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私の好きな万葉秀歌

 

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万葉秀歌500選

第一巻   32

第二巻   40

第三巻   43

第四巻   34

第五巻   20

第六巻   18

第七巻   24

第八巻   40

第九巻   13

第十巻   21

第十一巻   26

第十二巻   12

第十三巻    9

第十四巻   29

第十五巻   11

第十六巻   25

第十七巻   12

第十八巻   14

第十九巻   15

第二十巻   19

   (柿本人麻呂像)

480回にわたる「日めくり万葉集」にご出演いただいた選者の方々は、168人。そして、その選者の皆さんが選んだ歌の数は、457首に上り、万葉集に収められている4516首の1割を超えました。この457首の万葉秀歌は、わが国の文化人が選んだ、テレビ版「万葉集アンソロジー(選集)」と言っても過言ではありません。

今回選ばれた秀歌の数が多いか、少ないかは議論のあるところですが、この457首では紹介できなかった秀歌が、万葉集にはまだまだ残っているのも確かです。

そこで、今回は選ばれなかった歌の中から、専門家の目から見て、これだけは外すわけにはいかないという万葉秀歌を、番組のレギュラー選者で監修及び監修協力をお願いした、藤原茂樹、坂本信幸、森陽香の三人の先生方に、選んでいただき、合わせて、全部で500首の万葉秀歌のリストを作成いたしました。(現在工事中)

言わば、「日めくり万葉集」が選んだ「万葉秀歌500選」です。

500選」には、その歌の作者名はもちろんですが、それを選んだ選者のお名前と歌の口語訳も付いています。その口語訳は、原則として、奇数巻が坂本信幸、偶数巻が藤原茂樹の両監修者によりますが、監修者ご自身、及び森陽香、中西進両氏の選歌については、それぞれの訳によっています。なお、歌の冒頭に付いている歌番号は、旧国歌大観番号です。

 

「日めくり万葉集」が選んだ

「万葉秀歌500選」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ 第 一 巻 ◇

 

