百詩篇第1072番解釈集

 

 

千九百九十九年七ヶ月、

天から恐怖の大王が来るだろう。

アンゴルモワの大王を蘇らせ、

マルスの前後に首尾よく統治するために。

 

(上記画像はウィキメディアコモンズによる - 詳細データ。大元の出所はhayato氏である)

 

 

【はじめに】

 

 非常に有名なこの詩について、いままでの解釈屋や研究者はどのような解釈を展開してきたのだろうか。

 というと、「人類滅亡だろ?」といった決め付けが飛んできそうだが、歴史的・国際的に見た場合、実のところ人類滅亡説はそれほどポピュラーな説ではない。今更言うまでもないことだが、人類滅亡説が日本に広まった元凶は、五島勉『ノストラダムスの大予言 1999年七の月人類滅亡の日』(祥伝社、1973年)に他ならない。

 

 この詩の解釈史は日本では稀有な例外を除いて触れられることがなかったので、このコンテンツでは、今までの解釈を時系列的に並べて概観してみることにした。

 

【凡例】

 

 以下に提示する解釈は、原則として該当箇所を全訳・全引用している。20世紀前半までの論者については、数が少ないこともあるので、すべてとり上げた。それ以降については、手許の文献の中からピックアップする形で紹介する。なお、20世紀後半以降の論者については、解釈が長すぎる場合には、要点がまとめられている箇所のみを抜粋したり、一部を省略したりした。

 また、以下の解釈は、海外の信奉者やまともな研究者のものを基軸としており、日本人信奉者のものはほとんど扱っていない。理由は、山本弘氏の『トンデモ・ノストラダムス本の世界』『トンデモ大予言の後始末』の2冊で大体読めることと、フランス語どころか英語すらまともに読めるかも怪しいような手合いの思い付きなどを列挙しても、国際的な解釈史の整理の上でほとんど役に立たないと判断したためである(海外の信奉者の場合、ヘンリー・C・ロバーツのように怪しいケースも若干はあるが、普通はフランス語くらいは読めるし、レオニなどの優れた研究書の存在も一応認識した上で、あれこれ解釈をひねり出していることが多い)。

 なお、このサイトの他の雑文では、しばしばツッコミどころに太字を用いているが、ここでは著者名・書名にのみ太字を用いた。どのような解釈書が出てきたかを通覧しやすいようにとの判断からである。緑色は私が直接参照したことのない文献である。

 文中のCNP Jean-Paul Laroche , Fonds Michel Chomarat : Catalogue Nostradamus et Prophéties, 4vols., Lyon ; Eds. Michel Chomarat, 1999 を指し、PTC Jean-Paul Laroche, Prophéties pour temps de crise, Eds. Michel Chomarat, 2003 を指す。これらはショマラの蔵書リストだが、各文献でどの詩の解釈が行われているかが逐一書き出されているので、手許にない文献のどれに第1072番の解釈が載っているのかをチェックする上で非常に役に立った。

 また、引用中の〔 〕は私の方でつけた訳注である。

 

16世紀から19世紀まで】

 

 恐怖の大王の詩は、現在でこそノストラダムス予言の代表格のように捉えられているが、かつてはそうではなかった。ノストラダムスの元秘書による最初の体系的解釈書ジャン=エメ・ド・シャヴィニー『ヤヌス・フランソワ第一の顔』(リヨン、1594年)では全く触れられていない。この本は「過去編」というべき解釈集で、1534年から1589年の歴史にノストラダムスの詩を当てはめていたという事情もあるが、彼が「第二の顔」として準備していた「未来編」も1607年までの近未来を想定したものであった。

 1656年には著者不明の『ミシェル・ノストラダムスの真の四行詩集の解明』(刊行地記載なし)が出版され(著者はエチエンヌ・ジョベールとジャン・ジフル・ド・レシャクの二説がある)、1672年から1673年にかけては元・外交官ジャック・ド・ジャン『ノストラダムスの百詩篇集から引用された予言』が出版されたが、いずれにもこの詩の解釈はなかった*

J.-A. Chavigny, La Premiere Face de Janus François, Lyon ; Les heritiers de P.Roussin, 1594 ; anonyme, Eclaircissement des veritables quatrains de maistre Michel Nostradamus, s.l., 1656 ; Le Chevalier de Jant, Predictions tirees des Centuries de Nostradamus, s.n., 1673

 

 この詩の解釈が最初に示されたのは、フランス出身の医学博士テオフィル・ド・ガランシエール『ミシェル・ノストラダムスの真の予言あるいは予測』(ロンドン、1672年/1685年)である。この本は『予言集』の全訳・全解釈という体裁上、1072番にも解釈が添えられていた。そこにはこうある。

 

 ここでアングーモワの大王と呼ばれているのはフランス史上で最も勇敢な君主であったフランソワ1世である。彼は、王となる前はアングレーム公の名で通っていた。詩の残りの部分はわかりやすい。

 

Théophilus de Garencières, The true Prophecies or Prognostications of Michael Nostradamus, London ; Th.Radcliff & N.Thompson, 1672

 

 これだけである。何がどうわかりやすいのかサッパリ分からない。志水一夫氏ならば「当たり前」の説であるところのキリスト説を念頭に置いていたとでも言うのかもしれないが、後出のギノーのような王政復古的解釈を念頭においていた可能性もある。ただ、注目されるのは、「アンゴルモワ」を普通にアングーモワ(アングレームを州都とした州)の意味に捉えていたという点である。後の時代の解釈など知る由もないガランシエールにとって、それは疑問の余地のない読み方だったということだろう(彼の場合は原文そのものをAngoumoisに書き換えている)。

 このガランシエールの対訳版に触発されたのか、当時のイギリスでは、フィラレロス『イングランドにとっての喜ばしき朗報、すなわち有名なノストラダムスの予言』(ロンドン、1681年)ウィリアム・アトウッド『ノストラダムスたちの驚異の予言集』(ロンドン、1689年)* といった、いくつもの解釈書(その多くはパンフレットと呼ぶのが適切な薄いものである)が出現した。しかし、それらでは第1072番は採り上げられていない。

J.B. Philalelos, Good and joyful news for England: or, The prophecy of the renowned M.Nostrdamus, London ; A. Banks, 1681 ; W. Atwood, Wonderful predictions of Nostredamus,Grebner, David Pareus, and Antonius Torquatus., London ; J.Robinson et als., 1689

 

 次に解釈が掲載されたのは、ルイ14世の元小姓頭と称していたバルタザール・ギノー『アンリ2世からルイ大王までの歴史とノストラダムス予言集との対照』(パリ、1693年〜1718年)である。この文献は17世紀末から18世紀初頭に版を重ねたもので、そこにはこうある。

 

 この詩は、300年後に神がフランスに改めて「恐怖の大王」、つまりヨーロッパ全体を揺るがし、その周到さと価値によってルイ大王〔引用者注:ルイ14世〕の再来を髣髴とさせる偉大な君主をお遣わし下さる、ということを言いたいのである。

 ルイ大王の再来を思わせるということは、「アングルモワ (Angoulmois) の大王」という形で示されている。この行〔三行目〕は、我々にそれがフランスの王であることを示す以上の意味を持たないようである。

 「前後、マルスが幸福に支配する」〔引用者注:四行目はこうも訳せる〕とは、つまり、君主の到来の前にも後にもフランス軍には常に栄光があり、軍神も永きにわたり恩寵を与えてくださるというのであろう。

 

Balthazar Guynaud, La Concordance des prophéties de Nostradamus avec l'histoire, depuis Henry II jusqu'à Louis le Grand..., Paris : Veuve J. Morel, 1712, pp.360-361

 

 見ての通り、フランスの永続的な繁栄を微塵も疑っていないような解釈で、ある意味微笑ましくさえある。もちろん、16世紀フランス人の詩に対する読み方としては別におかしなものではない。この時点では、人類滅亡など全く想定されていなかったことがわかるだろう。また、「恐怖の大王」が、フランスの周りの国々に恐怖を与える存在と位置付けられている点にも注目すべきであろう。全人類にとっての恐怖の的、といった20世紀によく見られた解釈とは明らかに一線を画している。

 なお、アングルモワについて一言追記しておく。3行目の Angolmois は、1605年版予言集で Angoulmois と綴られ、この綴りは1668年アムステルダム版などにも引き継がれた。このため、以下の解釈にも両様の綴りがそれぞれ出てくる。

 

 このあと、1072番の解釈は途絶える。ジャン・ル・ルー『ノストラダムスの鍵』(パリ、1710年)にも、テオドール・ブーイ『神託、シビュラ、予言とりわけノストラダムスに関して人間の直感的透視力から汲み出された新考察』(パリ、1806年)にも、この詩の解釈はない*

Jean Le Roux, La Clef de Nostradamus, Paris, 1710 ; Théodore Bouys, Nouvelles Considérations puisées dans la clairvoyance instinctive de l'homme, sur les oracles, les Sibylles et les prophètes, et particulièrement sur Nostradamus, Paris, 1806

 

 D.D.『王政復古以降のグレートブリテンの諸国王・女王の運命に関するミカエル・ノストラダムスの予言集』(ロンドン、1715年)* に関しては、副題に「世界最後の日までの」とあるが、この詩への言及は全くない。

D.D., The Prophecies of Nostradamus concerning the fate of all the Kings and Queens of Great Britain since the Reformation, and the succession of his present Majesty King George, and the continuation of the British Crown in his most serene Royal House to the last day of the world., London, 1715

 

 次の解釈は、1816年のモトレ師『アングレーム公夫妻の結婚と末裔に関する予言』(ヌヴェール、1816年)* で登場したようである。CNPPTCによれば、わずか10ページ余りのこの小冊子では、第520番、第499番、第1017番、第1072番の4篇の解釈が展開されているという(この文献に関するCNPの書誌は、リヨン市立図書館のオンライン目録でも見ることができる。ただし、2009年現在では、同目録にアップされているCNPの文献情報は限定的であるので、以下で言及するCNP参照情報の全てを見られるわけではない)。

 私はこの本を参照していないのでよく分からないが、「王女殿下の御嫡男万歳」という副題を含むタイトルからすると、アングレーム家の結婚祝いと子孫繁栄を祈るようなものに見える。だからおそらく、1999年までにはブルボン家の本流に代わってアングレーム家から国王が出るようになっている、といったゴマすり解釈をしているのではないだろうか。少なくともよもや結婚祝いで、アングレーム家が再興するときが人類の滅亡だとは言わなかったであろう。

L'Abbé Motret, Prophétie Concernant le Mariage et les Descendans Mâles de LL. AA. RR. Monseigneur le Duc et Madame la Duchesse d'Angoulesme. Vive le Fils aîné de la Fille du Roi ! , Nevers : De l'Imprimerie de Lefebvre Le Jeune, 1816.

