独りご

101112月の一覧
58年ぶりの大雪
耐震偽装の証人喚問
周囲の大人が子供を守れない不徳な社会
香嵐渓とおちょぼさん
芸術の秋6「美と醜
人間社会
秋の動物園
芸術の秋5 「続 自然観
秋の夜長にひねり出しました「自然観」
ヒグマに襲われた飼育係さん
常神半島へ小物釣り
芸術の秋3 海釣り
芸術の秋2 「秋の暮れ
芸術の秋
翻訳Translation

 ご近所情報
ご近所リンクTop 
ツツミTop 
 名古屋の文化
 検索付きMAP
仲田夏祭り 
 身近な行楽地Top
商品販売 
市民の敬老特典 
近くの日帰り温泉
 愛知万博Top
 もし宣告された
 
Art&趣味情報 
 Artの入口
日本人の美意識
テニスライフ
楽しい水彩画Top
一眼写真紀行
水墨画
郡上の鮎釣り
中部の海釣り
学びすと
Video動画劇場
俳句
エッセイ 
ホームページ作り
 効果音
 趣味の陶芸Top
アニマルゾーンTop
 Meb書籍Top
 特選Gallery
 4大SportsT
私の美意識 
懐かしの映画
水彩画とHPにはまった経緯
人と社会関連 
礼節
モラル崩壊
他者愛と自己愛
独り言の館
なんとかしろ!
宗教Top
政界
日本人の礼節Top
懺悔の鐘付き堂
その他
アマゾン商店
Google衛星の入手
生物多様性の日Top
 猫じゃらし
 一発検索
05.10.〜06.3月
06.3.27 WBC効果
 Top理容人生 
contents項目top
 3月25日開幕のパリーグ3球場には昨年より24.924人増の入場者が詰め掛けた。またWBC優勝の経済効果は300数十億円とか。若い人にに夢を与えられてよかったですね。
 当サイトのアニマルランド「動物高画質写真」に3枚追加--------------------------------------------球春や ボールに託す 運と縁
フリー百科事典ウィキペディア Wikipediaでプロ野球を見る。ついつい深入りしてしまう知識の不思議なネット世界です。 野球に限らずゴルフ、サッカー、バスケなど不安定に転がるボールの行き先に大きな夢、感動、運命、縁、ドラマがある。ウィキペディアを利用して野球のページをUP これもWBC効果です。
06.3.22 .王ジャパン凱旋
今回の優勝をもたらした王ジャパンの力は王さんの誠実な人柄と、その人柄に応えようとした選手たちの王さんに対する気持がピッタリ一致団結した結果のように思います。
 もちろん個々の鍛えられた力量も重要ですが、綺羅星のようなスター軍団アメリカが敗退したように、チームとして機能することの大切さは活躍した日本やキューバ、韓国の全員野球が証明している。
 監督、選手の心が通じ合えて一つになることは日の丸の影響とともに自分を殺してチームに連帯する、人間として最も大切な他者への礼節「他人への行動」を、ギリギリの土壇場で示しあうことで勝利を招いたことに、またスポーツはそれらを結果として出せることに私は感動を禁じえなかった。
 もう一つ忘れてはいけないのは22日に凱旋帰国して歓迎されているナインの影に隠れた控え選手たちの存在です。彼らが後ろにいたからナインは思い切ったプレーができた訳で、選手生命のリスクを背負うこの時期の参加は、出番の少なかった選手にも活躍した選手同様の暖かな長い目で見てあげなければいけないし、それは野球フアンの選手に対する礼儀ではないだろうか。
06.3.21日の昼  王ジャパン世界一の「よっしや!」 
いや〜よかったですね。最後の大塚の「よっしゃ!」おもわず私も真似ました。
「疑惑判定」「奇跡の決勝トーナメント進出」「三度の日韓対決」といった波乱があり、野球の面白さが存分に盛り込まれた展開となって迎えた決勝戦。
 この日は午後からテニスがあり13時までは自宅でテレビ、13時からはテニスコート入りしたが隣のコート人たちが携帯で歓声と悲鳴をあげ、われわれの心は駐車場の車内テレビに向いてテニスは上の空。6対5に追いつかれてそれ行けと車に駆け込み最後まで応援し「よっしゃ!」をしました。その後のテニスでも勝てば「よっしゃ!」。 このゲームの名古屋地区瞬間最高視聴率は46.8%でまさに日本が沸いた一日でした。
 一丸となり世界一の座を手にしたあとにクールなイチローが少年のようにはしゃいで喜んでいたことが印象的でした。アメリカの新聞が「MLBのワールドシリーズはもはやワールドシリーズとは言えない」と書かれたように、出場した選手たちがかけがいのない感動、経験が得られたことにファンとして嬉しい。
 改めてスーパースターの株を上げたイチローと王さんの人柄、その他の選手の力量と団結すべてが「よっしゃ!」
詳細と感動は ワールドベースボールクラシック
06.3.21朝 王ジャパン 決勝を控える前にすでにドラマの数々が
アメリカの新聞がWBCの決勝に残った日本とキューバを「こいつらは誰だ」とアメリカチームのいない決勝を皮肉った記事が載ったそうです。その上決勝に残った大リーガーはイチロー大塚晶則の二人だけという事実はWBCの興味深いドラマの始まりです。
