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04年3〜12月の独りごと
 04.12.24  わが家の銀杏並木      苔蒸す花器へ     
大学のサッカーやラクビー部の部員による女性への暴行や猥褻行為が報じられます。スポーツは体力面だけでなく精神や人間関係などさまざまな学びがあるはずなのに、何のための練習かと問いたくなりますね。スポーツで鍛えた屈強な腕力とタフな精神力をこんな卑劣な弱者をいたぶることに使われたらたまったものではない。それも大学生が集団で?まともな部員は?フェアプレー精神は?とあきれます。右の絵は朝の仲田公園のワンショット、絵になる構図でシャッターをきりました。左の写真は例の苔蒸す鉢植えの銀杏で公園の銀杏とは半月遅れて紅葉して葉が落ち「落ち葉の絨毯」まではいきませんが客人から珍しがられています。若い人たちには枯葉に詩心は無理でしようが卑怯はスポーツをする資格はおろか、人間の資格に?が付く最も戒められるべきことではないでしょうか。 
 04,12,11 ヒラメの生き造り
  知多の片名に魚を食べにでかけたときに、食堂裏の港へ釣りの様子見の散歩をしました。平日ですが5〜6人の釣り人が穏やかな秋日和のなか釣糸をたれていて、私の目の前で形のいいメバルを釣り、俄然釣り気がむくむくと沸き起こり食堂で待つ妻たちに報告して食後に釣ることにしました。ここは車を岸壁に止められるし、秋から冬の釣り師にとって一番苦手な北西の風が当たりにくく、トイレは近くのコンビニを利用、エサ屋も近くて虫エサが苦手な女性たちのためにモエビを買って正解、私は釣りに集中でき妻たちも要領を飲み込み、メバル、クジメ、チンタ、ハゼ、などが穂先を絞りこんでくれました。国道から入り込んでいて目立ちにくく、この時期の穴場にメモリー登録しましょう。ただお昼に食べたヒラメの生き造りは尾が最後まで震えていて残酷でここまでして食べなくてもよいような気がしました。生きの良さを売りにした演出ですが刺身として食べれば新鮮さは分かります。自然との共存を願い海の幸に感謝できる素朴な住民の目には、自然への礼儀に欠ける神を恐れぬ現代人と写るのではないでしょうか。
 04,12,4 親を殺したり集団自殺をする若者
  茨城県で息子が両親を殴殺する事件が二日連続で発生しました。またネットで集団自殺を募る若者も跡を絶ちません。自分の子供が誕生した時にはどこの親でも健やかに育つように命名し、「這えば立て 立てば歩めの 親心」の気持で育てたはずです。それが思春期を迎えるころからおかしくなり、成人するころには周囲と馴染めずに反目、対立、はては憎しみあうまでになってしまう。そこにはちょっとした「誤解」や「思い込み」などがあり、そうした不満が心に巣食うと次第にエスカレートして親子がゆえの憎しみ、被害妄想や嫉妬、妬み等で怪物のように大きくなって暴発したり、反対に豊かで自由な社会の自由の刑に処せられて自らを抹殺する。片方では災害で救助されたた時や拉致家族等の家族の絆の深さ「善」に感動させるものを持つ人間が、平和な文明社会のなかでそれらを拒絶する行動に戸惑いを禁じ得ません。彼らは単なる異常者ではなく現代社会特有の病める被害者のようで、彼らにとっては家庭も社会も「檻」のような抑圧された閉塞的な場所でしかなく、親子とは?人生とは?と考えてしまう。共通しているのはかつてのオウムのエリート学生もそうでしたが、他者「家族や社会」との調和や連帯意識が持てず社会が苦痛なことです。集団自殺する時だけが気持が通じ合えるとしたら悲しいことですね。、ジャングルの住民社会は非文明的で森や山の神を敬い畏怖して、悪霊、魔物を信じその分強い社会性を持って対応しているから人との連帯感は必然的に強くなり、家族を亡くした時などは地域全体で泣き悲しんでいる。自然の神秘や生命の尊さを彼らは身体で体験できるが、合理化された社会はイコール自分さえ良ければの個人主義になり、自然や他人への謙虚さと連帯感は無く人付き合いが煩わしくて順応できなくなってしまう。現代の目まぐるしい情報社会の中で自分を見失うことのないバランス感覚、順応性、危機管理能力、町内会や子供会、地域の行事、祭り、組織、家庭などの一員として、他人がいて自分が生かされる真理、「人」という字の意味を浸透させられるか。このように考えると個人主義に加え少子化社会の現代では我々の子供の頃のような大勢で遊ぶことをしない点が気になります。遊びは友を必要としてその上冒険ができました。近くの山川、池へ遠征したり遊びを通して自然に接し他人への付き合い方とか社会性を学ぶことができると思うのです。 =04,11月13日イチロー松井の礼儀  俳句や絵画で少しは生命の尊さを表現できるでしょうか。

 04,11,27 銀杏の採り方、食べ方 
 銀杏と書いて「いちょう」とも「ぎんなん」とも読みますが、その銀杏「この場合はいちょうでしょうか」の葉が黄色くなりました。毎年9〜10月に実が熟してきたころ、私たち「4〜5人」は銀杏「ぎんなん」採りをします。仲田公園は近すぎて恥ずかしいので千種公園で人に見られないように、深めに帽子をかぶりサングラスをかけたりして釣り師しか考えつかない方法で採りそれを伝授します。まず9mの鮎竿の先端に針金でUの字を作り取り付けます。次に海の船釣で使う20〜30号ぐらいの錘に5ミリほどの太さの長いロープを結び、この錘部分を先端のUの字にひっかけてぶら下げます。「ぶら下げる長さは10aほど」そのロープの手尻を持ち張りながら竿と共に頭上の枝まで持っていき、枝の向こう側へ通して竿だけを引きます。すると高い枝に錘の付いたロープがぶら下がっている状態になり、そこで張っていたロープを緩めれば錘はするすると法則に従い落ちてきて、それを手に取り手尻の部分と合わせて握り男が揺すります。するとたわわな実はパラパラとおもしろいように落ちてきて、散歩中の人が感心してうらやましそうに眺めているなか女集が拾うのです。食べ方は天日干した銀杏を茶封筒に10〜15個入れてホチキスで止めます。それをレンジで一分二十秒かけると封筒の中でぽんぽんはぜて、ほっかほかのモスグリーン色に蒸さります。香ばしくて酒の肴に最高です。右下の写真は昨年に実を土に入れたら発芽して紛れも無い銀杏「いちょう」の木となり紅葉しかけています。高さは15aほどで土の上には舗道から採った苔を敷きました。苔の色も鮮やかなモスグリーンですが、自然を題材にしたアートにならないでしょうか。また27日現在公園の銀杏は黄色で3割ほど落葉してますが、この銀杏が落葉したらその時期に報告します。
 04,11,20  経験者語る
  この時期の陽気は木枯らしが吹く冬のような日と小春日和の暖かな日とが交互に訪れます。それだけに当店の休日が暖かい日和に当たった時は、今までは近くのコートで半日テニスしてスーパー銭湯へ行き一杯呑みが定番で満足できましたが、秋の好日はそれだけではもの足りなく郊外の自然に気持が移りがちになります。もの思う秋なのか都会の喧騒を逃れて秋色濃い山あいの村落や、海辺の秋の景観に心惹かれます。11月16日の休日に知多半島の丘陵地にある自然のなかの半田運動公園でテニスをして、夕まずめに鬼崎港で小物釣りをもくろんででかけました。コートは8面砂入りサンドでヤングママの多いなか私たち4人も心地よい汗をかいてプレーを終えましたが、さて管理事務所から預かってきたネットを張るときのハンドルが見当たりません。ベンチの上下、ラケットバックからウエストポーチ、はては飲み物の入ったクーラーまで開けて4人が探したが無い。、恐る恐る事務所でその旨を告げ再び管理者の前でバックを開けて無いことを示しました。コートへ出向いて探された係員も戻られて管理者側はやむを得ないことにしてくれましたが、4人は狐につままれたような、また気を重くしてコートをあとにしました。あくる日に自宅に事務所から「でてきましたからご安心下さい」と電話があり、有った場所はコートのベンチの1,5センチほどの隙間にはまり込んでいたとのこと。上下探してもないわけで管理人さんも何十年も経験したことがない始めての例ということで私は納得して安堵しました。歳をとることはいろいろなことを経験させてくれますね。テニス愛好者と管理人さんへのご参考までに。ちなみに釣りは時間をロスしたこともあり、突堤には釣人1人しか居なくてもの寂しい秋の暮れの状況に中止して大府健康の森で温泉に入り帰りました。
