道成寺(2)・安珍清姫編・上巻



2004年3月20日


道成寺・本堂

 道成寺(2)は、ご存知、安珍・清姫についてのページです。
 『今昔物語』に納められた「紀伊国の道成寺の僧、法華を写して蛇を救いたる語」は、み熊野ねっとのてつさんが「安珍・清姫の物語」として現代語訳を掲載してくれていますし、この話のさまざまなバリエーションについても「清姫の墓」のページに詳しく載せてくれています。
 そこで、僕は「道成寺縁起」の絵巻の詞書の現代語訳を作ってみようと思います。 興味のある方は、ぜひてつさんのページと読み比べてみてください。

 絵巻は、上下2巻になっています。僕もページを2つに分けて紹介します。
 この絵巻の特徴は、まとまって言葉だけ書いてある部分以外に、絵の中に適宜、文字が入れられていることです。 「吹き出し」こそありませんが、今の漫画の形式に近いと言えます。 ストーリーとは直接関係ない道行く人の会話や独り言もあります。

 この絵巻の話が、『今昔物語』版と最も違うのは、『今昔』では、女(清姫)が死んでから、その怨霊が蛇になって追いかけるのに対して、絵巻では、生きた女が追いかけつつ徐々に蛇となっていくところです。 その間に女が口にする言葉が絵巻ならではの、ひとつの「読みどころ」です。

 この絵巻の言葉には、解釈の難しい所が何か所もあります。 完全には納得がいかないままの箇所もあります。 中には、解釈の間違いや誤訳があるかもしれませんが、お許しください。 「ここのせりふは間違っている」とか「意味が通らない」とか、ご指摘いただきましたら、検討のうえ改訂することにやぶさかではありません。

 では、ごゆっくりどうぞ。

 醍醐天皇の御代、延長6年(928)8月の頃、奥州から熊野に参詣する一人の見目麗しい浄衣まとった僧がありました。 僧は、紀伊国の室(牟婁)の郡、真砂(まさご)というところで宿をとりました。 この宿の主は、清次庄司という人の妻で、たくさんの従者を使っていました。 女主人はその僧に心づくしのもてなしをしました。 どうしてそれほどまでにするのかと、怪しく思われるほどでした。 ところが、その女は、夜半頃、僧のもとへ行き、絹をかけ、添い伏してこう言いました。
 「私の家には昔から旅人など泊まったことがありません。 今晩、こうしておいでになったのは、少なからぬご縁。 まことに、一樹の影も一河の流れも前世からの約束と聞いております。 あなたを見たときから、強くお慕いしています。 何の差し支えがありましょう。 ただ、どうぞ、このようになさってください」
 と強引に言いますと、僧は非常に驚いて、起き直り、こう言いました。
 「私は、熊野権現の霊社に参詣するという長年の宿願があって、自戒精進し、険しく長い道のりや激しい波濤を越えて、ここまで来ました。 どうしてこの大願を破ることができましょう」
 といって、一向に承諾する気持がありません。 女がそれをひどく恨みますと、僧は言いました。
 「この願は、あと2、3日ばかりのことです。 無事に参詣の目的を遂げ、宝幣を奉って、下向するときに、必ずあなたの言う通りにいたしましょう」
 と言って、宿を出て行きました。 このことは、おおかた思いも寄らぬことだったので、女はいよいよ信を深くしました。
 その後、女は僧のことだけを思って、いろいろなものを用意して待っていましたが、その日も暮れたので、行き来する参詣の人々に、
 「このような僧が下向して来ませんでしたか」
 と尋ねると、ある先達の修行者が、
 「そのような人ならば、通り過ぎてはるか先に行っていますよ」
 女は、修行者がこのことばを言い終わらないうちに、
 「さては、騙したな」
 と怒って、鳥が飛ぶように叫びながら走って行きました。
 「たとえ深く生い茂った蓬の元まででも、きっと尋ねて行ってやる」
 と、女はひた走りに走りました。 行きずりの人々は、女を見て、身の毛もよだつ思いをしました。