 選手がミスしたり打てなかった時にベンチで首をかしげる監督が多いが、ミスしても常にうなずいて次は頑張れよという態度を示す王監督」のような懐の深い監督は珍しい。選手たちの王さんのために戦う気持が理解できるし、このメンバーで大リーグで戦いたいと言わしめるイチローの信頼感などチーム状態はは最高。またキューバの監督は王さんの教え子だったことも判明、キューバにちらつく亡命の二文字、出場を辞退した選手の複雑な心境、野球を極めたイチローと王監督の交流など野球人に限らずファンにとっても興味深いWBCのドラマが見られそうです。
 そして野球は基本と守りとチーム内の信頼関係が鉄則であることをあらためて感じました。
06,3,20, 日本と韓国の目線
16日のWBC韓国戦オージャパンの二連敗。イチローは「野球人生で最も屈辱的」と言い、MLBフアンを自認している私も「理容人生でもっともがっかりした敗戦」でした。韓国との差など敗戦の弁をいろいろ報じられましたが、アメリカ戦の主審の歪んだ目線による判定など全体的なツキもなかった。
 しかし韓国側の目線から見れば6人のメジャーリーガーは全員参加し「15人いる 日本人は2人」、準優勝以上は兵役免除のご褒美があり、日本に追いつき追い越せの国民的感情など国をあげての応援は、日本に負けたときのショックは日本以上なものがあることを考えれば、よいゲームを観させてもらったと前向きに考えるべきでしょう。
 日本には韓国のような熱い国民感情はありませんがその分冷静だといえなくもない。また独特の調和や美意識をもっていてヒートアップすることだけが正しいとは断言できません。その分選手はプレッシャーも増える訳ですから、19日の三度目の韓国戦はそのあたりに期待したいですね。
 追伸 「三度目の正直」と「二度有ることは三度ある」の狭間に揺れた19日の準決勝は6ー0で日本の圧勝。
  、相手の立場に立ってものごとを考えることは丸く収まるだけでなく敵を知る知将の条件でした。でも国民の期待を一身に背負う両監督の表情を眺めている、とどちらにも勝たせてやりたいように感じます。
06,3,13 生きものたちへの目線
 北海道旭川市立旭山動物園は動物本来の行動を追及して飼育や展示に工夫を凝らし、いまや日本で一番有名な動物園といえるでしょう。最近の新聞旅行広告に飛行機で出かける「旭山動物園ツアー」が載っていて驚きました。考えてみると日本にはテーマーパークが数あれど、空を飛べ綱渡りができ水に潜れるさまざまな特技を持つ動物たちは最高のキャクター、エンターテナーです。
 名古屋の東山動物園も識者を囲んだ改装改善策が練られていますが、目線を少し変えるだけで視界が全く新しきなるわけで楽しみです。
 しかし目線が変わっても狭い檻に閉じ込められただけの動物は見たくありません。動物たちの環境エンリッチメントからの改善を望みます。のびのびとした適度に刺激があり本能の興味をしめすような動物本来の行動やしぐさを眺められれば、それが入場者にとって一番楽しい眺めですから。
 管理人の目線 がん薬物療法専門医のページと水彩画UP
06.3.6 議員さんたちの目線 余白と行間を始めてスタイルシートで指示。
議員を長年続けると感覚が庶民感情から離れていく理屈は今までは理解できましたが、今回の経験の少ない若い議員さんたちの無神経さは考えさせられた。議員の資格を得ると国民を上から見くだす目線になるのだろうか。
 重鎮といわれる議員がテレビで「東大出だから大丈夫と思っていた」と言い訳していたがアホか言いたい。「良識」を横文字でグットセンスとかボンサンスと言うように、第六感的な「良い感覚」「調和、バランス」であり、議員経験数や有名大卒の頭とは違うものだという認識がない。東大以外の中学、高校、大学卒の人たちは良識が劣るという考えで呆れた。
 また派手なパポーマンスは人格の稚拙さや論理の欠如を大げさな表現で補う行動であり、自らの不足を露呈していて恥ずかしいことも分かってない。
 テニスで腰を低くして打つとネットの高さがよくわかりネットミスが少ないショットが打てるように、舞台の上から見おろすような目線の角度だと国民の正しい感情は計れない。小さな人間とか社会の一員という庶民と同じ低い目線が、真の国民の思いや願いを判別できるというグットセンスを持ってほしい。
 追伸 品位を保つべき国会でヤジや罵声を飛ばし語気を荒げたりする役者型パホーマンスを得意がったり、お互いが先生と呼び合う感覚の議員を選んだ地元の有権者の、恥を感じる良識がもっとも大切なグットセンスである。     水墨画の精神ー余情 。

 06.2.27  おそまつな民主党のパホーマンス「表現行為」
先生と呼ばれる立場の人々が軽率な行動をとったものです。功を焦った永田議員はその程度の議員だったで済みますが、上に立つ執行部の面々までが確証もなく、軽率に輪をかけるような党の信用を失墜させた言動は理解できません。党としての規律や質問するときのマニュアル、チェック体制など政党として重要な部分がなにも機能しなかったことと、確証もないまま開き直りのよな執行部にあきれました。清新のイメージとはほど遠く昔の老害を感じていたころの自民党となんら変わりない。
 メールの真偽とは別に二大政党として期待されながら「国会質疑」の体勢が整っていないことで こんな表現行為で自民党と渡り合えるのだろうか?。
 