 04,11,13 イチロー、松井の礼儀スポーツナビ|野球|MLB|ヤンキース松井秀喜特集
  イチローは国民栄誉賞受賞を,自分はまだ値しないと二度も辞退しました。また学校訪問などを通じて子供たちに夢を与えてその姿勢を宮本武蔵や求道者のようだ、と評する人がいます。松井は高校野球で5打席連続敬遠された時ふてくされたような態度はなく大人の受け答えをしたのみか、そのときの相手チームが優勝したとき相手の監督に祝電を送っいた。また父親と共にアジアの親のない子の里親になっていて不幸な子供たちと長年の交流を続けている。オリンピックのメダリストたちのコメントは親やコーチなど世話になった人々への感謝と、そのお陰で今の自分があると謙虚さが目立つ発言が多かった。昔から武道に心技体の大切さを言われてきたが、頂点に立つ者の理にかなった格言でトップアスリートたちのコメントはそれを裏付けている。苦労して掴んだ彼らに共通するものは「謙虚」さでありそれは常に努力を惜しまないことにつながり他人より一歩進んだ理論と能力、深く掘り下げた考えが身につく。心が貧しければ「井の中の蛙」で終わるしかない。「謙虚」を言い換えればそれは他人を意識した言葉に他ならず、他人「人間」を重んじる、人間関係を大切にすることで例えばイチローの辞退は「モチベーションが下がったらフアンに申し訳ない」と、フアンと自分との人間関係を考えた言葉であり彼のフアンへの礼儀を表している。また自分一人で成し得た成果ではないと、自分の周囲の同じように努力してきた仲間やつながりを持つ人たちへの配慮は社会への礼儀とも言えるだろう。そうした謙虚さが感謝の気持を生み努力を惜しまない精神構造をつくり、ボランテア精神が育まれて全てが良い方向に向かう。謙虚と礼儀は無人島で生活している人には必要のない言葉ですから、逆に言えば人間社会では人付き合いのための当然な心だと言えるのではないでしょうか。⇒エッセイ「花見テニス」 
 04,11,7  名画、ローマの休日 を観られましたか
  10月29日にTVで「ローマの休日」が放映されました。若いころ多感?な映画青年だった私はこの映画に感動して映画館へ3度ほど通った記憶がありますが、63歳の今日に観てもそれは衰えるどころか深くなっていることに驚かされます。製作されて今年は51年目だそうですが、主役と出演者の殆んどは他界されている現実が人生を感傷的にさせるのでしょうか。「世紀の恋人」「ハリウッド伝説の女優」「魅惑の妖精」オードリヘップバーンは1925,5,4にベルギーで誕生し93,1,20に68歳でなくなられました。「新聞記者ジョーブラドリー役のグレゴリーペックは1916,4,5生まれで2003,6,12に68歳で死亡」。その頃の私の趣味は今のように多くはなく映画一筋で、休日ごとに洋画のはしごをして感動の余韻を座席に残してきましたものです。そして人々を感動させる総合芸術に感銘して臆面もなく原作の小説家、シナリオライター、監督になることを夢見ました。いまクリエーティブな趣味「HPの更新も含めて」にたずさわっているのもその頃の影響かも知れません。人間にとって大切な愛、真実、信頼、ユーモア、善意、純真などのテーマで創作表現され、名作は年齢、時代が変わっても常に新鮮な感動を呼び起こし永遠に語り継がれるのです。「いや〜映画ってほんとうにいいもんですね」しかし真善美に感銘することは醜悪なものに潔癖にななることで、筋の通らないことに苦言を呈して嫌われたり、このコーナーで他人の行いに異論を唱えたりして時々「独りよがりでおこまがしくて恥ずかしいことでは?」と暗い気分に陥ります。美を求めながら逆に醜い行動をしているような憂鬱さから逃れるためさらに美しきものに傾倒するジレンマを背負うのです。ところで映画に戻りますがアン王女に接見したカメラマンが、世紀のスクープ写真を王女にプレゼントするシーンは少し理由付けが乏しく違和感がありました。私が監督なら王女を裏切ることができなかったカメラマンの気持をもう少し表現して、例えばブラドリーが友人のカメラマン、ラドビッチにスクープする気持がなくなったことを告げたシーンで、ラドビッチにも取り下げてくれと頭を下げて頼みラドビッチを困惑させるシチュエーションがあれば、プレゼントが王女だけでなく友人ブラドリーへの友情としてこの名画のクライマックスをさらに高めたのではないでしょうか。「創られた作品にケチは誰でもつけられますネ」。
 04,11,1 イラクで人質殺される。
  昨日の朝「10月31日」このニュースが流されてこの日に来店されたツツミの客人のなかで、この会話をした人の多くは「やむを得ない、そんなことより新潟の被災者の援助に回すべきだ」でした。そして今日の朝刊には政府の対応に批判的な識者のコメントが載っていました。私も新潟のニュースには目頭が熱くなることがたびたびありましたが、殺された事件は冷酷かもしれませんが目頭はなんの反応もしませんでした。たまたま二つの悲劇が重なって比較しやすいのですが、山越えして逃げてきた被災者の「命からがら逃げてきました」とか、余震に子どもをかばって逃げ惑う母親、身体に悪いと知りながら窮屈な車生活を続ける家族、半壊した家の木材を燃やして暖をとる老夫婦の「泣くに泣けない」の言葉、それに追い討ちをかけるような寒さの到来など、彼らは恐怖に怯えながら厳しい状況のなかで必死に生きようとしていて、平穏に暮らしている人が手を差し伸べたい思う気持は自然に湧き出る人情で、客人の「わしがもう少し若かったらボランテアにいく」の気持は多くの人の気持を代弁しています。。それに対して殺された犠牲者は外交官でさえ身をひそめている治安の悪い地に自らの責任で入って拉致されたのですが、これは自分の命を大切にしない行動「死にに行くようなもの」で、必死に生きようとする前者と大きな違いがあります。ご家族はお気の毒ですがそれを日本人の人情が薄くなったとか政府の対応を非難する識者のコメントは筋違いではないでしょうか。震災時には私は政府の初期行動が遅いとこのコーナーで苦言を呈しましたが今回の関係者は拉致されたあと救助や情報をを得るために危険地帯でそれなりの行動をとったと思います。多数の人が暮らす社会のなかではお互いが自らの行動に責任を持つことは大切なことで、「立ち入らないように」という勧告は、こうした事態になった時は助けられないからの意味もあり、悲しいかなそれが立証された訳です。国民を守る国の義務とともに個人も国や社会への礼節を示すべきで、安易なきれいごとは何ごとも人のせいにする自己責任のとれない人間を増やすだけのような気がします。 山崩れ 川溢れくる 秋日かな  災害と 戦禍の世界 秋深し
 04,10,26 政府の対応が遅い新潟中越地震
  連日震災のTVニュースが報じられて見ていて心が痛みます。阪神大震災より被害は少ないもののSOSの文字を発信せざるを得ない極限状態が何日も続く現状に政府、自衛隊は何をやっとるかと言いたくなります。台風と地震国である日本の広範囲な災害マニアルを実行できるのはトップの国であって枝葉の未経験な自冶体では敏速に対応できない、このような時こそ国は税金や国の組織としての機能を困っている人々に敏速に的確に使うべきなのに、3〜4割の責任しか果たしてないように感じる。自衛隊は仮想敵国などという有るか無いかわからないものに待機をしていれば良いというものではない。国民を守るために創設され日々訓練しているはずの自衛隊が何故老人や乳児などの悲痛な訴えに四日間も大規模な作戦に手を出し惜しんでいるのか納得できない。
  04,10,13  ちくしょう!!