先の世の契りのほどを御熊野のかみのしるべもなどなかるべき

あなたと私は前世から約束された運命ですから、御熊野の神のお導きがきっとあるでしょう

御熊野のかみのしるべと聞くからになを行く末のたのもしきかな

「御熊野の神のお導き」ということばを聞くと、これから後のことが心強く思われます

さあ、これまでです 下向を待っていてください
どうして嘘などつきましょう 急いで参ってきますよ



必ず待っていますからね


7〜8町どころか
12〜3町は過ぎただろう
  そのような人は
今は7〜8町は行っていると
思いますよ
  ねえ、先達のお坊様、
私の使用人の法師が
懸子の箱を取って逃げました。
若い僧なのですが、
老僧と連れ立っています。
どれくらい行ったでしょうか

 「ねえ、先達のお坊様、聞きたいことがあるんです。 浄衣を着た若い僧と墨染めの衣を着た老僧と2人連れ立って下向するのを見かけませんでしたか」
 と尋ねると、
 「そのような人は、はるか先に行っていますよ」
 というと、
 「ああ、悔しい。さては、私を騙したな」
 と言って、追って行きました。
 「たとえ雲の果て、霞の際までも、命の玉の緒が切れぬ限りは、絶対尋ね当ててやる」  と言って、麒麟か鳳凰のように飛び走りに走って行きました。

ああ、ああ、恐ろしい
わしは今まで
こんな人を
見たことがない
  今の女
見ましたか
  普段のときでこそ
恥のことも考えるけど、
この法師を捕まえるまでは
履物なんか、
どこへなと消え失せよ


と言って、走って行きます。


本当に
まあまあ
恐ろしい
形相だこと
  そこの女の顔
御覧なさいませ
  ああ、悔しい、悔しい
一度でもあの法師を
とっちめてやらねば
気が納まらぬ。
恥も何も大切にするのは
普段のときならばこそ。
うらなし(草履)もおもてなし(はずかしい)も
どこへなと消え失せよ


絹の脛巾(はばき)の
厄介な所は、
ともすると
くくりがほどけて
しまうことだな
  事情さえ許せば
旅はするものですぞ。
道中ならば大丈夫だから
さあさあ福田餅をお食べなさい。
  人に会ったら
恥ずかしいわ


嘆きの涙が深いので

浮き名を流すにしても

力の及ばぬこと
    ああ、悔しい悔しい

この悔しさをどうしよう

この身をここに捨て果てて

この切目川で

命を思い切ってしまっても


全く身に覚えのないこと。
それは絶対人違いです。
  ちょっと〜、そこの坊さんに
言いたいことがあるのよ。
あんた、会ったことあるわよね。
どうなの、どうなの。
止まれ、止まれ〜。
   
  ここは上野という所   切目五体王子


南無金剛童子、お助けください。
ああ恐ろしい形相だ。
元から悪縁とは思っていたが
こんな辛いことになろうとは。
笈も笠も惜しくはない。
どこへなと消えてしまえ
  おのれという奴は、
どこまでも、どこまでも。
逃がしはせぬものを。

 欲知過去因 見其現在果 過去の因を知らんと欲すれば 其の現在の果を見よ
 欲知未来果 見其現在因 未来の果を知らんと欲すれば 其の現在の因を見よ

  前世にどんな悪行をして、
今生にこんな報いを受けるのだろう。

南無観世音、
この世も後の世も
お助けください。

塩屋という所

「南無大悲権現」と口に唱え
心に念じて逃げて行きました。

女がまだ人の姿をしていたときでさえ
怖さで魂が抜けたようなありさま
蛇になるのを見たらそれはもう
大声でわけの分らないことを
叫びながら行くのでした。

ああ、世も末だ!

目の当たりに
こんなことを見るなんて。

目も心も及びもつかない。


 日高川という川はちょうどその時、大水が出ていました。この僧は舟で渡りました。 僧は渡し守に言いました。
 「このような者がすぐに追ってきます。きっと舟に乗ると言うでしょう。絶対、絶対、乗せないでください」
 僧は急いで逃げました。その通り、女がやってきて「渡せ」と言いましたが、渡し守は渡しませんでした。 女は着物を脱ぎ捨て、大毒蛇となってこの川を渡りました。
 この時の渡し守は「ちけし」と言って、岩内にいると日記に確かに書いてあります。
 さて、この絵巻を見る人は、男も女もねたみの心を捨てて、相手を思いやる気持を起こしたならば、仏神の恵みがあるでしょう。

(下巻に続く)


日高川

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