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環境に関して考えたこと

●ゴミが減らない!

日本ではゴミは基本的に焼却されています。
燃やすと雑多なゴミからはダイオキシンなど有害物質が出たり、
温暖化の原因となるガスが出ます。
したがって焼却は決して好ましい処分方法ではありません。
処分の方法ばかりが環境問題としてクローズアップされていますが、
ゴミを出さないことが一番大切です。

しかし、現状ゴミが減らすことにはあまり目が向いていません。
ゴミがなぜ減らないか「生産者」,「消費者」,「行政」の三側面から考えてみました。


●生産者=作りっぱなし

ゴミは自治体が税金で処分することに法律で決まっています。
そのため、使い捨てのものだろうが、どんなにたくさんゴミが出る包装だろうが、
有害物質を含んでいようが、何でも自治体が処分してくれますから、
「生産者は関係ない」という「作りっぱなし」が許されています。
「製品がごみになったときまで生産者が責任を負う」という
「拡大生産者責任」の考え方がまだまだ徹底されていないため、
「作ったモン勝ち」の状態です。


●消費者=出しっぱなし

先に述べたように、ゴミの処分は自治体が責任を持つことになっています。
一般の生活で出るゴミはほとんどの地域では無料で引き取ってくれるため、
消費者はゴミの処理に費用がかかっていることを意識することなくゴミを出すことができます。
ごみをあまり出さない人でも、ごみをたくさん出す人でも同じ額の税金を
負担させられていることに不合理を感じにくい仕組みになっています。
そのため「ごみを出しても税金で処分してくれるから大丈夫」という
「出しっぱなし」が許されています。
「出したモン勝ち」の状態です。


●行政=処分しっぱなし

日本には 世界の約3分の2以上の多数の焼却炉が存在します。
行政はゴミをどう処分して見えなくするかばかりに一生懸命です。
また「予算を獲得する」という役人根性から、
新しい処理場を建設して運用するという手段が目的化しています。
平成15年度(2003年度)の環境省予算2,627億円のうち、約56%にあたる1,473億円が
「廃棄物処理施設整備費」として使われました。
処理施設にお金をかけるればかけるほど、
それに見合う量のごみ処理を一定期間続けなければいけないという悪循環を引き起こし、
より多くのゴミが出ることを期待するようになります。
その他の側面として、ゴミの処分場は設備が高価で広い土地を要するので、
「裏金」「談合」など違法な取引の温床になりやすく
(廃棄物処理に関して暴力団の関与がしばしば露見しています)、
さらにリユースリサイクルという名目でゴミが中国や北朝鮮に輸出され、
現地の人の健康や環境を損ねています。

この悪循環を断ち切るためには、「ゴミを出さない方が得をする」
(反対に言えば「ゴミを出すと損をする」)仕組みを作らなくてはなりません。


○生産者=上手に作る

生産者にその製品が廃棄され処分されるまでの全費用を生産者の責任を負わせます。
その費用は製品価格に上乗せされるので、結局は消費者が負担することになりますが、
無駄なく上手に作られた製品は安くできるので売れる製品になるでしょう。
消費者もゴミの出ない製品は安いので、それを選べば得をできます。


○消費者=上手に買う

消費者にはゴミの量に応じて直接費用を払わせるようにします。
するとゴミの少ない商品・サービスを選ぶようになり、
これはめぐりめぐって生産者に上手に作るよう促すことにもなります。
もちろんゴミを出さなければお金もかからないので、
ゴミを減らせば得をします。


○行政=上手に返す

ゴミは処分するのではなく、生産者に原料として返す役割に変えます。
すると分別が徹底され、また再利用の動機付けになりますから、
ゴミの量そのものが減るはずです。
ゴミ処分のために使われていた税金は、他の住民サービスにまわせますから
行政も得をします。


「処分」をし続けることの行き詰まりに気づいた自治体もすでにあります。
徳島県勝浦郡上勝町は、“膨大な経費と管理運営費が必要となり”
“循環型社会とは逆行”し、“焼却、ガス化溶融炉、RDFによるごみ発電等は、
「京都議定書」にも反する”うえ、“環境汚染・住民の不安・自治体の財政圧迫などの
深刻な問題を引き起こしております。
その高額な施設は、廃棄物の発生を促すものであり、抑制にはつながりません。”
(上勝町ごみゼロ(ゼロ・ウェイスト)宣言及び行動宣言〈前文〉より抜粋)
として、平成15(2003)年9月19日に「ごみゼロ宣言」をしています。
(上勝町のホームページ)
2004年4月1日現在でごみの分別は 34分別だそうです。
住民は当然面倒なので、なによりゴミを出さないよう、
分別しやすい商品を選ぶようになります。

これはすばらしい取り組みだと思いますし、
上勝町民は大いに誇りを持って推進してもらいたいものです。
しかし、最終的に生産者に戻す仕組みがないと、成り立ちません。
やはりここでも拡大生産者責任が重要なことがわかります。


ついこの前まではわれわれ日本人はゴミをほとんど出さない生活をしてきました。
その様子は別コラム「包装材」 で以前に述べましたが、
今と比べてとても不便だったのかと言えば特段差はなかったのです。
話を江戸時代まで戻せば、多くの人がよく言えば「リサイクル業」、
ありていに言えば「物拾い」で立派に生活を立てていました。
つまり産業として成り立っていたのです。
江戸時代は金属以外ほとんどのものは植物性のもので出来ていました。
金属も植物性物質もリユースまたはリサイクルの道が開けていました。
リユースにもリサイクルにもお金が儲かるわけですし、
最後は燃料にするという使いみちがありますから、
みな鵜の目鷹の目で資源が落ちていないか探しています。
ゴミなんかが落ちていることはなかったのです。

ちょっと便利、ちょっとコストが安いという理由で私たちが今やっていることは、
確実に次世代に負担をかけるものなのです。
(2005/4/21up)