トップ | 日本四百名山 | 東海自然歩道 | 神奈川県の山 | 東京都の山

北京から西安へ 7


Page:10

〜西安城壁をサイクリング〜

 南門からの城壁の入場料は意外と高く40RMB。西安市内の各施設の入場料の中で一番高かった。城壁の上に登り真っ先にレンタルサイクル場を探すとすぐに見つかった。料金表を見ると、「一人乗り:15RMB/1.5h、二人乗り:30RMB/1.5h、押金:200RMB、超過時間は30分ごとに半分の料金」となっている。早速係員に料金を払い、好きな自転車を選ぶ。と言っても種類は2種類しかない。一人乗り様と二人乗りタイプのものだ。二人乗りは前後に二人乗るタイプだ。一人乗りようの一番手前のものを選んで早速出発。どちら周りにするか一瞬考えたが、反時計回りに走ることにした。
 西安城壁は一周14kmある。ノンストップ時速14kmで走ると1時間かかる計算になるが、城壁の内外を眺めたり写真を撮りながら走るので、どれくらいの時間がかかるか見当が付かない。
 城壁の上は意外と広く、四車線の車道ほどの広さがある。人の姿はまばらで、市街の喧騒と比べると、とても閑散としている。徒歩でのんびり歩いている人は一周回るのだろうか。3時間以上かかるはずだ。城壁を入退場できるのは南門と西門だけのはずだが、地元の人は抜け道を知っているのかも知れない。
 【城壁の上】
 【道はレンガ】
 東に向かって自転車をこぐ。地面はレンガが敷き詰められているが、ゴツゴツしているため自転車の振動が激しい。しかも、ところどころ穴も空いているため、それを避けながらの運転となる。城壁の外に向かって一基だけ大砲が据えられていた。西安や長安の歴史上、この城壁から大砲を撃ったことはあるのだろうか。日本はこの長安の街を参考に平安京を作っているが、城壁は作っていない。騎馬民族が攻めてくる心配はないので当然といえば当然だ。
 東南角の第一コーナーを回るとやや下り坂になっている。ペダルをこがなくても勝手に進んでいく。やがて右手に長楽閣の建物とその下にアーチ状の長楽門が見えてくる。城壁から城門が見えるというのは、その部分だけ門が二重になっているからだ。
 第二コーナーを回り、右手に西安駅の駅舎が見えてくる。3ページの西安駅は城壁の上から撮ったものだ。駅前は相変わらず多くの人で賑わっている。西安駅の先には、古城第一問と書かれた北門(安遠門)がある。ここまで来てようやく中間地点である。走り始めから50分ほどかかった。
 第三コーナーを曲がり南下すると西門(安定門)が見えてくる。この門がまさにシルクロードへの入口である。西方からの行商人も必ずここをくぐって入城しているはずだ。
【安定門(西門)】

 西安城壁の西側にある門。シルクロードの出発地点である。
 東西南北の各門は二重になっていて、内側の門には城楼、外側の門には閘楼が建っている。

 最後のコーナーである第四コーナーを曲がると、ゴールは近い。しかし、第4コーナーは見張り台のようになってそこからも城外を眺めて写真を撮る。外は広い道路が地下と地上で交差していた。余談になるが、中国は車をスムーズに走らせるための道路造りが日本よりも進んでいる。日本ではやたらめったらと渋滞の元凶となる信号を作るが、中国では信号は少ない。中国の道路は左折禁止の場所がほとんどで、赤信号でも右折ができるのである(中国は右側通行)。左折をするために、曲がりたいところよりずっと先のロータリーから引き返して右折するということが良くある。その方が効率的だといえる。中国で信号機があるのは本当に主要な交差点だけである。また、中国では歩道も少ない。人がよく横断する道には必ず地下通路ができているのである。横断歩道や地下通路がないところでは、車にぶつからないように横断すればいいのである。実に合理的だ。中国のドライバーにとってはまことにストレスのない道路事情と言える。しかし、中国のドライバーはクラクションをよく鳴らす。それはたいてい前をとろい車が走っているときで、しつこいくらいにならすのである。そんな事情のためか、中国の車のクラクションの音量は小さめである。
 結局、城壁一周は1時間35分かかった。超過料金は取られなかったが、90分で回るというのはかなり厳しい。2時間くらいかけてのんびり城壁内外の風景を楽しみながら走るのが適当だろう。それにしても、城壁でマラソン大会でもやれば良いのにと思った。広い走行路で、アップダウンもほとんど無い。そして何より車などを規制する必要がないので、開催のコストは極めて低いはずだ。ところが帰国してから調べてみると、毎年11月第一日曜日に「西安城壁国際親善マラソン」が開かれていることが分かった。中国人が走る姿は想像できないが、日本からもツアーを組んで参加しているようだった。

