NHK『鶴瓶の家族に乾杯』 放送内容とロケ場所の情報!

各回の放送内容(あらすじ)と、ロケ場所となったお店の名前や取り上げられた名物・特産品の情報を集めてみました。

※ これ以前の放送内容は、放送回毎の放送内容(個別ページ)をご覧ください。
※ 今後の放送予定や、収録地・出演者(ゲスト)、再放送の予定などは、「放送予定のロケ地とゲスト情報!」のページをご覧ください。

 6月19日  福島県棚倉町(向井理さん) ~祖父母ゆかりの地へ~

旅のゲストは、俳優の向井理(むかい おさむ)さん。横浜市出身の35歳。奥さんは、『ちゅらさん』でヒロインの恵里(えりぃ)役を演じた国仲涼子さんです。2010年度上半期、NHK朝の連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』では、ヒロイン役の布美枝(松下奈緒さん)の夫である村井茂(水木しげる)役を演じていました。

向井理さんが前回「家族に乾杯」に出演したのは、今から7年も前の、平成22年(2010年)5月31日(前編)と6月7日(後編)の放送で、島根県安来市(やすぎし)を旅して以来となります。前回、向井さんが安来市を旅先に選んだ理由は、『ゲゲゲの女房』で向井さんが演じていた村井茂の奥さん、つまり主人公の布美枝さんの故郷が安来市だったからで、向井さんは布美枝さんの生家も訪れました。

今回、向井さんが旅先に選んだのは、福島県白川郡棚倉町(たなぐらまち)。福島県の中通り地域の南部、白河市の東に位置し、南側の一部は栃木県と茨城県に接しています。棚倉町は、向井さんも出演する今年6月公開の映画、『いつまた、君と 何日君再来』(ホーリージュンザイライ)で、一舞台となっている場所です。映画『いつまた、君と~』の原作者は、向井理さんの祖母である芦村朋子さんで、彼女の語る半生を向井さん自身がまとめあげ、15年程前に家族で自費出版したものです。そして今回、向井理さんがその映像化を熱望し、自ら企画に係わって、ついに映画化が実現しました。主演は、向井さんの祖母・朋子役を演じる尾野真知子さんと、その夫・吾郎役を演じる向井理さんです。昭和15年に結ばれた二人は、戦時中は南京・上海へと渡り、敗戦後に引き揚げ船で帰国した一家は、職を求めて愛媛、茨城、福島(棚倉)、大阪と移り住みます。戦中戦後の波乱に満ちた道のりと、深い絆によって結ばれた、50年におよぶ夫婦と家族の歴史を描いた物語です。主題歌は、タイトルにもなっている昭和の大ヒット歌謡曲「何日君再来」で、今回、『とと姉ちゃん』のヒロイン・小橋常子役を演じた高畑充希さんが歌っています。


ロケが行われたのは、平成29年4月28日(金)。棚倉城跡(亀ケ城公園)で、鶴瓶さんと待ち合わせた向井さん。鶴瓶さんを待つ間、棚倉城についての案内看板を読むと、”二代将軍徳川秀忠が築かせた”と記されています。なんと向井さん、2011年のNHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』では、その”秀忠”役を演じていました。棚倉(たなぐら)町は、戦後まもなく向井さんの祖父母が暮らしていた町ということで訪れたのですが、そんなことは全く知らなかった向井さん。棚倉町と、何やら運命的な繋がりを感じさせられました(笑)。

公園で、遊びに来ていた棚倉保育園の園児らとしばし戯れた向井さんと鶴瓶さんは、向井さんの祖父母が暮らしていたという駅前に向かうことに。当時、もらった寒天を元手に、駅近くの通りで、ところてん屋を開いていたそうです。磐城棚倉駅の駅前広場で、募金活動をしていた女性に、向井さんが棚倉町の”面白い所”を尋ねると、『町長が面白い』と(笑)。また、『”つばめや”のおばちゃんとおじちゃんが面白い』と教えられた二人は、早速、その食堂を訪ねてみることに。

つばめや食堂」を訪れた、鶴瓶さんと向井さん。お客さんは居ず、ひとり店に居たご主人に話を伺うと、以前は旅館業も営んでいたこの食堂を引き継いで、41年になるそうです。そこで鶴瓶さん、『41年もやってたら、これがウマイでという自慢料理があるでしょ?』と尋ねると、『何もないです』と・・・。向井さんが人気メニューを尋ねると、再び『何もないです』(笑)。『チャーハンは炒めるだけだし・・・』と、どのメニューもテキトーに作っているとご主人は謙遜しますが、向井さんは野菜を炒めてからスープとルーを入れて作るという”カレー”を、鶴瓶さんは”親子丼”を注文することに。

ここでスタジオから、棚倉町と向井さんの深いご縁を、棚倉町に住む鶴瓶さんのそっくりさんがビデオ紹介。
 棚倉町は、お城の周りの城下町の名残りや、八槻都々古別神社蓮家寺など、歴史ある神社やお寺が数多くあることから、「東北の小京都」とも呼ばれています。向井さんは京都が好きだそうで、何かご縁がありますね!(笑)。
 次は、町自慢の特産品、「おばけせんべい」。棚倉町産コシヒカリを油で揚げたお菓子で、白く平べったい形から、”おばけせんべい”の名で30年以上も親しまれています。オバケと言えば、そう、ゲゲゲですよね!。
 最後、”蛍の光”を作詞した「稲垣千穎」(いながき ちかい)は、棚倉町の出身。そこで町では、3年前に蛍で町おこしを考えたのですが、その蛍が激減。そんな時、友好都市の埼玉県川越市の方から蛍が贈られたそうで、棚倉町の人達は、本当に『♪ありがとうって伝えたくて~』(いきものがかり「ありがとう」、ゲゲゲの女房の主題歌)と思ったそうです!(笑)。

つばめやの厨房で、向井さんが注文したカレーを、ご主人がタマネギを切って炒め始めるところから最後の仕上げまで拝見した鶴瓶さん。それを少し、小皿に盛ってもらい味見させてもらうと、『辛っ!』。カレーをひと箸舐めただけなのに、あまりの辛さに、麦茶を何杯もお代わりする鶴瓶さんでした(笑)。そこに、二人の女性が来店。毎日来ているという常連さんは、毎日注文するというチャーハンをオーダー。そのチャーハンが、あっという間に出来たので、向井さんが『すげえ早い!』と吃驚すると、『ただ炒めるだけだもんね』とご主人(笑)。でも、鶴瓶さんと向井さんが、少しチャーハンを分けてもらい試食させてもらうと、これが一番美味しかったそうです。ちなみに、小野アナウンサーが仕入れた情報によると、お客さんの間では、”同じ味は2度と食べられない店”として有名なんだとか(笑)。

つばめやを出たところで、二人は別れることに。一人旅になった向井さんは、食堂で一緒になった女性に、いちご大福が美味しいという近所の大福屋さんを教えられ、訪ねてみます。「甘盛堂」(かんせいどう)のカウンターで、おススメのいちご大福をキレイに二つに切ってもらい、食後のデザートに頂いた向井さん。ご主人に、さらにおススメの場所を尋ねると、ちょうどお祭りで、今朝赤飯を納めてきたばかりと、山本不動尊を教えてもらいました。

一方の鶴瓶さんは、町の観光案内看板を見て、興味を抱いた「馬場都々古別神社」(ばばつつこわけじんじゃ)を訪ねてみることに。馬場都々古別神社(陸奥一の宮)は、約1900年前に日本武尊(やまとたけるのみこと)が鉾(ほこ)をまつったのが始まりとされ、本殿は国の重要文化財に指定されている、由緒と歴史を感じさせられる立派な神社でした。

次に向井さんが訪れたのは、「山本不動尊」。807年に弘法大師が開創したと伝えられる霊場で、樹齢100年を超える杉並木を抜け、130段の石段の上にある”奥の院”の巨岩の洞窟に祀られているのは、空海の御持仏と謂われています。霊場内には、久慈川支流の宮川渓流が流れ、南北約5kmの渓谷は「奥久慈県立自然公園」に指定されており、春はしゃくなげや山桜、岩つつじなどが咲き、秋にはもみじの紅葉が有名です。復興祈願向井さんは、本堂の脇に立てられた”東日本大震災復興不動剣”に、『想いは福島と共に』とメッセージを記した後、奥の院を目指して130段の階段を上っていきます(汗)。お参りを済ますと、たまたまロケ日が毎月28日のお不動様の御縁日ということで、この日にしか突けないという鐘を突かせてもらいました。

鶴瓶さんは、都々古別神社の周辺で新たな出会いを求めて歩いていると、桜に似たキレイな花を咲かせている”ハナカイドウ”を見つけ、そのお宅を訪ねます。するとそこに、下校途中の近所の小学生らが立ち寄り、『本物ですか?、テレビで見るより目が細い』とからかわれてしまいます(笑)。男の子には、目を細めた顔真似までされて、子供らに言い負かされてしまう鶴瓶さんでした。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
 やってきたのは、駅の近くの商店街にある喫茶店の「武駒」。この店で頂く本日の一杯(一皿)は、昔ながらのナポリタン。美味しさの秘訣は、濃い目のケチャップソース。40年間変えていない、ご主人の拘りのソースだそうです。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、「Till We Meet Again」(by Doris Day)でした。

向井さんは、人が居そうな駅前に戻ると、鶴瓶さんらがロケをしているとの噂を聞きつけ二人を探し回っていた、棚倉小学校の6年生の児童たちと出会います。エンドウスポーツ店の子は、お母さんが『向井さんが居たら、早く会いたい』と言っていたと。向井さんが、『面白い家族を紹介してくれたら、皆と出会った場面はカットせずオンエアするよ』と話すと、『なぎちゃんちのイセキ肉屋のお父さんが、メッチャおもしろい』という情報をゲット!(笑)。そこで向井さんは、遠藤くん家のスポーツ店に寄ってから、伊勢喜くん家の肉屋さんに行ってみることに。

一方、鶴瓶さんは、田んぼの中にポツリとある集落が気になり、社川福井地区でロケバスを降りて歩いてみることに。そこで、お寺かと見間違うほど立派な一軒の民家を訪ねると、たまたま訪ねてきていた近所に住む親せきの文夫さんのお宅は、さらに大家族と聞き、文夫さんのお宅も訪ねてみることに。すると、隣の家の二階のベランダから、奥さんに声を掛けられた鶴瓶さん、そのお宅にも立ち寄ります。すると奥さんから、偶然にも先日、弟家族が羽田空港で鶴瓶さんと出会ったと、弟から送られてきたスマホの写メを見せてくれました。その写真を覚えていた鶴瓶さん、あまりに偶然の出来事に、自分はいったいどれだけ出会った人と写真を撮っているのかと、自分のことながら呆れる鶴瓶さんでした(笑)。

向井さんが、小学生らと一緒に「エンドウスポーツ店」を訪ねると、向井さんを見てビックリしたお母さんは、目をキラキラさせながら出迎えてくれました(笑)。震災の時の話を聞くと、子供は当時幼稚園に居て、1回目の揺れで先生に手を引かれ皆で外に飛び出たところに本震が来て、振り返ったら園舎が崩れ落ちたとのこと(驚)。サッカー少年だった向井さんは、子供の頃に、こうした町のスポーツ店をよく訪れたと、懐かしく店内を見させてもらいながら、奥さんに、復興の様子や、ご家族の話などを聞きました。

ようやく、文夫さんのお宅に辿り着いた鶴瓶さん。立派な家と家とに挟まれた家と、謙遜した文雄さんですが、このお宅も十分に立派!。庭には蔵があり、2階には蔵座敷があるそうです。そこで鶴瓶さん、ロープを掴まないと後ろに倒れてしまいそうなほど急な階段を上り、蔵座敷を見せてもらうことに。山登りが趣味という81歳の文夫さんは、わざわざ鍛練のために、今でもこの2階で寝ているそうです。そこに訪ねてきたのが、孫の家庭訪問に来た小学校の先生。今時の小学校は、担任の先生が2人いる”複数担任学級”というのがあるそうで、びっくりさせられました。

次に向井さんは、子供たちと一緒に「伊勢喜肉店」を訪ねると、見るからに美味しそうな肉屋さんといった風貌の、面白いご主人が出迎えてくれました(笑)。生憎とメンチカツは売り切れてしまったそうで、向井さんは子供たちの分までコロッケを注文して、奢ってあげることに。ご家族のアルバムを見せてもらいながら、ご主人に話を聞くと、ここの小学校の運動会では毎年6年生の親御さんが出し物をすることになっているそうですが、なぜかご主人だけは、特別に毎年参加することになっているそうです!(笑)。ご主人と奥さんとの馴初めのくだりでは、店の奥でコロッケを揚げながら、その話を聞いていた奥さん、『向井さんに そんな話をしなくてもいいんじゃないの?』とツッコミが(笑)。揚げ立てのコロッケを、皆でかぶりついていると、お父さんから、最後に足の長さを比べさせて欲しいと。向井さんとご主人が並んで立つと、比べるまでもなく、結果は歴然。『残念、負けたかぁ~』とご主人(笑)。でも座高ならと、二人が椅子に座ってみると、あら不思議、背の低いお父さんの方が、だんぜん高い!。ご主人曰く、『高校の時から、座高をはかると、なぜかクラスのみんなが集まってきた』そうです(笑)。とても楽しい、イセキのお父さんでした。最後にスタジオでは、伊勢喜さんから送られてきた、ロケ後に行われた今年の運動会の写真が映されました。お父さんが今年の運動会で扮したキャラクターは、恰幅そのままに”稀勢の里”、お母さんは立派な体格の”風の谷のナウシカ”でした(笑)。

再放送は、6月23日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 棚倉町の名物など

 

 6月12日  静岡県静岡市葵区(高橋一生さん) ~おんな城主直虎SP~

旅のゲストは、俳優の高橋一生さん。東京都出身の36歳。現在、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』で、小野政次(まさつぐ)役を演じています。1990年のデビュー以来、数々のドラマや映画に出演してきましたが、1995年のスタジオジブリのアニメ映画『耳をすませば』では、主人公・月島雫の恋人役となる天沢聖司の声を演じ、注目を集めました。今年の3月には、雑誌「anan」で、ヌードを披露。事前にその表紙を見た女性ファンが、売り切れ必至のその雑誌を発売日に如何にしたら入手できるかと、ネット上で大変な騒ぎになりました。

大河ドラマ直虎で、高橋さんが演じている井伊家家老・小野但馬守(たじまのかみ)政次は、幼名を鶴丸といい、直虎(おとわ=次郎法師)や、直虎の元許婚で後に井伊家の養子となり第23代当主となった井伊直親(亀之丞)と幼馴染でした。しかし、井伊家の家老で重臣であった亡き父・小野政直の代から、井伊家の家督争いに翻弄された政次もまた、井伊家が隣接する駿府を拠点に、戦国大名として勢力を拡大させていた今川家に内通し、今川から授かった目付役という立場を利用して、井伊家の実権を手中にしようと策を凝らします。そして遂に、謀反を起こして井伊谷城を凋落しますが、あっという間に徳川家康の支援を受けた井伊家に逆襲され・・・(後は、今後の直虎をお楽しみに!)。

