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50歳からのダンス挑戦

2005年12月21日 (水) 今年を振りかえる
完全リタイア生活もよくしたもので、漸く軌道に乗ってきた。
今冬の激しい寒さには朝寝が一番で、日が高くなってきたら起きる生活は
やりだしたらたまらない快適さである。
あとは太陽とともに行動し、日没とともに手仕舞いをする。「こんな贅沢していいのかな」と感じるほど。

仕事中心の考えから、自分中心の考えに変えると悩みはかなり解消する。多分こんな生活の延長で、完全な老人になって死んでいくのだろう。
もう流れに逆らわずに、楽しんでみようと思いつつある。

今年のダンスの戦績は12戦で全敗。昨年からの通算で23戦全敗である。
成績が少しずつでも向上の気配があればいいのだが、ラテンは完全に低位安定、スタンダードが少しずつではあるが進歩が感じられる。

年央で限界を感じたのも、進歩のないことへの苛立ちであったが、ここに来て原点に立ち戻り、「上達の為の手段であった競技会」が「勝つ為の競技会」となってしまっていたことを反省し、「もっと楽しむ」ことに徹することにした。

種目も幅を広げスロー・クイック・サンバのレッスンも加えることにした。衣装も、もはや流れに逆らわずに正装で参加することにして、いま準備している最中。

そんな訳で、来年はニュースタイルで楽しんでいこうと思っている。
そうでないと、このダンスの道も力尽きて、仕事と同様に志半ばでの挫折となり、悔いの残る人生になりかねない。それでは、満足して死ねないと思っている。

2005年11月28日 (月) 渋谷区ダンススポーツ大会(05.11.27)
このところ続いている小春日和の早朝に、自宅を出発する。
毎日ゆったりと遅起きを決めこんでいるので、久々の冬の6時の起床は辛い。
こんな辛い毎日を40年も勤めてきたことを実感するとともに、今の毎日の
気楽さを「感謝しなくては」とも思う。

今日が今年の最終戦であり、前回は病の為、棄権したので参加できる喜びに浸りながらスタートを待つ。
ラテンからスタートし、1次は5・5の満点で通過。2次でチャチャが0点で0・3で敢え無く撃沈。

午後からスタンダード。このラテンの体たらくでは今年も気持ち良く終えられないとの気持ちは強かった。
1次は4・4で無難な出だし。2次で異変が発生。3・5でタンゴが満点だったのだ。このところの練習で、2人のコネクションを自己流ながら試していた。2人が良い形をキープしながら踊る為には支点が必要で、右のホールドには常に相手の体重を感じることを心掛けてみた。従って女性後退では、女性が先行して後退し、男性は女性の重さを感じて前進すると、形も創れてスムーズな動きにもなる。
この結果が高得点に反映したようで、自分達の工夫の産物への喜びと、今まで悩み苦しんでいたタンゴに光がさしてきたので、これだけで大満足だった。
3次ではこれを、ワルツにも心掛けてみた。NTでは女性の後退を思いきってさせた。結果は5・3でこれも思わぬ収穫。
あとは4次を通過すれば準決勝なので、最後の大勝負。結果は残念ながら、2・2の1点不足で敗退。思いは今年も果たせなかった、気分は極めて爽やかだった。

1年半もの間、進歩なしの成績だったので、「今年限りで引退」との思いも強かったが、またまた誘惑が頭を擡げて、来年も懲りずにやりたいとの意欲に繋がってきているところ。

ラテン(チャチャ・ルンバ)69組     1次10・10 2次0・3
スタンダード(ワルツ・タンゴ)98組 
              1次4・4 2次3・5 3次5・3 4次2・2

2005年11月25日 (金) 豊島区ダンススポーツ大会(05・11・3)
もう3週間前になるが、エントリーした競技会を始めて棄権した。
10月末で思わぬことから仕事をリタイアして、今回も調子を狂わした。日々のリズムが狂うとてきめんに心身ともにおかしくなってくる。

持病が悪化して1週間ほど床に臥していた。それほど深刻な話ではないのだが、仕事がなくなったら何もする気にならず、ダラダラと日々を過ごしており、それ自体は体に悪い訳がないのだが、「負け犬」「落ちこぼれ」を呪う自虐的な気持ちが高まり、なかなか整理がつかないで苦しんでいた。

ようやく1ヶ月もたったので、この怠け癖も「天が与えた休養の時」みたいな心境になってきて、こうやってパソコンに向う意欲も湧いてきた。
連日の晴天が続くので、陽が昇ったら、直ぐに布団を干して、掃除して、蛍光灯がきれたら近くの郊外店まで自転車で出掛ける。夜には陽の温かみとその匂いに包まれて眠る。敗残兵みたいで気が引けていた行動も日々繰り返すと日常化し、自分の役割みたいになってくるから人間はうまくできていると思う。

