NHK『鶴瓶の家族に乾杯』 放送内容とロケ場所の情報!

各回の放送内容(あらすじ)と、ロケ場所となったお店の名前や取り上げられた名物・特産品の情報を集めてみました。

※ これ以前の放送内容は、放送回毎の放送内容(個別ページ)をご覧ください。
※ 今後の放送予定や、収録地・出演者(ゲスト)、再放送の予定などは、「放送予定のロケ地とゲスト情報!」のページをご覧ください。

 12月11日  幸せをありがとう 20周年スペシャル 名場面を一挙放送

20年間の笑いあり、涙ありの素敵な出会いの数々を、今夜一挙公開。出会った方のその後も徹底取材。小さかったあの子は今・・・。鶴瓶さんをしのぐ、個性あふれる人たちとの出会いや元気いっぱいのお年寄りや子供たち、大家族との出会いなど、選りすぐりの名・珍場面をお送りします!
 20年前、鶴瓶さんが種子島で出会った、授業をサボって卓球をしていた高校生。果たして現在、どんな人生を歩んでいるのか?
 12年前、鶴瓶さんが婚姻届を一緒に出しに行ったご夫婦が、現在どうしているのか?
 16年前、花嫁募集のテロップを出した千葉県の農家の息子47歳(当時)は、その後、結婚できたのか?
 7年前、蛭子さんから走って逃げた鶴瓶さんが偶然に出会った、大衆演劇「都若丸劇団」の若き座長・都若丸さん。今や、押しも押されもせぬ大スターとなった都若丸さんを、兵庫県香住町で開催された舞台を突撃取材!
等々、当時の映像を振り返りながら、出会った人々のその後の姿が明らかに!?(笑)。

どんなスペシャル番組になるのか、楽しみです!。

スタジオのゲストは、シンガーソングライターで、俳優、演出家、タレントの、美輪明宏(みわ あきひろ)さん。長崎県長崎市出身の82歳。これまで、美輪さんが旅のゲストとして”家族に乾杯”に登場したことはありませんが、美輪さん自身が、この番組の大ファンということで、今回の20周年スペシャル番組のゲストとして、白羽の矢が立ったようです。


まずは1997年、第1回放送の鹿児島県西之表市(にしのおもてし)の旅から。当時はまだ、番組のテーマ曲『Birthday』が作られておらず、さだまさしさんの『案山子』がオープニング曲に使われていました。当時、45歳の鶴瓶さん(若い!)が向かったのは、種子島高校。校庭脇の建物内を覗くと、高校3年で受験という阿世知(あせち)くんが、自習時間をサボって卓球をしている所を見つけてしまいます。そこで鶴瓶さん、『学校としては目をつぶる、その代わり家庭訪問に行く』と(笑)。あれから20年。その時の彼が、なんと、奥さんと子供を2人連れてスタジオに!。現在、姶良(あいら)市役所にお勤めだそうです。

小野アナウンサーによると、鶴瓶さんが20年間で旅をした市町村の数は、海外も含めて、342か所だそうです。出会った人の数は、スタッフが数えてみると、およそ2万人・・・(汗)。その中から、鶴瓶さんも顔負けの、ユニークで個性的な人物を紹介!

出会いに乾杯!

続いては、鶴瓶さんもビックリするほど、スゴイ特技を持った子供たち。いやいや、パワフルなお年寄りも忘れて貰っちゃー困ります(笑)。ということで、『あっぱれ! 未来に乾杯、ご長寿に乾杯!』。

ご長寿に乾杯!

未来に乾杯!

次は、「ぶっつけ本番旅」のはずなのに・・・。

偶然の奇跡に乾杯!

鶴瓶さんが号泣した奇跡とは!?

次は、鶴瓶さんが大ピンチ!?

20年間・・・、いろいろありました(汗)。次は、個性あふれる大家族との出会い。

大家族に乾杯!

番組では、2011年の東日本大震災以降、毎年、被災地にも訪問しています。

最後に小野アナウンサー、『20年間、ありがとうございました。そして、これからもどうぞよろしくお願いします!』(笑)。

再放送は、12月15日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)と、12月31日(日)午前10時05分~午前11時20分の2回、NHK総合で放送予定です。

 12月4日  内山理名と愛知県瀬戸市ぶっつけ本番旅

旅のゲストは、女優の内山理名(うちやま りな)さん。神奈川県出身の35歳。17歳の頃に、テレビドラマ『美少女H』で女優デビューし、その後は舞台や映画にも出演、多方面で活躍しています。全米アライアンスRYT200というヨガのインストラクター(講師)の資格を持ち活動しているほか、書道は7段の腕前だそうです。

内山さんは、11月17日(金)からスタートするNHKドラマ10『マチ工場のオンナ』(連続7回)で、10年ぶりにドラマの主演を務めます。役どころと内容は、32歳の専業主婦(内山さん)が、突然急死した父(舘ひろしさん)の残した町工場の社長になり、主婦目線の現実処理能力と決断力で奮闘する、サバイバルヒューマンドラマ!だそうです(w)。内山さんが”家族に乾杯”に出演するのは、7年前の平成22年(2010年)12月の放送で北海道日高町を旅して以来、2回目。今回は、マチ工場の番宣を兼ねての出演ですね。

今回の旅の舞台は、愛知県瀬戸市。愛知県北部に位置し、名古屋駅から車で45分ほど。「せともの」(=瀬戸で作られた物)という言葉が通じるほど、言わずと知れた、やきもののまち。内山さんは現在、ドラマ「町工場のオンナ」の撮影のために名古屋に住んでいて近かったことや、以前にロケで訪れた際に町の風情が気に入り、今度はゆっくり歩いてみたいと、瀬戸市を旅先に選んだそうです。内山さんは、ご自身のInstagramに、鶴瓶さんと一緒に「赤津焼 霞仙」の前で撮った写真を投稿していますよ。
また、瀬戸市と言えば、今年話題になった藤井聡太(15)棋士の出身地。地元の銀座通り商店街では、シャッター街となってしまった状況を逆手にとって、藤井四段の対局を大盤解説する「シャッター大盤 対局解説」が話題に!。鶴瓶さんは銀座通り商店街で、瀬戸市の人気B級グルメ「瀬戸焼きそば」を頂きました。


ロケが行われたのは、平成29年10月6日(金)。ロケバスから降りてきた内山理名さんは、大きく肩を露出したオフショルダーの肩出しファッション。その姿を見た鶴瓶さん、『アカンやろ こんな格好』と、目が一層細まります(笑)。そんな鶴瓶さんの衣装も、内山さんと同じく袖口から長いリボンが垂れ下がり、生憎の雨模様に傘を差す手が邪魔そうです・・・(汗)。

鶴瓶さんと内山さんの待合せ場所は、瀬戸市窯神町にある、九州有田から磁器の製法を瀬戸に伝えたという磁祖・加藤民吉を祀った「窯神(かまがみ)神社」。その入り口で、【← 北川民次アトリエ 500m】と書かれた案内看板を見つけた鶴瓶さん、てっきり焼き物のアトリエだと思い込んだ二人は、訪ねてみることに。途中で出会った、犬を散歩中の女性に案内してもらい、二人がそのアトリエを訪ねると、そこはまるで廃墟の様。このアトリエは、平成元年に没した画家・北川民次氏の元住居で、近所の人たちが「北川民次のアトリエを守る会」を設立し、以前は春と秋に公開をしていたのですが、会のメンバーの高齢化に伴い現在は非公開となってしまい、敷地内も荒れてしまっています。そこで鶴瓶さん、看板に書かれていた「守る会」に電話をしてみることに。すると、その会長さんは入院中だそうですが、代わって電話に出てくれた息子の加藤さんは、車で10分ほどの所で、そのお父さんから窯元を継いでいるそうです。偶然にも窯元の方と知り合えた鶴瓶さん、『それを見たいんです、ほんまは』と、さっそく加藤裕重さんに会いに、赤津焼(あかづやき)の窯元、「喜多窯 霞仙」(かせん)を訪ねることに。

伝統工芸作家/加藤裕重 盛鉢/大鉢 灰釉大吉尺二足付大鉢

喜多窯 霞仙」では、滞在型の陶芸体験をしているそうで、スイスやフランス、シンガポール等、大勢の外国人が陶芸を学びに訪れています。また、英語教師から転じて釉薬(うわぐすり)を塗る作業を手伝っているという女性や、青森から修行に来たというお弟子さんなど、二人はいろいろな方々との交流を楽しむことが出来ました。作業場で、お弟子さんがガス釜に詰める作業をしていた器は、名古屋名物の味噌カツで有名なトンカツ専門店の「矢場とん」で使ってもらっているトンカツ皿だそうです。近所では、お蕎麦屋さんの「志庵」でも霞仙の器を使ってもらっていると聞いた内山さん、『行きたい!』と(笑)。喜多窯は、裕重さんの代で12代になるそうです。先代は一時、50人もの従業員を雇って輸出用の瀬戸物を大量生産する工場を営んでいたそうですが、経営難から一旦は倒産。しかし裕重さんが、当時社員寮だった場所を買い戻して、得意の英語を活かすなど新しい取り組みで喜多窯を立て直し、ようやく12年になるそうです。ギャラリーを拝見した、料理好きの内山さん、このお皿に何を載せようか考えながら作品を見ていると、とても楽しいそうです(笑)。

ここでスタジオから、瀬戸市の魅力をビデオ紹介。今回は、落語界のスターである鶴瓶さん(?)と、ドラマ界のスターである内山さんにちなんで、瀬戸市在住の元気な女性陣が、瀬戸市自慢の地元のスターを紹介してくれました(笑)。
 まず最初は、「藤井蒼汰」くん!。瀬戸市で生まれ育った天才棋士・藤井蒼汰四段は、中学生にして今年、日本中の話題をさらったニューヒーローです。史上最多となる公式戦29連勝を達成し、藤井棋士のふるさと瀬戸市も大フィーバー。
 次は、瀬戸市を代表するグルメのスター、「うなぎ」。むかし焼き物の職人達は、三日三晩徹夜で窯の番をしたと言います。その活力の元として、食べられてきたのがウナギ。瀬戸市内には、今も多くのうなぎ店が軒を連ね、自慢の味を競い合っています。
 最後に紹介する地元のスターは、「招き猫」。むかしから、『運を呼び、幸せを運ぶ』と言われる、縁起物の招き猫。明治の終わりごろ、全国の陶磁器の産地の中で一番最初に大量生産を始めたのが瀬戸市でした。女性達に大人気の「招き猫ミュージアム」も作られ、5千点の招き猫が展示されています。

次に、鶴瓶さんと内山さんは、加藤さん(霞仙)の器を使っているというお蕎麦屋さん、「手打ち蕎麦 志庵」を訪れました。店内はお客さんでとても賑わっていましたが、幸いカウンターの席が空いており、二人は蕎麦を頂くことが出来ました。二人が頂いたのは、店主おすすめの、由比から取り寄せた桜海老のかき揚げ膳(1,480円)。セットに付くお寿司やかき揚げが、霞仙の器に盛られているそうです。たまたまカウンターで隣に座っていた、上品な年配の女性から、『我が家には、霞仙の最後の登り窯の日に焼かれた土瓶がありますの。鶴瓶さんなら差し上げたいわ』と!。この女性、窯業原料等の輸入販売を行っている「株式会社 マル一」の先代社長の奥さまらしく、いそいそとお蕎麦を食べ終えると、『取ってきますから』と一旦自宅に戻り、同席していた会社の常務さんに運ばせて、霞仙の登り窯で最後の日に焼かれたという、大きな土瓶と花瓶を鶴瓶さんに惜しげもなくあげてしまいました(驚)。

ここから一人旅になった鶴瓶さんは、貰った土瓶と花瓶を持って、再び「喜多窯 霞仙」を訪ねることに。すると工房では、名古屋外国語大学の外国人留学生が大勢で陶芸体験の真っ最中で、鶴瓶さんもビックリ。登り窯の最後の日に焼かれたという花瓶を、鶴瓶さんから手渡された加藤さんは、その作品をよく覚えていて、『僕が作ったものです、すごい!』と。15年前の作品で、これはガスの釜では作れないと懐かしがる加藤さんに、鶴瓶さんはその花瓶をあげ返し、土瓶だけ貰って帰ることにしました。

一方、内山さんは、美しい景色が見られると志庵の店主から教えてもらった、「窯垣の小径」を訪れます。窯道具を積み上げた石垣や塀が並ぶ小路が続き、周辺には窯元も多くあって、風情を楽しむことができる場所です。「窯垣の小径資料館」を訪ねた内山さんは、資料館の方に陶芸体験の出来る場所が無いかと尋ねると、通常は予約制ですが、水野半次郎さんの所なら、『NHKが来たって言えばやってもらえますから』と(笑)。

内山さんが、教えられた七代目・水野半次郎さんの「瀬戸本業窯」を訪ねると、体験はやはり予約制との事ですが、息子の雄介さんが快く陶器作りを教えてくれることに。雄介さんも、ゆくゆくは八代目・半次郎の名を継ぐ予定で、その際は戸籍の名前も改名するんだそうです。

