●ローター船、ターボセイル…近代帆装船列伝
 

~ 帆いっぱいに風を受け進もう諸君 ~



【序章】

うららかな北ヨーロッパの浜辺。新婚の二人が砂浜に寝そべっている。
流体力学を応用した機械の研究者の夫が、妻に「マグヌス(マグナス)効果」を説明している。

夫:

「ほら見てごらん、流れる砂に拳を入れて回転させる。すると、こっちの砂は早く流れて、あっちの砂はゆっくり流れるだろう? この早く流れる砂の側に拳を引き上げる力、すなわち揚力が発生する。これを『マグヌス効果』っていうんだ。」

妻:

「なるほど、よくわかるわ。あなたって天才ね!アントン。」

その夜、夫は興奮で眠れなかった。
昼間の砂浜の実験で、素晴らしいアイデアが浮かんだのだ。
それは、
「昼間のアレって船の推進システムに応用できね?」
というものだった。

待ってよ、アントンさん。
新婚さんの夜はもっと他にやるべきことがあるんじゃないかな?(以上、妄想劇場終わり。※1)

※1:

アントンさんは新妻に砂浜でマグヌス効果について説明しているときに、ローター船のアイデアを思い浮かべたそうです。寸劇は創作です。




【第1章 ローター船】

情熱に溢れるアントンさんは、この推進システムについて「いける!」と思った。
そして新妻をほっぽってその晩にその新システムの機構まで考え、おそらく勢いのままに600tの3マストのスクーナー船「Buckau」を購入し、それを改造してそのアイデアを具現化したのだった。それが世界初のローター船、その名も「バーデンバーデン号」である。

 

【バーデンバーデン号】

アントンさんが建造したローター船

 

一見、「ちょっと煙突が大きいだけ」の普通の船に見えなくもない。
しかし、実はこの高さ16.5m、直候2.8mの煙突のようなものこそ、この船の推進装置なのだ。
この円筒はギアを介して電気モーターと接続されており、毎分200回転する。そしてそれが「マグヌス(マグナス)効果」と呼ばれる、飛行機の翼が揚力を得るのと同じ原理で推進力を得る(通常の帆船も同じである)、つまり、帆がないのに風で進む、非常にめずらしい船なのだ。
まだ帆船が活躍していた時代にあって、ローター船は帆船と比べて水夫が半分以下で済み、帆船と比べて船を軽く、積載量を大きく出来るのである。

 

【マグヌス効果について】

アハインリッヒ・グスタフ・マグヌス(ドイツ:1802~1870)によって1852年に発見された流体の特性で、帆船が進む原理も同じ。後に航空機の翼に応用された。

 

バーデンバーデン号は1925年に処女航海に出発。見事成功を収め、さらに1926年には大西洋横断に成功する。
かのアインシュタイン博士からも賞賛を受けたこの成功に手ごたえを感じたのはアントンさんだけではなかった。ドイツ海軍もこの新技術に目をつけた。(もしくはもともと海軍と縁のあったアントンさんが売り込んだのだろう。)
そして軍の援助を受けた新造ローター船、「バーバラ号」が1926年に完成した。
この船は17mに及ぶ円筒を3本装備すると同時に、合計1,060馬力のディーゼルエンジンを備え、円筒と通常推進あわせて13ノットのスピードを得た。実験ではなく実用を目的とした船であり、実際に果物の定期運搬をしていたという。
(バーデンバーデン号は1931年に嵐で破壊されてしまう。その時には既にシリンダーをはずされ通常の汽船に改造された後だったらしい。)

しかし、アントンさんも軍も「いける!」と思われたローター船もここまでだった。
想定以上のランニングコストがかかったのである。
さらに考えられる欠点は、ローターはあくまで帆の代わりなので風がないと機能しない。また、船の進行方向が風向きに影響される、暴風や逆風でもローターを収納できずその際の風の抵抗が大きい、などが考えられる。人件費と重量が軽いという特性があってもあくまでも風があってのローター船。理想の向きの風がなければローターは邪魔な存在でしかない。
結局、ローター船は失敗に終わり、「バーバラ号」は普通の汽船に改造されてしまった。

アントンさんのフルネームはアントン・フレットナー (ドイツ:1885-1961)。
ヘッセン州フランクフルト郊外の街、ハッタースハイムの裕福な家に生まれ、フランクフルトにある高等学校の数学および物理学の教師として働きながら機械や流体力学の研究をしていた。その後、海運局や飛行船建造で有名なツェッペリン社にも出入りしていたそうである。
後にナチス政権下のドイツでフレットナー社を創設、実用的なヘリコプターをはじめて開発した人物として、ハインリッヒ・フォッケ博士(ドイツ:1890~1979)と並んで歴史に名を残すことになる。
彼の作った艦載型の小型ヘリ「フレットナーFl282“コリブリ”」、そしてフォッケ博士の作成した6人乗り「フォッケ・アハゲリスFa223“ドラッヘ”」、第2次世界大戦で実用化されたヘリはこの2つのみなのだ。
フネ転じてヘリとなる。しかし、ローター船のアイデアを即実行したアントンさんの行動力と失敗の経験があったからこそ、ヘリコプターの開発を実現できたのだろう。