同時に久々に気分を良くした出来事がふたつあった。ひとつは同じ頃リタイアした同僚が、遠く離れたM市の市長選に立候補し、善戦したとのこと。若い時から政治を目指しており、その夢が地域の市民連から推されての立候補とのこと。企業のトップはひとりで足りることであり、在職中その有能さが存分に活かされたとは言いきれなかった。60歳からでも遅くはないので、地方から国を動かす力になって欲しいと願っている。

もうひとつは女子マラソンランナーの快挙。暗闇で2年間ももがき苦しんで、退路を絶った戦いで勝った事。負けたら完全に過去の人となり、国民的な英雄も地に落ちる結果となったろう。それでも負けずに勝負した。その根性に学ぶべき点が多い。

このふたつに共通していることは、最後まで夢を捨てないで、日々、着実に歩んでいることだと思う。
この1ヶ月悶々と過ごしたが、「リタイアした姿に恥じることなく、これからの人生を存分に楽しんで生きていきたい」との思いを強くしたところ。

2005年10月26日 (水) 西東京市ダンススポーツ大会
金曜日の退社間際に突発した出来事で、積もり積もったストレスが爆発して、辞表を叩きつけて退社してきた。
この歳になっての宮仕えは精神面で無理があることを痛感する。

これが、最後のサラリーマン生活になるかと思うと、思いも複雑で、そんな気持ちを引きずりながら、日曜日の競技会に向う。
幸いにして、久々の申し分のない好天で救われた気持ちで出発する。

スタンダードもラテンも6点取れながらの一次敗退で、狐に化かされたような一日。
しかし、このところの一次敗退が身に堪えていたので、今日はグランドシニアーへも初挑戦してみた。

これが思いのほか楽しめて、慰めになった。スタンダードは2次まで進め、ラテンは決勝まで進出でき、6位になれた。
組数も少ないので、昇級には達しないが、1年半もの間、遠ざかっていた勝利の味は格別だった。
「楽しむことの大事さ」を多いに感じた。
来シーズンからは、気分転換して、盛装での新種目やシニアー等の新たな分野にも挑戦してみようかと思っている。

還暦のいま、いくつかの仕事を抱えているので、これまでの生涯のうちでもっとも忙しく働いている。働くのが好きだから取り上げられるよりは嬉しいことだが、もう腰を低くして人と付き合うことには飽きた。背筋をピンと伸ばして残り少ない人生を楽しんで行きたいと思う。

スタンダード49組(W/T)1次 4。2
ラテン    43組(C/R)1次4・2

グランドシニアー スタンダード(W/T)14組 1次5・5 2次1・1
         ラテン(C/R)     10組 準決1・4 決勝6位

2005年10月9日 (日) 北区ダンススポーツ大会
夜半に小用に起きてから腹が痛くなりだし、寝床で唸っていた。
予定の7時発から遅れること1時間半、漸く痛みも治まり、
しばらくうとうとしたので、9時半の受付最終時間に滑り込む。
赤羽の駅前での競技会会場だから出来た芸当。

進行も不慣れで、会場も狭く、町場のダンスホールの感じ。
ただただ待ちつかれて、2度踊っただけでの帰宅。
ラテンもスタンダードも一次落ち。

チャチャが3点とれたことと、ワルツが3点とれたことだけが、収穫。
そう思わないと落ちこみが激しい。
「盛装組のなかの平服は本当に敵わない」ことを痛感するとともに、
いつも決まってタンゴの評価が低い時は同じ審判であり、「この踊りは
好かれていないのでは」といつも思ってしまう。
因みにルンバもタンゴもそれなりに満足して踊ったが、ワルツは1点であり、
タンゴは無残にも0点だった。

ラテン(C/R)    50組 一次3・1
スタンダード(W/T)55組 一次3・0

2005年10月2日 (日) 葛飾区スポーツダンス大会
今日は相変わらずの負け戦ではあったが、納得の競技会であった。

朝がたは爽やかな秋の陽気の中を、埼玉に近い東京なので、ドライブ
気分で出掛けた。
時間が経つごとに夏の暑さのぶり返しのような陽気になったが、寒いよりは
気分もほぐれて元気もでる。

珍しく午前がスタンダードでスタート。50組でワルツ・タンゴ。
ワルツもタンゴも申し分なく踊れた感じ。特にタンゴは「Sをできるだけ長く」を心掛けたが、上手く出来た感じ。
1次は3・4で通過。タンゴの点がやっぱり良かった。

前回のレッスンで、「前進でのSは足を出す前に、ホールドを回転させてできるだけ長く使え」と教わり、さらに「頭の位置も後方に置いて、ラインを出す」ことも教わった。
俄か仕込みであったが、ワルツもタンゴも前進する時はこれを心掛けてみた。