新たな出会いを求めて町の中心部に戻った鶴瓶さんは、大きな鳥居の先に土産物屋などが建ち並んだ参道が続く大きな神社、「深川神社」を見つけ、車を降ります。神社にお参りを済ませてから、宮前商店街を歩いていると、帽子好きの鶴瓶さんは、一軒の小さな帽子屋が目に留まり、中を覗いてみることに。5年程前にこの店を出したと話す若い店主の酒井さんに、鶴瓶さんが出店の経緯を訊ねてみると、『あんまやる気なかったんですけどぉ、なんか流れでそうなっちゃってぇ』と、話しぶりも全然やる気が無さそうな雰囲気・・・(呆)。表の看板は、前の店のままで、新しい店の名も分かりません(汗)。鶴瓶さんが、飾ってあった沢山の帽子の中から、気に入った帽子を選んで被ってみると、それは酒井さんが奥さんのために型紙を起こして作った帽子だそうで、髪の毛がぺちゃんこにならないように作ってあるので、『鶴瓶さんには、あまり関係ない』と(笑)。しかし、その帽子が気に入った鶴瓶さんは、『何ぼなん?』と値段を尋ねると、『僕は注文受けてから全部作るんで、店に飾ってある帽子は本当は売りたくないです。また作んなきゃいけないから・・・』と(唖然)。結局、気に入って貰えて嬉しいと、8千円でその帽子を譲ってもらった鶴瓶さん。その後、奥さんとの馴初めや人柄について話を聞くと、また面白い話が続々と登場し、とても楽しいひと時を過ごすことが出来ました。後日、スタッフがお邪魔して、奥さんと二人で鶴瓶さんへのビデオメッセージを撮影すると、『鶴瓶さんのために、帽子を作りましたので、もう二度と会うことは無いと思いますが、よかったら使ってください。お元気で!』と(笑)。スタジオには、酒井さんが型紙から作ってくれた帽子が届けられ、それを被ってみた鶴瓶さん、とても気に入ったようで、『あんな所から貰えんやん、ちゃんと買います』と(笑)。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
 本日の一杯は、「五目めし」。この辺りでは、特別な日に食べるそうで、「ごも飯」とも呼ばれています。訪ねたお宅のお婆ちゃんが、昔から変わらない作り方と味を守り続けて、秋祭りで久しぶりに訪ねてきた孫たちに振る舞ってくれました。ゴボウや油揚げをじっくり煮込み、こ(具)にしっかり味がついたのを混ぜることで、五目飯の味もしっかりするそうです。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、「にじ」(新沢としひこ作詞、中川ひろたか作曲)でした。

いよいよ、陶芸にチャレンジすることになった内山さん。土をこね、轆轤(ろくろ)の前に座って茶碗を成形してみますが、袖口から垂れた長いリボンが邪魔そうで、ほとんど水野さんに手伝ってもらっての作業でした(汗)。

鶴瓶さんは、新たな出会いを求めて「銀座通り商店街」を歩いていると、一軒の店の前で男性から、『瀬戸焼きそばです』と声を掛けられました。「瀬戸焼きそば」とは何かと尋ねると、男性は鶴瓶さんを店の中に招き入れ、瀬戸焼きそばを解説した看板を持ち出して、延々とその説明を始めてしまいました(汗)。この店、「瀬戸焼そば ~りえの焼そばチントンシャン~ ぱんだ家」は、シャッター街になってしまった商店街の活性化のために、空き店舗を活用したチャレンジショップ1号店として先日オープンしたばかりだそうです。経営者は、店長の男性と、民謡歌手の檀上りえさんのお二人。檀上さんは、コミュニティFM「RADIO SANQ」(ラジオサンキュー)で”りえの民謡チン・トン・シャン”という15分番組を担当しているそうで、その番組名から店名を付けたとか。ところで、長いこと焼きそばと店の名前についてウンチクを語ってくれたこの男性、小野アナウンサーによると、実は店長でもなければ経営者でもなく、たまたま手伝いに来ていた檀上りえさんのお父さんだそうです(笑)。瀬戸焼きそばは、豚肉の煮汁をダシにした醤油ベースの焼きそばだそうで、頂いた鶴瓶さんによると、『普通のと違うね、うまいわ』とのこと。

瀬戸本業窯 七代目 水野半次郎作干支 唐三彩 福未(特大)

陶芸体験を済ませた内山さんは、雄介さんに2階に案内してもらい、七代目・水野半次郎さんにお会いすることができました。『江戸中後期のノウハウが継承され続ければいいので、誰がやろうといいんですよ』と話す半次郎さん。特に雄介さんを厳しく指導するようなこともせず、質さえよければ誰が作ったとか関係ないという考えの下、瀬戸本業窯の作品には、いっさい銘は入っていないそうです。小野アナウンサーによると、水野さんの作った器は、瀬戸本業窯の登り窯の隣にある、「窯横カフェ」で使われているそうで、内山さんもそのカフェで、お茶とケーキを頂いたそうです。

次に内山さんは、気になっていた雄介さんの奥さんに会いたいと、雄介さんに奥さんの実家の「瀬戸陶芸社」に案内してもらうことに。奥さんは、午前中は瀬戸本業窯で仕事をして、午後は実家の会社の手伝いに来ているそうです。年末に向けて、干支の置物作りが最盛期を迎えており、大量生産の工場は24時間フル稼働で、多忙なシーズンだそうです。絵付けの作業場を見学させてもらうと、何人もの女性が机に向かって、一日に何百という干支の焼き物に同じ絵付けを繰り返す作業をしているそうです。肩凝りが辛いと聞いた内山さん、『私、ヨガのインストラクターをしているんです』と、女性に肩こり解消のためのヨガを教えようとしますが、狭い作業場の中で腕を上に伸ばすと、腕が蛍光灯に当たってしまい、上手くできません(汗)。

銀座通り商店街を抜けた鶴瓶さんは、あてどもなく町を歩いていると、旅の初めに訪ねた「手打ち蕎麦 志庵」の前に、再び辿り着きました。先に訪ねた時は、昼の営業中でゆっくりご主人に話を聞くことが出来なかった鶴瓶さん、再び店を訪ね、中條さんご夫婦に、家族の話などを、今度はゆっくり伺うことが出来ました。

再放送は、12月8日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 瀬戸市の名物など

 11月20日  寺島進と大分県日出町ぶっつけ本番旅

旅のゲストは、俳優の寺島 進(てらじま すすむ)さん。東京都出身の54歳。三船敏郎氏主宰の三船芸術学院で殺陣(たて)を学び、1985年からテレビに出演。翌1986年には、松田優作さんが監督した『ア・ホーマンス』で映画デビュー。その後、オフィス北野に所属し、北野武監督の映画に数々出演して、知名度を上げました。2016年の大河ドラマ『真田丸』では、草刈正雄さんが演じた真田昌幸(幸村の父)のよき協力者で、信濃の国衆の一人にして忍び一族の頭領でもある、”出浦昌相”役を演じていました。寺島さんが”家族に乾杯”に出演するのは、今回が初めてです。

旅の舞台は、大分県日出(ひじ)町。大分県の中部、別府市の北に位置する海沿いの町で、別府温泉もすぐ近くです。別府湾に面し、名産は「鱧」や「しらす」、「城下かれい」が特に有名。関ヶ原合戦の後、豊臣秀吉の正室・ねねの甥、木下延俊が日出藩を与えられたことから、豊臣家(木下家)ゆかりの地として知られています。また、太平洋戦争の末期には人現魚雷「回天」の訓練基地が置かれ、1991年にはサンリオ・キャラクターのテーマパーク「ハーモニーランド」がオープン。昨年からは、『ハローキティとくらすまち ひじ』として、キティちゃんの絵柄入り住民票が発行されました。新旧の様々な歴史が行き交う町です。

ところで、なぜ「日出」を「ひじ」と読むのか疑問に思い、いろいろ調べてみたのですが、結局、その地名や読み方の由来は分かりませんでした。愛知県には、「日出」と書いて「ひい」と呼ぶ地名があるようです(日出の石門)。その昔、『日出(ずる)国=ひいずるくに』として日本を称えたことから、「日出」が「ひい」と呼ばれ、さらに「ひい」が転じて「ひじ」になったのではないかと勝手に想像してみましたが、まったく定かではありません(汗)。

銭湯が趣味で、麦焼酎が大好物と語る寺島さん、その嗅覚が、温泉が多い大分県で、かつ麦焼酎の産地でもある日出町を、旅の目的地として探り当てたそうです(笑)。


ロケが行われたのは、平成29年9月27日(水)。生憎の雨模様に、鶴瓶さんは『このごろ雨の中のロケ 多いよなぁ』と嘆きますが、日頃の行いでしょうか?(笑)。「日出城址」の石垣の横で、それぞれ別のロケバスを降りた鶴瓶さんと寺島さんは、すぐ目の前に海が広がることに驚き、互いにその海を目指して坂を下りて行った所で落ち合うことが出来ました。鶴瓶さんは、こわおもての寺島さんに会うなり、なんか何時も持っていそうな気がすると、『(今日は)鉄砲 持ってきた?』と話しかけます(笑)。せめてそこは”鉄砲”じゃなくて、”拳銃”でしょ!。さらに、『今日は家族と出会わなあかんのやで、キレたらあかんのやで!』とダメ出し(笑)。

とりあえず散歩しようと、鶴瓶さんと寺島さんが歩き出すと、さっそく日出城址の脇道で、かわいい「日出小学校」の3年生の児童26人の一行と出会います。引率の先生に話を聞くと、これから城下カレイの稚魚を育てている「かれい中間育成施設」の見学に行くそうなので、二人も生徒と一緒に付いて行って、体験授業を受けることに。日出町職員の厚田さんと、地域おこし協力隊の松澤さんの二人が、施設について説明をしてくれるそうなので、鶴瓶さんは生徒に向かって、『これから体験授業をしてもらう、分かったね! 声が小さい!』と、大声で生徒を仕切り出します(笑)。厚田さんの説明によると、城下カレイはお殿様に献上されていたような貴重な魚ですが、昔は沢山取れていたのに、だんだん取れなくなってしまいました。そこで、ただ取っているだけではダメだということで、獲った分の赤ちゃんを育てて放流して、カレイがいなくならないようにしようということで、この施設を使っているそうです。
続いては、質問の時間。女の子の『かれいの赤ちゃんは、どんな餌を食べているのですか?』という質問に、松澤さんが『小さな魚やエビを乾燥させて粉にして固めた、金魚の餌と同じようなものです』と説明してくれると、今度は別な女の子が、『かれいの餌は人間でも食べられますか?』と質問。そこで寺島さん、何を血迷ったか、『食べてみましょう』と(驚)。こうなると、隣に居た鶴瓶さんも、一緒に食べない分けにはいきません(汗)。二人して、かれいの餌を一粒口に入れ噛んでみると・・・、顔をしかめて、『ウグェ~』。スタジオの小野アナウンサー、『よい子の皆さんは、真似しないでくださいね』と(笑)。水槽の中のかれいの稚魚は、まさに水槽の底に沈んだ枯葉のようでした。だから漢字で、「鰈」(魚へんに葉)と書くんですね~(納得)。

ここでスタジオから、日出町の名物のビデオ紹介。案内してくれるのは、日出町ゆかりの瀧廉太郎が作曲した名曲「荒城の月」で踊る、”城下カレイの化身”、「城下かれいダンサー」(YouTube、大分県日出町公式チャンネル)の二匹、いえ、お二人です(笑)。
 まず紹介するのは、何と言っても「城下カレイ」。城下かれいが旬を迎える5月に、毎年開催される「城下かれい祭り」では、割引価格の限定メニューを目当てに多くの人が訪れます。お祭りでは、二人が見学したカレイの稚魚の放流も行われます。町のお土産品も、城下カレイの皿に箸置き、もなかまで、華麗(カレイ)にラインナップ!。ここで、城下カレイの美味しさを、なんとかテレビの前の皆さんに感じて頂きたく、城下かれいダンサーのお二人に、ダンスでその味を表現してもらいました(笑)。
 日出町は、海の幸だけでなく山の幸も豊富。全国有数の「ぎんなん」の産地でもあり、その銀杏を原料にした「銀杏酢」が今年売り出されました。”イチョウ”由来のお酢だけに、飲めば身体も”いーちょーし”になるかも?(笑)。大粒で味が濃厚な日出町の銀杏は、焼いてよし、蒸してよし、おこわにしてよし。その味を、またダンスで表現してもらうと・・・(汗)。

小学生らと別れた鶴瓶さんと寺島さんは、漁師町らしき住宅街を歩いていると、一軒のお宅の窓辺に、麦焼酎「二階堂」の壺を見つけます。外から家の中を覗き込むと、中に居たご主人と目が合ってしまった寺島さん(汗)。失礼を承知で鶴瓶さんが話しかけると、4-5年前に船を降りたという元漁師さんが表に出てきてくれました。奥さんも交えて近所話に花を咲かせたところで、「二階堂酒造」が近くにあると教えられ、二人はその工場を訪ねることに。ちょうどお昼の休憩時間で、工場見学も受けていないそうですが、社長の弟さんが事務所に居て、二人は先代から引き継いだ焼酎造りについて話を聞かせてもらうことができました。