今回の旅の舞台は、高橋さん演じる小野政次が内通した、戦国大名・今川氏の拠点「駿府舘」があった、静岡県静岡市葵区。当時の駿府舘は、武田氏の侵攻により消失してしまいますが、後に徳川家康により「駿府城」が、その館跡に再建されました。高橋さんは、小野政次が今川方の目付として、頻繁にこの地を訪れていたであろうことから、ここの土地柄や風土、歴史的背景などを肌で感じてみたいと、旅先に選んだそうです。


ロケが行われたのは、平成29年4月12日(水)。静岡市葵区西草深町の、浅間神社の向かいにある公園で待ち合わせた、鶴瓶さんと高橋一生さん。天気も良く、桜も咲いていて、最高のロケ日和です。

神社仏閣が好きという高橋さん、さっそく鶴瓶さんと一緒に、「静岡浅間神社」を訪ねます。お参りを済ませ神社を出ようとしたところで、高橋さんが神主さんらしき後ろ姿を見つけ、追いかけます。何やら最初から積極的な高橋さん、駐車場の裏手にあった小屋の中まで追いかけ若い神職さんを捉まえると、そこは焼却場で、撮影は困ると外に追い出されてしまいました(汗)。そこに、何事かと駆けつけてくれた権禰宜(ごんねぎ)の宇佐美さんに話を聞くと、この焼却場で、お守りやお札のお焚き上げをしているそうです。とはいえ、高橋さんの積極的な行動のおかげで、偶然にも権禰宜さんに出会えた二人は、宇佐美さんに案内してもらい、浅間神社内を見学させてもらえることに(笑)。

静岡浅間(せんげん)神社は、地元では”せんげんさん”とも呼ばれ、神部・浅間・大歳御祖をはじめ40もの神社が集まる大きな神社です。かつて今川家の人質だった徳川家康(竹千代、元信)は、この神社で元服式を行いました。以来、家康は、この神社を崇拝したことで、天下統一が叶ったとの謂れも。現在の社殿群は、幕末に60年間かけて建てられたものですが、その前のものは、三代将軍家光公が、日光東照宮と同時に造営したものです。そのため、最初に鶴瓶さんが日光東照宮に似ていると感じたとおり、”東海の日光”とも言われたほど、よく似た造りになっています。東照宮には、左甚五郎が彫った有名な「眠り猫」がありますが、静岡浅間神社にも、左甚五郎の彫った「叶え馬」や、「舌を出した猫」があるそうです。舌を出した猫の彫刻は、大拝殿の奥の欄間に架かっているため、二人はまずお祓いを受けてから中に入り、見せてもらうことができました。また、大拝殿の奥から眺めた、きらびやか造形の本殿と、満開の桜のコントラストがとても見事で、その景色に鶴瓶さんも驚嘆。さらに、本殿まで案内してもらった鶴瓶さんと高橋さん、見事な極彩色の一本彫り彫刻を拝見し、お参りを済ませた後、向拝の石段を一段登って振り返ると、そこには雪を冠した富士山が!(驚)。静岡浅間神社の本殿から望む富士山富士山を拝む信仰なので、本殿の神様から富士山が見えるように建てられているんだそうです。時期にも天気にも恵まれ、滅多に見ることができない見事な景色を望むことが出来た二人は、本当にラッキーでした。元はといえば、高橋さんが焼却場のドアを勝手に開けたところから辿り着いた幸運で、その高橋さんの超・アクティブさを褒め称える小野アナウンサーでした(笑)。

ここでスタジオから、ぜひ高橋さんと一緒に行きたい、静岡市葵区の魅惑のデートスポットをビデオ紹介。紹介してくれるのは、高橋さんも『この人となら一緒に行きたかった』と話すほどおキレイな、静岡市広報課の加納さん。

まずは、約100軒ものお茶問屋が軒を連ねる「茶町」。茶町には、「KINZABURO」といった自慢のお茶を堪能できるカフェもあり、ほろ苦いお茶スイーツが、デートを甘く盛り上げます。
 ドライブデートにおすすめなのは、街の中心部から車で1時間半ほどの所にある「梅ヶ島温泉」。1700年もの歴史ある温泉で、美肌効果も抜群だとか。なめらかなお湯に浸かれば、二人の距離もグッと縮まること間違いなし!
 最後は、静岡名物「静岡おでん」を食べに、青葉横丁の「静岡おでんや おばちゃん」へ。静岡市葵区には、「青葉横丁」と「青葉おでん街」というおでん店だけが軒を連ねる2つの飲食店街があり、およそ40店が味を競い合っています。真っ黒な醤油ベースのつゆが特徴で、加納さんがお薦めする一番のおでん種は、静岡おでんの代表格、”黒はんぺん”。

ひとり旅になった高橋さんは、駿府城の石垣跡を見たいと駿府城公園を目指しますが、その道すがら、手造りコーヒー豆工房「コーヒーチェリー」を見つけ、訪ねてみます。このお店、コーヒー豆の販売店ですが、高橋さんがコーヒーを飲ませて欲しいとお願いすると、街を一周してくる間に豆を煎って、コーヒーを淹れてくれるそうです。そこで、再び駿府城公園を目指した高橋さんですが、今度はお城の前にあった「澤木屋」の店先に立てられていた”すんぷ焼き”という幟に惹かれ、また寄り道(汗)。高橋さんは、店の前のテラスに座り、ご家族に話を聞きながら、季節限定の”桜おこわ”が入ったすんぷ焼きを頂きました。餡の代わりにおこわが入った大判焼き(今川焼き)とは珍しいですが、北海道の”赤飯まんじゅう”をヒントに作ったそうで、これが塩味が利いていて美味しいらしいです(笑)。

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一方の鶴瓶さんは、高橋さんより一足早く、「駿府城公園」へ。鶴瓶さんはロケに向かう前、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』で今川義元役をやっている春風亭昇太さんと電話で話したところ、いま駿府城の石垣の発掘調査が行われており、義元縁の遺構も発掘しているから見に行ってきて欲しいと言われたそうです。ところが調査員の方に話を聞くと、現在は江戸時代に造られた天守台の石垣の発掘調査が行われているところで、今川家の遺構調査は4年後の計画と言われ、鶴瓶さんもガックリ(笑)。鶴瓶さんは、公園の入口に戻ったところで、体育の授業で走りに来ていた雙葉高校の大勢の女生徒らに囲まれてしまい、一緒に記念撮影。

ほぼ同じころ、ようやく駿府城公園の近くまでやって来た高橋さん。さっき鶴瓶さんに会った女子高生たちが、今度は道端で高橋さんとすれ違い、明らかに鶴瓶さんと出会った時とは違う、黄色い悲鳴に近い『ギャー、ギャー』という歓声を上げます。引率の若い美人の先生まで、鶴瓶さんには求めなかった握手を高橋さんに求め、握手してもらって喜んでいる姿を見たスタジオの鶴瓶さん、『先生 俺にはせーへんかったやんか』と、思わずイラッ!(笑)。高橋さんは、ようやく駿府城公園に辿り着きますが、発掘調査の事務所を訪ねてみると、既に鶴瓶さんが来ていたことを知らされ、早々に立ち去ることに(笑)。

鶴瓶さんは、駿府城公園で出会った”葵せんべい”の女将を尋ね、馬場町の商店街へ。ロケバスを降りたところで、「本目園茶店」を見つけたお茶好きの鶴瓶さん、せっかく静岡に来たんだから美味しいお茶を買って帰ろうと、店に入ってみることに。迎えてくれたのは、商売っ気を全く感じさせない、独特の”間”を醸し出すご主人。とは言え、勧められた100グラムで1,500円の”やぶきた茶”は、香ばしい味がしてとても美味しかったようで、それを頂くことにした鶴瓶さんでした。

一方、「コーヒーチェリー」に戻った高橋さんは、コーヒー豆を焙煎している様子を見せて頂いた後、店のご夫婦に馴初めなどの話を聞きながら、炒りたての豆で淹れたコーヒーを頂きました。

鶴瓶の家族に乾杯、谷根千のぶっつけ本番旅で見た笑吉の指人形劇鶴瓶さんが「葵煎餅本家」を訪ねると、若女将が出迎えてくれ、葵の紋様が入った”葵大丸”や”瓦せんべい”を試食させて貰いました。すると、以前に鶴瓶さんが織田信成さんと旅した谷根千の放送回で、鶴瓶さんにソックリの指人形があると教えられ訪ねた「指人形 笑吉」で見た、指人形が空手の瓦割りをする人形劇で使われていたのが、この店の瓦煎餅だそうです(驚)。長いこと旅番組を続けていると、こんな偶然の出会いもあるんですね。

わさび飯ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
やってきたのは、山間の有東木(うとうぎ)地区。今から400年ほど前、日本で最初にわさびの栽培が始まったところだそうです。わさび農家の皆さんが、作業の合間に食べているのが、熱々のご飯の上に、鰹節と、おろしたてのワサビをのせた「わさび飯」(わさび丼)。これが一番美味しいワサビの食べ方なんだそうです。

高橋さんは、移動中のロケバスの中から、”能面専門店”という看板を見つけ、立ち寄ってみることに。「能面木彫工房 持田」のご主人は、会社勤めをしていた45歳の頃に美術館で見た能面への興味が高じて、趣味で能面作りを始めたそうです。

一方、街なかをぶらつく鶴瓶さんは、うるしの店「日野岡漆店」を見つけ、訪ねてみます。元々は古くから漆そのものを売る商売をしていたそうですが、職人さんが居なくなり、今ではご主人自ら漆の工芸品を作り売っているそうです。そこで、この商店街でここより古い店を尋ねると、”もん屋”を紹介された鶴瓶さん、家の”門”を専門に扱う店があるのかと興味を抱きますが、本当は家紋の”紋”を扱う店でした(汗)。「山本紋屋」を訪ねた鶴瓶さん、ご主人に話を聞くと、5代目だそうです。さらに、ここより古い店を尋ねると、ご主人から”安倍川”という地名を聞いた鶴瓶さん、今度は”安倍川餅”のことかと勘違いすると、近くに安倍川餅の店もあると教えられ、興味は食い気に移行(笑)。

お腹が減ってきた高橋さんは、静岡と言えば”しらす”と、しらすが食べられるお店を探すことに。たまたま道で出会った方に尋ねると、しらすを売っている店なら近くにあると、案内してくれることに。連れて行ってもらったのは、「しずや」。そこで高橋さん、こここで買ったしらすを持って、案内してくれた山田さんのご自宅で食べさせてもらおうと画策しますが、残念ながら断られてしまいました(笑)。

そこで高橋さんは、新静岡駅の前ですれ違った自転車に乗ったご夫婦に食事処を尋ねると、ご主人が近所の割烹料理屋さんを紹介してくれることに。しかし、案内してもらった「寿々喜」も「あつみ」も、ちょうど夕暮れ時で、これからお客さんで賑わう時間帯だったため、再び断られてしまいます。とうとう食事を諦めた高橋さん、ご夫婦からこれから夜桜を見に駿府城公園へ行く途中と聞き、一緒に連れて行ってもらうことに。

安倍川餅

鶴瓶さんが、安倍川餅の「石部屋」(せきべや)を訪ねると、なんと現在で15代目だそうです。ご主人から、『あんたの弟子の笑瓶も店にやってきて、餅作りを体験した』と聞かされ壁を見ると、そこには南都雄二さんやミヤコ蝶々さん、杉村春子さんといった有名な方々の短冊色紙が、沢山飾られています。そうそうたるメンバーに吃驚させられた鶴瓶さんは、『なんで笑瓶からいうねん』と(笑)。安倍川餅は、徳川家康が命名したとされる静岡を代表するお菓子で、つき立ての餅にきな粉と砂糖をまぶすのが伝統的な食べ方とか。昔は、かけ蕎麦が15文だった頃に5文だったことから”5文とり”とか、”金粉(きんなこ)餅”とも言われたそうです。鶴瓶さんは、きな粉と砂糖をまぶした安倍川餅と、こし餡で包んだ安倍川餅、山葵醤油につけて頂く”からみ餅”をスタッフの分まで注文すると、小上がりに座り、ご主人に話を聞きながら、それを頂きました。

夜桜のお花見出会った宝石鑑定士をしているというご夫婦に連れられ、再び駿府城公園にやって来た高橋さん。しかし、一番キレイと教えられた桜の木の下は、既に何処かの会社の大勢の団体客に陣取られてしまっています。ところが、高橋さんと分かった女性達が、『キャー、キャー』と大喜び。ご主人が、『ここ、いいとこですよね~』と残念そうに声を掛けると、なんと一人の女性が、『一緒にどうぞ!』と。探し求めながら、ついに食事にありつけなかった高橋さんですが、運よく最後は、タダで、お花見の宴会のビールと料理にありつくことが出来ました!(笑)。

再放送は、6月16日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 静岡市の名物など

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感想(8件)

 

 6月5日  秋田県能代市(福士蒼汰さん) ~福士蒼汰が鶴瓶になる?~

旅のゲストは、俳優の福士蒼汰(ふくし そうた)さん。東京都出身の23歳。2011年にデビューし、2013年上半期の朝ドラ『あまちゃん』で、ヒロイン・能年玲奈さんが演じた主人公・天野アキの先輩で初恋の相手、種市浩一役を演じてブレイクしました。

家族に乾杯に福士蒼汰さんが出演するのは、今回が初めて。旅の舞台は、秋田県能代市。秋田県の北部にあり、日本海に面しています。昨年の6月の放送で、綾野剛さんが訪れたジュンサイの三種町の北側に隣接しています。三種町を旅した際に、鶴瓶さんと綾野さんは、隣の能代市まで足を延ばして、お食事処「さくら亭」で、名物の”じゅんさい鍋”を頂いていましたね!。

能代市には、バスケットボールの名門「能代工業高等学校」があり、『バスケの街』として、市を挙げて地域おこしに取り組んでいます。漫画・スラムダンクに登場する”山王工業”のモデル校とも言われる、能代工業高校の男子バスケ部が獲得した全国タイトルは、これまで全国高校最多の58個。田臥勇太選手をはじめ、多くのB.LEAGUE所属の選手を輩出しています。福士さんも、中学までバスケット部だったそうで、ロケ日を含む5月3日~6日には高校選抜の「能代カップ」が開催されていたので、ひょっとしたら観に行ったかもしれませんね!。


