88 名前: ◆3mfWSeVk8Q :2006/02/04(土) 01:55:00.43 ID:aBEbDOiJ0
―――カラン

古臭いドアベルの音が店内に響く。カウンターの中にいたブーンは、その音に緊張した
今日はショボンに頼まれ一日店長を勤めているのだ。何か失敗しないか、気が気じゃない

「やあ、バーボンハウスへようこそだお。このテキーラはサービ……」
「君は……」
「え?」

入ってきた男は、ブーンの顔を見るなり、がっかりしたような声でつぶやいた
何か落ち度でもあったのだろうか、と不安になったが、それはどうも違ったらしい

「君は、いつもの彼とは違うみたいだね?」
「え、ええ、そうだお? それがどうかしたかお?」
「そうか……なら、今日はこれで失礼するよ。これ、おつりはいらないから」

ため息をついてから、男は千円札を一枚抜き、カウンターに置くと
そのままくるりと背を向けて店から出ようとする
が、それをブーンは引きとめた

「ま、まってくれお! せめて御代の分だけでも何か飲んでいってくれお!」
「…………」

このまま帰られては、店番失格だ。そう思い、引き止めてしまった
男は、ブーンの言葉にすこしだけ考えてから、

「それじゃあ、一杯もらおうかな……コーヒーは頂けるのかな?」
「かしこまりましたお!」

コートを脱がずに、席についた


94 名前: ◆3mfWSeVk8Q :2006/02/04(土) 02:05:40.32 ID:aBEbDOiJ0
―――コポコポ

ゆっくりとコーヒーをサイフォンで抽出する音だけが、店内を満たす
客も、そしてブーンも、今のところ会話らしい会話を切り出せずにいた

「…………」

男は、目的の人物がいなかったから、話すべきかどうかを迷い

「…………」

ブーンは、引きとめたはいい物の、自分が男の望むところを果たせるか悩んでいた

程なく、コーヒーが出来上がり、ミルクポッドとスティックシュガーを添え、差し出す
男はコーヒーをスプーンでかき混ぜながら、息を吐くように尋ねた

「なぁ……君は、この仕事をどう思っている?」
「はい? この仕事……ですかお? バーボンハウスのことかお?」

ああそうだ、と、そこでスプーンを引き抜き、砂糖を入れる男

「いつもの彼ではないみたいだが、聞いてみたいんだ。どう思っている?」
「どうって……」

答えられるはずもなく、一日店長はおろおろとするばかりだった
流石にその様子が気の毒になったのか、男は片手でそれを制し、謝罪する

「いや、すまない。君に聞いても意味のないことだった」
「すみませんお……でも、なんでそんなことを聞くんだお?」


96 名前: ◆3mfWSeVk8Q :2006/02/04(土) 02:15:56.94 ID:aBEbDOiJ0
―――カチャ

皿にスプーンを置く音と一緒に、男はため息

「そうだね……少し、自分の仕事に、疲れたのかな……。だから、誰かに聞いてみたかったんだ」
「そうだったのかお」

言ったは良いものの、定職を持たないブーンにはよくわからなかった
いつもこの店にいるショボンなら、あるいは何か的確なことが言えたのかもしれない
しかし、今、ここにいるのは自分と男だけ
そして、今自分はここの店長で、客をもてなす者である。だったら

「言ってみればいいお」
「ん? なんだって?」
「言ってみてくださいだお。僕は、何もできないけど、聞くだけならできるお」

自分にできることをしよう。思い、笑いかけながらそう言っていた

笑顔には不思議な力がある
男は、ブーンの笑顔に、何か思うところがあったのか、そうだね、と前置きしてから

「少し……愚痴のようなものだけどね、言わせてもらっても……いいのかな?」
「ええ、言うだけならタダだお!」

満面の笑みに、男は少し苦しそうに、その顔をゆがめた


98 名前: ◆3mfWSeVk8Q :2006/02/04(土) 02:28:56.63 ID:aBEbDOiJ0
「ぼくはね、悪役って呼ばれるような仕事をしているんだ」

コーヒーを持ち上げるものの、口には運ばず、淡々と男は続ける

「よく、人から恨まれるんだ、そんな仕事をしているとね……」
「もちろん、それは仕方の無いことさ。それでも、少し辛いんだ」

少しどころか、今にも首を吊るのではないかというほど、男の顔は苦渋に満ちていた

「そりゃあね、ぼくのやることはどう考えても犯罪なんだ」
「なんで、そんなことをしなきゃならないのかって、よく悩む」
「それを誰かにわかってもらおうとは思わないし、わかってもらっちゃ困るんだ」

口をつきそうになったそれ以上の罵言は、コーヒーと一緒に飲み干す

「悩んでいるのを……解かられるのは、困るのかお?」

普通なら理解者を喜ぶだろうに、不思議なことだと思い、ブーンが聞くと
唇をかみ締めながら、男は頭を抱えてしまった

「いや、本当はわかってもらいたいんだ。でも、それだけは絶対にできないんだ」
「なんで、だお?」


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