Yahoo!ジオシティーズ ゲストブック  

  2007年2月13日 (火) 22時03分53秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   (「日本刀大百科事典」福永酔剣著より)
[二月]刀の裏銘。(略)陰暦の二月・八月は春秋の彼岸であって、「暑さ寒さも彼岸まで」の諺どおり、寒暖よろしさを得た気候で、水温も適度である。したがって焼き入札の水に、そのまま使ってよいので、適温の水で焼き入れた刀、ということを示すために、年紀の下に「二月日」または「八月日」、と切るようになった。特に「二月彼岸」「八月彼岸」、と切ったものさえある。
 長享二年(一四八八)の古割書には、二月・八月の彼岸の中日の水は薬になる、とさえある。その薬水で焼いた刀を、昔の人が欲しがったことは理解できる。こうした風習は、鎌倉中期から、長船鍛冶によって始められた。南北朝には三分の一程度の普及率だったが、室町期になると、三分の二を超えるほど普及してきた。江戸期になると、ほとんどの刀工が二月・八月と切るようになった。「二月日」と切るのは、立春から立秋まで、「八月日」と切るのは、立秋から立春までとする説もあるが、「二月日」と切るのは、冬至から夏至まで、「八月日」と切るのは、夏至より冬至までに作ったもの、とする説が正しい。
 
 
  2007年2月13日 (火) 22時08分41秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   橋本さんのお問い合わせの件、二月日、八月日について、これはほとんどの刀工がそう切るものなんですが、これを説明している部分を書物から引用させて頂きました。ただし、この掲示板が500文字までのため、一部を略させて頂きました。
  2007年2月13日 (火) 21時57分47秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   橋本さんのお書きの件ですが、その時の方と、このページでお逢いした。
因縁というのはそういうものなんですね。
  2007年2月13日 (火) 01時22分16秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   こんばんは、橋本です。
兼定の作品年表を見ていて気付いたのですが、裏銘に切られている月が、「二月」と「八月」の作品が比較的多いように思いました。
ちょうど半年ずれているのも気になりました。
この月に何か意味があるのでしょうか?
  2007年2月12日 (月) 17時33分29秒
[名前] :   自顕流太
[URL] :   kyota@wf6.so-net.ne.jp
[コメント] :   管理人様へ
私の信秀の写真を載せていただき、誠に有難うございます。この刀は備前伝ですので(つまり典型的な清麿伝ではありませんので)、金筋や砂流しもあまり働いておりませんが、匂い勝ちに小沸がちりばめられた匂い口が美しく、個人的には気に入っております。
 さて、なぜ薩摩隼人が信秀と会津兼定を?と思われるでしょうが、実は私、東夷なのです。父方は多摩(天領)の農家の家系、母方はナント長岡藩の宮大工の家系、私自身は東京生まれの横浜育ち、おまけに大学は福島でした。そうです。私はバリバリの佐幕派環境で育ったのです(笑)。今は幕府の隠密の仕事で薩摩に潜伏している・・・のではなく、昨年の秋に転職してこちらに来ました。温暖な気候、清らかな山と海、おいしい食べ物や焼酎、そしておおらかな人々、鹿児島は住みよいところです。ちなみに、地元刀剣界での人気はやはり薩摩刀です。

橋本祐樹様へ;その通りです!なぜご存知なのですか? 
 
 
  2007年2月12日 (月) 20時33分11秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   自顕さんこんにちは

白顕さんの出生などから、会津、越後の刀工にご興味があることが解りました。

佐久間さんはご先祖が福島のご出身ですから、兼定にご興味があることは解りますし、白顕さんのお好みの理由もわかりました。

橋本さんが兼定に興味をお持ちなのは、最初のころのカキコで拝見していましたが・・・、何故、白顕さんが京都に住んでいた事までお解かりなのでしょうか?
これには、私も興味があります。

それで、自顕さんの信秀は、如何にも信秀らしい作風だと思います。
角ばった刃紋で、金筋などの働きは少なく、匂い主体の刃紋のように思います。
慶応で長さが2尺5寸以上あるのは珍しいようです。

清麿の弟子の作品では、清麿風が一番珍重されて、信秀も金線の入った沸の強い品があれば特に人気があるようです。

なんか、この掲示板で新しい出会いがあるように感じています。
 
 
  2007年2月13日 (火) 00時02分43秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   自顕流太様、外山様
こんばんは、橋本です。
なぜ、私が自顕流太様が以前京都に住んでいたのでは?っと思ったかですが、自顕流太様のお持ちの兼定(明治六年の三本杉)が関係しています。
 
 
  2007年2月13日 (火) 00時03分54秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   ちょっと長いですが、すいません。
実は、自顕流太様のお持ちの兼定が、ある刀剣店で売りに出されてから一ヵ月後にそのことを知り、私にとってとにかく欲しかった兼定を購入しようとその刀剣店に行ったのですが、既に売り切れていて購入することが出来ませんでした。
その時にお店の人とした交わした会話の中で、私が京都出身であることを告げると、お店の方から「この刀を購入した人は京都の人ですよ」と言われ、一度実家に帰った際に会って兼定を見せてもらいながら話でもしたいなーっと思っていました。(その時にはこちらのホームページを知らず、兼定について話が出来る人が周りにいなかったので、率直に購入した方と話ができれば嬉しいな、という思いを持っていたのです。)
 
 
  2007年2月13日 (火) 00時04分22秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   その後、何度かお店に行き、話をしていた時に、「前に兼定を買った京都の人は転勤で鹿児島に行ったよ」と言われました。
あー、これで購入した方と会って話しをしたりすることは絶対に出来ないなーって思っていたところ、先日の自顕流太様の書き込みを見て、もしかしてと思い書き込みを行いました。
以上が私が自顕流太様が以前京都に住んでいたのではないかと思った理由です。
長々と申し訳ありません。
 