1 雄略天皇 籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に  林望
菜摘ます児 家告らせ 名告らさね そらみつ 大和の国は 森浩一
押しなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそ居れ 我こそば 辰巳琢郎
告らめ 家をも名をも
【口語訳】
籠もよい籠を持ち 土を掘るヘラもよいヘラを持って 
この私の丘で若菜を摘んでいらっしゃる娘さん あなたの家をおっしゃい 
名を名乗ってくださいな
大和の国は 押しなびかすように すっかり私が治めている 
敷きなびかすように 隅々まで私が支配している 私こそは名乗ろう 
家をも名をも
2 舒明天皇 大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 絹谷幸二
国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ立ち立つ
うまし国そ あきづ島 大和の国は
【口語訳】
大和にはたくさんの山があるけれど なかでもとりわけ美しい
天の香具山の上に 登り立って国見をすると 広い平野にはかまどの煙が
あちこちから立ち上り 海原にはカモメが盛んに飛び立っている
ほんとうによい国だ この大和の国は
3 中皇命 やすみしし 我が大君の 朝には 取り撫でたまひ 夕には い寄り立たしし  半藤一利
みとらしの 梓の弓の 中弭の 音すなり 朝狩に 今立たすらし 夕狩に 今立たすらし みとらしの 梓の弓の 中弭の 音すなり
【口語訳】
やすみしし  我が大君が 朝には手に取ってお撫でになり  夕には傍(そば)にお立ちになっていらした  ご愛用の梓の弓の中弭の音が聞こえます  朝狩に今お発ちになられるらしい  夕狩に今お発ちになられるらしい  ご愛用の梓の弓の中弭の音が聞こえます
4 中皇命 たまきはる 宇智の大野に 馬並めて 朝踏ますらむ その草深野 大矢鞆音
【口語訳】
(たまきはる)宇智の大野に馬を並べて この朝 踏み立てていらっしゃるであろう その草深い野よ 
7 額田王 秋の野の み草刈り葺き 宿れりし 宇治の都の 仮廬し思ほゆ 森浩一
【口語訳】
秋の野の美しい草を刈って屋根にふき 旅宿りをした 宇治の都の
仮のいおりが思い出されます
8 額田王 熟田津に 舟乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな 王源
【口語訳】 辰巳琢郎
熟田津(にきたつ)で 船出しようとして月の出を待っていると
月も出 幸い潮も満ちて来た さあ今こそこぎ出そう
13 中大兄皇子 香具山は 畝傍ををしと 耳梨と 相争ひき 神代より かくにあるらし  平野啓子
古も 然にあれこそ うつせみも 妻を 争ふらしき
【口語訳】
香具山は畝傍山を取られるのが惜しいと 耳梨山と争いあった 神代から このようであるらしい 昔もそうだったからこそ 今の世の人も 妻を取り合って争うのであるらしい 
14 中大兄皇子 香具山と 耳梨山と あひし時 立ちて見に来し 印南国原 野村明雄
【口語訳】
香具山と耳梨山とが妻争いをしたとき 阿菩(あぼ)の大神が 立ちあがって
見に来たという 印南国原(いなみくにはら)だ ここは
15 中大兄皇子 わたつみの 豊旗雲に 入り日見し 今夜の月夜 清く照りこそ アレックス・カー
【口語訳】
海の神がたなびかす ゆったりと広がる旗雲(はたぐも)に
入り日を見た今夜の月は 清く照り輝いてほしい
16 額田王 秋山の  木の葉を見ては  黄葉をば  取りてそしのふ  青きをば  置きてそ嘆く  森陽香
そこし恨めし  秋山そ我は(抜粋)
冬ごもり  春さり来れば  鳴かざりし  鳥も来鳴きぬ  咲かざりし  花も咲けれど 
山をしみ  入りても取らず  草深み  取りても見ず
【口語訳】
秋山の木の葉を見るときは 色づいた葉を折りとって愛(め)で まだ青い葉はそのまま置いてため息をつく そう そこだけが残念 秋山です 私は (抜粋)
春がやってくると 鳴かなかった鳥も 来て鳴く 咲かなかった花も咲くけれども 山が茂っているので  入って取りもしないし 草が深いので 手にとって見ることもしません
18 額田王 三輪山を 然も隠すか 雲だにも 心あらなも 隠さふべしや 鈴木寛治
【口語訳】
三輪山を  なんでそんなにも隠すのか  せめて雲だけでも  
思いやりがあってほしい 隠したりしてよいものか
20 額田王 あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る 檀ふみ
【口語訳】 安野光雅
紫草の生える 御料地の野をいらっしゃるあなた 野の番人に見られて 東儀秀樹
しまいますよ  そんなに袖を振って私をお誘いになっては 森陽香
21 大海人皇子 紫の にほへる妹を 憎くあらば 人妻故に 我恋ひめやも 里中満智子
【口語訳】 朱捷
紫草の花のように美しいあなたを 憎いと思ったら 人妻であるのに 
どうして恋しく思いましょうか
24 麻続王 うつせみの 命を惜しみ 波に濡れ 伊良虞の島の 玉藻刈り食む フランソワーズ・
【口語訳】 モレシャン