 

 その後、ウジェーヌ・バレスト『ノストラダムス』(パリ、1840年)アナトール・ル・ペルチエ『ミシェル・ド・ノートルダム神託集』(二巻本。パリ、1867年)といった信奉者にとっての「古典」が現れるが、それらには1072番の解釈はない*

E. Bareste, Nostradamus, Maillet, 1840 ; A.Le Pelletier, Les Oracles de Michel de Nostredame, 2 vols., Anatole Le Pelletier, 1867

 

 バレスト、ルペルチエとともに19世紀の三大解釈者の一人とされるアンリ・トルネ=シャヴィニーも三巻本の代表作『ノストラダムスによって予言・判断された歴史』(ボルドー、1860年〜1862年)では何も語っていないが、同時期の小冊子『ノストラダムス予言集と黙示録の一致、あるいはノストラダムスによって解釈された黙示録』(ボルドー、1861年)では、わずかに言及がある。これは、黙示録を解説しつつノストラダムス予言と関連づけていくものだが、そのまとめのような形でこう述べている。

 

そして2つの予言〔引用者注:「アンリ2世への手紙」と『ヨハネの黙示録』〕の中では、悪魔(le démon)は新たに縛られ、そしてこの世界が終わるのである(le monde finit)。

 

 ここでは第1072番への直接的な言及はない。しかし、そのすぐ下にある黙示録とノストラダムスを対照させた年表にはこうある(1793年から始まっているが、1862年以降のみ引用する。なお「章」番号は黙示録のものである。)。

 

1862-... 第14章、バビロンと没落。「737ヶ月」〔引用者注:「アンリ2世への手紙」に登場する年数〕の終わり。(1799 + 73 = 1862

1862-1919 同上。「57年の平穏」〔引用者注:百詩篇第1089番〕

1919-1944 第15章から第19章、最後の災厄、バビロンの崩壊。「25年ないし27年間の第3のアンテクリスト」〔引用者注:百詩篇第877番と「アンリ2世への手紙」を混ぜ合わせた引用。トルネ=シャヴィニーは同じページ内でこれらを関連付けて解釈している〕

1944-1990 第20章、地上での神の王国。7 x 7年の「黄金時代」?(この期間は正しく位置付けられていないかもしれない)〔引用者注:カッコや疑問符は原文のまま。ちなみに「黄金時代」はおそらく「アンリ2世への手紙」からの引用〕

1790-1999 同上。解き放たれたサタンが世界を堕落させる。〔引用者注:1790とあるのは1990の誤植だろう〕

1999 -... 同上。世界の終わり。「19997ヶ月」

 

H. Torné-Chavigny, Concordance des prophéties de Nostradamus avec l'Apocalypse, ou L'Apocalypse interprétée par Nostradamus, Bordeaux : typogr. de Vve J. Dupuy, 1861, p.40

 

 以上、第1072番の直接的な解釈はないが、黙示録とも関連付けて、世界の終末と解釈していたであろうことは明らかである。それは、同じトルネ=シャヴィニーによる『「大予言者」ノストラダムスの1877年向けの暦』(パリ/サン=ドニ=デュ=パン、1876年)でも確認することができる。そこにはこうある。

 

世界の終わり〔見出し〕

私は『1872年向けの暦』の中で天変地異(cataclysme)が近づいた時の自然災害に関する8〔四行詩2篇〕の解釈をしたが、以下の12行の内容は、その年月を指定しているのである。〔引用者注:以下、中略する形で1072番から74番までの引用〕

 

Henri Torné-Chavigny, Ce qui sera ! Almanach du "grand prophète" Nostradamus pour 1877, Paris & Saint-Denis-du-Pain : l'auteur, ca1876

 

 ここでも、具体的な解釈は何一つ語られていないが、「世界の終わり」や「天変地異」と1072番を結びつけていることは明らかであろう。トルネ=シャヴィニーの解釈は、1999年をノストラダムス予言の終着点に位置づけた最も初期の言及といえる。彼は王政復古を固く信じていた論者で、一連の解釈書でも再三にわたってそういう解釈を展開していた人物なだけに、従来の「フランス王家の繁栄」という基本線からはみ出して終末論的解釈の先鞭をつけていたことには、いささか意外だという印象を受ける。

 しかしながら、こうしてみてくると、19世紀前半まで1072番はほとんど注目されることがなく、ようやく19世紀も終わりに近づいた時期になって終末との関連がほのめかされたに過ぎないことがわかる。ちなみに英語圏の信奉者の「古典」、チャールズ・ウォード『ノストラダムス神託集』(ロンドン、1891年)*には、この詩の解釈は載っていない。

Ch.A.Ward, Oracles of Nostradamus, London, Leadenhall Press, 1891

 

20世紀前半】

 

 20世紀にこの詩の解釈の口火を切ったのは、ローラン・ド・ブランド『20世紀初頭のリヨンとフランスにかかわる興味深い予言』(リヨン、1907年)* だったらしい。ただし、手許にないのでコメントができない。

Laurent de Brindes, Illa Ignorent Ea. Curieuses Prophéties sur la France et Lyon dans les premières années du XXe siècle., Lyon, Juillet 1907

 次がA.ドマール=ラトゥール『ノストラダムスと1914年から1916年の諸事件』(パリ、1915年)* だが、これについては幸いなことに新戦法氏による内容紹介があるので、直接関わる部分を引用させていただこう。

A. Demar-Latour, Nostradamus et les Evénements de 1914-1916, Paris, 1915

 

ところで6章の遠未来の部分で百詩篇10-72が言及されている。この章では未来を推測する要素として、ローマ、大首長、大教皇、アンテクリストを引き合いに出している。

 

ラトゥールが示した10-72のテクストは面白い。恐怖の大王の原句がun Roi de frayeurとなっており、独自の校訂の跡が見て取れる。「20世紀の終わり頃、天はフランスに至高の君主を遣わす。それは己の敵に対して恐怖となり得る人物である。大王たちの模範となるべく統治を行い、彼の登場する前後フランス軍の繁栄が止まることはない。」特段注釈はないがアンゴルモアの大王をフランス軍に見立てているのだろうか?

 

Shinsenpou World BlogA.ドマール・ラトゥールのノストラダムス本

 

 簡潔な解釈だったようだが、バルタザール・ギノーの解釈に非常に近いように思える。少なくとも、トルネ=シャヴィニーが展開した1999年の世界終末というニュアンスからは再び大きく外れたかのようである。

 ところが、この10年後に20世紀を通じて大きく影響を及ぼすことになる「恐怖の大王=アンテクリスト(反キリスト)」とする解釈が出現する。コラン・ド・ラルモール『ノストラダムスの驚異の四行詩集』(ナント、1925年)* でのことである。手許にないのでこれも新戦法氏による紹介を引用させていただこう。

Colin de Larmor, Les merveilleux quatrains de Nostradamus, Nantes; Dupas & Cie, 1925

 

問題の10-72はもちろん未来編に組み込まれている。残念ながら註釈は単なる現代語訳に過ぎない。1999年七番目の月に天から恐怖をまき散らす王がやって来てアンゴルモア(アングレーム?)の大王を甦らせる。見出しには、アンテクリストが偉大な王を甦らせるとある。ここから恐怖の大王をアンテクリストと見なしていることがわかる。次の10-74では、アンテクリストが七番目の大きな数が満了するとき(2000年)に登場、しかしアンテクリストとシナゴーグは終焉を迎える。最後に結論、巻末にノストラダムスの語彙が載っている。語彙集にアンゴルモアの項目はない。

 

Shinsenpou World Blogコラン・ド・ラモールのノストラダムス研究書

 

 これまた解釈ともいえないような簡潔な言及だったらしいことがうかがえるが、アンテクリストと最初に結び付けたと言う点では重要なのではないだろうか。これは後述の通り1930年代に黄禍論と結びついて、ひとつの大きな潮流をなすことになる。

 その翌年にはもうひとつの大きな潮流の源流と言える文献が出現する。クリスティアン・ヴェルナー『ノストラダムスの神秘』である。これは「恐怖の大王」=日食説の初出とされるが、私の手許にないので、hayato氏の紹介と新戦法氏の紹介をそれぞれ引用させていただこう。

 

 1926年に出版された『ノストラダムスの神秘』ではすでに当該詩が取り上げられている。著者のクリスティアン・ヴェルナー(Christian Wöllner)は1999年におきる日食であると解釈し、そのときの天体の位置から、太陽の影が通る道を示している。エミール・リュイール(Em. Ruir)のように、当該詩を日食と解釈している解釈者はウォルナー[sic.]の解釈の系譜に位置付けられる。

Hayato Takubo,「欧米における予言集第1072番の解釈史−20世紀−」Nostradamuslab's blog : 研究

 

もともと1999年の詩と日食を結びつけたのはクリステャン・ヴュルナー[sic.]の『ノストラダムスの神秘』(1926)と思われるが、ここでも特に恐怖の大王=日食と注釈しているわけではない。単に1999年の729日に皆既日食が起こると述べているだけだ。

Shinsenpou World Blog恐怖の大王=日食説の変遷を追う」)

 

 のちに恐怖の大王は日食を表す当時の慣用表現という解釈が出てくるが、ヴェルナーはそうした解釈を行っていなかったようである。さて、hayato氏の紹介ではエミール・リュイール『ノストラダムス、その予言 1948年〜2023年』(パリ、1947年)への言及があるので、時期的に前後するが先に触れておこう。この本も私の手許にないが、幸い高田勇氏の論考に該当箇所が引用されているので、孫引きさせていただこう。

 

この日蝕のときに戦争は最も熾烈を極めるだろう。しかし前後に、マルスは幸せに君臨するだろう。即ち西欧人の軍隊を優遇するだろう。

 

Emir Ruir, Nostradamus, Ses Prophéties 1948-2023, Paris; Éditions Médicis, 1948 in 高田勇「ノストラダムス物語の生成」(『ノストラダムスとルネサンス』岩波書店、2000年)p.300

 

 後で見るように、「恐怖の大王」=日食説はドイツ人注釈者に引き継がれるが、リュイールのようにフランス人の信奉者でこの説を採るものはまれであった。リュイールの想定していた前後の時期のシナリオについては、新戦法氏のブログに紹介がある(Shinsenpou World Blogエミール・リュイールのノストラダムス本」)。

 

 さて話を1920年代に戻そう。実は同じころ、黄禍論的解釈を打ち出す者が現れている。ピエール・ヴァンサンチ・ピオブ『ノストラダムスと16世紀の有名な諸予言の秘密』(パリ、1927年)である。

 

 パリへのアジア人の最初の大きな脅威は、ノストラダムスの以下の四行詩2篇に示されている。それらは、はっきりした言葉遣いで、日時も明示されている。なぜなら、それらは一連の発展の中における「壁」であり、天文学的な時期を数える様々な円の細かな目盛りに正確に一致するための指標だからだ。