デンスケ食堂のオムライス500gここで、鶴瓶さんと寺島さんは別れ、一人旅に。鶴瓶さんが道を歩いていると、近所で大衆食堂を営んでいるという女性から声を掛けられます。お腹が空いた鶴瓶さんは、その食堂で食事をさせてもらうことに。鶴瓶さんが、奥さんに案内され訪ねたのは、デカ盛りで有名な「でんすけ食堂」。メニューを見た鶴瓶さん、大分と言えば『とり天』でしょと思ったのですが、店のオススメがオムライスと聞き、オムライスを注文することに。息子さんの彼女という店員さんから、『ご飯の量が選べまして、200g~800gまで金額が変わらないんですけど』と尋ねられた鶴瓶さん、『800gもあんの!? そんなに食べる人、誰もいてないでしょ?』と驚きますが、店員さんいわく、『います!』と(驚)。ものは試しと、テーブルに運ばれてきた500gのオムライス目の前にした鶴瓶さん、自分の頭の大きさと同じ位のオムライスに驚愕(笑)。昔ながらのケチャップのオムライスは、大変美味しいそうですが、鶴瓶さんはさすがに食べ切れなかったようです(汗)。鶴瓶さんは、食後のアイスコーヒーを頂きながら、奥さんに話を聞くと、給仕してくれた息子さんの彼女は、もともとは店のお客さんだったそうですが、お母さんは何も教えられないまま、2年くらい前に、突然ある日から、エプロンをつけて店に出るようになったとか(笑)。

一方の寺島さんは、道で出会った「はとタクシー」の運転手さんに、美味しい食事処を尋ねると、『ちょっと有名な 的山荘(てきざんそう)がグーです!』と教えられ、訪ねてみることに。長く続く石塀を巡り、ようやく立派な門をくぐって敷地に入りますが、それを見ていたスタジオの小野アナウンサーは、『急に行ってもダメなんじゃないですか~』と心配気。玄関は、門から更に百メートルもあるかと思われる日本庭園を抜けた先です。その庭で、「高円宮殿下・〃妃殿下 記念植樹」と書かれた碑を見つけた寺島さんは、『あぁ、すごい所に来ちゃったねぇ』と口にはしたものの、あまり気にも留めず、とうとう玄関まで辿り着いてしまいます。「的山荘」は、国の重要文化財に指定されている、金山経営で成功した富豪の別邸で、1915年に建てられました。1964年から料亭となり、皇族続もご来訪されている所です。玄関で、他のお客さんに迷惑が掛かってはと一旦は諦めかけた寺島さんですが、別な部屋なら用意できるかもと責任者に掛け合ってもらい、とうとう上がらせてもらうことに。玄関には、2メートル四方もあろうかという、大きなトラの屏風絵が飾られており、玄関の奥には、何十畳もの大広間が連なります。その一角で、食事中のカップルを見つけた寺島さん、『お食事中に済みません、鶴瓶さんの家族に乾杯で日出町に来ていまして・・・』と挨拶したかと思いきや、『何を食べているんですか?』と言いながら、ずかずかと二人のテーブルに辿り着くと、今度は年の差カップルに、いきなり『不倫してるんですか?』と質問(呆)。男性は52歳だそうですが、いわゆるIT企業の社長さんだったりするのでしょうか?。2年間同居しているという33歳の美人の女性と、一週間の九州旅行だそうで、羨ましい~。そんなお二人のテーブルに、ずけずけと一緒に座り込んだ寺島さん、美味しいと聞いた城下かれいのお造りと、グラスシャンパンを注文して、運転手の男性は空のグラスで乾杯!。三人で食事を続けながら、家庭における男性の家事協力のあり様について、自説を語る寺島さんでした(笑)。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
 やって来たのは、別府湾に面した漁港。朝の7時、漁師さんのご夫婦が作業中で、船から降ろされたのは、釣ってきたアジとキス。よかったら家に食べに来ればと誘ってもらい、お宅を訪ねることに。奥さんが、たっぷりの胡麻を擂り、醤油を注いでから、細かく切った魚のお刺身と青ネギを入れ混ぜると、とろっとした感じになり、刺身が甘くなるそうです。これをたっぷりとご飯に載せたのが、本日の一杯、「りゅうきゅう丼」です。大分なのに、なぜ”りゅうきゅう”かはさておき、昔から受け継がれてきた大分の郷土食だそうです。

町の中心部に移動した鶴瓶さん、道を歩いていると「幸喜屋→」とだけ書かれた看板が気になり、その矢印の方向に向かって歩いていると、一軒お宅から声が掛かりました。『幸喜屋って、何かなと思って』と尋ねると、城下カレイを食べさせる料理屋さんだそうです。このお宅のご主人、隣にあるお米屋「(有)河野食糧」の社長さんで、休憩時間に自宅に戻っていた様子。鶴瓶さんが寄らせて欲しいとお願いすると、快く会社の敷地内にある、コンテナを改装して作ったカラオケルームに案内してくれました(笑)。この社長、67歳にして2日間寝ずに250kmを走るウルトラマラソンの大会に出場しているとのこと。すると、女系のお宅らしく、次から次に何人もの娘や孫娘がやってきて、あっという間に狭いカラオケルームはギュウギュウに(笑)。そこに登場した社長のお兄さんは、”おもと”を栽培していて、5年前に文部科学大臣賞を頂いたそうです。”おもと”が何か分からなかった鶴瓶さん、それを拝見しにお兄さんのお宅に伺うと、『あぁ!、これ”おもと”いうの?』と、ようやく合点。「おもと」(万年青)とは、日本原産の観葉植物で、古くから愛好家が葉の姿や模様の美しさなどを競って栽培しているんだそうです。しかし、お兄さんの栽培しているおもとの鉢の数は、ハンパではありません。67歳で250kmも走る弟に、おもとを何百鉢と栽培する兄に呆れた鶴瓶さんは、『ここの兄弟おかしいよ、”やりすぎ兄弟”や』と(笑)。

一方の寺島さん、町中を歩いていると、カリー&オムライス「マインズ」の店の窓から、女性のお客さんがこちらを見て、手を振っています。女性に手を振られて黙っているはずがない寺島さん、ソクサクとその店を訪ねると、店中から『キャァ~』と悲鳴が(笑)。そこで1歳の赤ちゃんを連れたママ友に話を聞くと、なんと二人とも年の離れた3人の子持ち。ひょっとして?と尋ねると、案の定、二人ともバツイチで、さらに二人とも年下との再婚だそうです。大分の女性はたくましい・・・(汗)。

店を出た寺島さんが、再び町中を歩いていると、立派な石垣のお宅が目に留まります。気になった寺島さん、表の玄関に回り、辺りの様子を鋭い眼光で窺うと、まさかの『ピンポ~ン』(笑)。しかし、呼ばれて玄関に出てきた河野さんのご主人、寺島さんと分かると、快く笑って『どうぞ』と中に招きいれてくれました(驚)。奥さんも、たまたま孫を連れて里帰りしていた娘さんも、皆さん快く突撃訪問の寺島さんを歓迎してくれて、ビックリです。しかし奥さんは、『名物(?)の母が入院中で、会えなくてとても残念』と。『他に自慢することは何も無いけど、家族の仲の良さだけが我が家の宝で、その明るさの中心がお母さん』と、すごく良く出来た嫁です!。その話を聞いた寺島さん、お母さんが入院している「児玉病院」に、『今からお見舞いに行ってみましょうか?』と提案すると、『ぜひ ぜひ』と奥さん。すごい展開です!(笑)。

次に鶴瓶さんが、”やりすぎ兄弟”から紹介されたのは、居酒屋「丈ちゃん」(たけちゃん)の若き店主、丈ちゃん。2週間前に先代が無くなり、代替わりしたばかりだそうですが、先代が平成3年に店を開く際に、息子の名前から店名を「丈ちゃん」としたそうで、当然ながら名前はそのまま(笑)。やりすぎ兄さんによると、『注文すると新鮮な魚が直ぐに出てきて、段取りの良い店』と、べた褒めです。店を訪ね、家族の皆さんに話を聞くと、65歳という若さで先代を亡くした寂しさを感じる暇も無く、奥さんと息子夫婦、妹とで、変わらず店を守っている様子に、とても感心させられた鶴瓶さんでした。

病院の表で、弟さん夫婦と待ち合わせた、河野さん一家と寺島さん。病院から撮影の許可を貰うと、寺島さんは病院のロビーで、車イスのお婆ちゃんと対面することが出来ました。お婆ちゃんは、思いのほか元気そうで、楽しい想い出話しを沢山聞くことができました。いたずら好きの寺島さん、お婆ちゃんの頬を触らせてもらい『ツルツルしているじゃないですか!』と褒めると、次は『赤くなっちゃった、オンナ捨ててないよ』とからかって、お婆ちゃんを元気づけます。しかし、息子さんから『お爺ちゃんと寺島さん、どっちがハンサムか?』と聞かれたお婆ちゃんは、『それは うちのお父さん』と(笑)。寺島さんと会ったお婆ちゃんは、その2日後に元気に退院されたそうです。スタジオには、ご自宅での退院祝いの席で撮影された、お婆ちゃんと河野さん一家によるビデオメッセージが寺島さんに届けられました。

再放送は、11月24日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 日出町の名物など

 11月13日  温水洋一と石川県加賀市ぶっつけ本番旅

旅のゲストは、俳優の温水洋一(ぬくみず よういち)さん。宮崎県出身の53歳。独特のキャラクターで人気を博し、個性派俳優として舞台やドラマに出演するだけでなく、バラエティ番組にも引っ張りだこです。NHKの朝の連続テレビ小説では、2015年前期の『マッサン』をはじめ、大河ドラマでは2016年の『真田丸』など、幾つもの作品に出演されています。

温水さんは、平成22年(2010年)1月放送(ロケは2009年11月)の「秋田県八峰町(はっぽうちょう)」への旅で、”家族に乾杯”に出演して以来、約7年半ぶり2度目の登場です。前回、温水さんは、『一度も行ったことがない秋田県で、海の暮らしや本場のきりたんぽを知りたい!』と、八峰町を訪れました。

今回の旅の舞台は、石川県加賀市。石川県の海沿いの最西端、福井県との県境に位置しています。市内には、片山津温泉山代温泉山中温泉という有名な温泉街があり、お隣りの小松市にある粟津温泉を加えた”加賀四湯”を総称して、「加賀温泉郷」とも呼ばれている場所です。温水さんは、プライベートでは北陸を訪れたことがないので、どうせなら海沿いの街を旅して海の幸を味わいたいと希望して、旅先に加賀市が選ばれたとのこと。他に特段の目的が無い温水さんは、目的を探しながら、加賀市をゆっくり旅したいそうです(汗)。


ロケが行われたのは、平成29年9月8日(金)。石川県加賀市の大聖寺大新道にある「大聖寺ふれあい公園 古九谷の杜」で待ち合わせた、鶴瓶さんと温水さん。ベンチに座り、宮崎空港に設置された「ひなたぬくぬくベンチ」の話題で盛り上がります。温水さんから、加賀市が九谷焼の名産地であることを聞いた鶴瓶さん、通りすがりの人に、この近所に九谷焼をやっている人がいないかと尋ねると、楽焼の体験工房ならあると案内してくれますが、残念ながら留守の様子。

その後、二人が住宅街を歩いていると、きれいな白髪のご主人と出会います。このご主人、山中温泉の出身だそうで、鶴瓶さんが有名な旅館を尋ねると、料亭旅館の「花紫」や、芸能人もよく泊まるという「かよう亭」を紹介してくれました。また、この方の生家のある山中温泉荒谷町(あらたにまち)は、重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)に指定されており、その案内もされているとのこと。すると、たまたま隣のお宅を訪ねていた女性から、『歩いて ちょんちょんちょんの所で、パッチワークのキルト展を開いているので見に行って欲しい』と声を掛けられます。自分から鶴瓶さんに声を掛けておいて、カメラを向けると恥ずかしがって顔を隠しますが、関西出身だそうで、とても楽しい方でした(笑)。

ここでスタジオから、加賀市の魅力をビデオ紹介。紹介してくれるのは、「レディー・カガ」の会員番号001、甘池さんです。レディー・カガとは、地元の旅館や飲食店で働く女性たちで平成23年に結成された、加賀温泉をPRするグループです。
 まず紹介されたのは、加賀市にある3つの温泉。「山代温泉」は、明治時代の共同浴場を再現した古総湯がシンボル。ステンドグラスや九谷焼のタイルで飾られたお風呂は、雰囲気が抜群。「片山津温泉」は、加賀三湖のひとつ柴山潟に面し、美しい景色を眺めながら温泉を楽しむことができます。「山中温泉」は、文字通り山に囲まれた温泉地。共同浴場の横には、山中座という芝居小屋があり、山中節の唄と踊りが上演されています。
 次は、加賀の魅力的なグルメ、「香箱蟹」(こうばこがに)。香箱ガニは、北陸地方で獲れるメスのズワイガニのこと。濃厚で旨みたっぷりのその味を楽しめるのが、2年前に誕生した「加賀カニごはん」。市内5店舗で、各店こだわりの加賀カニごはんが食べられます。
 つづいては、市内6店舗で食べられる「加賀パフェ」。地元の伝統工芸である山中漆器のお盆と九谷焼の皿に載ったパフェには、加賀市特産のブロッコリーアイスや温泉卵がトッピングされています。

