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            徳 本 行 者 


 
徳本誕生の地  日高地方


日高町
 

    誕生院  map  日高町久志

   徳本は宝暦8年(1758)に当地の農家で生まれ、文政元年(1818)江戸小石川一行院で没した。誕生院は文政7年(1824)の開基。嘉永4年(1851)藩主の治宝公の命により現在の本堂が建立された。
 

 

 

 

 

徳本上人座像

「徳本行者伝」を絵解きする畠山住職

 

 

    

               藩主徳川治宝公の揮毫の扁額

   徳本上人生家(昭和36年第2室戸台風で崩壊) 

       
             
平成20年春150年ぶりに改築                       誕生院の寺号は「淨安寺」 


   萩庵跡 map

 

 

 萩庵は天保9年、崎山教演(さつき)により紀州藩からの金子で3畳の祠堂が建てられた。教演死後、明源尼(萩原出)が法脈を継ぎ、明治32年、3間に5間の御堂を建立。其の後安楽寺に移築。

徳本が萩原で庵を結んだ地は池の500mほど奥、雨の降った後、内原駅付近から滝が見えると云う。

   萩庵はこの碑から少し下ったあたと言う

 

 

  安楽寺(萩庵)  map

 

 

 

 

 

 徳本上人座像

 元は奥山池に在った名号石

 

 萩庵は安楽寺の前庭に明治45年、東内原村の役場として移築し2006年まで存在したが、老巧化のため取り壊した。

 元の萩庵に有った、上人の遺品や什器類も安楽寺に保存されている。

 

 

反故紙

 


日高川町
(旧川辺町)

  尊光寺(上人堂) map

 

 

 

 尊光寺

 書継ぎの名号石

 通称「上人堂」と呼ばれている。天明6年(1786)2月、この地に草庵を結び6年間避穀断塩のうえ、水垢離をとり五体投地高尚念佛の荒行を修した。上人大成の基礎はこの地の修行にあったと言っても過言ではない。
 誕生院同様、藩主治宝公により上人縁の地にこの寺が建立されたが、昭和39年惜しくも焼失し同42年に多くの方々のご寄付により再建された。
「水行石」は本堂右側一段下の駐車場に本谷川から引き上げられて、「書継ぎの名号石」の堂の左側にあります。 
紀州民話の旅」サイトを参考に。

 

 

 水行石

  

  月照寺 map

 

 

    

                          月照寺本堂

       月照寺徳本立像                      山野某家の名号

 

天明5年(1785)春28才の時、上人が出家後初めて月照
寺住持大良和尚とに共に1日麦粉1合の食べ物で、30日
の経行念仏の修行をする。昼は前の丸山を巡り常行念仏
、夜は堂内での礼拝。あまりの厳しさに4日目には大良は
退出してしまったが、徳本はやり遂げる。

横の谷川にある座禅したと伝えられている石

 

 

  大滝川の洞窟  map

 

 

 

 出家後初めて月照寺にて修行の際、しばしば訪れたと伝えられている洞窟。月照寺から歩いて約20分余。

       洞窟から丸山(中央のこんもりした山)を見る。


 

美浜町

 

 田端邸跡 map 

 

 

 

 

 

徳本行者が若い時、若衆として入った田端家


庄屋の佇まいを見られた屋敷であったが、近年取り壊され一部に留守用の家が建てられている。

塀の石垣の基部は当時の様子を残している。

 

 

 

 

  上人松 map

 

 

 

 砂に埋もれている碑

 名号石

元の上人松は、枝振りの良い堂々とした立派な松だったが、惜しいことに松食い虫に枯らされしまった。

 

 

 2代目上人松


 

  日ノ御碕の歌碑 map

 

 

 

   「此の崎 南無阿弥陀仏を唱うれば
                 弥陀も誓ひに碍る物那し」

 日ノ御碕パーク内に最近出来た石像

 自衛隊の近く、道の上で分かりにくい。ここは元御崎神社地で鳥居の柱の標柱と,名号の下に歌が刻まれた碑が建てられている。
 この真下の海岸に21日間籠もられた「上人窟」があるという

 


御坊市

 

  往生寺 map
   27才の時ここ往生寺の大円大徳に就いて得度の式を受け、名を徳本と改め出家をする。

 

 

 往生寺入り口、剃髪所の碑

 名号碑

 

 

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 紀北・紀中地方


和歌山市

 報恩講寺 map
   千津川の荒行に入る前年の天明5年(1785)秋、法然上人縁の報恩講寺に1ヶ月間参籠した 。
   報恩講寺の本尊は自彫の「法然上人座像」。阿弥陀如来が脇仏のようにまつられている。

 

 

 山門

 法然上人自彫像の説明板

 

  無量光寺   map
   
紀州藩主治宝公が文政12年(1829)建立、徳本の弟子本弁を開祖とする。

 無量光寺

 名号塔と上人ブロンズ像

 一行院のものを模した上人の墓

 お首大仏

 


  総持寺 map

 

 

総持寺は浄土宗の和歌山県内に於ける中心的存在のお寺。

徳本行者が梶取の総持寺にて七日間の別行を勤めた折り、善男善女が日に数万人も集まった。遠はく阿波,播磨から参ずる者達の舟300艘が和歌山の港を埋めつくしたと伝ふ。

 解体修理中の本堂(06.9)

 


 

海南市

  極楽寺 map
 出家後千津川で6年、萩原で3年に続き、寛政5年(1793)36歳の時ここ塩津で2年間の修行をした。修行の地は極楽寺の上の方と言うことだが、場所は特定できていない。

 

 

 極楽寺本堂

 お寺の前から和歌浦を望む




有田市

 西法寺 
map 

 

 

 

 

 徳本上人の遺品類

 名号で阿弥陀像を画いている 

      
                        
説明板                                須谷の西法寺

 岩室山 map 

 

 

 

 

 上人の先祖縁の城跡にある名号碑

 岩室山上の行場跡

 須谷(すがい)で約3年の修行中、徳本と吉田喜平次との出会いがきっかけとなって、寛政10年(1798)実質的に大苦行期に終止符を打つ。

 行場跡より有田川の平野を見る

 

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