ロケが行われたのは、平成29年5月5日(金)。ゴールデンウィークまっただ中の”こどもの日”のロケで、移動も大変だったのではないでしょうか?。鶴瓶さんと福士さんは、桜の花見客で賑わう「能代公園」で待ち合わせました。まず二人はベンチに座り、鶴瓶さんが福士さんに旅の目的を訪ねると、『特に能代に思い出がある分けではなく、行ったことのない場所を選んだ』と、バスケの「バ」の字も出てきません(汗)。福士さんが行ったことのない街はごまんとありそうですが、わざわざ能代市を選んだのはスタッフの配慮だったのかもしれませんね。東京都出身の福士さんは、5月27日に公開された映画(※)ちょっと今から仕事やめてくる」(北川恵海原作)で主演を務めていますが、主人公”ヤマモト”役を演じるのに関西弁が一番苦労したそうです。そこで映画の撮影に入る前に、成島(なるしま)監督から言われたのが、『鶴瓶の家族に乾杯を見ろ』と(驚)。『鶴瓶さんの、一言目から人の心の中にグイッと入っていく感じを学べ』と求められたそうです。そこで、行ったことのない場所で、知らない人と出会い、果たして自分がどう”鶴瓶さん”になれるか、試してみたいと。だから今回のサブタイトルが、『福士蒼汰が鶴瓶になる?』なんですね!。それを聞いた鶴瓶さん、成島監督が自分を評価してくれたことを知り、メッチャ嬉しそう(笑)。

二人が能代公園を歩きながら、鶴瓶さんが『オレは、能代といえば、バスケの田臥を思い出すよな~』と話していると、偶然にも横を通りかかった体育館から、バスケットボールをする『キュッキュッ』という床の音と、応援の声が聞こえてきました。裏手の入口付近にいた高校生を、『ううん あんっ』と大きな咳払いで外に誘い出した鶴瓶さん(笑)、話を聞くと、バスケの試合中とのこと。看板で、そこが田臥勇太選手の母校、「能代工業高校」と知った二人は、『えぇぇ~』と驚きますが、試合を邪魔してはいけないと、そっとその場を離れる鶴瓶さんでした。ちょうど、「能代カップ」の試合が行われていたようですね。さすがにこれは、スタッフの誘導でしょう(汗)。

その後二人は、道で出会ったカメラが趣味のご夫婦から、名所・風の松原を紹介され、行ってみることに。”白砂青松(せいしょう)100選”にも選ばれた「風の松原」は、日本一の面積を誇り、東京ドーム163個分という広大な面積に、700万本もの松林が広がっています。しかし鶴瓶さん、うっそうと茂る松林の中を歩きながら、どうしても自分がイメージする”松原”とは違うと、納得がいきません(汗)。どうやら、空港からの道沿いで見た、キレイな並木道のイメージが頭から離れないようです。

ここでスタジオから、他にもある能代市の”日本一”を、ビデオで紹介。
 まず能代観光協会の皆さんが、『はーげーでねすか、鶴瓶さん』(笑)と秋田弁で紹介してくれたのは、「天空の不夜城」。天空の不夜城とは、毎年8月に行われる能代の七夕で、巨大な灯篭が出るお祭りです。灯篭の高さは24.1メートルと、日本一!。
 次に、きみまち観光ガイドの会の方が紹介してくれたのは、市内二ツ井町にある日本一高い「天然秋田杉」。樹齢は推定250年、高さはなんと大阪城の天守閣よりも高い58メートル!国有林にある杉では、日本一の高さです。
 最後は、能代工業高校のバスケット部の皆さんが登場。全国大会で優勝すること58回、能代の名を全国に知らしめました。能代市内には、「能代バスケミュージアム」をはじめ、バスケットボール関連の物があふれており、日本一の「バスケの街」と言っても過言ではないでしょう。

鶴瓶さんは、どうしても自分が見て松原と勘違いしたキレイな松並木を福士さんに見せたいと、地元の人に聞いて、市役所通りに向かいます。しかし着いてみると、小野アナウンサーから『松じゃ無いような・・・』と言われ、福士さんには『700万本は無いですね』とダメ出し(笑)。そこで出会った中田さんの奥さんが、福士さんを見てあまりに興奮しているので、鶴瓶さんが『”壁ドン”させましょうか?』とからかうと、傍にいた武田さんは、『鶴瓶さんに壁ドンしてもらいたい』と。そこで鶴瓶さん、武田さんの後ろに立っていた電柱に寄り添い、”電柱ドン”をしてあげました(笑)。話を聞くと、すぐ近くで塾を開いて、子供たちに英語と数学を教えているそうです。ここで福士さんと分かれることにした鶴瓶さんは、武田さんのご自宅を訪ねることに。一方、どうしたものかと困った福士さんは、中田さんご夫婦に、行き先を頼ることに。

福士さんに頼られた中田さんご夫妻は、秋田らしい食事が出来る所に案内しようと、福士さんを車の後部座席に乗せ、柳町商店街へと向かいました。途中、知り合いに電話でおススメの場所を尋ねると、小泉(元)総理も来たという「料亭 魚松」を紹介されましたが、生憎と予約のみの料亭のうえ、法事が2件も立て込んでいて入れず仕舞い。でも、隣の旧料亭「金勇」(かねゆう)を紹介してもらった福士さん、再度慣れない撮影交渉をお願いすると、快く受け入れて貰い一安心(笑)。金勇は、明治32年の創業で、昭和12年に建てられた木都・能代を代表する立派な建物が有名で、県内屈指の料亭として接待や婚礼などに使われていましたが、平成20年で料亭としての営業は止めてしまい、今では能代市が管理しています。一般に無料で公開されていますが、事前に予約すれば、部屋で仕出しのお弁当などを頂くことも出来ます。1階には、子供の初節句にと、ここで食事を頂くご家族も。2階に案内された福士さんは、なんと110畳もの立派すぎる大広間で、中田さんご夫婦と3人、ポツリと会話もそぞろに、隣の「都亭」から届けられた懐石弁当を頂きました。

一方、武田さんのお宅にお邪魔した鶴瓶さん、塾のことについて話を聞いていると、外国住まいの経験は無いものの、英文法の神様であると自負。『犬のクーちゃんも英語話せるんじゃないですか?』と尋ねると、『言いますよ、ワン!』と(笑)。部屋に掛かっていた賞状で、武田さんが三味線の名取であると知った鶴瓶さん、一節弾いて欲しいとお願いしますが、滅多に演奏してはいけないそうで断られてしまいました。そこで、近くに住む”民謡日本一”にもなったこともある、民謡の会の会主をしている小林さんを紹介してもらうことに。

ここで、ちょっと一息、「家族に一杯」の時間です。
能代ギバサうどん 訪ねたのは、ちょっと寂しくなってしまった能代駅前に一軒だけ残る食堂、「かねだ食堂」。茹でているのは、”そうめん”かと思うほど細い、地元で昔から食べられている”能代うどん”(片栗うどん)。そして出されたのが、「ギバサうどん」です。ギバサとは、アカモクとも呼ばれる海草のことで、茹でるとネバネバに。ノンカロリーなのに栄養たっぷりなんだとか。このギバサに、細いうどんがよく絡んで、とても美味しいそうです。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、「My Hometown」(by Bruce Springsteen)でした。


福士さんは、金勇のスタッフから、20代の方が神社の宮司をしながら、北限のお茶「檜山茶」を栽培していると教えられ、その方を訪ねてみることに。看板が出ている近くまで行って、地元のお婆ちゃんに場所を尋ねますが、方言がきつくて話がうまくかみ合いません(汗)。そこに通りかかった一台の車。だんだんノッテきた福士さんは、走って車に駆け寄ると、これから枝垂れ桜を見に「多宝院」に行く途中と言うカップルの車に強引に乗り込みました(笑)。枝垂れ桜の前で、カップルの写真を撮ってあげた福士さんは、さらに北限のお茶の場所まで案内してもらうことに。

一方、鶴瓶さんは、武田さんに案内してもらい、民謡日本一になったこともある小林洋子さんのお宅へ。途中、道が分からなくなり、運転手と武田さんが秋田弁で場所を確認し合いますが、隣でその会話を聞いていた鶴瓶さんは、チンプンカンプン。運転手さんから、”大下八郎”と同じ出身地と聞いた鶴瓶さん、「おんなの宿」を思い出して、『想い出に降る雨もある~♪』と一緒に歌いますが、運転手さんの歌のうまさに唖然(笑)。小林さんは、若い時は苦労をされ、30歳から民謡を始めたそうですが、7年で武道館で行われた全国大会に出るまでになったとか。たまたま風邪をひいていて、声が出難い状態ながら、「秋田船方節」を歌ってくださいました。

北限のお茶「檜山茶」福士さんは、カップルに馴初めの話を聞きながら、北限のお茶”檜山茶”を作っている大髙さん(元祖檜山茶大髙園)のお宅まで案内してもらいます。そこは、農家のご自宅なので、お茶は作って売っていても、お茶を飲ませてもらうような場所はありません。しかし、ずいぶん積極的になった福士さん、息子さんにお願いして、居間でお茶を淹れて貰うことに(笑)。檜山茶は、1730年に宇治から伝来したのが始まりとされており、商品として栽培している産地としては北限に位置しますが、現在ではお茶農家は髙山さんの一軒のみとなっているそうです。日光があまり当らない杉林の中で育てられているので、煎茶ですが玉露のような葉をしており、お茶を淹れる時は70~80度のお湯で1分ほど待ちます。また、茶葉を乾燥させる作業では、収穫してから一日発酵させた茶葉を炭の上で藁を燃やして乾燥させるので、茶葉にスモーキーな香りが付き、ハーブティーの様な感じもするそうです。大髙さんは、お茶も作ってはいますが、本業は21代目の神職(神主さん)だそうで、話し方はとても静かです。でも服装は、とてもスポーティーでした!(笑)。

鶴瓶さんは、あてもなく住宅街を歩いていると、小さい弟を背負ってジュースを買いに行くという兄妹らに出会い、一緒に「ワカサ酒店」の前にある自販機へ。すると、偶然にも店の中から出てきたご主人は、なんと旅を始めた時に能代公園でたまたま配達の途中と出会った方だったので、ビックリです。店内で、ご夫婦に馴初めなどの話を聞いた鶴瓶さんは、続いてさっき会った子供たちの家へ。賑やかな4人兄弟の子供たちと、お父さん、お婆ちゃんと一緒に、記念撮影をした鶴瓶さんでした。

 

再放送は、6月9日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 能代市の名物など

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感想(7件)

 

 5月22日  東京都日の出町(木村佳乃さん) ~笑って泣いて~

旅のゲストは、女優の木村佳乃(きむら よしの)さん。東京都出身ですが、英国ロンドン生まれの41歳。ご主人は少年隊の東山紀之さん。私的には、TVドラマ「相棒」で演じていた、美人でプライドが高くやり手ながら、したたかな裏の顔を持つ若手女性衆議院議員、”片山雛子”のイメージが強いのですが、最近では、大河ドラマ「真田丸」で演じたお茶目な”松”や、現在放送中の連続テレビ小説「ひよっこ」で演じているカワイイ母親の”谷田部美代子”といった感じに、だいぶイメージが変わってきました。

旅の舞台は、東京都西多摩郡日の出町。東京の都心から、西に車で1時間ほどの場所にあります。木村さんは、前回は平成28年1月18日・25日の放送で、当時出演していたNHK大河ドラマ”真田丸”の縁の地である、和歌山県伊都郡九度山町を旅しました。今回、木村さんは、出身地が東京なのに、まだ都内でも行ったことのない場所がいっぱいあることから、都内ののどかな町を旅しながら、子供たちと触れ合いたいと、日の出町を旅先に選びました。木村さん自身、幼稚園の年長と年中の2人の子を持つ母親でもあります。


ロケが行われたのは、平成29年3月15日(水)。木村さんと鶴瓶さんが待ち合わせしたのは、平井川に架かる中里橋。対岸に鶴瓶さんを見つけた木村さんは、車は通れない狭いその橋を、『師匠!おはようございます!お元気ですか!』と大声で叫びながら、走って鶴瓶さんの所に駆け寄りました。自然豊かで閑静な住宅街なのに、周囲を憚らない元気な大声に、鶴瓶さんもタジタジ(汗)。

ただ、木村さんの元気さに負けず、声が枯れるほど吠え続けている犬もいます。通りがかったヤクルトおばさんに訊ねると、ご近所さんだそうで、犬の名前はモモちゃん。何処に行っても、犬に吠えられる鶴瓶さんでした(笑)。すると、モモちゃんの前に停めてあった自動車のエンジンが、誰もいないのに勝手に始動!。不思議がる鶴瓶さんは、わざわざピンポンを押して家の人を呼び出し、リモコンでエンジンがかけられることを教えてもらうと、今度は試しに停めてみてとお願いします(汗)。
斜め向かいのお宅の庭では、ご主人が鳥小屋を作成中。庭木に巣箱を掛けておくと鳥が巣を作ると教えられ、都会暮らしの鶴瓶さんも木村さんも興味深々。話を聞くと、ご主人は別府の出身だそうで、『温泉に入り過ぎて、人間がボーっとしている』と自虐ネタ(笑)。上京して警視庁の警察官になり、11回の転勤を重ねるうちに、足立区から都内を縦断して、最後、日の出町に落ち着いたとか。鶴瓶さんの話の聞き方の上手さに感心し、ぜひ『職務質問やってほしい』と(笑)。

ここでスタジオから、日の出町の紹介ビデオ。地元の人たちが、日の出町にある「赤い名物」を紹介してくれました。まず最初は、トマト。真っ赤に完熟させてから収穫することで、濃厚な味わいが特徴の日の出町のトマトは、「完熟日の出トマト」として人気を集めています。続いてやって来たのは、保泉院。ここにある赤い名物が、「閻摩王坐像」。室町時代の作と言われ、日の出町では”平井の閻魔様”と呼ばれ親しまれています。閻魔様の赤い色は、室町時代に塗られた漆の色がそのまま残っているそうです。最後は、「日の出山」の山頂から望む朝陽。日の出山の山頂は、その名の通り、都内屈指の”日の出スポット”なんだそうです。

続いて二人が出会ったのは、これから仕事に出掛けるというペンキ屋の親子。話を聞くと、20歳の息子さんには、今年子供が生まれるそうです。すると、47歳のお父さんはお爺ちゃんに。お宅に居た73歳のお婆ちゃんには曾孫が生まれることになると悟った木村さんは、『私も早くお婆ちゃんになりたい!』と(笑)。

3月の都内だというのに、この日はとても寒く、木村さんは着替えのため一旦ロケ車に戻ることに。その間に、鶴瓶さんが住宅街で出会ったのは、庭で立派な盆栽をキレイに育てている下田さん。早くに奥さんを亡くされて、男手一つで二人の子を育てたと聞いた鶴瓶さん、『大変だったでしょ~』と訊ねると、『がむしゃらに日々のことをしてきただけで、大変だとか思うことは一度も無かった』と。着替えから戻った木村さんと鶴瓶さんは、居間のコタツに潜りこむと、下田さんにこれまでの暮らしぶりについて話を聞きました。『自分が会社で倒れてしまった時には、高校一年の娘が、毎朝登校前に病院に寄って着替えを届けてくれ、帰りには洗濯物を持って帰って洗濯をしてくれた』といった話を聞いていた二人は、スタジオで小野アナウンサーから、二人の子供から父親へのメッセージを聞かされると、思わず目から大粒の涙が・・・。鶴瓶さんは、『この番組、ちょいちょ こんなんして泣かしよんねん』と(笑)。