 アニマルゾーンにマスコットとして「猫じゃらし」をつけました。人間のよき伴侶「美人猫の館」です。
      驕り着る 者の懐 隙間風
追伸
 この日の夜にも党の重鎮は「質問が100%正しくないときは処罰を受けるんだったら誰も質問に立つ人がいなくなる」とかばっていましたが、いつも政治家がよくつかう得意技の詭弁「道理に合わないことを強引に正当化しようとする弁論。こじつけ。」
 党内の派閥や力関係、自分の影響力を保つためのみの国民感情に背を向けた弁論。国会は国民を守る良識の府ではなかったのでしょうか。品位を保つべき国会で党を代表して個人を追及する場合はもっと慎重であるべきで、党ぐるみで一民間人の生活を脅かした責任の重さに釈明の余地はない。
06.2.20独断的アクセスアップ考
先週の2月13日の「独りごと」でプログラム言語で働くコンピューターは活字と相性がよいと書き込みしましたが、一歩踏み込んで独断的アクセスアップ考をページUPしました。昔は「文は人なり」という言葉があり現在は「、、、国家の衰退」と危惧されている活字文化の大切さを、コンピューターとからめて「文はホームページなり」とコメントしてみましたが無理があるでしょうか。
         着ぶくれて 雨の休日 活字打つ
06,2,13, 一発検索数100件突破
昨年12月26日にUPした「一発検索」はトップページ内61,最上位39でしたが、現在は102、最上位 66の言葉を拾ってくれるようになりました。活字を拾うGoogleに好かれるためには文章を書かないことには始まりません。その点で当サイトは「エッセイ」「俳句」「独りごと」などを主要なテーマにしているからかなと自己満足をしています。短いコメントでも題名を付ける。それが主文と関連されていれば題名だけでなく主文からもイメージ検索を可能にする。ただこの場合内容が支離滅裂だと「イメージのつながりができない」ことで嫌われるようですから、文章の基本と内容の明文化が求められます。
 と言われていますが、この意味は「社会の漠然としているさまざまな事象を言葉は明文化「定義付け」できてルールとなることでしょうか」
 私は「言葉は社会を成り立たせるプログラム言語のようなもの」と定義付けしていまが、Googleに好かれるためには定義付けができるような説得力のある文章構成と基本「段落や句読点の打ち方など」が重要なようで、その上サイト全体につながるテーマや精神があれば広範囲にイメージで拾ってくれるようです。「この点はまだ推測の段階ですがこれが的を得ていれば「文は人なり国家なり」をGoogleは認めていることで大変な驚きです。また私が愚直に綴って来た信んずるものを人間より先に認めてくれたことにもなりますから、、、(失笑)」
 
    エッセイの勧め 俳句の勧め サーブを定義する 3点とも検索100件に入っています。
06.2.6、想定内 
一年前のライブドアとフジテレビ騒動で堀江さんの言動を当時の「独りごと」で疑問を呈していまいたが、その疑問は私にとって昔からの格言「驕れる者は久からず」通りの想定内の結果になりました。そのときの05.3.1付け独りごとをご覧下さい。
 1月31日の休日は雨降りで「大原美術館展」を開催している岡崎美術館へ妻と友人3人で走る。R1は名古屋から35kなのに渋滞にかかり2時間もかかった。帰路はR248で豊田からR153で一時間20分。帰名して名古屋市博物館で「水彩協会展」も鑑賞していたら、二人の知人の出品作品を偶然見つけて驚く。有意義な雨の休日でした。
 私は格言を再認識しながら脱皮できない拙い水彩画一枚UPしました。東山動物園の王、雄ライオンです
絵画を鑑賞したり描いたりしていると厭な事を忘れて無心に平穏にひとときを過ごせます。
 獅子咆哮 獣舎騒がし 食の秋
06.1.30 続、落ちた偶像 驕れる者久からず  理容人生の英語版
この一週間次々と明るみに出されたライブドアの国民を欺く悪事の数々。さすがに小泉さんや武部さんも反省の言葉を出さざる得なくなりました。軽はずみ等の過ちは誰でもしますから反省があれば許しあわなければいけないでしょう。しかし法を犯せば償いをするのは社会のルールです。今回つくづく学んだことはずる賢い人が会社を大きくし、善人面してそ知らぬ顔をしている社長が世の中には多いことです。高級車を乗り回している人や豪邸に住んでいる人ほど自戒してくださいよ。大きく見せようと外観だけを飾る精神が内面をおろそかにして過ちを犯すんです。その点で小さな人間を理解できる人は虚飾のない広い心を持つことができます。大社長に勧めたくなります。「実るほど 頭を下げる 稲穂かな」「 背伸びして虚像を隠す 大社長」川柳でした
 理容人生のトップページに英語版ボタンを新設。しかし英訳文は字数が多くなり文字や画像が重なる点と、スクリプトなどの言語によるツール「フルサイズ高画質など」が機能しない。また日本語版に戻るときは「戻る」ボタンではなく英語版をXで消すことになるなど使いにくい面もあるが6〜8秒の速さで翻訳できることは驚きでした。
         雪降りを 車の音で 知る夜半
06.1.23 落ちた偶像に同情の声? 
 IT長者で若者に人気があり大学の経済学部志望者を増やしたと言われている堀江さんのライブドアが、してはいけないことをしていた容疑で強制捜査が入った。彼の日頃の言動からすればこの結果は当然の想定内であったはずなのに、事実は想定外だったらしい。
 彼が法の不備や盲点をついてゲーム感覚のように財を伸ばしていくことに、新しい経営者として偶像視されたのだが、法を犯したことが事実なら偶像どころか経営者や社会人としても失格ではないだろうか。
 マスコミでは「出る杭は打たれた」と同情する声もあるが、法の不備をつくことと法を犯すこととを混同している人々がテレビで発言していることに呆れます。堀江さんにエールを送ったり手のひらを返すような自民党やマスコミの態度を「情けない」と言うコメンテイターまでいたが、小さな悪をあいまいにしてきた社会だから耐震偽装やホリエモンのように「金が全て」という社会を揺るがす大きな問題になった訳で、どちらが情けないことだろうか。法という社会のルールを破る破らないを最低限のモラルとするためには、小さな悪にも毅然とした態度を示すことです。
 先鋭化の落し穴、社会や株主への礼節の欠如、小さな人間としての謙虚さの欠如、=傲慢
 傲慢な利己主義者や拝金主義者ばかり増えると真面目に働こうという人が減り社会はますます堕落します。
 