鶴瓶さんと温水さんが再び歩き出すと、先ほど訪ねて留守だった「らくやき体験工房」の荒木さんが、案内してくれた方から電話を貰い、探しに来てくれました。荒木さんは、市から払い下げてもらった窯を使い、公民館などで楽焼を教える陶芸指導員をされているそうです。楽焼とは、ろくろを使わずに手とへらだけで形を作る焼き物のことで、九谷焼の原料は石(陶石)ですが、楽焼は粘土、それも柔らかい粘土を使い、焼く温度が低いのが特徴だそうです。そこで鶴瓶さん、さっそく楽焼づくりに挑戦し、温水さんと作品の出来栄えを競って勝負することに!(笑)。二人が思い思いに、粘土で”ぐい呑み”(らしき物)を形作り、釉薬の色を選んで荒木さんに託すと、後日スタジオには、焼かれた二人の作品が届いていました。どちらも形はいびつですが、釉薬の色味がステキで、何やら良い焼き物の雰囲気に(汗)。鶴瓶さんは、自分の作品を『2000万円くらいやろ~』と自画自賛。二人の勝負の判定は、小野アナウンサーに託されますが、『どっちが欲しいか?と言われれば、う~ぅ、微妙・・・』と、勝敗はドロー(引き分け)ということになりました(笑)。

ここで鶴瓶さんと温水さんは別れ、一人旅に。温水さんは、町をぶらぶら歩いていると、細呂木谷さんという珍しい名前のタクシー運転手さんと出会い、これから仕事に向かうというタクシーに乗車させてもらい、海の幸を食べに行きたいと、橋立港まで連れて行ってもらうことに。石川県漁業協同組合加賀支所を訪ね、美味しい魚が食べられる店を教えて欲しいと温水さんが相談すると、「マルヤ水産」を教えてもらいました。さっそく温水さんは、マルヤ水産を訪ね、1階の魚屋さんで調理してもらう魚を選びますが、威勢のよい店員の女性に勧められるがまま、「白トラ海老」を2匹ずつ刺身と焼きに、最高に甘いという「バイ貝」2個をお刺身に。次は、今の時期は何と言っても「メバル」が最高と、片身を刺身で片身を煮付けに。さらに、日本で一番大きいんじゃないかと、1匹で3,300円もする「かさご」も加えられて、2階の食堂へと移動します(汗)。刺身だけで3皿も出されますが、海を眺めながらそれらを口に運ぶ度に、温水さんの顔からは笑みがこぼれます(笑)。

一方の鶴瓶さんは、重伝建に指定されていると教えられた、山中温泉荒谷町(加賀市加賀東谷伝統的建造物群保存地区)を訪ねることに。荒谷町は、4つの町からなる加賀市東谷地区の一つで、明治前期から昭和30年代に建てられた、赤瓦の屋根に煙出しを設けた家が今も多く残っていて、その文化的価値が認められ、平成23年に重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。滅多に人に出会えそうもない山奥の集落で、表に軽トラが停まり、戸に鍵が刺さったまま開けられている一軒のお宅を見つけ訪ねてみますが、誰もいません。家の周りを歩き回っていると、ようやく裏の畑で、この家の家主である前田さんと出会うことが出来ました。荒谷町では、昭和47年に小学校が廃校となり、前田さん一家は子供のために山中温泉に引っ越してしまいましたが、畑作業に山中温泉から通って来ているそうです。大正4年に建てられたこの古い家は空き家となってしまいましたが、今はリフォームをして、婦人部の人たちが採ってきた山菜などを料理して提供する「山野草かふぇ」として利用してもらっているそうです。鶴瓶さんが、荒谷町に来る途中で、電柱の看板を見て気になっていた「娘娘万頭」は何かと尋ねると、この地域の方言で、若い娘さんのことを『にゃあ』と呼ぶそうで、その名を冠した名物の饅頭と教えてもらいました。

前田さんから、裏手の古民家では翌月に蕎麦屋「和楽庵」が開業すると聞いた鶴瓶さん、オープンに向けて準備作業中の石川さんを訪ね、ここで開業するに至った経緯など話を聞きました。すると、飼い犬の”たまちゃん”(オス)が、なぜか男性カメラマンを好きになってしまったようで、抱きつき舐めまわし、鶴瓶さんを写すカメラワークもおぼつきません(汗)。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
 やって来たのは、橋立地区にある、「HASHITATE ZIBA工房」の看板が掛かった、一軒の古民家。この日は、朝から地元のお母さん達が集まって、昆布巻き作りをしています。お昼ご飯の時間になると、賄い用にと準備されたのは、全身をヌルヌルのゼラチン質が覆う深海魚のゲンゲ。水の衣を着ているように見えることから、この辺りでは「水ごろく」と呼ばれています。本日の一杯は、「水ごろくのおつゆ」。昔は、このツルツルが嫌で食べられ無かったというお母さんも、今では美味しく食べられるようになったとか。そのおかげか、全身を覆うゼラチン質に含まれている豊富なコラーゲンで、お肌もツルッツル?(笑)。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、「I Drove All Night」(シンディ・ローパー)でした。

温水さんは、マルヤ水産で教えてもらった「スイーツ屋 ハレルヤ」を訪ねます。おすすめは、地元の冨士菊醤油を生地に練り込んだ、”橋立巻き”という名のロールケーキ。カウンターで試食させてもらった温水さん、甘さの後に、ほのかに醤油の味が広がるそうです。店の裏手がご自宅と聞いた温水さん、自宅を拝見しながら、ご家族の話を聞くことに。しかし、3人のお子さんは留守だったので、地元の酒蔵を見学した後に、再度訪ねさせてもらうことにします。

鶴瓶さんは、前田さんに案内してもらい、蕎麦屋の隣にある九谷焼の陶芸家、正木さんのお宅を訪ねることに。ご主人の正木春蔵さんはコーヒー豆を買いに行って留守だそうですが、奥さんの正木道子さんが工房内を案内してくれました。奥さんも陶芸家で、職場結婚だそうです。今では、道子さんが生地を作り、春蔵さんが絵を描いているそうです。鶴瓶さんが『いいでしょ、夫婦2人でやったら』と尋ねると、『いゃ~、それは・・・。奥さんと2人でじっとしてたいと思わないでしょ、普通。でも私たち、諦めているから・・・』と奥さん(笑)。九谷の特徴は、上絵が描かれているのが特徴だそうで、何点か九谷焼の作品を拝見させてもらった鶴瓶さん、特に黄色い釉薬の丼ぶり大の器が気に入ったようです。そこに、コーヒー豆を買いに行ったのではなく、風呂に入ってきたと、春蔵さんが帰ってきました。工房内は門外お断りだそうですが、もう時すでに遅し。鶴瓶さんが、気に入った器が欲しいと懇願しますが、一つしかないので売れないそうです。しかし春蔵さん、『これにカップラーメンを入れて、お湯を注いだら、カップラーメンも一層美味しく食べられる』と(笑)。

温水さんは、日本酒「常きげん」の蔵元、「鹿野酒造」さんを訪ねることに。そこで出会った6代目の会長さんに、仕込みの時期でないからと”仕込み蔵”の中まで案内してもらいました。酒蔵の向かいに広がる田んぼでは、酒米の山田錦が栽培されており、青々と実っています。見学後、蔵の表で原酒「ひやおろし」を試飲させてもらった温水さん、『すごくコクがありますね』と、また幸せそうな顔に(笑)。ちょうどそこに、7代目の息子さん夫婦とお孫さんも帰ってきて、タイミングよく家族に乾杯らしくなりました!。お子さんは3人とも女の子だそうですが、『今は、夏子の酒のように女性の杜氏もいますから』と温水さん。

鶴瓶さんは、気になっていた「娘娘万頭」の店を訪ねようと探していると、先に紹介された「かよう亭」を見つけ、急きょ行き先を変更。敷居の高そうな立派な旅館ですが、突然の訪問にも関わらず、快く中を案内してもらえることに。かよう亭は、今の社長が先代の反対を押し切り、40年前に260人収容の旅館を10室だけの旅館に建て替えたことで、経営も再建されたそうです。当初数年間は、先代とは絶縁状態だったそうですが、母親だけは息子を信じて託してくれたので、その母の名の”かよ”から、旅館の名前を「かよう亭」と名付けたそうです。ラウンジでは、社長自らが裏山で栽培しているミントを使ったハーブティが宿泊客に振る舞われるそうです。そしてその裏山は、旅館から見える景観を崩したくないと、遠くに見える2つ目の鉄塔あたりまで、社長が買い取ってしまったとか(驚)。

旅の最後、温水さんは子供たちに会いに、再び「スイーツ屋 ハレルヤ」を訪ね、将来の夢や学校生活についての話を聞きました。

再放送は、11月17日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 加賀市の名物など

染付市松文5寸皿・正木春蔵

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 11月6日  奇跡連発?ムロツヨシと佐賀県武雄市ぶっつけ本番旅

旅のゲストは、コメディアンや演出家でもある、俳優のムロツヨシさん。神奈川県出身の41歳。もちろん芸名ですが、本名は非公開だそうです。きっと、苗字がムロさんで、名前がツヨシだろうと思い、苗字と名前の間に空白を入れようと思ったら、ムロツヨシという芸名に姓名の区別はないそうです・・・(汗)。とはいえ、ここではムロさんと呼ばせてもらいます(汗)。現在、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』で、無一文から商売で成功をおさめ、金の亡者でありつつも、ひょうきんな一面を持ち憎めない、”瀬戸方久”役を演じています。

ムロツヨシさんが訪ねた旅の舞台は、佐賀県武雄市。佐賀県の西部に位置し、西は長崎県に接しています。武雄市といえば、開湯以来1300年経つ「武雄温泉」や、隣接する伊万里市や有田市と並び「陶芸のふるさと」として有名ですが、私の記憶に残っている武雄市と言えば、2013年にTUTAYAを経営するカルチュア・コンビニエンス・クラブが、武雄市図書館の指定管理者となったことで注目を集め、地方公共団体の図書館の在り方に新風を吹き込んだことでした。また佐賀県と言えば、今年6月30日放送のNHK「ドキュメント72時間」で、ムロツヨシさんがナレーション(語り)をした『トラック一人旅 風に吹かれて』は、佐賀県鳥栖市の鳥栖トラックステーションが撮影場所でした。鶴瓶さんとムロツヨシさんは、「武雄温泉楼門」や、食事をしに「ごはんや」を訪れたようです。

なお、ロケのあった翌日の7日、鶴瓶さんは、『どう? ムロツヨシに言われて始めました』と、Instagram(@shofukuteitsurube)を公開、さっそく何点もの写真をアップしていますよ(笑)。


ロケが行われたのは、平成29年9月16日(土)。生憎の雨模様にムロさんは憂いますが、『雨をプラスにする、雨を晴れに出来る男です』と、自分を叱咤激励!?。ムロさんは、これまで訪れたことがない佐賀県に行ってみたい、佐賀県の中でも好きな「温泉街」(温泉ではなく)があるという理由で、武雄市を旅先に選んだそうです(笑)。宮野町広場で待ち合わせた、鶴瓶さんとムロさん。雨宿りしながら雑談をしていると、二人の高校生が通りがかり、話を聞くことに。高校生から地元の情報を聞き出そうとする鶴瓶さんとムロさんですが、『メシを食おうぜ!って時に行くような食堂はどこ?』と尋ねると、『コンビニですかね』と・・・。次に出てきたのは、札幌ラーメンの店。『わざわざ武雄まで来て、お前らにオモテナシの精神はないのか!』と鶴瓶さん(笑)。そこに通りがかった、歯医者に行ってきた帰りと話す中学生を呼び止め、やはり同じ質問をすると、彼は「きたろうラーメン 」を教えてくれました。しかし、ラーメンに食指が動かなかったムロさん、とりあえず温泉に行ってみたいと、二人は歩き出します。

すると鶴瓶さん、立派な庭の門柱に『むかしも今も・・・(有)山秀』と書かれた看板を見つけると、何の店かと気になり、どんどんと広い敷地の奥まで侵入して行きます(汗)。ようやく山秀のご主人と出会い話を聞くと、元々は呉服の店を構えていたそうですが、息子さんは近所で歯医者を開業し、呉服商はご主人の代限りと、店をたたんで今はご自宅だけになっているそうです。家に上がらせてもらうと、武雄には90もの窯元があるそうで、床の間には大きな陶芸の作品が何点も飾られています。二人はご主人から、その作品を作った陶芸家の話しや、武雄温泉の楼門、武雄神社の樹齢3000年の大楠など、地元の情報をいろいろ教えてもらうことが出来ました。

ここでスタジオから、武雄市の魅力をビデオ紹介。テーマは、二人が高校生や中学生から聞き出すことが出来なかった地元の美味しい物、それも”個性派俳優”のムロさんにちなんで、”個性派グルメ”です。
イノシシ肉 まずは、「レモングラスのいのしし鍋」。レモングラスは、レモンの様な香りが特徴のハーブ。武雄市では10年前から栽培が始まり、今では町の特産品です。たっぷりのレモングラスから取ったダシに入れるのは、地元産のイノシシ肉。レモングラスとイノシシ肉がマッチして、とても美味しいそうです。
 次は、「北方(きたがた)ちゃんぽん」。武雄市北方町で愛され続ける北方ちゃんぽんは、新鮮な野菜をたっぷり使っているのが特徴。かつて西杵炭鉱(にしきたんこう)があり、炭鉱の町として栄えた北方町で、炭鉱の労働者の胃袋を支えてきたちゃんぽん。炭鉱が閉鎖されて50年、今でも変わらず地元で食べられ続けている、武雄のソウルフードです。北方町には、店ごとに味を競いあう「ちゃんぽん街道」もあります。
 最後は、”ムロ”ではなく”クロ”(笑)。武雄市山内町では、地域のシンボル「黒髪山」にちなんで、黒い特産品が作られています。その名も、”黒シリーズ”。黒米(黒髪米)黒にんにく黒大根、黒スイカなどがあります。

