>>> LUO YANG 洛陽 12 / AUG / 2002 *MON*



列車の揺れはさほど感じないが(日本やヨーロッパの列車の方がよほど揺れる)、停車する時やカーブを通過する際のブレーキ音(ニワトリを絞め殺すようなやかましさ!)、そしてすれ違う、または追い越して行く列車の警笛がうるさい。隣で眠っているおじさんが時々驚くほどひどいいびきをかくが、揺れるおかげで幸い長くは続かない。思ったよりは眠れ、朝6時、車掌が起こしに来てはじめて、上段にいた1人がいつの間にか降車していたことに気づく。洗面室で顔を洗いビスケットをかじる。窓の外はもやがかかったような曇り空で視界が悪い。どこまでも続くとうもろこし畑の中を走っていく。
同室のおじさん2人がここではじめて会話している。北京語なのでもちろん全くわからないが、なぜか「隣のコンパートメントにいる2人がハネムーンらしいぞ」ということのみ理解できた(たぶん・・・)。ハネムーンに軟臥で洛陽とは、ン十年前の日本の感覚ですな。

7:20 ほぼ定刻終点洛陽着。中国列車の時間の正確さにも感心。
ホームに降りると、すぐそこで待ち構えていた、牛乳ビン底の眼鏡にきのこカットの髪が中途半端に伸びた男が、
「あのう、すみませんが、おかぽんさんですか?」
ってことでその人物が洛陽の現地ガイド、程(てい)さん。洛陽外大の日本語学科卒、ガイド歴4年という彼、北京の顧さんと比べてしまうと日本語はたどたどしいが、それでも知識はさすがの豊富さ、猛勉強ぶりが随所に感じられて頭が下がる。しかし、私1人だというのに用意された車は
12人乗りのトヨタのバンで別にドライバー付き、そしてホテルへの道中、
「ようこそ洛陽にいらっしゃいました。」
だの、
「洛陽中国国際旅行社をご利用いただきまして、まことに有難うございます。」
だのと、堅苦しい挨拶をマニュアル通りにされるもんだから吹き出しそうになる。私がおたくの旅行社に頼んだわけじゃないわよ・・・。そして程さんは、洛陽は牡丹の花が有名で4月に牡丹祭りがある、その時期には国内外から観光客がどっと押し寄せる、私が泊まるホテルは洛陽のメインストリート沿いにあって綺麗なところだ、等々のあまり面白くない話をし、私は適当に「は〜、ほ〜、フーン」と相槌打ちながらホテルに向かう。

洛陽牡丹大酒店、英名でLUO YANG PEONY HOTEL(洛陽のことを中国語でルオヤンということを、列車の車掌が言っていて初めて知った。当然ガイドブックには書いてあったが・・・)。部屋はまたもツインルームできれいで広し。ありがたいことにすぐ観光には出ず、ホテルで1時間の休憩時間をくれたので、しっかり朝風呂に入る。
約束の時間少し前にロビーに下りて待っていると、しばらくして「早いですね〜」と言いながら程さんがやってきた。そして、すぐそばに座っていた女の子を、
「うちの進入社員で日本語学科3年生です。今日は一緒にガイドの仕事を見学させて下さい、ハイ、自己紹介して」。
彼女の日本語はかな〜〜り怪しく、こちらが言うことはわかっているようだが、自分の言いたいことはまだほとんど言えず、「ア〜、ウ〜」と苦しそう。中国は9月が新学期、来年9月に卒業予定だそう。名前は忘れてしまったので李(リー)ちゃんにしておく。

洛陽唯一の(?)見所、龍門石窟は車で30分の郊外。当たり前だが北京よりずっと車が少なく、したがって自転車の洪水、道路も埃っぽい。建物も近代的なものは少なく、私がイメージしていた‘中国らしい町’。途中、洛河という川をかかる2kmはありそうな橋を渡るが、これも黄河の支流なんだとか。洛陽は岡山と姉妹都市提携しているそうで、「大学が岡山だった」という話をすると、程さんは思いのほか喜んでいた。
ここでマメ知識、「洛陽」という地名の由来。洛は‘洛河’の意、陽は‘南’の意味を持つ。つまり、洛河の南に広がる町。ちなみに陰は‘北’を指す。つまり日本の山陽、山陰はそれぞれ中国山脈の南と北っていう意味なんスよ!! 御存知でした??(岡山に住んでいたのに知らなかった私って・・・。)
龍門石窟の駐車場は石窟入口のかなり手前に作られていて、歩くと10分。ゴルフ場で乗るようなカートで行けば片道2元(30円)だが、なんとなくカートに乗るのはハメられたようで悔しくて、10分くらい歩くわョと、3人ダラダラ歩く。他の観光客はみんなカートに乗っていた。

