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第2回「芦屋市立美術博物館を考えるワーキンググループ」

日時:    2004年3月22日(月)18:00-20:00
会場:    芦屋市立美術博物館 講義室
パネリスト: 大森一樹(映画監督)
       中谷伸生(関西大学文学部教授)
       明尾圭造(芦屋市立美術博物館歴史学芸課係長)
報告者:   増谷一夫(寄贈者)
       小阪昭作(寄贈者)
       広瀬忠子(寄贈者)
       西本佳子(「芦屋市立美術博物館を守る会」代表、「集・空・間Tio」代表)
       高橋広美(「同上」事務局)
       福間公子(「同上」、「おもしろプランニング」メンバー)
進行:    柿木央久(芦屋ハイランド自治会特別委員)
一般参加者: 約60名


〔目 次〕

I. 美術博物館問題をめぐる立場の整理
I-A. 芸術文化の立場
I-B. 市民の立場
I-C. 寄贈者の立場
II. 郷土史料と寄贈品の問題

III. 館長とはどうあるべきか

IV. 美術博物館運営
IV-A. 市民ボランティア
IV-B. 芦屋ブランド
IV-C. 産官連携
V. ミュージアムとは
V-A. ミュージアム=歴史+美術
V-B. ミュージアム=人
VI. 結び



I. 美術博物館問題をめぐる立場の整理

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I-A. 芸術文化の立場


大森:私の専門は政治ではなく、ご存知のとおり映画監督ですので、芦屋市の芸術文化の立場から、どのようにすれば芦屋市立美術博物館をより魅力的なものにできるか話しあうこと、それがこのワーキンググループの本来の目的でした。バブルの時代ならいざ知らず、民間委託先が見つかる可能性が現実的にほぼ皆無であるにも関わらず、身売りはいけない、民間委託はだめだ、という議論は不毛だと思ったからです。
しかしこの問題について、それまで市民が議論する場がなかったこともあり、前回は様々な意見が出され、若干議事が混乱してしまいました。私の思惑からずれて、存続させるか否かという、根本的な問題から話が始まってしまったわけです。とはいっても、現状では議論の場がここだけですし、芸術文化のみならず、できるだけ一般の問題も含めて話し合っていきたいと考えています。
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I-B. 市民の立場


西本:ワーキンググループの場をお借りして、「芦屋市立美術博物館を守る会」の立場を、少しご説明いたします。この問題について、みんなが集まって話し合う場を設けることを目的に、まずは署名を集めました。その流れはお手許の資料に記しておりますが、「守る会」としては一応の目的は果たしましたので、今後はワーキンググループの一員として、みなさんと一緒に、一市民の立場から考えたいと思います。
美術博物館との交流ですが、震災で全壊した家を3年前に建て直した時、小さなホールを造りました。こちらが管理されている仲田好江さんの作品をお借りして、オープニング記念の絵画展をしたのがきっかけです。
さらに今後は、区画整理で新しくできた公園で、美術博物館の出前ワークショップを企画しています。市民の中に、わかりやすい形で出向いていただくことで、館の活動をよりみんなに知ってもらいたいと考えています。

高橋:私の場合、子どもと共にワークショップに参加したのが、美術博物館と関わるきっかけでした。美術の知識は何もないのですが、子供たちが非常に楽しんでいたのが印象的だったのです。ここでは、自然に幼児の情操教育が行なわれていて、署名活動の際も、ある保護者からは子どもと美術館とのいまの繋がりは絶対に残してほしい、という訴えもありました。しかし残念ながら、私のまわりには知らない人がほとんどで、館や行政の広報活動には非常に大きな疑問を感じてきました。またわが子も小学生になり、こうした美術博物館の活動を、今後はもっと学校教育にも組み入れていただきたいと思っていた矢先だったので、今回のことは本当に残念です。