ここで二人は別れ、一人旅に。お腹が減ってきたと木村さんは、食事が出来る場所を探して、三好野宿通り(都道184号線、永田橋通り)に出ました。すると、民家の前にある小屋の軒下で地元野菜を売っている無人販売所を見つけ、立ち寄ってみます。たまたま買物に来ていた牧野さんに話を聞こうとすると、何やら訝し気の様子・・・(汗)。こちらの田中さんのお宅は、以前は登り窯を使って陶芸をやられていたそうですが、高齢になってしまい、今では作品展を年に一回する程度。普段は主に野菜を作り、こうして販売されているそうです。田中さんの奥さんも出てきてくれ、今は”のらぼう菜”が旬だそうで、木村さんも一束買うことに。茎の部分は湯がいてマヨネーズで食べたり、オリーブオイルで炒めても美味しいそうです。次に、刺身こんにゃくを薦められた木村さん、『いま朝ドラに出ていて、舞台が茨城なので沢山いただいています』と話すと、『アナウンサーですよね?』と更に訝しがられ・・・。『私、木村佳乃です。東山の奥さんです』と名乗ると、『あらぁ、やだ!』と、ようやく朝ドラ女優と気が付いてもらえた木村さんでした。それを見ていたスタジオの鶴瓶さん、椅子から仰け反り、『最高や、アハァハァ!』と大笑い(笑)。

一方の鶴瓶さんは、観光案内所に貼ってあった「幸神神社例大祭」(3月25日・26日)のポスターを見つけ、幸神神社(さちかみじんじゃ)を訪ねることに。すると、鶴瓶さんはだいぶ立派な神社を想像していたようで、その静かな佇まいに少し拍子抜け。お賽銭をあげお参りを済ますと、ひとりの高齢の女性が声を掛けてきました。近くの「大久野老人福祉センター」に来ている高齢者が、鶴瓶さんを見かけ声をかけたけど気が付いてもらえず、代表して呼びに来たと。鶴瓶さんが老人福祉センターを訪ねると、黄色い歓声に包まれます。広間では、カラオケの真っ最中。とても高齢者の集まりとは思えないほどの賑やかさ。そのうえ、自分の歌を録音したいとテープの準備が間に合わず予約した”とんぼ”を飛ばされてしまい愚痴をこぼすお爺さんが居たりして、とても楽しい時間を過ごした鶴瓶さんでした。

木村さんは、田中さんの所で出会った牧野さんから、『うちは近くの寿司屋ですから、食べに来てください』と誘われ、その「幹寿司」を訪ねますが、なぜか店には『本日は定休日』との看板が掛かり、鍵が締っていて戸も開きません。奥さんは、確かに『今日 やっています』と言っていたはずなのに・・・。裏に回ってみると奥さんが居て、今日は貸切の予約が入っていて休みにしていたと、表の戸を開けてくれました(汗)。木村さんは、店を継いでくれる甥っ子さんに握ってもらったお鮨を頂きながら、女将さんに話を聞いていると、鎌倉の大仏より大きな大仏を建造予定という「宝光寺」を訪ねるよう勧められました。

ここで、ちょっと一息、「家族に一杯」の時間です。
 訪ねたのは、なんだかお婆ちゃん家に帰ってきたみたいな佇まいの、うどんの「母屋」。古民家造りの畳の広間で頂く本日の一杯は、「ずり出しうどん」(700円)。昔からこの辺りでは、うどんを茹でた大きな鍋を皆で囲み、各々が鍋からうどんを器に引きずり出して、醤油を掛け、うどんの茹で汁や薬味で味を調整して食べていたそうで、この食べ方から”ずり出し”という名が付いたそうです。

木村さんは、お寿司屋さんで教えられた「宝光寺」へ。早合点して、大きな大仏が見れそうと意気揚々と訪ねた木村さんですが、まだ大仏の台座しか出来ていないそうです(汗)。完成は来年の3月の予定で、鎌倉の大仏より70センチほど大きいとのこと。せっかくなので、工場で製作中という仏頭の写真を見せてもらうと、その立派さに驚かされた木村さん。『ここのお墓 いいですねぇ~。東京からも近いし』と言うと、住職から、『ここは東京です』と突っ込まれてしまいました(笑)。

鶴瓶さんは、老人福祉センターで、戦国時代と江戸時代の境に建てられた築400年の家に住んでいるという小澤さんと知り合いに。表からでも是非その家を見たいと、家の場所を教えてもらい探してみますが、それらしい古い家は見当たりません。すると、表札に小澤と書かれたお宅を発見。家の中から鶴瓶さんに気が付き出てきてくれたお嫁さんに話を聞くと、家は改築され窓も縁側もサッシになっていますが、土台は当時のままのものだそうです。後日、スタッフが家の中を撮影させてもらうと、400年前の立派な大黒柱や梁が、今でもそのまま使われていました。

木村さんは、お寺の前にあった「宝光保育園」へ。すると、お昼寝から起きた子供たちが、ヤンやヤンやと木村さんを出迎えてくれました。子供たちと一緒におやつを頂いたあと、保育園の先生方に話を聞くことに。保育園の先生も、子育てには慣れているはずなのに、自分の子供のことになると何処の親とも同じという話を聞き、尾木ママの本には言ってはいけないと書いてあったのに、どうしても子供に『早くしなさい!』と言ってしまうという木村さんは、少しホッとした様子。今は毎日バタバタの子育てですが、夜寝る前に子供の眠っている顔を見た時に、『本当に幸せだなぁ~』と感じるそうです。

再放送は、5月26日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 日の出町の名物など

 

 5月15日  高知県香南市(杉本哲太さん) ~鶴瓶芝居小屋に大興奮!~

旅のゲストは、俳優の杉本哲太(すぎもと てった)さん。神奈川県茅ヶ崎市出身の51歳。学生時代はヤンチャをしていたようで、1981年に横浜銀蠅ファミリーのロックバンド「紅麗威甦」(グリース)でデビューしますが、その後は俳優業に専念。今では、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』で、直虎の父で井伊家当主・井伊直盛役を演じており、とても味のある演技を魅せてくれています。ただし、3月5日放送の”桶狭間に死す”の放送回で、直盛は今川義元に従い尾張の織田攻めに出陣し、桶狭間で討ち死にしてしまったので、今後の登場は回想シーンだけになってしまいます。

旅の舞台は、高知県の香南市(こうなんし)。高知市の少し東に位置し、土佐湾に面しています。2006年に、4市1町の合併により誕生しました。南国市の後免駅から安芸郡奈半利町の奈半利駅に至る42.7キロを結ぶ、日本最後のローカル線として平成14年に誕生した土佐くろしお鉄道阿佐線、通称「ごめん・なはり線」が、市の海岸沿いを走っており、鉄道ファンにも人気の場所です。茅ヶ崎育ちの杉本さんは、小学生のころやっていた海釣りを40年ぶりにしてみたい、出来たら釣った旬の魚を食べながら地元の人と交流したいと、香南市を旅先に選びました。


ロケが行われたのは、平成29年3月21日(火)。生憎の雨模様の中、傘を差しながら、『オレ、陽が”照った”の”哲太(てった)”だからなぁ、あんまりロケで雨ないんだけど(笑)』と、ぶつぶつ独り言を言いながら登場したのは、ゲストの杉本哲太さん。杉本さんと鶴瓶さんが待ち合わせしたのは、長さ32メートルもの道(橋)が、ほぼ垂直にそびえ立っている不思議な光景が現れる、高知県香南市夜須町の手結(てい)地区。「手結港可動橋」は、2002年に完成した跳開式の可動橋で、船が通る時には線路の踏切と同じく遮断機が下りて、橋が70度の角度までせり上がります。

二人は、橋の手前で便利屋を営んでいる岡村さんを見つけ、話を聞きます。杉本さんが釣りをしたいと話すと、この辺りではシイラ漁が有名ですが、今はシーズンオフ。岡村さんは船も所有している便利屋ですから、お金さえ払ってもらえれば、釣竿も貸しますし、釣り場も教えてくれるそうですが、それはちょっとルール違反(笑)。そこに、独居老人の買い物ツアーの帰りと話す、87歳のお婆さん、まーちゃんが通り掛かりました。鶴瓶さんが呼び止め、話を聞いたが最後、機関銃のような喋りが止まりません(汗)。鶴瓶さん、『えらい人に声をかけたなぁ~』と(笑)。

二人が便利屋さんを出ると、さっきは聳え立っていた橋が、いつの間にか降りていました。そこで二人は、その橋を渡って、対岸にある手結漁協の事務所を訪ねてみることに。「手結地方卸売市場」と看板が掛かった事務所には、数人の職員さんが居ましたが、今は漁の端境期で今日は水揚げもなく、なんか暇そうです(汗)。せっかくなので、冷凍したシイラならあると見せてもらいますが、今の時期は釣れそうにありません。『えらい時期に来たな~』と鶴瓶さん、『俺は釣りはしないので、哲太に任すわ! ぜったい釣って、さばいてね』と話すと、そくさくとその場から立ち去ってしまいました(笑)。

ここでスタジオから、香南市の魅力をビデオ紹介。紹介してくれるのは、地元の方々です。
 まず、香南市で日本一のものと言えば、「ニラ」。肉厚で幅が広いのが特徴の香南市のニラは、出荷量が日本一です。そのニラを使った料理で人気なのが、”ニラ塩焼きそば”。町では、プリンや寿司、たい焼きにも、ニラが使われています。次に、香南市で自慢の魚介といえば、「長太郎貝」。高知県以外では緋扇貝(ヒオウギ貝)と呼ばれ、サンゴ礁の中で生き延びるために、とてもカラフルな色をしています。地元で一番おススメの食べ方は、網で焼いて、ネギとポン酢で頂きます。目でも舌でも大満足の逸品です。最後は、迫力が自慢の「土佐凧」。江戸時代に、出産や還暦祝いに凧を贈ったのが始まりと言われています。毎年旧正月には、タタミ100畳分もの土佐凧を揚げるイベント「旧正凧揚げ大会」が行われています。

一人旅になった杉本さんは、まず12時に上がるという可動橋を見学することに。初めて見るその光景に、杉本さんも最初は感動しますが、橋が全部上がって止まってしまうと、それ以上の感想が口から出て来ませんでした・・・(汗)。次は、岡村さんに教えられた「ヤ・シィパーク」に行ってみることに。そこは海水浴場で、杉本さんはお洒落なカフェ「mana mana」(マナマナ)に入ってみますが、3月の雨模様の海水浴場では、人っ子ひとり見当たりません。そこで、人気の”土佐文旦いちご”のアイスキャンディーを頂きながら、この辺りの見所を店員さんに尋ねると、ちょうど香我美駅の近くで「かがみ花フェスタ」が開催されており、チューリップがきれいに咲いていると教えてもらいました。

一方の鶴瓶さんは、雨の中、傘を差して町を歩き回りますが、まったく人に出会えません(汗)。『20年目にして、とうとう初めて人と出会えず旅が終わってしまうかも?』と思った時、ようやく一台の車を見つけ、声を掛けます。すると、独居の高齢者にお弁当を配っている途中という、民生委員の方でした。鶴瓶さんが、『一緒に配りましょう』と、さっそく隣のお宅に配達に伺うと、なんとそこが、さっき出会った”まーちゃん”の家でした(驚)。ひょんなことから、振り出しに戻ってしまった鶴瓶さん、まーちゃんと一緒に浜の方を散歩することに(汗)。鶴瓶さんは、まーちゃんの話すテンポに太刀打ちできず、案内されるがまま、ニラの出荷作業をしている弘岡のお婆ちゃん家を訪ねますが、生憎と今日の作業は既に終わってしまっていました。そこへ、もう一人、まーちゃんの友達が訪ねて来て、鶴瓶さんは3人のお婆さんに囲まれて、皆さんに暮らしぶり等について話を聞きました。

続いて杉本さんは、ヤ・シィパークに隣接する「道の駅やす」で、地元の海産物を売っている「海山屋 一水」を訪ねると、調理しても色が変わらないという”黄金しょうが”を薦められました。そこで杉本さん、ご主人に、『実は香南市には釣りをしに来た』と話すと、『今は一番釣れない時期ですねぇ』と(汗)。雨も上がってせっかくなので、藁でカツオのタタキを焼くのを見させてもらおうと、杉本さんが店の表に出ると、ちょうど偶然にも鶴瓶さんが、まーちゃんと手を繋いでこちらに歩いて来るではありませんか!。鶴瓶さんと杉本さんは、焼きたての初ガツオのタタキを頂いた後、今度こそ本当に、まーちゃんともお別れすることに(笑)。

まーちゃんと別れた鶴瓶さんは、車で町中を移動していると、何やら倉庫の様な所から、銀色に光る太い排気用パイプが、表の側溝まで伸びているのを見つけ、車を降ります。するとそこは、魚屋の「香宗屋 岡崎水産」の隣の倉庫で次男が始めた、テイクアウト専門の焼き鳥屋でした。店主の百田さんに話を聞くと、以前は、よかれと思って焼肉屋の前で焼き鳥屋を開いていたそうですが、当てが外れてまったく売れず、実家に戻って来たとか(汗)。すると来月、月亭方正さんが「弁天座」で落語会を開くと教えてもらった鶴瓶さん。他にこの辺りの名所を尋ねると、弁天座の前には、7月に町中に飾られる絵金(えきん)さんの屏風が保管されている「絵金蔵」があり、今日は休館日ですが館長さんが近所なので紹介してくれるそうです。

杉本さんは、mana manaの店員さんに教えてもらった、「かがみ花フェスタ チューリップ園」を訪れました。一目10万本のチューリップは、四国一だそうです。そこに、杉本さんを見つけ黄色い歓声を上げる若い女性が3人。話を聞くと、高知市内から、ゆずアメゴ(アマゴ)で有名な「馬路村」に、高校の卒業旅行に来た帰りに立ち寄ったとのこと。杉本さんは、ニコニコしながら、彼女たちと一緒にチューリップ畑を見学させてもらいました。

百田さんから館長さんに電話してもらって、休館日の「絵金蔵」を開けてもらった鶴瓶さん。提灯を持って、”闇と絵金”の展示室に入ると、そこには蝋燭の灯りに照らされた、数々の絵金の屏風絵が飾られていて、鶴瓶さんも感嘆!なんとも幻想的な雰囲気です。絵金とは、幕末に土佐で活躍した絵師・弘瀬金蔵の愛称で、絵金の地元である赤岡町(現・香南市)では、毎年7月に各家が屏風絵を開陳する「土佐赤岡絵金祭り」が開催されます。絵金蔵には、その屏風絵のレプリカが常設展示されていて、平成17年にオープンしました。

