天智天皇山科陵



2004年3月7日


天智天皇山科陵

 天智天皇の紹介は、何を書くか迷ってしまうので、『小倉百人一首新解』(石田吉貞著・新塔社)の紹介文をそのまま写しておきます。
 天智天皇(626−671)は第38代の天皇。 舒明天皇の皇子で中大兄皇子と申した。 中臣鎌足と謀って蘇我入鹿を誅し、孝徳天皇の皇太子となって大化改新を行なった。 皇族や豪族が土地人民を私有することを禁じて公地公民とした、画期的な大改革である。 天皇となって後、都を近江の滋賀の大津に遷され、そこで崩御あらせられた。 勅撰集に入った御歌は6首。
 一般には、額田王をめぐっての大海人皇子(=天武天皇)との三角関係が有名です。 琵琶湖の竜の関係では、「桑実寺縁起」のヒロイン、阿閇皇女(あべのひめみこ)の父親として登場します。 定恵上人を護持僧として信頼していたのが、天智天皇です。

 百人一首に採られた下の歌は、天智天皇の御製かどうかは、かなり疑わしいものです。 一応、農民の立場に立って詠んだ歌と言われています。

秋の田を鹿や猪が荒らさないように夜通し番をしてるんですけどね、
仮小屋の屋根の(藁とか萱を編んだ)苫の編み目が粗いんで、
私の衣の袖は夜露にしっとり濡れちゃいましたよ。お〜さむ!
(*o*)

 仮小屋で逢引の約束をしたのに、恋人がなかなか来ないんで、ちょっと恨み言・・・という解釈もありと思うんですけど、こんなことを考えるのは僕だけでしょうか。
 

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