福間:非常に短期間のうちに、実に多くの方々から署名をいただきました。このうち市民は2,000人強で、全体の約13パーセントです。市民の割合が少ないという意見もありますが、合計17,000以上の数字は、非常に大きなものだと思います。芦屋のように非常にせまく、西宮や神戸を含む広域の生活圏にあるところでは、市の領域を越えて、外にも多くのサポーターがいるのは、非常に力強いことではないでしょうか。
「守る会」の今後の課題ですが、館が無くなることを前提にせず、どうやったら機能が残せるのか、そのために何ができるのか考えていきたいと思います。私は「おもしろプランニング」という市民グループに属しておりまして、開催中の「幻のロシア絵本」展にちなんで「ロシアをまるごと楽しんじゃお!」というイベントを、4月1日に開催します。ささやかなですが、市民が館を身近に感じる一助になれば、と考えています。
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I-C. 寄贈者の立場


大森:美術博物館には市民から寄贈された郷土史料や美術作品が多数あります。民間委託などになった場合、市はこれらの扱いをどう考えているのか。結論からいうと、「確かに受け取りました、これを未来永劫ここで保存します」と市が約束したからには、簡単に民間に渡せないのではないか。この一点をもっても私は休館、閉館はあり得ないと思うのですが。
前回のワーキンググループの後、小治英男館長に、この件について公開質問状を送りました。二週間後に回答が送られてきました。今日お配りしたのがそのコピーですが、何ら具体的なことは書いてありません。さらに「館運営の直接執行行政機関としての芦屋市教育委員会が所管するべきものでございますので、私の立場では回答することはできません」とあります。小治館長は芦屋市教育委員会の社会教育部でもあるのに、この自己矛盾をみても、無内容を通り越して、もはや無意味な書面としか思えません。ここで実際寄贈された方のお話しをうかがいます。

増谷:震災後、ご近所にお住まいの和田先生(歴史学芸課係長)からご連絡をいただき、幸い倉の中に残っていた古文書をみていただきました。それらはいわゆる昔の役所の資料で、家に置いておくのもどうかと思い、美術博物館に寄贈しました。
お手許の感謝状のコピーをご覧ください。「近世、近代における生活文化資料として、永く保管し、活用をはかってまいります」このように北村前市長がはっきり約束されているのです。立派な恒温恒湿の収蔵庫で保管し、また薫蒸もすると聞いて、芦屋市だからこそ信頼して寄贈したわけです。ところが、予算がなくなったから民間に委託、あるいは売却なんて、あまりにもひどい話ではないでしょうか。

小阪:私が美術博物館に寄贈したのは「農耕四季図屏風」という6双の屏風で、農家の米作りの過程を描いたものです。常設展で何回も展示されたので、ご覧になった方もおられるでしょう。その他、元禄3年頃からの古文書が多数あり、それに基づいて、明尾さんが市の広報に記事を書いて下さいました。現在も三条町で「古代の芦屋を歩く」という一般参加のフィールドワークをされています。これ以外にも、様々なものを寄贈し、現に展示などに使われていますので、できれば今後も活用していただきたい。

広瀬:私の母が社会的に活躍した関係上、様々な文化的なコレクションがありました。母の没後、大きな家にとても住んでいられなくなり、マンションに建て替えたのですが、収納しきれないものを、それぞれ相応しいところに寄贈しました。
一番大きなものは煎茶の茶室で、現在は安来の足立美術館の庭にあります。その他、大正から昭和にかけてのものが多数ありましたので、それぞれ相応しいところにさし上げました。特にこの美術博物館には、60数点を寄贈しています。
その意図は、市の美術博物館だから、きちんと保管してもらえると思ったからです。私にとって大切な、いろんな思いがこもったものが、もしどこかに行ってしまったら、それこそ残念でなりません。
でも私は、いまは市とこの会がけんかをしている場合じゃないと思います。それよりも、館をどうするか、一致協力して考えなければいけない。もっと前向きに、例えばもっと上の国などに向って、声を大にして働き掛けなければいけないと思います。