香南市の芝居小屋・弁天座続いて、向かいにある「弁天座」も開けてもらった鶴瓶さん。中は、1階は土間の枡席で2階には桟敷席が設えられ、花道に回り舞台と、あまりに立派で本格的な芝居小屋の造りに、鶴瓶さんは再び感嘆させられます。鶴瓶さんは、案内してくれた事務局長の横矢さんから、『休館日に開けてあげた代わりに、今度は演じに来てください』と、振られてしまいました(笑)。横矢さんは、平成5年に地元有志で結成した”土佐絵金歌舞伎伝承会”の事務局長もしていて、毎年7月の「絵金祭り」にあわせて「土佐絵金歌舞伎」を上演し続けていること、横矢さんは裏方として歌舞伎の上演に尽力されていること等を知らされた鶴瓶さん。せっかくなので、その歌舞伎で使う手作りというカツラや衣装を見せてもらうと、相当にお金のかかった本格的な小道具にビックリさせられます。赤岡の人々の、歌舞伎に注ぐ情熱に強く感銘を受けた鶴瓶さん、ついに、『ちょっと時間はかかるかもしれませんが、私 ここで(落語会)やります!』と宣言!。

チューリップ園の見学を終えた杉本さんが帰ろうとすると、先に出会った漁協の職員さんがちょうど前を通りかかり、『おじゃこ屋さんは行かれましたか?』と声を掛けてくれました。話を聞くと、吉川という地区に、しらすの釜揚げを作っている加工業者「ヤマナカ海産」があるそうで、親切にも電話して見学のアポを取ってくれたうえ、工場まで案内してくれました。生憎とこの日は、しらすが揚がらず製造過程は見ることができませんでしたが、釜揚げしらすを試食させてもらいました。ご家族に話を聞くと、息子さんは釣りをされるとのこと。杉本さんが目を輝かせ、これから何か予定があるかと尋ねると、『これから、おじゃこの配達を・・・』(汗)。でも浜辺に行けば、誰か釣りをしている人がいるはずと教えられ、ひとり海辺に行ってみることに。

杉本さんは、海辺の駐車場で、ちょうど釣りの準備をしている下元さんを見つけ、声を掛けます。すると、これからイカやヒラメなどを狙って、ジグ(疑似餌)使ったルアー釣りをするところだそうです。杉本さんが、自分にも釣らせて欲しいとお願いすると、予備の竿は無いので、下元さんの竿を貸してくれることに。さっそく浜辺から、40年前を思い出して、杉本さんが竿を振りかぶりルアーを投げると、いきなり『プチッ!』。ライン(糸)が切れ、ジグだけ飛んで行って、海にポチャリ・・・。風にラインが煽られ、竿に引っかかって切れてしまう、”風の強い日あるある”でした(笑)。一投目にして、いきなりの終了に、杉本さんは地団太踏んで嘆き悔しがりますが、後の祭り。その後、下元さんと釣具屋に行き、ジグを買ってお返しした杉本さんでした(笑)。

中日そばここで、ちょっと一息、「家族に一杯」の時間です。
 訪ねたのは、赤岡町に古くからある商店街の一角、「とさを商店」。果物など生鮮食料品や日用品などを扱う小さなスーパーですが、店の奥が食堂になっています。この店で頂く本日の一杯は、「中日そば」(ちりめんちゅうにち、600円)。うどんの和風スープに、中華麺が入っているので、その名が付きました。労働者や子供の小腹の足しにと、戦後間もないころから親しまれている、町のソウルフードです。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、1936年の映画「踊るアメリカ艦隊」のためにコール・ポーターが作詞・作曲した、「I've Got You Under My Skin」でした。歌は、フランク・シナトラによるものかと。

手作り楽器ついに釣りを諦めた杉本さん。最近、子供が大きくなってしまい、夫婦の会話の間が持たなくなってしまったことから、何か夫婦共通の趣味があるのか等、夫婦円満の秘訣を聞きたいと、新たな出会いを求めて、海辺を離れ、山手の方へ。道沿いで見つけた、香南市観光マップを見ながら、柑橘類を使ったランチやデザートがあるガーデンカフェの「イングリッシュガーデンハウス」や、立派な古民家でゆったりとお茶タイムが楽しめる「徳中庵」、おいしいみかんがいっぱい!みかん狩りもできる「高橋農園」といった候補の中から、何やら脱サラしたご主人が夫婦で営んでいそうだから、目的の話を聞けるのではないかと妄想した杉本さんは、「イングリッシュガーデンハウス」を訪ねてみることに。すると、お母さんと長女、次女の美人3姉妹?が、出迎えてくれました。『ご夫婦共通の趣味があれば』と話を切り出すと、長女のご主人が趣味で楽器を手作りしていて、その楽器を使って一緒に演奏したりしているとのこと。見せてもらったのは、箱ハープや、ビオラやチェロ風の手作り楽器。杉本さんがご主人に演奏をお願いすると、なんと杉本さんも一緒に演奏してみることに。しかし、また糸(弦)を切ってしまわないかと、恐る恐る箱ハープの弦を弾く杉本さんでした(笑)。

鶴瓶さんは、事務局長の横矢さんから教えてもらった、横町にある「おっこう屋」さんを訪れます。店を営んでいるのは、『色は黒いが名はましろ』と教えられた”間城”さん(笑)。ここでは、町の皆さんの蔵や納戸に眠っていたものや、それにちょっと手を加えた再生商品が売られていて、売れたら出品している町民のお小遣いになるんだそうです。間城さんは履物屋(靴屋)の嫁で、ここで鼻緒を作りながら、店番をしているとのこと。裏には昼寝ができる場所もあって、いわば町民の溜り場ともなっているそうです。

杉本さんは、演奏が終わると、ご家族のお父さんが作っている減農薬有機栽培の「小夏」(みかん)を頂きました。店の場所も元はみかん畑で、お父さんは今でもフルーツファーム「ヤマ賢」を営み、みかんのオーナー制度などに取り組んでいるそうです。最後にスタジオで、『釣りを諦め、山に行ったことで、素敵な出会いが出来て、本当によかった』と話す、杉本さんでした(笑)。

再放送は、5月19日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 香南市の名物など

 

 5月8日  鹿児島県枕崎市(溝端淳平さん) ~カツオ節大好き~

旅のゲストは、俳優の溝端淳平(みぞばた じゅんぺい)さんです。和歌山県出身の27歳。趣味は、和太鼓とサッカーで、ソフトテニスも中学時代に和歌山県大会で2位になった腕前。高校2年生だった2006年から芸能活動を始め、今年でデビュー10周年。昨年の5月~7月に、NHK BSプレミアムで放送されたBS時代劇『立花登青春手控え』で、時代劇初主演を務めました。このドラマは、時代劇ファンに絶大な人気を誇る藤沢周平氏の原作で、1982年にNHK総合「水曜時代劇」で中井貴一さん主演で初ドラマ化され、何回も再放送が繰り返されてきましたが、昨年32年ぶりに溝端淳平さん主演でリメイクされました。

そして、今年の4月7日からは、新たにBS時代劇で、『立花登青春手控え2』がスタート(全8回)。ドラマは、東北の小藩出身の若い医師・立花登は、江戸に憧れ上京しますが、小伝馬町の獄医を務めることに。そして、この獄医の仕事を通して出会う”訳あり”の囚人たちにまつわるさまざまな事件を、身につけた起倒流の柔術の妙技とあざやかな推理で次々に解決していく、という物語です。

旅の舞台は、鹿児島県枕崎市。溝端さんは、自炊もする料理好きで、得意料理のうどんは、出汁から自分で作るそうです。自ら「だし好き」と語る溝端さんが、鹿児島県枕崎を訪れた目的は、もちろん「鰹節」。枕崎周辺で作られる鹿児島県の鰹節生産量は、全国の約4割を占め、ダントツの全国一位。なかでも、伝統を引き継ぐ職人が生み出す枕崎の「本枯れ節」は、全国いや世界の高級料亭で使われ、最高級品とされています。


ロケが行われたのは、平成29年3月10日(金)。鶴瓶さんと溝端淳平さんは、枕崎の港町が一望できる「松之尾公園」で待ち合わせました。公園で、アンパンマンのニット帽を被った小さな子供を連れたお母さんを見つけた鶴瓶さん、『カワイイね~、女の子でしょ?』と声をかけると、『いえ、男の子です』・・・。溝端さんに抱っこされるとご機嫌でしたが、鶴瓶さんに代わると、なぜか泣き出してしまいます。きっと、さっきの鶴瓶さんの心無い言葉で、心に傷を負ったのでしょう(笑)。お母さんから、枕崎の名物といえば「かつお節」、『そこのお魚センターでも売っていますよ』と教えられ、二人はお魚センターを目指すことに。

公園を降りたところで、まず二人が見つけたのは、”日本最南端の地場センター”と看板がかかった「南薩地域地場産業振興センター」。おみやげ物店も入っていて、二人はその場で大きな機械で削ってもらった、削りたての鰹節を味見させてもらいました。

レトロな昭和の雰囲気の部屋続いて二人が訪れたのは、生のカツオも売っているという、漁港にある「枕崎お魚センター」。直営鮮魚店で、”わら焼きたたき”のカツオの刺身(300円)を見つけた鶴瓶さん、おススメの”カツオのフライ”(200円)も頂いて、お店の脇にあるイートインのスペースへ。そこは何故か、丸いちゃぶ台の置かれた障子と畳の部屋で、レトロな白黒ブラウン管のテレビや、ダイヤル式の黒電話があり、壁には振り子時計が掛かっていて、まさに昭和の雰囲気。鶴瓶さんが懐かしがって、『このテレビ、点くの?』と店主に尋ねると、『つきません、NHKに受信料払っていないので(冗談)』と(笑)。話を聞くと、6年前まで建設業で働いていて、今は見様見真似で魚を捌いているそうです。なので、このイートインのスペースを作る方が、実は本職なんだとか。そんな話がひと段落すると、周りに集まってきた人達に興味を牽かれた溝端さんは、黙って席を離れ、勝手に一人旅を始めてしまいました(驚)。

ここでスタジオから、”カツオ愛”に溢れた枕崎市の魅力をビデオ紹介。紹介してくれるのは、地場センターで鰹節を削ってくれた草野さん。実は草野さん、毎年行われている「カツオの一本釣り国際大会」のチャンピオンで、4年前に釣り上げたカツオに見立てた砂袋の重さ”21キロ”は、未だに破られていない記録保持者だそうです。
JR枕崎駅の駅舎の屋根にあるカツオのオブジェ枕崎漁港で水揚げされるカツオの量は年間約5万トンで、全国有数の水揚げ量を誇ります。そして、鰹節の生産量は”日本一”。江戸時代から続く伝統の技法は、今でも市内にある50軒もの工場で引き継がれています。
そんな枕崎で頂くカツオ料理には、他にも、カツオの頭を使った”ビンタ”の煮つけや、大トロに当る腹側の塩焼きなど、カツオの町ならではの逸品が沢山あります。そして、草野さんのオススメは、カツオの”ちんこ”。小野アナウンサーが思わず聞き直した、”ちんこ(珍子)”とは、カツオ心臓のことです(笑)。
枕崎の日常にも、カツオは欠かせません。カツオ節は、”勝男武士”ともされ、縁起がいいと引出物に。駅の屋根や看板にも、カツオがディスプレイ。そして、5月の節句に枕崎で、屋根より高く泳ぐのは、”鯉のぼり”ではなく、「かつおのぼり」です(笑)。

あっという間に、自然解散のような流れで、別行動となってしまった鶴瓶さんと溝端さん。
かつお丼 一人旅になった溝端さんは、お魚センターの中で、お客さんやお店の人から、鰹節についての情報を聞いて回ります。すると、「かつお味噌本舗 まるた屋」の店員さんから、”クラッシック音楽を流して、鰹節にいいカビを付けている”という、金七商店を教えてもらい、興味津々です。ところが、次に会ったお客さんから、『鹿児島市内から、名物のカツオ丼を食べに来た』と聞き、鰹節よりカツオが食べたいと、2階の「レストランぶえん」へ(笑)。「かつお丼」(840円)は、もともと漁師が海の上で食べていた”まかない飯”を再現したもの。そこに、ダシをかけて頂くのが「枕崎鰹船人めし」(840円)と聞き、溝端さんは船人めしとウーロン茶をチョイス!。ちなみに、枕崎鰹船人めしは、2011年の「鹿児島Show-1グランプリ」で優勝した商品だそうです。

一方、お魚センターを出た鶴瓶さんは、そこで出会った人から、『鰹節にクラッシックを聞かせている人がおる』と聞かされます。訳が分からない鶴瓶さんですが、その人に案内され、再びお魚センターに戻ると、自分が鰹節にクラシック音楽を聞かせていると話す、若い4代目社長の瀬崎さんと出会います。溝端さんも会いたいと思った瀬崎さんが、実は同じ時間に、直ぐ隣に居たとは、まさに偶然。しかし、食い気に負けた溝端さんは、そのせっかくの機会を失ってしまったのです(笑)。

鶴瓶さんは、瀬崎さんに案内してもらい、「金七商店」の鰹節工場へ。すると、先代のお父さんと、先々代のお爺さんも出迎えてくれ、鰹節作りについて教えてくれました。表では、本枯れ節を天日干しをしながら、2本の鰹節を叩いて、音で乾燥具合を確かめています。乾燥が進むと、甲高い音になり、中はキレイな鼈甲色になるんだそうです。屋根を見上げると、煙突から出る煙が少なくなっているので、薪をくべに行きます。地下に降りていくと、薪を焚いている部屋はものすごく煙くて、鶴瓶さんは一歩入っただけで飛び出して、『死ぬ~』と(笑)。
鰹節にクラッシック音楽を聞かせている部屋そんな薪焚きを、小学校3年生の子供が、一生懸命手伝ってくれるんだそうです。その子が、一昨年のクリスマスに、サンタさんに『トランペットが欲しい』と手紙を書いたとか。理由を聞くと、『僕のトランペットをうちのカツオ節に聞かせたら、もっと美味しくなる』と。そこで、お父さんはクラリネットを買って、二人で楽器の練習を始めたんだそうです。『いい子を育てたな~』と、鶴瓶さんは奥さんやお母さん、お婆さんも呼んでもらい、4世代家族の暮らしぶりについて話を聞きました。最後に、鰹節にクラッシック音楽を聞かせている部屋を見させてもらうと、入り口には「~今月の曲~ MOZART モーツァルト セレナード・・・」と書かれた黒板が掛けられ、中ではクラッシック音楽がスピーカーから流れていました。

食事を終えた溝端さんが、お魚センターを出たところで、金七商店の場所を尋ねていると、『鶴瓶さんが、先に向かいましたよ』と教えられます。食い気に走り、鶴瓶さんに先を越されてしまった溝端さんは、たいそう悔しがります(笑)。しかし、どうしても鰹節工場が見たいと、車で探し歩いていると、屋根の煙突から煙の出ている工場を見つけ、訪ねてみることに。

そこは、大正15年創業の「有限会社マルチョウ」さんの鰹節工場でした。溝端さんは、若い4代目の社長さんに案内してもらい、丸のまま冷凍された大きな一本のカツオを解凍してから、頭と内臓を取り、それから手で丁寧に骨を抜いていく作業を見学させてもらいました。この工場で作られているのは、3週間ほどいぶして出来る「荒節」。関東で使われている、カビの生えた「枯れ節」とは違い、いぶしただけの状態のものですが、関西では主にこの荒節が使われているそうです。この工場で作られた荒節は、削り節メーカーに卸され、そこで薄く削られて、「花かつお」が作られています。

