醍醐寺・下醍醐



2004年3月7日


醍醐寺・女人堂

 上醍醐から下醍醐へは、本来の表参道を下りました。 下りきった所に女人堂がありました。 本来の参道なら、上醍醐への登り口です。 上醍醐のご本尊「准胝観音」のご分身を祀っています。
 昔はここから先が女人禁制で、女性はここでお参りしたというよりも、体が弱く山上まで登れない人のためのお堂のようです。 現に、秀吉の「醍醐の花見」は、これより先の「槍山」で、北政所(ねね)、淀君らを引き連れて行なわれています。
 写真の左下隅に写っている杖は、上醍醐の参詣者用にお寺が用意してくれているものです。


醍醐寺・五重塔

 下醍醐にもたくさんの堂塔が並んでいますが、今回は大幅に省略して、何よりこの五重塔を見ていただきたいと思います。 写真でも美しいのですが、現地に立った感じは、本当に「立ち去り難い」です。


醍醐寺・清瀧権現社

 三宝院の売店で買った雑誌『週刊古寺を行く9・醍醐寺』(2001年4月10日発行)を家に帰って読んだら、次のようなことが書いてありました。
 清滝権現(せいりょうごんげん)
 清滝権現は、インドの娑羯羅竜王の3女善女(ぜんにょ)竜王のこと。 密教では如意輪観音の化身とする。 中国に渡り青龍寺(せいりょうじ)で密教を守護していたが、空海が唐から帰朝するとき、海を渡って高尾山寺(神護寺)に来臨した。 その竜女が醍醐寺に飛来したのは、聖宝が山上に醍醐寺を開いて密教弘通を誓った902年(延喜2)とされている。 中国での名は青竜だったが、海を渡って飛来したので、水(=さんずい)が加えられて清滝と称された。
 こんなところで娑羯羅竜王の話が出てくるとは思いませんでした。
 注目点はまず、「3女」という記述です。 僕は今まで、知らず知らずのうちに娑羯羅竜王のお嬢さんは一人だと想定していました。 「3女」ということは、少なくても長女と次女はいるわけです。 4女、5女・・・と、あと何人いるのでしょう。 『法華経』の中で成仏しているのは、一体どのお嬢さんなのでしょう。 そして、石峯寺の延命地蔵尊の元の持ち主は・・・。
 それともうひとつ、「善女竜王」のことです。 善女竜王の画像は、多くは男神として描かれているそうです。 しかし、石川県の七尾美術館には、室町時代、長谷川等伯が描いた童女姿の「善女龍王図」があります。 善女竜王は男神なのか女神なのか、これもこれからの課題です。
 旅をするときに気をつけておかなければならない事柄が増えてしまいました。
 七尾美術館の「善女龍王図」(部分)を掲載しておきます。


七尾美術館蔵・善女龍王図(部分)



古社寺巡りトップページへ