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II. 郷土史料と寄贈品の問題


明尾:郷土史料は、いわば芦屋市の本体であり、切り離せるものではありません。例えば増谷様の資料は、行政文書以外の何物でもない。他府県の古文書館においても、一般の行政文書として扱われているものと、全く同じです。三条町は、元禄、赤穂浪士の頃からお宅が全く変わっていないのです。これだけ改変がひどい阪神間で、家重代の資料が残っているのは、よそに対しても誇るべきことなのです。
一方、江戸時代からお住まいの方と、近代に住宅都市化してから越してきた方とが融合して、現在の形が形成されています。そのいずれが抜けてもだめで、両方をきっちり研究しなければ、芦屋の本来的な形はみえないのです。
歴史学芸課は、ここを市民の金庫とお考え下さい、ということで、震災後に歴史資料のレスキューにまわりました。それは教育委員会を通じて、市長の命で動いていたつもりですし、温湿度管理の点からも、この館だからこそ、と信頼して資料をいただいたわけですから、真意はどうあれ「売却」の二文字がでたことは、非常に問題だと思います。
先週の木曜日、小治館長に(今日は出席していませんが)、きっと郷土史料の扱いに関する質問が出るだろうから、私としては「郷土の史料については、従来どおり存続して守っていく」と答えるつもりだと申しました。「それでかまわない」ということでしたので、この場をお借りして、欠席した館長の代行として、私の方から発表させていただく次第です。


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III. 館長とはどうあるべきか


大森:広瀬さんのお話しの内容、またその言い回し、物腰に、これこそ芦屋の文化だとしみじみ感じました。また、「けんかをしちゃだめよ」という母のような暖かいおことばもいただきました。もちろんけんかをするつもりはないのですが、このような大事なときに、館長も市の方もいらっしゃらない。これは呼ばれないから来ないという問題ではなくて、誰の話をしているのかといえば、あなた方のことを話しているわけです。当事者が来ないなんて、もっての他ではないでしょうか。
恩を着せるわけではありませんが、けっこう忙しい時間を美術博物館のために割いているのに、館長からひと言「ご苦労さん」のことばがあってもいいのではないでしょうか。それどころか、ワーキンググループのせいで民間委託の交渉先がいい顔をしないと、議会で堂々と発言される始末です。
最初のうちは、館長とも何度か打合せをしました。「美術博物館にかかる経費をゼロにしたいんですか」と聞くと、「その通り」といわれます。「資料や作品を保存するためのお金は、市が負担すべきじゃないですか」と尋ねても、「ゼロにしたい」とおっしゃる。その後気が変わったのかも知れませんが、まるごとどこかに預けたい、というのが当初の本音だったのではないでしょうか。
やはり館長職は、いわゆる役人さんがなってはいけない。今回それを初めて認識しました。今回のような行革案に対して、本来なら美術館長は「それはやめて下さい」とひと言いってもらわないと意味がない。やはり館長だけは民間とか、外から来ていただいて、行政に対して文化芸術の防波堤になってもらいたい、というのが感想です。


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IV. 美術博物館運営


柿木:南奥池町の自治会の委員をしています。大森さんの中学高校の後輩に当たるというご縁で、後半の進行をお手伝いいたします。
まず最初に整理したいのですが、大きくわけて二つの次元の問題があります。ひとつは「美術博物館をどうすればよいか」という問題。もうひとつは「美術博物館の運営体制を、根本的に変えるべきかどうか」という問題です。市民にとって一番難しいのは前者で、これは美術という得体のしれないものをどう考えるか、行政が口実にしている財政難、この二つの次元の違う、それぞれに難しい問題を天秤にかけることは、なかなか市民にとっては難しいのです。
後者について、いま問題になっているのは、寄贈品をめぐる法律的な問題。さらに芦屋市には「芦屋国際文化住宅都市建設法」という、戦後すぐに決まった法律があります。芦屋市を国際文化住宅都市として建設することは、市民と芦屋市の義務であり、それを県や国が援助しなければならないという、いわば国家事業の法律です。そういう大きい問題が解決されず、議論もされないまま、行政が手続きを進めていることがそもそも問題です。
現時点で、市民としては、その手続きがおかしいのではないか、というところまでしかいえない。この問題に関して、いくつかの自治会ではすでに取り上げ始めていますが、考える手がかりとして、問題や情報をフィードバックするために、このワーキンググループは有意義な場であると思います。
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IV-A. 市民ボランティア


