ここに紹介されている映画は、おそらく日本ではDVDにもなっていないと思います。観れないんだから、レビューをしてもしょうがないじゃない...と思う人は、とばしてください。
傑作なのに、日本に公開されないものとはいったいどんな映画なんだろう? と興味を持つ人、または、アメリカ在住でここを見つけた人、そんな人のためのページです。
なお、去年や今年にリリースされた映画はまだまだ日本公開の見込みはありますので、情報先取りにもなると思います。 

2009年〜
  • SOUND OF MY VOICE (2012)
  • THE COLLECTION (2012)
  • THE QUEEN OF VERSAILLES (2012)
  • SAFETY NOT GUARANTEED (2012)
  • SEVEN PSYCHOPATHS (2012)
  • BEING ELMO (2011)
  • RID OF ME (2011)
  • CATFISH (2010)
  • DANS TON SOMMEIL (2010)
  • KLOWN(2010)
  • PUNCHING THE CLOWN (2010)
  • SEX & DRUGS & ROCK & ROLL (2010)
  • YOUTH IN REVOLT(2010)
  • AMREEKA(2009)
  • THE EDGE OF LOVE(2009)
  • IN THE LOOP(2009)
  • LA FILLE DU RER(2009)
  • LA PIVELLINA(2009)
  • SHANK(2009)


  • Sound of my voice (2012)

    監督:Zal Batmanglij
    私がいつも感心してしまう映画は、低予算なのに脚本とカメラワークでぐいぐい見せる作品なんだけど、これもそのひとつでテーマはカルト宗教。
    ピーターとロナは恋人同士で、この二人はあるカルト宗教のグループに侵入してドキュメンタリーを作ろうと企てている。 ピーターは母親がカルト宗教の信者だったせいで病気の治療を拒否して死んだという辛い過去を持つ。 ロナはもと薬物中毒のモデルで、リハビリを経験している。
    カルト信者になりすました二人は、目隠しをされ、教祖の住む秘密の地下室に連れられて行かれる。 そこで通例儀式や教義を受け、また目隠しをされて戻ってくる。 その宗教団体は信者を隔離することはせず、普段は民間人に交じってそれぞれ自分の生活を送っている。
    教祖のマギーは若くて美しい女性で、自称2054年から来た未来人である。 未来から来たことに関してはなーんの証拠もないのだけど、彼女のカリスマ的言動でみんな信じてしまうのだ。 教祖たる者はどういう人物なのかがものすごく上手くに描かれている。 自分の言動の全てに自信があって全く揺るぎがない。 とても包容力があって、母親のように人を説き伏せてしまう力がある。
    上映時間85分と短く、えーっこれで終りって感じ。 すぐにはどう解釈していいかわかんなかったよ。 ほんとうはマギーは何だったの? 彼女の目的は? どこかに解答あった? 頭の言い人だったら即理解できるの? しかし答えがわからないからこそ、あそこはこうだったからこうなはず、とか、こういう事はありえない、とかパズルを解くみたいにいつまでも考えてしまう。
    答えを明かさない作品って、作った本人も絶対的な答えはなくて、観る人の解釈に任せるとか、雰囲気や余韻を楽しめばいいという右脳映画的なものも多いけど、本作品は完全に左脳映画だと思う。 だって伏線らしきものがいろんなところに張り巡らされているし、観るものに、謎を解けと呼びかけているみたいだもの。 私なりに解答は出てたので、いろんな人の解答と照らし合わせてみたい。(2013.5.6)


    Safety Not Guaranteed (2012)

    監督:Colin Trevorrowl
    新聞の募集広告に、『いっしょにタイムトラベルをしてくれる人募集。 冗談ではありません。 報酬は帰って来てから払います。 武器を持参して下さい。 一度体験済みです。 安全は保障しません。』と載せている奴がいた。 新聞社にインターン生として働くダリウスは、を面白ネタとしてこの広告主を取材をする上司に引率されることになった。 しかし上司は、取材先の町に高校時代の彼女が住んでいるということで、そっちの方に熱が入り、仕事はほぼ全てダリウスに任せられる。 ダリウスは募集広告を見て興味を持ったと偽り、広告主に接近することになる。
    会ってみると、ケネスという名の広告主はスーパーのレジで働く極フツーの兄ちゃんで、とてもタイムマシーンを作っているようにも電波系にも見えない。 しかしタイムトラベルの話となると真剣な目で語り出す。 さて、ケネスはただのキチガイなのか、何なのか。
    SFではありません。 ジャンルでいえば、オフビートコメディなのだろうけど、でもただのコメディとして片づけることのできない深い作品でした。
    まずダリウスのキャラがいい。 ネクラで冷笑的ではなっからタイムマシンなんてあるわけないと思っているんだけど、ケネスの人柄が良さにだんだん惹かれていくのね。 でも、時々、ケネスのことを、こいつホントにだいじょぶなのかなぁ、とか不安になったり、嘘をついてる自分に罪の意識を感じたり...。
    実はそれに平行してダリウスの上司と元カノのお話も進行し、これもまた面白い。 しかし一番気になるのはやっぱり結末だ。 ケネスはほんとうにダリウスといっしょに過去に行くつもりみたいだし、なんかやっぱりほんとうにこいつタイムマシン作っちゃってるのかなぁ、なんて思わず信じてしまいそうになる。
    さすが、アメリカのインディペンデントスピリット大賞の脚本賞を取っただけあるわ。 最後の最後までどうなるのか目が離せません。 地味ながら掘り出し物です。 (2013.3.14)


    the Queen of Versailles (2012)