〔引用者注:1072番の前半2行のみ引用されているが、ここでは略す〕

 月々は3月(mars)から数えられなければならない。諸案件に従い、1547年のユリウス暦の遅れを考慮すると、出発点は314日である。結果として、事件の日取りは199910月に固定される。飛行機に乗って(空から)、恐怖を支配する者が来るであろう時こそが、その時なのである。

 

Pierre Vencenti Piobb, Le secret de Nostradamus et de ses célèbres prophéties du XVIe siècle, Paris ; Les éditions Adyar, 1927

 

 この解釈には、細かい部分でよくわからないところがある。たとえば、年代を起算するときになぜ1547年が出てくるのか。もし、アンリ2世への手紙に「1557314日」とあることを意識したものならば、1557年の誤記なのではないだろうか。何にしても、19997ヶ月を、199910月と捉える視点と、アジア人の侵略が打ち出されている点は、注目されてよいだろう。ちなみに、「2篇」のもうひとつは第120番なのだが、そこでは黄禍論的解釈が推進された上で、アッティラへの言及がある。ゆえに、後述のアッティラ説への橋渡し的解釈と捉えることができるのかもしれない。また、アッティラへの言及がある一方でチンギス・ハーンへの言及がないのは、当時の黄禍論的認識の一端が垣間見られて興味深い。

 ともあれ、1920年代に「日食」「アンテクリスト」「黄禍論」という、信奉者的解釈にとって主要なモチーフは出揃った。足りないものは1999年を「世界の終末」とするトルネ=シャヴィニー説の復活だけである(もちろん、アンテクリストの到来はそれ自体が本来は終末の前触れなのだが、歴史的にはカルヴァンや歴代ローマ教皇がアンテクリストになぞらえられたことがあるように、拡大して使われる傾向にある)。

 

 確認の範囲で「世界の終末」イメージを復活させた最初の文献は、モーリス・プリヴァ編『ノストラダムス・推量の科学誌』第10号(パリ、1933年)である。プリヴァは「パリのノストラダムス研究所(l'Institut Nostradamus)所長を務め、第二次大戦前夜の1933年から1937年にかけて、ノストラダムスとその予言解釈に主眼を置いた2種類の雑誌を出版した」PTC, p.101。それらの雑誌の中で唯一第1072番に言及しているのが、ここで取り扱う号なのである。そこには、こういう記述が現れている。

 

〔この詩が示すのは〕現在の世界の終わりである。「現在の」というのは、世界の終わりは一度きりでないからで、19997ヶ月すなわち19997月に世界の更新が完了するのだろう。

 

Nostradamus, revue de science conjecturale, no.10, 17 juin 1933, p.10

 

 非常に簡略な説明ではあるが、トルネ=シャヴィニーの終末論イメージの復活といえるであろう。こうした流れを受けたものか、ジャン・フェルヴァン『諸時代の終わり 我らの時代と「最後の時代」に関する主な聖書の預言とそれ以外の予言の集録』(パリ、1937年)* という本でも解釈されているようである。

Jean Fervan, La fin des temps : recueil des principales prophéties sacrées et prédictions sur notre époque et les "derniers temps", Paris : Ed. La Bourbonnais, 1937

 

 プリヴァはノストラダムスを主題とする著書でも、この詩を解釈している。モーリス・プリヴァ『我々の世紀の終わりとノストラダムスによる未来の大君主の生涯』(パリ、1939年)でのことである。再び hayato氏、新戦法氏からそれぞれ引用させていただこう。

 

 この本は、タイトル通り20世紀末の世界について言及したものである。プリヴァは恐怖の大王について様々な想像を膨らませている。例えば、当該詩に関して、中国はそれまでに巨大な国家になり、人民がジンギスカンのような人物を望むなら、彼は侵略の道を選ぶと解釈するのである。また、日本についても書かれており、一度破滅するが、世紀末に復活し中国に侵略しようとするが欧米諸国に妨害されると述べられている。

Hayato Takubo,op.cit.

 

プリヴァの解釈は1914年の戦争について言及があるが、それが第一次世界大戦との認識はない。1939年の刊行のため第二次大戦が見えていないため、その延長線上で未来の戦争を予測している。ただし四行詩の引用などなくリーベル・ミラビリスやヨハネ黙示録をミックスした物語に仕上げている。あまりに飛躍が多すぎてプリヴァの話をすべて理解できたとはいえないが、東方の勢力から、チンギス・ハーンを彷彿させる王が西欧に攻めてくるというモチーフは間違いない。フランソワ一世の再来のごとき大君主が19937月の終りにシャンパーニュで誕生する。19999月の終りに乱暴もの恐怖の大王が空軍を発進させる。遂に大君主の勝利・・・日時はともかく当時の定番的なシナリオだったのは確かであろう。

Shinsenpou World Blogモーリス・プリヴァのノストラダムス本

 

 どうも要約しづらい文献のようだが、恐怖の大王とチンギス・ハーンが結び付けられていること、アンゴルモワの大王とフランソワ1世が結び付けられていることは確かなようだ。後で触れるように、むしろチンギス・ハーンはアンゴルモワ(Angolmois)のアナグラムから導かれるようになるのだが、この時点ではそういう発想は生まれていない。

 

 しかし、この時期の黄禍論的解釈の主流は何といってもアッティラであった。マックス・ド・フォンブリュヌ博士『ミシェル・ノストラダムス師の予言集・解説と注釈』(サルラ、1938年)によって、そうした黄禍論的解釈が整備される。

 

19997ヶ月、つまり19997月に、空から恐ろしい偉大な首領が来るだろう――アングーモワの偉大な征服者をよみがえらせるために――前と後に、戦争が絶頂に達しているだろう。

 

〔アングーモワの欄外注〕アングーモワはヴィシゴート〔ゴート族〕に征服され、ほどなくして、「神の懲罰」アッティラに率いられた黄色人種のフン族に脅かされた。フン族がフランスとイタリアを荒らすために、まずパンノニア〔ハンガリー周辺〕を征服したという事実は、見事なアナロジーになっていると将来書き記されることであろう。〔引用者注:未来のアジアの侵略者がそのような道程を採用するということ〕

 

Dr. M. de Fontbrune, Les Prophéties de Maistre Michel Nostradamus. Expliquées et Commentées, 4e éd., Sarlat, 1939, p.278

 

 アングーモワの大王を、フランス王でなくアジアからの侵略者と、はっきりと結びつける説の登場である。フォンブリュヌ博士のこの本は、1975年までに12版を重ね、その間にかなりの加筆がなされているが、この詩については、わずかな字句の修正(「空から」が「空路で」となるなど)があったのみである。

 なお、フォンブリュヌ博士は、この詩の直後で六行詩47番の解釈をこう展開している。

 

フン族の首領は、教会の座〔引用者注:ここではローマ教皇の聖座を指す〕を奪うだろう。――アンテクリストが新たな戦争を仕掛けるだろう。――彼が襲撃をかけるであろう国はフランスである。

 

Ibid., p.279

 

 あえて引用したのは、恐怖の大王をアンテクリストと結び付けていることを認識してもらいたかったからである。つまり、この時期になって黄禍論と聖書的な終末の情景が、一体化したものとして捉えられるようになったということである(前出のピオブの時点では、西暦34世紀の国際情勢が論じられるなど、黄禍論と終末は必ずしも一致を見ていない)。

 アッティラ説はシャルル・レノー=プランス『ミシェル・ノストラダムスの真の百詩篇集と予言』(サロン、1940年)にも見ることができる。レノー=プランスは、サロンのアンペリ城博物館学芸員補佐だった人物で、第二次世界大戦初期の段階にあって「ダニューブのラテン語名であるヒスターのなかにヒトラーを見出したり、ヴェネツィアの町に過ぎないカステル=フランコの中にフランコ将軍を見出す」(後掲書、p.11ようなセンセーショナルな解釈を批判していたのだが、彼の編んだ用語集にはこうある。

 

ANGOULMOIS (Le Grand Roy) アングーモワは、ヴィシゴートに征服され、フランスとイタリアを荒らしにパンノニアからやってきたフン族に脅かされた。

 

Charles Reynaud-Plense, Les vraies Centuries et Prophéties de Michel Nostradamus, Salon de Provence ; Impr. Régionale, p.215

 

 見てのとおり、フォンブリュヌ博士の欄外注をほとんどそのまま引き継いでいる。センセーショナルな解釈を戒めていたレノー=プランスまでもが、こうした見解を引き継いでいたところに、当時のアッティラ説が持っていた影響力の一端を垣間見ることができるだろう。

 

 フォンブリュヌ博士の解釈は、英語圏ではロルフ・ボズウェル『ノストラダムスは語る』(ニューヨーク、1941年)がそのまま引き継いだ。

 

19997ヶ月は〕ド・フォンブリュヌ博士に従って言い換えれば、19997月である。彼は、アングーモワ地方はヴィシゴートに征服され、のちにはアッティラ率いるフン族に脅かされた、と説明している。何人かのノストラダムス解釈家(Nostradamians)は、この四行詩を黄色人種による来るべきフランス侵攻の時期を示したものだ、と解釈している。

 

R. Boswell, Nostradamus Speaks, Thomas Y. Crowell Co., 1941, p.337

 

 手許にあるのは1943年の第3刷。まさに太平洋戦争真っ只中という状況を考えると、黄禍論的な解釈が勢いをもっていたのもむべなるかな、といったところであろうか。してみると、この詩の解釈史の背景には、大日本帝国が少なからず影響していた可能性も想定できる。それは日本人として喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。

 アジアの侵略という視線は、アンドレ・ラモン『ノストラダムスは全てを見ている 1555年〜3797年』(フィラデルフィア、1943年)にも見られる。

 

1999年にアジアの王が空軍の大編隊(a great aerial armada)を引き連れて来るだろう。これは、ヨーロッパで戦争が行われている時の事となろう。ガリア人の血を引く由緒正しきフランス人が立ち上がるだろう。

 

A. Lamont, Nostradamus Sees All. From 1555 To 3797, W.foulsham Co., 1943, p.343

 

 この解釈では「恐怖の大王」=アジア人による大空襲、「アンゴルモワの大王」=アジア人に立ち向かうフランス人、ということなのであろう。航空戦力に強い脅威を抱いているのは、第二次世界大戦中という時代背景を抜きにしては考えられないようにも思える。ただし、アンゴルモワをアングーモワ経由でアッティラと結びつけず、アジアの脅威に立ち向かう存在とするのは、プリヴァ的なストーリーの焼き直しと見ることもできるだろう。

 

 第二次世界大戦が終結しても、アッティラと重ね合わせる解釈は見られた。ジャン・ムズレット、ポール・エドゥアール『ノストラダムス予言集の原典』(パリ、1947年)の解釈を見てみよう。

 