「お喋りツール」 文章を読み上げるキャラクター登場  エッセイ集
 大須界隈のHappy New Yearを追加UP

   善と悪 行きつ戻りつ 年初め      よくもまあ 悪人出「い」でる 初景色

追伸 この日「23日」の夜に堀江さんは逮捕され堀江容疑者となりました。罪を犯せば必ず償いをしなければいけないことと、このような数字だけに長けた人物を、時代の寵児だとか改革者とちやほやしてきた自民党、マスコミ、それに乗せられた国民全てが反省すべきです。⇒エッセイ花見テニス
06.1.16 癌情報ページ 「もし宣告をうけたら」UP 
新春早々暗いテーマかもしれませんが長年心の隅に引っかかっていた「癌情報」をアップしてトップにリンクを張りました。癌は余命を宣告されたり、手遅れ、末期、入退院を繰り返したりで家族に深刻でさまざまな問題が起きます。その上誰でも経験するような身近で社会性があり、HP開設以来いつかはと考えていした。まだ初歩的な内容ですが少しずつコンテンツを増やします。もし家族が宣告をうけた時に少しでも参考になれば、「理容人生」の意味をなすことでWebマスターには嬉しいことです。

       正月を 求め社「やしろ」へ 行く齢
06.1.9最近見た映画
奴らに深き眠りを 泥棒成金  トーマスクラウンアフェア,最近見た映画です。いずれもアメリカ映画の楽しさ、精神が溢れていました。
今冬の日本列島は記録的な大雪で、雪下ろしやなだれなどの雪害でなくなられた人が60人を超えて、自衛隊まで出動するひどい現地の様子をニュースで見ると、雪のない名古屋でテニスをしていることが罪悪感を感じるくらいです。80歳まで健康で生きながら雪に押しつぶされて亡くなる高齢者の不運、孤独にご冥福をお祈りします。
 粉雪も 積もれば怖さ 知る孤独      大雪の 怒涛の下で 家軋む
06.1.2 明けましておめでとうございます。 「05年独りごとは別室へ」
05年万博の年もあっという間に終りました。汗をかきながらパビリオンを回った当時をコタツにあたりながら懐かしく思い出しています。05年の元日に正月らしさを求めて大須へ足を運んでみました。寒さが緩んだせいか大勢の人出があり驚きました。私の住む仲田も大須と同じ商店街ですが全く違う世界でその原因を探ってみると@大須観音A今や全国区になったコメ兵B秋葉原のような電脳街がありC熱田神宮が近いなどなどの地の利と、屋根つき遊歩道がありました。また万博の影響なのか外人さんのカップルや家族も多くて人に酔うほどの混雑でした。
       初句  正月の らしさ求めて 大須かな    除夜の鐘 今年も夜具で 聞く齢
       初更新 大須界隈の高画質「Happy New Year
05.12.26 58年ぶりの大雪 今年最後の更新です。皆さま良いお歳を!
 名古屋は58年ぶり、鹿児島は88何年ぶりの大雪で、休日は一歩も外出せずに絵を描いたりPCと遊んだりしていました。そのときに当サイトを検索エンジンがトップページに拾ってくれる言葉はあるのかなと調べてみたら、なんと61の言葉がありました。しかもその中でナンバー1に拾ってくれる数は39を数えたのです。
HP開設以来二年半で容量は214MBになり、その重さに我ながら驚くと同時に人目にさらす恥ずかしさを自覚した次第です。そこでページの一覧表にもなる「一発検索」のページを加えました。また水彩画も2点UPしました。