  近くの仲田公園や千種公園の銀杏の葉は黄色に色づいて秋らしくなりました。ある朝愛犬チビ太をつれて千種公園へ散歩に出かけると紐につながれていない犬「マルチーズ」がいました。(チビ太は犬が大嫌いで自分より小型犬でも出逢うと情けないかなシッポをまいて私の後ろに隠れます)マルチーズは隠れるチビ太を見て勝ち誇ったように寄ってきて逃げ回るチビ太をうなり声まであげて追いかけ、飼い主の中年の主婦は慌ててつかまえようとしますがつかまりません。私は思わずコラーと大声をだし「捕まえられないものを離すな」と怒りました。すると主婦は「いえ捕まえられますよ」とか「ただお友達になりたいだけなのに」とこちらが悪いかのような言い訳をしました。公園で「うちの子は大丈夫」と自慢げに離している人をよく見かけますが、こうした興奮状態になると畜生丸出しでつかまえられないことは過去に経験済みです。帰宅してから私はその言い訳した主婦にとどめの反撃を加えられなかった回転の悪い自分の脳ミソを悔やみました。「あなたは見知らぬ私から『仲良くしよう』とまとわりつかれたり身体を触られても喜べるんですか?」と。しまった、しまった、聞けばよかった。「爆笑」 
 04,10,1 続イチローと松井はすごい 
  ヤンキースの4番松井もすごい。この日31ホームランを打ち地区優勝に貢献。アリーグで30ホームラン以上の打者はは12名しか居ないから名実ともにメジャ−のホームランバッター誕生。イチローは256本の安打を打ち257のタイ記録に王手をかける。前監督の仰木氏が現地に応援に訪れていわく、「イチローはなんかすごいことをやっとるなと言う感じ」まさに名言、全く同感、シアトルへ帰りホームでの3連戦で記録に挑戦、新記録の確率は9割と予想。ちなみにイチローのすごさを立証するHPがあります。「イチローはすごい」で検索してみて下さい。なんとその数723[検索エンジンGoogleで10月1日現在]すごいですね。未知の世界に挑戦してすごい結果を出す。その結果は若い人たちや子供らに夢と希望を,また多くのフアンに人生の感動を与えられるわけですから真にすごいことなんです。追伸、シアトルの緒戦「日本時間10月2日」のゲームで3本ヒットを打ち259の新記録達成。258本目を打ち一塁ベース上に立った時ナインが総出で駈け寄り祝福し、また観客も総立ちしてスタンディングオベーションの拍手が鳴り止まず、イチローは二度三度帽子を取りそれに応えていた。省みれば島国の日本人が外国人にこのような爽やかな祝福を示すことができなかったように思います。記録保持者のシスラー氏の娘と孫もイチローを祝福しイチローもそれに応えて人間同士の感動的なシーンの連続で目頭が熱くなりました。そう言えば中日は優勝しましたね。私も中日フアンで落合の選手の使い方もすごいと思いますがその優勝がかすむほどイチローの行いの結果はすごいんです。下の俳句は野球と感動とは無関係です。
 04,9,24 イチローはすごい&プロ野球のスト 
  イチローが大リーグ入りした時に私は3割は打てるだろうと予想しましたがまさかMLB84年ぶりの記録を破るほどの活躍は思いもよりませんでした。一時期打撃が失速したかに見えましたが22日に5安打、23日に4安打の固め打ち、残り10安打「10試合」まで近づき夢の大記録が俄然現実的になってきて、シアトルはもちろんアメリカの全国紙までがイチローの天才ぶりを報道し始めました。足の早い選手は多くいますが、彼のすごさはバットコントロールです。普通の選手は外角のおっつけ打法と投手返し、内角のひっぱり打法の3種類ぐらいしか使い分けられませんが、彼はさらに高校野球でよく見かけるバウンドさせて内野手の頭を超える叩き打法、また内角の振り遅れるような鋭いボールをバット角度をつけてレフトへ流す「うっちゃり打法」(◎私が付けました。)があり、この二つはボールにスピンがかかりコントロールもつけられて球種とコースに応じて使い分けている。そしてこれらの小技の確率を高めるために打撃理論に反する「移動打法」を会得している。野球は軸足を基点としてフォームの安定とパワーやヘットスピードを得ようとするが、テニスの場合は狙ったところへ打つことが必須の条件でストロークはラケットを押す感覚で打つ。イチローはこのテニス打法で重心を移動させながら数ミリ間をバットの角度を固定したまま振りぬいて緩急のスピード差に対応し、また狙ったところに打球を運んでいるように思える。私の天才解説はいかがでしょうか?また記録を破られるメジャー選手のプライド過剰を心配しましたが、多民族国家のせいか相手選手と観客は総じてフェアーでスタンディング.オベーションもありその点も素晴らしいことですね。それに比べると島国の国民性の性でしょうか、日本プロ野球経営者の度量の狭いこと。初めてのストで分かったことは自分のことしか考えない老人の石頭と、長年に培われた野球文化を持ち根強い人気があったことですね。その意味で経営者は「健全な社会のための潤滑油」といわれる文化を育む社会的責任を自覚されるべきです。新しく加入をうわさされるライブドアと楽天も黒字の計算だけしていては計算違いになりますよ。子供たちに夢を与え社会に寄与する企業理念を持たれんことを願います。
 04,9,23 車を変えました。
  平成4年製デァアマンテが猛暑のこの夏に夏負けしたのかエアコンが止まり、12年の愛着を振り払って新車を購入しました。三菱は不祥事を起こしましたが愛車はリコール対象外でよく走ってくれました。テニス旅行、鮎釣り、陶磁器資料館通い、海釣り、正月休みの連泊での遠出、、好きな信州は10回ほど走りました。デァマンテのデザインが気に入り特にブレーキをかけた時に車体がブレないで沈むように制動する造りは高級感と上質さを感じます。走行距離は12年間延べで57,500Kmでしたが、この間大切な家族、友人を乗せて無事故で走ってくれたことを、引渡しの時に顔をなでて心で有難うと言いました。新しい車はマツダのMPVです。今まで35年間乗用車ばかりでしたが、初めてのミニバン、7人乗りのいろいろな使い方ができるワンボックス車です。車内空間は広くてウオークスルーで夫婦二人なら寝泊まりもできます。ナビ付だからこれで日本一周をと人生の終わりに近づいた63歳の夢と、残りの人生の大切さを考た買い物です。同年代の客人や知人は私と同じような夢を持っておられます。しかし私の現実は店があり消極的な妻のことなど本当の夢に終わるかも知れませんが、実現するための”足”だけは用意できました。
 04,9,10, 芸術と食欲、もの思う秋になりました。俳句の勧め
  日本には美しい自然があります。しかし時々モンスターのような恐ろしい自然でもあることを思い知らされます。特に今年は当たり歳?のように噴火、地震、台風、雷、洪水が日本列島に襲ってきました。なかでも地震は津波と火事を伴いますから甚大な被害が予想されます。人間の手の届かない地球内部で確実に胎動している地核は、生物をチリのように吹き飛ばすエネルギーを溜めて放出します。言い換えれば人間は地球に寄生する雑菌のような頼りない存在なのです。その頼りない雑菌が悲惨な殺しあいをする愚かな世界のなかで、美しきものや生命の輝きを表現することに意義があると言えるでしょう。俳句は庶民的で日本人の誰もが心の隅に親しみを感じて、自然の移ろいなどに感慨を持たれるのではないでしょうか。下は秋の主な季語ですが一つ一つに秋の情景が脳裏に浮かんできます。これからは夜が長くなりもの思う秋の本番です。そこで下の秋の季語で17文字を組み立ててみませんか。コツは同じ意味の句「類句」を5〜6句作るとそれを土台としてまとまりの良い句が生まれます。日常使われている言葉で感情を抑えた表現が基本です。下の名のある俳人の句も一般の方々にも理解できる名句ばかりです。それらを句帳に書きとめれば貴重な心の財産になり,、また生を慈しむ穏やかな精神が育まれるでしょう。その他脳細胞の活性化と指の運動「爆笑」にもなりますよ。俳句の四季は2,3,4月は春、5,6,7月が夏8,9,10月が秋、11,12,1月は冬となっています。掲示板やメールでで当サイトに送って下さい。そのなかから一部このコーナーに掲載させていただきます。その場合パンダ、順風、B.K、さよ子等の句号のようなものをつくられると都合がよいでしょう。一匹の 命うごめく 盆踊り。 踊る輪に 入るに迷ふ 他人の目。 oiroy61okeus@ybb.ne.jp
 04,8,30得たものは教訓だけ7〜8月の独りごとは別室に写りました。
