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愛知万博2005 
 



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懐かしの愛知万博2005.9.12
Aichi expo
 
開幕日の新聞記事
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公式HP愛・地球博
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駐日外国公館 Web Page
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在日大使館オフィシャルサイト

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4月25日〜9月25日9時開館10時閉館の夏時間
2005.3月25日〜9月25日
公式入場者数、22.049.544人

「大阪万博=1970年3月14日から9月13日
までの会期中に64.218.770人」



2004.3.25にカウントダウン365が始まりました。

2005.3.25花々しくオープンしたものの雪がちらつく日もあり入場者は5万人前後の日が多かった。

5月は10万人超が半数を超える。夏休みに入り増加が予想されたが前半は「様子見」の様相、しかし中半から増加して10〜15万平均。ゲートを過ぎて転んだりぶつかったりして走る走る。

9月に入り激増25日間のうち20万人超が15日を記録する。徹夜組も参上、従兄弟の嫁さんと娘が「思い出作り」に決行したよし。婦女子でもガードマン常駐、トイレ完備で安心とのこと。ただ朝五時にゲート前に移動して並び直すのが、うっかりトイレの列に並んでしまい時間的ロスに地団駄を踏む。


早いもので万博は終盤です。カウントダウンを数えていた当時、
3月25日のオープン時などはあっという間に過ぎ去り遠い過去とな
りました。
 4〜5回出かける予定が新聞やテレビで万博のニュースを見
るとまた行きたくなってフリーパスもないのに8回出かけました。

 肌の色は違えどもアテンダントは笑顔で迎えてくれ多くの国の
人々との出会い、言語、文化に出会い一期一会をしみじみと感
じることができました。後年に当HPを見て当時を、若かりしころ
を懐かしく思いだされることでしょう。


9月25日に万博が無事終了しました。以前に成功の原因は日本人の国民性「日本人の美意識」にあると書き込みしましたが、閉会式のテレビ中継を見ていると今更ながらその感を深くしました。

当日の報道は視聴率が高くて主催者、外国館、アテンダント、ボランテアなどの招く側と客人双方が別れを惜しみ子供までが泣いていました。
 どんなイベントもセレモニーは悲しいものですが、暑いなかで長時間並んだ観客はまぎれもなく日本人の国民性、文化を背負っていました。

 茶道は招く主側と招かれる客側とがお互いに礼儀を示しあいそれを作法として表現し、そこにしみじみとした人間同士の情感を感じあいその風趣を楽しむものですが、招く側の身障者に優しい対応、アテンダントの笑顔、片言の日本語、技と知恵、楽しませるためのパホーマンスや心意気などに、客側がどのように受けて客としての礼儀、心を示すことが出来るか、それが並んで待つ行動や徹夜も厭わない観客を増やしたものと思われる。

 そこには観客同士やパビリオンとの不思議な連帯感、運命共同体のよな響きあうものがあり、もう最後だと思いながらまた出かけてそれを肌で感じたい、求めたいというリピーター。とか地球の自然観を確認できる場であり、換言すれば二度と体感できないできない貴重な意義と思い出を遺してくれた「愛、地球博」でした。