国内/針葉樹林帯
 ミニ・キヌガサソウ ツマトリソウ
 
 
花 名(和名) ツマトリソウ(端取草/妻取草)/サクラソウ科 ツマトリソウ属
学名(ラテン語) Trientalis europaea L.
四方山話し



















四方山話し



















四方山話し








  ツマトリソウと聞いて「妻を取れる花」と思ったあなた、てっきり縁結びのご利益がある花なんだと勘違いしたようですね。 そんなありがたい花があれば、彼女の居ない独身男性にとっては垂涎(すいぜん)ものですが、残念ながら、ツマとは「端っこ」、「負の方向に離れるさま、所」を意味し、「妻」のほかに、「褄」「端」などの字が当てられ、「詰、隅、末、下、爪」などもここから派生した字と考えられます。
  建物の屋根形式の1つ「切妻」の「妻」も、中央や中心に対して他端を意味する端(つま)を語源としており、配偶者の呼び名「妻」は家屋の「つまや」に居たことから名付けられたと言われています。 料理の添え物として用いられる「刺身のつま」も器の中心に置かれる刺身に対して端っこの意味。 鹿児島県の西半分を薩摩地方といいますが、都から見て遠いところという意味では、薩摩も「サ(狭)・ツマ(端)」で、同じく「端っこ」を意味して おり、たくさんの例があることが分かります。
  「他人を嫌って除け者にする」という意味の「爪弾き」という言葉がありますが、これは仏家で行われた「弾指(だんし)」という風習に由来するものなので、直接「妻」に関係する訳ではありません。 しかし、こうした「妻~爪」の語源を考え合わせると、「端っこへ追いやられる」といった動きのある新たなイメージが膨らんで、妙に納得してしまいました。
  さて、和名の由来である「ツマトリ」には、葉の縁(ふち)が「端どり(つまどり)」、つまり鎧(よろい)の褄取威(つまどりおどし)のようだから、また長着の「褄(つま)どり」からきた、あるいは花の縁が薄い赤色で縁どりされているなどの諸説があるようです。
  因みに和服の裾(すそ)の左右の端の部分を「褄」と言い、「褄(つま)をとる」とは、芸者や花魁(おいらん)が身丈(みたけ)の長い着物の裾を引きずらないように手で着物の裾をつまみげて歩くことを差します。 「左棲(ひだりづま)」と言えば芸者の異名。 今では京都の舞妓(まいこ)さんでしか見ることはできないかもしれませんが、左手で左棲(着物の右側の裾)をとって歩く仕草からそう呼ぶようになったと聞きました。
  しかし、そもそも着物の正しい着方は男女の別無く右前(みぎまえ)、つまり右側の布地(襟)を先に自分の肌に密着させ左側を上に巻く方法。 したがって左棲を取るためには、普通の着付けではできませんから、逆の「左前(ひだりまえ)」にしなければなりません。
  ではなぜ「手」も「棲」も「右」ではなく「左」なのでしょうか。 通常の右前では、右側に褄の合わせ目があり、そのすぐ奥の同じ右側に下着である長じばんの合わせ目が来ます。 つまりは右から裾に向かって伸びてくる男性の手が奥まで入りやすいという艶っぽいシステム。
  逆に左手で持てば褄の合わせ目は左、しかし長じばんの合わせ目は右となり、男性が手を入れようとしても、「あら、いけ好かない」などと言いながら、軽く振り払うことも可能となり安全対策は万全。 花街の風習によれば、遊女は、一夜妻とはいっても妻は妻、お座敷の席次は旦那の隣の上席、今夜の花嫁さんです。 一方、芸者は末席より、ひたすら芸を演じて旦那のご機嫌を伺うことになります。 左褄とは「芸は売っても色は売らない」という芸者の心意気の象徴だと知りました。
  余談ですが、右前に着物を着るようになったのは、「右より左の方が上位」といった中国の思想の影響ではないかと言われています。 位の高い高貴な人にだけ左前が許され、庶民は右前に着ていたという歴史的な背景がありますが、やはり諸説あるようです。 事実としては、奈良時代に出された「衣服令(えぶくりょう/719年)」に「初令天下百姓右襟(はつれい てんかひゃくしょうみぎえり)」、つまり「庶民は右前に着なさい」という一文があり、これが日本での右前の起源とされます。 今日の和服の原形ができたのは室町時代末期だとされていますが、奈良時代以降、着物を右前に着ることが定着したものと考えられています。
  今では「左前」は着物の着付けで、最も避けるべき重大な注意事項となっていますが、着装上の失敗以上に、死者の装束に用いる着方であることから、「不吉」、「縁起が悪い」など、精神面での拒否反応を持つ方も多いようです。 しかし、これには少々誤解もあるようです。 「左前」はもともと死者を生者と区別するための風習。 「人は死んだらみな平等」という宗教的な思想から、誰でも死ぬと位(くらい)が上がって神や仏に近づくとして、貴人と同じ左前に着せたというものだったのです。 決して死者が左前に着物を着るため、縁起の悪い左前に着てはいけないという訳ではありませんので、あしからず。
  話しを元に戻しますが、これまで何株ものツマトリソウに出会いましたが、なぜかそのように「端どり」された株を私は見かけた事は一度もありません。 これは「縁(ふち)」の問題ではなく「縁(えん)」が無かったということでしょうか。 それよりも、「端」について語るつもりが、随分「左右」に拘り過ぎて、肝心な「ツマトリソウ」の解説をすっかり忘れてしまいました。 中心?よりお詫び申し上げます。

別  名