 
  2007年2月13日 (火) 00時07分55秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   追伸
お店の方からは、正確な住所、氏名などの個人情報は教えて頂いておりませんので、ご心配なさらないで下さい。
  2007年2月11日 (日) 21時26分55秒
[名前] :   佐久間力則
[URL] :   
[コメント] :   外山さんご無沙汰しております。
橋本さんのご質問件ですが私が外山さんのホームぺージをはじめ各書籍のデーター集積の範囲においては慶應年間三十六振りの中で干支銘入りは三振りのみで各年代を通じて割合としては橋本さんのおっしやる通リ極めて少ないと私自身も感じて降ります。兼定のデーターにつきましては日頃お世話になっております外山様の命とあらば近日中にお送り致します 、ただ私くしも日本刀に興味をもってまだ数年と云う事でまったくの素人で公開時には外山さんのチェクと訂正加筆を前提と云う事で宜しくお願いいたします。草々
 
 
  2007年2月12日 (月) 13時14分06秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   佐久間さんこんにちは

エクセルで頂いた資料を今ほど「兼定について」の中にアップしました。
自分でMTMLに変換すると莫大な手間が掛かりますので、自動変換を使いましたら、銘の場所を広く、他は狭くしたかったのですが、各項目の幅が同じになってしまいまして・・・、それが残念です。

この表は佐久間さんがお作りになりましたのでお知らせしておきます。

それで橋本さんのお問い合わせの件も、ここで調べると慶応になってから、干支を切らない作品が3本あることが解ります。
ということは、それだけで真贋は判断できないことになりますね。

宜しくお願いします。
 
 
  2007年2月12日 (月) 23時21分01秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   外山様 佐久間様
こんばんは、橋本です。
兼定の作品年表ご苦労様までした。
兼定好きにとってはたまらない資料ですね。
とても勉強になります。
さて、慶應年間に干支を切ってない刀があったんですね。そうすると私が見たものも本物かもしれませんね。現在、日本刀剣保存協会の審査に出しているので、本物ということでしたら、また画像、情報をお伝えしたいと思います。
ありがとうございました。
  2007年2月7日 (水) 01時17分43秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   外山様。
こんばんは、橋本です。
昨年は、兼定の刀の件でお教えを頂きまして、有難うございました。本年も宜しくお願い致します。
さて、早速ですが、ひとつご意見を頂ければ幸いです。
先日蔵から見つかった表銘が「和泉守兼定」の刀を見る機会があったのですが、裏銘が「慶應四年八月日」となっておりました。
外山様の兼定の作品集を見ると、慶應年間の兼定の裏銘には、必ず干支が切られているように見えます。
このような裏銘の切り方をした慶應年間の兼定を御覧になったことはありますでしょうか?
 
 
  2007年2月11日 (日) 10時16分33秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   橋本さんこんにちは

先週出張していましたのでご返事が遅れて失礼しました。

「兼定の作品集を見ると、慶應年間の兼定の裏銘には、必ず干支が切られているように見えます。
このような裏銘の切り方をした慶應年間の兼定を御覧になったことはありますでしょうか? 」との件ですが、私はそう言う観点から銘を調べたことはないですが、そう言えば何年に続いて干支を切っていましたですね。

それでここに書き込みして下さる佐久間さんが兼定の作品の年表を作っておられます。
佐久間さん、上記の点をお調べ頂けませんでしょうか?

ついでに、年表のエクセルを私にメール貼付で頂ければ、それをHTMLに加工して私のページでご紹介させて頂きたいと思いますが如何でしょうか。
  2007年2月1日 (木) 15時49分59秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   白顕さんこんにちは

ダイレクトにお送り頂いた写真拝見しました。

信秀は、如何にも信秀らしい作品だと思って拝見しました。
とても綺麗な写真ですので、私のページにこのまま掲載させて頂きたいと思いますが、出来ましたら、長さと反りだけでもお知らせ頂ければ幸いです。

でも、遠方にお住まいなのに私と同じ信秀と兼定をお持ちなのに驚いています。
他の刀工の作品もお持ちでなんですか?

なお、A美術店さんのバナーは、相互リンクをさせて下さい、とのお申し込みでしたのでさせて頂きましたが、A美術店さんには私のページのリンクはまだされていないようです。

また、ピッダースについてもリンクしてもらいたいとのご希望からさせていただいています。

白顕さんのご了解があれば信秀をアップしますので、皆さんからご覧頂きたいと思います。

輝秀についてですが、確かに刀は割安ですね。
美術品としては評価が高くないことだと思いますが、
私も刃物鍛冶として高名な方の作品として2本を所蔵しています。

これからもよろしくお願いします。
  2007年2月1日 (木) 02時02分35秒
[名前] :   自顕流太
[URL] :   
[コメント] :   はじめまして。当方は信秀・兼定HPファンの一人です。また、日刀保会員でもありますので、管理人様のご高名は以前より存じ上げておりました。
実は私、信秀の刀、十一代兼定の脇差と短刀の計三振りを所蔵しております(別便で刀と短刀の画像を送らせていただきます)。刀はこのHPにバナーのあるA美術店で購入、短刀に至ってはナント、HPに掲載されている明治六年の三本杉そのものです。
更なる偶然として、管理人様のご職業に関することですが、私は居合術をたしなむ者なのですが、居合用に購入した刀があの石堂輝秀の作なのです(ちなみに軍刀としては上出来に属するであろう刀なのですが、同作の高級鉋より遥かに安いのには驚きました)。
管理人様とはいろいろと趣味が合いそうなので、一度はお目にかかってご高説を拝聴したく願っておりますが、何せ当方は鹿児島在住、この地理的な隔たりが非常に残念です。もし、管理人様に来鹿のご用がおありの時には、是非ご一報くださいませ。私とその愛刀がお待ちしておりますので。
 