     故郷の 親埋まりぬ 厳冬期       故郷の 親想いだす 雪の報  
05.12.19 耐震偽装の証人喚問
   14日に行われた耐震偽装の証人喚問で、民主党の馬淵澄夫議員の質問は良かったですね。証拠となるような資料をよく集められたと思うと同時に、のらりくらりと答える内河所長を舌鋒鋭く追及する様は元検事?か遠山の金さんのような迫力と感動がありました。
 左上に新設した「政治家WEBリンク集」から馬淵さんのHPを訪れると6人の子供さんがいらっしゃいます。昨今のルールやモラルを守れない憂うべき世相はどこの親でも腹立たしいはずで、馬淵さんの怒りの鉄拳だったのではと独りで納得しました。そして鉄筋一本や二本ぐらいはのごまかし「小さなこと」が、知らず知らずのうちにエスカレートして止められなくなり、歴史に残るような大罪に広がった見本のような事件です。
 ゆえに私たちは「人間とは」「社会とは」などのしっかりした「信条」が必要だと思います。それを言葉で明文化したのが定義だと言われています。
 テニスのサービスはスピードとコントロールという相反する命題を融合させる難しいショットです。その定義付けをしてみました。
「サーブを定義する」
目覚めれば 窓白々と 雪の朝        雪おろす 事故に老爺の 虚空かな
05.12.12 なんとかしろ! 周囲の大人が子供を守れない不徳な社会
 抵抗のできない幼女を悪戯目的だけではなく、殺しを目的に誘拐する恐ろしい事件が発生しています。私たち大人はこのような昨今の世相(変質者はどこにでも居てしかも密室となる車を持ち普通の顔をして、その上欲望を満たさなければ生きられない猛獣より性質の悪い性格を持つ)を認識すべきです。頼りになるのは市民からの不審者情報ぐらいしかないのが現状で、地域、学校、父兄など周囲の連係が大切になってきます。
 ところが数年前から日本の社会は他人の不幸や社会の問題にも対岸の火を見るような個人主義的風潮になり、隣組みとか子供会などを疎む人が多くなっている。
 
 その結果として自分のことしか考えない人が増えて「健全な社会」を気にかける人が少なくなり、(これは小さな不道徳を犯していることです)知らず知らずのうちに今日の結果を招いたといわざるを得ません。下の11,28日付け「美と醜」のように、見境なく金銭欲や性欲にすすむ人が毎日のように報じられて、結局は因果応報で我が身に降りかかり子孫が辛い思いをすることになるんです。

 ここで言えることはシニア世代は長い人生を経験して最も分別の分かる世代です。比較的時間や金銭的な余裕もあります。地域のなかで堕していく社会を傍観する不道徳を犯していてよいのだろうかと常に自問自答しています。
 今池文化センターのエッセイ講座に通っていた10年ほど前のエッセイ、不徳の罪を記した「小さなこと」のページをUPしました。
また秋の味覚の銀杏の採り方、食べ方、干し柿の作り方をUP

      
05.12.5 足助屋敷 香嵐渓とおちょぼさん 12月から俳句は冬です
 11月26日に10数年ぶりに足助の香嵐渓に出かけました。途中の万博会場跡地を横目で眺めると解体中で嘘のような淋しい光景。
 例年渋滞で有名だから枝下「しだれ」ICで降りて矢作川を遡り藤岡で右折して足助の東に出るコースをと考えたが、平日「月曜日」の昼12時にでれば大丈夫だろうと、グリーン道路「力石」から153号線に入り中金町までは渋滞はなかったが、それ以後は歩いた方が早いくらいの大渋滞。だが秋日和の田園は長閑で運転席から写真を撮ったりして苦にならない。
 香嵐渓に着いたのは3時で三時間の道程だった。ちなみに帰路は一時間。
今年の紅葉は今いちでしかも3時過ぎは西側の山で日陰になりくすんでいた。しかし遠方からの観光バスも多くて人出があり川沿の屋台とともに風情があり、特に奥の三州足助屋敷は以前と比べ格段に充実して見るべきものがあり楽しい一日でした。
 また一週間前の19日は岐阜の本巣で富有柿ツアーをしてその帰路にお千代保さんに寄りました。晩秋の田園地帯をドライブしているとバルビゾン派ミレーの「晩鐘」や「落ち穂拾い」そのものの光景に出くわします。残念ながら運転中で撮れませんでしたがその他を高画質でご紹介します。
                        お千代保さんの水彩画UP
 寒鯉の 動けば軋む 水の面
05.11.28 人間社会 懐かしの映画ポスターUP
 記録を作った朝青龍の涙と最速大関をめざす琴欧州の笑顔はよかったですね。それに比べて営利を先鋭化させて耐震基準の手を抜いて欠陥ビルを売りつけたり、悪質リホーム詐欺を働いたり幼い子供を殺めたりして、ようもまあ後から後から気分の悪い人間が出現しますね。
 人間社会は個人と個人の葛藤や軋轢、人間としての性があり善と悪は社会のの宿命でしょうか。「悪行をおこなうと地獄に落ちる」という戒めもさっぱり効果はありません。
 病的な異常者は別にして本質的には誰でも善悪の心を持っていると信じますが、分岐していく「過ちを犯す」初めはほんの小さな誰でも手を染めるようなことで、それを曖昧にすることにより少しずつ麻痺して正常の分別がつかなくなるのではないだろうか。
 「これくらいなら分からない」「少しぐらいなら」の習慣が麻薬のように深みにはまって行く。従って小さな不道徳に流されないようにし自分を常に律っしなければならないが私の持論です。
 これは「自分に厳しく他人には優しく」することですが、こだわるほど他人にも厳しさを押し付けたり要求することになり、これは美なのか醜なのか自己矛盾を抱えることになって難しい。
 醜と比較して創られる「社会の規範」や「道徳」「善行」「謙虚」も美しきものですが、醜と比較しない純粋な美はあるのだろうか?
 また何故私はこんな小難しいことに悩まなければならないか?
どんな表現でも表現しょうとする行動は、その人の内なる感情の発露、社会や人間観を投影したもので絵画や写真、文章を描くときに避けて通れない永遠のテーマです。
                           学びすとリニュウアルしました。