  先週の休日に知多市の日長へハゼ釣りに行き現地に道具箱を忘れてきました。クーラー大の大きさで中にはリール類、キャップライト、生きえびの生かしポンプなどが入っています。この場所では必要のない箱でしたが日長の水門に私の臍ぐらいの高さの堤防があり、その場所へ妻を上げるための踏み台にしたのです。釣れない上に雨が降り出して場所を変えようということになり車の近くの物は仕舞ったが少し離れた(せいぜい3m)その台はうっかり忘れました。知多警察と近くのエサ屋に念のため電話をしたが両者から「まず出ない。今は隣で釣っている人が少し目を離しても物が盗まれる時代」と言われていろいろ反省しました。@汐時が悪いのに急にでかけた「条件の良い時なら移動しなくてよい」A条件が悪いのに友人を誘った「釣れないと責任を感じて気がもめ、どこへ変わろうかと頭は一点に集中し隙ができる」Bもの忘れの出始める年齢63歳の年だという悲しい自覚C不必要なものは持っていかないこと等々、結局その日はボーズで得られたものは夏の終わりのほろ苦い反省だけでした。また雨が降ってきたら早々と自分の竿をそのままにして車に乗りお喋りしていたわが妻にも一言「釣り場へ着いたら俺はいろいろやらなきゃならないことがある。お前の竿を作りエサを付け、釣れたらはずし、帰るときは竿はそのままでは車に乗らないから仕舞い、友人を誘えば釣れない時は移動するか否かを考えたたり、さらに運転者として半田の阿久比川への最短の道順は?とオレの老化しかけている脳はフル回転してるから、お前は何もしなくてよいからただ一つ、帰る時に忘れ物がないかだけ気をつけておくれ、お前は俺より6歳も若いんだから」(苦笑)と頼んだ次第です。
 04,8,26 思い思いの夏去りぬ 
  今年の暑い夏も事件や事故で多くの方が亡くなられました。集中豪雨,河や海での水死、殺人事件、交通事故等による不慮の死です。こうした現場では捜査員や救助隊が出動されるのですが、時々このなかで会話しながらの笑顔がテレビに映りだされることがあります。どんな意味の笑顔かは視聴者には分かりませんが、遺族や縁故者、また行方不明者の家族にとっては傷口を踏みつけられるような悲しい思いをされるのではないでしょうか。また北朝鮮の拉致行方不明者の写真の上にスポンサー名を貼り付けている民放も理解できなません。横田めぐみさんのアップの写真の目と鼻と口の辺りに3〜4社の社名を貼り付けて宣伝している。社会のなかで不幸な人や社会的弱者を思いやることは大切なことですが、本人はともかくとしてテレビ局は公器として編集する時に不謹慎に思える場面をカットすべきではないでしょうか。些細なことかも知れませんが日常的にこうした他人の心の痛みに無神経な放送が流されていると、知らず知らずに大切な心を失い殺伐とした世の中になってしまいます。今朝守山区からのお客さんが来られて「うちの辺りに赤とんぼが一杯飛んでいた」と言われました。仲田公園ではとんぼは見かけませんが、蝉はすっかり鳴りを潜め思い出したように鳴いても声はかすれて途切れてしまいます。夜になると秋の使者コオロギが静かな音楽を奏でるでしょう。蝉落ちて次なる奏者羽ふるふ 私もコオロギのように次に生かされているものとして筆をふるいキーボードを叩き句をひねっています。  拙句です。ものの影 鋭くなりて 秋近し。 湯の街の 道に湯気する 夕立かな。 恋のもと 育つ乙女や 髪洗ふ
 04,8,19 ちょ〜気持ちいいマダイの兜煮
 アテネでは日本人が大活躍のメダルラッシュ。水泳の北島は優勝して「ちょ〜気持ちいい」とコメントしましたが、若い人たちが頑張って結果を出す姿は見ている方も感動的です。インタビューの涙でクシャクシャな顔も「ちょ〜可愛い」。そして出てくる言葉は両親、先輩、コーチのお陰と「ちょー格好いい」。またメダルを取れなかった選手にも温かい拍手を。そんな合間に我々老夫婦3組でお盆休み(16,17,18日)に北陸へ堤防釣りに出かけました。名古屋近くでは見られない魚影の濃さとドライブの距離も適当で、アジ、チャリコ(マダイの稚魚)、サヨリ、ハゼ、サンバソウ、ゼンメ、キス、セイゴ、グレ、アイゴなどの小物が退屈しない程度に連れます。注、アイゴだけは美味しい魚ですがヒレに毒があり、刺されると激痛で半日はうずいて釣りどころではなくなりますから、靴で軽く踏んでいてハリスを引けばはずれ海へ返してあげましょう。ちなみに死んでいても毒の威力は残っています。妻は相変わらずゴカイが付けられず、釣れた魚は外せなくて世話がかかりますが釣れれば「ちょー釣天狗気取り」全員にチャリコが釣れてタイの船盛りや兜煮(失笑)ができると「ちょ〜気持ちよい」釣行でした。
 04,8,8 サッカーアジアカップ優勝
  自然界ではこうろぎが初鳴きして仲田公園に蝉の死骸が多く見られる時期になりました。人間社会では昨夜のサッカーアジアカップ決勝戦で日本中が熱くなりました。。ブーイングの中での勝利は幸運ではなく実力ですね。8月8日現在 スポーツの祭典オリンピックが近づき、メジャーリーグベースボールではイチローと松井が大活躍して、さらに球児のお祭り全国高校野球が開始され、その他のお祭りや花火大会は全国の隅々で開催されていて、日本プロ野球の入場者数は減るはずです。(首位の中日以外)私はサッカーの国際試合とイチロー松井は殆んど見てます。オリンピックも野球、柔道、水泳、マラソン、ハンマー投げ、体操、陸上末続などは観戦する予定です。いづれも人間の限界と可能性を追求するアスリートばかりで、選手の努力やスポーツ精神は人間の素晴らしさと、生きていることに感動させてくれます。悲しい事件や事故を忘れさせて人生を明るくしてくれるからその意味でスポーツもお祭りです。現代のお祭りはそんな意義を持って継承されているのでしょう。この句も継承です。
 04,8月3日 7月24〜25日に恒例の仲田夏祭りが開催されました。
  もう8月ですね。なぜか8月は一年の折り返し点のように感じますが実は残り5ヶ月しかないのです。(苦笑) 7日には立秋を向かえますが、この時期は全国で夏祭りや花火大会が華々しく催されています。農耕民族の祖先は秋の取り入れ前に豊作を祈念する願いがあったのでしょうが、現代では「人間の祭り」として地域に受け継がれているのでしょう。10日「火曜日、ツツミの定休日」は夜空を焦がす光の芸術、犬山の花火大会を見に出かけようと思ってます。大花火天の太鼓を響かしぬ。 手花火の火を継ぐ子らの真顔かな。 子や孫に連れて連れらる夏祭り。
いい加減にしろ。事件、事故、不祥事 04,7,31 
  有意義な釣行をしたあくる日「27日、火曜]に気分の悪い事件と事故が報じられた。一つは東海北陸自動車道、白鳥近くの正面衝突で7人死亡の事故であり、あとの一つは賄賂で愛知自民の政治家5人逮捕された事件です。跡を絶たない社会の不条理になんともいたたまれな気分になる。東海北陸道路は美濃から北が片側1車線の対面通行で以前から危険を指摘され悲惨な事故を起こしてきた。妻の里だから甥や姪が名古屋方面へよく出かけてくるし、私自身も家族と、また釣りで何十回も走った道であり他人事ではない。一家5人が夏休みの旅行で巻き添えになり亡くなられた悲劇は経典「朝元気で家を出た人が夕には白骨と化す」にもあるように儚いこの世そのものでです。過日相手の3tトラックは1、5tも過積載だったことが判明、その会社も会社ですが私は高速道を管理する側の責任を問いたくなってくる。金を支払って走る道路に何故このような違法な凶器が我がもの顔で爆走しているのか。1,5tもの過積載で高速で走ればハンドルやブレーキ、タイヤに負担をかけて凶暴なマシーンと化す。東名などの大動脈は無理でしょうが危険を指摘されている一車線の地方道は出入り口でそれらしいトラックをチェックをすべきではないだろうか? チェックと言えば政治家の逮捕も相変わらずの辟易とする事件ですが、国民がチェックできるシステムを持ちながら何故このような議員がいつまでも金脈汚染を蔓延させているのでしょうか。選挙での調子の良い公約とは裏腹の私利私欲のていたらくでは市民の生活は良くなるわけがない。大企業は少しずつ「コンプライアンス」(法令順守)を重視するようになりましたが、それでもトップの最敬礼のお詫び会見は跡を絶たない。このような不快社会に目の覚めるような善意がありました。福井の水害に匿名で2億円の宝くじ当たり券を寄付。私も宝くじを買いますが口先だけの汚い金に群がる人たちとなんと対照的な違いでしょうか。人の善意は汚れた不安定社会でほど美しく輝きますが、こうした善と悪、生と死、愛と憎しみ等の二面性は人間社会の悲しい宿命のようですね。     爽やかな 風はひと時 夕立あと「ゆだち」 
  再会の熱き抱擁 曽我さん 04,7,13
  詩人の風貌漂う曽我さんが熱烈な抱擁とキスをされました。再会は国民の多くが関心を持ちテレビ視聴率も高く映画のワンシーンのような場面に感動されたかと思います。私もビックリしました。蓮池、地村さんの時は親子肉親のドラマでその絆の強さに感銘を受け「事実は小説より奇なり」とこの「たわごと欄」にコメントしましたが、、今回は夫婦、言葉を変えれば他人、それも外国人との夫婦愛を世界に発信され、万民共通の愛とそこまで愛を深められる人間の素晴らしさ、また人類は一つの地球ファミリーという観点でより以上の感慨を覚えました。「逆説的にいえばこの純真な感情が戦争につながることも事実ですが、、、」こうして報じられる再会のドラマは日本人とりわけ若い人たちに真実、愛、家族、故郷、人間、地球、戦争と平和など大切なことについてさまざまな学びを与えられるわけで、再会のための費用「税金」を惜しむ方がおられますが、金銭面だけを考えるのではなく政府の過去の反省にたち、不幸な被害者をここまで国をあげて応援し励ましたり支持できる温和な日本人の国民性を世界に知らしめることであり、それはひいては世界の人々へ民主主義や人権、個人の幸せなど大切にするメッセージとして、平和への寄与も少なからず有ると考えられるのではないでしょうか。俳聖、芭蕉の句、荒海や 佐渡に横たふ 天の川