 
  2007年2月7日 (水) 00時33分40秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   自顕流太 様。
こんばんは、こちらのページで以前、十一代兼定の刀の書き込みを何度か行った、橋本と申します。
突然の質問で大変失礼とは思いますが、お許し下さい。
もしかして1年ほど前に京都にお住まいではなかったでしょうか?
  2007年1月7日 (日) 10時06分01秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   佐久間さんこんにちは
今年も宜しくお願いします。

刀をしていると、結構、小道具にも行き逢うので気に入ったものを求めることがありますが、本当が刀を好きなので、刀を求める時に資金の都合で換金するのが小道具でした。

そんな中で何点かが残っていまして、まだ、幾つかありますので追ってアップさせて頂きます。

健康には自信があるのですが、収集について、何時までも同じ気持ちでいるのはどうかと思うという・・・、歳を考えると自重が必要ではないかと感じる今日この頃です。
  2007年1月6日 (土) 10時09分14秒
[名前] :   佐久間力則
[URL] :   
[コメント] :   新年明けましておめでとう御座います。
昨年は兼定合作刀をホームぺージに登載して頂きましてあらためて御礼申しあげます。
私としても非常に恐縮に感じると共に昨年のプライべート中で一番嬉しい出来事でした。もしかすると私以上に兼定親子が外山さんに一番感謝しているかもしれませんね、
叉新しく小道具コーナーを開設されて拝見させていただきました,外山さんの刀と小道具に対し一貫して郷土を愛する基本的な考え方に改めて感心させられると共にこれからの参考させて頂きます。今年も外山さんに見て頂けるような兼定に出会う事を期待しております、本年も宜しく御指導お願い致します。
  草々
  2007年1月3日 (水) 21時35分59秒
[名前] :   外山
[URL] :   http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/9135/ko
[コメント] :   小道具のページを作りましたのでご覧下さい。
  2007年1月1日 (月) 18時59分50秒
[名前] :   HIKKY
[URL] :   
[コメント] :   新年明けましておめでとうございます。
信州も暖冬かなと思っていたら年末になって雪が降りました。
それでも例年よりは随分暖かい新年を迎えています。
年末に届いた銀座の某刀屋さんの情報誌に「小太郎盛壽」のおそらく造りの小脇差が出ていました。随分前にも一度見たことのある刀です。

今年も宜しくご指導ください。
 
 
  2007年1月2日 (火) 11時53分22秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   HIKKYさん、みなさん、あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。

その盛寿のおそらく造り、私も拝見しました。
これは間違いなく正真です。

盛寿は古文書によると嘉永初年頃の書物に清麿の門人として記録されていますので、ある時期に清麿の門人だったことは確かなんですが、作品はあまり上手ではないので、修行の途中で辞めているものと想像しています。

ですから盛寿銘で、もし、出来の良い作品を観ると、少しおかしいなと感じることがあります。
  2006年11月20日 (月) 22時09分38秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   HIKKYさんこんにちは

ダイレクトのメール有難うございました。

清麿を兼法に改ざんした。
本当でしょうか、と思います。
清麿の作風なら間違いなく判断が出来るのではないでしょうか。

過日、有名な本所載の信秀の短刀を見せて頂いたのですが、出来はよい、彫も良い、鑑定書は付いているのですが、作風がどうしても信秀と違う、中心も違うことから私は偽物と判断しました。と思ってしまうと、値段が幾らだろうが全く魅力を感じなくなるものです。
清麿なら、作風を見たら解るのではないでしょうか。
でも、拝見したかったですね。

話は違いますが、長野の鑑賞会には清麿が手にとって見れるんですから良いですね。うらやましいです。
  2006年11月17日 (金) 09時48分37秒
[名前] :   島田 繁
[URL] :   
[コメント] :   外山さん、おはようございます。

先日、19日に長岡で見て頂きたい短刀が有ると
お願いをした件ですが急に持ち主が
持ち帰ってしまいお見せできなくなりました。

実は改竄された清麿か信秀と思う品だったので
見てもらいたかったのですが残念です・・・
申し訳ございません。
 
 
  2006年11月19日 (日) 21時25分33秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   今日の鑑定刀はむつかしかったですね。
でも、楽しかったです。
最初、私は4号刀を見て直胤と思ったのですが、5号刀を見たら、これこそ直胤だ・・・、と思いまして、そうすると4号は果たして・・・、と考えを巡らせてしまって失敗しまた。
 
 
  2006年11月20日 (月) 02時26分26秒
[名前] :   HIKKY  
[URL] :   
[コメント] :   横レス失礼いたします。
島田様、初めまして。長野県の支部で勉強中のHIKKYと申します。HNで失礼いたします。

「改竄清麿」の短刀、拵え付きの「兼法」ではないでしょうか?
今年の大刀剣市で拝見しました。また、出品された刀剣商様のHPにも押し型共々詳細が載っております。
外山様に別メールでアドレスお送りします。
図々しいですが僕もご意見を伺えたらと思います(^_^;A

19日はこちらでも鑑賞会でした。毎年この月の鑑賞会は14日の清麿の命日に因み「山浦忌」として山浦一門を中心にした鑑賞会になっています。
花岡先生をお招きして清麿3口、真雄7口、信秀、兼虎2口ずつの合計14口を鑑賞できました。
清麿でやはり改竄されたものが出ていました。
宮入行平刀匠による追っかけ銘で「清麿」に極まっております。また上身の出来もまさに疑いようの無い清麿でした。
うぶ茎の信秀の薙刀(元治元年十一月日)も大変圧巻でした。