蛇足であるが、ヘリコプター開発史におけるフォッケ博士の評価と比べるとアントンさんが霞んでいるように感じる。その理由はフォッケ博士の研究が先行していたこともあるが、もうひとつの理由として、彼の妻がユダヤ人だったからという話を聞いたことがある。彼はナチスの親衛隊全国指導者ハインリッヒ・ヒムラー(ドイツ:1900-1945)の援護の元、妻をアメリカへ脱出させたらしい。ヒムラーが望む見返りは彼の技術力だったのだろう。 戦争の2年後になる1947年、彼は妻を追ってアメリカの市民権を得ている。そしてアメリカにおいてもヘリコプターの発展に寄与したのである。




【第2章 ターボ・セイル船】

さて、その後、歴史に埋もれすっかり人々から忘れ去られていたローター船であるが、“それらしきもの”が1985年に再び現れることになる。
その開発者の名前はクストー。そう、著名な海洋学者であり、潜水用の呼吸装置スクーバなどの発明者でもある故ジャック・イヴ・クストー(フランス:1910~1997)、その人である。
ロマンチストでもある海洋学者は、男のロマン溢れる新世代の帆船を建造した。
そのシステムの名は「ターボ・セイル」、そして船の名は「アルシオーネ」。
ターボ、アルシオーネ・・・日本の富士重工(いまのスバル)を思い出すが、それはおいておいて、このシステムにより化石燃料を35%削減できる、とのこと。だがどのようなシステムなのか資料が無くよくわからない。
ちなみに円筒状のものはローター船と違って回転しない。表面の一部がメッシュになっていて、受ける風に合わせてそこから空気を噴出して、任意の方向に推力を発生させるらしい。原理的にはローター船と同じくマグヌス効果を利用しているらしい。
クストーは、「アルシオーネ号」の前にターボ・セイル実験船である「ムーラン・ナ・ヴァン号」を、その後に「カリプソ2号」を建造しているようなのだが、その後まったく話題にならなかったところを見ると、本当に実用的なシステムであったかどうかは怪しい。

 

【ターボ・セイル船 アルシオーネ号】

ターボ・セイル、すんごい騒音があるとかどこかで読んだことがあります。

 



【第3章 日本の近代帆装商船】

そして忘れてならない船が日本にもある。ターボ・セイルと登場時期が前後するが、1980年にディーゼルエンジン推進の補機としてコンピューター制御の硬質な帆を持つタンカーが現れたことがあるのだ。
それこそ、オイルショックの影響を受けて、日本舶用機器開発協会(2007年4月現在は日本舶用工業会に統合)と日本鋼管が共同で建造した「新愛徳丸」である。
その後も何隻か同様の硬質帆を持つ船が建造されたらしいが、思った以上に省エネ効果を得られなかったのか、普及しなかった。
普通に考えれば、マストの強度を得るには船内のスペースが犠牲になるし、あの帆は完全収納が厳しいから、風向きや高速巡航のときなどに抵抗になることも多いのではないだろうか?建造費もかかりそうだし。
実際、日本財団のホームページでは「同船は50%の省燃費を実現し」と表記されているのに対し、多くの資料では「10%程度の省エネ効果をあげた」にとどまる。おそらく後者が実際のところだろうと思う。

 

【近代帆装タンカー 新愛徳丸】

就航時には結構話題になりました。他にも同じような帆走システムをもった船が数隻建造されたようです。

 



【最終章】

以上、人類は、かつての帆船の代わりなるような風を受けて推進するシステムを、いまだ手に入れていない。いまのところ男たちのロマンの上でだけ成り立つシステムであると言えよう。
しかし、海を渡る風とともに大洋を往く、そのことに心躍らせる漢(おとこ)がこの地球上にいる限り、新しい近代帆装船帆が発明され、我々乗り物好きの悦びに貢献してくれることだろう。
また、事実かどうかは不明なのだけど、ローター船の原理を応用した新システムによる、「E-Ship」という近代帆装貨物船が建造中で、2008年に完成するとの噂も聞く。もしそれが本当なら天国のアントンさんもきっと喜ぶのではなかろうかと思う。





ON SET :

4/MAY/2007