この世のはかない命惜しさに  波に濡れながら  伊良虞の島の玉藻を
刈って食べているのです 
27 天武天皇 淑き人の 良しとよく見て 良しと言ひし 吉野よく見よ 良き人よく見 安田暎胤
【口語訳】
昔のよい人が よいところだとよく見て よいと言った 
この吉野をよく見なさい 今のよい人よ よく見なさい
28 持統天皇 春過ぎて 夏来るらし 白たへの 衣干したり 天の香具山 武田佐知子
【口語訳】 リービ英雄
春が過ぎて 夏が来たらしい 真っ白な衣が干してある 天の香具山には
31 柿本人麻呂 楽浪の 志賀の大わだ 淀むとも 昔の人に またも逢はめやも 梅原猛
【口語訳】
楽浪(ささなみ)の志賀の入江は 流れることなく淀んでいても
昔の人に再び会うことができようか
32 高市黒人 古の 人に我あれや 楽浪の 古き都を 見れば悲しき 城之内ミサ
【口語訳】
私はいにしえの人なのだろうか  いや そうではない
なのに 楽浪(ささなみ)の古い都を見ると悲しい
37 柿本人麻呂 見れど飽かぬ 吉野の川の 常滑の 絶ゆることなく またかへり見む 原武史
【口語訳】
見ても見飽きることのない吉野の川の常滑のように  絶えることなく  
またやってきて、この滝の都を見よう
38 柿本人麻呂 やすみしし 我が大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 激つ河内に 山下純司
高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば (中略) 
行き沿ふ 川の神も 大御食に 仕へ奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち
下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも (抜粋)
【口語訳】
我が大君が 神であられるままに神らしく振る舞われるとて 
吉野川の水の流れの激しい谷あいに 高殿を高々とお造りになり 
登り立って国見をなさると(中略)
宮殿に沿って流れる川の神も 天皇のお食事に奉仕しようと 
上の瀬で鵜飼いを催し 下の瀬に小網(さであみ)を張り渡している
山や川の神までも心服してお仕えする神の御代であることよ(抜粋)
40 柿本人麻呂 あみの浦に 舟乗りすらむ 娘子らが 玉裳の裾に 潮満つらむか 原武史
【口語訳】
あみの浦で船に乗っているであろう乙女たちの  美しい裳の裾に  今ごろは潮が満ちていることだろうか
42 柿本人麻呂 潮さゐに 伊良虞の島辺 漕ぐ船に 妹乗るらむか 荒き島廻を 林英哲
【口語訳】
潮の騒ぐ折 伊良虞(いらご)の島辺を漕ぐ船に あの娘も乗っているだろうか
波の荒い 島の周りなのに
48 柿本人麻呂 東の 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月傾きぬ 細川護熙
【口語訳】 ジェニ・ワキサカ
東の野に 陽炎の立つのが見えて 振り返って見ると 月は西に傾いている
51 志貴皇子 采女の 袖吹き返す 明日香風 都を遠み いたづらに吹く 絹谷幸二
【口語訳】
采女の袖を吹き返す明日香風は 都が遠いので むなしく吹いている
54 坂門人足 巨勢山の つらつら椿 つらつらに 見つつ偲はな 巨勢の春野を 中村扇雀
【口語訳】
巨勢山のつらつら列なる椿の木 つらつら見ながら偲ぼうよ
椿の花咲く巨勢の春野を
58 高市黒人 いづくにか 舟泊てすらむ 安礼の崎 漕ぎたみ行きし 棚なし小舟 大岡信
【口語訳】
今ごろ どこに舟泊まりをしているのであろうか
安礼(あれ)の崎を こぎめぐって行った あの舟棚もない小さな舟は
63 山上憶良 いざ子ども 早く日本へ 大伴の 三津の浜松 待ち恋ひぬらむ 市川森一
【口語訳】
さあ  みんな  早く日本へ帰ろう  出立の地の大伴の三津の浜松 
ああそのマツではないが  人々がが待ち焦がれていることだろう
64 志貴皇子 葦辺行く 鴨の羽がひに 霜降りて 寒き夕へは 大和し思ほゆ 岡井隆
【口語訳】 半藤一利
葦辺を泳いで行く鴨の背に霜が降って 寒い夕暮は 大和が思われる
69 清江娘子 草枕 旅行く君と 知らませば 岸の黄土に にほはさましを 朱捷
【口語訳】
旅のお方だと存じ上げていたら 岸の黄色い土で あなたの衣を染めて
差し上げましたのに
70 高市黒人 大和には 鳴きてか来らむ 呼子鳥 象の中山 呼びそ越ゆなる 金田一秀穂
【口語訳】
大和ではもう鳴いてから来たのだろうか
呼子鳥(よぶこどり)が 象(きさ)の中山を 愛しい子を呼ぶように
鳴きながら越えている
78 元明天皇 飛ぶ鳥の 明日香の里を 置きて去なば 君があたりは  片倉もとこ
見えずかもあらむ
【口語訳】
明日香の古京を後にして行ってしまったら あなたのあたりは 
見えなくなりはしないだろうか
82 長田王 うらさぶる 心さまねし ひさかたの 天のしぐれの 流れあふ見れば 中西進
【口語訳】 朝吹真理子
わびしい思いが胸をみたす 無限の空をこめて時雨の降りつぐのを見ると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ 第 二 巻 ◇