鶴瓶さんは、新たな出会いを求めて、山手の地区へとやってきました。すると、お墓詣りに行ってきた帰りと、路地に座って休憩しているお爺さんと出会います。しかし、鶴瓶さん話しかけても、どうも上手く話が噛み合いません(汗)。そうこうするうちに、『それじゃ』とお爺さんに立ち去られてしまい、一人そこにポツンと残された鶴瓶さんでした(笑)。

ここで、ちょっと一息、「家族に一杯」の時間です。
 やってきたのは、薩摩板敷駅の周囲に広がる茶畑で、お茶作りが盛んな地区。今日の一杯は、茶葉作りの農作業の合間に飲むお茶、「茶節」。シンプルだけど、地元の恵みがギュッと詰まっています。茶碗に、自家製の麦味噌と、鰹節をたっぷりと入れ、そして手塩にかけて育てた枕崎茶を注いで頂きます。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、1925年に米国でヒットしたミュージカル音楽、「Tea for Two」(二人でお茶を)でした。

溝端さんは、マルチョウの社長さんに紹介され、荒節を削って”花かつお”を作っている「的場水産」へ。ここでも3代目となる若い社長さんに案内してもらい、削り節を作っている工場を見学させてもらった後、実際に手で荒節を削って、それを試食させてもらいました。

鶴瓶さんは住宅街を歩いていると、家の庭を手入れしている高齢のご夫婦を見つけ、声を掛けます。すると、丁寧に歓待された鶴瓶さん、庭に置かれたベンチに座って、ご夫婦の暮らしぶりについて話を聞きました。ご主人は、北はベーリング海から南はケープタウンまで行く遠洋漁業の船乗りだったそうで、50年前に結婚した当時は、出掛けると10ヶ月くらいは家に戻らない生活だったそうです。でも奥さんはというと、子供を育てるのに一生懸命で、特に寂しいことは無かったそうです。

続いて溝端さんは、的場水産の社長さんに紹介してもらい、近所でさつま揚げ(つきあげ)を作っている「松野下蒲鉾」へ。工場の隣にある店舗で、作りたての蒲鉾を頂きながら、社長ご夫婦に馴初めの話などを聞きました。すると、店の裏では、溝端さんを一目見たいと、工場の女性従業員らが右往左往。溝端さんは、工場の皆さんを呼んで、表で記念撮影をすることに。すると、頭の上から足の先まで白い作業服に身を包んだ大勢の女性達が、『キャー、かっこいい~♪』と、工場から一斉に流れ出てきました(笑)。

続いて鶴瓶さんは、『お義母さんが待っているから是非家に来てほしい』と、女性から声をかけられます。今からPTAの会合があると言いながら、その女性に連れられ、鶴瓶さんがお義母さんの家を訪ねると、親戚の人や友達やらがいて、さらに娘さんのPTA仲間のお母さん達も集まって来て、鶴瓶さんは大勢の女性陣に囲まれることに。すると、どの家のお子さんも、枕崎市で唯一の産婦人科である「森病院」で生まれたという話に。実はたまたま昨日、鶴瓶さんが知り合いの散髪屋さんで、『明日、枕崎に行く』と話したところ、その人も森病院で生まれたという話になり、気になっていたそうです。そこで鶴瓶さん、次は森病院を訪ねることに。

枕崎の電照菊溝端さんは、マルチョウの社長さんから教えられた、枕崎の特産の「電照菊」を見学させてもらおうと、道沿いに建ち並んだビニールハウスを訪れます。ここでもまた、お姉さん方の歓喜の声で迎えられた溝端さん。ご主人の許可を貰い、ハウスの中を見学させてもらうと、このハウスの菊はロケから1週間から10日先のお彼岸用ということで、まだ小さな蕾の状態でしたが、別のハウスでは、既に咲いている菊もあるそうです。すると、手伝いに来ていたご主人のお姉さんで、三女の旦那さんは、薩摩酒造の明治蔵で働いていると知り、次はそこへ案内してもらうことに。

市街地に戻った鶴瓶さんは、さっそく「森病院」(医療法人ラフォーレ森産婦人科)を訪ねますが、病院内はひっそりとして、誰もいません。すると2階の踊り場から顔を出した女性から、『いまお産中で誰も居ないみたいです』と知らされます(驚)。この女性、3日前に孫が生まれたそうで、孫を抱いて欲しいと、2階から娘さん共々降りてきました。森病院は、今年で100周年。孫を産んだ娘さんも、ここで生まれたそうで、どうやら枕崎の住人全員が、この病院で生まれているみたいです(笑)。

薩摩酒造「造りたて一壺酒」溝端さんが、白波で有名な薩摩酒造の資料館である「明治蔵」を訪ねると、既に閉館時間を過ぎていましたが、そこは強引な溝端さん、事務所に入り撮影をお願いすると、館長さんが快く応じてくださいました。溝端さんが試飲をお願いすると、館長さんが「造りたて一壺酒」を注いでくれます。そこで溝端さんは、先に訪ねた松野下蒲鉾で、お土産に頂いた蒲鉾をビニール袋から取り出し、それをつまみに、注いでもらった焼酎をグビッ!、『合いますね~』と(笑)。ここでも、従業員の女性らが裏でソワソワしだしたので、溝口さんが『一緒に写真を撮りましょう』と声を掛けると、大勢の女性が一斉に集まってきました(笑)。最後は、何故か皆さんで拍手をして、大そう盛り上がっていましたよ。

再放送は、5月12日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 枕崎市の名物など

枕崎産かつお丼・まぐろ丼セット

価格:3,800円
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 4月17日  熊本県南阿蘇村(佐渡裕さん) ~再び熊本県南阿蘇村へ~

旅のゲストは、指揮者の佐渡裕(さど ゆたか)さんです。日曜日のテレビ朝日『題名のない音楽会』で、2008年から2015年まで司会者を務められていた方です。『鶴瓶の家族に乾杯』のゲストとしても大ベテランで、すっかり顔なじみになりました。2011年(平成23年)1月の放送で、宮崎県宮崎市を訪れたのが最初で、次に2014年(平成26年)11月の放送で熊本県南阿蘇村を訪れました。ゴルフはシングルの腕前ながら、初挑戦のパークゴルフでは地元のオジサン達に敗けたこと、出会った村の方々とカフェでミニコンサートを開き、リコーダーで”タイガーマスク”の曲を披露してくれたこと等が懐かしく思い出されます。

前回の詳しい放送内容は、ここをクリック鶴瓶の家族に乾杯 | 熊本県南阿蘇村(佐渡裕さん)」をご覧ください。

その南阿蘇村が、平成28年4月に発生した熊本地震で、大きな被害を受けてしまいます。被災地を心配した鶴瓶さんと佐渡さんは、平成28年9月に、再び二人で南阿蘇村を訪れる計画を立てましたが、今度はロケ予定日に台風が熊本県に上陸する恐れが発生。地元に迷惑をかけては元も子もないと、二人は急遽旅先を変更し、お互いの地元である兵庫県西宮市を旅の舞台に選びました。今回の旅は、去年のリベンジですね!震災からちょうど1年、満を持しての再訪です。

佐渡さんは、2011年の東日本大震災以降、被災地の方々の心の復興を願った活動を続けてきていますが、2017年度は「佐渡裕&スーパーキッズ・オーケストラ(SKO) 2017年度復興祈念演奏活動 こころのビタミンプロジェクト in くまもと~東北」と題して、3月30日から4月3日にかけて熊本県、宮城県、岩手県の各地でコンサートを開催します。ロケ翌日の3月30日には、熊本県南阿蘇村にある「阿蘇ファームランド」で、とても楽しく盛大なコンサートが開かれたようです!。


ロケが行われたのは、平成29年3月29日(水)。鶴瓶さんと佐渡さんは、前回の旅のスタートと同じく、南阿蘇鉄道の「白水高原駅」で待ち合わせをしました。ただし前回、佐渡さんは、西側に3つ手前の駅・長陽駅から列車に乗り白水高原駅へとやってきましたが、震災発生から1年経った現在、まだ白水高原駅に列車は通っていません。2016年7月31日より、高森駅~中松駅間(7.1㎞)は部分運転を再開しましたが、中松駅から西側の全線、立野駅までの10.6㎞区間に関しては、今のところ再開の見通しすら立っていない状況です。ちなみに、白水高原駅の正式名は「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」で、茨城県鹿嶋市にある、鹿島臨海鉄道の「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅」と並んで、日本一長い駅名(読み仮名が22文字)だそうです。

佐渡さんは、前回の旅では昼に食事が摂れず、散々な思いをしたことから、白水高原駅の駅前で見つけた定食屋さん「田舎ごはん きしゃぽっぽ」の”ちゃんぽん”の幟旗を、まず先にチェック(笑)。前回、2年半前に二人が来た時には無かった店なので、ご主人に話しを聞くと、18歳で南阿蘇を出て、東京で板前の修業をし、20年前に熊本に戻って熊本市内のホテルの料理長に。そして2年前に、40年ぶりに南阿蘇に帰ってきて、この店をオープンさせたんだそうです。

次に二人は、赤牛農家の戦勝さんに会いに行くことに。戦勝さんの苗字は住吉さんと言うのですが、変わった名前なので二人は”戦勝さん”と覚えていたようです(笑)。だんだんと、道の様子を思い出した鶴瓶さん、戦勝さんの家を見つけ訪ねてみると、ご夫婦ともどもお元気そうで、何よりでした。鶴瓶さんは、戦勝さんの牛を『びゃーびゃー』と呼んでいましたが、びゃーびゃーは別な赤牛農家での呼び方で、戦勝さんの呼び方は『ボーシボシ』だったかと?(汗)。実は戦勝さん、2年半前に鶴瓶さんと出会い、その後生まれた雄牛に”鶴瓶”と名前を付けたそうです。それを聞いた鶴瓶さん、その牛に会いたいと言いますが、戦勝さんいわく『その牛はもう売った』と(笑)。佐渡さんに、『今ごろドブにはまってるかもしれませんよ』と笑われた鶴瓶さん、肥育農家に託された”鶴瓶”を想い、涙ながらに『ツルベ~』と叫びました(笑)。

続いて二人は、前回の旅で柿を貰った隣の甲斐さんのお宅を訪ねることに。しかし、残念ながらお留守で会えず、鶴瓶さんは出てきてくれた隣家の方に伝言を託して、そこを後にしました。

ここでスタジオから、南阿蘇村の魅力を歌で紹介。総勢91名による、大合唱です!。
「カルメン 第1組曲より闘牛士」のメロディーにのせて、まずは南阿蘇村の御婦人方が、『熊本県の真ん中にある南阿蘇村は~♪』と歌いだし、『冬でもあったか ゴルフも最高 絶景がだいご味♪』のくだりでは、キャディさんが『ナイスショーット』の合いの手(笑)。南阿蘇鉄道の駅員さんと運転手さんの二人による、『南阿蘇鉄道は 運転再開しています~♪』から『ぜ~ん線開通を 迎える日まで♪』と大きく変調する難しい箇所の音程確保が、とても見事でした!(驚)。

ここからは、一人旅です。

鶴瓶さんは、南阿蘇村に移住して奥さんの理想だった南フランスの家庭料理の店を開業した田中さんご夫妻に会いに、「ボンジュール・プロヴァンス」を訪れます。春になって、お客さんも徐々に戻ってきてくれているそうで、昼時とはいえ平日なのに、とても繁昌している様子。ご夫婦ともに元気で、とても忙しそうに働いていらっしゃいました。前回は休みで会えなかったというスタッフの君ちゃんは、4人も孫が居るそうですが、とても若くてお美しい!鶴瓶さんは、赤牛のランチを頂きながら、震災後のご家族の暮らしぶりについて話を聞きました。

一方、佐渡さんは、前回の旅では午後4時ごろになってようやく昼食を食べることができて助かったと、お蕎麦屋の「明神そば」を訪ねることに。その時は、佐渡さんとの話に夢中になったご主人、蕎麦を茹ですぎて失敗したことが、懐かしく思い出されます。このお店は、被害を免れたとのことで、当時と変わらない佇まいのまま、賑わっているようでした。佐渡さんは、温かい”海老天そば”を頂きながら、隣席した村のご家族に、地震のことについて話を聞きました。奥さんは明るく話してくださいましたが、自宅は全壊、ご主人の歯医者があった場所は立ち入り禁止地区に指定されてしまったそうです。でも今は、『役場に勤めながら、毎日ここの蕎麦を食べて、元気出しながら再建していこうと思っている』と。佐渡さんは、『もう少し時間が経って落ち着いたら、被災した方々の命を助けてくれた警察や消防、自衛隊、お医者さんなど、それぞれの音楽隊や楽器を演奏する人たちを募って、オーケストラを編成して、南阿蘇で演奏会が出来たらいいな~と思っている』と、心に秘めた構想を語ってくれました。元気に挨拶に出てきてくれた店のご主人、前回は”さの先生”でしたが、今回は『さど先生』と呼んでくれました。前回茹ですぎて失敗したことで、店の評判を落としたとか(笑)。さらにご主人、『お隣のご家族は、自宅が全壊して、今度宮崎に移って歯医者さんを再開されるそうで、頑張っていらっしゃる。息子さんはちょうど高校受験で・・』と話したところで、佐渡さんから『いま、全部聞きました』と。相変わらず、間の悪いご主人でした!(笑)。

次に鶴瓶さんは、前回も訪れた田中さん夫妻の娘さんの店、「のほほんカフェ ボワ・ジョリ」を訪ねることに。こちらも被害を免れ、今は親の店よりお客さんが多くなってしまったとのこと。しかしスタッフが欠け、ひとりで料理を賄いきれなくなってしまった娘さんが下した決断は、日曜と祝日は店を閉め、親の「ボンジュール・プロバンス!」で出張料理を作ることに。鶴瓶さんが、賑わう店のお客さんに何処から来たのかと尋ねると、南陽町からこの奥にある美容室「アズール」に髪を切りに来たついでとのこと。こんな山奥にある美容室に興味を持った鶴瓶さん、そこを訪ねてみることに。

ここで、ちょっと一息、「家族に一杯」の時間です。
 訪ねたのは、復興に向けて大規模な工事が進む黒川地区。地震を乗り越え半年前に再開した、「おふくろ亭」で頂く本日の一杯は、ほっかほかのご飯に阿蘇の名産・赤牛のお肉がたっぷり載った、「牛丼」(600円)。東海大学の学生さん達に、お腹いっぱい食べてもらいたいと始めた”おふくろの味”の牛丼は、ご飯の量もたっぷりですが、今は阿蘇キャンパスが閉鎖されてしまっていて、とても寂しいそうです。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、合唱曲「あなたへ」のピアノ伴奏曲かと。

次に佐渡さんは、翌日に南阿蘇で開催する「復興祈念演奏会」で協演する吹奏楽部がきっと練習しているだろうと、「南阿蘇中学校」を訪ねることに。顧問の西村先生には会えたのですが、子供達の練習は午前中で終わってしまったそうで、残念でした。

