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SO−SO−SO− ■1999年02月20日執筆
■友達から聞いた世間話を小説化
 
【第1章】
  僕は母親に伴って東西線に乗っていた。時刻は午後の一時を過ぎており、座れるくらいに車内は空いていた。東西線からの眺めは殺風景で、平坦な地形に形の似た住宅が限りなく建ち並び、ところどころに薄汚れた工場が見受けられた。時折通過する何本かの川がその宿命的な風景にかろうじて救いをもたらしていた。

  母親とふたりで出掛けるなんて何年振りであろうか。父親方の親戚一同が祖父母の家に集まるという、いわば親族レベルにおける儀式のようなものが毎年正月に行われ、その時に唯一家族そろっての行動があるものの、母親とふたりきりとになると、それは滅多になかった。
  余談だが、その正月の集まりについて述べたいと思う。これは特に何をするというわけでもなく、みんなで箱根駅伝を見ながらだらだらと一日を過ごすといったもので、帰り際に親族そろって写真を撮ることが恒例となっていた。その頃には祖父や叔父や父親の吸ったタバコの煙で部屋の中は悶々としているのだが、それでもそこには何とも言えない良い雰囲気が漂っていて、毎年僕は小さな幸福を感じていた(タバコの煙もさほど気にならない)。しかし先日その儀式について僕の友人に話したところ、そんな親族は気味が悪い、と非難されたことはあったが。

  僕の父親はボーイスカウトの隊長を担っており、今日はキャンプということでここにはいない。もともとは弟の保護者ということで入隊したのだが、その弟はとっくの昔に除隊しており、本末転倒気味で父親だけが居残り、ついには隊長の位にまで登り詰めたのであった。こう書くと成り行きで隊長になったように思われるかもしれないが、一応隊長になるには試験があって、ある期間父親は毎日明け方まで勉強をしていた。何が彼にそうさせたのかと母親と弟は疑問に思っていたが、僕が思うに、当時父親は二度目のリストラクチアリングに遭っており、再々就職先は決まってはいたものの、それだけでは自己の確立には不十分で、そのために彼は無我夢中で隊長を目指したのだと思う。
 

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