 

85 磐姫皇后 君が行き 日長くなりぬ 山尋ね 迎へか行かむ 待ちにか待たむ 池澤春菜
【口語訳】
大君が行幸(いでまし)になられて  もうずいぶんと日がたちました 
山道を辿ってお迎えに行こうか  それとも  このままじっと待っていようか
86 磐姫皇后 かくばかり 恋ひつつあらずは 高山の 岩根しまきて 死なましものを 新井満
【口語訳】
こんなに  恋して恋してばかりいないで  いっそのこと  険しい山の岩の根もとを枕に  死んでしまったほうがよいのに
87 磐姫皇后 ありつつも 君をば待たむ うちなびく 我が黒髪に 霜の置くまでに 池澤春菜
【口語訳】
このままで 君を待ちましょう 垂らしたままの 私の黒髪に 霜が置くまでも
88 磐姫皇后 秋の田の 穂の上に霧らふ 朝霞 いつへの方に 我が恋止まむ 岡井隆
【口語訳】
秋の田の稲穂の上にぼうっとかかっている朝かすみがどこかに消え散るように
いつか私の恋心は霧散するのだろうか とても消えそうにない
95 藤原鎌足 我はもや 安見児得たり 皆人の得かてにすといふ安見児得たり 井筒和幸
【口語訳】
どうだ このおれはな 安見児を手に入れたぞ 誰もが皆 手に入れかねているという評判の安見児を おれは手に入れたぞ
96 久米禅師 み薦刈る 信濃の真弓 我が引かば うま人さびて 否と言はむかも 森村誠一
【口語訳】
み薦刈る信濃で作った弓を引くように わたしが強く引き寄せたら 
あなたは高貴な方らしく 「だめ」と おっしゃるのでしょうか
97 石川郎女 み薦刈る 信濃の真弓 引かずして 強ひさるわざを 知るといはなくに 森村誠一
【口語訳】
(み薦刈る) 信濃の弓を引くように 引きもしないで 強作留ことを ご存知というわけでもないのに(小学館)
103 天武天皇 我が里に 大雪降れり 大原の 古りにし里に 降らまくは後 小島ゆかり
【口語訳】 東儀秀樹
おまえはうらやましがるだろうな 私の住む里には こんなに大雪が降ったぞ 池澤春菜
そちらの大原の古びた里に雪が降るのは しばらく先になるだろうからね
104 藤原夫人 我が岡の ?に言いひて 降らしめし 雪の摧だけし そこに散ちりけむ 池澤春菜
【口語訳】
大雪が降ったとたいへんご自慢ですが その雪は私が住むこの岡の龍神に命じて 降らせた雪 その砕けた ほんの欠片(かけら)が あなたのもとに飛び散っただけでしう
105 大伯皇女 我が背子を 大和へ遣ると さ夜ふけて 暁露に 我が立ち濡れし 浅見宣義
【口語訳】 立松和平
弟を大和へ送り返そうとして 夜がふけ 暁の露に 
わたくしは立ち濡れてしまった
106 大伯皇女 二人行けど 行き過ぎ難き 秋山を いかにか君が ひとり越ゆらむ 浅田次郎
【口語訳】
二人で出かけても行き過ぎにくい寂しい秋の山道を 弟よ 
今ごろどんな風に 君はただ独りで越えているのであろうか
107 大津皇子 あしひきの 山のしづくに 妹待つと 我立ち濡れぬ 山のしづくに 安野光雅
【口語訳】
山のしずくに いとしいお前が来るのを待って 立ちつくしたまま 
俺はずいぶんとぬれた その山のしずくに
113 額田王 み吉野の 玉松が枝は 愛しきかも 君が御言を 持ちて通はく 藤原茂樹
【口語訳】
み吉野の玉松の枝は なんともかわいいことよ 
わたしの大事なお方の言葉を携えて やってくるのがかわいいじゃないか
114 但馬皇女 秋の田の 穂向きの寄れる 片寄りに 君に寄りなな 言痛くありとも 新妻聖子
【口語訳】
秋の田の稲穂の向きが 一方に片寄るように 
そんな風にあなたにばかり寄り添いたいのです どんなに人のうわさがきつくても 
116 但馬皇女 人言を 繁み言痛み 己が世に いまだ渡らぬ 朝川渡る 里中満智子
【口語訳】
人の噂がうるさく身に突き刺さって 生まれてからまだ渡ったことのない
朝の川を渡る
117 舎人皇子 ますらをや 片恋せむと 嘆けども 醜のますらを なほ恋ひにけり 里中満智子
【口語訳】
立派なますらおが 届かぬ片思いなんかするものではないと嘆いてみるけれど
みっともないこのますらおは それでも恋してしまっている 我ながら情けない
123 三方沙弥 たけばぬれ たかねば長き 妹が髪 このころ見ぬに 掻き入れつらむか 森博達
【口語訳】
取り上げて束ねようとすると、するりとほどけ、束ねないと長すぎる、あなたの髪は、近頃見ない間に、誰かが、櫛で整えて結い結いあげてしまっただろうか。
129 石川郎女 古りにし 嫗にしてや かくばかり 恋に沈まむ 手童のごと 森まゆみ
【口語訳】
つかい古したお婆さんなのに まあどうしたことでしょう 
これほど恋に没頭するなんて まるで幼子みたい
131 柿本人麻呂 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし来れば この道の 吉増剛造
八十隈ごとに 万度 かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ
いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひしなえて 偲ふらむ
妹が門見む なびけこの山 (抜粋)
【口語訳】
渚に寄せる美しい海藻(も)が揺れてからみあうように寄り添って寝たあの人を
露霜の置くように置きざりにして来たので この道のたくさんの曲がり角を
通るたびに 何度も何度も振り返って見るが
そのうちだんだんあの人の里は遠ざかってしまった
だんだん高く山も越えて来てしまった
いまごろ夏の日差しでしぼんでしまう草みたいにしょんぼりしてしまって
わたしをしのんでいるだろうな
ああ その愛しい人の門(かど)を見たいのだ なびいて低くなってしまえ
この山よ (抜粋)
133 柿本人麻呂 笹の葉は み山もさやに さやげども 我は妹思ふ 別れ来ぬれば 立松和平
【口語訳】
笹の葉は山一面にさわさわとざわめくが その音にも紛れないで 
私は一途に妻を思う  別れてきたのだから
140 依羅娘子 な思ひそと 君は言ふとも 逢はむ時 いつと知りてか 我が恋ひざらむ 村治佳織
【口語訳】
そんなに思い悩むなと あなたは言うけれど 
再びお会いできる日をいつと知って 私は恋せずにいたらよいのでしょうか
それがあまりに不確かなので 恋せずにはいられないのです