   セールスマン 04,7,11
 1昨日ブロードバンドのセールスマンが当店を訪れ、そこでいろいろな話題に話が弾みました。彼は自転車で地球環境を守ろうとする個人のHPを持っていて休日は地方に出かけて実践している由、そのためか吉田川から八幡の新橋亭、また新橋からの仮装飛び込み大会に出たこと、一部の釣り人しか知らない清流那比川、大和町の奥までよく知っていて、その他身近なところでセミナーやイベントを行っているユニークな守山区の星さんをご紹介します。自転車活用ネットワーク東海
   蝉時雨  04,7,9 
 暑いですね。名古屋は連日34〜35℃で梅雨の気配は全くありません。今朝の新聞に「全国で4人が死亡、中部だけで68人が手当てを受ける。」の報あり。参議院選挙の街宣車もこころなしか少なく感じて”選挙熱”も上がりません。仲田公園の蝉は全員が初鳴きは済ませたようで完全な蝉時雨状態です。毎年初鳴きを観察していますが9割がた梅雨明けの時期に鳴いて明けたことを人間に知らせてくれます。その確立は気象庁より高いですよ。気象庁はそのうち遡って梅雨明けを宣言するでしょう。しかし連日暑さによる死亡者がでており、早く梅雨明け宣言をして猛暑予報をだして注意を喚起すべきではないでしょうか?いつまでも「梅雨」の季節では暑さにたいする気の持ち方が違います。
 釣日誌出てくる。 04,7,5
 古い釣日誌が出てきて読み返してみますと釣行の数の多さの驚くと同時に、休日は自分中心に過ごしてきたあさましい行状に反省させられます。釣りは深夜に出かけたり朝帰りしたりして家族に心配をかけてきたことなど、妻と娘に対し身を小さくする思いです。その証拠の一部 言い訳がましいですが 先人の句⇒ 外に出よ 触るるばかりに 春の月 「ふるるばかりに」 春の月は大きくて触れるくらい低い位置にあり、外に出ればそのような自然の感動を体験できるという意味。私の数多い趣味の原点は「鮎釣り」だと言ってきましたが、今後は「理解ある家族」と言い換えます。
 クアラルンプールのキャメロン高原 04,7,4
 キャメロン高原から友人H氏からのEメールが届きました。ロングスティするための下見に出かけられたのです。名古屋は33℃の猛暑ですがキャメロンは軽井沢のような避暑地で朝は22℃昼は27℃で湿度も低く快適な陽気だそうです。定年退職されたご夫妻のキャメロン便りは爽やかな高原の涼風のように拙宅に届くでしょう。送られた”涼風”を折にふれご紹介しますが、マレーシア政府観光局オフィシャルサイトを開いてみて下さい。ロングステイその他が詳細に説明されていて興味深いですよ。ちなみにキャメロンはその高原を世に知らしめた英国人の名前だそうです。     
 04,7,1,今年は半年終りました。蝉の初鳴きとメダカ報告
  日付が変わった今朝に仲田公園へちび太の散歩にいくと蝉の初鳴きを聞きました。まだ一匹でしたが爽やかな初夏は生物が最も活動する盛夏と蝉時雨の酷暑に移っていくことでしょう。欅の木の下を注意深く探してみると3〜4の蝉の幼虫が這出でた穴がありました。ところで我が家のメダカは卵から100匹ほど孵化しましたが殆んど死んでいまい、ネットで対処の仕方を調べていたら園芸で使う「あかだま」を入れると良いとの記事があり実行しました。入れた当初は水槽の水は茶色に濁り心配していましたが、半日ほどで澄んできて自然の池のような雰囲気になり、環境エンリッチメントとしてわが意を得た思いです。ちなみに「あかだま」は汚れを除去するバクテリヤが生じるそうです。早生まれの兄と残りの卵から孵化したばかりの、ごみのような弟メダカが縄張りを主張して追いかけっこしているのを毎日頼もしく眺めています。生まれれば 生きる競争 孵化メダカ、  
 鮎釣り第二ラウンド 04,6,28 
 先週の21日「月」に台風6号が襲来してどの河川も1〜2M増水し、その濁りが収まる前の25日に再び梅雨前線活発になり週末は釣りにならず、28日「月」の休日は案じながら郡上へ走るが、午前10時本流と吉田川は釣り人はゼロ、昔ホームグラウンドにしていた那比川へ行くと水位は2〜30cm高いものの水は澄んでいる。しかし垢「こけ」は飛んで白川になっているが晴天だし何よりも澄んだ水と渓相の美しさが気持ちが良い。
 私の趣味の原点は鮎釣りだが人生観を変えるほどの鮎釣りをした神秘的な清流はなにを隠そう那比川であった。長良川水系では板取川、吉田川に次ぐ美しい川だと思っている。この川はあまご釣りで有名な亀尾島の支流で女性的で入川しやすく、残り垢狙いならできそうだと釣り仕度。年券はこのような場合でも気楽に入川できることが良い。
 川はS字型に湾曲しているから、増水した時の激しく石を洗う場があれば流れが淀む場もあり、11時ごろよりその付近の大石の裏「殆んど白い石ばかりだった」を丹念に執念深く攻め午後3時ごろより一箇所で入れ掛かりで6匹。4時半納竿。
 29日は今日より条件が良くなるだろうと期待したが当日は激しい朝立があり、雨上がりの10時から同じポイントで釣るも、私が釣ったためか2時間ゼロ、場所変えして2匹、午後1時に納竿したのちデジカメを持ち当サイトの取材に初夏の城下町八幡観光をする。八幡の 日傘行き交ふ 橋の上、 世も橋も 渡れば涼し 郡上かな
 6月15日(火曜)の鮎解禁日釣行記04,6,18
 釣り迷人の言い訳を聞きたい方はこちらへ 右の絵は迷人の気持ちが大げさに現れました。長雨に 蝉の初鳴き まとまらず  炎昼を 口に咥へて 翁歩む
稜線の 雷雲急きて 山動く   当番に 守られ川で 子ら泳ぐ
釣り人も 鮎も縄張る 解禁日   畦道の 唇青し 水着の子
鮎釣り 04,6,9
 今年の長良川鮎釣り「郡上漁区」の解禁日は驚くなかれ、前代未聞の火曜日「6月15日」に決定。どこの河川でも土日解禁で釣り人を取り込もうとしていますが、天下の名川と高価格で取引される郡上鮎の人気等で平日でも変わらないとの判断でしょうか。その判断は正解かつ大歓迎です。
 地元の釣り師に「お祭りみたいなもんや」と言われる鮎解禁を私の鮎歴30年で初めての体験ができそうです。ただ梅雨時ですから1m増水すると釣りになりませんが、水況ががよければ友人夫妻3組と月曜日に出かけ現地でテニスを楽しみ、じっくり「食み跡」や「遊び鮎」魚影を観察し、あくる日は男二人はお祭り、郡上市出身の妻は他の奥様と一組のご夫婦の八幡観光案内人を務める予定です。乞うご期待。 拙句ですが句会で「釣り人のみが作れる句」と高得点を頂いた一句です。鮎一閃 光りて竿の 重くなる 下の絵は水彩画で始めての鮎の絵ですが、当サイト内の私の趣味すべては鮎釣りで体験した「もののあわれ」が原点になっています。

稲妻に 鋏ふるはす 理容室    水澄むや 解禁前の 鮎の川
蜩や 夕闇迫る 主ごとし    長竿に 初鮎引いて 掌「たなごころ」
河鹿鳴く 山河は青く 美しく    夕立や 客と主は 睦みあひ
民宿の 池に託しぬ おとり鮎    河鹿鳴く 山の夕べの 侘びしかな
培養桜 04,6,9,
 再び水彩画で桜を描きました。頭に残った一枚の花びらを培養した「培養桜」です。桜の幹は年数を経るほど太くごつごつして、樹皮が荒くゴロテスクな状態になります。その力強い幹から小枝が出て花を咲かせたり若葉が萌えることがありますが、「切り株にも見かけます」これを「ひこばえ」と言い俳句の季語「春」になっています。
 生命の力強さのと共に樹幹と対照的で可憐さが引き立ち風情を感じさせます。先人の句 ひこばえや 抗山「やま」を棄てたき 若者に 古内一吐 山を切り株と見て切り株から萌え出る若芽を若者とダブらせた良い句です。こちらは拙句です。一輪も 巨木なりけり ひこばゆる
 カウンターが付いたようです04,6,8
 昨年の今頃は好きな鮎釣りも中断してHP作りに取り組んでいました。「開設は7月16日」もうじき一周年ですが、ようやく当サイトの「自画像」にカウンターがついたようです。
 「ようです」とはたよりない話ですが、自宅のPCで「理容人生」を開いてもゼロの並ぶ動かないカウンターが表示されるだけで「これはセキュリテイの関連のようです」、客人や知人に言われて作動していることが分かった次第です。この一年間更新に明け暮れてページ数も100ページを超へ少しは以前より見栄えや体裁が良くなったでしようか。この間「ヘアサロンツツミ」や「店販品」へのアクセスがあり、この5月には佐賀県より商品を求めるメールが来てさすがインターネットと感激、利益は微々たるものですが手作りのWebサイト開設者としては苦労が報われる嬉しいアクセスです。
水彩画マナビスト04,6,7
 ある日妻は友人を誘い「水彩画」も習いたい」と私に手ほどきを求めてきました。そこで「基本のき」として新聞や週刊誌、参考書等の写真や他人の絵画の模写をすることにしました。正確な模写は立体的な写生より「基本のき」であると考えたからです。
