トップ | 日本四百名山 | 東海自然歩道 | 神奈川県の山 | 東京都の山

北京から西安へ 6


Page:,10

〜西安市街散策〜

【11月23日(水)】
 西安はかつて長安と呼ばれた都であり、中国六大古都の一つである。長安がはじめて都になったのは、紀元前12世紀の西周からで、その後、秦、前漢、前趙、前秦、後秦、魏、西魏、周、北周、唐の11の王朝が相次いで長安を都とし、1000年間に渡って中国の中心地として栄えていた。日本と長安との関わりは古く、唐の長安城をモデルにした都市として、太宰府、平城京、平安京があり、遣隋使や遣唐使も長安(大興城)を目指している。

 朝、ホテルの前に停まっているタクシーに興慶宮公園行くように頼むと、近いので不好と言うものの乗せてくれた。この運転手は良く話すので、つたない中国語で会話する。兵馬俑に行かないかとか青龍寺に行ったらいいとか、動物園の話しになると、地図上の動物園は閉鎖していて、遠くに移転したことが分かった。青龍寺については、西安に来るまで知らなかったのだが、その晩ガイドブックを見ると、空海ゆかりの寺であることが分かり、次の日に行くことにした。
 興慶宮公園は阿倍仲麻呂の記念碑があるというので見に来たのである。中国の多くの公園は有料で、入場するたびにチケットを買って入らなければならない。しかし、入場料金2回分ほどで一ヶ月有効の定期券が買えるため、地元の人達は皆定期を買って、毎日のように通っている。公園の入口では続々と人が入場しているが、チケット売り場を利用している人はいないようだ。
 【踊る集団】
 興慶宮公園の南門から入るとすぐに、ダンスをする集団が目の前に飛び込んでくる。100人ほどの年配の男女が綺麗に整列して、軽快な音楽に合わせて手足を動かしている。このような踊りは誰が考えるのだろうか。朝、ホテルでテレビを見ていると同じような踊りをやっていたので、それを見て公園で実践しているのかも知れない。
 中国では公園で太極拳というイメージがある。もちろんその太極拳をやっている集団もいたが、踊りだけでも様々な種類が見られる。社交ダンスのステップ練習の様な踊りをする集団も見られた。
 まったく中国の朝の公園は大人達の遊び場になっている。子供は遊びの天才だと言われるが、ここでは大人達が様々な遊びを創造して楽しんでいるようだ。木にぶら下がって体を前後させたり、サーベルを振り回して体操をしている人、サルのように雄叫びをあげ続ける女性、木の幹に背中をたたきつける人、歌いながら歩く人、後ろ向きに歩く人、手のひらの上で球を回しながら歩く人、蛇遣いが使うような笛を奏でる人、棒を回しながら歩く人、公園を歩いているとそのような人たちとすれ違う。
 【興慶宮公園】
 【記念碑の様子】
 【記念碑】
 【興慶湖】
 興慶宮公園へ来た目的は、大人達の様子を探りに来たわけではない。遣唐使として中国で滞在し、当時最高の学府で学んだ阿倍仲麻呂の記念碑を見るためである。公園の南東の隅にあるとガイドブックに書かれていたので、そのあたりを探しに行くと、白い4m程の記念碑が見えてきた。記念碑の前では踊っている人達がいたが、近づいて記念碑の写真を撮りまくった。
 仲麻呂の碑は西安市と奈良市の友好都市締結五周年を記念して、1979年に建てられたもので、正面に「阿倍仲麻呂記念碑」、側面には仲麻呂と李白の詩がそれぞれ刻まれている。