141 有間皇子 磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば またかへり見む 森浩一
【口語訳】 藤原茂樹
いま 磐代の浜の松の枝を引き結ぶ もし 願いが通じ命が無事ならば
また ここに戻り松を見よう
142 有間皇子 家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る 町田康
【口語訳】
家にいると 美しい器に盛るご飯を 旅の途中なので 思うにまかせず 
椎の葉に盛ることだ
147 倭大后 天の原 振り放け見れば  大君の 御寿は長く 天足らしたり 岡野弘彦
【口語訳】
天空を振り仰いで見ると わが大君の御寿命(おいのち)は どこまで長く延び 広い空に満ち満ちております
148 倭大后 青旗の 木幡の上を 通ふとは 目には見れども 直に逢はぬかも 山折哲雄
【口語訳】
青々と旗のように茂る木幡の山の上を 大君の魂が抜け出して 
行きつ戻りつすることは 目には見えるけれど 直にはお逢いできないことだ
151 額田王 かからむと かねて知りせば 大御舟 泊てし泊まりに 標結はましを 大友直人
【口語訳】
こうなるであろうとあらかじめ知っていたなら 大君の御船が停泊した港に 
標縄を張りめぐらせておけばよかったのにな
158 高市皇子 山吹の 立ちよそひたる 山清水 汲みに行かめど 道の知らなく 里中満智子
【口語訳】
山吹が美しく咲き匂い立つ山の清水を 汲みに行きたいけれど
その道が分からないのだ
161 持統天皇 北山に たなびく雲の 青雲の 星離れ行き 月を離れて 福岡伸一
【口語訳】
北山にたなびいている雲 その青い雲は 今まさに 星を離れて行き 
月を離れて行く
165 大伯皇女 うつそみの 人なる我や 明日よりは 二上山を 弟と我が見む 俵万智
【口語訳】 里中満智子
この世の人である私は 明日からは 二上山を弟として見るのでしょうか
166 大伯皇女 磯の上に 生ふるあしびを 手折らめど 見すべき君が ありといはなくに 川本喜八郎
【口語訳】 檀ふみ
岩の上に生えている馬酔木を 折りとってもみようが 
でも お見せしようとする方が生きているとは 誰もいわないので。
203 穂積皇子 降る雪は あはにな降りそ 吉隠の 猪養の岡の 寒からまくに 緒川たまき
【口語訳】
降る雪は たんと降るではないぞ 吉隠の猪養の岡に眠る皇女が寒いだろうから
207 柿本人麻呂 我が恋ふる 千重の一重も 慰もる 心もありやと 我妹子が  ドナルド・キーン
止まず出で見し 軽の市に 我が立ち聞けば 玉だすき 
畝傍の山に 鳴く鳥の 声も聞こえず 玉桙の 道行き人も 
ひとりだに 似てし行かねば すべをなみ 妹が名呼びて 
袖そ振りつる (抜粋)
【口語訳】
私の恋の想いが千に一つでも和らぐかと 我が妻がよく出かけて見ていた
軽の市(かるのいち)にたたずみ 耳を澄ましても畝傍山に
鳴く鳥の声も聞こえない 道行く人に妻に似た人もいない 
もう何をどうしてよいかわからなくなって 思わず妻の名前を叫び 
あてもなく袖を振り続けた
208 柿本人麻呂 秋山の 黄葉を繁み 惑ひぬる 妹を求めむ 山路知らずも 井上博道
【口語訳】 ロバート・キャンベル
秋の山の黄葉が茂っているために 道に迷い帰るに帰れないでいる妻
そのいとしい妻を探し求めたいのだが おれにはその山道がわからないのだ
211 柿本人麻呂 去年見てし 秋の月夜は 照らせども 相見し妹は いや年離る 加賀乙彦
【口語訳】
去年見ていた秋の月は今も照っているというのに 一緒に月を見た妻は
年月とともにいよいよ遠ざかってゆく
212 柿本人麻呂 衾道を 引手の山に 妹を置きて 山道を行けば 生けりともなし 浅見宣義
【口語訳】
衾道(ふすまじ)を 引手の山の中にいとしい人を葬って 山道を帰っていくと 
もう俺には生きているという実感がない
218 柿本人麻呂 楽浪の 志賀津の児らが 罷り道の 川瀬の道を 見ればさぶしも 井上章一
【口語訳】
楽浪の志賀津の采女が この世を去って行った川瀬の道を見ると 
さびしくてならない
220 柿本人麻呂 名ぐはし 狭岑の島の 荒磯面に 廬りて見れば 波の音の  リービ英雄
繁き浜辺を しきたへの 枕になして 荒床に ころ伏す君が 
家知らば 行きても告げむ 妻知らば 来も問はましを 玉桙の 
道だに知らず おほほしく 待ちか恋ふらむ 愛しき妻らは (抜粋)
【口語訳】
名前の美しい狭岑(さみね)の島の 荒磯の上に
仮寝の小屋を作ってふと見ると 波の音のとどろく浜辺を枕にして 
荒々しい石の床に横たわっている人の その家がわかれば行って
知らせもしよう  妻が様子を知ったら 来て尋ねもするだろうに 
ここへの道さえ知らず 心も晴れず 帰りを待ち焦がれているだろう 
いとしい妻は
225 依羅娘子 直の逢ひは 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲はむ 岸本葉子
【口語訳】
じかに逢おうとしても 逢えないでしょう 石川に雲よ 一面にかかっておくれ
それを形見と見ながら あなたを偲びましょう
230 笠金村歌集より 高円山に 春野焼く 野火と見るまで 燃ゆる火を 何かと問へば 河鹹照
玉桙の 道来る人の 泣く涙 こさめに降れば 白たへの 
衣ひづちて (中略) 語れば 心そ痛き 天皇の 神の皇子の 
出でましの 手火の光そ そこば照りたる (抜粋)
【口語訳】
高円山(たかまとやま)で 春に野を焼く野火かと見間違うほど
盛んに燃える火を 「あれは何だ」と尋ねると 道を来る人は 
涙を小雨のように降らせるので 白たえの着物はぐっしょり濡れて(中略)
わけを話すと心が痛い あれは天子様のお子 
尊い神のお子様のご葬列を照らす たいまつの火が 
あんなにもたくさん照っているのです
231 笠金村歌集より 高円の 野辺の秋萩 いたづらに 咲きか散るらむ 見る人なしに 日高敏隆
【口語訳】
高円(たかまと)の野辺の秋萩は 何のかいも無く咲き
今や散るのであろうか 見るはずの人もないままに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ 第 三 巻 ◇