       農村の  軒に灯の点く 吊るし柿       田も人も 農家も犬も 秋模様
05,11.21 秋の動物園 
 15日の休日に東山動物園へ言ってきました。園内の樹木は紅葉真っ盛りで自然のイルミネーションのように秋陽に輝いていました。毎年この時期に出かけていましたが今年は動物園を万博のように感じました。並ぶ人はいませんが世界中から動物が集められていることや、「外国館」観覧車や乗り物があり家族やアベックの幸せそうな顔がある。昼時にはシートを広げた食事があちらこちらで見かけました。
 夕刻はエサ時刻なのか全ての動物の目つき、行動が変わります。ライオンは咆哮しサルや鳥までもうろうろして騒がしく、万博で声を出しながら踊っていた民族舞踊を思いだしました。まるでジャングルにいるような自然の一員を体感でき、動物も人間もそれほど変わらないのではと感じた園内は「生きものたちの地球」「愛、動物博」でした。
 斜めに差す秋日はものの影を後ろに明確に作ってはっきりと浮きだします。そんな写真を撮り高画質でUPしました。
             動物水彩画静物水彩画を追加
05.11.14 芸術の秋5 「続 自然観」  
環境エンリッチメント、檻のなかの動物たち

 集団で生活する動物園の猿園に高木を植えたり蟻塚を作ったりエサを隠したりすると、猿たちは興味を示し本能を刺激されて表情が生き生きして、檻の内のストレスや異常行動が軽減されることが分かった。「環境エンリッチメント」。
 衣食足りて礼節を知ると言いますが、安穏はうっかりすると精神が緩んで目的を失い精神に異常を来たすという事実です。動物の本能や習性はさまざまですが共通しているのは「自然界での子孫繁栄」」だと思われます。そのための食欲、性欲、母性等の本能だけではなく、個体を健全に維持するための日々の「興味」「刺激」「反応」「学習」「競争」「工夫」なども生体にとっては大切なことになってきます。
 それが心身を活性化させて逞しくして集団に統制と社会性をもたらし子孫繁栄に繋げていく。従って檻で飼われる動物のように衣食住足りることは生物にとって反自然的で子孫繁栄に不適当、不健康でストレスをかかえる不幸な状態といえます。
 これは人間にも当てはまり日本の最近の若い世代に見られる異常さ「ニート、親殺し、凶悪犯罪の多発」など、物が溢れている豊かな自由社会のなかで、「檻」のようにストレス感じて無目的、無気力、ノイローゼで苦しんでいる人々がいる。
 テレビでイラクやアフガニスタン、東南アジアの貧しい国の子供たちを見るとゴミの中から金目の物を探しだしたり、幼い弟を幼い兄が抱いたりして外に出て生きる糧を探すこと必死です。屋内にこもっていては生きられないのです。貧乏は生きることを厳しくして目の前の登るべき道をはっきりと示します。おそらく社会と断絶したような無気力なニートや親殺しなどの異常行動は少ないはずです。
 池を渡るゴリラは棒で深さをさぐりながら渡ったり、蟻塚の細い棒などはよく知られていますが、私も釣りの仕掛けや銀杏採の道具を作って自然のなかで使うことは狩猟本能を刺激するのか興味と感動、楽しさを感じます。
 現代の衣食住完備したなかでなにを営むか?。ここにも人は自然の一員という自然観、「小さな人間」「儚い生物」という人生観が必要で、そこから第一歩が始まります。そのために外に出て、他人、自然、に接っすることです。
 仲田夏まつり犬山花火大会花見テニス万博に並んだことも全て外で連帯意識を楽しめます。究極の本能「子孫繁栄」をより確実なものにする工夫やそのための環境を良くする行動をして、用意、仕度することが営みと言えるしょうか。趣味を行うことも連帯を楽しみ健康体を維持するための営みなのです。
 子孫繁栄のより良い環境とは健全な社会のことですから、社会の一員として個人だけの幸せを「求める行為」から、自然保護や恵まれない人々へのボランテア、癒しとなるような芸術表現、社会奉仕など「与える行為」に転換する。そのための仕掛けや工夫を考えることが、健全で前向きな精神として、社会の中での自分の居場所が定まり本能に沿った生きる目的を得られる万人の環境エンリッチメントとは言えないだろうか。外に出よ 触るるばかりに 春の月 古人の句