    監督:Lauren Greenfield
    サンダンスで監督賞を撮ったドキュメンタリー。 元ミセス・フロリダ(ミスコンの既婚版)のジャクリーヌは、夫と離婚した後、30歳も年上のタイムシェアのリゾートを売る不動産で儲けた大富豪、デビッド・シーゲルとめでたく再婚する。 子どもを7人儲け、ひとりを養子にもらい、ペットもたくさん飼って、その次はベルサイユ宮殿を模倣したアメリカ一大きい家を建てようとする。 延べ坪9万平方フィート(ちなみに私のうちの45倍)で台所が10個、バス、トイレが30個、アイスリンク、ボーリング場、劇場まで造るという。 敷地はデズニーワールドよりも広い。
    ところが2007年にあのリーマンショックが起こる。 不動産業は真っ先に大打撃を食らい、シーガルの事業は倒産し、自家用ジェット、ヨットなど全て競売に出さざるを得なくなる。 もちろんレプリカベルサイユも、未完成のまま売りに出される。 その建築に既に7億ドルかけていて、完成させるのにもう7億ドルいるという。 そんな家、誰が買えるか!?
    まさに栄枯盛衰のお話。 普段なら私はザマミロとほくそ笑んで通り過ぎるのだけど、このジャクリーヌさんが憎めないキャラで、知らず知らずのうちに魅かれいくのよ。 もともと彼女はブルーカラー出身で、場末のウェイトレスから掃除婦まで経験しており、苦労しらずのお嬢さんではない。 贅沢は貧乏の反動なのね。
    「昔は子どもは二人出来れば充分って思ってた。 乳母を雇うなんてこと想像もつかなかったから。 でもほら、乳母を雇えるんだから、どんどん生んじゃえってね。 だって赤ちゃんって可愛いじゃない...。」と話す彼女。 それで子どもが8人ってわけ。 しかし16人いたメイドをふたりを残し全員解雇する羽目になり、飯作り、子育て、ペットの世話で大忙しとなることは想像もしてなかっただろう。 家の中はペットの糞だらけ。 水槽の中のトカゲが干からびて死んでたり、魚が腹を上にして浮かんでいたり...。
    でもキレたりパニくったり凹んだりせず、いつも、ハハハ、まぁ、こんなものよ、と笑いを見せて、やけに明るいジャクリーヌさん。 売りに出された宮殿を前にして、「あー、この家はもう私のものじゃないのね、でもほら、前向きに考えなくっちゃ。 あなたはこんな広い家を掃除しなくてもいいのよ、ハハハ。」と家政婦に話しかけ、家政婦の顔が強張る。 面白すぎ! 以前はグッチのパンプスだけで、部屋が埋まる、みたいな買い物をしてたのに、節約生活になって、それでも買い物好きは治らず、スーパーで安物をどっさり買い漁るジャクリーヌさん。
    結局彼女の心のふるさとはホワイトトラッシュなの。 お金があった頃もリムジンに乗りながら、マクドナルドのチキンナゲットを50個とか注文し、チーズバーガーをがっついてた。 だいたい、ベルサイユ宮殿のロココ調のインテリアに魅了されたなんてダサ過ぎ。 美術史の中で一番趣味の悪いのがロココでしょ。 金ぴかの天使の銅像とか、ドレスを着て白馬に乗った自分の肖像画とか、悪趣味としかいえないようなもので家の中を埋めているのよ。
    この映画のすごいところは、やっぱり始めは成金夫婦の贅沢三昧を撮るドキュメンタリーだったのに、事態が一転して彼らの衰退ぶりの映画に変わったところだ。 題材が勝手に面白い方向に転んでくれたんだもの。 シーガル一家には悪いけど製作側にとっては運が良いとしか言いようがない。 でもただ面白いだけじゃない。 始めはジャクリーヌは当然金目当てで結婚したんだろうと誰もが思っただろうに、最後に彼女はシーガルと子供達をほんとうに愛してることを映画は証明してくれます。(2013.1.5)
        


    the Collection (2012)

    監督:Marcus Dunstan
    劇場未公開で終わってしまったトーチャーホラーの傑作『ワナオトコ』の続編だよ。 日本タイトルはやっぱりワナオトコ2になるのかなぁ。 早速劇場で見てきました。
    オリジナルの日曜大工的なワナに比べ、2はそんなのどうやって作れるのかよ〜?って疑問が湧く凄いものばっかり。 冒頭から、クラブの天井に巨大な耕運機をしかけて、押し合い圧し合い踊る男女を隅から隅まで耕しちゃうし、別の部屋に若者達が大量に逃げ込むと、天井がどんどん降りてきて、全員ペッタンコに押しつぶしてしまうし、人間は動物どころか穀物レベルに扱われてます。 しかしこういうシーンって、クラブで踊るなんてことに縁の無いホラーオタク青年にとっては快感でしょうね〜。
    ワナオトコの原題は『コレクター』だから、採集が趣味なのよ。人体の採集よ。でクラブから女の子をひとり箱に入れて盗んでくるんだけど、その子のパパがなんか有力者らしくて、手下を使って前回でやっとこさ生き延びたアーキンを誘拐し、娘を救うのを強制的に手伝わせるの。 哀れアーキンさん、今度は救出隊と一緒にワナオトコのアジトに閉じ込められる…。
    やっぱり、第一作目のほうがリアルで怖かったけど、2作目はワナオトコのおうちの中がたっぷり体験できるよ。 アジトにももちろんいっぱいワナが仕掛けられている。 特別凝った仕掛けはお目にかからなかったけど、クマの生け捕り用の触るとバチンと閉る単純な罠でさえ、そろ〜っと手を入れるだけで、いつバチンと来るかと心臓バクバクしちゃう。 「ソウ」のように、初めから殺人装置の仕組みが説明される怖さとは違ったスリルがあるよ。 アジトの閉塞感もよく出ていて自分も閉じ込められたみたいな気分になったよ。 だから最後の脱出シーンはスリル満点。 手に汗握りました。 やっぱりホラーは劇場で見るに限るわ。
    「ソウ」シリーズが終わったので、「ワナオトコ」がシリーズ化して長く続くことを期待してしまうのだけど、レザーフェイスやジェイソンのような殺人鬼キャラで売るには、マスクがピチピチなこと以外はちょっとユニークさに欠けるかも。 だいだいなんでこんなことする様になっちゃったのか、全く説明されないし、一言も話さないし。 いやいや、それは後から徐々に明かされるのかな。(2012.12.31)
     


    Seven Psycopaths (2012)