 南門から城外に出て、小雁等に向かって歩いた。長安路を南下し友誼西路に右折すると、左手に小雁塔の入口が見えてくる。南門からは10分ちょっとの距離だった。
 小雁塔は薦福寺の中にあり、707年に建立されている。大雁塔よりも後に建てられ、小ぶりなことから小雁塔と名付けられたらしい。小ぶりと入っても13層43mの高さがあり、屋上まで上ることができる。
 塔の中に入り、螺旋階段のように四角の階段を回りながら登っていく。上部の方になるほど階段は狭くなり、屋上に出るところは肩幅ほどの穴から出るような感じで、まるで地下のマンホールからはい出したような格好となった。屋上は鉄柵で囲まれているが、西安のビル街が見渡すこことができる。塔のすぐ下は公園のようなものが建設中だ。もともと小雁塔には屋上など無く、15層の塔だったものが地震のため上部2層が崩れたため、14層目がむき出しになったようである。屋上のレンガが中途半端に積まれているのがそれを物語っている。
 小雁塔の次に、陝西歴史博物館を目指す。鐘楼からのコースは着々とホテルの方へ近づいている。今日一日でタクシーを利用したのは朝だけで、残りは全て徒歩の予定となる。長安路を歩いていると、長安大学の近くに海港城という若者で賑わうショッピングセンターがあった。そこのマクドナルドで休憩した。中華にあきるとどうしてもこういうところに入ってしまう。注文でいちいち話さなくて良いということもある。西安では至る所でマクドナルドを見かけた。ちなみにコンビニはほとんど無い。
 【小雁塔屋上】
 【小雁塔】
 【歴史博物館】
 【はにわ】

 陜西歴史博物館は、1991年に開館した比較的新しい博物館。北京の故宮博物院に次ぐ規模を誇り、陝西省各地の出土品113,000点を収蔵し、展示されているのは約3,000点のみということだ。展示室は年代順に3つに分かれて、第1展示室は先史時代から周、秦代までの青銅器や陶器が中心。最初に北京原人より古い115万年前の藍田人の頭骸骨が置かれている。兵馬俑から出土した銅車馬も展示しているが、これはレプリカ。第2展示室は、漢から魏晋南北朝。第3展示室は隋・唐から清代までで、彩り豊かな唐三彩が見物。唐代にアラブ方面から貢ぎ物として贈られたとされるメノウの杯獣首瑪瑙杯が有名。地下には各地の陵墓から発見された唐代の巨大な壁画が納められている。永泰公主墓や章懐太子墓などから発見されたものが有名。展示物は碑林博物館から移転したものなので、この歴史博物館ができたことにより、碑林博物館は文字通り石碑などの石刻中心の展示となったそうだ。
 陜西歴史博物館を出て東の方へ歩いていくと、すぐに大雁塔が見えてきた。塔の周りは広大な公園となっていて、家族連れや、子供の姿が多い。この日は、大雁塔は遠くから見るだけで、見学は明日行うことにしている。公園を通り抜けて、大雁塔の向こう側にあるホテルに戻った。

Camera:SONY DSC-U30,CANON EOS 10D

次へ



ホームに戻る
NOHOU