2次も同じようにしたつもりだが、タンゴはメッキが禿げたのか、3・2の1点不足で敗退。

午後からは、ラタンでチャチャ・ルンバ。この順番もいつもと違うし、学連が多かったし、参加組数も40組と少ないので、昇級は無理なので楽しむことにした。
最初のチャチャは疲れる前なので、苦手な足も上手く寄せられた。1でのメリハリもつけたつもり。ルンバも満足な踊りができた。「満点だよ」と女房に言ったが、信じていなかった。結果は予想どおり、5・5の満点だった。

2次は学連に取り囲まれたが、こちらはシニアーらしく、負けずに戦った。
3・3で通過。
3次では、張りきり過ぎて、チャチャは音を外したようだ。ルンバも悪く、1・1で敗退。

スタンダードもラテンも現在の実力どおりの結果で、満足して帰宅の途に着く。
「どこまで懲りずに、投げ出さずに、頑張れるかが、この壁を突破できる道だな」と納得した一日だった。

2005年9月21日 (水) 川崎市ダンススポーツ大会(17.9.19)
また「もとの木阿弥」になったような惨敗で、記すことも躊躇う心境。

このところ順調に進んできたので、試合間隔を空けないために、遠出した。
前から鬼門の「川崎」に出掛けたが、こちらがそういう気持ちで行くからか、そんな厭な雰囲気がある場所なのか、最初から何か力が入らない。相性が悪いのだ。
まあ全然、燃えてこないのだ。

それでもラテンは2次まで行けて、チャチャの1点で撃沈。
スタンダードは1次で敗退。これもタンゴが1点と「この道はいつか来た道」に戻った状態。

やっても、やっても効果が出ない自分への苛立ちと、遠出の疲れでグロッキー。
丸2日たった今、漸く気力が蘇りつつあるが、後遺症は大きい。

昨夜のレッスンは、行く気も起きずに不貞寝する。
「もうギブアップした方が楽になるかな」との気持ちが、心の過半を覆い出している。


ラテン    70組(チャチャ・ルンバ) 1次3・3 2次1・3
スタンダード80組(ワルツ・タンゴ) 1次3・1

2005年8月7日 (日) 新宿区ダンススポーツ大会
1年間続いていた吐き気が、前回の競技会以来、影を潜めている。
主治医には「ダンスをしている」ことも、吐き気がどうも「ダンスの伸び悩み
からくるストレスでした」なんて口が裂けても言えないが。

猛暑のなかを出掛ける。前回の学習効果で「前日から試合は始まっている」との意識で、前日は完全休養し、前夜は一切のダンスのことは考えずに熟睡を心掛けて、今日はうまいことコンデションの調整ができた。

しかし、ダンスには相手がいた。女房がこのところ、熱心にレッスンを受けていたら、腰にきたようだ。そのうえこの暑さで、バテ気味で出掛けることになった。

ラテンは80組でチャチャ・ルンバ。チャチャは前回の教訓を生かして、「1」をしっかり踏んだつもり。ルンバも日頃と変わりないが、女房のレッスンの消化不良と体調が露呈したようだ。3・2で一次落ち。

スタンダードは70組でワルツ・タンゴ。とうとう念願の準決勝入りができた。
昇級の7位を祈ったが、それは叶わなかった。
それでも「それなりのレベルに達したな」との感はするので、嬉しい限りである。

苦手だったチャチャ・タンゴの得点がルンバ・ワルツを上回ってきたことが、なによりも
嬉しい。「努力が実った」からだ。

明日からまた更なるレベルアップを目指して頑張りたい。
「ダンスしていたから感じられる喜び」も特別にあり難い。


ラテン     (チャチャ・ルンバ)1次 3・2
スタンダード(ワルツ・タンゴ1次 2・4、2次2・2、3次2・3、準決0・1

2005年7月11日 (月) 杉並区ダンススポーツ大会
一年ぶりくらいの少し良い日だった。

梅雨の合間の晴れた日に、前夜の睡眠も十分とれて、何の気負いも無く久々の競技会に出掛ける。

体調も相変わらず悪く、吐き気が今だ続いている。週一のレッスンを淡々とこなしているだけだから、楽しさも何もない。「これをこなさないと完全な病人になってしまうかな」との恐れだけで体を動かしている。

そんな時でもたまには良いことがあるもんだ。この所は1次落ちが大半で良くても2次までだったのに、今回はラテンもスタンダードも4次戦まで戦えた。昇級のための準決勝入りの寸前での敗退であったが、フルに踊れた充実感で、爽やかな敗退を初めて経験したところ。