    監督:Martin McDonagh
    マーティ(コリン・ファレル)はハリウッドの脚本家。 「7人のサイコパス」という題名だけは決めたが中身が全く進まない。 自分の周りにいるサイコパス、他人の話に聞くサイコパス、いろいろ考えるが、あげく俳優の友達ビリー(サム・ロックウェル)がサイコパス募集の広告も出してくれる。
    この映画のタイトルも「7人のサイコパス」であることからわかるように、本作品は映画の中に同名タイトルの映画があるメタ映画だ。 現実世界と架空の世界の両方から順を追って7人のサイコパスが紹介されるんだけど、現実世界というのは今私が見ている「セブンサイコパス」と言う映画の登場人物で、架空の世界と言うのは、この映画の中の脚本家が書いている「7人のサイコパス」の中の登場人物のことだ。 
    それなのに、あとから、空想上のサイコパスが実在していたことがわかったり、作り話だと思ったのに事実だったとか、空想と現実が入り乱れてごちゃごちゃになる。 しかし難解な話ではありません。 筋を通さなくていもいいの。 場面場面を楽しんでちょうだいっていうお気楽ムービーだ。 トム・ウェイツやウッディ・ハレルソンのイカレタ演技も見所よ。
    でもなんとなんと言っても一番面白いのは、クリストファー・ウォーケンおじいちゃです。 とぉってもキュート! ウォーケン翁も、もうこの年になると自分のパロディをなんのてらいもなく出来ちゃうのね。 アメリカで一番物真似をされることの多い俳優だから、自ら自分の物真似をしているように見えてしまう。 彼の口から出る全ての台詞に爆笑しました、私。 セコイ詐欺師の役なんだけど、おじいちゃんの持つピントの合わなさとウォーケンの独特なクールさとが掛け合わさって、唯一無二のキャラを作り出したって感じね。
    この監督はタランティーノやガイ・リッチーと比べられている。 ギャングスタの派手な暴力シーンをユーモアを混ぜて語るスタイルは似ている。 でもこの監督の「ヒットマンズ・レクイエム」にも感じられたけれども、暴力に対する罪悪感や、それを真っ向から否定する平和主義をどこかに抱えているような気がする。 それを象徴するようなシーンが本作品にはたくさんあって、そこが私にとっては魅力に感じる。 特に仏僧が焼身自殺をするシーンは印象的だったなぁ。(2012.11.13)


    Rid of Me (2011)

    監督:James Westby
    冒頭のシーンは強烈。 スーパーで買い物をしている女性が、ギンギンのパンクファッションの女性とすれ違う。 その女性は軽蔑した目つきでパンク女を見る。 するとパンク女は自分の股間に手を入れ、その手を買い物女性の頬っぺたに擦りつけると、生理の血がベットリ…! 女性は悲鳴を上げて走り去っていく。 なぜこのパンク女はそんなことをするのか。 次のシーンは一年ほど前に遡る。
    このパンク女の名前はメリス。 一年前はフツーの主婦だった。 メリスと夫のミッチはカリフォルニアで出会って結婚したけど、仕事の関係で夫の生まれ育った故郷であるオレゴンの小さな町に引っ越して来た。
    そこで待っていたのは夫の高校時代の親友達。 彼らはみんな高校時代の彼女と結婚してJ地元で暮らしていて、視野の狭い田舎者達。 リベラルな考えを持つメリスとは全く話が合わない。 それでも夫の友達だから、メリスは仲良くしようと努力するんだけど、彼らはメリスに冷たく、それとなくのけ者にする。 夫に文句をいっても、みんないい奴なのになんでそんなこと言うんだい?と、全く理解してくれない。
    このメリスの気持ち、私すぅーっごく分かるのよ! だって私もミシガンで全く同じ気持ちだったもの。 私の場合は夫の従兄弟夫婦達。 あいつらの集まりに行くのがどんだけ嫌か、どんだけ辛いか、どんなに訴えても、夫には想像も付かないんだよね。 あ、今はノースキャロライナに引っ越したから、夫と私のどちらの故郷からも離れていてニュートラルだから上手くいってます。 でもこの映画を観てあの頃の記憶がまたガァーッと蘇ってきて涙が出たよ。  それで、話は戻るけど、あげくミッチの幼馴染集団はわざとミッチの高校時代の彼女とミッチを会わせて、よりを戻すように仕向けるの。 その罠にまんまと嵌り、ミッチはメリスを捨ててしまうのよ。
    ここからが凄い。 メリスはカリフォルニアには戻らないで、オレゴンの田舎町に居残っちゃうのよ。 ミッチに未練があるのね。 小さな町だから、ミッチやミッチの友達達と鉢合う、鉢合う。 その度にますますメリスの傷は深くなっていくの。 でもパート先のパンク少女と友達になり、メソメソ主婦だったのが、どんどんパンクに変貌していく。 そしてスーパーの事件に至るわけ。 被害者はメリスからミッチを奪った女だったのね。 その事件は町中に知れ渡り、メリスはますます浮いちゃうんだけど、ガンバレ、メリスって言うお話。
    とっても低予算なインディ映画で絶対に日本公開は無いだろうし、他愛の無い話なんだけど、私は自分とものすごく被ってしまって、心が乱されてしまったわ。 この監督は『Film Geek』を取った人よ。 『Film Geek』のスコッティくんもチョイ役で出てた。 私の好きな負け組み映画を撮る人なのね。 頑張って欲しいわ。(2012.9.9)


    Being Elmo (2011)