一般参加者:ボランティアグループ「芦屋おたすけたい」の代表をしています。美術館の「喫茶おおたに」がこの月末に撤退し、なくなってしまいます。開催中の「ロシア絵本」展が4月11日まで続きますから、空白期間を埋めてほしいということで、私たちが運営を買って出ました。ロシアにちなんだ雰囲気の喫茶店をやりたいと思っています。
美術博物館が無くなることには反対、それはここに来られたみなさん同じ意見だと思います。ただ芦屋市はいま、物理的にお金がなくて困っているわけです。市民のお金ではなく、ボランティア精神で費用がどれだけ削減できるか。ただ集まって意見をいうだけではなく、私たち市民でも力を合わせればこれだけのことができる、その実績を行政に提示することも必要だと思います。
また私は音楽をやっていて、ここを市民の場として解放してもらえないかと、常々考えていました。ここはベーゼンドルファーという、すごくいいピアノを持っていたんですね。それを使えば音楽会もできるだろうし、空いたスペースがあれば、市民ギャラリーとして貸し出すこともできるでしょう。アカデミックなものも必要だとは思いますが、もっと市民に身近なものもやってほしいと、ずっと考えていました。

一般参加者:民間委託の打診先が5社ほどある、と議会で聞いたのですが、民間企業がこういう施設を買い取って経営できるはずがありません。必ず赤字になりますから。考えられる最悪のシナリオは、企業が土地と美術品を購入して転売する。あるいは、美術品は売却して建物は壊し、マンションを建てる。もし民間が本当に食いついてくるとしたら、これしかないと思うんです。推測の域を出ませんが、これまで収集した作品や寄贈品を、もしそういう形で処分されたら、全く言語道断です。市に対しても、買った会社にとってもそういうことは恥であり、倫理に反すると訴えかけることが必要でしょう。
その一方で、基本的な落とし所を早く考えて市にアプローチをすることも急務です。市は美術博物館に一切金を出さない、という姿勢のようですが、アメリカ型のような基金を募ったり、あるいは寄付金や、市民サポートも受けながら、市にも相当な金を出させるのが、落とし所ではないかと思います。この館は、今まで必ずしも多くの市民から支持されてきたわけではない。それは大幅に改めて、多くの市民が一生懸命支持するような運営内容に変えていく必要もあるでしょう。
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IV-B. 芦屋ブランド


広瀬:松永市長のとき、芦屋を世界的に売り出すにはどうしたらいいだろう、と相談されて、私は国際ハープ・コンクールをしましょう、と提案しました。いかにも優雅だし、芦屋に相応しいじゃないかと。世界中の奏者に呼び掛けて、審査員も一流の方々にお願いして、稽古場も確保して、すべて段取りができたところで、選挙で山村市長に替わった途端、いっぺんに潰されました。そんなことにお金をたくさん使うより、各学校に一台ずつグランドピアノをあげたほうがいい、となってしまった。実に情けなかったです。
そういう意味で、芦屋ブランドをもっと活かしてほしい。この美術館はベーゼンドルファーという、すばらしいピアノを持っていたんです。ここでコンサートをしたり、フロアはダンスにうってつけだから、市民のためにダンスパーティーもして、そういうものももっと活用して、みんなで活性化を考えようじゃないですか。
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IV-C. 産官連携


大森:私個人としては、実は民間委託が落とし所ではないかと考えています。民間委託といっても、よく誤解される身売りではなくて、もう少し新しい形の、産官連携事業みたいな運営ができないか、考えたかったのです。この件については次回、いよいよもう最後ですから、私の考える産官連携事業とはどういうことか、話し合う予定です。最初に教育委員会と話したときも、私は民間委託が面白い選択だと思うし、そういう意味では対立しないから、一緒にやっていきましょう、というところから始まったんです。ところが実際は、一切リスクを負わず、負担をゼロにしたいという市の意向と、私の考えが違うことがわかってきて、疎通がはかれなくなったのです。
それから、別にこれは反対集会ではなく、勉強し、みんなの声を聞くための会です。むしろ市の方に、反対している場合じゃなくて、こちらに協力しなさい、といっていただきたい。公開質問状に対する館長からの回答や、発言を聞いても、むこうのほうがすっかり閉ざしてしまって、市民と一緒にやる気が無いのは明らかです。

柿木:ひとつ確認しておきたいんですが、大森さんが前回のワーキンググループでいわれた、どんなに世界的に優良な美術館であっても、入場料では運営費の2割ないし3割しか回収できないという、根本的な問題があります。大森さんはその赤字分、基金のようなものを、市もいくばくか負担すべきだとお考えなんでしょうか。