このほかにも初めての収穫があった。ラテン」の1次戦では相変わらず不信のチャチャ1点でルンバのフルマークに救われた。「死に体」からの2次戦だから、このチャチャを凌駕すべく全力投球。普段でもできない1でのメリハリを「駄目もと」で試して見たら、これが効を奏し3点を獲得。チャチャが3点とれたことも、1次より尻上がりに成績が上がることも初体験。ラテンの4次では得意のルンバが0点で準決勝に進めなかったのも、考えさせられる出来事であった。

午後のスタンダードも同じような展開。苦手なタンゴも「開き直り」でコーチャーの指導を信じて踊ったら、初めて評価された感じ。こちらも2次のタンゴでポイントがアップした。比較的得意のワルツがすべてボーカル入りで、テンポが遅くリズムをとるのに四苦八苦。こちらも最後のワルツで点数を稼げずに準決勝入りはできなかった。

一年に一回の椿事なのだから、その余韻を充分に楽しむ。勝てなくても多いに楽しめたのだから、この1年間の苦労で人が変わったような有様。
明日からまた、チャチャ・タンゴの強化を諦めずに励む意欲が盛り返してきた。勝つ事は最高の栄養である。
もう一つの変化は、パートナーの女房の変化。小生の限界と自身の練習不足、レッスン不足からの脱皮のため、個人レッスンを受け初めている。そんな成果も早くも出た感じ。
「努力は裏切らない」を信じて、「もう少し頑張ってみたい」と思えてきた。
そうそう、緊張も肩に力が入らなかったのも、初めてこと。このまま頑張っていけば、先は少し見えてきた手応えが今回は確実にあった感じ。

ラテン(チャチャ・ルンバ)     1次1・5 2次3・4 3次2・4 4次1・0
スタンダード(ワルツ・タンゴ) 1次4・3 2次4・4 3次3・3 4次1・1

2005年6月8日 (水) ようやくやる気が
もう季節は夏で、暑さも日増しに強くなってくるが、小生にとってはようやく春が来たような心地よい暖かさ。
加齢とともに体が冷えて冷えて、少しばかしの暖かさでは体も心も緩まずに憂鬱な日々を過ごしていた。

「この5ヶ月がいったいどうなってしまっていたのだろう」と思うくらいに気持ちが盛り上がらず、ダンスへの興味も急速に失ってきていた。
ただただ漫然と週一のレッスンのみを繰り返していた。

昨夜のスタンダードのレッスンでは、どうやってもギクシャクするタンゴのすべての不具合を、包み隠さずにコーチャーに話し、レッスンして頂いた。
要は「女房に対する何とも気持ち良く踊れない事柄を」丹念に点検してもらった。
女房の動きを直したら、リンクが鋭く出来るようになったし、逆に小生の姿勢の悪さやSの捉え方が悪いことが原因であることも指摘され、暗雲垂れ込めていた空気が少し動いたので、これも気分を少し前向きにした。

今日は梅雨に入る前の最後の5月晴れのような天気のなかを仕事に向ったが、少し急ぎ足で歩けば汗ばむような陽気が心地よく、気分を更に良くしてくれた。汗ばむことがこんなに気持ちがいいなんて感じるのも久しぶりのこと。

こんなレッスンを繰り返して行けば、どん詰まりの前途も開けそうな気もしてきており、こんな陽気に多いに、多いに感謝した日であった。

2005年5月22日 (日) 東村山市ダンス競技会 3級戦
もう1週間前になるが、5月3度目の競技会を楽しんできた。
結果はスタンダードもラテンも一次落ちだから、何の進歩もないが
ワルツとルンバは安定してきた。反面、タンゴが「どうなっちゃったのか」と思うくらいに悪い。前回に続いて0点が続く。何か評価に反する踊りになっているのだろうが、それが思い当たらないから始末が悪い。
チャチャは苦手なので、前回以降に強化したら1点だが進歩があったので、これは嬉しいこと。

午前がスタンダードで開始。29組のワルツ・タンゴで結果は4・0で敗退した。
タンゴは「スローの音のとり方が短く、良くないのかな」とも思うし、力が入り、右肩が上がりホールドが歪むのかな」とも思う。

午後のラテンは36組のチャチャ・ルンバ。こちらも2・3の5点で敗退。「苦手のシャッセを力強く」に心掛けたら、少しではあるが進歩の兆し。

まあ、やっても、やっても上手くはいかないが、努力が不足しているのだろう。
衰えゆく体力を良く考えながら、騙し、騙し、馴染んでいくしかなさそう。
ダンスを放棄したら、「生ける屍」になりかねないのだから。