    監督:Constance Marks
    セサミストリートのエルモを操って声も担当してる人が黒人の中年のおっさんだってみんな知っていたかしら? 私はてっきり女の人がやってるかと思っていた。 エルモって性別が判んなかったけど、これでオスってことなのかな。 そのエルモの中の人っていうか、エルモに生命を吹き込んでいる人、ケビン・クラッシュの伝記のドキュメンタリーです。
    私が小さかったとき、○十年前は、今みたいにセサミストリートのテキストとか吹き替えとかは無く、NHKでただ垂れ流されていた。 でも私は超アメリカンなアニメの部分が面白くて、いつも観てた。 大好きだった。 その時はエルモは居なかったけど、今のセサミストリートはエルモの独壇場みたいになっている。 だって、あのカワイさだもの、無理も無い。 
    ケビン・クラッシュはバルチモアのブルーカラーの家庭で育ち、子供番組に出てくるパペットが大好きで、自分でもパペットを作り動かして遊んでいた。 あるときパペットを作る生地が無かったので、父親のオーバーコートを切っておサルを作っちゃって、当然叱られたのだが、父は『次回は切る前に一言聞いてくれ、』と言ったそうだ。 そこからもわかるように、ケビンの両親はケビンのパペット狂いを暖かく見守ってくれた。 妹や姉たちが言うには、『私たちがバービー人形で遊んでいるのにはあまりいい顔をしなかったのに、父と母はケビンのパペットは好きだった。』と証言する。 うーん、男の子が人形遊びをしてれば普通だったら、うちの子ゲイじゃないかと、心配するんだけど、この両親は立派だわ。 (でもケビンはゲイじゃないのよ...。)
    学校では当然からかわれるけど、高校のとき既に、ローカルの子供番組で人形劇をレギュラーでやらせてもらい、地元ではちょっとしたスターになる。 そして修学旅行でニューヨークに行ったとき、テレビのマペットショーの人形デザイナー、カーミット・ラブのスタジオを訪ねる。 ラブを通して、セサミストリートの生みの親、ジム・ヘンソンに会うチャンスを得、高校を卒業してNYに上京し、あれよあれよと言う間に、ジム・ヘンソンの片腕となってしまうのだから凄い。
    このドキュメンタリーは、黒人少年の成功物語だからといって、ひと時はドラッグやギャンブルに溺れたとか、挫折とか差別で苦しんだとかそういうエピソードは全く無く、ただただ、夢を捨てず、一生懸命好きなことをやったから成功したっていう、暖かい物語だ。 でも運が良かったとかそんなんじゃない。 このケビン・クラッシュと言う人は、ほんとうに人形使いの天才的才能を持って生まれたんだと思う。 エルモなんて、ただプラスチックの目と鼻が付いてて、口をパクパクするだけの人形なのに、ワクワクするエルモ、ショボーンとするエルモ、混乱してるエルモなどの表情や動作を操作し分けるところは神業的です。
    ケビン曰く、エルモのキャラは『愛』、愛して愛されること、だそうです。 そしてそれは彼の父と母だという。 親の愛から生まれたのね、エルモって。(2012.3.12)


    Klown (2010)

    監督:Mikkel Nørgaard
    フランクは友人を通してガールフレンドが妊娠したことを知る。 なぜ自分に教えてくれなかったかというと、彼女は子供は生むつもりはなく、「だって、あなたは父親になるタイプじゃないと思うの。」と言われグサリとくる。 自分だって父親になれるんだぜってことを証明するためにガールフレンドの甥っ子、12歳のボーを勝手に連れ出し、本当は友人のキャスパーとふたりで行く予定だったキャンプに無理やり同行させる。 この3人の珍道中がチン道中になるくらい、本作品はチンチンネタが多いです。
    ボラットの風刺の部分を削ぎ取って、バカと下ネタだけ残ったみたいな映画。 最高に面白いんだけど、これデンマークの映画なんだよね。 デンマークって言うとラース・フォン・トリアーとかドグマ95とか、アバンギャルドでムズカシイ映画を生産する国だっだんじゃないの? 北欧のバカ映画はノルウェイが担当じゃなないの?と面食らってしまったよ。
    フランクの友人のキャスパーって奴が見た目青年実業家なんだけど、実はキャンプに別名お○んこツアーと名づけて、楽しみにしていたバカである。 せっかく妻を置いてきたんだから、ナンパしまくって、娼館にも行こうと計画してたのにフランクがガキを連れて来たものだから激怒するの。「ボーを連れて行くことにするけど、お○んこツアーが父性探しの旅より優先ってことを忘れないでくれよな。」子供の前でブリブリ怒りながら運転する。
    とにかく最初から最後まで、フランクとキャスパーのやることは間違っている。 ボーのチンチンが小さいらしくて、トイレで他の少年に虐められ、フランクがここで父性を見せようと、虐めっ子にパンツずり下げダッシュとかするの。 キャスパーは女子高生のキャンプファイヤーに混じって、ハーモニカを吹いたり、酒を提供したりしてたところなのに、ずり下げダッシュのせいで3人はキャンプ場から追い出され、すごすごカヌーを漕いで引き上げる。
    すったもんだして、カヌーが転覆しびしょぬれになり、見知らぬ家の戸を叩いて一晩泊めてもらうくだりも、超面白かった。 案の定、キャスパーはその家の主の太っちょのおばさんとセックスを始める。 それもフランクが寝ている横で! 挙げ句キャスパーは、フランクを3Pに誘う。
    「彼女は僕達にホットケーキまで焼いてくれたんだよ。 お前もなんかしてやれよ。 バックから攻めるとかさ。」「いやイイよ」「せめてお尻の穴に指ぐらい入れてやれよ...」。 こういう下品な会話が一応文化のレベルが高いとされるヨーロッパ人の間で交わされいるから私は一層おかしく感じるのね。
    なんか「ハングオーバー!」の監督がハリウッドリメイクするらしいのだけど、詰まらなくなるのじゃないかと心配。 品格あるデンマークだからこそ、その不均衡さが受けてるのに、アメリカじゃなー。 おまけにアメリカじゃ、性描写に関しては映倫が厳しいから、かなり編集しなきゃいけないと思う。 本作品は局部を見せまくっているし、ドラッグとか未成年の飲酒とかの規制もかなりゆるいです。(2013.1.22)


    Dans Ton Sommeil (2010)

    監督:Caroline du Potet, Éric du Potet
    フランスの連続殺人鬼モノ…と言っても、最近フレンチホラーは血みどろが多いけど、こちらは心理ドラマと巧みな編集でじっくり見せてくれる作品です。
    冒頭で、サラはティーンエイジャーの息子を事故で失う。 それから一年後、夫婦関係は破綻し、サラは仕事を終えて誰も居ない自宅へと車を走らせる。 その途中で道に飛び出してきた青年を轢いてしまう。 亡くなった息子と同年齢ぐらいの青年はアーサーと名乗り、強盗犯に追われて走って逃げて来た言う。 怪我は軽くて済み、、サラはアーサーを家に匿うのだけど、そこに強盗犯と思われる中年男が侵入して、アーサーを殺そうとする。
    なんでその男はアーサーを殺そうとするのか、アーサーの正体は…? というミステリーなんだけど、オチは結構予想通だった。 オチに薄々気づいているからこそ、いつそれが明かされて状況が逆転するのかが気になって、けっこう怖いんです。 何を考えているのか良くわからないアーサー、それにサラの精神状態も最初からボロボロなんで、それがいつ壊れるかと考えるとドキドキして、最後まで緊張感を失わない。
    アーサーの回想シーンの挿入のタイミングも上手いし、同じ場面を別の立場から別のアングルで二度繰り返すところも面白い。 シンプルな話でも編集によっていくらでも面白くなるということを本当に良くわかっている。
    そして殺人の凶器が私の一番苦手なカッターナイフなんだよね。 溺死とカッターナイフで殺されるのは絶対避けたいと願っている私。 あの細くて薄い刃がダメよ。
    登場人物も少ないし、地味な作りだけど、見た後いつまでも印象に残る作品です。(2012.1.16> 