鶴瓶さんとムロさんは、山秀さんを出て、教えられた楼門へと向かう途中、息子さんが開業したという歯医者「こうすけデンタルクリニック」を見つけます。そのお洒落な建物と、下の名前を冠した医院名に興味を抱いた二人は、訪ねてみることに。診療中ということで、先生から詳しい話を聞くことはできませんでしたが、若い女性スタッフは、『インスタ、フォローしています』と、鶴瓶さんよりムロさんの来訪に大喜び(笑)。

歯医者を出た所で、二人は定食屋「ごはんや」を見つけ、食事をしていくことに。ムロさんが注文したのは「しょうが焼き定食」で、鶴瓶さんは「から揚げみぞれ定食」。さっき、高校生たちに、武雄に来て札幌ラーメンとは何事ぞと怒鳴っておきながら、実際に自分たちが注文したのは、生姜焼きに唐揚げとは、ひどい大人です・・・(汗)。ここで鶴瓶さん、さっきの歯医者で聞いて気になった「インスタ」(Instagram)とは何か、ムロさんに尋ねます。インスタグラムとは、撮った写真をネット上で他人と共有できるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のひとつですが、説明するよりやってみせた方が早いと、ムロさんはその場で鶴瓶さんと一緒に自撮りした写真をインスタにアップすると、あっという間に44件の『いいね!』が付き、それを聞いてびっくりした鶴瓶さんがスマホを覗き込むと、すでにその数は152件にアップ。ムロさんのインスタグラムのフォロワーは、なんと100万人だそうです(驚)。これをきっかけに、さっそく翌日にインスタを始めた鶴瓶(@shofukuteitsurube)さん、1ヶ月でフォロワー数は13万人になったと大喜び(笑)。

食事を済ませ店を出ると、ムロさんが宣言したとおり雨は上がっていて、目的の「楼門」はすぐ目の前にありました(笑)。この楼門は、大正4年(1915年)に造られたものですが、2005年に国の重要文化財に指定され、2013年には保存修理により建造当時の艶やかな朱色が復元されています。たまたまその時、それまで謎とされてきた、東京駅の八角形ドームの天井に描かれた十二支のうちの8種類の干支ですが、残りの4つの干支が同じ辰野金吾(唐津出身)の設計によるこの四角形の楼門で発見され、大きな注目を集めました。通常は、火曜日以外の9時から10時まで見学できるそうですが、二人は特別に、課長の岸川さんに楼門の中を案内して貰うことに。楼門の2階の天井の四隅には、酉(とり)・子(ね)・卯(う)・午(うま)の四干支が透かし彫りされています。また、岸川さんから、道後温泉より18年古い明治9年に建てられた武雄温泉の建物は、現存する温泉建物としては日本で一番古いことや、鍋島藩武雄領主専用のお風呂だった「殿様湯」があり、シーボルトが入浴し『お湯はまるで水晶のようだった』と記していることなどを紹介してもらいました。温泉に入りたそうなムロさんを見て鶴瓶さん、ムロは風呂に入って行けと、二人はここで別れることに。

殿様湯は貸切風呂ですが、岸川さんが受付で確認すると空いているそうで、ムロさん用に1時間貸し切ってくれることに。ムロさんが一緒に入りましょうと誘うと岸川さん、ここの社員でありながら殿様湯には一度も入ったことが無いのでせっかくだからと、その場で上司に電話して、『仕事でお風呂に入りますので、一時間休憩を下さい』と懇願。とても明るく楽しい岸川さんでした(笑)。

一方の鶴瓶さんは、山秀さんのお宅で拝見した、立派な香炉を作った「茂右ヱ門窯」(もえもんがま)を訪ねることに。紹介の冊子に載っている、作務衣を着た十五代の辻田輝幸さんの写真を見た鶴瓶さん、頑固で気難しそうな芸術肌の職人さんを想像していたのですが、実際に会ったの辻田さんは、とてもにこやかで楽しそうな方でびっくり。奥さんに話を聞くと、このパンフレットの写真を撮るために、普段着たことが無い作務衣を買いに走ったとか(笑)。ただ、白磁に透彫の技法は門外不出だそうで、奥さんも作業場には入ったことが無いそうです。たまたま商談に訪れていたI・E・Iの原社長によると、辻田さんの作品は東京で何十本・何百本と売れるそうです。一人でその数を作るのはとても大変そうですが、奥さんいわく、『24時間寝ないで作って』と(笑)。

温泉を堪能したムロさん、次はパワースポットと聞いた武雄神社の大楠を見に行こうと歩いていると、一台の車が停まり、中から女性がムロさんに向かって手を振っています。話を聞くと、鶴瓶さんを見かけたと法事で集まった従弟から聞いて探し回るも出会えず、ネットで情報を探したら『カタカナの人がいる』との投稿を見て歩き回っていたら、ムロツヨシさんを見つけたそうです(笑)。温泉に入って喉が渇いたとムロさん、お宅にお邪魔してお茶をご馳走してもらうことに。山口さんのお宅に伺うと、先代の17回忌の法要があったと、大勢の家族や親族に出迎えられたムロさん。飾られていた額を拝見すると、建築士をしていたお爺ちゃんが頂いたという黄綬褒章の賞状だそうです。その國彦さんは、法事が終わり老人会に出掛けてしまって留守だそうですが、ムロさんが会ってみたいと話すと、なぜかその場にいた親族皆が揃って、止めておいた方がいいという雰囲気に・・・(汗)。どうやら國彦さんは理論派で、ムロさんは理詰めにされるだろうと心配してくれているらしいのですが、余計に國彦さんに会いたくなったムロさん、武雄神社に行ってから、またお宅を訪ねることにしました。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
 本日の一杯は、ドライブイン かみやで頂く「カツ丼」。さくっさくのカツに、とろっとろの卵と、濃い目で甘めのタレが、食欲をそそります。作っているのは、御年95歳になるお婆ちゃん。卵は、カツとは一緒に煮込まず、後から上に載せます。昆布ダシの自慢のタレは、味が変わらないように継ぎ足しながら、50年間店をやってきたそうです。お客さんには、お婆ちゃん手作りの巾着袋をプレゼントするなど、心配りも忘れません。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、「You Make Me Feel So Young」(フランク・シナトラ)でした。

鶴瓶さんは、茂右ヱ門窯の玄関先に置かれていた立派な甕が「くろかみ窯」で焼かれたものと聞き、今度はその窯元を訪ねてみることに。先代の小野竹春さんは85歳になるそうですが、鶴瓶さんに会うと『ちょっとこりゃこりゃ』と照れて笑いながら走って逃げ出してしまうほど、やはり頑固職人には程遠いお茶目ぶり(笑)。しかし、焼き物への意欲が弱くなり、既に息子の元紹さんに代を譲って、今では趣味程度で焼き物を続けているそうですが、鶴瓶さんに出会って、再び『やってやろう!』という意欲が湧いてきたそうで、もう一度作品作りにチャレンジしたいと語ってくれました。

ムロさんは、パワースポットと教えられた「武雄神社」を訪れます。鳥居をくぐり竹林を抜けると、その先に見えたのは、樹齢3000年の巨木「武雄の大楠」。想像を超える存在感で、幹の中には12畳もの空洞があるそうです。大楠の前で一緒になった男女のカップルに、『デート中でしょ、邪魔しないから』と言いながら近づき、根ほり歯ほり聞き出すムロさんでした(笑)。

鶴瓶さんは、撮影を覗きに来ていた元紹さんの姪の原口さんが、絵手紙の教室をしていると聞き、家におしかけます(笑)。教室で、生徒さんが書いた絵手紙を見せてもらった鶴瓶さん、自分も絵手紙を書いてみたいと、筆を借りて巻紙に向かうと、なぜか左端に書いたのは、ゾウの顔?。その後で何を書こうかと思案した鶴瓶さんが書いた文面は、『家族に乾杯 小野家に訪ねて来て 85歳の竹春さん もうひと花咲かせる ゾウ(鶴瓶拝)』と、大喜利よろしく、みごと像の絵にオチを繋げた鶴瓶さんでした(笑)。達筆ぶりも素晴らしい!。

カップルと分かれたムロさんは、武雄神社の向かいの広場で、大きなトラックの荷台から何かを下ろそうとしている若者らを見かけ、声を掛けます。すると、これから「流鏑馬」(やぶさめ)の練習をするそうです。そして、トラックから降ろされたのは、一頭の白馬。10月23日の「武雄くんち」(九州北部では秋祭りのことを、”くんち”とか”おくんち”と呼ぶそうです)では、流鏑馬が奉納されるのが恒例。練習を見学させてもらったムロさん、その流鏑馬の難しさを初めて知り、感心しきりです。

鶴瓶さんが次に訪ねたのは、山秀さんで拝見した「和紙染」の絵付け技法の陶筥(とうばこ)を作ったという、「小山路(おやまじ)窯」。江口勝美さんは、ようやく陶芸家らしく作務衣を着ていましたが、やはりにこやかで優しそうな方でした(笑)。和紙染とは、素焼きしたものに和紙をあて、筆で染料を付けていくことで和紙の形に絵付けをする技法だそうです。筥は、土の塊をノミで削り出し、蓋をピッタリと合わせるのに100回以上もの調整作業を重ねるそうで、展覧会に出品するような大きな和紙染の陶筥は、作るのに数か月から数年かかり、最長で10年かかった作品もあるそうです。鶴瓶さんが作品を拝見でき良かったとお礼を伝えると、『今から飲みましょうか』と江口さん。酒好きの鶴瓶さんが断るわけもなく、江口さんの作ったぐい呑みに、一升瓶の「東長」を注いでもらい、『おいしい』と何杯も日本酒を頂く鶴瓶さんでした(笑)。

ムロさんは最後、再び山口さんのお宅を訪ね、お爺さんの國彦さんにお会いすることが出来ました。しかし、親族の皆さんが心配したとおり、ムロさんは、お爺さんから『有田焼の有田は隣町。せっかく佐賀に来るんだったら、そこまで勉強しとかんと』と、お叱りを受けてしまいました(笑)。

再放送は、11月10日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 武雄市の名物など

 

 10月30日  東京2020SP メダリスト三宅宏実とぶっつけ本番旅

旅のゲストは、重量挙げ(ウェイトリフティング)選手の三宅宏美(みやけ ひろみ)さん。埼玉県新座市出身の31歳。女子48kg級および53kg級の日本記録保持者で、’12ロンドンオリンピック48kg級では”銀メダル”、’16リオデジャネイロオリンピック48kg級では”銅メダル”を獲得。現在は、選手兼任コーチとして、いちご株式会社に所属しています。三宅さんの身長は147cmと、とっても小柄で可愛らしいのに、すっごく力持ち!。スナッチ 90.0kg、クリーン&ジャーク 117.0kg、トータル 207.0kgを挙げてしまいます(女子53kg級の日本記録)。彼女なら、最近10kgも太った私でも、軽々と御姫様抱っこをしてくれそうです・・・(汗)。

三宅さんの旅先は、青森県黒石市(くろいしし)。青森県のちょうど真ん中あたり、十和田湖や八甲田山、酸ヶ湯温泉などがある「十和田八幡平国立公園」の北西の玄関口にあたります。

旅の目的は不明ですが、勝手に”温泉”ではないかと予想!(汗)。なぜなら、三宅さんのプロフィールによると、Q.旅行に行くとしたら?の質問に対して、『温泉があるところに行きたいです。温泉に入ると体の回復度合いが明らかに違うのがわかります。』と答えています。黒石市には「黒石温泉郷」があり、沢山の温泉が湧きでています。浅瀬石川(あせいしがわ)沿いの、温湯(ぬるゆ)温泉や落合温泉、板留温泉、青荷温泉などは、古くから湯治場として栄えてきました。特に「青荷温泉」は、電気がひかれていない秘湯の一軒宿で、”ランプの宿”として人気があります。そういえば、昨年の12月に、レスリングの吉田沙保里さんが山梨県笛吹市を旅した際には、ワイン風呂への入浴シーンが披露されました。ひょっとして三宅さんも?(失礼しました・・・)。でも楽しみです!。ただし、鶴瓶さんの入浴シーンはノーサンキューですよ(笑)。