大森:作品や資料を保管するためのお金は、芦屋市が全部負担すべきだと思いますが、運営の赤字を市に負担させる、ということではありません。7割は相手方が負担しても、それでもプラスになる何かであり、それは企業が負担してもらう、ということです。近鉄球団ではないですが、芦屋市立美術博物館の前に企業の名前を付けてもらう、というのもひとつの手でしょう。バブルの時代も過ぎて、何か企業にもメリットがないと食いついてこない。そのためにはまず、この館を魅力的なものにして、のどから手が出るほど欲しいくらいにならないと、民間はまずついてこないでしょう。



V. ミュージアムとは

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V-A. ミュージアム=歴史+美術


明尾:行政では、だいたい10周年ごとにいろんな行事をします。やがて来る市制施行70周年(2022年)には、対外的にもアピールするものがいります。例えば、芦屋市史の続編の作成。震災後のかなりの資料収集等によって、改訂が必要で、私どもの果たす役割も大きいでしょう。
いま現在の資料についても、実は蓄積しています。例えば新聞の折り込み広告に、住宅のPRが入ってますね。マンションが建つときには、必ず美術博物館か、あるいはとなりの谷崎記念館が写っています。市役所なんて載ってません。文化施設としての当館か谷崎記念館が、ある意味で地価評価のひとつの規準になっているのではないでしょうか。入館料収入の問題もありますが、長期的展望のもとに、そういうことも充分考慮すべきでしょう。
私どもは美術博物館という、複合施設です。ただ本来は、ミュージアム=博物館ということばの中に、美術館も、植物園も、動物園のようなものもすべて含まれていて、博物館の前に美術が付いているのは、語義的にも気持ち悪いことなんです。
郷土史料の重要性は先に申したとおりですが、ただこれらは世界に向けて発信しても、さほど意味はありません。一方、美術部門の小出楢重や「具体」も、そういう歴史的な経緯の延長線上にあり、歴史的にも地域的にも、切り離せないものです。とりわけ「具体」は、世界に向けて発信する武器になるし、またそうでないと、この美術博物館の存在する意味がありません。
一番問題だと思うのは、予算がないからゼロ、中間が全く欠けていることです。まず検討の場に戻したうえで、皆さまのご意見もいただきながら話を進めないと、ゼロ回答を前提とした議論は全くナンセンスです。その場合でも、企画内容と、絶対不可侵の郷土史料はそれぞれ別問題ですから、クリアーにしたうえで議論せねばならないでしょう。もし民間が入るとしても、事業費等の部分で考えるべきで、土地建物や、いわゆるランニングコスト等の必要最低限は行政が負担せねばならないと思います。
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V-B. ミュージアム=人


中谷:ともすると議論から抜け落ちかねない部分、それは学芸員の役割です。
現在の日本において、一年間に何万点、何十万点という美術作品が創られていますが、そのほとんどが、やがて失われてしまいます。その中から、せめてこの1点だけは、と選んで、人類のために残していく。寄贈品についても、ランニングコストの関係ですべてを収蔵できませんから、歴史的に後世に残す価値があるものを選んで保管し、活用する。それが学芸員という専門職の仕事なのです。ですから民間委託の場合、注意しなければならないのは、箱があって、作品もまぁ何とかなったと。しかし学芸員がいなくなったら、美術館はただの箱になってしまいます。作品も活用できません。死んでしまいます。
多くの一般市民が、「具体」は難しい、わからないというかも知れません。実は、日本の学校教育にはたいへん大きな欠点があって、実技に比べて、観賞教育が非常に乏しいのです。例えばニューヨークの近代美術館には、現代美術がいっぱい並んでいます。高齢者をはじめ、けっこう大勢みに来ます。なぜかというと、子どもの時から鑑賞教育がなされているからなんです。子どものときに習った抽象絵画が懐かしくて、死ぬまで愛好するという、そういう教育が欠けているので、日本の場合は抽象芸術がなかなか理解されにくいのです。しかしこれは学芸員、あるいは学校教育も含めて、取り組んでいかねばならない問題だと思います。
学芸員とごく一部の人だけが「具体」を評価し、あとのひとたちはわからない。この場合、多数決ではぜんぜん話にならない。そんなものは捨ててしまえ、となります。しかし、ここで学芸員の「専門性」を見過ごしてはなりません。音楽の場合、例えばクラシック音楽をわからない人はいっぱいいますが、バッハやベートーベンが議会で問題になりはしません。ところが美術品になると、途端に問題が出てくるんです。美術は比較的市民が参加、発言しやすい領域ですから、逆にいろんな意見が出ます。私は、そこをプラスに変えていかなければならないと思うんです。「具体」にしても、学芸員の「専門性」によって評価されてきたのです。「具体」をわからないという人も、もう一度ここで専門家の意見に耳を傾けることが必要です。やはり訓練しないとみえてこない、わからない世界はあって、それを担っているのが学芸員という職業なんです。
先ほどアカデミックなものと市民が親しめるものの両方が必要だといわれました。私も同感で、ひろい意味で教育普及活動は大事だと思います。しかし、教育普及を行うためには、その根底にやはりアカデミックな学問体系が必要です。そして美術批評を行い、作品を評価する学芸員がいないと、美術館としては非常に困ることになるのです。歴史資料、美術資料も基本的には同じですが、美術の場合、なかなか一般の人に理解しにくい部分があって、それは感性の部分がすごく大きいからです。国際的な音楽コンクールで、1位と2位の奏者の微妙な音の違い、これは一般の人には判断できません。特殊な耳を持った審査員だからこそ可能なんですね。美術作品の評価についても、実はそれと同じことを学芸員が行っている、それをご理解いただきたいと思います。