    Punching the clown (2010)

    監督:Gregori Viens
    コミックソングを歌うシンガーであるヘンリー・フィリップスは、各地の小さな喫茶店やバーを中心に興行していたが、レコード契約を夢見て、兄の住むロサンジェルスにやってくる。
    う〜ん、絶対に日本でリリースされることはないと確信できるな、これ。 なぜかというと、コミックソングの歌の面白さを字幕では伝えきれないから。 それはたぶん日本の漫才を外国人に字幕で伝えられないのと同じね。
    たとえば、「彼女は不幸な家庭に育ったわけでもない、父から虐待されたわけでもない、暖かい家庭で育ったはずだ、なのにどういうわけか彼女はビッチだ…、僕が面白い話を聞かせると、彼女は『その場に居れば面白かったかもね』と言う…、」なんてセンチメンタルなフォークソングのメロディに乗せて歌い始めると、会場は大爆笑になるんだけど、言葉の選び方や間のおかしさに加え、アメリカ人なら誰でもこのタイプの女を想像できるからということもあり、文化圏が違う人たちにはちょっと難しい。
    ヘンリー・フィリップの役はヘンリー・フリップ自身が演じていて、自叙伝を自分で演じるエミネムの『8マイル』とコンセプトは同じね。 違いは映画を製作する時点でエミネムは大スターだったけど、ヘンリー・フィリップはほとんど無名だということ。  でも、別にヘンリー・フィリップを知らなくとも大丈夫。 映画は物凄く面白い。 無名のお笑い歌手が、コネと金とはったりの都市ロサンジェルスで生き抜こうとする様子が面白おかしく、時には切なく描かれてます。
    彼はコミックシンガーなんだけど、とても弱気でシャイな性格で、それで他人につけ込まれたり、出し抜かれたりで、そんなダメダメ体験を歌詞にして歌っている。 だから観ているとほんとに応援したくなってくる。
    こういうコミックシンガーって、レコード出しても売れるのかしら、長続きするキャリアなのかしら、といろいろ心配にもなってくる。
    ラストもなんか甘酸っぱくて、良い映画でした。 ヘンリー・フィリップ、売れて欲しい。(2011.12.14)


    Sex & Drugs & Rock & Roll (2010)

    監督:Mat Whitecross
    セックス&ドラッグズ&ロケンロー、イアン・デュリーの映画だぜ!
    あんな下品なコックニー親父のことを映画にしたってだけで、コアなブロックヘッズのファンである私は心臓がバクバクしちゃうのよ。 「ニュー・ブーツ&パンティーズ」と「ドゥー・イット・ユアセルフ」の2枚は死ぬほど聴いたよ。 当時あの歌詞で汚い言葉をたくさん覚えたよ。 ファンキーなジャズのリズムにのせてダミ声で歌うイアン親父は最高にカッコ良かったんだよ。
    映画の冒頭にアンディー・サーキスが扮するデュリーがカーテンから出てきて、「ビラリッキー・ディッキー」の歌の台詞 「good evening i'm from essex…」を言い始めた途端に両腕に鳥肌が走りました。 サーキスとデュリーは顔は似てないけど、表情や仕草や歌い方がそっくりで 違和感は全く無い。 サーキスの一番有名な役はロード・オブ・ザ・リングのゴラムでしょ。 彼は本当に器用な役者で、歌声はレコードをダブらせているのかとう疑いたくなるほどそっくりだ。 そのままブロックヘッズのライブ体験している気分になれるし、選曲も最高だった。
    でも実言うと、伝記映画としてはあんまり良い出来じゃない。 イアンは音楽をする前は絵を書いていたこととか、美術の先生をしてたこととか、すっぽり抜けている。 ヴィジュアルアートの才能が彼のパフォーマンスにとっても影響していると思うけど、それよりも彼が小さい頃ポリオを患って辛い思いをしいたことばかりを繰り返し語る。 イアンのパフォーマンスを見ても障害者であることなんて、ちっとも感じさせないステージなんだから、いちいち映画でそんなことを強調しなくても良い。 それとイアンと彼の長男との関係もこの映画のテーマのひとつとなっている。 セックス&ドラッグズ&ロケンローなはずが、ポリオと息子とロケンローになってしまってる。 
    デュリーを知らない若い世代が本作品を観たら、デュリーに対して偏った知識を貰ってしまうだろうな。 だからあんまり観て欲しくない。 それよりもまず、上記の2枚のレコードを聴いてくれ。 そして、パンクとともに、ブロックヘッズを聴きまくった世代は、サーキスのデュリーでもう一度ときめいて欲しい。(2011.5.13)


    Catfish (2010)