19997月に、アッティラの恐怖を地上に甦らせる恐るべき君主アンテクリストが現れるだろう。戦争が全地上を覆うだろう。

〔引用者注:六行詩47番が引用されているが省略する〕

3年間続く準備の後に、アッティラのようなアンテクリストが教会に戦争を仕掛けるだろう。そして、フランスと立て続けに戦争しつつ、その座〔引用者注:教皇の地位〕につくだろう。そしてこの悪党は、人々から抵抗されることには我慢ができないだろう。

 そして我々の時代に終止符を打つ199910月がやってくるのだ。ノストラダムスは、人類を飲み込み、この大地を人がおらず住めもしない惑星にしてしまう3つの出来事を描写してその予言を締めくくっている。

 

P. Edouart et J. Mezerette, Texte original des Prophéties de Michel Nostradamus, Les Belles Eds, 1947, pp.213-214

 

 見てのとおり、1072番の解釈自体はフォンブリュヌ博士の解釈を踏襲したもので何ら新しい点はないが、アッティラとアンテクリストがこの詩の解釈の常用語と化していた状況がよくわかる。また、フォンブリュヌ博士と決定的に異なる点としては、他の詩との関連付けによって人類の不可避の絶滅と結びつけた点が目を引く。ここで「黄禍論」「アンテクリスト」「世界の終末」が完全に結びついたと言えるだろう。

 ちなみに、彼らが言う「3つの出来事」とは「太陽が暗くなること」「大洪水」「最後の審判」である。それぞれでほかの詩の解釈を連ねているため、上では引用しなかった。

 

 英語圏では、ロングセラーとなるヘンリー・C・ロバーツ『ノストラダムスの全予言』(ニューヨーク、1947年)で次のように解釈された。

 

世界的な戦争に続き、存在する社会秩序が完全にひっくり返る恐るべき世界的変革が1999年に起こることが予言されている。

 

H. C. Roberts, The Complete Prophecies of Nostradamus, Nostradamus Co., 1949, p.336

 

 手許にあるのは1949年の第2版第5刷である。ここでの注記は短すぎて、個々の詩句を何と結び付けているのかがわかりづらい。この漠然とした注釈に比べて、より大きな意味をもつのが詩の英訳で使われていた語句である。そこには、第5刷の時点ですでに「ジャックリーの大王」(The Great king of the Jacquerie)という根拠不明の訳語が登場している。ロバーツの重要な出典の一つであるガランシエールの本をはじめ、私の手持ちの文献でこのルーツと推測できるものはない。ともあれ、この人騒がせな英訳が、五島氏の創作を経由して、日本では妙な解釈の数々へと転化してしまうことになるのである。

 

 なお、ロバーツ自身の解釈はその後、大きく加筆されることになる。娘婿夫妻らによる改訂版では以下の様になっている。

 

恐るべき世界的革命が1999年に起こると予言されている。それは現存する社会秩序の完全な転覆をともなうもので、世界規模の戦争のあとに起こる。

ノストラダムスは『ヨハネの黙示録』の大いなる秘密に関する神秘的な知識を見せてくれており、我々のために黙示録の獣の正体とその到来の時期を解明してくれているのである。それらはパトモス島のヨハネが『黙示録』第1318節でこう記録している。〔引用者注:黙示録からの引用は略す〕999を単純に反転させ上下をひっくり返すことで、666を導ける。

H.G.ウェルズや他の天賦の才を持つ歴史家・SF作家らの予言的ビジョンとも一致して、ノストラダムスは現に「空から侵略があり・・・そしてマルスは思うままに支配するだろう」時である1999年という日時と結び付けているのである。ただ時間だけが、この「世界の戦争」が文学的に受容されるべきか隠喩的に受容されるべきかを教えてくれるであろう。

「アンゴルモワの大王」は「モンゴル人たちの王」(Roi de Mongulois)のアナグラムである。戦争の驚異は東から来るだろう。東ロシアか、チベットか、中国か、モンゴルか。

 

Roberts / Lawrence, The Complete Prophecies of Nostradamus, Crown, 1982, p.336

 

 この改訂された解釈には、アンゴルモワの大王とモンゴルを結び付けた重要な言及があるが、それについては時系列的に前後するので後述する。

 

20世紀後半】

 

 20世紀後半は、信奉者の間では何らかの破局的事態の予言と解釈されることが多くなる。これ以降の信奉者の解釈書は急増するので、彼らの解釈については日本でも比較的名前を知られていると思われる者たちの解釈を少し見るにとどめる。

 

 まずはジェームズ・レイヴァー『ノストラダムス・あらかじめ語られた未来』(ニューヨーク、1952年)だが、これは日本語版(題名同じ、小学館、1999年)でもわかるように、この詩についてはほとんど何も語っていないに等しい。参考のために引用しておこう。

 

「反キリスト」や「世界の終末」をあつかう四行詩は、歴史の合理的見解にこだわり続ける精神には、受け入れがたいことだろう。予言者は、三人の「反キリスト」がいるという。その一人をナポレオン、もう一人をヒトラーとすれば、残る一人は、これから現れるのかもしれない。

〔引用者注:ここで百詩篇第877番の訳が挿入されているが、省略する〕

 予言者は、その日付さえも与えようとしている。

〔引用者注:以下、百詩篇第1072番の前半が引用されているが、省略する〕

 

ジェイムズ・レイヴァー著、中山茂・中山由佳訳『預言者ノストラダムス あらかじめ語られた未来』小学館文庫、1999年、p.379

 

 とりあえず、トルネ=シャヴィニーがそうであったように、アンテクリストとこの詩を結び付けていることは読み取れるが、具体的な解釈内容を汲み取ることはできない。

 これに対し、スチュワート・ロッブ『ノストラダムスによる世界諸事件に関する予言』(ニューヨーク、1961年)は、次のように新説をおりまぜつつ、やや詳しく論じている。

 

 空の戦争(air warfare)を予言するこの四行詩の中で、恐怖の王が地球外から来るかのように語っている。もしそうなら、マルスは戦争を表していると同時に「火星」も意味しているのかもしれない。

 

 ノストラダムスが空の戦争を語るだけでなく20世紀に位置づけたことによって有名になっているこの詩の中に、我々は1999年中に起こるハルマゲドンを見る。ここでのマルスは明らかに戦争を意味している。その情け深い視角「大義名分のために」は、戦争が正しい側の勝利でほとんど終わること、つまりは「大義名分(the good cause)」のための彼らの戦争を意味しているのだ(オリジナルのフランス語 "bonheur" は、大義名分、好機、幸福を意味する)。

 

S.Robb, The Prophecies on World events by Nostradamus, Liveright, 1961, p.132 & pp.135-136

 

 「恐怖の大王」=宇宙人説の登場である。ただし、わずか数ページの間で見解がぶれてしまっているので、結局のところ解釈の力点がなんなのかは分かりづらい。

 さて、このころ日本でも怪奇作家の黒沼健氏によって、宇宙人説に立った第1072番の紹介が行われている。黒沼健『謎と怪奇物語』(新潮社、1957年)である。該当の文章は、雑誌連載などが先行していた可能性もあるが、特定されていない。

 

 ここで四行詩は一躍一九九九年の世界に飛ぶ。

「この年、恐るべき王が空から舞い降りてくる」

 この王は、ラテン語やギリシヤ語とは、全然源流を異にする言葉を話す。そしてもの凄い武器を打ち振い、その背後には一隊の馴鹿(となかい)を引連れている。四行詩の或る解読者は、この「馴鹿」をシベリヤ北部に棲む民族の象徴と解釈しているが筆者には別な解釈がある。「空から」といい、特別な「言葉を話す」というのは、地球外の生物が「空から」やって来るのではあるまいかというのである。アメリカの或る科学評論家は、地球がすでに他の天体から狙われていることを強調している世の中ではないか。(ジェラルド・ハード著「空飛ぶ円盤の報告書」)

 この「空から」の侵入者のためフランスの受ける被害は甚しく、三月から十月までの間に全土は完全に荒らされてしまう。

「巨大な火焔が飛ぶと見る間に、それは地の隅々まで燃えひろがる。……この劫火に対しては何ものも抗し得ない。ただ手をつかねて、あれよ、あれよと見守るばかりである。……大都市も廃墟と化し、後には一人の住民の姿も見えぬ」

 さながらのピカドンである。

 こうして紀元3420年には、フランス全土は荒涼漠々たる地と変り果てる。

 

黒沼健『謎と怪奇物語』新潮社、1957年、p.60(「となかい」はルビが振られているが、カッコ書きに改めた)

 

 宇宙人説が展開されているが、後半の「巨大な火焔が飛ぶと見る間に〜」という詩句は第1072番と関係がない。これは、明らかにヘンリー・ジェイムズ・フォアマン『予言物語』をもとにアレンジしたものであろう。そこにはこうある。

 

 占星術的な年が3月に始まることを考慮すれば、199910月に残酷な王または指導者が “du ciel” つまり空からパリを強襲し、侵略するのだろう。彼はラテン系とは異なる言語を話す歓待役(host)とともに来るだろう。彼らは恐ろしい武器を持っているだけでなく、トナカイを引き連れているのだ! アジア人のヨーロッパ侵略はありふれているため、それは今でもその多くがトナカイを引き連れているシベリア北部の諸民族が、徐々にヨーロッパに対する新たな未来の侵略者になろうとしていることをほのめかしている。ある点で、予言者は侵略者がスクラヴォニア(Sclavonia)から、つまりアジアから来ると積極的に表明している。現在生きている人の中には、この予言を確認する機会に恵まれる人もいるかもしれない。

 再三再四、パリのために動乱や炎が予言されている。百詩篇第698〔引用者注:97番の誤り〕では、

 「突き進む大きな炎が至る所で跳ね回り散乱する」〔引用者注:仏英対訳になっているが、フォアマンの英訳のみ訳す。すぐ下の詩句も同じ。〕

 第482番では

 「そして彼らは大きな炎を消すことができないだろう」

 火は上から来るだろうというのは、文明化された戦争の新しい理論に言及しているのかもしれないし、ソドムとゴモラを思い起こさせる天からの火に言及しているのかもしれない。

 「大都市はすっかり荒れ果てるだろう

 その住民は誰一人残らない」

 ノストラダムスは百詩篇第384番でそう予言するが、その日はまだまだ先である。パリはまだ15世紀もの間存続し、その最終的な破局は3420年までは起こらないのだ!