【沈香亭】

 いくつか建物があったが、手前の天壇のような建物が沈香亭だろうか。楊貴妃が牡丹を観賞するために建てられたものらしい。

 公園はとても広い。北門の方から出ようとしたものの、公園の中には大きな湖である興慶湖があるので、かなり回り込んで歩かなければならない。途中、玄宗皇帝と楊貴妃が遊んだという沈香亭という建物もあった。
 北門から公園を出て、城内を目指して西の方に歩く。西安の道は碁盤の目のようになっているので分かりやすい。東関正路から東門(長楽門)をくぐり城内に入る。そのまま真っ直ぐ西に歩く。このあたりは東大街で道の両脇は様々なショップが建ち並んでいる。
 右手に炭市街副食品市場という派手な門を構えた市場があり、ちょっと寄ってみた。アーケードの中では新鮮な魚介類が通りいっぱいに売られている。西安は海から遠いはずなのに良くもこれだけ魚が揃うものだと感心する。全て川魚だろうか。陽澄湖産の上海蟹も並んでいた。奥の方は果物の店が並び、アーケードの出口が見えたので引き返した。
 鐘楼の近くには五一飯店という有名な店があった。ここで朝食を取ることにした。店内はセルフサービスでテーブルが並んでいる。朝食には時間が遅いのか、客もまばらだった。店頭で売っていた肉まんを3種類ほど選んで中で食べた。五一飯店の前には、旅遊バス乗り場があった。中国人向けのツアーなので格安に行くことができるものだ。西線ツアーはここで利用しても良いかと思ったが、次の日も市内見学となった。いずれまた西安に来たときには利用することになるかも知れない。参考までに料金は、東線が20RMB、西線は30RMBとなっている。昨日、東線に400RMB払っているので、卒倒しそうなくらいに安い。もちろん400RMBなりのメリットはあるが。
 鐘楼は西安城内のど真ん中にあり、交差点のロータリーの上に建っている。そこへ行くためには地下から潜っていかなければならない。券売所も地下にあり、鼓楼との通し券(25RMB)を買う。


【鐘楼の鐘】

 西安の中心にある鐘楼は高い土台の上に建ち高さが36mある。楼閣の上にも登ることができ、テラスに出ると西安市街を見渡すことができる。
 土台の西北角には鐘が置かれて有料で撞くことが出来る。撞き棒は木魚となっている。

【鼓楼】

 鼓楼は鐘楼から歩いて5分ほどのところにある。かつて鐘を突くことで市内に時を告げていた。こちらは高さ33m。大太鼓がいくつも展示してあり、有料(5RMB)で叩けるものもある。一下:生活幸福、二下:身体健康、三下:万事如意と説明書きがある。
 西の方を眺めると、広い範囲で工事中であった。この辺りは西安でも一番の繁華街である。古都西安でも古いものが次々と取り壊され、新しい町並みに生まれ変わっているようだ。

 鼓楼の土台は南北を結ぶ通路があり、北の方へ抜けると北院門街というイスラムの商店街となっている。羊肉を串焼きにしたシシカバブーの香ばしい匂いが漂ってくる。また奥の一画には行列のできている包子の店があった。
 【宝慶寺華塔】
 【書院門古文化街】
 古文化街から鐘楼の方へ戻り、昨夜と同じように南大街を南下し、南門(永寧門)に向かう。西安の中心地は城壁に囲まれた珍しい街で、今でも完璧にその城壁が残されている。城内に入るためには必ず城門をくぐらなければならないのである。現在の城壁は明代に作られたもので、周囲の長さが14km、高さ12m、上部の幅が12mほどもある立派なものだ。かつて長安が都だった頃は更に大きな城壁で囲まれていたという。当時の城壁は騎馬民族の侵入を防ぐためのものであったが、現在では観光客に開放されて、城壁の内外を見渡せるようになっている。周囲14kmを自転車で回ることもできると聞いていたので、挑戦するつもりであった。
 南門の手前左手の方に、宝慶寺華塔という小さなレンガの塔が立っていた。そのすぐ右手には、書院門古文化街の入口の中華門も構えている。通りの中は、土産物を中心に売る屋台が出ていて、道路の両脇の店では筆や硯など書道に関するものが売られている。また、明の時代の学校のようなものである関中書院もある。
 城壁の入口の南門はロータリーの中にあり、多くの車が行き交う中どうやって渡るのか不思議であった。もちろん信号や横断歩道はない。意を決して渡ることにした。

Camera:SONY DSC-U30,CANON EOS 10D

次へ



ホームに戻る
NOHOU