2005年5月7日 (土) 豊島区ダンススポーツ大会  3級戦
前回とは違ってひんやりする5月5日の祝日の朝を気分良く出掛ける。

結果は少し前進しただけだったけれど、楽しめた。
何か夢中に踊りながらも何か閃きを感じ、成績よりも先への楽しみ
みたいなものを感じて、「一皮むけそうな」感じ。

珍しくスタンダードからのスタートで、開始まえの練習も混雑のなかなので
無理をしないで、肩の力を抜いて踊っていたら、これが案外スムーズな踊り。
「あれ、これが必要なことだったのかな」と思いはじめていた。

競技はスタートし、65組でワルツ・タンゴ。そんな楽な気持ちを継続しながら
「姿勢とゆったり足を寄せる」ことに集中して踊りきる。うまく踊れた感じ。
1次は5・5のフルマークで通過。
「これは行けるぞ」と久々の快感を楽しむ。「2次も同じ踊りをすればいいや」
とワルツに挑む。同じように踊れる。次ぎはタンゴ。ここで少し力が入ってきたかも
しれない。なんかすっきりしないいつもの感じで終わる。結果は3・0で敗退。

このところ得意になっていたタンゴだったので、「これは撒き返しはできそうだ」と、敗れながらも前途に光を感じて悔いはありながらも満足感も感じて終わる。

午後からラテン。こちらはまともなレッスンも受けていないし、特にチャチャは苦手なので、背筋をしっかり伸ばして、小さな歩幅で正確に足を運ぶことに集中した。
チャチャ・ルンバで86組。1次は5・5でこれもフルマークで通過。チャチャでの高得点は最近にはないこと。気分を一層良くする。
2次も同じ事を心掛けて踊る。結果は1・3で敗退。自分の感じのとおりの判定で、負けも潔く認められるところ。

スタンダードは今のままで、さらに精進して行けば少しずつでも進歩はしていけるそうだし、ラテンはチャチャさえもう少しまともになれば、これも射程内になりそう。

一年前の成績からみると、数字的には何等の進歩もみられないが、この3ヶ月の空白からの苦しみを経た性か、敗れても気持ちの受け止め方は随分違う。

午後から雨もあがってきて、青空も出てきたので、練習に出掛けようと思う。
チャチャ・タンゴをしっかり練習して、連休の最後を締めくくりたい。

2005年4月30日 (土) 中野区ダンススポーツ大会 3級戦
3ヶ月半ぶりの試合に、朝から夏日を思わせる陽気のなかを出掛ける。
会場に着くと、なんにも変わらぬ様子がそこにはあり、直ぐに気持ちは馴染む。

だけど今回が特殊なのか、感が鈍っていた性なのか、ラテンの音楽が厭に嫌悪感を覚える。極めてリズムは遅いし、ボーカル入りが大半で、気分が盛り上がってこないし、踊りにくい。

そんななかでのラテンのスタート。80組でチャチャ・ルンバ。
最初のチャチャは音を外さないことに集中する。ぼんやりした曲で、何とも燃えずに終える。ルンバも慎重に音を聞いたが、チャチャの挽回をすべく思いきり踊る。
結果は、想像通りで、チャチャ1点、ルンバ4点で一次敗退。
残念だが、久々の出場を理由にして、早飯にする。

午後からスタンダード。午後と言っても15時ちかい。
70組でワルツ・タンゴ。この頃になると音楽も馴染んできたし、体も動けてきたので、精一杯3ヶ月の遅れを取り戻すように踊る。
日頃のレッスンの注意事項もところどころで、思い出しながら踊れる余裕で、ミスも無く踊れたので、高得点を期待して、採点を待つ。
結果は案に相違して、1・1の2点で敗退。何とも腑に落ちない結果ではあるが、これも試合に遠いところにいた結果と自分に言い聞かせる。
強いて理由をあげれば、半数は盛装組だから、この辺が見劣りしたかもしれない。

かくして復帰戦は何等の変化も見せずに低空飛行で終わった。まずは参加できたことに喜びを感じるだけだ。
もうひとついつもと違う感じを受けたのは、「高齢化」が顕著であること。還暦過ぎの小生が、若く感じるくらいに高齢化している。そんななかでも勝てないことが
面目無いはなしではあるが、逆に、いつまでも目標にしていける、やりがいのあるテーマでもあることを再認識したところ。
次ぎは5日、「少しでも」の前進を描いて挑んできたい。