 

Henry James Foreman, The Story of Prophecy, Tudor publishing co., 1940, pp.186-187

 

 基本的な骨格が見事に一致している。黒沼氏の場合、パリ限定の話を「フランス全土」に拡大することでセンセーショナルな度合いを強めている。

 なお、フォアマンの紹介ではきちんと別々の詩として紹介されていたものが、黒沼氏の紹介ではあたかも連続的なものであるかのようにも読めてしまうようのは問題だろう。類似の表現は黒沼健『予言と怪異物語』(新潮社、1964年)にも見られる。

 

「この年、恐るべき王が空より舞い降りて来る・・・・・・」

 というのがある。“空より”というのだから、恐らく“宇宙の彼方”からやってくるのであろう。つまり“空飛ぶ円盤”のような“宇宙船”に乗ってやってくるものらしい。この“恐るべき王”は地球の侵略者であって、攻撃を受けるのはフランスということになっている。予言詩によると、フランス全土は三月から十月までの間に、

「巨大な火焔が飛ぶと見るまに、それは地の隅々まで燃えひろがる。この劫火にたいしては何ものも抗し得ない。ただ手をつかねて見守るばかりである。大都市は廃墟と化し、後には一人の住民の姿も見えない」

 空からの侵略者は、水爆を上廻る強力な武器で攻撃するものと思われる。今日でこそ、侵略者は宇宙の彼方からやってきて、水爆以上の武器を使用したと簡単にいえるが、私が最初この予言詩を読んだのは一九三九年――二十四年前のことであった。“空飛ぶ円盤”というものは全然知らなかったし、水爆などというものも、第二次世界戦争以前のことだから、夢にも知らない。

 そこで、“空から”は、フランスが敵国から飛行機による攻撃を受けるものと解釈した。甚だ規模の小さい視野の解釈だが、“円盤”や“核反応”の知識皆無なのだから仕方がないだろう。

 

黒沼健『予言と怪異物語』p.150

 

 これが後の紹介ではダイレクトに第1072番と結び付けられてしまった。黒沼健『世界の予言』(八雲井書院、1971年)でのことである。

 

 そのほか、一九九九年――

“この年、恐るべき王が空から舞い降りてくる

巨大な火焔が飛ぶと見るまに

それは地のすみずみまで燃えひろがる

この劫火にたいしては

何ものも抗し得ない”

 私が、ノストラダムスのことをはじめて読んだのは、一九三五年のことである。

“恐るべき王が空から”といったら、当時の人々の物の考えかたでは、飛行機による空襲としか考えられなかった。ところが戦後五年ほどたったとき、はからずも『ノストラダムスの偉大なる予言』という文章が目についたので、もう一度読み直してみた。そして“恐ろしい王”は、遠い宇宙のかなたから、宇宙人が地球を征服しにくるのではないか、とはじめて気がついた。

 戦後五年ごろは、アメリカでも“空飛ぶ円盤”の研究や著者〔引用者注:「著書」の誤記だろう〕がさかんに発表されて、日本にも同調者がだいぶいた。私などもそのひとりで“円盤”のことを機会あるごとに書いた。

 この四行詩のなかに見える“劫火”という文字も、前には単なる爆弾による空襲と思っていたが、今日ではその爆弾は原水爆と解さなくてはならない。

 一九九九年といえば、あと二十九年先のことである。私は、とてもそれまでは生きていられないが、読者の大部分は、空からの恐ろしい王の来襲を、今日よりも何倍か進歩したテレビで見、劫火の洗礼をうける各地の惨状をつぶさに経験されるのである。

 この宇宙との戦いがどのようなものであるかは、われわれには想像できない。

 しかし、この大戦争にも、地球人は滅亡しない。(以下略)

 

黒沼健『世界の予言』八雲井書院、1971年、pp.157-158

 

 黒沼氏は盗作よけのために、あえて脚色した項目を記事に混ぜることがあったという(黒沼健『予言物語』河出文庫所収の志水一夫氏の解説による。同書p.250)。しかし、ここでの詩句の引用の仕方は、脚色の範疇を大幅に逸脱しているように思える。なお、最初に知った年が1935年だったのか、1939年だったのかにもブレが見られる。

 ともあれ、彼の解釈は宇宙人による原水爆の使用といったものであり、かなりセンセーショナルな解釈だったといえるだろう。しかしながら、この時点ではまだ日本でのノストラダムスブームは訪れず、2年後の五島勉のミリオンセラーの登場を待たねばならない。

 

 前後するが、ロッブの宇宙人説とほぼ同時期に出されていたのが、懐疑派の側からの初の解釈書であるエドガー・レオニ『ノストラダムス・生涯と文学』(ニューヨーク、1961年)である。

 

これはまだ実現していない日付の示された唯一の詩篇であるから、非常に興味深い。19997月に、「恐怖の王」が来るだろう。「空から」は、もしも文学的にとらえるならば、現実の予言であるとともに、その成就の可能性にいくらか信頼を寄せるための正当化にもなるだろう〔引用者注:この一文は分かりにくいと思うが、要するに「『空から』が比喩ならば、実際に空から何も来なかったとしても、当たったとこじつけることは出来るだろう」ということである〕3行目が全ての鍵を握る。もし、アンゴルモワがアングレームを首府とするアングーモワ地方のことであるのなら、我々はアングレーム家を考慮に入れる。この家はフランス王フランソワ1世、同じく王となった子のアンリ2世、孫のフランソワ2世、シャルル9世、アンリ3世を輩出した。王朝名は公式には「ヴァロワ朝」のままではあったけれども。そうはいっても、フランソワ(1世)もアンリ(2世)も恐怖の大王というには物足りなく思えるし、この地方の歴史上、他の適格者もいない。第3のありうる意味が発見されない限りは、アンゴルモワは"Mongolois"の並べ替えであると注記されるべきである。この読み方なら、恐怖の大王にピッタリあてはまるチンギス・ハーンを得ることが出来る。4行目はかなり一般的である。マルスはもちろん軍神である。この四行詩はおそらく北京では好まれるだろう。

 

E.Leoni, Nostradamus : Life and Literature, Exposition Press, 1961, p.750

 

 この解釈は再版である『ノストラダムスとその予言』(ニューヨーク、1982年)では、2行目で2箇所だけ語句が差し替えられている。immense interest great interest に、In July, 1999 In September, 1999 になっている。この場合、後者の改訂に伴って字数が増えたことの調整のために前者を差し替えたと思われるため、重要な改訂は後者だけだろう。「7月」を「9月」にしたのは、sept mois を「sept のつく月」、つまりSeptembre と見たためだろうが、これがレオニ自身の改訂なのかは分からない。

 ともあれ、このレオニの解釈は、私の知る限りではアンゴルモワを並べ替えてモンゴルを導き出す読み方の初出である(前出のhayato氏の論考でも、レオニ以前にこのアナグラムに触れた文献は挙げられていない。新戦法氏にも心当たりはないという)。信奉者の間でポピュラーなものになった読み方を、懐疑派の大御所レオニが推進していたというのも妙な気持ちがするし、いささか戸惑いを感じる。

 レオニ自身は一応アンゴルモワをアングレーム・ヴァロワ家と結びつけることにも含みをもたせていたが、そのような慎重な留保は、信奉者たちのモンゴル説では(特に日本のそれでは)見事に消えうせていた。日本人でモンゴル説を紹介したのは五島勉氏が最初であったと思われるが、その根拠になっていたのはコリン・ウィルソン『オカルト』(新潮社、1973年)での紹介だったcf. 五島勉『ノストラダムスの大予言IIp.193。そこで、これも紹介しておこう。

 

 一部の人はこれが世の終わりを意味していると採り、また他の人びとはこれは外宇宙からの侵略を意味していると考えている。原文の「grand Roy déffrayeur〔引用者注:綴りは原文ママ〕(恐怖の大王)は不快にも水爆のような響きをもっている。アンゴルモワの大王とは、ほとんど確実にジンギス汗のことである。「Angol mois」というのもノストラダムスのアナグラムの一つで、綴りの順序を換えると、「Mongolians」モンゴル人となる。ひょっとしたら彼はこのスタンザで「黄禍」にたいする警告を発しているのかもしれない。レイヴァーは、ノストラダムスが、中世において親しまれていた考え――この世は七千年続くという考え――に従っているのかもしれないという意見を抱いている。その場合、この世は西暦四〇〇〇年に創始されたと想定されているのである。(大司教アッシャーは、聖書で挙げられているすべての時代を綿密に計算した結果、世界の始まりは紀元前四〇〇四年であったとしている)。至福千年期は地球が存在する最後の千年間なので、ノストラダムスは一九九九年七月がこの世の終わりそのものではなく、むしろ終わりの始まりになるのだと計算したのかもしれない。世界の政治家にとっては、一九九九年の半ば頃に、とりわけ熱心に平和のために努力することが必要であろう。

 

コリン・ウィルソン著、中村保男訳『オカルト・上』河出文庫、1995年、p.491

 

 すでに見たように、これ以前ではチンギス・ハーンと結びつける見解は少数派であって、黄禍論的解釈はアッティラと結びつくことが多かったのだが、このころ以降、モンゴル説が受容されるようになった。特に日本の場合、アッティラ説の受容という前段階が存在しなかったため、「モンゴル説が中心でアッティラ説は奇説」といった認識すらまかり通っていたように思う(この点はあくまでも個人的な印象である)。

 ただし、アッティラ説こそなかったが、日本でも、アンゴルモワをアングレームと結びつけたものはあった。澁澤龍彦『妖人奇人館』(1971年)でのことである。彼は該当の詩を引用した後で、こう述べている。

 

 どうもこれだけではよく分りかねるが、とにかく西暦一九九九年七月に、おそろしい大戦争が起って、空から爆弾が降ってくるということらしい。「アングレームの大王」というのは、アングレーム伯と呼ばれたシャルル・ドルレアンの子フランソワ一世のことでもあろうか。マルスは戦争の神だから、やはりこの詩は、凄惨な大戦争の時代を暗示しているもののようである。一九九九年といえば、今から二十九年後のことだ。気になる話ではないか。

 

『澁澤龍彦全集』第10巻、1994年、p.407. (もとになっているのは『妖人奇人館』1971年)

 

 大空襲説の紹介といえるだろうが、より注目すべきはアングレームについてである。澁澤氏のこの紹介の時点で、「アンゴルモワの大王」(澁澤訳では「アングレームの大王」)がフランソワ1世を指している可能性自体もきちんと紹介されていたのである。しかし日本では、この2年後に五島勉が紹介したジャックリー説が幅を利かせてしまったせいか、20世紀末になるまで全く考慮されることはなかったのである。

 

 海外の話に戻そう。既に見たモンゴル説を継承した信奉者側の著書の一つが、1970年代の英語圏でのベストセラー、エリカ・チータム『ノストラダムス予言集』(ニューヨーク、1973年)である。彼女は、この詩の解釈をこうまとめた。

 

 この悲観的な予言のなかで、ノストラダムスは西暦2000年のミレニアム〔訳注:この場合「千年紀の区切り目」〕における世界の終末を予見していたようである。彼は、すべてのミレニアムが大きな恐怖に包まれるという中世の思想の影響を強く受けていた。この詩からすると、この新たなる恐怖の人物の降臨に先立って、我々はアジアの反キリスト「モンゴルの王」に侵されなければならないようである。彼の降臨の前にも後にも戦争があると、ノストラダムスが予期していることにも注意せよ。

