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里浦周遊

その姿は消えていた(2007/03/07)

北浦の虫送り

□ 豊北町郷土文化研究会誌『にぎめ』

■ 熊井清雄「北浦民俗行事 サバーさま談義」(豊北町郷土文化研究会『にぎめ(20)』2004)

…見ると藁で造った馬上姿の武者人形二体がジュンテンドウ滝部店附近の県道沿の土手に置いてあった。一見して北浦の民俗行事の一つ、虫送りの「サバーさま」であることを直感した。「これこれの昔からの行事であるから、夜分そっとどこかの田圃の畦に置いたらよい」と話した。(中略)翌朝、サバーさまは湯玉の犬啼き海岸方面を目指して旅立たれたらしく、その姿は消えていた。
虫送りの行事・北浦地方のサバー送り
…当地方ではサバーさまとかサバー送りと呼ぶことが多い。(中略)
…われわれの住む北浦一帯において、この害虫のウンカのことをサバーと呼び、古くから実盛入道とサバーさまの二つの人形が長門市の飯山神社(深川八幡宮)を七月一日に立ち、水田地帯を巡行して、西の豊浦町湯玉地方の海岸へ向って、虫送りするのがサバー送りの行事である。(中略)
サバー送りの行事
サバー送りについては「豊浦町史三 民俗編(1995)」「豊北町史二(1994)」などに紹介されている。これらを要約すると、以下のとおりである。
サバーさまと実盛の二体の藁人形は長門市東深川の飯山八幡宮において地元の有志が作る。すなわち、藁で作った馬に藁人形を乗せ、三流の幟をたてて鉦、太鼓、法螺貝でにぎやかに出陣して村境まで送り、長門市の黄波戸、日置町の古町、油谷町久富、人丸、河原、伊上を経て、豊北町粟野の水田の畦に夜分密かに巡行する。粟野からは阿川、神田、神玉を経て、二見に達するルートと粟野川沿いに南下し、中原峠から久森、神田口を経て、二見に達するルートとがあり一定しない。二見から湯玉本郷、犬鳴き峠が終点で、この断崖から「唐へ行け、唐へ行け」とはやしながら海に落として行事は終る。サバーさまが飯山八幡宮を出発し、終点の犬鳴き峠までの巡行に一ヶ月から四十日の日数を要するようである。
三流の幟には「定其禁圧之法」「為払禽獣昆虫之災」「天津祝詞乃太祝詞言」と書くらしいが、今回、これらの幟は途中で失われたのか見ることができなかった。騎馬武者人形は和紙で作った甲をかぶり、家紋を示すものであろうか「一に星」のマークがついており、禽獣と書いた紙が馬の尻尾に結んであった。(以下略)
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■ 考察

当項で使っている画像と同じく、2004年のサバー様についての文章である。私が滝部久森で発見したのが2004年7月29日朝で、翌30日の夜には姿が消えていました。熊井清雄氏が滝部上市ジュンテンドー滝部店附近にあるサバー様を知ったのが「七月三十一日の夕方」であるところから、一応県道39号線(粟野二見線)に沿って移動しながらも、あやうく旧国道435号線を逆行しようとしていたところだったと思われる。

筆者は「サバーさま」「北浦の民俗行事の一つ、虫送り」と認識しており、サバー様が居座った田圃の関係者に対して「夜分そっとどこかの田圃の畦に置いたらよい」と指示している。残念ながら、その後の追跡はしていないようだ。

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