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里浦周遊

サバオクリ(2005/04/27)

北浦の虫送り

□ 民俗誌

■ 松岡利夫『ふるさと叢書(1)周防長門の生活誌』(山口県教育会1976)

虫送り
…ことに、昔から恐れられてきたものは、半夏生すぎから間なく発生する螟虫やうんかなどの害虫であった。その防除の方法とてなかった昔には、駆除を神仏の加護に祈り、また災害はとかく邪神悪霊のしわざによるものと思い、これを祀って憤りを鎮めようとか、河や海にまで送り届けて流してしまうとか、左もなくば山中無人の境に送りこんで封じてしまうなど、その悪霊を村里から放逐しようとする「虫送り」の行事が、全国各地に行なわれたものである。稲の病虫害をさけたいという願望が、人間の生活を保全したいという願望に結びついて、そこにいろいろの儀礼が行なわれたのは当然のことであろう。山口県ではこうした儀礼を「サバ送り」といい、『民間省要』という江戸時代の書物によると、周防、長門ではことに盛んに行なわれていた様子が窺える。
それは藁で人形を作り、これに害虫を封じこめて行列の中心とし、鉦や太鼓を打鳴らしながら、村々を廻って最後にその人形を、山村では山に、川や海辺に近い村では川や海辺まで送ったのである。この行事は幾つかの村が共同して行なうのが普通で、その行列は上の村から順次に下の村へと申送り、受けた村ではその日のうちに村うちを一巡して、次の村へ渡さなくてはならなかった。というのは、人形を村にとどめると、虫が村にとどまって大変な害をすると信じられていたからである。したがて、ずっと下の村では夜に入って藁人形を迎えることにもなり、そこでめいめいは松明をともして送らなくてはならず、そこでははからずも美しい夜景を展開することになるというふうであった。今も長門市に発し大津郡日置村・油谷町を経て豊浦郡豊北町に至って海に流すという実に一市二町一村にまたがるサバーオクリが行われている。
この人形を「サネモリ様」といい、山口県ではこれから虫送りのことを「サネモリ送り」ともいっていた。サネモリ様というのは、斉藤別当実盛のことで、これと虫送りとの関係については、『甲子夜話』という古い書物に記されているが、山口県にはこれと少し違って、次のような話が伝えられている。(以下略)
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■ 考察

楽踊りや御田頭神幸など各種の虫送りを紹介している中で、豊北町も含めた「サバーオクリ」に触れている。ただし北浦の虫送りは上の村から下の村という流れではない。

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