2005年4月28日 (木) 長い冬眠からのめざめ
ようやく春が来たと言う感じ。

桜も既に咲き終えたし、今はハナミズキも咲き始めてもはや初夏なのに、凍てついていた体と心がようやく解け始めたところ。

この2,3日は胃のむかつきも何となく治まっており、少しやる気も出てきた。今日から11連休も続くのだから、気分が弾んでも不思議はないことなのだが。

明日は久々の、3ヶ月ぶりの競技会。
目標を失った夢遊飛行の苦しさからも、これで解放されそう。目標のある生活の有難さを、正直にも体の方が素早い反応を示している。

サラリーマン生活の晩年の誰でも味あう葛藤を、ダンスへの情熱で乗り越え、幾多の思いもこの情熱に収斂してきた。心の空白を埋めるのに切実だったのだ。

そんな大事なダンスがマンネリ化して、楽しみからは遠いものになっていた。いま、3ヶ月の空白を過ごし、心は彷徨したが、またチャレンジできる機会に恵まれた。

今度は本当にダンスを楽しむことができそうな予感を、肌身に感じている。

2005年3月26日 (土) 春はそこまで来ている
この2,3日は胃のむかつきもなくなり、ようやく回復の兆しを感じだしてきた。

今週の半ばにシニアーの職場仲間とのミーテイングが2日間に渡ってあり、仕事はそこそこにして、気の置けない無駄話をしていたら、溜まっていたストレスが氷が溶けるように解消し、気分がすっかり楽になった。

「人は孤独では生きられない」と痛く感じる。特にこの歳になってくると、効率と経済性一辺倒の生活ではストレスが溜まることを改めて感じる。

そんな訳で久々に木曜日に練習にも顔を出し、張りきって踊ったら、翌朝にはその後遺症が出て、昨日、今日と休養せざるを得なくなっている有様。

それでも冬の寒さが和らいで春の訪れを感じさせる昨今は、この3ヶ月の冬眠生活からの脱出への気持ちも強くなって来ている。
競技会の予定も1ヶ月繰り下げ、4月下旬から再チャレンジすることが決まり、それに向けて張りのある練習も出来つつある。

これからも体調が良くなることはなく、徐々に衰えていくのだろうが、目標を失った時は急速な衰えに繋がるのだろうから、細くても良いから途絶えることなく何事にもチャレンジし続けることが肝心だ。

この長かった冬の中で、細々と続けてきたスタンダードのレッスンと少し分かりかけてきたその踊りに成長のあとがあるのか、1ヶ月後が楽しみに思えてきている。

2005年3月2日 (水) 相変わらずさむい
1月の始めの競技会から2ヶ月も空いてしまい、この後も、更にもう1ヶ月も機会がないので、糸の切れた凧のように振らついている。

この6年間、途切れることなく体もこころも継続して動かしてきたのに、その動きを一気に止めたら、一瞬にしてガタが来て、この2ヶ月は胃のむかつきをはじめ、体のパーツのいたるところの故障に悩む。練習する気にもならないし、レッスンにもようやく出掛ける有様。

日々職場が変わり、その慣れない職場環境に馴染むことと、休日にやっている副業がこの情報化時代を反映してか「個人情報保護」の関連の仕事が絶え間なく殺到すし、これに忙殺されている。
昼間も夜も休日も、ただただ黙々と働いているが、これが苦労の程の稼ぎにはならない。本当に高齢者の仕事は薄利多売ばかりで、そんな毎日を過ごしている。

それやこれやで、あれほど燃えていたダンス熱が急速に覚めてきて、それが怖いくらい。
勝てないことから、限界を感じだしてきて、急速に自信喪失を感じだしてきた。
それとともに、日常生活のバランスも崩れてきて、体調も悪い。ひと仕事を終えると、もう寒いなかを出掛ける気持ちが湧いてこない。それがが困る。

このところは、朝晩も明るくなってきて、春の到来を微かに感じさせる気配もあるので、早く目標に立ち迎える気持ちを取り戻す体調を整えたい。

いつも、いつもこんな肝心な時になると必ず挫ける自分が恥ずかしい。寒さに負けずに、きちんと練習に出掛ける仲間を見かけると、今まで感じてなかった立派さを痛く感じる。

2005年2月11日 (金) 寒さも堪える
齢のせいなのか、このところの寒さが堪える。

昨夏の暑さにも参ったが、この寒さもことのほか堪える。仕事に復帰したことを
言い訳にして、週1のレッスンに出掛けるだけで、充分な練習もしないで、冬眠のような生活をしている昨今である。

元来が怠け者だから、競技会が3月下旬まで予定が立たないので、練習にも実が入らない。ただただぬくぬくとした生活を過ごしている。
意気込んでスタートした今年の競技会の思わぬ結果の後遺症は深い。

昨日、KAZUさんに書きこみをしてもらい、A級リーチのカップルでも大幅改造に取り組んでいるとの報を受け、考えさせられました。
先ずは「勇気があるな」と思いました。次には出来あがっている方々なのに、更なる成長を目指して新たなものへ挑んで行く姿に、深く感じさせられるものがありました。