ロケが行われたのは、平成29年9月1日(金)。三宅さんは、自然豊かな場所が好きで、あまり訪れたことが無い青森県に行ってみたいと、黒石市を旅の舞台に選んだそうです。黒石市内町にある「御幸公園」で待ち合わせた、鶴瓶さんと三宅宏実さん。二人はとりあえず、公園の横にあった「黒石稲荷神社」にお参りすることに。しかし、社殿の表には金属製のシャッターが下りていて、それを見た鶴瓶さん、『うゎ!やめはってるわ』と(笑)。神社脇にあった社務所らしき建物を訪ねると、奥の方から『いま出ると具合悪くてねぇ』と、年配の女性の声が・・・。しばらくして、そっと入口のドアが少し開いたかと思うと、うっすら透けた硝子戸の向こうに立つ女性の姿は、スッポンポン(汗)。鶴瓶さんの話では、ほぼ全裸に近い状態だそうですが、そのまま二人の訪問に応対してくれました(笑)。神社は、放火などのいたずらが多く、春や秋の祭典の時以外は、シャッターを下ろしているんだとか。元宮司だった女性のご主人が亡くなられ、現在は近くにある黒石神社に嫁いだ娘さんが、黒石稲荷神社の宮司をしているそうです。その孝行娘の”スミさん”が、これから迎えに来てくれて、一緒に温泉に行くところだそうで、だから裸だったんですね(笑)。鶴瓶さんは、その娘さんに会いたいと、スミさんが来るまで、神奈川県から黒石が気に入り引っ越してきたという、向かいのお宅を訪ねることに。米谷さんは4か月前に神奈川から越してきたばかりだそうですが、孫に会えなくなったのが寂しいと奥さん。「黒石よされ」や「黒石こみせまつり」、黒石市のメインストリートである「中町こみせ通り」について話を聞いていると、どうやらスミさんが到着したようです。スミさんは昭和39年生まれと言いますから、ちょうど前回の東京オリンピックの年。でも、そんな年齢には見えない、とてもキレイな人でした。そんなスミさんでも、周りからは、昔はこの辺りで小町として人気だったお母さんの恵美さんの方が美人だったと、今でも言われるそうです(笑)。そんな恵美さん、小町とちやほやされ育ったお嬢様気質は、79歳になった今も健在で、車にはまずクーラーをかけて冷やしてからでないと乗らないんだとか(汗)。

ここでスタジオから、黒石市の魅力をビデオ紹介。重いバーベルを上げる三宅さんにちなんで、黒石市の「あがる」ものを紹介。
 まんず(まずは)、「黒石よされ」。華やかな衣装に身を包んだ踊り子たちが、エッチャホーという掛け声の中、市内を練り歩く夏祭り。500年前から続き、男女の恋の掛け声歌から生まれたと言われています。毎年8月15・16日に開催され、観客の飛び入り参加も大歓迎のお祭りです。ステキな出会いが沢山生まれるこの祭りに参加すれば、三宅さんの恋愛運もあがること、間違いなし!(笑)。
 秋に黒石で上がると言えば、「もみじ山」。東北地方を代表する紅葉の名所で、シーズン中は夜になるとライトアップされ、幻想的な雰囲気に。この絶景を見れば、気分があがる→高揚→紅葉すること、間違いなし。
 最後は、ぜひ三宅さんに持ち上げてもらいたい、「日本一のジャンボこけし」。津軽こけし館にあるジャンボこけしの高さは4.2メートルで日本一、重さは1.6トンだそうです(汗)。

鶴瓶さんと三宅さんは、米谷さんに教えてもらった市の中心街、「こみせ通り」を訪ねることに。すると、”ゆ”と書かれた暖簾がかかる「松の湯交流館」を見つけ、暖簾をくぐってみます。するとそこは、明治から続いた元お風呂屋さんで、平成5年に閉店してから、風呂場を残しつつ市民の交流施設として生まれ変わったそうです。施設のことについて紹介してくれた、副館長の中田さん、話を聞くと44歳で独身だそうです。そこで鶴瓶さん、三宅さんに、合コンがてら二人で”こみせ通り”を観光してくるようにと、送り出します(笑)。そもそも「こみせ」とは、通りに面した町家の正面に設けられた”ひさし”のことで、積雪地帯における冬の歩行通路を確保する役目もあります。つまり”こみせ通り”とは、今でいう”アーケード通り”のことですね!。

中田さんがまず紹介してくれたのが、江戸時代から続く「寺山餅店」。創業193年目だそうで、9代目のご主人が応対してくれましたが、初めての経験で話題をうまく展開できない三宅さん、店先で立ったまま店の大福を頂いて、食べた感想を話すのが精いっぱい。その様子をスタジオで見た鶴瓶さん、『ただの食レポやん!』と(笑)。

一方の鶴瓶さんは、松の湯の裏手にあった土蔵を改装してオープンしたという、「十文字カフェ」を訪ねることに。そこで、黒石の名物として紹介されたのが「黒石つゆ焼きそば」。鶴瓶さんが店員さんに、『おいしいの?』と尋ねると、『・・・いや』と(汗)。でも、この店のメニューにもあって、彼女が調理してくれるそうです。合席した人達から、『黒石に来たら、つゆ焼きそばを食べないと』と言われ、『じゃぁ、勇気を出して食べますわ』と鶴瓶さん(笑)。店の特製ラー油をかけて、つゆ焼きそばを一口頂くと、『こんなん焼きそばちゃうやん』って言おうと思っていた鶴瓶さんの口から出たのは、『・・・、焼きそばやわ』(笑)。

まつむらの干梅餅を食べ、再び松の湯に戻った三宅さんですが、鶴瓶さんが見当たりません。そこで中田さんに、交流館の前に聳える樹齢350年の”松の木”を紹介してもらった後、今度は創業110年ほどの和菓子屋さん、「松葉堂まつむら」に案内してもらいました。この店の名物が「干梅」。和菓子が苦手な人にも、その酸味と塩味のシソで包まれた白餡の優しい甘さが、大人気だそうです。

和菓子のまつむらでも、やはり干梅を買って店先で試食させてもらっただけで終わってしまった三宅さん(汗)、再び松の湯に戻ると、ようやく裏手のカフェで鶴瓶さんと再会することができました。ちょうどそこに、店長のリーさんが戻ってきたので、話を聞くことに。リーさんは、マレーシアから横浜に留学生として来日し、アルバイト先で出会った黒石出身のご主人と結婚。今は黒石市に移り住んで、地域活性化活動に積極的に参加しているそうです。日本語も堪能で、店の特製ラー油も、彼女が手作りしたマレーシア風ラー油とのこと。

吉永小百合さんCMの鶴の舞橋三宅さんから、餅屋さんと和菓子屋さんを訪ねたのに、2軒とも何もインタビューできずに終わったと聞かされた鶴瓶さん、『もう一度二人で餅屋を訪ねて、私が手本を見せましょう!』と(笑)。再び二人で寺山餅店を訪ねると、鶴瓶さんの見事な話しの展開で、当地では今でもお米を餅屋に持ち込んでは餅と交換する風習があることや、子供は一男二女で、息子さんが十代目の修業中で3年目になること、奥さんは吉永小百合さんのJR東日本のCMになった「鶴の舞橋」がある鶴田町の出身といった話が、次から次へと繋がります。ご夫婦は、見合い結婚で30年になるそうですが、奥さんは誕生日プレゼンすら1回も貰ったことが無いと零します。するとご主人、ちゃんと奥さんの誕生日を覚えていて、『3月20日は、春彼岸の真っただ中の忙しい時期なんで』と(笑)。そこに息子さんも出てきてくれ、皆で店の前で記念撮影をすることに。すると、近所から三味線の音色が聞こえてきました。

寺山餅店の斜め向かいにある「津軽こみせ」は、地元特産品を売る店の「こみせ駅」や、お食事処「こみせ庵」、土蔵を改装した多目的ホールの音蔵「こみせん」などが集まる、地域観光の拠点となっている施設です。こみせ庵では、毎日11時と14時に20~30分ほど、津軽三味線の生演奏による無料ライブが開かれているそうで、鶴瓶さんらが表に出たのが、ちょうどその時間。まるで、誰かがキューを出したごとく見事なタイミングに、鶴瓶さんもビックリ。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
けの汁 訪れたのは、山間にある古くからの温泉街の「温湯(ぬるゆ)地区」。今日は、地元のお母さん方が、自炊する宿泊客向けの一軒の宿「盛萬客舎」に集まり、郷土料理の「けの汁」を作ってくれました。たっぷりの野菜と山菜を煮込んだ、味噌味の一杯です。お母さん方は、むかし冷蔵庫が無かった時代、里帰りする際には、留守する家族のために大量の「けの汁」を作って、おかずの作り置きをしたそうです。野菜を刻む手が痛くなるほど大量に作ったそうですが、『実家に帰るのが楽しみで、まったく苦にならなかった』と(笑)。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、「Be With Me」(小野リサ)でした。


ひとり旅になった三宅さんは、不安いっぱいの中、車で市内を巡っていると、「リンゴの里」と書かれた看板を見つけ、車を降りて歩いてみます。リンゴ畑の中の道を歩いていると、休憩中の農家の皆さんと出会います。消毒作業が一段落し、これから「つる回し」の作業をするそうです。すると親切に、三宅さんにリンゴの収穫体験をさせてくれることに。三宅さんがリンゴを一個もぎ取ると、『やっぱりスポーツやっている人は違うわ』とお母さん(笑)。そこでお母さん、三宅さんを観光農園に連れて行ってあげることに。

三味線のライブを聞いた鶴瓶さんは、店を出て裏手に回ると、土蔵を改装したライブハウスを見つけ、再び話を聞くことに。するとそこに、店長さんも。キレイな女性に目が無い鶴瓶さん、素性を訪ねると、「津軽民謡手踊り」の名手だそうです。キレイな女性が、訛って話すのが気に入った鶴瓶さん、三味線を演奏してくれた彼と二人で、津軽弁バリバリで会話をしてもらうことに。二人の津軽弁でのやり取りを聞いていた鶴瓶さん、『二人でM-1に出たら』と(笑)。

佐藤セエさんの軽トラに同乗させてもらい、「黒石観光りんご園」を訪ねた三宅さん。オーナーの、こちらも同性の佐藤さんに案内してもらい、未希ライフ黄王といった様々な品種のリンゴを収穫体験させてもらいました。収穫したリンゴの皮剥きに挑戦した三宅さん、お母さん方から練習が必要と言われつつ、覚束ない手つきで皮を剥き頂くと、『シャキシャキしていて、ミズミズしくて甘いです』と。鶴瓶さんのやり方を見本に、観光農園の皆さんに出身地や家族の話を聞こうとする三宅さんですが、なかなか上手くインタビューできません(汗)。するとセエさんが、『”家族に乾杯”だから、家族を映したいんでしょ』と助け舟(笑)。ならば、8人家族のオーナーの佐藤さん家がいいと、交渉までしてくれることに。

田舎館村の田んぼアート2017鶴瓶さんは、こみせの裏手で出会った、隣の田舎館村(いなかだてむら)に住む女性から、「田んぼアート」を見に行って下さいと紹介され、案内してもらうことに。田舎館村に到着した鶴瓶さん、文化会館の天守閣に登って田んぼを見下ろすと、そこにはペンで書くのも難しい「霹靂」という漢字まで見事に再現された、稲で描かれた絵が広がっており、その緻密さにとても驚かされます。すると鶴瓶さん、図々しくも市役所の担当者さんに向かって、『次はやっぱり、”家族に乾杯”のオレと小野アナかも分からへんな』と(笑)。

なすのしそ巻き三宅さんは、自ら何もしなくても、トントン拍子に話が進み、観光農園オーナーの佐藤さんのお宅にお邪魔させてもらえることに(笑)。するとお母さんの提案で、あまり料理をしない三宅さんのためにと、一緒に郷土料理の「なすのしそ巻き」を作ってみます。そこに、3人の孫を連れたお嫁さんも帰ってきて、皆でしそ巻きを頂くことに。出来上がったしそ巻きを見たご主人、『こりゃ ビールだな』と言うと、お孫さんから『ビール禁止!』とバツ印が出てしまいました(笑)。台所のテーブルで、三世代揃った皆さんとしそ巻きを頂いた三宅さん、ご家族の暮らしぶりや、仲良く暮らす秘訣など、ようやく”家族に乾杯”らしい話を聞くことができました(笑)。

再放送は、11月3日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です(本放送の放送日が、選挙特番に替わり1週間先延ばしになったことで、再放送の予定も1週間先延ばしになりました)。

 


番組内で紹介された 黒石市の名物など

 

 10月16日  おんな城主直虎SP 菅田将暉と滋賀県彦根市へ

旅のゲストは、俳優で歌手の菅田将暉(すだ まさき)さん。2009年に『仮面ライダーW』で、シリーズ最年少のライダーとして、テレビ初出演・初主演でデビュー。2013年には、第37回日本アカデミー賞新人俳優賞を始め、数々の映画賞を受賞し、2017年6月には『見たこともない景色』でCDデビュー。現在放送中のNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』では、亡き井伊直親(亀之丞)の嫡男で、直虎が後見人を務めて育て上げ、家康の天下取りを支えて大出世を果たし、「徳川四天王」の一人に数えられた、”井伊直政”役を演じます。これまで、直政の幼少時代の”虎松”役を、子役の寺田心くんが演じてきましたが、9月24日放送の「第38話」より、いよいよ菅田さんが登場です。さっそく家康の下に仕えることになった虎松は、家康から養父である松下の性から断絶した井伊家の名を名乗ることを許され、”井伊万千代”と名を改めています。

菅田さんが、”家族に乾杯”に出演するのは、平成27年7月の放送で長崎県長崎市を旅して以来、2年ぶり2度目。前回は、当時出演していたNHK土曜ドラマ『ちゃんぽん食べたかっ!』の原作者でモデルのさだまさしさんの故郷・長崎市を、”本物のちゃんぽん”を食べに訪れました。