 実行してみますとデッサンの基となる直線や斜線、曲線の位置の不正確さが目に付きます。手本と見比べて「間違い探し」をするとぞくぞくと出てきます。彼女たちは見ているようで見ていない自分に驚いて信じられない表情を見せます。
 模写はこうした間違いが簡単に比較判別できるわけですが一つの真実の発見でした。画用紙と手本はともに上下左右の四辺がありますからその四辺を目安にして、絵の基本をなす線を引くわけでが、例えば手本の水平線は左辺のどの辺りから線が出て右辺のどの辺りに向かっているかを目測で計りながら描きこみます。すると四辺と水平線の計五辺が基礎の辺になり、次の交わる線「たとえばヨット」のマストなどの長さと位置をこの五辺で測ることができて、こうして次々と枝を伸ばすように目測できる辺「線」を増やすことでデッサンは出来上がります。
 そのかわり一つの線が不正確だとそれ以後に描き込む線が全て狂ってきます。この偶然見つけたデッサンの画法は基本として存在するのかどうかわかりませんが、十分に彼女たちのデッサン時のコツとして役立ち、何回も描くうちに遠近感も出せ水彩画を趣味として楽しめることになります。またものを描「書」き表そうとすることは対象を正しく見つめようとすることですから、そのためには自らの姿勢を正すことが必要になります。心身の姿勢が崩れていたり歪んでいると目測を誤りますから、必然的に「正眼の構え」をとり、姿勢を正すことはは謙虚さにも通じて絵画のみならず社会や自然を見つめる目線が変わってきます。
 そうして一つでもその中から真実を発見できれば生ある者の感動の発見になるのではないでしょうか。詳しいデッサンの説明はこちらへ
  夏来る  04,6,1
 今日から6月、鮎と紫陽花、梅雨の季節です。植物は夏にかけて最も成長する時期で、裸木だった仲田公園の欅と銀杏の木は若葉をしっかり繁茂させてひんやりとする爽やかな木陰をつくっています。
 人間界も思い出深い季節としてか俳句の季語(夏)の数は多い。春夏秋冬の季語集を眺めていると日本には四種類の自然を持てる幸せな国であることがわかります。そしてこの自然観が日本人の人柄と文化に影響を与えているのでしょう。
 初夏、夕涼み、夕凪、虹、夕焼け、青田、夏野、清水、冷奴、甚平、ビール、団扇、風鈴、夜店、花火、蝉、鮎、川トンボ、夏木立、向日葵、緑陰、胡瓜、夏草、簾など私の好きな風流で懐かしい季語が溢れています。従って拙句の数も最多ということになりますです。(失笑) 
 お帰りなさい、日本の子どもたち04,5,23事実は小説より奇なり
 昨夜は多くの日本人が北朝鮮から返された子どもたちの様子をテレビで見ておられたことでしょう。私も小泉首相と拉致家族会との会見まで起きて見ていました。その日の出来事はテレビドラマを見ているような現実とは思えない現実で、独裁国家に翻弄されてきた日本人たちが日本に帰還できて、様々な立場の違う礼儀を体験され、子を迎える二家族と家族を迎えることのできない曽我さん。またその他の行方不明とされるご家族の三者三様の複雑な人間模様、曽我さんに気をつかって子どもが帰ることを「嬉しくない」といわれた蓮池さんなど、人間の心ずかい、善意、故郷のよさ、民主主義、感動、愛、のなかで懸命に生きる姿は、まるで勧善懲悪の時代劇をみるようなすっきりとしたストーリーで、涙線を緩ませた人も多かったのではないでしょうか。
 しかし小泉さん初め政府はそうした国民の気持ちと家族会の悲痛な訴えに応えられなかった感があるように思います。結果について家族会は強硬に怒り異論、不満を唱えられたが、私は先のイラクでの誘拐時におけるような不快さは感じなかった。それは日本に不法入国して罪のない子どもを何十人も拉致した独裁犯罪国家権力から、二十数年間の長きにわたり子どもを取り返してくれと訴える万人共通の家族愛と筋道の通った道理は、どのような雄弁な政治家の言い訳より勝るからです。 
 また親が故郷入りした一年半前と同様今回も地元の人々の温かい歓迎は、故郷の山河の美しさと共に「和」を尊ぶ日本人の人柄、善意が現れていて、テレビ視聴者も気持ちを共有できたのではないでしょうか。追伸 地村さんのお爺さんが嬉しそうに話される三人の孫との交流はユーモアとドラマ性が溢れて小説より感動的ですね。 久しぶりに詠んだ拙句です。
さらはれて 海のかなたの 星あかり     親と子の 思ひ伝はる 天の川
流れ星 乗せて超えたや 拉致の海
 

 星あかり、天の川、流れ星、いずれも秋の季語です。「天の川」には外国でも「道」や「川」の名前が付けられています。例「天のガンジス」「天のナイル」「神の道」「象の道」「藁の道」など洋の東西を問わない古人の願いがこめられています。荒海や佐渡に横たふ 天の川 芭蕉
 生命の神秘、メダカ孵化する 04,5,21
 ヘアーサロンツツミの店の水槽で飼っていたメダカが水温が高くなった4月初めに卵を水草に産みつけて、それが5月に入り卵の中で目がくるくると動いて外を窺うようになり、13日に親メダカを別の水槽に移たら待ってましたとばかりに孵化した。「それ以前に孵化したが水草内に隠れていたかも知れない」 ゴミのように分かりにくいが、その名のごとく目だけの小さなものが泳いでいるから判別がつきます。それはまさに生命が泳いでいるようで縄張り意識があるのかもう追ったり追われたりしている。初日約10匹、二日目20匹、三日目30匹 水草にはまだ卵が付いているから4〜50は孵化するでしょう。しかし2〜3割ぐらいしか成長できないと思います。飼い主にとって数は大きな関心事で朝起きると何匹増えているか楽しみで毎日3〜4回は目を皿のようにして動き回る生命をカウントしてます。来店して「ホームページを見た」と言われた方に4〜5匹さしあげます。先着10名    リンクです。 メダカの飼育方法
 環境エンリッチメント 04,5,21
 集団で生活する動物園の猿園に高木を植えたり蟻塚を作ったりエサを隠したりすると、猿たちは興味を示し冒険心を刺激されてか表情が生き生きして、檻の内のストレスや異常行動が少なくなることが分かった。「環境エンリッチメント」。
 「衣食足りて礼節を知る」というが、動物「人も含む」にとっては衣食の安定=生きがいにはならない訳で、生物の一員たる人間にとっても興味深い研究結果です。動物の本能や習性はさまざまだが共通しているのは「自然界での子孫繁栄」」であろうかと思うんですが、言い換えれば食欲、性欲、母性等の本能だけではなく、生体を燃焼させて維持するための日々の「興味」「刺激」「反応」「学習」「競争」「工夫」なども生き物にとって大切なことではないだろうか。それが心身を活性化させて健康な精神を作り集団に統制と社会性をもたらし子孫繁栄に繋げていく。
 従って衣食が足りることは逆に反自然的で子孫繁栄に不適当、不健康な状態だと言える。換言すれば子孫を残す本能とは単に生殖行動だけでなく、子々孫々が健康に暮らせる「環境」も本能の内だと言えなくもない。人間も衣食を与えられているだけの刺激や興味のない人生は「営み」にあらず、このような不健康な精神状態は自由社会で暮らしていても窮屈な「檻」に感じる人もいるだろう。
 「営み」とは自分が生きてる地球や自然、先人が遺した文化や歴史に興味を持ち親しみ刺激を受けたり、挑戦したり、感動や学び目的等を得て子孫繁栄をより確実なものに導こうとする行為であり、それは健全な精神として個人の幸せ「求める」より、自然保護や恵まれない人々へのボランテア、社会奉仕など調和したより良い社会作り「与える」に向かわせる。これが社会の中で自分の居場所が定まり生きる目的を得られる万人の環境エンリッチメントとは言えないだろうか。
管理人の一日   04,5,14
 起床は7時半、8時からちび太を連れて「に連れられて」近くの仲田公園へ散歩に行きます。妻に言わせると所要時間は「7分」だそうです。その後朝刊を見ながら牛乳、コーヒーで食パンを食べます。食べ終わると店に行きパソコンをオンにしてメールを確認し9時10分前に店を開けます。
 土日以外は仕事よりPCで指を使うことが多くてそんな私に妻は掃除を強要します。午後の3時ごろに妻が携帯を持ちちび太と一時間ほど散歩します。帰ると「今日は3人に(可愛いい)と声かけてもらい頭を撫でてもらった」と自慢気に報告します。実は私は一度も声がかからずまして撫でてもらうなど絶無です。むしろ通行人は避けて行きます。このことに一時期ひがんでいましたが、つい最近通勤時間帯のせいかと納得しました。
 夜7時半に閉店してそれから一杯付きの夕食です。テレビは「生き物たちの地球、たけしのテレビタックル、動物奇想天外、ためしてガッテン、ニュース、洋画、K1,フル代表のサッカー、BSのMLB、スターキャットのデスカバリーチャンネル、など見て、その合間に水彩画を描いたり当サイトのページ更新をしてそれでも12時前に就眠します。右の水彩画は桜の花びらが未だに頭の隅に残っていてそれを培養して育てた作品です。
続、自己責任 04,5,11