鶴瓶さんは、知っている人でないとまず訪れないような山奥にある、「ヘアサロン アズール(Azur)」を訪ねました。ステキな民家の2階が、美容室になっています。ちょうど、ステキなご夫婦が二人揃ってヘアメイク中で、鶴瓶さんは頭のタオルを取った後の奥さんの姿が楽しみと、シャンプーと仕上げを待つことに。プレッシャーを掛けられシャンプー台に座った奥さんは、まさに”俎板の鯉”状態(笑)。このご夫婦、以前はボンジュール・プロバンス!のすぐ下でご飯屋さん(板さんクチーナ カルデラバッチョ)をやっていたそうですが、震災の被害を受けて休業。それから1年が経ち、ようやく奥さんも、『不謹慎かもしれないが、自分たちにとっては、あの地震も何か意味があったんだ』と捉え、前を向けるようになったそうです。今は、前の場所に煮干しラーメンの店をオープンすべく、奮闘中とのこと。アズールのご主人は、水も空気も美味しいと、熊本市内からこの南阿蘇に移り住んで店をオープンさせたそうです。2階のヘアサロンのベランダから見渡せる、南阿蘇の景色も素晴らしい!。

次に佐渡さんは、前回の旅でパークゴルフ対決をした小山さんのカフェ、「ティッペル」を訪ねることに。前回の旅の最後には、この店をお借りして、出会った村人と一緒にミニコンサートを開きました。しかし、店は定休日で閉まっていて、小山さんは留守。隣にある、やはり一緒にパークゴルフをした吉田さんのペンション「おれんじびーる」は、震災による修復工事中で、吉田さんも生憎と留守。そこで、小山さんの携帯に電話をしてみると、温泉に来ていて、30分で戻ると(笑)。

そこで佐渡さんは、前回長々と薪ストーブの魅力を聞かされた、自称”薪ストーブバカ”の松村さんに会いに、薪ストーブ専門店「くぬぎの森」を訪ねます。しかし、生憎と村松さんも外出中。店にいた、前回の訪問後に入社したという松田くんと話をしていると、間もなくして松村さんが帰ってきて、元気な姿で再会を喜びあうことができました。バイタリティ溢れる松村さん、震災後に全然お客さんが来てくれなくなってしまったので、こちらから売り込みに行こうと、大きなウィングトラックの荷台に移動ショールームを作ってしまい、商売に歩いているそうです!。移動ショールームに展示されている薪ストーブは、ノルウェー、アメリカ、スペイン、イギリス、デンマーク製と、それぞれお国柄があるそうです。ただ、薪ストーブが作られている国は、もともと地震が少ない国ばかりで、地震対策は考えられていないそうです。そこで、今まで想像だけで日本でストーブの設置工事をしてきた村松さんですが、『地震により皮肉にも、今では一番地震に詳しいストーブ屋になってしまった』と。

鶴瓶さんは、河陽地区に建てられた仮設住宅を訪れますが、どのお宅も留守で、入居中の方に出会えません。するとそこへ、ボンジュール・プロヴァンス!のスタッフの君ちゃんが、帰宅途中に車で通りがかり、声を掛けてくれました。そこで、君ちゃんのご自宅に伺うことに。二人が帰宅すると、ちょうどお嫁さんが孫を二人連れて帰ってきました。ドアにあたってケガしたと、オデコに大きな絆創膏を貼った3歳のアコちゃんと、鶴瓶さんにソックリで、しかも誕生日まで鶴瓶さんと同じという赤ちゃんと一緒に炬燵に入り、賑やかで楽しい時間を過ごしました。

佐渡さんが、小山さんのカフェ「ティッペル」に戻ると、電話を貰った時は満願寺温泉で裸だったと話す小山さんのほか、一緒にパークゴルフを楽しんだ吉田さんと井上さんも待っていてくれて、皆さん元気で再会を喜びあいました。自宅を修理するにしろ解体するにしろ、業者が手一杯で、大工さんの手も足りないため、震災から1年経って、ようやく工事が始まった状態だそうです。佐渡さんは、2年前を思い出して、フルートで「ダニー・ボーイ」を皆さんの前で演奏してくれました。

再放送は、4月21日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 南阿蘇村の名物など

 

 4月10日  愛媛県上島町(観月ありささん) ~瀬戸内の島SP~

旅のゲストは、女優の観月ありさ(みづき ありさ)さん。この26年間、連続もののテレビドラマで主役を務めなかった年は無いという、スゴイ記録の持ち主です。歌手でもありモデルとしても活躍していますが、私的には1996年7月からフジテレビで放送されたドラマ『ナースのお仕事』の印象が、今でも強く残っています。あれからもう20年も経つとは・・・(汗)。

上島町

そんな観月さんの旅の舞台は、愛媛県越智郡上島町。東京生まれで東京育ちの観月さんは、小さな島の海の近くで暮らす人たちの生活に触れてみたいと思ったそうです。上島町(かみじまちょう)は、四国・愛媛県の北部、瀬戸内海に浮かぶ18の島から構成されており、人口は7千人ほど。瀬戸内海でも、愛媛県より広島県側に近く、尾道の沖合に位置します。生活圏としても、隣接する広島県尾道市因島(いんのしま)に属していて、因島までは、尾道と愛媛県今治市とを10本の橋で結ぶ「瀬戸内しまなみ海道」(西瀬戸自動車道)が通っていますが、上島町に渡るには、まだ船やフェリーが唯一の交通手段となっています。ただし、上島町を構成する有人の島は7島ありますが、そのうち生名島(いきなじま)は、因島から海を隔ててたった300メートルしか離れていません。町役場は弓削島(ゆげしま)にあり、生名島から隣の佐島(さしま)と、さらにその隣の弓削島とは、橋で繋がっています。


ロケが行われたのは、平成29年2月24日(火)。鶴瓶さんと観月さんは、広島県尾道市の因島にある小さな港、土生港(はぶこう)で待ち合わせ。二人とも、これから何処に連れていかれるかも分からず、不安なままフェリーに乗り込みます。すると、本当に『あっ』という間、フェリーが港を離れて3分もすると、二人は愛媛県上島町となる「生名島」(いきなじま)の立石港に到着しました。

しかし、いったい自分が何処に居るのかすら分からない二人は、港にあった案内看板を頼りに、上島町を構成する島々の位置関係を調べることに。すると、一人の男性が通りかかり、鶴瓶さんが上島町のことを尋ねようと声を掛けると、なんとこの方、弓削島生まれの弓削島育ちですが、大学は京都産業大学で鶴瓶さんの後輩とのこと。そのうえ、町役場に勤めているので、島のことについてとっても詳しい!なんと運がいい、鶴瓶さんでしょう。次に会った女性は、岩城島(いわぎじま)から佐島(さしま)にお嫁に来て、豊島(とよしま)のホテルで働いているそうです。豊島は無人島ですが、広島県神石高原町にふるさと納税してくれた人を招くためのゲストハウス、NPO法人瀬戸内アートプラットフォームが運営するプライベート・ヴィラがあるそうです。

ここでスタジオから、島の自慢のグルメを、観月さんの名曲にのせて紹介!

まずは、観月さんのデビュー曲、♪伝説の少女にのせて紹介するのは、生名島の特産、「車エビ」。生名島では車エビの養殖が盛んで、その活きがいいことから、『いきな車エビ』と呼ばれています。地元で一番のお薦めの食べ方は、生で食べる踊り食い。プリップリの食感と、甘くとろけるような味が絶品です。
次は、♪TOO SHY SHY BOY!にのせて紹介する、岩城島のおいしい「レモン」。紹介してくれた岩城島の中学生たちが、レモンの様に爽やかでした(笑)。一年を通じて温暖な岩城島ではレモン栽培が盛んで、『レモンの島』とも呼ばれています。地元では、味噌汁にレモンのスライスを載せたり、すし飯にレモンを絞ったりもして、食べられています。
最後は、♪happy wake up!にのせて紹介する、弓削島の「のり」。弓削島は県内一の生産量をほこる、のりの生産地。潮の流れの早いこの辺りで獲れるのりは、磯の香り高く、厚みがあって、食べ応えも十分。のり尽くしの弓削島自慢の朝ご飯でご賞味ください。

西方寺の眉毛くっきり仁王像鶴瓶さんと観月さんは、生名島から弓削島に車で向かう途中、その間にある「佐島」(さしま)で、いったん車を降りてみることに。誰とも出会いそうにない小さな島ですが、すると既に島中に『立石港に鶴瓶さんが来た』という噂が伝わっていて、二人の女性が会いに出てきてくれました。その一人が、400年続くお寺のご住職の奥さんと聞き、二人はその「西方寺」を訪ねることに。すると、その門前に立つ仁王像を見て、二人はビックリ!石像なのに、眉毛だけがくっきり黒く塗られています(笑)。奥さんの話だと、『総代さんが、今の住職の晋山式のときに、知らぬ間に書いてしまって・・・』と。鶴瓶さんは、勝手に総代さんが書いたと聞いて、さらに驚きますが、後日調べた所、ちゃんと前の住職の許可を得て書いたものだと、小野アナウンサーがスタジオでフォロー(汗)。

鶴瓶さんが、二人の女性に『佐島の有名なものって何?』と尋ねると、『小学校は弓削と一緒になってしまい、今では保育所が賑やかなくらいで・・・』と(笑)。すると、思い出したように『富田さんという方が、古民家ハウスをしているから』と、案内してくれることに。「古民家ゲストハウス 汐見の家」は、開業して1年の素泊まりの宿だそうです。しかし、素泊まりと言われても佐島に食事ができるような場所は無く、管理人さん達と一緒にご飯を食べるのが常だとか。鶴瓶さんが、『普段は何を食べてるの?』と聞くと、『島の周りで獲れたお魚、ハゲとか、タコとか』。隣で話を聞いていた観月さん、彼女が鶴瓶さんに向かって『ハゲ』と言うのを聞いて、超ビックリ!(笑)。ハゲ(カワハギ)この辺りでは、”(カワ)ハギ”のことを”ハゲ”と言うそうです。ゲストハウスは、北海道からやってきて、ここに根付いた40歳の独身女性・ミエさんも手伝ってくれていて、料理は上手だし、今日は竹林伐採に行っていると聞き、二人はどんな女性かと興味津々。そこでスタジオで、後日スタッフが撮影したビデオで自己紹介してくれました。

ここから一人旅になった観月さんは、「弓削島」(ゆげしま)に渡ります。下弓削地区で最初に出会った女性に、島の見どころを尋ねると、いま買ってきたという弁当屋さんを紹介されました(笑)。観月さんが、その「手づくり弁当 心」(こころ)を訪ね、店の人に話を聞いていると、何処から湧いて出たのかと思うほど、何時の間にか若い人たちが周りに沢山!。子供を抱いた若いお母さんらに話を聞くと、なぜかどの家も子供は3人?。島に病院は1軒あるそうですが、産婦人科は尾道まで行かなければ無く、子供が夜中に生まれた時は、救急艇で40分かかって病院に連れて行ってもらったそうです。

一方の鶴瓶さんは、岩城島に渡るため船をチャーターし、弓削島の上弓削港を訪れます。すると、港にポツンと建つお好み焼き屋「西野」を見つけ、入ってみることに。そこで、おでんとお好み焼きを頂きながら、女将さんと旦那さんに、店のことや島での生活について話を聞きました。この辺りのお好み焼きは、広島県に近いので、そば入りの広島風なんですね!とても美味しかったそうです。

観月さんは、漁師さんに会いたいと下弓削の住宅地を歩いてみますが、誰にも出会えません。すると、さっき弁当屋の前で出会った、ベビーカーを押した原田さんと再会し、漁師さんについて尋ねると、漁師さんがやっている近所の魚屋「さかなの店 魚六」を教えてくれました。でも彼女、その魚屋には行ったことが無いそうです。理由を聞くと、なんと魚はいつも頂くので、買ったことは無いとのこと(驚)。観月さんが魚六さんを訪ねてみると、まだご主人が網上げから帰って来ておらず、ショーケースに魚は一匹もありません。そこで、ご主人が帰るという3時ごろに、また訪れてみることに。

鶴瓶さんは、「岩城島」(いわぎじま)に渡ると、何時ものごとく、路地を歩いてみます。すると突然、一軒のお宅の玄関からご夫婦が出てきて、鶴瓶さんと鉢合わせ。そりゃビックリしますって(笑)。さらに歩いていると、キンカン畑で農作業中のお爺さんと出会います。1粒食べたら1年長生きすると言われ、キンカンを一粒頂いた鶴瓶さん、次に横に成っていた「ユゲポン」(弓削瓢柑(ゆげひょうかん)、デコポン)を食べさせてもらうことに。厚い皮を口で剥こうと、ユゲポンに噛りついた鶴瓶さん、急に唾を吐きだしたかと思うと、顔を歪め、身体をくねらせ、『めっちゃめちゃ すっぱい!』と(笑)。

観月さんが店を出ると、表に2人の高校生が撮影を見学しに来ていました。話を聞くと、「国立弓削商船高等専門学校」の生徒で、春休みですが『頭が悪いので・・・』と、再試験があるため、実家に帰れずに島に残っているそうです。観月さんは、彼らに商船学校に案内してもらい、初めての取材交渉に挑戦!。すると、対応に出てくれた益崎先生、『うゎ、いま入試の会議中なんですけど・・・、まぁええか!』と(笑)。観月さんは、先生に案内してもらい、商船高校の練習船「弓削丸」(全長40m、定員56名)を見学させてもらうことに。弓削丸まずは先生おススメの、暗い道から先に(笑)。船底の方に降りていくと、食堂兼教室があり、さらにその下には、学生らの寝る部屋がありました。先生いわく、『せっまいですよ~。タイタニック号の下の方で、人が苦しむような部屋やね』と(笑)。2段ベットだけ並んだ狭い8人部屋が、計5室あるそうです。明るいデッキに出ると、一緒に付いてきた生徒に向かって先生、『お前ら飛び込め!』と。この高さから下手に海に落ちるとケガをするらしく、飛び込む練習をするんだそうです(汗)。

ここで、ちょっと一息、「家族に一杯」の時間です。
 やって来たのは、岩城島。今日は、この春に島を出て行く人の送別会。東京へ旅立つ音楽サークルの後輩二人のために、先輩たちが作ってくれたのは、島一番のご馳走、「鯛めし」です。送別会の主役の女性が頂くと、それは鯛の身がホクホクで、とても美味しいそうですが、それ以上に島で育ったことと、先輩たちの暖かい気持ちが、忘れられない思い出になりそうです。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、浜田真理子さんの「あなたへ」でした。