 

E.Cheetham, The Prophecies of Nostradamus, Perigee Books, 1973, p.417

 

 

 彼女は後に『ノストラダムスの決定版予言集』(ニューヨーク、1989年)を出版するが、そこでも解釈の内容はほとんど変化していない。

 

 19997月に第3のアンチキリストが到来すると告げるこの憂鬱な予言の中で、ノストラダムスは、ミレニアムの到来を予見したようである。彼はこの見解について同時代の思想に強く影響されていた。この四行詩は、恐怖の大王の最後の到来(the Final Coming of the Great King of Terror)に先立って、「モンゴルの王」つまり第3のアンチキリストが到来することを示しているのだろう。ノストラダムスが、その到来の前にも後にも戦争があると見通していたことを書き留めておくのは、興味深いことである。彼は、それゆえに世界が即座に終わるとは言っていないのだ。

 

E.Cheetham, The Final prophecies of Nostradamus (reissue ed.), Warnerbooks, 1990, pp.531-532

 

 チータムはここで「恐怖の大王」の正体についてはっきりとは語っていないが、カミングを大文字で書いていることなどからは、キリストの再臨を想定していたようにも思える。レオニの場合、恐怖の大王とアンゴルモワの大王は同一のものとして捉えられていたが、チータムは、モンゴル説を継承しつつも、それはあくまでもアンゴルモワの大王のみに適用し、恐怖の大王とは切り離していることになる。

 

 1970年代の英語圏では、懐疑派の側にも見ておくべき文献があった。リベルテ・ルヴェール『ノストラダムスの予言と謎』(ニュージャージー州グレン・ロックス、1979年)がそれである。ルヴェールは、SF編集者・評論家で日本文化研究者でもあったエヴリット・ブライラーの変名だが、彼の解釈はこうである。

 

これはノストラダムスの最も有名な四行詩のひとつである。19世紀と20世紀は、この詩の中に空での戦争と黄禍論を読み取った。しかしながら、ノストラダムスの時代には、至福千年説、紀元2000年、反キリスト、ハルマゲドンなどの一表現として理解されたのである。ノストラダムスの脳裏には、破壊的な軍隊の一つの指導者としてのチンギス・ハーンがあったことだろう。しかし、その一方で、カルヴァンも念頭においていた可能性がある。カルヴァンはその教育をアングーモワ地方で終えていたからである。カルヴァン派とモンゴル軍は、ともに〔引用者注:カトリック系の同時代人からみれば〕巨大な悪の力という共通項がある。

 

Liberté LeVert, The Prophecies and Enigmas of Nostradamus, Firebell Books, 1979, p.247

 

 ジェイムズ・ランディが懐疑派の重要人物として賞賛していた人物の解釈である。ルヴェールの解釈は随所に見るべきものがあるのは事実だが、この詩についてはいささか曲解が過ぎるのではないかと思う。少なくとも、アンゴルモワの大王をカルヴァンと結びつけたのはおそらく彼だけではないだろうか。アンゴルモワを「アングーモワ地方」と捉えるところまでは異論がなくとも、その地名をどういったことの象徴と捉えるかには意外と差が生まれるものだ、という一例とはいえるだろう。アングレームからの飛躍の例は、後でも登場する。

 

 同じころのドイツでは、アレクサンダー・チェントゥリオ博士『ノストラダムス・予言的世界史』(1977年)で、日食説が再び提起された。

 

 ノストラダムスはまだユリウス暦に従って計算していた。グレゴリオ暦に直せば、この日付は19998111108分である。当時の「恐怖の大王」は、現代でいう大規模な日食のことである。16世紀の人々は、そうした天の出来事の中に全人類の危機を見出したのである。

 

Dr.N.A.Centurio, Nostradamus Prophetische Weltgeschichte, Turm-Verlag, 1977, p.56

 

 ユリウス暦からグレゴリオ暦に換算しただけで分単位の時間はでてこないだろうと思うが、それはさておき、「恐怖の大王」=日食説がはっきりと示されているのみでなく、それが当時の慣用表現であったことが示されている点は重要であろう。この説は、日本ではクルト・アルガイヤー『1987年悪魔のシナリオ・ノストラダムス大予言の新しい解釈』(光文社、1985年)で言及され、志水一夫『大予言の嘘』(データハウス、1991年)や同氏による日食説について言及した文を含むベストセラーと学会『トンデモ本の逆襲』(洋泉社、1996年)でも、アルガイヤーの本に基づく形で紹介されたため、比較的知られていたと思われる。

 

 1980年代になると、マックス・ド・フォンブリュヌ博士の息子ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ『ノストラダムス・歴史家にして予言者』(パリ、1980年)が国際的な大ベストセラーになった。しかし、こと1072番の解釈に関する限りでは、彼は父マックスの解釈をほぼそのまま引き写したに過ぎない。

 

19997ヶ月、つまり19997月に、空路で恐ろしい偉大な首領が来るだろう――アングーモワの偉大な征服者をよみがえらせるために――前と後に、戦争が首尾よく支配しているだろう。

 

〔アングーモワの欄外注〕アングーモワはヴィシゴートに征服され、ほどなくして、「神の懲罰」アッティラに率いられた黄色人種のフン族に脅かされた。フン族がフランスとイタリアを荒らすために、まずパンノニアを征服したという事実における、アナロジーの見事さが将来書き記されることであろう。

 

J.-Ch.de Fontbrune, Nostradamus: Historien et Prophète, Rocher(Pocket), 1982, p.27

 

 見ての通り、表現を少し変えたくらいしか変化はない。20世紀後半になってもアッティラ説を固守した者はそう多かったようには思えないが、フォンブリュヌは父親の解釈の正当な後継者として、その立場を守ったといえるだろう。この本は、アメリカ、カナダ、ドイツ、ポルトガル、スペイン、トルコ、ギリシャなどでも翻訳出版されたので、アッティラ説の国際的認知度向上に貢献したのではないだろうか。ちなみに日本語版は欄外注が省かれたこともあってか、この本の出版後もアッティラ説はろくに省みられなかった。省みられるまでには、イオネスクの登場を待たねばならない。

 そこで時期的に若干前後するが、イオネスクの解釈にも触れておこう。ヴライク・イオネスク『ノストラダムス・メッセージII』(竹本忠雄・監訳、角川書店、1993年)では、彼はこう解釈している。

 

 一九九九年の、その七月(ななつき)のち、すなわち八月十一日の皆既日食の日に、天子として一人の大王が生誕し、後にキリスト教世界の敵どもを震撼せしめるだろう。

 しかして、彼は、かつてフン族(アンゴルモワ)を破って肇国(はつくに)しろしめす初代キリスト教国王となったクロヴィス一世の再来とも仰がれよう。周辺の蛮族を平らげたこの王と同じく、またアジアの夷狄を一掃したその祖父、メロヴェーのごとく、この未来の王は、中国とイスラム圏からの侵略者たちを撃退するであろう。

 この王の到来の前後が軍事衝突の時となろう。

 

イオネスク、前掲書、p.143(一部のルビを丸カッコでの表記に置き換えた)

 

 引用した箇所には直接でてこないが、彼はアンゴルモワを蒙古系(モンゴレ、Mongolais)のアナグラムとした上で、それをアッティラと重ね合わせているのである。だからある意味では、イオネスクの解釈はアッティラ説とモンゴル説の総合を行ったと位置付けてよいだろう。

 

 さて、フォンブリュヌ前後の解釈状況に戻ろう。セルジュ・ユタン『ノストラダムス予言集』(パリ、初版1962年)では、アッティラ説と異なる解釈が展開された。彼は1966年版の時点では、実にそっけないことしか語っていなかった。

 

 ノストラダムスが当たるのなら、1999年は黙示録的猛威のピークになっているのだろう。

 

Serges Hutin, Les Prophéties de Nostradamus, Paris ; Pierre Belfond, 1966, p.72

 

 しかし、1981年版では、次のように膨らんでいる。

 

ある四行詩〔第1072番〕は、我々に、アンテクリストが権力を握るために空から――飛行機で?ロケットで?――降りてくるとき、彼は絶頂に上り詰めつつあると告げているようである。

〔引用者注:1072番の引用略〕

 しかしながら、ポール・ド・サンチレール(Paul de Saint-Hilaire)のアルバン・ミシェル社からの近刊『ノストラダムスの百詩篇集』の解釈を示しておこう〔引用者注:この文献は結局出版されなかったようである〕。それによれば、この詩で言われているのはアンテクリストではなく、キリストの再臨であるという。彼が言うには、16世紀フランス語では、effrayerは「鎮める」とも訳しえたのだという。

 さて、我々は、国家元首の中でも最も不吉な者の着陸と解釈するジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌの解釈には全面的に反対し、まったく別の解釈を提示する。すなわち、恐怖の大王はアンテクリストではなく、人類の現在のサイクルを終わらせる天文的現象であると。恐怖の大王の降下はまさしく天からの一撃によってうまく解釈されうるのだ。これは彗星だろうか。地球の引力にとらわれた惑星だろうか。それとも遠い種族の来訪だろうか。

 そうして、大地の大異変が引き起こされる。これが地軸を急激に移動させ、結果的に世界的な大洪水を伴うのである。これによって、現在の人類で生き残る者はほとんどいないだろう。ゆえにノストラダムスは、現在の世界が終わる明確な日時(19997月)を示したようである。

 

Serges Hutin, Les Prophéties de Nostradamus, Paris ; Pierre Belfond, 1981, pp.86-87

 

 この後で生き残りのための詩篇を模索してはいるが、ある意味でフォンブリュヌよりも極端な解釈といえるだろう。ユタンを尊敬していると何度も語っていた五島勉氏は、結局ユタンによるこの詩の解釈を一度も紹介することがなかったが、実際に見てみればなんとなく理由がわかる。ちなみに、志水氏は海外では恐怖の大王=キリスト説が当たり前だったというが、これを見る限りではそうでなかったことが窺える。少なくともフランスでは、キリスト説よりもアンテクリスト説のほうが当たり前だったといえるのではないだろうか。

 ユタンの本は1989年に改訂版が出たようだが、手許にないので解釈に変化があるかどうかはわからない。ユタンは1997111日に亡くなったが、その後2002年にボードワン・ボンセルジャンが補訂する形で新版を出した。しかし、それは微調整というレベルではなく、完全に別物になっている。長いので中心部分のみを抜粋しよう。

 

現在のシャラント県にほぼ対応するアングーモワ州は、1360年のブレティニー条約でイギリスに割譲され、その後フランスが奪回し、1394年にはオルレアン家のものになった。ゆえに、ノストラダムスの時代には、フランス王国の領地となって1世紀半が経過していたのである。しかし、決定的なディティールがある。それは1220年以降ルシニャン家の封土だったということであり、この一族は薄命の伝説的なエルサレムの王ギ・ド・ルシニャンの末裔であった。