失礼しました 。
  2006年11月7日 (火) 10時15分27秒
[名前] :   島田 繁
[URL] :   shimada@snowland.co.jp
[コメント] :   外山 様

お元気ですか。日刀保長岡支部の島田です。
19日秋の鑑賞会にご出席なさいますか?
お会いできるなら、ご覧頂きたい短刀が1口ございます。宜しくお願い致します。

島田
 
 
  2006年11月7日 (火) 22時04分02秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   嶌田さんこんにちは

19日の支部会合には出席の予定です。
是非、拝見させてください。

私も何か持参します。
  2006年10月31日 (火) 15時12分18秒
[名前] :   佐久間力則
[URL] :   
[コメント] :   外山さんお許しを頂いて御礼申し上げます。
叉先日地元において栗原信秀について講演をなされた様で大変お疲れさまでした。
話は戻りますが言い出した者として11代の所持刀と簡単な自己紹介をさせて頂きます。私は北海道の最北端稚内市の近くでホルスタインの牧場を営んでおり団塊世代の者です。私が会津11代に興味をもった理由は先祖が福島県の出身である事と戊辰戦争で最後の決戦の地が北海道の函館で皆様も御存知の通リ土方歳三の所持刀と云う事です。
脇差 銘 會陽臣兼元  萬延元甲年四月日 長さ 一尺二寸三分五厘 反り 三分五厘 地肌 大柾目 波紋 五の目  冠落造 棒樋

脇差 古川和泉守兼定 紀元二千五百三十五年三月日 一尺七寸三分五厘 二分三厘 小板目 直刃 

以前所持刀
寸延短刀 和泉守兼定 明治三年二月日 一尺八厘弱 無し 小板目 大のたれ

刀  和泉守兼定 明治三年二月日 二尺三寸六分 一分六厘 小板目 直刃

HPに載せて頂いた刀は割愛させて頂きます。
愚刀ばかリですが(兼定に失礼かな)失礼致します。 
追申 明治六年二月日の年期の入った11代兼定刀の情報お待ちしております。  
 
 
  2006年11月15日 (水) 22時22分22秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   ご無沙汰しておりました。橋本です。
それでは、私の自己紹介となぜ兼定について興味を持ったのかを簡単にお話させていただきます。
私は、京都出身の30代のいたって普通の会社員です。自宅が京都御所の割と近くにあり、蛤御門の鉄砲の弾の痕などを何か良く分からないままさわったりしていた記憶があります。その後、私の解釈ですと、幕末に京都は会津の人達に守ってもらっていた、と考えています。そして何か会津の為になることをしたいと思うようになりました。
そこで、初めは会津の古写真が絵葉書になっているものを集め、「会津市制だより」(会津若松市の広報誌)に提供し、採用されました。
そんなことをしているうちに、会津の人で幕末に京都に来て、作刀した兼定がいることを知りました。
そこで、私は兼定の刀を収集して、会津に返すことができれば、会津の為になるのではないかと考え、収集をしております。
 
 
  2006年11月15日 (水) 22時28分14秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   なかなか、薄給の身の為、個人の力では限界があるとは思いますが、少しでも会津の為になればと思い、これからも収集を続けていき、会津に返していきたいと思います。
ちなみに現在、私の所有している兼定は、外山様にお話をさせて頂きました、「會陽臣兼元」の刀と「若松住兼定」の短刀の二本です。
現在、兼定が京都で作刀をした刀、脇差を探しています。
以上です。
長々とすいません。
  2006年10月30日 (月) 10時59分41秒
[名前] :   佐久間力則
[URL] :   
[コメント] :   お世話になっております。
1つ会津11代兼定ファンの皆様に提案があるのですが橋本さんと外山さんの書き込みを見て感じたのですが 内容が非常に楽しく特に橋本さん所有の兼定についてのやり取りが勉強になると同時にこんな兼定銘があったのかと兼定ファンの私にはとても新鮮で楽しく拝見させて頂いております。
私も兼定刀の中心銘とその他の資料集めておりもつと多くの兼定刀を知りたい思い全国の兼定ファンの皆様所有の叉はこんな兼定刀を見たでもよろしいのですが外山さんのHPのゲストブックのコーナーに資料を提供して外山さんの兼定研究に対して少しでもお役に立てて更に私達自身が楽しめればと考えております。勿論外山さん了解を得ての事ですが外山さんいかがでしようか
 
 
  2006年10月30日 (月) 22時41分01秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   はい、大変結構でございます。

兼定の資料を教えて頂けるのはうれしいことですのでよろしくお願いします。
  2006年10月23日 (月) 16時53分45秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   外山様
こんにちは、橋本です。
話は遡るのですが、「陸奥會陽臣藤原金本抽精神造
之」の裏銘「安政六己未年八月吉日」について日本美術刀剣保存協会に問い合わせを行ったところ、十一代兼定の初銘の「兼元」で銘を切った刀で、現在のところ確認できているのは、「安政七年」以降で、「安政六己未年八月吉日」と銘の入った兼元の刀は、資料として面白いと言われました。
機会がありましたら一度御見せしたいと思います。
 
 
  2006年10月23日 (月) 18時00分56秒
[名前] :   外山
[URL] :   http://www.geocities.jp/ntooma/kanesadasakuhin.htm
[コメント] :   佐久間さんが送られた兼定の銘に「會藩臣兼定兼元」とあり、これが安政4年です。
10代との合作ではありますが、11代が兼元を切った刀は、もしかするとこれが最初かも知れません。
表示のURLを開くと三番目の刀です。
 