今回の旅の舞台は、菅田さん演じる井伊直政ゆかりの地、滋賀県彦根市(ひこねし)です。彦根市といえば、市のマスコットキャラクター「ひこにゃん」が有名ですが、そのプロフィール、実は私、まったく知りませんでした・・・(汗)。ひこにゃんは、彦根藩の2代目藩主・井伊直孝に縁ある一匹の白猫がモデルで、被っている兜(かぶと)は、菅田さん演じる井伊直政が組織し、戦国最強の精鋭部隊と呼ばれた「井伊の赤備え」のうち、城主の兜がモデルだそうです。井伊直政は、関ヶ原の戦いとその後処理での功績が認められ、石田三成の旧領・近江国佐和山(現 彦根市)を拝領しました。彦根市のシンボル「彦根城」は、直政の長男・井伊直勝が1604年に着工し、直勝に代わって直政から井伊家の家督を継いだ、直勝の異母弟である井伊直孝の代の1604年に完成しました。直孝は、その後、秀忠・家光・家綱の三代にわたって将軍の執政となり、幕府政治確立に貢献しました。なお、当時のまま残っている彦根城の天守閣は、国宝にも指定され、彦根駅の駅前には、菅田さん演じる井伊直政の銅像が建っています。


ロケが行われたのは、平成29年8月26日(土)。なんと偶然にも、この日は井伊直虎の命日だそうで、菅田さんは何か因縁めいたものを感じつつ、旅をスタートさせます。彦根市京町にある外馬場公園で待ち合わせた鶴瓶さんと菅田さんは、近所の人から薦められ、井伊家ゆかりの「千代神社」訪ねます。すると宮司さんから、この神社では2か月に1度、鶴瓶さんの三番弟子の純瓶さんが中心となって、笑福亭一門が「千代神社寄席」という落語会を開いていると知らされ、ぜんぜん知らなかった鶴瓶さんはビックリ(笑)。

二人は、千代神社の境内で、明日が出産予定日と話すお腹の大きい、近くにある「蓮華寺」の娘さんと出会います。すると、小学生の息子が夏休みの自由研究で温めていたニワトリの卵から、昨日ヒナが孵ったと聞き、ヒナを見に家を訪ねることに。ヒナの名前を、鶴瓶にするか将暉にするかと相談していると、子供の提案は「ヤキトリ」とか(笑)。スタジオの小野アナウンサーによると、ロケの2日後に無事に赤ちゃんが生まれ、ヒナの名前は「鶴瓶」に決まったそうです。それを聞いた鶴瓶さん、『絶対に食うたらあかんぞ!』と(笑)。

ここでスタジオから、彦根市の魅力をビデオで紹介。彦根お城大使の大川さんが、菅田さんのデビュー曲『見たこともない景色』にちなんで、”彦根でしか見たこともない景色”を紹介してくれました。
 まずは、彦根のシンボル・彦根城でのオススメの光景、「ひこにゃん」。ひこにゃんは、毎日3回、彦根城に登場します。
 次は、子供たちも熱中する「カロム」(カルムとも)。カロムとは、指でパックを弾いて四隅の穴に入れていく、ビリヤードとオハジキを合せたようなゲーム。昭和の初めには全国で楽しまれていた遊びですが、今では何故か、彦根だけで楽しまれ続けています。
 最後は、荒神山で楽しめるハンググライダー。空の上から、目の前に広がる琵琶湖を眺める景色は、まさに絶景!。

ここからは、いよいよ一人旅。

菅田さんは、蓮華寺の門を出た所で、近くで定食の店「てるちゃん」を営んでいる女将さんと出会います。そこで、本日の定食”ひれかつ”を頂くことにした菅田さん。食事をしながら、女将さんの孫の小学生と戯れていると、ランドセルの色が黒と緑と聞き、見せてもらうことに。菅田さんのランドセルの色は、学校中でただ一人、青だったそうです。派手好きのお父さんから、『おまえ一番目立て』と言われて青色のランドセルを背負わされたそうで、とても嫌だったとか(笑)。

一方の鶴瓶さんは、琵琶湖の近くへとやってきました。住宅街をウロウロしていて出会ったのは、80歳になる四代目・善九郎さん。筑80年というお宅にお邪魔すると、立派な仏壇があり、手を合わせてさせてもらいます。子供のころは、家から海水パンツを穿いて、琵琶湖に泳ぎに行っていたとか。その近くの彦根港からは、「竹生島」(ちくぶしま)行きの観光船が出ていると聞き、竹生島に渡ってみたいと鶴瓶さん。7分後に船が出発すると聞いて、慌てて港に向かいますが、どうやら情報が間違っていた様で、港の人に聞くと、次の船は最終便の14時だそうです。そのうえ、竹生島には誰も住んでおらず、島にある神社や寺などで働いている人は、みな通いの人だそうです。無人島に家族を探しに行っても仕方ないと、断念する鶴瓶さんでした(笑)。

菅田さんは、街の人から井伊家の子孫にあたる井伊直岳(なおたけ)さんが「彦根城博物館」に居ると教えられ、訪ねてみることに。しかしこの日、井伊館長は生憎と留守で、会えませんでした。せっかくなので、学芸員の古幡さんに案内してもらい、博物館を見学させてもらうことに。井伊家三代・直澄の甲冑(かっちゅう)の頂部に付いているフサフサした毛は、「唐の頭」(からのかしら)と呼ばれるもので、チベットに生息するヤクの毛で作られているそうです。当時としては、唐(中国)から輸入された、たいへん貴重なものですが、家康から直政にプレゼントされ、以後、井伊家の家宝として受け継がれたものだと、教えてもらいました。
なお、残念ながらこの日会えなかった彦根井伊家 第十八代当主の直岳さんですが、後日スタッフが連絡を取ったところ、スタジオにビデオメッセージが届けられました。なんと直岳さん、この日は直虎の命日法要があって菅田さんに会えなかったそうです。菅田さんには、『大河ドラマを楽しく拝見しているので、頑張ってください』とのエールが送られました。

鶴瓶さんは、新たな出会いを求めて車で移動している時、たまたま信号待ちでふと横を見ると、民家に「蒔絵工房 Nakamura」と書かれた表札を見つけ、訪ねてみることに。そこは、仏壇蒔絵師の中川龍吉さん(伝統工芸士)のお宅でした。中川さんから、彦根仏壇を作る店が軒を並べる「七曲がりの仏壇街」があると教えられた鶴瓶さん、ついでに何処か食事の出来る場所を尋ねると、信号を曲がったところにあると教えられ、店名を聞くと中川さん、『Big Boy』と(笑)。せっかく彦根まで来た鶴瓶さん、『地元の、近江牛とか他にあるでしょ?』と突っ込むと、息子さんが、城下町にある近江牛バーガーの店を教えてくれました。

鶴瓶さんが食事に訪れたのは、近江バーガー(近江牛ハンバーガー)の「ルパン (LU・PAN)」。スタッフの分も合せて9個のハンバーガーを注文した鶴瓶さん、自分の店のメニューでも食べたことが無いと話すスタッフに見せびらかすように、美味しそうに近江牛ハンバーガーを頂きました(笑)。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
 やって来たのは、駅前の商店街。”本日の一杯”は、「ちゃんぽん亭総本家」で頂く、彦根の”ちゃんぽん”。長崎のちゃんぽんと違い、透明感のあるスープです。野菜を炒めずに、和風のダシで煮込むのが、その特徴。昭和30年代に生まれた和風のちゃんぽんが、彦根に「近江ちゃんぽん」として根付いたそうです。


次に菅田さん、地元の人に出会いたいと、城下町を訪ねます。すると道で、これから保育の勉強会に行くと話す、二人の大学生と出会います。学生時代は教員志望だった菅田さん、その勉強会に興味を持ち、一緒に連れて行ってもらうことに。勉強会が開催されていたのは、古民家を改装したギャラリー&カフェの「寺子屋」。オーナーの川添さんに案内してもらい、中を見学させてもらっていると、菅田さんは一枚の絵に魅せられてしまいます。続いて、勉強会の冒頭だけ参加させてもらった菅田さん、先生から話をふられると、『子供たちが自発的に取り組むようにしてあげるのが大事。俳優業も自己プロデュースなので、自分ならではの演技じゃないと』と語ります。すると、勉強会に参加していた大勢の学生さん達は、一生懸命ノートにその話をメモ。菅田さんが何をメモしているのかと覗くと、『(菅田さんのお父さんは)コンサルティングをやっていた』と・・・(笑)。

鶴瓶さんは、彦根仏壇の店が軒を連ねる「七曲がりの仏壇街」を訪ねます。周りは仏壇屋さんばかりですが、一軒の表具屋「木村フスマヤ」の店先で、ご主人を見かけ訪ねてみます。4代目と5代目のご主人に、仕事のことや店を継ぐことになった経緯など、話を聞きました。

次に鶴瓶さんが訪ねたのは、中川さんから教えてもらった彦根仏壇・仏具の大手、「永樂屋」。女性の店員さんに、なぜ彦根で仏壇が有名になったのかと尋ねると、井伊家の赤揃え(あかぞなえ)の鎧兜を作っていた職人達が、平和な時代になって仕事が無くなり、仏壇を作るようになったのが彦根仏壇の始まりだそうです。店の2階には、永樂屋さんオリジナルの立派な仏壇が飾られていました。それぞれ、七職(木地師、宮殿師、彫刻師、漆塗師、金箔押師、錺金具師、蒔絵師)の伝統工芸士による逸品です。女性店員さんは、急なロケにあがってしまい、どうしても七つの職種が全部思い出せません。そこで、社長の娘婿の河村さんに助けを求めると、河村さんも最後のひとつが何故か出てきません(汗)。でも、ようやく最後に金箔押師の名を想い出し、河村さんも鶴瓶さんもホッとしました(笑)。
 すると、そこに河村さんの親せきの、”かっちゃん”が訪ねて来てくれました。かっちゃんは、井伊家の足軽の末裔で、家に伝わる甲冑や古文書は、永樂屋に預かってもらっているそうです。そこで、その兜を拝見したいと鶴瓶さん。かっちゃんは、倉庫から出してきた兜を鶴瓶さんに被らせて、『ちょうど虫干しをしようと思っていたところ』と(笑)。素足を出して、鎧と兜を身に付けた鶴瓶さん、その場で自分を写してもらったスマホの画面を見て、『けっこう ええやん』とご満悦ですが、周囲のスタッフは引き笑い(笑)。しかしこの兜、立派な前立(まえだて)が付いていて、とても足軽の兜には見えません。小野アナウンサーによると、後日、菅田さんを案内してくれた彦根城博物館の武具・甲冑担当の学芸員・古幡さんに映像を見てもらったところ、200年くらい前の江戸末期の甲冑で、足軽隊をまとめる足軽頭か武将の物であろうとのことでした。

菅田さんは、ギャラリーで興味を抱いた絵を描いた画家の、吉田友幸さん(34)を訪ねることに。吉田さんは、彦根市の隣にある東近江市に住んでいますが、寺子屋のオーナーの川添さんが連絡を入れてくれていました。吉田さんの作業場は、お婆ちゃんの住んでいた家だそうで、絵の製作道具で散らかった家の中には、吉田さんの描いた絵が沢山飾られていました。そのうちの一枚、「梅の絵」を拝見した菅田さん、『とても想像させられる絵だ』と感心します。吉田さんは、『特に余白の部分を大きくとるのが好きだ』そうで、梅の枝が生けられていた壺も背景も要らないと、足し算・引き算をしながら描いているそうです。その話を聞いた菅田さん、『芝居でも、足すのは安心するけど、引くのは勇気がいる』と。菅田さんは、蜷川幸雄さんの舞台に出させてもらった時、とりあえずパワフルに身体を全部使って演じたところ、お客さんから『観ていて疲れる』と言われたそうです。それを蜷川さんに相談したら、『じゃぁ、ちょっと引いてみ』と言われて、出すところと引くところを決めて演じたら、評判が倍くらいに上がったと話す菅田さん、『倍はデカいですね』と吉田さん(笑)。鴨居の上には、昔お爺ちゃんが趣味で描いた、サバの”へしこ”の絵も飾られていて、『何でへしこを画いたんやって想像するだけで、一晩過ごせる』と吉田さん(笑)。とても意気投合した吉田さんと菅田さんは、連絡先を交換して別れたそうです。

再放送は、10月20日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 彦根市の名物など

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 10月2日  朝ドラSP 遠藤憲一と徳島県神山町でぶっつけ本番旅

旅のゲストは、俳優の遠藤憲一(えんどう けんいち)さん。東京都出身の56歳。NHK大河ドラマ『真田丸』(2016年)では、”上杉景勝”役を演じていました。私的には、先日の番組で宮崎市を旅した勝村政信さんでもお馴染みの、米倉涼子さん主演『ドクターX ~外科医・大門未知子~』で、大学病院のNo.2にまで登りつめるも、上に弱く下には強い風見鶏気質から落日の憂き目にあう、”海老名敬”役の遠藤さんが馴染み深いです(笑)。この番組の放送日である10月2日にスタートした、NHK朝の連続テレビ小説『わろてんか』では、主人公のヒロイン”藤岡てん”(葵わかなさん)の父親で、京都の老舗薬種問屋「藤岡屋」当主である”藤岡儀兵衛”役を演じています。儀兵衛は周囲の人望は厚いのですが頑固者で、周囲からは「ギョロメの鬼さん」というあだ名を付けられています(笑)。ちなみに、”わろてんか”の語り手(ナレーション)は、語り初挑戦の小野文恵アナウンサーです!。