ネットで「自己責任」を検索しますと驚くなかれ100万を超えるHPがあり、その内9割が責任論に否定的でした。このページの自己責任の文字をweb検索が拾ってたぶん100万内に私の自画像が埋もれるていることでしょう。
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 自由と平等は個人に与えられた基本的な権利です。また礼節を重んじることは他人を重んじることで人間社会の基本的なルールです。この二つは共に大切なことですが与えるものと求めるものとの相反する部分があり調和が必要となります。
 前者は憲法で保障されてますが求めすぎたり履き違えると他人を軽んじることになります。個々の価値観とそれぞれの重んじるものや求めるものは立場の違いにより違うことを理解して調和を図らなければいけない。
 茶道は招く主と招かれる客人との立場の違うそれぞれの礼儀、心ずかいを示しあってお互いを重んじあう日本独特の「和」の文化ですが、その他全ての人間関係、親と子、老人と若者、健常者と障害者、国と国民、先輩と後輩、生徒と先生、患者と主治医、世界と日本などお互いの立場の違いを理解する必要さを茶道は教えている。それは善意のキャッチボールとして人と人とのしみじみとした信頼感に浸ることができ、それがさらに他人を重んじる礼節を深めていき、その結果「自由と平等」はことさら声高に主張する必要が無くなります。これは求めることは控えめで与えることは多い理想的な人間性を形成する。  ところが現実は逆で常に損か徳か、有利か不利かの打算的な求めるだけの行動になり、老人や身障者から引ったくりをするような自分さえ良ければ良い世相をつくりだしている。
 例として、車は今日乗せてもらったり乗せたりして善意のキャッチボールを身近に楽しめる文明の利器ですが、単独事故に遭い乗せてもらった人が損害をこうむった場合に、お互いの立場を尊重しあえる茶人の心と、運転手を信頼して乗った自己責任をわきまえる礼節が必要です。善意のボールを投げてくれた友にタクシー乗車(営業)で被害をこうむったがごとく罵倒したり100〜120%の請求をすることが今日の当然の風潮になってはいないでしょうか?。 
 幸い裁判所は人の善意と自己責任とに配慮した判決が出されるそうですが、つくづく人間界は自己中心的では成り立たない、他人が、「社会」が成り立って自分が生かされる場所であることを思わずにはいられません。追伸 ネット検索で「自己責任」にスペースで空けて「自画像」を加えると出た出たわが見飽きた顔がトップで。ちなみに「和風」「理容」でも開きます。
新館のご案内 04,5,8
当サイトの「育毛」欄に反応が多いので増築してトップから開けるよう「理容人生」に移動しました。また「自己責任」については青少年の犯罪などが多発する現代社会の中で、なにか問題が起きると「国が悪い、社会が、学校が、親が、国保の制度が悪い」と何ごとも他人のせいにする風潮であり、今の日本人にとって自己責任は特別に大切なことのように思い別棟を作りました。玄関は「自画像」に有ります。
 04,5,7   朝ぼらけ 厨でアサリ 足掻く音ひそひそと 厨のアサリ 蠢きぬ
昨夜ご近所さんからアサリを頂き今朝起床すると台所の流し台の中から「カサ、ゴソ、ブチュ、ピュー」と賑わしい音がしていました。あと一時間もしないうちに熱湯に入れられる運命から逃れようとしているように感じました。
04,4,20 イラクで日本人拉致
求めるだけでは片手落ち5月に入ってからも自己責任についての議論が続き、このコーナーだけ5月に残しました。
 イラクで日本人が拉致されてさまざまな意見が噴出した。「人の命は地球より重い」「自衛隊はすぐに撤退すべきだ」「親の気持ちがわからんのか」「自分の意思でボランテアに出かける崇高な精神」「自分の息子だったら首相は平気でいられるのか」等々家族や家族を支援をする人たちの自己主張する言葉であった。
 平和や人命の大切さは誰もが思うことだが、戦争というものはお互いがそれを強硬に主張することで発生している。平和や命の尊さを主張するだけで手に入るような世界はどこにもない。国策は5年10年後の日本の利益。お互いの国の立場、置かれた状況、歴史的背景など、広く永い視野に立ち考えられるだろう。3人の命を救うため金を支払ったり自衛隊を撤退させ国策を変えることは、テロを容認して温存育成させたことになり世界中から顰蹙を買うだろう。
 また自己主張する組織から日本がターゲットになり、多くの日本人をを危険にさらすことになる。その結果平和憲法を放棄して軍備に頼らざるを得なくなり若い人を戦地に送り出すことにもつながっていく。政治家は国民の幸せのために働き、国民も幸せや自由を求める権利はあるが同時に国民としての義務、人間としての責任を負うべきで、それを忘れて求めるだけの対立的社会風潮になってはいないだろうか。中学生がボランテアでイラクへ行きたいと言っても、崇高な精神だからと認める人は少ない。それは個としての責任や義務を果たすことができないからで、ボランテアをするつもりが逆に多くの人々に迷惑をかけてしまう。
 国としても救出の努力や危険、負担を無制限出せる訳がない。NGOやボランテアは自己責任で行動してこそ世間から評価されるのではないだろうか。また心ならずも迷惑をかけてしまった場合にきちっと責任をもった説明ができる精神年齢に達することが「人の世話」より先決に思えるが。 「アメリカは自由と民主主義を他国に求め(それはアメリカの利益にかなうから)イラク国民は主権を求め、部族は権益を求めて衝突している。」いづれも自己主張です
04.5.1   今日から5月、今年もあと8ヶ月(失笑)     メール投稿欄新設
 3〜4月の独りごとは別棟に引越しです。メールの添付写真を縮小してHPに挿入することができるようになりましたので、新しく投稿欄を設けました。「このページの左上」ふるってご投函下さい。ただし、管理者が不適と思われるアダルト、支離滅裂型、法律違反系は掲載を控えさせて頂きます。それにしてもインターネットには数秒で当HPの容量を計測(17MB)してくれるものや、写真等の容量を縮小してくれるソフトが用意されていて、知識は無尽蔵のごとく詰まっています。プロパイダーのHPサービス容量は25MBまで使えますが、20MBを超えるとトラブルやエラーが多くなりますので、縮小ソフトでリニューアルしてスリムにしますので、しばらくはページ更新が滞りますがよろしく。尚それらに関連するソフトも「リンク」欄にリンクさせてあり参考にして下さい。 
  04,4,20 古虎渓に遊ぶ和風湯葉料理    湯葉料理の桂川
JR中央線で名古屋から多治見の方向に向かった古虎渓という駅の近くに、湯葉を京料理風に食べられる「桂川」があります。渓谷の斜面に造られた料亭からはせせらぎと小鳥の囀り、新緑が広がり、食事は午前11時ごろから午後3時の4〜5時間をかけてゆっくり頂くのどかさ、煩雑な生活を忘れられる別世界があります。窓を開ければ初夏のような爽やかな風とオゾンで森林浴、、滝のしぶきからのマイナスイオンを胸一杯吸うにつけて、砂塵の舞う荒れ果てた不幸なイラクの国民に思いをいたしました。和風の「和」とイラクでの「争」いが対極で関連しているような気がして「和」について考える室をこしらえました。「自己責任」で和室へどうぞ。
舞あがる 谷に花びら 蝶遊ぶ 若葉透け 青葉は返す 春日かな
谷風に 落花きらめき ながら散り 古虎渓や 杉より高き 山桜
階下より 湯葉の香あがる 春かすみ 箸つかひ 落花運びぬ 京料理
04、4月6日 16ペア32人の花見テニス大会 名城テニスコート
毎年恒例の花見テニスは4月の第一火曜日に行います。今年は南区のグループも8ペア参加して総勢32人16ペアで行うことになりました。コートに隣接した名城公園で11時からお花見をして午後1〜5時までの親善テニスです。、名城公園の広場はぽかぽか陽気で春休みも重なりござを広げる人は多くて、心配していた桜も以外によくもち散り始め「ひいき目で見て満開」で、名古屋城を背景に平和な光景のなかで健康に感謝して乾杯をしました。♪少し酩酊して仰向きに寝ると青空と花びらが真上に広がります。日ごろ大地に接するのは足の裏しかありませんが、座ったり横になったりすると地球という星を肌で感じます。大地を身近にに感じることはそこで寝起きしていた人間の本能であり周辺の草花や見知らぬ人々にも連帯感を感じます。換言すれば地球環境ととそこに棲む生物をかけがえの無い大切なものに思えることです。「自然の一員」に入会したような満ち足りたまどろみは気持ちのいいものですから一度体験してみて下さい。「注、お酒はテニスボールが二つに見えない程度、転寝(うたた寝)は夜桜では禁止、風邪をひきます」幹事より
 
パンダ パート2  04,4,3 