 
  2006年10月23日 (月) 19時14分56秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   外山様
こんばんは、橋本です。
画像確認致しました。
そうすると、私の刀は、11代兼定が単独で作った刀に兼元と銘を入れた、現在確認されているもの中で一番古い物になりますかね。11代兼定の作品が欲しかったので、非常に喜んでいます。
  2006年10月22日 (日) 15時59分34秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   こんにちは、橋本です。「若枩住和泉守兼定」の画像をメールで送りましたので、ご連絡致します。
 
 
  2006年10月23日 (月) 17時55分30秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   橋本さんこんにちは
兼定の短刀の写真ありがとうございました。
明治二年打ちですと、九月以後に加茂に来ますので、その前か後か?なんですが、登録証は何処になっていますか?新潟登録なら加茂打ちの可能性が高いすが・・・。

会津が落ちてから、官軍の中で会津刀工の作品が欲しいとの希望があり、兼定は打ちたくなかったが、殿様の命で打ったとの記録があるようです。

写真を拝見すると姿はふくらが枯れて冠落としなどは兼定の定石でのようですが、鍛え肌が粗めで柾に流れながら、木目が混ざっているようで、珍しいと感じました。
 
 
  2006年10月23日 (月) 19時19分34秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   外山様
こんばんは、橋本です。
登録は兵庫県になっています。
銘は、
表が「若枩住和泉守兼定」
裏が「明治二年八月日
   應川津長規需」

です。
 
 
  2006年10月23日 (月) 19時21分31秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   外山様
こんばんは、橋本です。
裏銘に一点訂正があります。
(誤)應川津長規需
(正)應川津長規君需

でした。
 
 
  2006年10月23日 (月) 22時02分18秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   兵庫県登録だとすると・・・、想像ですが・・・、会津打ちという可能性が強いと思います。
 
 
  2006年10月24日 (火) 00時05分42秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   外山様
こんばんは、橋本です。
そうすると、「川津長規」とは、官軍の上位の人なのでしょうか?
検索をしてみたのですが、見つけることができませんでした・・・。
 
 
  2006年10月24日 (火) 21時13分48秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   官軍の兵隊には農民出身者が多かったそうですが、給料をもらっても使う場面がないのでお金をもっている者が多かったそうです。

会津の刀工の短刀が欲しいという意識は、隊長だとかの極く高い位の人は考えないのではないかなと想像します。
なんとなく、そんな感じを持っていますが、これは推定ですし、これ以上のことは判りません。
  2006年10月2日 (月) 21時29分59秒
[名前] :   佐久間力則
[URL] :   
[コメント] :   今日兼元刀お送り致しました。
期日は限定致しませんので御気の済むまでご覧下さって
卒直な感想をお聞かせ叉はお知らせください。
          草々
 
 
  2006年10月3日 (火) 07時11分06秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   派遣するのが楽しみです。
 
 
  2006年10月3日 (火) 07時12分02秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   誤字で失礼しました。

拝見するのが楽しみです。
  2006年10月1日 (日) 21時00分31秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   佐久間さんの書かれた件ですが、安政4年でしたら合作ではなく、橋本さんが書かれているように十代だと考えられます。

「三枚製」は甲伏せ、本四枚などと言うように、刀の製法の玉鋼と芯鉄との組み方を差すと思います。

「大脇毛初刃至平土」は大脇毛(これは裁断した場所だと思います)を裁断して一刀で平土・・地面のことではないか・・・、に至った、要は一刀で裁断したという意味ではないかと想像します。

作風はどうですか?
地鉄は柾で、直刃ですか?
 
 
  2006年10月1日 (日) 22時09分54秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   佐久間さんの件、訂正します。

銘に「兼定兼元」と両方が切ってあるんですね。
そうすると十一代が銘を切っている可能性があると思います。

これは機会があれば是非拝見したいと思います。
  2006年10月1日 (日) 20時51分12秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   橋本さん、佐久間さんこんにちは
先週出張していましてご返事が遅れました。

それでまず、橋本さんにお答えします。
銘に若松住を切った作品は見たことがありますが、松の字を縦に書いたのは初めてです。

ただ、兼定はさまざまな銘の書き方をしますので、他にもある可能性はあると思います。

例えば、「加茂」を「賀茂」とか、「鴨」とも切ったものがあるようにですが、これが案外頻繁に使われているんです。
 
 
  2006年10月2日 (月) 22時41分51秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   こんばんは、橋本です。

なるほど。11代兼定は、いろんな銘の切り方をするんですね。勉強になりました。
今回、入手したこの短刀ですが、肌がなかなかきれいです。また、画像が用意できましたら、お送り致しましょうか?
 
 
  2006年10月3日 (火) 07時13分20秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   橋本さんこんにちは

写真を撮ったら是非お送り下さい。

柾でしょうか。
 
 
  2006年10月3日 (火) 16時18分58秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   地金は柾目肌ではなく、綾杉肌です。刃は直刃でした。お店の人が言われるには、11代兼定の短刀で、これだけ出来の良いものはなかなか見たことがない、とのことでした。
 
 
  2006年10月3日 (火) 16時54分31秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   度々すいません。この短刀には、保存刀剣鑑定書が付いていたので、正真と思われます。
11代兼定の作品では珍しい肌かと思うのですが、いかがでしょうか?
 
