●Dornier Do-335 "Pfeil"
 〜 甦るお家芸 〜

助手:博士、マルセイユ沖で墜落したサン・テグジュペリの乗機が発見されたそうです。
博士:そうか。行方不明時には敵であるドイツ軍機も捜索に出た、という飛行機野郎魂あふれる泣ける話を思い出すのお。
助手:彼の最後の乗機はP-38“ライトニング”でしたね。
博士:そうじゃ。正確にはその偵察機型じゃがな。


【 写真:ロッキード P-38 “ライトニング” 】
単座双胴という第二次世界大戦中の双発戦闘機の中でも独特の特徴を持つ合衆国製の重戦闘機です。
一撃離脱戦法で単発戦闘機の相手ができましたが、格闘戦では見劣りします。しかしながらアメリカの撃墜王1位2位の乗機です。ヨーロッパ戦線では対地攻撃で活躍したそうです。
機種に集中装備された機銃の威力、ターボチャージャーによる高高度性能、大きな燃料タンクがもたらす航続距離、そして急降下速度など、単発戦闘機と比べて有利な特徴も備えていました。
また、大柄な機体と高出力なエンジン故、搭載力の自由度があり、大口径砲やレーダーを搭載した夜戦型、偵察機型など数多くのバリエーションがあります。
他の欠点としてはコストの高さと整備性の悪さからくる稼働率の低さ、左右別に回転するプロペラによる運動性能への影響も戦闘時にはあまり有利な因子にならなかったようです。


助手:P-38は第二次世界大戦中に一番成功した双発(エンジンが2つ)戦闘機だと思うのですが。
博士:英国の傑作双発機モスキートも戦闘機型があったが失敗したらしいしの。単発戦闘機を相手に戦闘をしていた双発戦闘機はこれだけなんじゃなかろうか?それに大戦中ずっと対地攻撃、哨戒/偵察、対爆撃機攻撃などで活躍したしの。
もちろんドイツのジェット双発、Me-262を除けば、の話じゃが。
助手:単座機じゃないですが日本の「月光」も元は爆撃機護衛のための双発戦闘機として作られたのに、能力不足で夜間戦闘機として使ったんでしたよね。
博士:第二次大戦中の双発戦闘機の話はそんなんばかりじゃな。ジェットエンジンならいざしらず、レシプロエンジンを2つにして倍のパワーを獲得したとしても、機軸やパワーウェイトレシオ等の影響で運動性能がどうしても不足してしまうのじゃ。
助手:そういう意味ではちゃんと戦闘機していたP-38は、ゼロ戦パイロットから「ペロハチ」なんて呼ばれていましたが、それでも傑作の部類ですよね。
博士:しかしじゃ。双発戦闘機の成功例といえば、例外というか番外というか、「あれ」があるの。
助手:アレ?


【 写真:アレ 】
洗練されているのに、そこはかとない「ムリヤリ感」が漂っています。ニックネームは「アリクイ」。


助手:なんですか?この妙ちくりんなのは?ドイツの飛行機ですな。
博士:なんという言い草じゃ、嘆かわしい。これぞ究極の双発レシプロ航空機じゃというのに。
助手:マッドサイエンティスト天国、ナチスドイツのお笑い飛行機のひとつではないのですか?
博士:笑ってられるのも今のうちじゃ。このドルニエ Do335“プファイル”の最高速度は760km/h。最速のレシプロ航空機の一つじゃ。運動性能もなかなかよく重戦闘機タイプもあるのじゃ。
助手:760km/h!奇抜な外見の割にはやりますね。
博士:この前後タンデムのエンジン配置は、前面投影面積が単発機と同じに抑えられるし(被弾回避及び空気抵抗で有利)、仮に一つのエンジンが停止しても主翼の左右にエンジンを配置した双発機のように非対称な飛行状況に陥ることもない、けっこう良いこと尽くめのレイアウトなのじゃ!
助手:言われてみれば確かに大柄な双発機の割にコンパクトなレイアウト・・・、レシプロ双発機の欠点を見事に解消している・・・!?
博士:これこそ「コロンブスの卵」的な発想といえるじゃろう。
助手:なぜそれまで誰もやらなかったんですか?
博士:前後エンジンの連携が意外と難しかったようじゃの。しかしドルニエ社はこのレイアウトの有用性をよく知っていたのじゃ。ほれ。


【 写真:ドルニエの飛行艇 N-14 】
大戦前の飛行艇です。エンジンに注目。ドルニエは多くの飛行艇を建造しており、このエンジン配列とスポンソンなる艇体脇に取り付けられた補助フロートが特徴でした。


助手:なるほど。そういえばドルニエ社って飛行艇で有名ですよね。アニメ映画「紅の豚」でもこーゆーのが出てきましたよ。
博士:このレイアウトはクラウディウス・ドルニエ教授が1937年に特許を取っている。はじめはパワーも不十分で信頼性も低かったエンジンをカバーするための苦肉の策だったんじゃろう。
助手:そうか、海上を飛ぶ機会の多い飛行艇はエンジンが一つだけでは心もとないですからね。
博士:そう。しかしエンジンの信頼性が向上することによってその方式は忘れられていた訳じゃがドルニエ社はこの方式を採用し続けていた。
ちなみに十字配置の尾翼もドルニエの特許らしい。
助手:つまりDo335はジェットのような先行き不透明な先進技術に頼らないで、あえて自信のあるお家芸をフル活用したわけですね。
博士:そうじゃの。レシプロ戦闘機技術が行き詰まり、ジェットもロケットモーターもまだまだ・・・、の状況に陥った時、ドルニエ社の出した答えがこのDo335なのじゃ。これまでのレシプロ戦闘機の常識を覆す発明と言っていいじゃろう。
助手:おお!、当然このDo335は大活躍したんですよね?
博士:そうさのう、このDo335で老舗ドルニエは面目躍如・・・といきたいところじゃったのじゃがのう。工場が爆撃で破壊されてしまったのじゃ。なので量産もされなかったし実戦にも参加しておらん。まあ戦争の末期も末期じゃったしの。
助手:・・・だめじゃん。せっかくのお家芸ならもっと早くこの飛行機を作れば良かったのに。
博士:ドルニエにはこの飛行機の発想がずいぶん前からあって試験機などを飛ばしていたらしいんじゃが、大型機の実績が大きかったドルニエに軍が「お前らは余計なこと考えずに爆撃機作っとれ」ということだったらしい。
助手:軍や官僚が気づいたときには戦争も末期だったと。結局、優れた技術も社会的/政治的環境次第ってことですね〜。
博士:まあ自らの信念を貫いたドルニエ社に乾杯じゃ。戦後も残ったしの。




LAST MODIFIED :25/MAY/2004
ON SET :24/MAY/2004