DATONG 大同 >>> BEIJING 北京 16 / AUG / 2002 *FRI*



曇り。大同は炭鉱の街で、今も地下掘りをしているらしく、炭鉱は郊外にあるが空気が悪い。昨日も、少し街を歩いただけで鼻の穴の中まで真っ黒になる始末。ロビーに下りると王さんは来ていて、部屋のキーを私から奪い取ると、キャッシャーの兄ちゃんに「チェックアウトしとけ!」って感じでポンと放り投げておしまい。その勢いに任せて、昨日北京の顧さんにかけた電話代は払わず!(秘) しかし中国の場合、こういうの、どこまでも追いかけてきて請求しそうな気もするからちと怖い(そんなことはありませんでした)。

今日は大同観光のメイン、雲崗石窟。市内から北へ車で20分、途中炭鉱が見え、煙突からはもくもくと黒煙が上っている。これじゃぁ洗濯物干せない。世界遺産には昨年12月に登録されたばかりで、世界遺産としては龍門石窟よりさらに新しいが、石窟の歴史は古く、彫られ始めたのは西暦460年、中国の時代で言えば北魏時代。今から1500年前。

1窟から53窟までを約2時間で見学
保存状態は龍門石窟よりずいぶん良く
壁画の色彩も仏像の顔も
よく残っている
彫像総数
5万体

5・6窟は写真撮影禁止だが、洞窟内には20mもの高さにまで、何層にもわたって大小様々な仏像、釈迦如来の一生がことこまかに描かれていて興味深い。しかし、王さんの説明を聞きながらずっと上を見上げる形になるので首が痛い・・・。

最大のものは17mで
奈良の大仏よりかろうじて大きく
最小のものは2cm

観光客も龍門石窟よりずっと多く
日本人団体客も多数

洞窟内の彫刻の細かさには驚き!
‘曇曜五窟’
と呼ばれる
巨大な仏像たちは
皆表情が穏やかで
美しい

仏像の写真ばっかで
スミマセン
個人的に
一番気に入ったのはこちら
こうして中国三大石窟寺院のうち
2つを見学達成!
残るひとつはかの有名な
“敦煌莫高窟”
いつか必ず行くゾと心に誓う
また新たな目的地が

雲崗石窟からその足で駅へ。
大同駅は小さく、北京や西安のような混雑も、駅ならではの喧騒も見られない。売店も小さく品数もお粗末で、3元のビスケットのみ購入。改札が始まるまで軟座待合室のソファで王さんと話をする。直接聞いたわけではないが、話の内容から察するところ、彼の年収は10万円ほどのようだ。昨日、懸空寺に行った時のタクシーは(どこの国のだかよくわからない車だったが・・・)10万元(150万円)もすると言っていた。物の値段を聞けば聞くほどますます、中国人の生活水準や物価というものがわからなくなる。

王さんもホームまで荷物を持って見送ってくれる。いつものごとく乗車口にも女車掌がいて切符のチェックをされるが、トランクを持ち上げてくれたりしてさりげなく優しい。

昼間なのに寝台とはちょっと妙だが、それでも満席で
我がコンパートメントはまたも私以外3人男

彼らは最初
コンパートメント内のエアコンが
全くきいていないと車掌に文句を言い
列車が走り始めエアコンがきいてくると
満足してトランプをはじめた
私のベッドは2段ベッドの下だが
彼らはしばらくトランプに熱中

こちらの人はほんとにマージャン、トランプ、将棋等テーブルゲームを飽きもせずよくやっている。
しばらくしてそのうちの1人が中国語で何か言ってきた。わからないので、
“Sorry,I can’t speak Chinese.”
と言うと3人とも驚いた顔になる。
“Oh,Korean?”
「ううん、日本人。」
「そうか、もし休みたかったら上のベッド使っていいからさ。」
「ありがとう。」
検札と身分証明書の確認時にパスポートを出したところ、車掌もやや驚いて笑っていた。多民族の国だからか、私が日本人ということなど区別つかないものなんだろうか。軟臥だと外国人なんて珍しくないどころか、外国人の方が多かったりもするのに。
大同→北京は最後の列車移動。同じ1等寝台でも今回の車両が一番新しく綺麗だが、トイレはやはり水洗ではあるものの、その先はそのまま線路に落ちているようであった。


車窓からの風景はこんな感じ
あの山の向こうは内モンゴル

はじめて2段ベッドの上の段に上がるが、天井が高く、座っても頭を打つことはない。下で盛り上がっているトランプゲームの様子が面白いほどよくうかがえる。3人は4時間ほどトランプに興じ、さすがに飽きたのか、やがて各自ベッドにおさまった。北京到着2時間前になると、列車は険しい山の中を縫うように走る。

18:55 大同から6時間で北京西駅に戻ってきた。車窓からホームに顧さんの姿が見え、彼女も私に気づいて大きく手を振ってくれる。
元気いっぱい! 降車の際、同じコンパートメントだった兄ちゃんがトランクを下ろすのを手伝ってくれる。
「謝々!」
そして顧さんが、

お疲れ様でしたぁ!
と迎えてくれる。彼女は私に会うなりハイテンションで、ここのところ盆休みで日本からの旅行者が多く、ドライバーもガイドも足りない、ドライバーもガイドも休みなく朝から晩まで駅、空港、ホテル、観光地にレストラン、土産物屋、足つぼマッサージ店を行き来する毎日、特に最近は個人旅行客が多いので大変だってなことを話す。
明日は丸1日フリー。明後日午後のフライトで帰国するが、明後日の空港までの送迎には顧さんは来られないらしく、ドライバーさんのみがホテルに来てくれると言う。ドライバーさんは日本語を解さないので、
「お互い顔をよく覚えて!!(笑)」
そしてホテルにチェックインを済ませると顧さんは、
「また北京に来ることあったら連絡してね!!」
と、慌ただしく次の目的地へと消えて行った。
到着日とホテルは同じだが、この旅にしてはじめてシングルルーム。明日は早朝から‘毛沢東記念堂’に行く気になり、早めに就寝。

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