鶴瓶さんが、あまりの酸っぱさに呻き散らしている所に、『えらい賑やかで、何事ですか?』と登場したのが、自称『ガソリンスタンドの親分』、倉本さん。鶴瓶さんがユゲポンを食べさせようとしますが、見事逃げられ、もっと美味いものがあるからと、岩城島の名物「芋菓子」を食べに行こうと誘われます。連れていかれたのは、倉本さんのガソリンスタンドの隣にある、「タムラ食品」さん。そこで頂いた芋菓子は、普通の”芋けんぴ”とはちょっと違っていて、美味しかったそうです。社長の桑原さんに話を聞くと、『1年を通して同じ味じゃなく、1年を通して”美味しい”と言ってもらえるような味』に拘っていて、今は冬なので少し甘めにしているそうです。ただ、口中が酸っぱくなっていた鶴瓶さんは、甘い芋菓子が、よりいっそう美味しく感じたようです(笑)。最後に、倉本さんのガソリンスタンドを訪ねると、ご主人とは打って変って、静かでドライそうな奥さんが居て、お二人に家族のことや暮らしぶりについて話を聞きました。

観月さんは、島に来たからには新鮮な魚を食べたいと、再び原田さんを訪ね相談することに。すると原田さん、自分はこれから下の子を保育園に迎えに行かないとならないので、友達の料理上手なマキさんに、電話で相談してくれました。するとマキさん、今から鯛のアラを持ってきて、原田さんの所で調理してくれるそうです。観月さんは、再び「さかなの店 魚六」を訪ね、カワハギの刺身を作っていただきました。宮崎の霧島出身の奥さんが魚を捌いてくれている間、弓削島出身のご主人に奥さんとの馴初め話を尋ねると、『全国放送やろ、そんなことまで話すの・・・』と言いながらも、旅先の御嶽山で出会ったことを教えてくれました(笑)。

魚六さんで、お刺身だけでなく、アラなど両手で持ちきれないほど沢山の魚を頂いた観月さん、それを持って原田さんのお宅へ。観月さんと同じ40歳のマキさんが、手際よく次々と魚料理を作ってくれる横で、まったく料理をしない観月さんは、ゴシゴシと大根を擦り下ろす係です(笑)。帰ってきたご主人が、大きなテーブルを家に運び入れてくれ、その上には数々の魚料理が並び、小さな子供3人と一緒に、楽しい夕ご飯になりました。子供に、『私は違うけど、一緒に来たオジちゃんは少し怪しい』と、観月さんが”ハゲ”のお刺身を肝に付けて頂くと、『これは、おいしい~!』と感嘆。タイの刺身に、イカの刺身。どれも、とっても新鮮で美味しそうでした!(笑)。

再放送は、4月14日(金)午前1時00分~午前2時15分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 上島町の名物など

岩城島のレモン 3kg

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感想(7件)

 

 4月3日  茨城県水戸市(沢村一樹さん) ~20周年&朝ドラSP~

旅のゲストは、俳優の沢村一樹(さわむら いっき)さん。4月3日(月)からスタートする新しいNHK朝の連続テレビ小説「ひよっこ」に出演しています。

今回のヒロインは、昨年暮れの紅白歌合戦の司会も務めた、有村架純さんです。ドラマの内容は、1964年の東京オリンピック前後、茨城県北西部の奥茨城村に育ったヒロイン・谷田部みね子(有村架純さん)が、出稼ぎのために東京へ行った父が正月に帰宅しなかったことをきっかけとして、父を探すべく集団就職で上京し、下町の工場で働きながら父を探します。しかし、オリンピック後の不況で工場が倒産、行くあてないヒロインを拾ってくれたのは、東京で父が常連となっていた洋食屋。そこで働きながら、様々な試練を乗り越えて成長していくみね子の姿を描いた物語です。

その父親・谷田部実役を演じるのが、沢村一樹さんです。沢村さんと言えば、イケメンなのに”下ネタ”好きが講じて、「エロ男爵」なる称号もある方ですが(笑)、NHKの朝ドラや家族に乾杯では、ほぼ?、下ネタは封印です!。

今回の旅の舞台は、朝ドラの「ひよっこ」で、主人公の出生地として設定されている、茨城県北西部にある架空の”奥茨城村”に見たてた、茨城県水戸市。実際、2月11日(土・祝)には、水戸市内で56名のエキストラを募集して、「ひよっこ」の撮影も行われたようです。沢村さんは、ドラマで演じる茨城弁の訛りがとても難しいので、地元で生まれ育った人の日常の会話から方言を学べたらと、旅の目的を語ってくれました。


ロケが行われたのは、平成29年2月15日(水)。茨城県水戸市裡1丁目にある児童公園で待ち合わせた、鶴瓶さんと沢村さん。この二人が近所の公園に居たら、そりゃぁ人が寄ってきますって(笑)。近所のだんご屋さんの女将さんに、公園の隣にある歯医者の順番待ちの患者さんたち。その歯医者さんは女医さんと聞くと、沢村さんのエロスのアンテナがピクリ(笑)。続いて、近所のちりめん教室のスタッフの方からは、プレゼントに「勝ち虫」のお守りを頂きました。この辺りではトンボのことを、真っ直ぐ前に進み決して後ろに退かないことから、縁起がよいと”勝ち虫”と呼ぶそうです。

鶴瓶さんと沢村さんは、”女医”という名前に惹かれて、「檜山歯科」を訪ねることに。すると、患者さんが沢山いて忙しい中、とてもキレイな女医先生が挨拶に出て来てくれました。

二人は次に、”トンボ”のお守りをくれた方達を尋ね、ちりめん教室をやっているという「きものの形富」さんを訪れます。社長の奥さんや店員さんが応対しくれますが、あまり栃木弁らしい訛りが感じられません。どうやら水戸市内と、大洗町など海辺の方とでは、だいぶ訛りも違っているようです。沢村さんは、店の近くにある、水戸から江戸への街道の起点となった「銷魂橋」(たまげ橋)を紹介されると、『すごい名前ですね~。字によっては放送禁止に・・』と(笑)

ここでスタジオから、水戸市の魅力をビデオ紹介。紹介してくれるのは、今年2月の梅まつりでデビューしたばかりという、「水戸の梅大使」の”ひよっこ”のお二人です。
まず紹介するのは、彼女たちのメインステージでもある「偕楽園」。1842年に水戸藩主・徳川斉昭によって造られ、『民(たみ)と偕(とも)に楽しむ場所にしたい』と、その名が付けられました。園内にはおよそ100種類、3千本の梅の木が植えられ、今も無料で開放されています。
次は、江戸時代の剣豪・千葉周作によって創始された「北辰一刀流」。坂本龍馬も学んだという剣術は、千葉周作から水戸藩に伝えられ、現代でも水戸東武館で剣道を学ぶ”ひよっこ”達に受け継がれています。
最後は、「水府提燈」(すいふちょうちん)。水戸は、江戸時代から続く提灯の産地です。提灯作りを全て一人で熟すには、10年はかかると言われ、高校を卒業してから提灯づくりの修業を始めて3年になる岡崎さんも、まだまだ”ひよっこ”だそうです。

次に二人は、公園で出会った女性が営んでいるだんご屋の「伊勢屋」を訪れます。すると、この団子屋さん、とても繁盛していて店内はお客さんで一杯、二人が座れる席も空いていません(汗)。そこで鶴瓶さんは、女将さんを店の外に呼び、おすすめの”きんぴら団子”を2つ持って来てもらうと、二人は店の前で立ったままそれを頂きました。柔らかく炊いたゴボウの金平を、草餅で包んだ店のオリジナル団子で、とても美味しいそうです。すると、ようやく席が空いたと、二人は店内へ。席に座ると、今度は味噌ラーメンと醤油ラーメンを頂きながら、一家で店を営むという皆さんから、それぞれ話しを聞きました。しかし、実家のお母さんに、夫の妹とその長男の嫁に二男、彼の幼馴染の店員さんと、一族総出で団子屋を営む様子に、鶴瓶さんも感動しきりです。

水戸市内にある変な形をした建物一人旅になった沢村さんは、その外観が気になっていた、「水戸芸術館」に行ってみることに。中に入らなくても、きっと美術系の仕事をしている人と出会えるはずと、エロスの勘が働いたようです(笑)。水戸で一際高くそびえるクネクネと変な形をした建物は、「水戸芸術館タワー」と呼ばれる施設のシンボルとなるアートタワーで、市制100周年を記念して磯崎新氏により設計され、高さが100メートルだそうです。この日は天気もよく、中庭を歩いていると、近くで働いているOLさんが、建物の隅に座って読書をしていました。もっと詳しく話しを聞きたかったのですが、お昼休みは後5分しかないと言うので、急いで職場に戻るよう急かす沢村さんでした。

一方、鶴瓶さんは、水戸市内を車で走っていると、「天狗納豆 製造工場」という看板の掛かった建物を見つけ、立ち寄みことに。よく関西人は納豆が大嫌いだと言いますが、鶴瓶さんは東京に出てきてから食べて、納豆が大好きになったそうです!。この店の奥さんが、とても面白い方で、鶴瓶さんが水戸納豆の謂われを尋ねると、『ふふふ、詳しいこと私 分かんないんですけど』と。次に店の歴史を尋ねると、『百何年かですね』。そぼろ納豆を試食するのに小皿を貰いたいとお願いすると、『あぁ~、このフタでいいですか?』と、とってもアバウト。お金を払おうとすると、店員さんもレジを打っている途中で掛かってきた電話を取りに奥に行ってしまい・・・。その様子に鶴瓶さん、『雑や、ものすごく雑や!』(笑)。

この奥さんに、鶴瓶さんが『水戸黄門のところはどこですか?』と尋ねると、教えてくれたのが近くにある水戸藩の藩校、「弘道館」でした。しかし行ってみると、弘道館は水戸光圀が亡くなってから140年も経ってから開設されたので、黄門さまとは関係ありません。まぁ、奥さんも雑ですが、鶴瓶さんの聞き方も雑ですね~(笑)。弘道館に居た方に、鶴瓶さんが黄門さん縁の地について尋ねると、近所に住む女性が、『黄門さんはこの崖下に住んでいたの、私 その跡に住んでいるの』と教えてくれました。しかしまた、『この崖下』というアバウト(雑)な教えで崖を降りてみた鶴瓶さん、それらしい場所はまったく見つからず、『黄門の”コ”の字もないやん!』と(笑)。

次に沢村さんは、水戸芸術館の中庭で出会った、子供と散歩に来ていた女性から、お爺ちゃんお婆ちゃんが蕎麦屋をやっていると聞き、その「のだて屋」を訪ねることに。このお蕎麦屋さん、張り紙を見ると、なぜか”カレーなべうどん”が名物のようです(笑)。女将さんや、顔見知りのお客さんらに話を聞くと、この辺りの人は標準語を喋り、訛っているのは大洗や那珂湊など海岸べりだそうです。しかし、かく言うお婆さん達も、少しは訛っていると思うのですが・・・(汗)。皆さん、ご高齢にも関わらず、近くの文化交流プラザで毎週水曜日に開かれている体操サークル「さわやか」に行ってきた帰りなんだとか。

崖を降りた鶴瓶さんが出たところは、立派な白壁や門に囲まれた学校や幼稚園が建ち並ぶ「三の丸」地区でした。すると、自転車に乗った大学生と父親の二人連れに出会います。ダンスをやりたいと話す大学生に、『そんなんじゃメシ食ってけねぇよ』と突っ込むお父さん、『若いころバイク乗り回していたオヤジに比べたら、自分 まじめっすよ』と返す子供。とても楽しそうな親子です。スマホに貼られた彼女の写真を見つけた鶴瓶さんが、カワイイやんかと茶化すと、目の前にあった女子高(水戸三高)に行ったらいいとやり返されてしまいました(笑)。するとそこに、待ってましたとばかり、『本丸の水戸一高に行きませんか?』と、シャキシャキした女性が急に声を掛けてきました。

そば屋を出たところで沢村さんは、婦人服の「FASHION GALLERY Makes」(メイクス)の店先で、女性店主から声を掛けられ、立ち寄ることに。とてもオシャレな店内で、これまたとても71歳には見えない女性店主と息子さん、24歳になる手伝いの孫と、3世代で応対してくれましたが、さすがに皆さんの服装もオシャレです。

鶴瓶さんは、『直木賞を受賞した恩田陸さんの母校です』と話す女性に連れられて、茨城県立水戸第一高等学校を訪れることに。この女性、水戸一高のOB会「知道会」の親睦委員長をしているそうですが、本業は会社の社長さんで、どうりでとても積極的!。連れて行かれたのは、「知道会館」という水戸一高の同窓会の事務局のある建物。さすが歴史ある学校だけに、同窓会の事務局まで立派です。そして、事務局の女性陣は、とても知的な感じで美人揃い。『このくらいの齢の頭のいい人はキレイや』と、女性の魅力にハマった鶴瓶さん、59年卒と話す女性に向かって、『いっぺん お尻たたいて頂けますか? このオス豚めと』と、上着をまくってお尻を突き出しました。これ、十分にセクハラです(笑)。

大興飯店のスタミナ丼ここで、ちょっと一息、「家族に一杯」の時間です。
 本日訪ねたのは、茨城大学の目の前にある中華料理店、「大興飯店」(たいこうはんてん)。店先には、”茨城大生御用達”と書かれた大きな看板が掛けられており、店内は若い人たちでごった返しています。そして本日の一杯は、「スタミナ丼」(650円)。大きな丼の大盛りのご飯の上に、豚肉とニラ玉が載せられ、ニンニクの香りが食欲をそそる、まさに体育会系丼ぶりです。その上、大盛り無料って、どれだけ食べるねん!?(汗)。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、David Bowieの「Volare(Nel Blu Dipinto Di Blu)」かと。

ようやく鶴瓶さんは、目的の「水戸黄門神社」(義公生誕の地)に辿り着くことができました。すると、向かいにある美容室「CUT BANK CORE」(カット バンク コア)の美容師さん達が、鶴瓶さんと一緒に写真を撮ってもらいたいと集まってきました。話を聞くと、この店は彼女らの父親の経営する美容室で、息子一人・娘二人とも別の職業から美容師に転身。母親も、別の場所にある本店の方を営んでいる、美容師一家だそうです。そこで鶴瓶さんは、奥さんにも会いたいと、カットバンク本店を訪れます。すると鶴瓶さん、このお店のサービスで、オイルで頭皮マッサージをしてくれる”ヘッドスパ”を体験したいと、若い女の子をご指名(笑)。このヘッドスパ、とても気持ちがイイらしく、鶴瓶さんはあっという間にウトウトと。シャンプーの頃になると、『ンガッ!』と大きな鼾まで出て、シャンプーをしてくれている女の子も笑いを堪えきれません(笑)。

生の”茨城弁”が聞きたい沢村さんは、訛りなら大洗だと教えられ、大洗町へ向かうことに。大洗漁港で車を降りると、さっそく白魚漁をしているという漁師さん達に出会いますが、皆さん恥ずかしがって、あまり方言で喋ってくれません。ようやく84歳という高齢の漁師さんから、『知らねっぺ』という方言を聞き出した沢村さんは、なんとか口説いて、お宅を訪問させてもらうことに。ご自宅は、以前に民宿を営んでいたそうで、大きくオシャレな外観に沢村さんもビックリ。家には奥さんが居て、ご夫婦の馴初めから暮らしぶりについて、話を聞くことができました。

再放送は、4月7日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 水戸市の名物など

 

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