 

235 柿本人麻呂 大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に 廬りせるかも 市川亀治郎
【口語訳】 杉本博司
天皇は神でいらっしゃるので 天雲の 雷の上に 仮宮を造っていらっしゃる
251 柿本人麻呂 淡路の 野島の崎の 浜風に 妹が結びし 紐吹き返す 冷泉為人
【口語訳】
淡路の野島の崎の浜風に 妻が結んでくれた着物の紐を吹き返させている
253 柿本人麻呂 稲日野も 行き過ぎかてに 思へれば 心恋しき 加古の島見ゆ 冷泉為人
【口語訳】
稲日野も素通りしかねる思いでいるところに 心恋しい加古の島が見えてきた
254 柿本人麻呂 燈火の 明石大門に 入らむ日や 漕ぎ別れなむ 家のあたり見ず 桂文珍
【口語訳】
明石海峡に船が入ってゆく日には 大和とも漕ぎ別れることであろうか
家の辺りを見ることもなく 
255 柿本人麻呂 天ざかる 鄙の長道ゆ 恋ひ来れば 明石の門より 大和島見ゆ 佐高信
〈一本に云ふ「家のあたり見ゆ」〉 冷泉為人
【口語訳】
地方からの長い道のりを 恋しく思いながらやって来ると 明石の海峡から 
大和の山々が見える
264 柿本人麻呂 もののふの 八十宇治川の 網代木に いさよふ波の 行くへ知らずも 福岡伸一
【口語訳】
八十宇治川の網代木に さえぎられていざよう波の 行方が分らないことよ
266 柿本人麻呂 近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ 森博達
【口語訳】
近江の海の夕波千鳥よ おまえが鳴くと 心もしみじみと昔のことが思われる
267 志貴皇子 むささびは 木末求むと あしひきの 山の猟師に あひにけるかも 安野光雅
【口語訳】
むささびは梢に登ろうとして 山の猟師に見つかってしまったよ
270 高市黒人 旅にして もの恋しきに 山下の 赤のそほ舟 沖に漕ぐ見ゆ 片倉もとこ
【口語訳】
旅にあって なんとなく恋しい思いでいる折しも 
山すそにいた朱塗りの船が沖に向かってこいで行くのが見える
271 高市黒人 桜田へ 鶴鳴き渡る 年魚市潟 潮干にけらし 鶴鳴き渡る 岡井隆
【口語訳】
桜田の方へ鶴が鳴きながら飛び渡って行く
年魚市潟(あゆちがた)では潮が引いたらしい 鶴が鳴きながら飛び渡って行く
275 高市黒人 いづくにか 我が宿りせむ 高島の 勝野の原に この日暮れなば 立松和平
【口語訳】
どこでわたしは宿ろうか 高島の勝野の原でこの日が暮れてしまったら
289 間人大浦 天の原 振り放け見れば 白真弓 張りて掛けたり 夜道は良けむ 海部宣男
【口語訳】
大空を振り仰いで見ると 白木の弓に 弦を張ったような半月がかかっている
きっと夜道は良いだろう
296 田口益人 廬原の 清見の崎の 三保の浦の ゆたけき見つつ 物思ひもなし 原武史
【口語訳】
盧原の清見の崎の三保の浦の ゆったりとした海を見ていると 
何の物思いもない
302 安倍広庭 児らが家道 やや間遠きを ぬばたまの 夜渡る月に 競ひあへむかも 緒川たまき
【口語訳】
あの子の家までの道のりはちょっと遠いが (ぬばたまの)夜空を渡る月より早く行き着けるだろうか 
310 門部王 東の 市の植木の 木垂るまで 逢はず久しみ うべ恋ひにけり 坂本信幸
【口語訳】
東の市の並木の枝が垂れ下がるようになるまで 久しくあなたに逢わないので 
なるほど恋しくなるのももっともだ
317 山部赤人 天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 富士の高嶺を  山折哲雄
天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の  新井満
光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 
語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ  富士の高嶺
【口語訳】
天と地が分かれた時から 神々しくて高く貴い 駿河の国にある富士の高嶺を
天空に振り仰いでみると 空を渡る太陽の姿も隠れ 照る月の光も見えない
白雲も進みかね 時を定めずいつも雪は降り積もっている
語り伝え言い継いでいこう この富士の高嶺は
318 山部赤人 田子の浦ゆ うち出でて見れば ま白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける 町田康
【口語訳】 絹谷幸二
田子の浦を通り 眺めのよいところに出て望み見ると リービ英雄
真っ白に富士の高嶺に雪が降り積もっている 大矢鞆音
319 高橋虫麻呂歌集より なまよみの 甲斐の国 うち寄する 駿河の国と こちごちの 国のみ中ゆ  平野啓子
出で立てる 富士の高嶺は 天雲も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上らず 燃ゆる火を 雪もて消ち 降る雪を 火もて消ちつつ 言ひも得ず 名付けも知らず くすしくも います神かも
【口語訳】
甲斐の国と、駿河の国との、 両方の国の真ん中から聳え立っている富士の高嶺は、天雲(あまくも)も進むのをためらい、飛ぶ鳥も飛び上がらない。燃える火を雪で消し、降る雪を火で消しつつ、言いようも名付けようもないほど、霊妙にまします神である。
328 小野老 あをによし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり 絹谷幸二
【口語訳】 リービ英雄
(あをによし)奈良の都は 咲く花が爛漫と色美しいように 今がまっ盛りです 谷村新司
331 大伴旅人 我が盛り またをちめやも ほとほとに 奈良の都を 見ずかなりなむ フランソワーズ・
【口語訳】 モレシャン
わたしの若い盛りの頃は また戻って来るだろうか そんなことはあるまい 
どうやら 奈良の都を 見ずに終わってしまうのではなかろうか
