HMちゃんはそろそろトルコに着いた頃だろうかとぼんやりする。
午前中、プラカを散策して2004年アテネ五輪の公式Tシャツやお土産用にオリーブオイルの石鹸十数個(可愛くラッピングされて4つで500〜1000Drs(150〜300円))買うが、たった1時間半ほどの間に腕時計のあとがつくほど日焼けしてしまう。夏のギリシャの陽射しはホントに甘くみてはいけません!
危険!!
教訓:ギリシャの夏の陽射しは予想以上。SPF50の日焼け止めも効果なし。なるべく日に当たらない他ありません。

12:45 空港バスは今回は時刻表通りにやってきて、エアコンもきいている快適な車両。
アテネからバンコクへのフライトでは最後にもう一度エーゲ海を見るべく窓側の席をリクエスト。五輪のオフィシャルショップは空港にもあり、グッズはかなり揃っている。空港でピスタチオ缶6個にオリーブオイル瓶3本、ゴディバのマロングラッセを買いアイスクリームを食べてやっとドラクマを使いきるが、手荷物増大! そして案の定、空港のセキュリティーチェックでは地球儀がことごとくひっかかる。
「これ何?」
「グローブなんですけど」
‘globe’と言っても何のことやらわかってもらえるわけがなく、したがっていちいち実物を出して見せる。と、たいていの係員ははっという顔をして一瞬その美しさに目を丸くする。

16:00 タイ航空947便バンコク行き出発。予想に反して搭乗率3割というところ、3席のシートに1人ずつ横になれるほど空いていて、再び極上のエコノミー・スーパーシ−トができあがる。1時間ほど群青のエーゲ海を楽しんだら食事。チキン、ポークカレー、魚の3種類から選べ、魚にしたところ、白身魚とあさりの煮ものに野菜ベースらしきグリーンソースがかかっていた。付け合わせはパスタ、ジャガ芋、にんじん。デザートのプリンがかなり重たかったが赤ワインとともに完食。中近東、インド洋上空を通過してバンコクまで9時間半。到着前の朝食はパン、チーズ、りんごとジャガ芋のサラダ、ミートローフみたいなもの。こちらは不味い!!





>>> BANGKOK >>> OSAKA 13 / JUN *WED*



更に日付が変わり、早朝5時半バンコク着。空港内を延々歩かされ、トランスファーデスクで再びチェックインする。4時間の待ち時間後、9時すぎのタイ航空728便で関空へ。関空到着は16時半、更に四国まで飛んでいると我が家にたどり着くのは夜。やはり南回りのヨーロッパ線はなんだかんだと24時間以上かかる。

群青の海で泳ぎ、白い町歩きとクルーズを楽しみ、昼は澄みきった青空、夜は満天の星空に感動し、紀元前の遺跡でたそがれ、美味しい料理に舌鼓を打った2週間。ややヨーロッパに飽きていた私に、ヨーロッパにはまだこんないいところがあったのか!!という発見と、またいつか次の旅に出るまで日本で頑張って働こう!というエネルギーをくれました。振り返ってみて1番はやはりサントリーニ!(つい先日ギリシャを旅したTYちゃんYNちゃんも同じ感想のようです。ハガキ&写真ありがとうね。) フィラの大聖堂前からの眺め。写真では実際の感動やスケールはとても伝えられませんが、それでも写真を見てくださった方は皆さん海の青さに驚き、「青すぎて怖い」と言う声も。ほんと、私もそれまでこんなに青い海は見たことありませんでした。そして、帰国して改めてギリシャの写真集を眺めたり、愛読書である村上春樹の『遠い太鼓』(新潮文庫)を読み返して「わかるわかる!」と頷いてみたりと、幸せな時間は旅が終わってからも続きました。
トルコに渡ったHMちゃんはというと、約束通りトルコからほぼ毎日のようにハガキやカードを送ってくれ、丸1ヶ月間の旅を終えて6月30日に帰国。彼女はお互いに最も気兼ねせず旅ができる友人、きっとこれからもこういう形で一緒にどこか気まま旅に出かけることでしょう。よろしくね!

                                            End


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