 
  2006年10月3日 (火) 20時14分59秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   短刀は柾目が一番多いように感じます。
次いで、目の詰んだ無地風、大板目はまれですが、橋本さんの短刀も綾杉でなくて板目ではないかと想像します。今迄、綾杉は見たことがありませんので・・・。
 
 
  2006年10月3日 (火) 22時05分59秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   こんばんは、橋本です。
まだまだ、地金を見る目が私には無いようですね。まだ、お店に預けたままになっているので、ちゃんと受け取って、もう一度見直してみます。ありがとうございました。
 
 
  2006年10月6日 (金) 12時10分25秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   こんにちは、橋本です。
地金についてお店の人に聞いてきました。
地金はご指摘のとおり、板目でした。
そして、板目が、ところどころ強く出ているとのことでした。
  2006年9月29日 (金) 13時57分29秒
[名前] :   佐久間力則
[URL] :   
[コメント] :   ご無沙汰しております。
最近求めた十代、十一代の合作刀と思われる茎銘を無学な者で誠に申し訳御座いませんが解説して頂ければとのお願いで御座います。 

表銘 會藩臣兼定兼元抽精神以三枚製而造之
   安政四丁巳年八月吉日

裏銘 同年十一月十三日大脇毛初刃至平土
   同陽士長坂勝安試之
特に三枚製而と初刃平土の部分があいまいで御教授お願いいたします。     草々
  2006年9月22日 (金) 22時37分58秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   外山 様
こんばんは、橋本です。
尊敬する外山様に見て頂けたら、とても嬉しいです。
私は東京都内に在住しておりますので、都合の付きました時にご連絡頂ければ、っと思いますが、いかがでしょうか?
 
 
  2006年9月23日 (土) 18時50分41秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   私は関西に月に1,2回出張しますので、東京を通るんですが、仕事に一生懸命でして・・・、東京は大体素通りなんです。
お誘いは大変ありがたいですし、拝見したい気持ちは十分にあるのですが、ちょっと都合が付かないだろうと想像しています。

もちろん、橋本さんが新潟までお出でになるのは無理でしょうね。
 
 
  2006年9月23日 (土) 18時53分54秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   外山 様
こんばんは、橋本です。
そうですか・・・、それは残念ですね。
会津には年に2、3度が行くのですが、
新潟は未だに行ったことがありません。
もし、近くに行くことがあればお声を掛けますね。
とりあえず、茎の画像をメールで送りましょうか?
 
 
  2006年9月24日 (日) 07時38分10秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   中心の画像是非お送り下さい。

よろしくお願いします。
 
 
  2006年9月24日 (日) 14時57分35秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   こんにちは、橋本です。
なかごと刀身の写真をメールで送りました。
メールの受信に時間がかかるかもしれませんが、
宜しくお願い致します。
 
 
  2006年9月24日 (日) 15時12分24秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   今ほど写真を受信しました。
写真が沢山来たので、橋本さんだなと思って受信しました。
なかごは素晴らしいですね。
如何にも兼定らしい銘が切ってあると思いました。

ところどころまだ錆が付いていないのですが、最近私が萬延年期だったと思うのですが、刀身が荒砥技で切っ先まで刃が付いていなくて、ところどころ錆がある程度でナカゴも同じようにほとんど錆がない兼定の刀、登録が先月だったと思います・・・、を手に入れまして今研ぎに回しているんですが・・・、幕末には鋼の質が良かったのか、錆が割りと少ない作品が時々あるように感じます。
 
 
  2006年9月26日 (火) 23時38分24秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   外山 様
こんばんは、橋本です。
本当は「兼定」銘の入っている脇差か刀を手に入れたかったのですが、2年ぐらい探してやっと見つけたため、購入しました。
今回購入の決めたのは、このなかごの銘の切り方と
状態が良かったのと、前にもお話しましたが、「兼元」銘で確認されている一番古い作品なのではと思い、購入しました。
しかし、今までなかなか見つけることが出来なかった兼定ですが、数日前に短刀ですが兼定銘の切ってあるものを見つけました。
表銘が「若枩住和泉守兼定」で、裏銘が「明治二年八月」となっていました。
こちらの短刀は、「若枩住」と銘が入っていたので珍しいのかと思ったのですが、今まで外山様が見られた兼定の刀で「若枩住」と銘が入ったものはありましたでしょうか?
もしかしたら、新しい発見でしょうか?
  2006年9月19日 (火) 10時50分00秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   こんばんは、初めまして、橋本と申します。
さて、私は、会津の刀剣に興味をもち、今年より日本美術刀剣保存協会の普通会員になった刀剣初心者であります。
会津の刀剣の中で、特に11代兼定に興味を持っていた為、知り合いの日本美術刀剣保存協会の方から、平成16年8月号に掲載された外山様の論文のコピーを頂き、大切にしています。
さて、その論文の中の米山氏の論文の引用に「嘉永七年から安政六年までは親の代銘の兼定銘を切り、安政七年から文久三年まで代銘の兼定銘と、自分の兼元銘を切る」との記述があるのを見ました。
最近、私は「安政六己未年八月吉日」との裏銘の入った11代兼定の作成したと言われている刀を入手しました。
表銘は「陸奥會陽臣藤原金本抽精神造之」です。
刀には、日本美術刀剣保存協会の保存刀剣鑑定書が付いていて、お店の人には11代兼定の初銘の刀だと言われました。
もしかしたら、現在確認されている11代兼定が「兼元」と銘を打った一番若い時の刀かと思い、そして、外山様の11代兼定の研究に少しでもお役にたてればと思い、ご連絡を致しました。
ながながと書いてすいません。
宜しくお願い致します。
 
 
  2006年9月21日 (木) 22時21分15秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   橋本さんこんにちは
書き込み有難うございます。
「金本抽精神造之」と兼元を金本と書いてあるんですね。
こういう書き方をするのは初めて知りました。
これが正真なら、お書きのように兼元名の最初になるかも知れないですね。
作風はどんな出来なのでしょうか。
とても興味がりますので、是非、お知らせ下さい。
 