    監督:Henry Joost、 Ariel Schulman
    偽ドキュメンタリー系のホラー映画が流行っているけど、本作品は正真正銘のドキュメンタリーだ。
    ニューヨークに住む若い写真家のネブは、雑誌に載った彼が撮った写真を基にして描いたという絵を、ミシガンに住む8歳の少女アビーから郵送で受け取る。 それをきっかけにネブはアビーにネットで写真を送り、アビーがそれを絵に描くという交流が生まれる。 たまたまネブの兄はビデオ撮影家であったため、写真家ネブと8歳の画家アビーと関係のドキュメンタリーを撮り始める。 フェイスブックを通してネブはアビーの家族とも交流をし、アビーの姉である19歳の超美形のミーガンとネット上での恋愛関係が生まれる。
    ある日ミーガンがネブのために作った歌をネットで送ってくれたが、偶然その録音と全く同じものをYOU TUBEで見つける。 ミーガンが送ってくれたその歌は自分が作曲したものでもなければ、自分が歌っているものでもない。 そこでネブは自分がチャットしているミーガンと名乗る人物はとんでもない嘘吐きかもしれない! と感じ、アポ無しでアビーの家に訪問することを計画する。
    予告編では「最後の40分ジェェットコースターに乗ったようなスリル感」、「ヒッチコックが作れなかったヒッチコック映画」、なんて宣伝するのでもの凄く怖い映画かと思った。 ネットで知り合った人間と実際に会うととんでもないことが起きると警告するような結末が待っているのかと…。 実際にとんでもないことが待っていて驚愕させられるのだけど、期待していた驚愕とはちょっと違った。 ヒッチコックではなく、私の大好きなマイク・リーの映画みたいな展開かな。 ネタバレはしないけど『秘密と嘘』の主人公を思い出した。 だから、予告編を観てホラーを期待すると外れるけど、こういう展開のほうがグッときていつまでも心に残り、良い映画だって称されると思う。
    軽い気分で撮り始めたドキュメンタリーが凄い展開になるので、多くの人がやらせじゃないか、ネブは初めからこうなることを知って撮ったのじゃないかとか、疑る人がたくさん居たみたいだが、DVDの特典のインタビューではっきりと、「やらせは全くありません、起こったことをそのまま撮りました」と宣言してる。 そうだとすると本作品は、凄い偶然の賜物と言える。 もちろんネブの世間知らずで気の良い人柄がもたらした災いとも言えるのだけど、こんなに起承転結が完璧なドキュメンタリーは数年に一度しか出てこないでしょう。(2011.1.6)


    Youth In Revolt (2010)

    監督: Miguel Arteta
    毎度、冴えない高校生を演じて人気を博すマイケル・セラ君主演の青春ラブコメディです。 ニック(マイケル・セラ)はフランク・シナトラやフェリー二が好きで、もちろん現代の高校生とは全く接点がない16歳の男の子。 ひょんなことから、夏の間だけ引っ越すことになり、そこでシーニという女の子と出会い一目惚れ。 彼女もセルジュ・ケインズブールが好きなど懐古趣味で、ニックはソウルメイトを見つけた気になる。 しかし元の家に戻ることになり別れの日が来てしまう。
    どうしてもシーニのそばに居たいニックは、悪さをすれば母親の家から追い出され、母と別れた父の家に住むことになるからシーニと同じ学区になり一緒に高校に通えると考える。 しかしもともと真面目で小心者のニックはどうやって非行をしていいかわからない。 そこにニックのオルターエゴ、フランソワ(こちらもマイケル・セラ)が現れ、彼にいろいろアドバイスをし始める。 
    ニックは理性もあるし、両親のダメさなどは客観的に捉えてるし、ウィットに富んだ会話も出来るのだけど、やっぱり童貞高校男児である故に考えることは一つ、あの娘とやりたい! こういう役って、セラはぴったりだね。 『ジュノ』や『スーパーバッド 童貞ウォーズ』も同じようなキャラでバッチリはまってた。 セラはやっぱり童貞役がぴったり。 早くもキャラクターアクターになってしまった彼は、この先童貞と言えない年齢になったら、どういう役がくるんだろうね、ちょっと心配…。
    ニックの想像する『ワルな奴』が視覚化して出て来たのがフランソワなので、彼は白いスーツを着でサングラスをかけ鼻髭を生やし気障にタバコを吸っている。 そしてニックに全然ダメなアドバイスをして、ますますニックを泥沼にはめて可笑しい。
    一人二役なので、どこを見てもセラ、セラ、セラ、の映画なんだけど、彼の淡々とした口調と控えめな演技でしつこくなく、さらっと楽しめます。(2010.7.2)
     


    La Pivellina (2009)

    監督:Tizza Covi, Rainer Frimmel
    疲れたような中年のおばちゃんが、自分の飼い犬を探しているところから始まる。 犬は見つからないが、代りに公園で置き去りにされている2歳ぐらいの女の子をみつける。 彼女のジャンパーのポケットには「警察には届けないでください。 一ヵ月後に迎えに来ます、母」というメモが折りたたんで入っていた。 この中年女パティは、やれやれ仕方ないと言う感じで、女の子を自分のトレイラーハウスにつれて帰る。
    その子に名前を聞くと「アーシア」と答える。 パティーは夫のウォルターと二人暮らし。 この夫婦はナイフ投げのパフォーマーとして生計を立てているようだが、老いが近づいているし、お世辞にも金があるとは言えない。 そんな二人に、扶養家族を増やすのは大変だ。 アーシアの母親がほんとうに戻ってくるのかも知れたものじゃない。 しかし警察に届けるれば、おそらく孤児院行きだろうし、幼いアーシアが忍びなくて、パティは孫のように面倒をみてしまう。
    この映画、俳優は全部素人を使っているらしい。 どうりでものすごくリアル。 ウォルターとパティも本当のサーカス芸人だ。 そして主人公のアーシアはたったの2歳だよ。 たぶんアーシアは演技しているという自覚はないと思う。 動物に芸をさせるのと同じね。 上手い具合にてなずけているという感じ。 でもアーシアが遊ぶところ、食べる、寝る、いろんなことを教わるところはほんとうに自然でキュート! それでいて脚本通りに運んでいるのだと考えると凄いことだ。 史上最年少の主演女優賞をあげてもいいくらい。
    舞台はローマの周辺地区だというけど、寂れた団地が並び、閑散としたしょぼい公園といい、とってもローマとは思えない。 全員が素人俳優、社会の底辺に生きる人を描くと言う点で、最近話題になっている『ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜』と似ている。 でもと違うところはあちらはマジックリアリズムであることに対して、こっちはあのダルデンヌ兄弟の映画のように、ひたすらリアリズムを追求している。
    アメリカ映画だったら、絶対最後は子どもを有効に使って、可哀相がマックスに演出されると思うのだけど、さすがイタリアン・リアリズム「は?」って言うぐらいあっけなく終わります。 でもそこがものすごくカッコ良かった。(2013.1.15)
     


    In The Loop (2009)