 「アンゴルモワの大王」、つまりアングーモワ(出身)の大王は、ゆえにギ・ド・ルシニャンに他ならない。なぜノストラダムスは4世紀近く後に彼を復活させたのだろうか。それは、エルサレム、そしてそこから導かれるイスラエルが、この四行詩のカギだということだ。19997月には、部分的な先鋭化を伴って再び俎上にのぼっていたイスラエルとパレスチナ人の間でのエルサレム分割問題が、台湾問題とともに世界平和のカギの一つであった。そうなると、「恐怖の大王」は、恐怖の大王であったサダム・フセインのミサイルと推論することが可能になる。四行詩はまだ表に出ていない事件――たとえば19997月にフセインがエルサレムにミサイルを打ち込もうとした緊張関係があったなど――を反映しているのだろうか。あるいはノストラダムスの脳裏には時間のずれがあって、湾岸戦争時のテル・アヴィヴに打ち込まれたフセインのスカッドミサイルが暗示されていたのだろうか。

〔引用者注:フランス革命の予言で時期が数年ずれたことを引き合いに出している箇所が続くが、割愛する〕

 だから恐怖の大王の到来は、2001911日の事件である。〔以下略〕

 

Serges Hutin, Les Prophéties de Nostradamus, Paris ; Pocket, 2003, pp.54-56

 

 アンゴルモワの大王をアングーモワの大王と解釈していながら、そこからイスラエルを導き出して湾岸戦争やアメリカ同時多発テロ事件と結びつけるこの解釈を初めて見たときには、何という解釈をするのかとのけぞった。これを素晴らしい解釈と見るか、こじつけるためには手段を選ばないんだなと呆れるかは、人それぞれであろう。しかし、見てのとおり、「補注」(Commentaires additionels)というレベルではなく、全くの書き下ろしといってよい状況である。果たしてユタンが健在であったら、このような解釈を支持したのだろうか。

 

 話を戻そう。1980年代のフランスでは、実証的な分析の側から注目すべき研究が現れた。ルイ・シュロッセ『ノストラダムスの生涯』(パリ、1985年)である。シュロッセのこの本は、表題の通り伝記なのだが、特殊なのは同時代の事件史を併記し、それと四行詩の数々を結びつけたことにある。彼によれば、1072番もまた、同時代にモデルを見出すことができるという。

 

19997月に! これは、アダム以来の歴史である六千年期が終わりを迎えるであろう黙示録の日なのだろうか。正否は措くとしても、そう考える者はいる。

 だが実際は、この四行詩は、uchronie〔引用者注:「年代順でない」?〕のノストラダムス的な意味において予言的なのである。実際、この詩の出来事は「題材」を使っており、ノストラダムスはアンリ2世の死を思い浮かべているのだ。彼の死は1559年の7月(7番目の月)に起こった。ノストラダムスは、その後に(詩を未来のこととすべく)慣例に従って59に変えたのだ。これはカードをかき混ぜるようにして謎を深めたというよりも、事件の同時代性を消し去ったということなのである。こうして、四行詩は予言的な射程を得たのである。しかし、1072番が、まず何よりも「天から恐怖の大王(つまり死)が降りて来た19991559)年の7番目の月における」アンリ2世の死を語っていることは、疑いのないところである。続く行は、終末論的状況で、ノストラダムスの予言的ビジョンを導いている。「アンゴルモワ(フランソワ1世以降のアングーモワ)の大王」は、「幸福」(至福)の治世をもたらすために蘇るだろう。

 それは六千年期の最後の年である紀元2000年(1999年)の変転である。アダムの世界とは歴史に叙述されてきた世界、つまり軍神に制御された世界である。フランスの「王」の復活は、「新たなる七番目の時代」(第7千年期)の再臨に対応しているのである。それは「マルスの後に」起こる。つまり、一度世界は完成するのである。ノストラダムスはここで、「1年の終わり」(331日)〔引用者注:ノストラダムスの時代には、年初を1月に置く場合と4月に置く場合が並存していた〕と軍神マルスの「戦争の支配の終わり」の二重の意味に使っているのである。

 

Louis Schlosser, La vie de Nostradamus, Paris ; Pierre Belfond, 1985, p.253

 

 見てのとおり、二行目を死の隠喩として象徴的に解釈し、アンリ2世の死と結びつけたのである。日本では、歴史小説である藤本ひとみ『預言者ノストラダムス』(集英社、のち改題して文庫化)で、この解釈を下敷きにしたやり取りが登場する(シュロッセの伝記に着想を得たものであることは、藤本氏自身が、雑誌の座談会で明かしている)。ただし、このような解釈が成り立つためには、『予言集』第二部が、1559年以降に作成されたものでなければならず、1558年に完全版が出ていたとする説にたった場合、この説は成り立たない(ノストラダムスに本当に予言能力があったとすれば話は別だが)。なお、1558年版予言集の実在性をめぐる議論は、当サイトの「1558年版について」にまとめてある。

 シュロッセの着想は非常に面白いものだと思うが、後半2行の読みがどうも今一つわかりづらいように思う。

 実証的な立場からは、これ以降、いくつかのモデルが指摘される。ピエール・ブランダムール『愛星家ノストラダムス』(オタワ/パリ、1993年)は、多くの詩のモデルを指摘した人物の著書だが、この詩については特定のモデルを提起していない。

 

このテクストは、1999729日(グレゴリオ暦811日)の日食をほのめかしているようである。〔引用者注:以下、日食のかかる範囲などについての説明は割愛〕私は、ノストラダムスが使った天文上の出典を見つけることができていない。彼は、その出来事(l'evenement)が、アングレーム伯でもあったフランソワ1世を思い起こさせる好戦的な王をフランスに蘇らせると予見していた。

 

Pierre Brind'Amour, Nostradamus Astrophile, Klincksieck, 1993, pp.262-263

 

 見ての通り、ヴェルナーの日食説を踏襲したものになっている。ただし、ブランダムールはあくまでも「天文上の出典」(天文暦など?)をもとに描いたという立場で、「恐怖の大王」が日食を表す当時の慣用表現だったという立場はとっていない。

 この日食をノストラダムスが適切に見通せていたのかについては、慎重な見解も出されている。ミシェル・ショマラ「ミシェル・ノストラダムスが『予言集』のなかで明示したいくつかの日付」(1998年)でのことである。

 

ピエール・ブランダムールが正しく指摘しているように、私たちは1999811日に日食を目の当たりにすることになる。〔略〕しかし、ノストラダムスが彼の時代にどのようにしてこの日食を予想できたのか、相変わらずわかっていない。

 

Michel Chomarat , De quelques dates clairement exprimées par Michel Nostradamus dans son Prophéties, Prophéties et Prophètes au XVIe siècle, Paris ; Presse Ecole Normale Supérieure, 1998, p.92. 訳文はドレヴィヨン&ラグランジュ(後藤淳一訳)『ノストラダムス・予言の真実』創元社、2004年、p.142 による。

 

 ショマラは「ノストラダムスは1999811日の日食を予言したのか」(『リヨン市広報』199974日)という記事も書いているが、私は未読である。

* Michel Chomarat, L'éclipse du 11 août 1999 prévue par Nostradamus ?, Bulletin municipal officiel de la ville de Lyon ; N°5280, 4 juillet 1999.

 ともあれ、ブランダムールの見解は、日本でも高田勇・伊藤進『ノストラダムス予言集』(岩波書店、1999年)において事実上踏襲されている。しかし、高田・伊藤両氏はそれをさらに進めて、シュロッセが後半2行について展開した千年王国的解釈をも統合するような興味深い解釈を示している。

 

恐ろしい力(「恐怖の大王」)が空から降りてきて、「アンゴルモワの大王」を蘇生させるわけであるが、問題はこの大王がいったい何者なのかということである。〔中略〕「アンゴルモワ」は異本文にもあるように「アングーモワ」(Angoulmois)と同じ語である。この時代には、o ou の綴り字は交替可能だった。したがってアングーモワの大王といえば、ノストラダムスの時代にはアングーモワを領地とするアングレーム伯――後のフランソワ一世――が想起されるのが本当のところであろう。〔中略〕時代の風潮が戦争や飢饉などですさんでくれば、そのときますますフランソワ一世の黄金時代が憧憬の念とともに回顧されることになった。ノストラダムスもこうした文脈に置く必要があるのである。フランソワ一世の記憶が未ださほど褪せていなかったであろうノストラダムスが予言していたのは、世界の終末どころか、むしろこの文芸の父の黄金時代の再来だったのではないか。もっと言ってしまえば、友愛に溢れて徳高く、平和と正義と真摯な信仰が統べる千年王国への希求を読み取ってもいいのではないか。しかしフランソワ一世はたんなる文芸の父ではありえず、それは好戦的な、雄々しい王、カール5世と覇権を競って戦う王でもあった。それが四行目で仄めかされていることではないのか。

 

高田・伊藤、前掲書、pp.325-326

 

こうした見解を踏まえて、SF作家の山本弘氏も同じような解釈を展開している。

 

 彼の真意を要約するとこうなるだろう。

「一九九九年七月頃、フランソワ一世の再来を思わせる、危惧させる大王が現れる。その前か後、アンリ二世のような戦争好きの王が幸福に統治する期間がある」

 自分で言うのもなんだが、実に平凡な解釈である。

 

山本弘『トンデモ大予言の後始末』洋泉社、2000年、p.259

 

 山本氏の解釈は、四行目のマルスをアンリ2世の比喩と捉える点が新しいが、フランソワ1世の再来を思わせる王を主題としている点は同じである。

 

 さて、信奉者の側ではピーター・ラメジャラー『ノストラダムス百科全書』(ニューヨーク、1997年)が、新しい解釈を展開した。2行目の「恐怖の大王」と訳されてきた箇所の原文に異を唱えたのである。いくつかの箇所をピックアップして紹介しよう。

 

Deffraieur (生徒が2番目によく間違うもの)のちの乱れた版を別にすれば、この語には省略記号(アポストロフィ)がないので、「恐怖の」という意味ではない(ただし、ノストラダムスは省略記号を省いたり入れたりして遊ぶのが好きだったので、解釈する人たちに対して故意に罠をしかけようとした可能性もなくはない)。この語(古フランス語のdesfrayer、現代のdéfrayer)は「恐怖の」の意味ではなくて、単に「支払う人」あるいは「支払い係」を意味する。ことによると、これはほぼ同時代のイギリス詩人エドマンド・スペンサーの英語のように、「静める人」の意味であることもありうる。

〔中略〕

われわれはすでに未来の出来事の日付がわかっているのであるから、そのときの惑星の位置を決定することができるし、わかっている歴史のなかから<ペア>となる出来事を探し出せるという有利な状況に置かれているのである。