 
  2006年9月21日 (木) 23時02分37秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   外山 様
こんばんは、橋本です。
兼元と書きたかったところが、金本になっていました。失礼致しました。
さて、作風は、
「本造り庵棟、生ぶ茎、中直刃やや匂い深く小沸つく小杢目肌細かく詰み無地の如く見え美しく白気調の映り立つ」
です。
刀の寸法は以下のとおりでした。
刃長:69.3cm(2尺2寸9分)
反り:1.3cm
目釘穴:1個
元幅:2.7cm
先幅:1.8cm
重ね:0.6cm
重さ:735g
登録は「平成16年9月」でした。
細身ですが、研ぎ減りしたのではなく、元々細身の刀だったようです。
外山様の返信に「これが正真なら、兼元銘の最初になるかも知れない」とのことで大変な物を手に入れたと喜んでおります。作風も兼定の代表的なものだと思っておりますので、今度の特別保存刀剣の審査に出してみるつもりです。
 
 
  2006年9月22日 (金) 21時22分04秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   橋本さんこんにちは
やっぱり金本は間違いでしたですね。
私も変換時にこの感じが出たことがありますので、もしかして・・、と思っていました。

一度拝見したいですが・・・、遠方ですから無理でしょうね。
 
 
  2006年9月22日 (金) 22時39分12秒
[名前] :   橋本 裕樹
[URL] :   
[コメント] :   外山 様
こんばんは、橋本です。
尊敬する外山様に見て頂けたら、とても嬉しいです。
私は東京都内に在住しておりますので、都合の付きました時にご連絡頂ければ、っと思いますが、いかがでしょうか?
  2006年7月18日 (火) 23時11分46秒
[名前] :   HIKKY
[URL] :   
[コメント] :   ご無沙汰しています。
去る14日、佐野美術館の「虎徹と清麿」展を見に行ってきました。信州の支部の研修旅行として行ったのですが、新潟支部ともご一緒しました。
僕は泊まる時間が取れなかったので新幹線で当日だけの参加でした。
外山さんは新潟支部では無かったでしょうか?
行かれましたか?そうだとしたらご挨拶も出来ずに大変失礼いたしました。
隆泉苑での美術館所蔵刀剣の鑑賞は大変眼福でした。
また、虎徹と清麿がアレだけの数揃う展示も、もう滅多に無いことでしょうね。
雨が多く、信州も少し被害が出てきそうです。
そちらは大丈夫でしょうか?お見舞い申し上げます。
 
 
  2006年7月20日 (木) 22時14分00秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   HIKKYさんこんにちは
まず、私は長岡支部所属です。新潟支部にもたまにお邪魔させていただいていますが、今回の佐野美術館訪問については知りませんでした。

虎鉄と清麿が並んでいるんでしたら、この両雄がどのように違うか見てみたいですね。
月末出張の帰りにでも寄って来たいと思っています。

全国洪水で大変ですが、梅雨と言えば、シトシトと雨が降り続きジメジメした日が一か月も続いたのは昔のことで、最近は少し湿気が多い日が続いたかと思うとひどい降りの大雨が来るようです。
最近半月くらい大雨が続きましたが、おかげさまで洪水にならずに済んでいます・・・。
  2006年6月26日 (月) 17時17分54秒
[名前] :   とおりすがり
[URL] :   
[コメント] :   これは初代兼元じゃないでしょ
 
 
  2006年6月28日 (水) 19時52分59秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   私は二代の積りでアップしたものです。
  2006年5月29日 (月) 17時58分50秒
[名前] :     
[URL] :   
[コメント] :   「まこ六 兼元」ですけど これサンプルとしてどうでしょうか?
中学生もみていることですし正しいサンプルを載せて上げたほうが良いと思うのですが
たしかに「孫六」という俗名は歴代名乗っているようですが あの有名な三本杉の創始者は二代兼元です 日刀保も二代兼元のみを「孫六」と記しております
 
 
  2006年6月3日 (土) 13時23分54秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   このページは刀の初歩的な解説と考えて書きましたので、押し型についても兼元だけでなく、兼元と孫六を表すものが一緒に銘されたナカゴの写真を載せた方が良いと思って探したところ、福永酔剣先生著の「日本刀大百科事典」にその押し型が掲載されていましたので、それを引用させていただいたものです。

説明に『この兼元の二代目が「関の孫六」と言われた人です。』と書かせて頂いています。
  2006年5月5日 (金) 21時17分25秒
[名前] :   mika
[URL] :   
[コメント] :   初めまして。
日本刀に切れ味ランキングがあるならば、トップ5は何ですか??
また価格はどれくらいだったんでしょうか?
美術館などに置かれている日本刀の鈍く光る刃や切っ先に見とれてしまうちょっと危ない中学生です^^;
 
 
  2006年5月6日 (土) 17時53分02秒
[名前] :   外山
[URL] :   http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/9135/ka
[コメント] :   mikaさんこんちは
よくいらっしゃいました。

刀は綺麗ですよね。ただ、ガラス越しで見るのと、手に取って見るのとでは違うんですよ。
私のページの「解りやすい刀の見方」を読んで頂くと解りますが、刀の見方を覚えると刀の美しさが沢山あることが解りますので、将来、刀に詳しい人に出会ったら是非教えてもらってください。(続く)
 
 
  2006年5月6日 (土) 17時53分43秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   刀の序列としては出来が良いかどうかで位列があり、最上作、上々作、中上作、中作に区分されています、切れ味については業物という言い方で最上大業物、大業物、良業物、業物に区分されています。
この位列は鑑定家によって、考え方が違うので、書物によっても違いますが、ここでは刀剣要覧という書物より引用しました。そうすると最上大業物は次のようになります。
最上大業物12工、 長曾禰興里(虎徹[初代])、 長曾禰興正(虎徹[二代])、 兼元(孫六[初代]) 兼元(孫六[二代])、 國包(初代)、 助広[初代] ソボロ助広
 忠吉[初代]、忠広(初代)、 陸奥守忠吉(忠吉[三代])、 多々良長幸、 三善長道[初代]、 長船秀光
 長船元重、 三原正家