旅の舞台は、徳島県名西郡神山町(かみやまちょう)。徳島県の中ほどに位置する、人口5千人ほどの山間の町ですが、芸術家を招聘する「神山アーティスト・イン・レジデンス(KAIR)」事業や、光ファイバー網による地域情報化の推進など、先進的な取り組みが全国の自治体から注目を集めています。農業では、「すだち」の生産量が日本一。最近では、「かかし夢街道」と名付けられた道路沿いに飾られた、案山子(カカシ)のオブジェが大人気。ところが、今回の旅には、何の目的も無いんだそうです(汗)。遠藤さんが、『鶴瓶さんの出たとこ勝負の番組なので、自分にとって縁もゆかりも無い場所に連れて行ってください』とスタッフに話したら、神山町になったんだとか・・・。


ロケが行われたのは、平成29年8月2日(水)。徳島県神山町の神領地区にある山沿いの道で、それぞれロケバスを降りた、遠藤さんと鶴瓶さん。周囲には棚田が広がり、農家がポツリポツリとある山村で、人っ子ひとり見当たりません(汗)。旅の前途に不安いっぱいの遠藤さんは、『雑談が一番苦手なんで、5年前から鶴瓶さんの番組は絶対に出ちゃいけないと言ってきたのに』と、ブツブツ・・・(笑)。一方の鶴瓶さん、『何故ここで旅をするのか意味が分からない』『家族に乾杯史上、レベル5の難易度ですねぇ』と、こちらも不安げ(笑)。

ところが、遠藤さんに会う前から、一軒の農家の軒下で休憩中のお父さんを見つけた鶴瓶さん、待ち合わせている遠藤さんを放っておいて、さっそく話しかけます(汗)。この日は、山間とはいえ猛暑日の暑さで、庭木の手入れをしていた鍛治さんは汗だくだく。そこに遠藤さんも合流。軽トラで通りがかった隣の奥さんや、帰ってきた鍛治さんの奥さんらと話していると、また一台の軽トラがやってきました。車を止めて話を聞くと、これから山の畑にすだちを見に行くという、すだち農家の岡山さんご夫婦。すだちが大好きという鶴瓶さんは、すだち畑を見せてもらいたいと、一緒に付いて行くことに。

岡山さんの所では、約3トンのすだちを生産しているそうです。収穫は、8月26日頃から。既に剪定は終わり、この日はすだちの状態をチェックしに畑にやってきました。話を聞くと、岡山さんはすだちの畑仕事がない冬の間は、三好市にある徳島県指定の有形文化財「阿佐家住宅」の屋根など、茅葺(かやぶき)の屋根を葺くカヤを収穫する仕事をしているそうで、せっかくだからと二人は、そのカヤを貯蔵している倉庫を見せてもらうことに。こんな山村で、せっかく捕まえた村人を離してなるものかと、次から次へと話題を振って案内してもらう鶴瓶さんでした(笑)。案の定、二人がカヤを見ている間も、岡山さんは次にどこに案内したらいいかと思案げ。『近くに”かま屋”という食堂があるから案内しましょうか?』と提案してもらいましたが、奥さんが”道の駅”に買物に行ったと聞いた鶴瓶さん、自分たちも道の駅に行ってみたいと案内してもらうことに。

ここでスタジオから、神山町の魅力をビデオ紹介。こわおもてが魅力の遠藤さんですが、神山町には、遠藤さんよりも怖いものがあるそうです(汗)。

まず、暗い校舎の廊下を、チェーンソーを持って歩き回る二人の影・・・。実は、城西高等学校神山分校に通う女子高生の「森林女子」、神山町の木のすばらしさをPRしています。彼女達が作るキーホルダーが商品化され、大人気だそうで、遠藤さんの顔がデザインされたキーホルダーを作ってプレゼントしてくれました(笑)。
 次に紹介された怖い場所は、四国八十八ヶ所霊場の第12番札所の「焼山寺」。怖いのは、寺へと続く遍路道。避けては通れない、お遍路さんが転がると言われるほど険しい上り坂の道は、「遍路ころがし」と呼ばれています。
 最後の怖いものは、川の近くで生活する人々にとっては欠かせない、「こんにゃく橋」。木の板が一枚渡されただけの”こんにゃく橋”の幅は40センチ、渡ると上下にぐにゃぐにゃと撓り、川に落ちてしまいそうで、とても怖い(汗)。ようやく渡り切った女子高生は、『まだ遠藤さんの方がましや』と(笑)。

道の駅「温泉の里神山」を訪ねた、鶴瓶さんと遠藤さん。そこで、色や形の変わったナスビを見つけると、たまたま居合わせた大阪から初盆で帰省していた人が、生産者の森本さんを知っていると、案内してくれることに。『すぐそこ』と言われた二人は、車で後を付いていきますが、森の中の狭い山道を、長いこと山奥まで登って、ようやく一軒の農家に辿り着きました。田舎での”すぐそこ”という距離感に、呆れかえった鶴瓶さんでした(笑)。

森本さんから、近所に北海道から移住してきた「ヤマンバ」が住んでいると聞いた鶴瓶さん、どんな女性が鎌を持って襲ってくるのかと、興味津々で案内してもらうことに。KATALOG GUEST HOUSE「山姥(やまんば)」を訪ねると、「こうぼう山姥」の北海道出身の女性は留守でしたが、東京から移住してきたという若くて美人の山田さんが居て、話を聞くことができました。とても細くてスマートな山田さんですが、糖質制限をしていて、お米が食べられないんだとか。そこで森本さんが、友達が獲った70kgもあるシカを持って来てあげたら、そのシカを自分で捌いて食べたそうです。『最高においしかった』と、めちゃ美人なのに、まさにヤマンバ!(笑)。

ここで、二人は別れることに。一人旅になった遠藤さんは、せっかく縁もゆかりも無い土地に来たので、これまでやったことが無い人生初体験をしてみたいと思い立ち、まずは人生初の屋外バーベキューをしてみたいと、山姥で相談します。すると、道の駅の近くに、オーナーが全部手作りで営んでいるキャンプ場があると教えられ、訪ねてみることに。「コットンフィールドキャンプ場」に到着し、まずは受付でオーナーの森さんに相談すると、お客さんも喜ぶでしょうと、快く入場を許してもらえました。ちょうど川沿いでは、淡路島と徳島市内から33人で来たという「中西呉服店」の社員の皆さんが、バーベキューを楽しんでおり、遠藤さんも飛び入り参加させてもらうことに。グリルで肉を焼かせてもらったり、テーブルに座って皆で焼肉を頂いたりと、人生初のバーベキューを堪能した遠藤さん。自分から話すのは苦手な遠藤さんは、『質問コーナーをしよう!』と提案し、皆さんから質問を受けて会話を弾ませようという手段に・・・(笑)。

一方の鶴瓶さんは、神山町の中でもすだち栽培が盛んな、鬼籠野(おろの)地区を訪ねてみます。何の当てもなく、軽トラが停まっていた一軒の農家を訪ねると、人の好さそうな小林さんが出てきてくれて、すだちの木の剪定の方法などを教えてくれました。でも、すだちのことは”タカハシさん”が一番詳しいからと、また『すぐ近く』というタカハシさんの家を紹介されます。しかし案の定、鶴瓶さんとスタッフ一同が、炎天下の猛暑日、熱中症で倒れそうになるほど歩き回りますが、すぐ近くと聞いたタカハシさんの家にはなかなか辿り着けず・・・(汗)。鶴瓶さんは、目印の交差点付近にあった「赤井飲食店」を訪ね、奥さんに『すだち農家で有名なタカハシさんのお宅は何処か』と尋ねると、毎年のようにテレビが取材しに来ているのは”橋本さん”とのこと。高橋さんというお宅もあるけど、まだ山の方に登って行った所と教えられた鶴瓶さん、もう登るのはイヤだと、”橋本さん”を訪ねることに(笑)。実は、先にタカハシさんを紹介してくれた小林さん、橋本さんのことを間違えて紹介してしまったそうです(汗)。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
 おじゃましたのは、山の麓にある一軒のお宅。このお宅のお母さんに作っていただいたのが、この辺りで昔から食べられている”本日の一杯”、「そば米汁」。”そば米”とは、ソバの実のこと。それを、地元の野菜などと一緒に煮込んだものです。もともとは、貧しい時代に毎日のように食べられた雑穀ですが、今では子供や孫たちが集まった時に振る舞われる、懐かしい地元のご馳走です。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、「Emotion」(by Varttina)でした。

人生初のバーベキューを楽しんだ遠藤さん、次はなんと、『紙ヒコーキを飛ばしたい』と。新宿の高層マンションに住んでいる遠藤さん、ベランダから外を眺めていると、『ここから紙ヒコーキを飛ばしたら気持ちいいだろうな~』と常日頃思っているそうで、せっかく田舎に来たので、人に気兼ねなく紙ヒコーキを飛ばしたいと、飛ばせる場所を探すことに。まず、車の中から見つけた食堂「まつうら」を訪ね、この辺りに紙ヒコーキを飛ばせるような、前方に障害物が無い、見晴らしのいい土手や絶壁などの高台が無いかと尋ねてみますが、ご主人には思いつきません。しかし諦めきれない遠藤さん、車で町内を走り回り、ついに鮎食川に架かる「第二大埜地橋」を見つけます。ちょうど橋の下では、兄妹の佐藤さんと栗岡さん一家が、川遊びをしています。遠藤さんは、橋の上から飛ばした紙ヒコーキを、お父さんに下で拾ってもらうことに(笑)。また、子供たちとは一緒に、紙ヒコーキを折って、飛ばしっこをしようと提案。

しかし遠藤さん、紙ヒコーキを作るための紙を持っていません。ちょうど、ロケ隊のディレクターが適当な大きさの紙を持っていたので、それを使わせてもらおうと思ったら、『自分で調達しに行くんですよ』と、叱られてしまったそうです(笑)。仕方なく、今度は文房具屋を探していると、事務所らしき古民家を発見。”ものさす”と書かれた看板が気になり訪ねてみると、そこは代々木にあるWeb制作会社「株式会社 モノサス」の”神山サテライトオフィス”で、遠藤さんは、A3とA4サイズのプリント用紙を貰うことが出来ました。オフィスに居た6名の社員の皆さんは、首都圏をはじめ全国各地から集まってきた人達ですが、それぞれが古民家を借りて神山町に移住し、ここで仕事をしているそうです。田舎での生活ぶりを聞くと、浅田さんは山奥に住んでいて水は沢から引いているそうですが、冬に沢の水が凍ってしまい、数日間水が使えず困ったそうです(汗)。澤田さんは、薪風呂なのでお風呂が湧くまでに冬だと1時間半かかってしまい大変と(笑)。

鶴瓶さんは、教えてもらったすだち農家の橋本さんのお宅を訪ねます。すると橋本さん、85歳になるそうですが、10トンものすだちを栽培していて、町のあちこちで見かけたポスターのモデルにもなっている、とても有名な方でした。橋本さんの畑には、樹齢200年といわれる「すだちの古木」があり、今でもすだちの実が採れるそうです。スタジオに届けられたその実を手に取った鶴瓶さん、200年の香りがすると、搾り汁を一生懸命顔に擂り込みました(笑)。

紙を手に入れ河原に戻った遠藤さん、子供たちと一緒に、紙ヒコーキ作りに熱中します。そこに、お爺さんも合流。二人して、炎天下で汗だくになりながら、子供らをほったらかしにして、それぞれ紙ヒコーキの折り方を自慢しあいます。お爺さんは距離での勝負を提案しますが、遠藤さんは滞空時間で勝負と(笑)。いよいよ橋の上から、皆で紙ヒコーキの飛ばし合い!。子供たちが飛ばした紙ヒコーキの滞空時間は、4秒から8秒ほど。遠藤さんの紙ヒコーキはというと、飛ぶと言うよりはヨタヨタと風に巻かれながら、11秒。最後、お爺さんの紙ヒコーキは、スゥーと見事に飛んでいきましたが、滞空時間は10秒。しかし、c、遠藤さんの完敗です(笑)。

一方の鶴瓶さん、車を走らせていると、山里で「森本印刷」という看板を見つけ、こんなところで商売になるのかと気になり、車を降りてみることに。すると隣には、趣のある小料理屋の「多に川」があり、ちょうど店から出てきたお客さんに声をかけられた鶴瓶さん。話を聞くと、俳句の吟行で、徳島市内から60人もで出掛けて来ているそうです。せっかくだからと、25周年を迎えた「青海波俳句会」の熟女の面々が控える大広間を突撃訪問した鶴瓶さん、盛大な歓迎を受けることに(笑)。そうこうしている間に、俳句歴70年という男性が、『神山に 来てはねつるべ 楽しめる』と詠んでくれ、大そう喜ぶ鶴瓶さんでした。

再放送は、10月6日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 神山町の名物など

 

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