 その<ペア>となる出来事は、慣習的な解釈にとっては意外なものであることがわかる。なぜなら、原事件の日付は(次のページのホログラフに明らかなように)西暦579年であり、問題の歴史的人物はほかならぬ未来の教皇である聖グレゴリウス1世だからである。〔中略〕

 このように、グレゴリウスはあらゆる点で予言に描かれた人物像にぴったりである。彼は<カエリウスの丘>(Du ciel) からやってきた。彼は偉大な統治者であり、おまけに(教皇として)「神聖なる(ヘヴンリー)」人物でもある(その意味でもDu ciel である)。彼は有名な慈善家であり、おまけに「静める人」でもあった(両方の意味でdeffraieur である)。彼は自分が静めようとした戦争がふたたび本格的にはじまるのを目にした。

 では、Angolmois とはなにか。〔中略〕つまり、Angolmois は三つの機能、すなわちLangobardi への言及、モンゴル族の暗示、それに押韻の三つを同時に果たすように意図された<混成語>にすぎないということである。

〔中略〕

 そこで、われわれの解釈では、19997月、ときの教皇(おそらく現在の教皇であろう)が、アンカラ〔注記略〕に飛んでゆき、ヨーロッパの海岸を脅かすイスラム教徒の侵略軍に金を払って引き上げさせようとする次第が語られなければならない。結局、教皇はポットのなかを掻きまわすだけに終わり、東方からの大軍はその一時的中断を利用して、さらに軍事力を強化できるようになる。結局、トルコ軍がかれらと行動を共にするようになり、侵略が再開されることになる。

 

ラメジャラー『ノストラダムス予言全書』(田口孝夫・目羅公和訳、東洋書林、1998年)pp.29-36, 引用に際して一部のルビを丸括弧に変えた。

 

 まず、この解釈の新しさは deffraieur に関する新しい読みを提示したことだろう。ただし、ラメジャラーは指摘していないが、1568年版の時点で既に deffraieur d'effrayeur の二通りの異文があり、どちらが正しいのかについては、さほど確定的なことを言える状況にない。

 次に、ある星の位置にあるときに起きた事件は同じ星の配置のもとで再び起こるという考えを、ノストラダムスが持っていたかについても確定的なことはいえないが、「5月の大地震」の詩などではこうした想定が成立しうることが示されている。ラメジャラーはこの時点ではそうした想定を確定的な未来と結び付けていたのだが、後に「転向」し、同じ想定を行いつつも同時代的な視点に配慮した解釈を行うようになった。

 

アングレーム公でもあった国王フランソワ1世のマドリード牢獄からの奇跡的な快復、それは明らかに、彼を投獄していた神聖ローマ皇帝カール5世が、15258月に個人的に彼を見舞ったことから始まった。この詩では、そのことが未来に投影されており、同時に『ミラビリス・リベル』で叙述された「天使的な牧者」に似た働きが(いくらかの翻案とともに)織り込まれている。「全ての預言者たちによれば、この新しい教皇は神聖さに満ち、神の恩寵を受けているだろう。そして、その生涯のみでなく死に際しても、奇跡を顕すだろう。…純粋でかつ恩寵に満ちた彼は、(今までに起きた都合の悪い)全てを無効にし、慈愛に満ちた徳によって、ローマ教会の地位と散在する世俗の諸権力を、その身に引き受けるだろう」〔引用者注:ミラビリス・リベルからの引用〕。フランソワ1世は滞りなく翌年〔引用者注:1526年〕3月に王国に復帰した。ノストラダムスは明らかに第1行目の有名な日付(19997月)を、単純な比較占星術から算定している。この二つの出来事は、木星、火星、金星、水星、月が、同じ宮にあるからだ。

 

P.Lemesurier, Nostradamus : The illustrated Prophecies, O-Books, 2003, pp.355-356

 

 まず解釈を整理しておこう。ここでは「アンゴルモワの大王」はフランソワ1世であり、それを蘇らせる「恐怖の大王」は、フランソワ1世の復位にかかわったカール5世という事になる。ラメジャラーは2行目のdeffraieur の釈義として、pourvoyeur(供給者)や hôte(ホスト、歓待役)を挙げている。ラメジャラーは明示していないが、四行目を「3月の前後に首尾良く統治するために」と訳しているものと思われる。

 さて、すでに見たように実証的な立場でも、普通は2行目や4行目は比喩的な表現と捉えるのが普通だったが、ラメジャラーはそれぞれ「歓待役の大王」「3月」と訳すことで、具体的な歴史的文脈に対応させてしまった点が珍しく、また興味深い。

 もう一つ、中世の予言によく見られ『ミラビリス・リベル』に引き継がれた「天使的な牧者」との関連を示唆している点も興味深い。ただし、この点はなおも議論される必要があるのではないだろうか。

 

 発表時期は前後するが、同時代の予言的言説との関連ということで言えば、ロジェ・プレヴォ『ノストラダムス・神話と現実』(パリ、1999年)でも、興味深い指摘がある。

 

先の数字の計算は、我々を次のように考えることへと仕向けるものである。つまりは「19997ヶ月」の後ろ側に、10997月が隠れているということだ。この日付は、ゴドフロワ(ジョフロワ)・ド・ブイヨンによるエルサレム奪回の年である〔引用者注:第一次十字軍の一幕〕。つまり、恐怖の大王(un Grand Roy d'effrayeur)は、ジョフロワ(Geoffroi)との言葉遊びである。そして確かに199910999世紀となるのである。

 うしろの2行は、「アンゴルモワの大王――つまりフランソワ1世――を蘇らせるために」来る王を喚起することで、過去から現在、さらに未来へと、我々を飛躍させるものである。当時の予言集、特にギヨーム・ポステルのそれ〔引用者注:ポステル著『世界預言宝殿』〕は次のように考えていた。フランソワ1世が「フランスの高位聖職者をしくじらせたので」〔引用者注:ポステル前掲書からの引用〕1585年から1589年頃に、ある王の到来が待たれると。そして当時の人々は、その王を、「人々は彼に反乱する前には大いに喜ぶだろう」〔引用者注:ポステル前掲書からの引用〕と描く者もいれば、「彼の治世は34年と長続きせず、零細な民たちには多くの悪事が成されるだろう」と描く者もいた〔引用者注:『カンブレー修道院長の予言』からの引用〕

 

Roger Prévost, Nostradamus: mythe et réalité, Robert Laffon, 1999, p.100

 

 ノストラダムスの年代入りの予言詩は全てキリの良い数を引くことでモデルになった歴史的事件を推察できる、とする仮説をプレヴォは立てており、この解釈もその一環である。面白い解釈であるが、エフレユールとジョフロワというのは言葉遊びとして少々苦しいのではないだろうか。むしろ十字軍との関連を考える前半よりも、当時の予言的言説との関連性を考察している後半のほうが興味深い。ただし、ポステルの『世界予言宝殿』は20世紀にも再版されているが手許にないので、ここでは正確な文脈の把握ができず、踏み込んだ論評もできない。

 

 最後になるが、ミシェル・ショマラやブリューノ・プテ=ジラールのように、この詩がそもそも本物かどうか自体に疑問の目を向ける論者がいることも忘れるべきではないだろう。

 

【おわりに】

 

 さて、改めて解釈の歴史を大雑把にまとめておこう。まず、アンゴルモワがアングーモワ州を指しているということは、ほとんどの時代を通じて共通して認識されていることだった。その認識がごっそり欠落したのは日本特有といってもよい事情にすぎない。19世紀までは、そのアングーモワは、蘇る大王の出身地を指すものと認識されていたことから、フランスにとって喜ばしい予言とさえ認識されていた。

 

 終末論と結びつけたのはアンリ・トルネ=シャヴィニーが先駆だが、本格化したのはおそらく1920年代以降である。この頃から、アングーモワは「侵略者が荒らした場所」と読み替えられ、アングーモワを荒らした侵略者アッティラの再来を思わせるアジアの侵攻という、黄禍論の色彩の強い解釈が展開された。アッティラ説は第二次世界大戦後も引き続き有力な説として語られたが、その一方でアンゴルモワをアナグラムしてモンゴルを導き出す者が現れた。

 

 恐怖の大王とアンゴルモワの大王の関係については、直訳調に「アンゴルモワの大王を蘇らせる恐怖の大王」(二人は別々)という読み方と、「アンゴルモワの大王が蘇ったと思わせるような恐怖の大王」(前者は後者の比喩的修飾で、実質は一人)という読み方の二通りがあり、信奉者・懐疑派を問わず両方の読み方が入り混じってきた。

 

 この詩が人類滅亡を表しているとしていた論者は20世紀後半以降に激増したのであって、それ以前には余り見られなかった。

 

 実証的な読み方は、フランソワ1世の再来を願うような心情が投影されているといった見方が有力なように見えるが、細かい部分での解釈に統一性があるとはいえない。

 

 とまあ、大体こんなところだろう。最後に、ウィキペディア日本語版から「アンゴルモア」の昔の版(私が初めて加筆する直前の版)から引用しておこう。

 

アンゴルモア(d'Angolmois)とは、ノストラダムスの予言とされる四行詩の詩集中の1編、もしくは1072番目の「19997の月」の日付で始まる世界の終わりについて予言したとされていた詩中にでてくる言葉である。意味は不明であるが前の行に「天から来る恐怖の大王」に続く言葉で「アンゴルモアの王」とある事から、この2者は同一の王で世界を滅ぼすものであると解釈されていた。

 

一説にはフランスのアングモア地方とモンゴルのアナグラムとされている。

 

ウィキペディア日本語版「アンゴルモア」200552 () 11:37(UTC)の版

 

 上記の文章を作成した方々をさらし者にするつもりはないので加筆者のお名前は挙げないが、「日本でよくある間違い」が集約的に表れた文章だという気がする。すでにここまで見てきた方なら、突っ込みどころの多さに気づいたことだろう。どこに突っ込みが入れられるかについては一々触れないが、海外の認識の歩みと日本人の認識との、ギャップの大きさを再認識していただければと思う。

 

 1999年からすでに10年が過ぎた。今後は、過去のくだらない呪縛から解き放たれて、日本でも良質なノストラダムス研究が立ち現れてくれることを祈りたいところである。

 

 

2007.12.09 完成・アップロード

2009.5.28 いくつかの点で加筆

2009.10.2 フォアマンについての追記など。なお、フォアマンと黒沼氏の関係については新戦法氏のブログから示唆を得たことを特記しておきたい。

2009.10.19 ムズレットらの解釈に追記。文脈をつかみやすいように他の詩の解釈部分も少し訳出した。

2009.11.13 20世紀前半」の節を大幅に加筆、「20世紀後半」にショマラを追記。ただし前者加筆分の多くは新戦法氏のブログからの引用である。その点特記するとともに、厚く御礼申し上げたい。

2010.10.03 D.D.の解釈について修正

2010.10.18 黒沼氏の解釈を一つ追加。

 

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