秋の日や もの皆影を 引きずりて   幕降りる ごとく日暮れて 秋惜しむ       落日に 手を振りなびく ススキかな
05.11.7 芸術の秋4 秋の夜長にひねり出しました「自然観」
 雄大な自然という言葉は一般的によく聞きますが、この裏には小さな人間「儚くて弱い存在」と対照させることにより大自然の雄大な感慨が深まる表裏一体の意味が存在します。若いころは「小さな人間」は理解できませんが、歳を重ねて挫折、悔恨、反省、老化等を経験すると人の儚さと自然の大きさがよく理解できるようになります。
 しかし世の中には強者の自分を信じて疑わないワンマンな人もおられるようです。「自分の弱点を知らない獅子より弱点を知るネズミのほうが強い」という言葉がありますが、換言すれば「小さく弱い存在」を知ることはつかの間の生命や健康を尊び大切にすることですから、大切さや価値を知らない人は知っている人よりお気の毒で弱い理屈になります。
 自然を破壊したり社会の頂点に立とうという強者の論理ではなく「人は自然や社会の中の一員」という意識、他人や自然が在って自分が在る自然観、他人や社会、自然を活かして自分も生きられる和の精神です。ジグゾーパズルの小さな一片にすぎないのですが、しかしそれは全体に融合一体した大きな存在になることで、悠久な自然や宇宙と連帯感、一体感を持つに至ります。この考え方は日本人の美意識として日本文化の根幹を成しているように思います。
 若いころは頑なに自分の周りに築いてきた「自我」という柵や塀を取り払ったら逆に解放された大きな自分を感じる。マッターホルンの山も揚子江の大河も我が庭の内にある。仏教にも「一如」という言葉がありますが永遠不変の真理です。
 私は家の仏を守っているだけで信仰者ではありませんが、このような生命を尊べる人生観、自然観は芸術上だけでなく生きる大切な思想、人生観になります。
 若い人の自殺、犯罪の多い社会、戦争などに心を痛める多くの人々のなかの一員として、当サイトは生あるものを愛しむ句をひねり絵画を描いてHPの更新をしています。

ひぐらしや 夕餉の煙 山あひに   パソコンを 叩く深夜に 友の虫   
秋の蚊に 血を盗まれし 齢かな

                                   水彩画3点UPしました。
05.10.31 ヒグマに襲われた飼育係さん 
 サファリパークや動物園で動物に襲われて死亡する事故が時々報じられます。今年8月にアフリカ、ジンバブエサファリで日本人観光客がライオンに襲われて死亡。10月25日に富士サファリで飼育係りさんがヒグマに襲われて死亡され、以前97年には群馬サファリで若夫婦と親夫婦が二台の乗用車に分かれて入園した時に、乳児を預かっていた祖母が泣き止まないので車から降りて前の車の若夫婦に手渡そうとして虎に襲われ、助けようとした祖父と二人が死亡した悲惨な事故がありました。猛獣と名のつく動物は「殺しのプロ」で、4本足の強力な爪で押さえ込んで首の後ろを一咬みです。
  殺人は人間だけが犯すものではないわけで、動物たちと常に接っしてる飼育係は死の危険がつきまとい重軽傷はその倍以上。動物の直接的な攻撃ではなく、業務中の怪我を入れると10倍以上になるようです。こうした飼育係さんの危険は生命保険や傷害保険会社などは認識をしていて保険に入れないケースが多いことも知っておくべきです。
 酪農業でも牛に突き飛ばされる・挟まれる、馬に蹴られる・挟まれる、噛まれたりして亡くなる人が年間10人程いるそうです。
 またペットの犬に咬み殺される事故も時々あり、記憶にあるのは土佐犬二匹の入った檻にエサを持って?入った飼い主が二匹に噛み殺されたり、工場のパートさんが工場主の承諾を得て乳児を乗せた乳母車を傍らにおいて仕事中に、そこで放し飼いの飼い犬「大型犬」に乳児が瞬間的に咬まれて死亡。
 こうした悲惨な事故に共通することは、立ち上がれば人間の大人並の背と体重を持つ動物には気を許してはいけないということです。特に体の小さな子供や小型犬は人咬みが致命傷になることを充分に理解すべきです。象やライオンだけでなく牛やシカには凶器となる角、馬は後ろ足。ラクダも口が大きくて強いアゴを武器としています。それに比べて人間には鋭い角も牙、爪もありません。
 動物たちは生きていくための自分を守る武器を有していることと、いくらしつけられていても感情を持ちストレスをかかえていることもあります。また持って生まれた野生の本能とか、「犬畜生」という言葉は嫌いですが相手が自分より小さな幼児とか園児だと居丈高になるペットもいるわけで、人間でさえ衝動的行動をとることを忘れないようにすべきです。
 
