1.「到る」と「至る」
魏志倭人伝の中で、陳寿は「いたる」という文字を、二通り「到る」と「至る」に使い分けしています。
そして、これに関しては既に多く考察されており、私どもの出番はないように見えますが、それがそうでもなさそうなのです。
迷探偵: 何故か?
智導世津翁: 「到る」とは「到着した」という意味であり、「至る」とは「通過点」である、という風に解説してあります。ところが解説はしてあっても、それを実際に当てはめて合理的な説明をしたものを見たことがありません。智導世津翁はそうではなく、「至る」とは「もし行けば」という意味に捉えています。
何故か?
普通、地図上で、例えば鉄道路線図で「至東京」と書いてあれば、「もしこちらの方向へ行けば東京に着きます」という意味です、ならば、「至る」とは「もし行けば」という意味になるはずです。
それで?
よって、「到る」とは「実際にその場所に行った」ということであり、「至る」とは「行かないがもし行けば」という意味です。
これを仮説に設定して、これについて検証してみましょう。
| 仮説188−1 |
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| 「到る」とは「実際にその場所に行った」ということであり、「至る」とは「行かないがもし行けば」という意味である |
まずは魏志倭人伝から、「到る」と「至る」の文例を、抜き出してみます。
資料1 魏志倭人伝
從郡至倭、循海岸水行、歴韓國、乍南乍東、到其北岸狗邪韓國、七千餘里。
始度一海、千餘里至對馬國
又南渡一海千餘里、名曰瀚海。至一大國
又渡一海、千餘里至末盧國
東南陸行五百里、到伊都國
東南至奴國百里
東行至不彌國百里
南至投馬國水行二十日
南至邪馬壹國、女王之所都、水行十日、陸行一月
自郡至女王國萬二千餘里
2.仮説の証明
資料1の中で、「到る」の文例は2点です、「到其北岸狗邪韓國」と「到伊都國」の2点です。
迷探偵: 仮説188−1がもし正しいならば、魏志倭人伝一行が滞在した場所は、「狗邪韓國」と「伊都国」のみとなるがそれでよいか?
智導世津翁: その通りです!
他の国は、実際には、行っていないと言うのか?
その通りです!
迷探偵: ならば、対馬国、一大國、末廬國までの距離は、前項の方法で測定できた、伊都国は陸行で距離を測定できたとして、伊都国から先は行っていないのであるから、その先の奴国、不弥国、投馬国、邪馬壹国は、どうやって距離を測定したのか?
智導世津翁: 奴国、不弥国については、153項・154項でも考察していますが、伊都国の豊山(皿倉山)から7km先、および14km先に見えたのです。見えたから距離も測定できたのです。
距離が測定できたという証拠が、他にもあるか?
あります。
それはなにか?
奴国、不弥国は、距離を、里程で記述してあります、里程とは中国式測定法です。倭国は、距離を日数で表す、とあります。故に魏志倭人伝一行が、距離を測定したと思われるのです。
「倭国は、距離を日数で表す」とは本当か?
後の隋書に、こういう記事があります。「夷人不知里数、但計以日」、つまり、夷人(この場合倭人)は距離を里で計算せず、日で計算するとあるのです。故に投馬国、邪馬壹国への日数は、中国人が測定したのではなく、倭人から聞いた数字を記述したのです。
更に聞くが、奴国・不弥国へ行かなかった、という証拠があるか?
あります!
なにか?
「里程」の表示方法が、「伊都国」に到る以前と以後で、変化したからです。
どういう風に?
「伊都国」に到る以前は、「方角→距離→国名」という記述方法であったのが、以後は、「方角→国名→距離」という記述方法に変わったのです。
それがどうして、行かなかった証拠になるのか?
実際に行った場合は、「どちらの方角へ何km進んで何処の国へ行った」と記述し、実際に行ってない場合は、「どちらの方角に国が見えここから何km先である」、という記述方法にしたのです。
よって、伊都国より先へは行っていない、と考えます。
なるほどそれについては解った、ではここで大きな疑問があるがよいか?
はい。
もし、奴国から先へ行かなかったとしたら、卑弥呼の城についての、「宮室、楼観、城柵、嚴しく設け・・・」、という記述が、どうやってできたのか?
見えたからできたのです!
どこからどうやって?
伊都国の豊山(皿倉山)から、7km先の奴国(京都の都のある場所)に、卑弥呼の城(卑弥呼素城)が、ハッキリ見えたのです。よって、見たとおりを記述できました。
奴国の卑弥呼素城とはなにか?
アカルヒメが、韓から戻って来て着いた、日本国の「難波のヒメコソのヤシロ」であり、神功皇后の豊浦宮であり、応神天皇の豊明宮であり、ウサツヒメの「葦一騰宮=アシヒアカリ宮」です。
では、アカルヒメの、もうひとつの「国東のヒメコソのヤシロ」は何処に?
女王国すなわち邪馬壹国です。
よって仮説188−1は証明されました。
| 証明188−1 |
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| 「到る」とは「実際にその場所に行った」ということであり、「至る」とは「行かないがもし行けば」という意味である |