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ここまで書いて、石峯寺のコメントはこんなもんかな・・・と思ったとたん、石峯寺そのものが、ホームページを開いていることを発見しました。
なんと開創の縁起が今まで僕が見たものより詳しいのです。 しかも、このページで書いたことの再考を迫るような内容です。 では、その内容を紹介しましょう。 大化5年(650年)各地を行脚していた法道仙人は、播磨国より左大臣阿部倉内に召還されて宮中に入り、病の床に就いていた 第36世 孝徳天皇の為に十七日間、病魔退散の祈祷を為し無事体調を回復させた。 後、白雉2年に天皇勅願寺の建立を命ぜられ、その地を探していた。 法道仙人がこの淡河に来た時、奇妙な形の岩が数多く点在する山中から突然大きな龍が現れた。 龍は、琵琶湖に住む諸臈羅龍王(しょかつらりゅうおう)の乙姫が祭祀している閻浮檀金(えんぶだんきん)の延命地蔵菩薩を法道仙人に託し、その場に息絶えた。 そして仙人は、この身の丈2寸ほどの延命地蔵菩薩をご本尊胎内仏として、岩嶺山石峯寺を開基した。 こんなのもありました。JA兵庫六甲のホームページです。 その昔、天竺から法道仙人が龍や鬼神に囲まれ、紫雲に乗り日本に飛来した。 淡河の上空を飛んでいると、霊地を思わせる山があった。 仙人が「奇妙な山の形・・・素晴らしい。」と思った時、その山が振動し、雲がわき、大蛇が現れ、脇から光が照りつけだした。 よく見ると、光の核は二寸ばかりの延命地蔵様でした。 仙人が「いかなるお地蔵様ですか。」と聞くと、大蛇は「龍王の乙姫様が信仰されていた仏様です。 人を慈しまれた乙姫様が、この仏様を人の世に伝え、その教えを広めなさいとおしゃった。 そこで仙人、そなたの徳を耳にし、これを授けようと来たのです。」と言った。 そこで仙人は、このお地蔵様をまつるため、石峯寺を開いた。 この不思議な話を聞かれた孝徳天皇は石峯寺を勅願寺とされた。 仙人は後に自ら大きな延命地蔵を刻み、大蛇に授かった小さな像を中に納め金堂に安置した。 ・・・今から1300年以上前のことと伝えられています。 JAの話の出典が何なのか分からないのですが、仙人が空を飛んでいるのは、より伝奇化していると言えるでしょう。 さて、これから考察というところですが、今日はここまで。(2003.11.4) |