午後から久々に女房を誘って練習してきました。汗を流したら、少し意欲も湧いてきて、気分も蘇りつつあります。

「もっと信念を持って行動しなくては」と反省することしきりです。

2005年1月30日 (日) 暫しの楽しみ
競技会はへぼ用が重なり3月下旬まで出場できない。あわせて年初からの敗退が尾を引いて戦意も喪失気味。

そんななかをレッスンに向う。いつものレッスン場がこの不景気で本日をもって閉鎖するので、その開場前にレッスンを行うとのことで、早起きして出掛ける。

100坪余もある立派なホールなので、広々としたところでは最後になるので記念にスローのレッスンを受ける。
スリーステップやフェザーフィニッシュやカーブドフェザーの簡単なものでしかないが、踊りこんでいないので、ただただ素直に踊る。
「ワルツやタンゴより肩の力が抜けていて、伸び伸びしていていいですよ」とお世辞半分の言葉。「悪い癖がつくほど踊りこんでいないので、無垢な少年のようなものですよ」と応酬する。確かにスローは、このコーチャーの4回ほどのレッスンがすべてで、悪いものが入りこむ余地はないほどのささやかな経験。だけど「この話しは一理あるな」と強く思う。
タンゴもワルツもやればやるほど難しく感じて、身も心も窮屈になっているかもしれない。このスローは白紙状態だから、余計な雑念が入り込む余地がないのが幸いしているかもしれない。
「もっと楽しく踊ってみることも大事」と感じた。スローが踊れて、少し成長したような気になって今日は久々に楽しかった。

金曜日には月末の打ち上げで、小生らのシニアーにも声が掛かり、1年ぶり、いや現役だった時も逃げていたから、5年ぶりになる「飲み会」に参加した。
近くの居酒屋くらいと思ったら、ホテルでの集まりで、仰々しく役員まで参加していたが、新鮮な肴とコクのあるウイスキーの水割りの美味さを堪能した。酒や肴の美味さもさることながら、ひと仕事をし終えたあとの仕事談義がこれらを一層うまくしていたのだろう。
出向後の6年余りは、そんな席に出ることさえ厭で、エスケープしていたので、こんな席に出て楽しんでいる自分の変わりようにもに驚いている。

「仕事もダンスも自然体で楽しまなければな」としみじみ思う。

2005年1月22日 (土) 寒い1週間
日曜日の成績の悪さが尾を引いて、そのうえこの一週間は北関東の空っ風の吹きすさぶなかを東奔西走したので、気分まで冷え切って、少しも盛り上がらに週末を迎える。

我々シニアースタッフが、自分の担当する支店を巡回して支援する試みがスタートしたのだ。毎日が不慣れな職場だから、年の功で、図々しくはやっているが、気は遣う。疲れる。

レッスンも女房のルンバを中心にしてお茶を濁す。「いつも彼方が中心で、自分は何も教わっていない」とのたまうので、いい機会だから、すべて女房中心でやってみた。以外に新鮮であったし、こちらも随分踊り易くなった。小生のレッスンはいくらやっても限界に近いのだから「この方法も一考に価するな」と思う。

小生が2級に早くなりたい、早く盛装で競技会に参加したいと考えているのは。今から2年前、5級戦で1年間も昇級できずに苦しんでいた時、公民館のDPで、20年近くの経験のあるベテランの年配者の2人の会話が自然に耳に入ってきた。
「競技会も3級までは少し齧れば誰でもいけるんだよね」とのこと。苦しんでいた時だっただけに、「何にも分かっていない」と心のなかで叫んでいた。
けっして、この2人は小生のことを言っていた訳ではない。一般論を言っていただけなのだ。

しかし、小生もこの話しの3級までようやく来て、2級への昇級で苦しむ様は、この2人の会話にぴったりで、それが悔しい。
昨年の初めはこのことを意識しながらも、軽くクリアーすべく、敢えて意識をしないようにしていたが、いまはこれを乗りきることに躍起になっている。

今日も1週間の疲れを癒すべく遅起きしたが、気分転換したくなり、2時間ばかり件の公民館DPで汗を流してきた。汗とともにストレスも洗い流され、新たにダンスする意欲も蘇ってきた。

決意も新たにして「公民館親父の一言」を凌駕したい。明日も早朝のラテンの練習会に行く決意。いくら寒くても早起きして。

2005年1月16日 (日) 埼玉南ダンススポーツ大会
身も心も凍てついて帰ってきた。
朝から底冷し雨も降り続くなかを参戦してきたが、一年前に逆戻りしたような惨敗。
ラテンもスタンダードも一次落ち。前から地元とは相性が悪かったが、何にも変わっていなかった。

ラテンは38組でチャチャ・ルンバ。1次1・1で敗退。ミスも特になかったが、この結果。戦前に「埼玉は東京に比べ少数精鋭かな」とふと感じたことは確か。1級戦から始まったがいつもは感じないのに。「随分レベルが高いな」と感じた。出番がくるに従い寒さとこの気持ちが相俟って、気持ちが萎縮していたかもしれない。