    監督:Armando Iannucci
    イギリス政府のある官僚がBBCのインタビューで『この戦争は予測がつかない』と発言したために、大西洋を挟んで米英政府の官僚たちが反戦派と好戦派にわかれて大騒ぎする風刺映画です。
    イギリスの政府のことなんて全くわかんないし、政治風刺の映画はちょっと難しいかなって思ったけど、蓋を開けたらそんなのぜんぜん気にならない。 テレビのシットコムがもとになってるらしいから、短いコントがたくさん詰っていると言っていい。 とにかく笑える。
    ストーリーを追うというより、場面でガンガン交わされる会話がこの映画の売りの部分で、イギリス人のオックスフォードやケンブリッジ出身のエリート達が、クイーンズイングリッシュでもの凄く汚い言葉を使って罵り合う。 これは学歴の低いアメリカ人が語彙が乏しいために会話にむやみにf**kを入れているのとは全然違う。 彼らはもの凄いストレス下に置かれているために、雄弁でありながらf**kやc**tのいわゆるcurse wordsが入ってしまう。 その組み合わせはほとんどシュールと言っていいかも。
    闘争の山を越えたいとの発言に「ナチ版ジュリーアンドリュースかお前は」と怒り、アメリカ政府が社会人一年生みたいな青二才を会談に遣したのに激怒し「中学校で便器に頭を入れられている時間じゃないのか、お前なんかは、ケツからはみ出るまで綿を詰めてプレイボーイバニーにしてやるぞ」と叫んで会議室を出て行く。
    ポップカルチャーの引用もマニアックで、「オレは軍人だ、制服を着たビレッジ・ピープルじゃないんだぞ。」「おい、お前、イレイザーヘッドの赤ん坊」「おい、そこのクライングゲームの女」とかをさらっと言っちゃう。 そういう細かいところをもう一度聴くために2度続けて観たら、更にうけた。 「コミッティ? ホメイニ氏と聞き間違えたんじゃないの?」 とかワケのわかんない台詞も微妙におかしい。
    二日酔いで寝坊して会議に遅れたアシスタントが「吐いたりしてないからいいじゃないですか。」とか言ったら、「そうだね、チャックも開いて無いし、そこからチンチンをブラブラさせてないし、本当に立派だよ、感謝するよ。」とイギリス人特有の皮肉をたっぷりで返す。 でも全然嫌味に聞こえないのはチャーミングなイギリス人だから。 イギリス人の誰もがチャーミングというわけじゃないけど、そういう役者を注意深く選んでいると思う。
    このように私が台詞だけ書き並べてもそのおかしさは上手く伝わらないと思うけど、役者の表情、身振り手振り、英国訛り、そしてタイミングの良さで、完璧なコントをやってのけていて、ほんとうに凄いとしか言いようが無いのよ。 たぶん今年いちばんのコメディ。(2009.9.26)
     


    Shank (2009)

    監督: Simon Pearce
    時々観たくなるゲイシネマ。 今どき禁じられた恋を語れるのはゲイシネマだけだから。
    この映画の主人公カルはハードコアなゲイセックスが大好きで、ネットを通して相手を見つけ、その場限りのセックスをしている。 しかし外側はバリバリのスキンヘッド(英国だからハゲではなく、ネオナチの方)なのよ。 だから仲間とつるんで、ゲイやマイノリティを見つけてはボコボコにして遊んでる毎日。 スキンヘッド仲間には自分がゲイだとは口が裂けても言えない。 カミングアウトしたら殺されかねない環境なのだ。 しかし、ある日仲間達がフランス留学生のゲイ少年オリビエをボコってるのをみて、一目惚れしてしまうのだ。 カルは暴行を止めるが、仲間に『弱虫野郎』などと非難される。 それでもカルはオリビエの置き去りされた鞄を届けにストーカーをした結果、終にオリビエのハートを射止めてしまう。 そこからカルとオリビエのラブラブな生活が始まるんだけど、スキンヘッド仲間がにカルの二重生活がバレちゃって…!
    けっこうストーリーはベタだけど、スキンヘッド達の始終喧嘩してるバリバリな硬派から、エプロン姿でホイップクリームを鼻につけて「テヘっ」てしてるようなキュートなボーイズラブに転ずるカルくんを観ててドキドキした。 オリビエのお部屋に向かうカル君は廊下に一枚一枚服を脱ぎ捨てて最後に素っ裸になってオリビエ君の部屋の扉を開けると、やっぱり彼も素っ裸で待っていた、なんて描写は、ヤオイ漫画みたいだなとも思った。 結局カルの秘密を知っていちばん激怒したギャングメンバーの親友も、実は同性愛好者だったってことも仄めかしてるんだけど、本当のゲイ男性からみたら、この映画現実感持ってるのかな。 話としては面白いけどね。
    ひとことで言えばカルのカミングアウトの物語なんだけど、バイオレンスあり、ロマンスあり、そしてポルノ寸前ぐらいの量のゲイセックスありで、お好きな人はどうぞ。(2011.10.3)


    La fille du RER (2009)

    監督: André Téchiné
    英語のタイトルは"The Girl on the Train"なので日本公開されたら邦題は『電車女』になったりして。 これは実際にパリで起きた事件をもとにしてる。 それは反ユダヤ主義の男にユダヤ人と間違えられて電車の中で暴行を受けたと警察に訴えた女性が、実は自分で自分に傷をつけ、自作自演をしていたということが暴露され世間を騒がせた。
    主人公ジーニーはパリの郊外に母親と一緒に住み、日本風に言えば「家事手伝い」をする二十歳前後(?)の女の子だ。 母が自分の知り合いに有名な弁護士がいるから、そこの秘書に雇ってもらえと、履歴書を持たせて面接に送るが技能も経験も無いため断られる。 その後パリをぶらぶらしてたらフランクという、ちょっとヤクザっぽい男にナンパされ、ジーニーはあれよあれよという間に、フランクと同棲を始める。 しかしフランクは麻薬売買事件に巻き込まれ大怪我を負った上に逮捕され、それをジーニーの性だと逆恨みされて、傷ついたジーニーは、自分の体にナイフで傷を付け、電車に乗る…。
    おおまかにこんな話で人種差別問題よりも、なぜジーニーはこんなアホな嘘をついたのか、それが焦点だ。 もちろんフランクとの破局が引き金になったのだけど、嘘をつくのに、通りがかりに暴行を受けた、だけでもいいのに、なぜ「ユダヤ人と間違えられて」とか、「反ユダヤ主義の人」とか、おまけに自分で腹に卍まで描いて、「屈辱を受けた」とか言うのよ。 彼女も彼氏のフランクもユダヤ人では無いしネオナチでも無い。
    ただ母の友人の弁護士がユダヤ人で、そこに一度面接に行った、それだけである。 私としては、ジーニーはマイノリティーにちょっと憧れたんじゃないかと思う。 アメリカのような他民族国家に住んでいるとWASP(白人、アングロサクソン、プロテスタントの略)と言われるいちばんマジョリティである人達は、伝統も持たず、結束もできず、特殊でない寂しさを感じてるような気がする。 同じ白人でもアイルランド系であるとか、イタリア系であるだけでも、けっこう自分のアイデンティティの確立に役立ってたりする。  全てが上手く行かなくなったジーニーは、特別になりたかった。 何をしなくても特別な存在とは、黒人とかユダヤ人とかマイノリティーである。 差別も特別扱いされることのひとつだから。
    でも本作品はジーニーの動機をはっきりとは明かしていない。 皆さんのご想像にお任せしますってやつだ。 ジーニーってフランスの今時の若い子のひとつの肖像なのかな。 過保護な母親に対して反抗的でもなく、特に目的も強い意志も無く、ただボンヤリと生きている…みたいな。 でも充分愛らしくて、弁護士の孫の13歳の青年と一晩山小屋で明かすことになるシーンはちょっと甘酸っぱくって、心に残ります。(2010.7.20)