337 山上憶良 憶良らは 今は罷らむ 子泣くらむ それその母も 我を待つらむそ 真野響子
【口語訳】
憶良めは もうおいとまいたしましょう
家では子どもが泣いているでしょう それその子の母も 
私を待っていることでしょうから
338 大伴旅人 験なき 物を思はずは 一坏の 濁れる酒を 飲むべくあるらし 町田康
【口語訳】
甲斐のない物思いをするよりは いっそ一杯のにごり酒を
飲んだほうがいいようだ
343 大伴旅人 なかなかに 人とあらずは 酒壺に なりにてしかも 酒に染みなむ 桂文珍
【口語訳】
なまじっか人間でいるよりは いっそ酒壷になってしまいたいものだ 
そうしたら酒に浸っていられよう
344 大伴旅人 あな醜 賢しらをすと 酒飲まぬ 人をよく見ば 猿にかも似る 浜畑賢吉
【口語訳】
ああみっともない 賢ぶって酒を飲まない人をよく見ると 猿に似ているかなあ
345 大伴旅人 価なき 宝といふとも 一坏の 濁れる酒に あにまさめやも 小泉武夫
【口語訳】
値のつけようがないほど貴い宝といっても 1杯の濁り酒にどうして勝ろうか
348 大伴旅人 この世にし 楽しくあらば 来む世には 虫に鳥にも 我はなりなむ 小泉武夫
【口語訳】 竹内整一
この世でさえ楽しかったら 来世では 虫にでも鳥にでも 私はなってしまおう 柿沼康二
349 大伴旅人 生ける人 つひにも死ぬる ものにあれば 今在る間は 楽しくをあらな 福岡伸一
【口語訳】 竹内整一
生きている人はいずれは死ぬものなのだから 
この世にいる間は楽しく過ごしたいものだ
350 大伴旅人 黙居りて 賢しらするは 酒飲みて 酔ひ泣きするに なほ及かずけり 井筒和幸
【口語訳】
黙っていてかしこぶっているのは 酒を飲んで 酔い泣きをするのに 
やっぱり及ばないことだ
351 沙弥満誓 世間を 何に喩へむ 朝開き 漕ぎ去にし船の 跡なきごとし アレックス・カー
【口語訳】
世の中を何にたとえたらいいだろうか
それは 朝早く港を漕ぎ出て行った船の航跡が 何も残っていないようなものだ
365 笠金村 塩津山 うち越え行けば 我が乗れる 馬そつまづく 家恋ふらしも 小島ゆかり
【口語訳】
塩津山を越えて行くと 私の乗っている馬がつまづく
家の者が私を恋しく思っているらしい
379 大伴坂上郎女 ひさかたの 天の原より 生れ来る 神の命 奥山の さかきの枝に 藤原茂樹
しらか付け 木綿取り付けて 斎甕を 斎ひ掘り据ゑ 鹿じもの
膝折り伏して たわやめの おすい取りかけ かくだにも
我は祈ひなむ 君に逢はじかも (抜粋)
【口語訳】
ひさかたの 天の原から 命を受け継いだ祖先の神よ
山奥の榊の枝に白く清らかな印を付けて 神聖な甕を据え
鹿のように膝を折って伏し 神に仕える私は 神聖な衣を
着けてこんなにもお祈りしています
先祖の神よ あなたにお逢いできないのでしょうか
394 余明軍 標結ひて 我が定めてし 住吉の 浜の小松は 後も我が松 武田双雲
【口語訳】
標(しめ)を結って私のものと定めておいた住吉の浜の小松は 
後々も私の松だ
415 聖徳太子 家にあらば 妹が手まかむ 草枕 旅に臥やせる この旅人あはれ 立松和平
【口語訳】 大野玄妙
家にいたならば 妻の手枕で休むだろうに 旅先で倒れているこの旅人は 金剛利隆
ああ いたわしい
416 大津皇子 百伝ふ 磐余の池に 鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠りなむ 浅田次郎
【口語訳】 井上博道
磐余(いわれ)の池に鳴いている鴨を 今日を限りと見て
私は雲に隠れ去って死んで行くのか
430 柿本人麻呂 やくもさす 出雲の児らが 黒髪は 吉野の川の 沖になづさふ 市川森一
【口語訳】
やくもさす 出雲のおとめの黒髪は、吉野の川の沖に漂っている。
435 河辺宮人 みつみつし 久米の若子が い触れけむ 磯の草根の 枯れまく惜しも 吉増剛造
【口語訳】
みつみつし 久米の若子が手を触れたという
磯の草の枯れるのが惜しいことだ
443 大伴三中 大君の 命恐み おし照る 難波の国に あらたまの 年経るまでに  香山リカ
白たへの 衣も干さず 朝夕に ありつる君は いかさまに 
思ひいませか うつせみの 惜しきこの世を 露霜の 
置きて去にけむ 時にあらずして(抜粋
【口語訳】
天皇のご命令を謹んで承って 難波の国で 年が経つまで長い間 
衣も洗い干す暇もなく 朝夕忙しくお仕えしていたあなたは 
どのように思われて 惜しいこの世をあとに残して
逝ってしまったのであろうか 死ぬべき時でもないのに
444 大伴三中 昨日こそ 君はありしか 思はぬに 浜松の上に 雲にたなびく 本田由紀
【口語訳】
昨日こそは まだ君はこの世に生きていた 思いもしないのに 
今は浜松の上に雲となってたなびいている
450 大伴旅人 行くさには 二人我が見し この崎を ひとり過ぐれば 心悲しも 大岡信
【口語訳】
太宰府に赴任する行きしなに 妻と二人で見たこの岬を 
帰りは一人で過ぎると 心悲しいことだ
452 大伴旅人 妹として 二人作りし 我が山斎は 木高く繁く なりにけるかも 町田康
【口語訳】
妻と共に二人で造った我が家の庭園は 木立も高く 
すっかり生い茂ってしまったことだ
455 余明軍 かくのみに ありけるものを 萩の花 咲きてありやと 問ひし君はも 檀ふみ
【口語訳】
このようにはかなくなられるお命でしたのに
「ハギの花は咲いているか」とお尋ねになった君は ああ
464 大伴家持 秋さらば 見つつ偲へと 妹が植ゑし やどのなでしこ 咲きにけるかも 中村桂子
【口語訳】
秋になったら 見て私を偲んでくださいと 
妻が植えた庭のなでしこの花が咲いたよ 
473 大伴家持 佐保山に たなびく霞 見るごとに 妹を思ひ出で 泣かぬ日はなし 坂本信幸
【口語訳】
佐保山にかかっている霞を見るたびに妻を思い出し 泣かぬ日はない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ 第 四 巻 ◇