増谷:日本の美術館や音楽ホール、公会堂ですが、それこそバブルの頃には、なんでもいいからどんどん建てて、その後お金がなくなったから、はい、やめと。芦屋市の場合も同様で、やめられたら困るので、能力のある市民が落とし所を考えないといけない。確かにその通りなんですが、こういうものを計画した責任追及はある程度しないと、市は同じ過ちを繰り返すと思います。
民間委託ですが、そんなに簡単にお金にならないものを引き受けるところはないでしょう。一方、民間と行政との連携ですが、それこそ典型的な第三セクターの問題、また赤字が出ました、ということになりかねない。

広瀬:古文書のような資料がいっぱいあることは素晴らしいと思うんですが、集客力には乏しい。やはり魅力のある展覧会をすることで、人がいっぱい集まるんじゃないでしょうか。芦屋には、コレクターもたくさんおられますし、そういう方たちを巻き込んだり、わたしの近所にも、サントリーホールをずっと運営されていた館長さんがお住まいで、そういう方の知恵ももっと活かしたほうがいい。民間人のお金じゃなくて、知恵をもっと借りて、活性化を考えることも必要ではないでしょうか。

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VI. 結び


柿木:民間委託の場合は、事業費などを民間企業に負担してもらう。市立として存続させる場合は、それを市民が負担する。いずれにしても、負担する人たちが何らかの利益なり、魅力を感じないと、根本的には救えないのではないか、というのが皆さんに共通した問題意識ではないかと思います。学芸員の役割、教育の役割、それからいろいろな企画、運営のアイデア。またボランティアのような形で、運営費を労働で負担するアイデアもでましたが、なかなか短い時間で具体的を結論を出すのは難しいでしょう。このワーキンググループの基本的なテーマは、どうしたらこの美術博物館が魅力的になるか、という話題で、やはりそこへ問題が還ってきたようです。

大森:今日は本当に落ち着いた、いい会でしたが、それだけに市関係者が誰一人来られてないのが残念です。どうも芦屋市は、市民の声をあまり重視されず、これだけ新聞で報道されたり、我々が発言しているにもかかわらず、「馬の耳に念仏」というのが、現在までの正直な感想です。
具体的な例を申しますと、現館長は3月31日で退任します。4月1日からの新館長について、いったい誰がなるのかわからない。10日前ですよ。市立美術博物館の館長人事について、4月1日当日まで知らされないなんて、今回は市民がもっと怒っていいことではないでしょうか。行政の慣例なのかもしれませんが、この2年は、この館にとって一番大切な、特別なものでしょう。誰が館長をやるかということは、大問題だと思うんですが。
放っておけば、市民を軽視したまま続けられるのではないかという危惧はありますが、広瀬さんの仰せのとおり、けんかはいたしません。今日は本当にありがとうございました。

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