江戸時代には刀を試し切りをして切れ味を調べる家系がありまして、実際に試し切りをした結果で、これらの位列を決めたといわれます。
試し切りは、竹の棒に米を入れた時の俵を巻いて水に浸したものを裁断したと言われます。

値段は出来によって違いますが、虎徹の出来の良いものなら何千万円もしますよ。

また、来てくださいね。
  2005年10月25日 (火) 16時00分27秒
[名前] :   HIKKY
[URL] :   
[コメント] :   ご無沙汰しています。
ひょっとしたら既にご存知かも知れませんが、来月3日、東御市「ケアポートみまき」にて山浦物の研究家として著名な花岡先生をお招きして「真雄・清麿・兼虎の郷土と生涯」というテーマの講演があります。
2時〜3時半 入場無料です。
宜しかったらお出かけくださいd(^-^)
 
 
  2005年10月26日 (水) 07時31分22秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   HIKKYさんこんにちは
お久しぶりです。

花岡さんの書かれたものは刀剣美術のものは読んでいますし、その後、単行本になったものを購入しています。
清麿についての事跡の研究者として有名な方ですのでお聞きしたいものですが・・・。
新潟からでは、ちょっと無理です。

このページをご覧の方でご興味のある方は是非ご出席下さい。
  2005年8月29日 (月) 09時31分05秒
[名前] :   島田 繁
[URL] :   
[コメント] :   昨日はありがとうございました。
私が所用の為早退してしまい、ゆっくりとお話ができなくて申し訳ありませんでした。

23日の新潟支部鑑賞会は今のところ行けそうです。
又、お会いできる事を楽しみにしています。
 
 
  2005年8月29日 (月) 22時15分37秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   島田さん、お仕事がお忙しそうで結構なことと思います。

私は昔、長岡支部に参加して、地方では手にとって見れない刀を見ることが出来て、名刀の力を改めて思い知らされましたので、出来るだけ鑑賞会には参加したいと思っています。

23日は私も出たいと思っていますので、よろしくお願いします。
  2005年8月5日 (金) 20時58分51秒
[名前] :   佐久間力則
[URL] :   
[コメント] :   返信ありがとうございます。
よく理解できました
ところで最近入手された信秀刀のアップを楽しみにしておりますがいかがでしょうか?
 
 
  2005年8月6日 (土) 18時49分56秒
[名前] :   外山
[URL] :   ntoyama@spnet.ne.jp
[コメント] :   載せたい資料が結構溜まっていますが時間がなくて出来ないで居ます。
収集した資料は、小刀と兼定と信秀があります。
すみませんが、順次アップしますが大分時間が掛かると思います。
 
 
  2005年8月6日 (土) 18時54分49秒
[名前] :   外山
[URL] :   ntoyama@spnet.ne.jp
[コメント] :   佐久間さん、自宅のパソコンを入れ替えたらメールアドレスがありません。(会社のパソコンにはあるのですが・・・)
すみませんがメール頂けませんか?
  2005年8月3日 (水) 20時01分43秒
[名前] :   佐久間力則
[URL] :   
[コメント] :   ご無沙汰しております。
早速ですが頂いた加茂の地図の中に兼定以外に古川姓が2戸
ございます それに加茂市図書館の資料によると青海神社の歴代神主の姓が古川とのことで血縁関係があるのでしょうか?もしあるとして仮定すると加茂に来た最大の要因かと勝手に想像しておりますが如何でしようか?
 
 
  2005年8月5日 (金) 20時14分26秒
[名前] :   外山
[URL] :   ntoyama@spnet.ne.jp
[コメント] :   佐久間さんこんにちは

地図の中に古川姓が他に2軒あることは今まで気が付きませんでした。
ですが、加茂に来た経緯は今までは殿の言いつけで
「同日越後に罷り越すように仰せつけられ、加茂町の志田家に駐鎚する。」とされていますし、志田家(屋号三河屋)で鍛刀していたされており、そのように銘した作品もありますので、親戚を頼って来たということは現状では考えられないことと思います。
  2005年6月1日 (水) 20時45分23秒
[名前] :   佐久間力則
[URL] :   
[コメント] :   先日は大変お世話になりました。
外山さんにお会いしてとても強く印象に残りました事は
名刀というものは人を選ぶものだという事です。地道で真面目で社会に認められている人にだけ集まるものであることを教わり又刀を通じて人としてあるべき姿教わりました。本当ありがとうございました。
再会できる日を楽しみにしております。とりあえず御礼まで
 
 
  2005年6月2日 (木) 23時13分56秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   佐久間さんこんにちは
遠路をご苦労様でした。
好きなことをしていると時間の過ぎるのが早いですね。
私は長い間勉強もしましたし、授業料も結構払って来ました。
でも、こういう勉強は際限がないと思っています。
また機会がありましたらお出かけください。
  2005年4月26日 (火) 13時50分45秒
[名前] :   HIKKY
[URL] :   http://tetsu.town.sakaki.nagano.jp/
[コメント] :   ご無沙汰しています。
僕が所属する東信支部の事務局でもある「鉄の展示館」で会員所蔵の刀剣、小道具の展示が始まりました。
僕も一口協力させていただきました。
上のURLが展示館のアドレスです。
お時間がありましたら足をお運び下さい。
 
 
  2005年4月26日 (火) 22時40分37秒
[名前] :   外山
[URL] :   
[コメント] :   HIKKYさんこんにちは
昨年、清麿などの展示会で鉄の展示館を訪問しました。
その晩、上山田温泉に泊まりましたら午後5時頃に中越地震がありまして、そこに居ても大きな揺れで驚いたものでした。
展示館からは案内を頂いておりましたが・・・、今回は残念ですが行けそうにありません。
  
▲このページのトップ  

Yahoo!ジオシティーズ