午後からはスタンダードでワルツ・タンゴ。体を良く温めてスタートしたが、こちらも踊りながら午前中の気持ちが尾を引いて弱気の虫が頭を擡げる。踊り終えても、伸び伸び踊れた思いもなく、結果は1・2で敗退。

全然しっくりしないままに一日が終わる。悔しさも感じないままに終わったようなもの。「力がないから負ける」のだからこれを真摯に受け入れるしかない。
2月は家族旅行、田舎での甥の結婚式で競技会への参戦は無理なので、じっくりレッスンに励みたい。「ダンスは本当に難しい」と痛感した、暗い、長い、苦しい一日だった。

2005年1月10日 (月) 武蔵野市ダンススポーツ大会
満を持して出場した初戦も惨敗。体調も良し、会場は抜群、普段通りなのに勝てないなんて、実力の不足に落ちこむ。
スタンダードは2次敗退。2次を終えて「これから最後まで乗りきるぞ」と決意を新たにしていたら、敗退の報。戦闘態勢に入る前に勝負がついてしまった。

午前のラテンは十分なレッスンも受けていないので、準備体操みたいなものだが、いざ始まればメラメラと闘志が湧いてきて、勝ちに走る。74組でチャチャ・ルンバ。1次は5・4で難なく通過。2次のチャチャでトラブル。「リズムが早くなっている」との女房の抗議の動きで途中からメチャクチャになる。事前に4&1の部分をしっかり「たん、たん、たん」と踏むことを確認したが、それが早くなっているとの言い分。口喧嘩して採点を待つ。3・4で辛うじて通過。死に体から行きかえったので、3次は「たん、たん、たん」をしっかり踏むが結果は1・2で完敗。

午後からスタンダード。このところは、これに集中してレッスンを続けてきたので、期待してスタートする。ワルツ・タンゴで80組。
1次は5・3で通過。タンゴで3回くらいぶつかったがこれが悪かった位に思い
満足して終える。「準決勝くらいまでは行きたい」とひとり思う。
2次戦もワルツタンゴとも練習どおりに踊りきる。強いて言えば女房が「タンゴはもう少し大人しくやろうよ」に応えたきらいはあるが。2・1で思いも掛けない敗退。

終わった直後はショックで放心状態。帰宅して、いまようやく平常な状態に戻ったところ。
「これだけ難しいものなのだ」と言うことで、自分を納得させたところ。明日もレッスンがあるし、今度の日曜日には地元での競技会も控えている。落ちこんでばかりもいられないのだ。

こんな訳で前途は暗澹たる本年の競技会もスタートした。

2005年1月9日 (日) 今年の幕開け
正月は女房と2人だけだったので、のんびりと過ごす。
年が明けてから、息子夫婦、孫、娘、親戚、甥、姪が日変わりで現れ、あっと言うまに過ぎる。

それでも1月に2回の競技会を控えており、スタンダードについては大きな期待を持っているので4日からはレッスンもスタートした。
この3ヶ月間、左のホールドは組まなかったが、新年から本番態勢で組んで踊る。
途端に距離がでないし、ホールド折れる悪い癖もそのままで落ちこむ。

タンゴもワルツも「もっと左に居ることが大事」を膚で知る。合わせて「顔が内に向くと体も右にはいるので、回転の後には特に顔も体も左にストレッチしている」ことが課題。

意識はしてなくても足踏みが続くのは、限界が近ずいている証しなんだろうが、いま1歩は前進したい。半歩でもいい。
そんな訳で、今年のダンスも幕が切られた。「ダンスが続けられることに感謝しつつ」

2004年12月31日 (金) 大晦日
今年もあと何時間かで終わろうとしている。
27日から休暇に入り、最後のレッスンも終えたので、あとは久々に大掃除を手伝う。いつも不自由している夏物・冬物の衣類の整理から、永年の酷使で疲れきった背広を捨てたり、部屋の模様替えまでして、年末のイベントを楽しむ。最後に風呂場まで磨いて、そのまま一風呂あびて気分もすっきりっしてお終いにする。

ダンスのこの1年間は、振り返ると忸怩たる思い。ドレスをめざして快調にスタートしたのは3月末。そのあと11戦して準決勝への進出は皆無の苦戦続き。良くて最終予選までだった。
ラテンは完全に停滞。スタンダードは少しずつ進歩している感じ。
スタンダードについては、レッスンもかなり積み重なったので、満を持して年初の
競技会を待っているところ。

定年になり、5ヶ月の自由も満喫したし、その自由も有り余ると楽しいより苦しいことも分かったので、貴重な体験をした1年だった。
あとはこのダンスがいつまでも続いていけることが、心身ともに健全な証しでもあるので、いつまでもこのチャレンジ精神を持ち続けてたい。