 一般の人はこうした動物の習性と、避けることができた「事故」だったという反省と尊厳をもって動物と接することが真の愛情だと言えるのではないでしょうか。
動物飼育中の事故     闘犬種を引縄を付けず運動させ咬傷事故をもたらした事件  
  犬の咬傷事故Q&A
    --------------------------------------------------------
私のアニマルランドはこちら    モノクロ動物水彩画はこちら
05,.10.17 常神半島へ小物釣り、アジ200匹 小川港などの高画質写真はこちら
 9時に自宅を出て吹上から高速で敦賀まで1時間30分。R162から三方湖畔道を通り半島に入る。岬を曲がれば小川の波静かな湾が一望に眺められる。ひなびた漁村で港の釣堀には数人の人がいたが、われわれ3組の夫婦は防波堤へ向かう。水深3〜4Mの底は澄んで目指す小魚がうようよ。アミ籠をつけたサビキ釣りで13時ころから釣り始めて暗くなるまで、途中でエサ切れで買いに走ったりして民宿「徳兵衛」に入りしたのは真っ暗な18時半。
 あくる日も晴天で昼まで同じ場所で釣りを楽しみ名古屋にゆっくり帰る。魚は8割りがアジ、残りは外道のグレ、カワハギ、アイゴなど。青いそめを付け投げ竿で遠投して大物を狙ったがエサ取りがいるようで全く釣れない。
 帰ってからツツミの客人から身が崩れやすいが万能エサのオキアミを針から外れないように固定「壁紙の固定ではない」する技を教えてもらい「このマル秘技は当サイト(海釣り)に」、次回飛ばし浮きをつかい投げて大物に挑戦しよう。
 常神までの三方湖あたりはのどかな田園、梅林、柿の産地で久ぶりにその風景を水彩画で描いてモノクロ高画質水彩画でUPしました。
    
   常神の 岬回れば 秋の海          秋の日や アジ釣る妻の 天狗顔

   柿畑や 横に船庫の 三方五湖       釣りあげし アジに秋日の 煌めきぬ
 
   釣り終えて 黒山襲う 秋の暮れ       赤子抱く 漁村の茶髪 秋の暮れ
005.10.17 芸術の秋3 海釣り」をリフレッシュしました。
 秋の海は海の魚がもっとも釣れる時期です。堤防釣り、船釣り、磯釣りはどこも賑わっていますが特に堤防はファミリーで一杯です。その訳は春の海辺は寒いが秋の海辺は暖かくて堤防釣りのベストシーズンだからです。海水温は気温に遅れて追ってきますので、春は菜の花が咲き気温が暖かくなっても、水温は冷たく海辺は身を切る寒さになり、逆に秋はコスモスが咲いて気温が下がっても、海水温はまだ暖かく海辺は爽やかな潮風の吹く場となります。
 私の海釣りはこうした秋の堤防からの小物釣が主ですが、細仕掛けの浮子釣りにこだわり女性や子供でも手軽に楽しめます。この時期はセイゴ、チンタ、メバル、アイナメ、タナゴ、ぜんめ、きす、カレイ、カワハギ、グレ、サヨリ、アジなどがサビキ釣りで釣れますが、わたしは重い籠はつけないでアミエビを直接撒きえして細仕掛けの魚信を楽しんでます。
 浮き釣りは子供の頃の白ハエや小鮒釣りの感動を忘れがたくて、のどかな秋日和に堤防で友人夫婦と椅子に腰掛け、澄んだ海中の魚影に子供のように歓声をあげ、浮子を無心で見つめているひとときを楽しむんです。釣り糸の先は自然観、人生観にまでつながっています。また釣れないときは俳句をひねり、絵になるような夕日や漁村の写真を撮ったりして、休日を有意義に過ごしています
 。
 秋の日や 釣れたアイゴを 坊主にす       竿立ちて 腰引く妻の 秋高し 
05.10.10芸術の秋2 「秋の暮れ」 自作の絵画を加工して壁紙を作ってみました。
 日暮れが早くなりました。その秋の夕景「俳句では(秋の暮れ)」は感傷的で昔から洋の東西を問わず詩歌に詠われ画家が好んでモチーフに選んだ場所です。写真芸術でも頭上に太陽があるときの作品は平凡になりがちですが、斜めに差す朝日夕日はものの陰影、明暗をはっきりさせます。農夫に牛や羊を配した夕暮れの田園風景画などはいいですね。
 ひとときの平穏、愛おしく尊い生命、それらが自然のなかの落日時には輝くように人の心を惹きつけるんです。その心を動かすものを表現したい、他人に訴えたい、共に感動を分かち合いたいと写真や絵画等の創作に向かわせる。
 私はHP更新も含めて、創作できる余裕、気力、感覚、環境を持ちあわせる人は、個人の趣味を超えて積極的に文化を育む創作活動をすべきだと思います。なぜなら「文化とは健全な社会のための潤滑油である」ことと、仕事の定年はあっても社会の一員としての定年はないからです。
 おこがましいかもしれませんが人は健康な限り「より良い社会」に関心を持つことは一員の義務のように思うからです。
            秋の暮れ 鍬持つ翁は 役者かな    落ち鮎や 淵にも棲めぬ 影暗し
05.10.3 芸術の秋「俳句のフェードインスライド」UP
 食欲、スポーツ、芸術の秋、春の新緑とともに自然の最も美しい10月で絵画、写真、俳句などがすすむ季節です。自然の美しさに感動しそれを表現することは、生命の神秘に感動して生命の尊さを表現して訴えることです。
 コンピューターにはこうした「表現」を引き立てるツール、さまざまなテクニックがあり今回そのツールを使わせて頂いて「俳句のフェードインスライド」をUPしました。
  これは俳句界では過去にないジャンルで「それが本当なら本邦初公開ですが、、、」ウエブ上で定着するかも知れません。

2005.10.11.12月の独りごと

ページtop↑