さて龍門石窟。世界遺産に登録されたのは2年前と比較的最近だが、河の沿岸1kmにわたって1350の洞窟に
10万体もの仏像が彫られ、大きいものは17m、小さいものは2cm! 旅行前、あるHPで“顔が破壊されているものがほとんどであまり面白くなかった”なんていう感想を読み、行く前からややがっかりしていたのだけれど・・・

確かに保存状態は良くないが
それでもアリの巣のように洞窟が掘られ
内部にびっしりと
仏像が彫られている様には
感心、満足

石仏といえば昔、九州大分の‘臼杵(うすき)石仏’を見た程度ですから。

一番多きい廬舎那仏は
奈良東大寺の大仏と
同じ顔なんだって

ちなみに東大寺大仏は16m台で
これより数cm小さい

山奥にあるのかと思いきや川べりだったのも意外。
見学を終え、程さんはひとりカートに乗り、私と李ちゃんは2人で駐車場まで歩くことに。李ちゃんは日本のことで聞きたいことがたくさんあるようだったが、やはり苦しそう。で、簡単な日本語(?)と英単語のちゃんぽんで、ひとつの質問に10倍の答えを返してあげた(つもり)が、理解してくれてたのかなぁ???

市内に戻る途中、どこかのホテル2Fのレストランに強制連行されて昼食。またも円卓が並ぶ部屋に通され、しかも先客がおらずはじめは私1人(その後、香港からという観光客がゾロゾロ入ってきたが)。並べられた料理は6皿ほどだが、量的には昨日の昼食16皿と変わりなし。写真右から時計回りに・・・


◆ LUNCH ◆

チンゲン菜?炒め ★★
トマト入り炒り卵 ★★★★★
鶏の唐揚げ    
(甘いあんがかかってた) ★★

  
豚肉とピーマンの炒め物
       ★★★★
あんパン ★★
あんずの根のスープ    
(甘い。杏仁豆腐の味) ★★★
白ごはん

これまた不味い!というものはなく、一応全皿手をつける。が3分の2は残す。それでも食べすぎて苦しい
食べていると、レストランのマネージャーと名乗る日本語のかなり達者な男が隣に座る。程さんに聞いたような洛陽の話を繰り返し、メニューの説明をし、面白くない世間話をし、そして案の定、食事のあと1Fの土産物屋で何か買わそうという魂胆。これまたべったりあとをついてくるが、絵ハガキ15枚を20元(300円)で買って退散。

食後、程さんは午後これからもしくは明日の午前、オプショナルツアーはどうかと言うが、特別行きたいところもないのでフリーにしてもらい、明日正午前ロビー集合ということでホテルに連れて帰ってもらう。
部屋でハガキを書きフロントで切手を買うと、切手が大きすぎて貼る場所に困る。そしてハガキ投函と街の散策に出かける。

ホテル前のメインストリート、商店を観察。まず目につくのが自転車部品屋と修理屋。さすが自転車王国、‘サドル屋’なるものまである。サドルだけショーケースに並べている。あと多いのが電器屋。大きな病院の周辺には薬局、‘美容整形’と看板を掲げた店(マッサージ屋?)、お茶屋、飲食店では面(麺)屋、粥屋、包子屋、餃子屋etc・・・道端では男どもが上半身裸でマージャンや将棋をしていたり、はたまた髪を切っていたり。

歯科医院も見つけました
ここはたくさん見た診療所の中でも
かなりこぎれいで
ドクターもマスクをし
帽子もかぶっていて
清潔そうだったが
待合室はなく
入るとすぐそこに診療台

スーパーでミネラルウォーターとクッキーとチョコレート購入。全部で4.5元(60円)。ミネラルウォーターは600ml1本1元(15円)。
ホテルに戻ると1Fのカフェでピアニストが下手な“エリーゼのために”を披露しており、「代わろうか?」と言いたくなる。ショパンくらい弾いてちょうだい・・・。

                                     Continue...


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