 ぬいぐるみのようなパンダやコアラの可愛さは誰もがを感じるでしょうが牛や豚、鶏はどうでしょうか。ひよこや子牛は子パンダと同じように愛らしいのに大人になれば人間に食べられる運命です。人の食欲を満たすめに横にもなれないような狭い場所でエサだけ与えられ、インフルエンザが発生すれば生きたまま無造作に処分される。牛や豚は人と同じ哺乳動物で犬や猫のような感情を持っているはずですが、売られゆく時や殺される時は本能的に不安を感じ、その時の表情や瞳には人に訴える悲しいものがあるのではないだろうか。私も殺生の釣りをして焼き肉、から揚げを食べますのでえらそうなことは言えませんが、自分を含めた人間の罪深さは自覚しています。全ての人が「罪滅ぼし」の気持ちで社会「地球」に接っすれば少しは救われるかも。でもこの程度では人間だけの身勝手な屁理屈ですね。もう一度生まれ変われるとすれば殆どの人間は食肉牛か鶏ですよ。懸命に徳を積まなければパンダにはなり得ません。それともこの不条理は前世で悪行をした人のなれの果てでしょうか。
桜は満開 4月1日
水道路の桜も4月1日現在ほぼ満開になりました。若いころに年配の客人が「桜が咲くと今年も終わったように感じる」と寂しそうに話されたことを思い出します。私は思わず笑ってしまいましたが最近はその気持ち分かるような気がします。「夕日は釣瓶落しのように早い」と言いますが、老人にとって暖かくなる春だけが待ち遠しくて、春が過ぎれば暑い夏と侘しさの秋が残るだけで四分の一終わっただけなのに終わりを感じるのでしょうか。20年来の客人が退職されて郷里へ帰られることになり、その送別会に私たち夫婦も「お世話になった人」の部でお招きにあずかりました。春来れば 転居を告げる 理容客 春は移動の季節で理容室でも小さなドラマがあります。左上二枚の絵は名古屋鶴舞公園の桜、下一枚は日本一の富士と国花の桜を組み合わせた抽象画です。
エッセイ「ジャイアントパンダの子育て」  3月28日 中国名 大熊猫    リンクです。愛らしいパンダが動画で見られる http://www.eonet.ne.jp/~matsumayu/
テレビで「ムツゴロウのゆかいなパンダ物語」を見た。パンダは双子を産んだ時に母親は一匹だけを膝の上で育てる習性がありもう一匹は死ぬことになる。人馴れした飼育場のパンダが双子を生んだ場合は人の手により二匹とも育てて自然に返そうという記録である。生まれた直後に捨てられている子どもを人間が拾い飼育室で育て、少し成長したころにその子パンダを連れて檻に入り隙をみて取り替えるのである。信頼できる飼育人だけが成せる技だが二匹の子パンダの乳を欲しがる時の鳴き声は同じで騙される?のだろう。こうして交互に母親に抱かせて育てるのだが、そのうち目が見え歩けるようになると二匹の子パンダは初めに育てられた”親”を慕って「追い鳴き」をするようになる。母パンダが外の運動場出た時は育てられた弟パンダが追い鳴きし、人間に拾われた兄パンダは飼育人に追い鳴きをする。この時期を見計らって弟と母パンダの居る檻に兄パンダを置き去りにして飼育人は外へ出ると兄は飼育人を慕い追い鳴きをする。檻の中から飼育人の居る外へ出たがって鉄格子に顔を突っ込み激しく鳴く。するとその声に母パンダの遺伝子がうずくのか、膝の上の弟を傍らに置いてむっくらと起きて歩き出し鉄格子に頭を突っ込ませている兄の後ろから身体を咥えて頭を出そうとする。無理に引きずり出すことはせずに、角度を変えて頭が抜ける位置を探して慎重に取り出し、こうして兄弟はひとり立ちするまで母パンダに同じように育てられ野に返される。ムツゴロウ氏は感極まった表情で「動物はすばらしいですね!」氏のこの「は」は動物より優れた知能を持ちながら愚かな行動をとる人間への悲しみが言外に込められているような気がする。
開花宣言 3月24日。    
 近くの水道路の桜が宣言通りの3月24日に一輪開いているのを見つけました。周りの蕾も頑なに閉じていた花びらを少し緩めてピンク色になり、春光を懐深く摂り込もうとしています。俳聖松尾芭蕉の句に さまざまな こと思い出す 桜かなという句がありますが、大変分かりやすくて親しめて難解な俳句の世界に入ることを躊躇している人は安心できるのではないでしょうか。私も分かりやすい句を創りました。入る子も 出る子も花と 校庭で。またこの句から当時も現代も桜に対する感慨は同じであることが分かります。俳句では「花」と言えば桜を意味します。国花として日本人に最も愛され親しまれてきた花の重みを一文字で表しています。花見は農耕民族がその年の豊、凶作を占う農耕儀礼の始まりとされ、また当時の厳しくひもじい冬が終わったことを桜で祝い、平安貴族の和歌に多く詠まれ、晩年の豊臣秀吉が京都の醍醐寺で開いた「醍醐の花見」は、日本で最も知られた花見と言われてます。こうした万民に愛される桜と日本一の富士山を組み合わせためでたい絵で有名な横山大観と片岡球子の絵をご紹介します。富士紀行へ 私も日本人だからか花の句は好きで多く詠んでます。
老人は 花の遠くを 眺めをり 花咲けば 月は遠くの ただの月 桜咲き 通勤人の 背は伸びし
缶の場所 見つけて座る 花むしろ 黒髪に 落花付けきし 理容客 咲けば散る 花の定めに 酔ひ深し
酒好きは 人好きなりぬ 花の下 地に座せば 地球の一員 花むしろ 水溜り 隠す落花に ちどり足
しばらくは 浮世となりぬ 桜かな 太刀持ちの ごとく山家に 添う桜 遠目にも 花びら付けし 一年生
芦原温泉 開花亭 04,3,15 「文化」とは人の心を豊かにさせるもの
「北陸で越前カニを食べたい」と妻にせがまれてインターネットで宿を検索して探した由緒ある旅館。料理には食べ物を引き立たせる器の大切なことはよく知られているが、その意味で「宿」も客人を満足させるための大きな器だと考えられる。その器は泊める側の感性として泊まる側が受け止め、茶道の主「招く側」と客人「招かれる側」の礼儀を確かめあう作法のように、接待する側とされる側の信頼感、しみじみとした人と人との一番大切なものに触れたような安らぎ、満足感につながっていく。「文化とは健全な社会のための潤滑油」と言いますが、とすれば文化とは「健全な旅館のための潤滑油」であり、さらに社会全の人間関係にとって大切なものだといえるだろう。価値観は人それぞれですが理容室もわずか一時間ほどの接待で器は小さなものだがこの気持ちで客人に接したく願っている。それは私のライフワークでありそのことは当ホームページ「理容人生」の主要なテーマです。開花亭の館内は文人墨客が多く利用されたためか、美術品がさりげなく飾られて、3000坪の庭園とともに落ち着いた佇まいです。HPには投句コーナーがあり、またチェックアウトする時に自分の車が玄関に横付けされていたことも初めての体験でした。ラウンジでコーヒーを飲んでいた時に玄関に高級車が止められていて、よく眺めると自分の12年も乗ってきたマイカーだったが、この錯覚も「器」効果でしょう。右の絵は館内の美術品の一つで高田博厚作のブロンズ「ポーレット」デジカメで撮り描いてみました。私はうかつにも始めて福井出身のロダンに引けをとらないような偉大な彫刻家を知りこの点も満足な旅でした。  春の夜の 宿湯に浮かぶ 二葉かな 順風 芦原で詠んだ拙句です。「二葉」とは私と妻の意味も含みます。独りよがりな解説者より。
夫婦喧嘩の勝ち点トップU23サッカー 04.3.6
 サッカーU23のアテネオリンピック予選は夫婦喧嘩をされた方が多かったのではないでしょうか。AUEラウンドは日本時間で試合終了は夜中の12時半ごろになります。従って布団で寝ながらテレビ観戦するのですが、日本のゴール近くでのパスミスで決定的なチャンスを相手に与えてしまった時や、逆に日本のチャンスに入りそうで入らなくいらいらさせられて、ようやくゴールした時などに思わず大声をあげ、並んで寝息をたてていた妻に叱られることになる。考えてみると確かにビックリしますよね。寝込んでいる時に隣の亭主の「うを〜!!」口をしっかり閉じていても本人の意思に反して勝手に声帯が何度でも働いてしまうのがサッカーですからね。それにしてもファンをこれだけ夢中にさせるサッカーについて考えてみますと、さまざまな厳しいルールが設定され審判に強い権限を与え威厳を持たせ、そのなかでギリギリの技を競い合うからおもしろいのでしょう。社会にも審判らしき組織は備わっているのですが、表の顔を隠れ蓑にして陰で悪いことをする賢い人が多くてレットカードを切れるのは氷山の一角なのでしょう。
04,3,5 3月になりました。桜が咲くのももじきですね。
今年も残すところあと10ヶ月(失笑)あまり、世間は相変わらず子どもの虐待死や政治家の詐称と詐欺があとを絶ちません。先生と呼ばれる議員さんの国民への裏切りは昔からの通例のようなもので驚きませんが、(ちなみに「通例」を辞書で引くと@一般のならわし。普通の例。Aなみ。通常。となっています。)吾が子への虐待死は通常では理解できません。現代社会は昔の下町のような隣近所の人情と連帯感が無くて、母親は孤独のなかでストレスの多い子育てをしているかもしれませんね?。私たちの子どものころは地域の人たちの温かな眼差しのなかで遊んでいたようにおもいますが。私は動物のテレビ番組が好きでよく見ますが、親が子を守るシーンは感動します。田舎の従兄弟が送ってくれたメールをご紹介します。Eメール、キジの親子 中馬のおひなさま 3,3
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