    The Edge of Love (2009)

    監督:John Maybury
    第二次大戦中のロンドンで、イギリス(正確にはウェールズ)の詩人ディラン・トマスが、偶然に幼馴染のヴェラに会う。 2人は意気投合するが田舎に残して来た彼の妻ケイトリンも上京してきて、三角関係になると思いきや、ヴェラとケイトリンの間に深い友情が生まれる。 その後ヴェラは将校のウィリアムに見初められ結婚するのだが、ウィリアムは直ぐに戦場に駆り出される。 ヴェラ、ケイトリン、ディラン・トマスは故郷のウェールズに戻り、3人でボヘミア的な共同生活を始めるが、そこに戦地でトラウマを負ったウィリアムが帰ってくる…。
    巷ではかなり不評なんだけど、4人の関係が入り乱れて私はとっても面白く観賞させてもらいました。 ヴェラ役にキーラ・ナイトレー、ウィリアム役はキリアン・マーフィーよ。 キリアンはまたもや陰鬱な役だけど、変態とかオカマじゃなかったし。 キーラ・ナイトレーはちょっと演技が大げさ過ぎで鼻に付いた。 アップが多くて、つくづく面白い顔をしてるなーって思ったわ。 ケイトリン役のシエナ・ミラーの方が自然で魅力がある。
    有名な詩人ディラン・トマスが出てくるけれど、この詩人の伝記ではない。 むしろこれ観るとトマスって嫌な奴って思っちゃうかも。 お坊ちゃんで何もせず、自分勝手で酒飲んでセックスして詩を書いて遊んでるだけ。
    話の焦点はトマスでなく、ヴェラとケイトリンの女の友情だ。 2人ともトマスを愛してるんだけど、それよりももっと強い愛がヴェラとケイトリンの間にある。 一緒にお風呂に入ったりしてなんかレズビアン色もほのめかしている。 この女2人が愛し合ってるからこそ、ひとりの男を共有できるのね。
    でもヴェラはウィリアムも愛してる。 ヴェラは3人を心から愛し、そして肝心の詩人トマスは結局誰をも真剣に愛せない。 偉大なディラン・トマスをゲスな奴に描き、憤慨する人がいっぱいいて作品の評価が低いのよ。 きっとそうよ。 この作品のストーリーがどこまで真実に基づいているかはわからないけれど、ディラン・トマスも彼の詩も全く知らない私にとっては、一風変わった恋愛ドラマとして良く出来ていると思いました。 映像も奇麗よ!(2010.5.29)


    Amreeka (2009)

    監督:Cherien Dabis
    パレスチナ人のシングルマザー、ムナはイスラエル占領地区に住んでおり、毎日イスラエルの関門をくぐりベツレヘムに仕事に通う。 ある日、応募していたアメリカの市民権が当選したと言う連絡を受け、16歳の息子ファディがアメリカで学びたいと願ったのをきっかけに、イリノイ州に住む妹一家を頼りに移住する。
    普通アメリカ移民の物語って、頑張り型で苦労性な主人公が多いじゃない。 しかしこの類のストーリーには珍しく、素朴でおっとり型の主人公。 空港でいきなり全財産を無くすような、ちょっと抜けている丸ぽちゃ体型のお母さんが主人公のムナです。 彼女はアメリカに来たらダイエットして絶対痩せるの、と目標を言うと、姪っ子に『アメリカ人はみんなデブだから、別に心配しなくてもいいよ。』なんて言われる始末。 なんかとっても応援したくなるダメキャラなのよ。
    本国では銀行員をしてたムナは、ここでも同じ仕事が簡単に見つかると思っていたが、英語もブロークンな移民の働き口といったら、肉体労働ぐらいしかない。 結局ホワイトキャッスル(アメリカのハンバーガーチェーン)で働くのだけど、家族には銀行で働いていると嘘を付く。 スーツ姿で銀行の前まで妹に送ってもらって、妹が去ると慌てて隣のホワイトキャッスルに駆け込み、制服に着替える。 前に観た『砂と霧の家』の主人公のアラブ移民役だったベン・キングズレーもスーツ姿でガソリンスタンドに出勤し、ツナギに着替えていたよね。 アラブ人ってかなり結構見栄っ張り、ていうかやけに誇りを持ってるのね。
    時代背景は同時多発テロのあとで、ブッシュが大量にイラクに兵士を送っている真っ只中。 アラブ人は皆テロリストみたいにとられる風潮で、当然息子のファディは学校で目に付けられる。 でも彼らは素朴なパレスチナ人で、モスリムでもない。 母国ではイスラエルの支配下で狭苦しい思いをして暮らしていたけど、ユダヤ人に敵対心を持っているわけでもない。
    パレスチナ人は、イスラエルでも居心地が悪く、アメリカでもバッシングされる。 自分の居場所ってどこなんだろう、って思うよね。 私もアメリカ移民なので、この気持ちがわかる。 でもさ、アメリカって自分と同じように溶け込めない人がたくさん居て、そういう人と出会えるから良いんだよね。 そんなことも感じた映画でした。(2010.2.20)

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