 

488 額田王 君待つと 我が恋ひ居れば 我がやどの 簾動かし 秋の風吹く 俵万智
【口語訳】 大矢鞆音
大君のお出ましを心待ちにして わたしが恋の思いに胸をときめかせていますと 黛まどか
わが家の戸口のすだれを動かして 秋の風が吹いてくる 朝吹真理子
489 鏡王女 風をだに 恋ふるはともし 風をだに 来むとし待たば 何か嘆かむ 黛まどか
【口語訳】 朝吹真理子
ああ風よ 風にさえ 恋心を揺らすあなたの なんと うらやましいこと 
風の動きにさえ 「あの方が来たのかしら」と待つのでしたら 
なにも嘆くことなどないのに
497 柿本人麻呂 古に ありけむ人も 我がごとか 妹に恋ひつつ 寝ねかてずけむ 森村誠一
【口語訳】
古(いにしえ)の人も 今のわたしのように 愛しい人を想い続けて 
眠れなかったのだろうか
498 柿本人麻呂 今のみの わざにはあらず 古の 人そまさりて 音にさへ泣きし 森村誠一
【口語訳】
恋の苦悩は 今の世だけのことではないのです 
いにしえの人は今よりもっと苦しんで 声を立てて泣きさえしたのです
505 安倍女郎 今更に 何をか思はむ うちなびき 心は君に 寄りにしものを 田辺聖子
【口語訳】
いまさらに何を思うことなどありましょうか
うちなびいて わたしの心はあなたに寄り添ってしまったのですもの
506 安倍女郎 我が背子は 物な思ひそ 事しあらば 火にも水にも 我がなけなくに 見城徹
【口語訳】
あなた、そんなに独りで心配しないで 何かあったなら火にも水にも飛び込む
私というものが一緒にいるじゃありませんか。 
512 草嬢 秋の田の  穂田の刈りばか  か寄りあはば  そこもか人の  我を言なさむ 森陽香
【口語訳】 田中泯
秋の稲穂田の刈り取りの割り当てで あなたと近寄ってしまったら 
そんなことでも 人は私たちを噂にするでしょうか
521 常陸娘子 庭に立つ  麻手刈り干し  布さらす  東女を  忘れたまふな 大西巨人
【口語訳】
庭に生える麻を刈り取って干して 布を陽にさらす東女を お忘れにならないで
525 大伴坂上郎女 佐保川の 小石踏み渡り ぬばたまの 黒馬の来夜は 年にもあらぬか 坂本信幸
【口語訳】
佐保川の小石を踏み渡って あなたがお乗りの黒馬の来る夜は 
一年中でもあって欲しいものですわ
526 大伴坂上郎女 千鳥鳴く 佐保の川瀬の さざれ波 止む時もなし 我が恋ふらくは 坂本信幸
【口語訳】 上村淳之
千鳥の鳴く佐保の川瀬のさざなみのように 絶える時もありません 
私があなたに恋うることは
527 大伴坂上郎女 来むと言ふも 来ぬ時あるを 来じと言ふを 来むとは待たじ  田辺聖子
来じと言ふものを
【口語訳】
あなたは 「来よう」と言っても 来ない時があるのですもの
「来ない」と言うのを それでもひょっとしたら「来られるかも」などと 
頼みに思って待つのは やめておきましょう
「来ない」と言っているのですもの
531 海上女王 梓弓 爪引く夜音の 遠音にも 君の御幸を 聞かくし良しも 村治佳織
【口語訳】
お供の者が魔除けに梓の弓を 爪ではじく夜の音
その遠い弦の音のようにでも 君のお出ましのことをお聞き申すのは 
うれしいことでございます
559 大伴百代 事もなく 生き来しものを 老いなみに かかる恋にも 我はあへるかも 田辺聖子
【口語訳】
なんということもなく平凡に生きてきたというのに 老いなみ迫る今になり 
はっと目が覚めるような恋に 私は出会ったことよ
593 笠女郎 君に恋ひ いたもすべなみ 奈良山の 小松が下に 立ち嘆くかも 金田一秀穂
【口語訳】 川本喜八郎
あなたに恋をして どうしていいかわからなくなったから 奈良山の小松の下に
ぼんやり立ってため息ばかりついています
594 笠女郎 我がやどの 夕影草の 白露の 消ぬがにもとな 思ほゆるかも 島田修三
【口語訳】
わが家の庭の夕影草の白露のように この身も消えいるばかりに 
むしょうに思われることだ
598 笠女郎 恋にもそ 人は死にする 水無瀬川 下ゆ我痩す 月に日に異に 田辺聖子
【口語訳】
恋のために人は死にもするようです
水無瀬川(みなせがわ)の伏流水のように 
人知れず<恋する人に見られることもなく>私はやせ衰えてゆきます
月日を追うごとに
602 笠女郎 夕されば 物思ひ増さる  見し人の 言問ふ姿 面影にして 本條秀太郎
【口語訳】
夕暮れになると物思いがつのります お逢いしたあの方が 
愛のことばをささやく姿が幻に現れて
608 笠女郎 相思はぬ 人を思ふは 大寺の 餓鬼の後に 額つくごとし 川本喜八郎
【口語訳】
思ってもくれない人を思うなんて 大寺の餓鬼の後に廻って額を地につけて
拝むようなものです
625 高安王 沖辺行き 辺を行き今や 妹がため 我が漁れる 藻臥束鮒 馬場あき子
【口語訳】
沖へ行き 岸辺をたどり たった今あなたのために獲った 
藻に潜むこぶしほどの鮒です
634 娘子 家にして 見れども飽かぬを 草枕 旅にも妻と あるがともしさ テリー伊藤
【口語訳】
家の中でも見飽きないくらいすてきなのに そんな奥様と旅にもご一緒なのは
うらやましいばかりですこと
638 湯原王 ただ一夜 隔てしからに あらたまの 月か経ぬると 心惑ひぬ テリー伊藤
【口語訳】
ただの一夜、逢わなかっただけなのに 一月も過ぎてしまったかのように 
心がみだれてしまいました
661 大伴坂上郎女 恋ひ恋ひて 逢へる時だに 愛しき 言尽くしてよ 長くと思はば 田辺聖子
【口語訳】
恋して恋して やっと会えたときくらいは 
愛らしい言葉をいっぱい言いつくしてください 
私といつまでもとお思いでしたら
670 湯原王 月読の 光に来ませ あしひきの 山きへなりて 遠からなくに 和央ようか
【口語訳】
月の神が照らす光の中をお越しください 
山を隔てて遠いというほどではないのですから
671 不審作者 月読の 光は清く 照らせれど 惑へる心 思ひあへなくに 和央ようか
【口語訳】
月神の光は、なるほどさやかに輝いていますが あれこれ思い悩んでいる心では 決心がつかないのです
694 広河女王 恋草を 力車に 七車 積みて恋ふらく 我が心から 川上未映子
【口語訳】 太田治子
恋草を荷車七台に積んで引くような苦しみの恋をしているのは
そういえば自分の心から求めてしたことだった
709 豊前国の娘子大宅女 夕闇は 道たづたづし 月待ちていませ 我が背子 その間にも見む 阿刀田高
【口語訳】
夕間暮れの道は 暗くたどたどしいものでございます どうか月の上るのを待って お発ちください その間にも お顔を見ていとうございます
715 大伴家持 千鳥鳴く 佐保の川門の 清き瀬を 馬打ち渡し いつか通はむ ドナルド・キーン
【口語訳】